幻想支配の幻想入り   作:カガヤ

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ちぇえええええええん!


第53話 「マヨヒガ」

俺達は白玉楼のある冥界への場所を慧音に聞く為、人里へと向かって飛んでいた。

飛んでいた……はずだったのだが。

気がつけば、人里にもないような大きな屋敷の前にいた。

 

「ここはどこだ? どうみても人里には見えないよな」

「さっきまで人里目指して飛んでいたわよね? で、急に吹雪いてきたと思ったら」

「気が付いたらこんな場所に……何なのここ?」

 

どうやら俺達3人は変な所に迷い込んでしまったようだ。

ここは咲夜も霊夢もきた事がない場所らしく、怪しげに2人共キョロキョロ辺りを見ている。

俺達は確かに吹雪の中を飛んでいたのに、今いる場所は見事に晴れている。

そればかりではない。ここには雪が全くなく、しかも、まるで春のように暖かい。

屋敷からは人の気配はなく、声をかけても返事がない。

 

「ここはひょっとして、マヨヒガかしら?」

 

屋敷の周りを見渡した霊夢が、思い出したかのように呟いた。

 

「マヨヒガ? 聞いた事ないわね。何なの霊夢?」

「マヨイガ、迷い家とも呼ばれているの。簡単に言えば隠れ里よ。山奥にあって、旅人が迷い込んで日用品を持って帰ると幸福をもたらす、そう言われているわ。でも実際に迷い込んだって話は聞かないし、ただの噂だと思ってたわ」

「物を盗むと幸福になれる、か。魔理沙が聞いたら飛び付きそうな話だな」

 

あ、そう言えば魔理沙がいない。霊夢にぶっ飛ばされてそのままだった。

でも、ま、いっか。

 

「魔理沙ならもう何回も探していたわよ? でも一度も見つからずに、遭難しかけた事もあったわね」

「まぁ、泥棒に簡単に見つかるようじゃ隠れ里とは言わないわよね」

「確かに。で、ここも冥界と同じく普通じゃ入れない場所だってのは分かった。けど、行きたい場所はここじゃなかった。なら、とっとと出よう」

 

この屋敷内から日用品を持ち出せば幸福になれるみたいだけど、興味はない。

俺は、幸福になりたいとは思ってないし、それは霊夢も咲夜も同じようで興味を示していない。

当麻がいればこの屋敷に触った途端に御利益丸ごと消えそうだな。

 

「……で、どこから出る?」

 

ここに用が無いのですぐに出ようと飛んだわけだが、出られなかった。

空を飛んでも、走って出てもすぐに元の屋敷に戻ってきてしまう。

 

「結界、とは違うわね」

 

霊夢の言う通り、最初は結界で閉じ込められているのかと思ったが、違った。

まるでここら辺一体が別の空間のようだ。

どうしたものかと辺りを改めて見渡していると、ふと誰かに見られている気配がした。

 

「なぁ、誰かに見られてないか?」

「そうね。さっきまでは感じなかったけど、今は感じるわね」

「……あそこよ」

 

咲夜が呆れたように指さした方を見ると、屋敷の玄関が少し開いていて誰かが覗き込んでいた。

 

「……あれで隠れているつもりかしら?」

「そう、みたいだな。あ、この気配は……おーい、橙! そんな所で何してるんだ!?」

「にゃにゃ!? ば、ばれたー!?」

 

この気配は橙だな。俺が呼びかけると、玄関から何やら物が倒れたり、落ちたような大きな物音が聞こえてきた。

何だかこっちが悪い事をしてしまった気がする。

それから少しして、今度は屋根の上から声が聞こえてきた。

 

「にゃ、にゃにゃーん! よくぞ私が隠れているのが分かったにゃ。えっと……お前達はここから一歩も出る事はできにゃっ……出来ないのにゃ!」

 

わざわざ屋敷の裏から登ったのか、橙が仁王立ちしてポーズを決めていた。

 

「「「………」」」

 

何とも言えない空気が流れた。

橙はかっこよく決めたつもりなのだろうけど、途中手に持ったカンペらしきメモ紙をチラチラ見たり、最後で噛んだりと色々台無しだ。

橙ってあそこまで語尾に拘る猫キャラだっただろうか?

霊夢を見ると、頭痛がするのか額に手をあてていて、咲夜は呆れつつ。

 

「まぁ、可愛い」

 

と呟いていた。

 

「………っ~~!!!」

 

俺達の目の前に降り立った橙は羞恥心で顔を真っ赤にして、涙目で俯き少し震えている。

それを見て罪悪感を抱かない人はいないだろう。

 

「な、泣くなって。よく出来ていたから。かっこよかったぞ、橙。なぁ、2人共?」

「……え、えぇ、そうね。びっくりしたわよ。まさかあなたがいるなんて」

「私も驚いたわ。さっきは驚き過ぎて固まっていただけだから、だからほらなんでここにいるのか、とか私達が出る方法とか色々教えて、ね?」

 

ぽつりぽつりと話し始めた橙によれば、藍に俺達がここに来るだろうから勝負を仕掛けて白玉楼の情報を渡せとの事らしい。

 

「だから私は屋敷の中で待っていたんですけど、お兄さん達いつまでたっても入って来ないから玄関から様子を見ようとしたら、あっさり見つかっちゃって……せっかく決めた決め台詞も噛んじゃって……藍様ごめんなさい。橙は役目を果たせそうにありません……」

 

ちなみにさっきのセリフは、チルノ達と遊んだ時にかっこいい決め台詞や決めポーズの話になった時に考えた物だそうだ。

にゃ、という語尾は個性を出す為に外の世界の本を参考に決めたようで、全力で止めさせた。

それでもまだ橙は落ち込んでいたので、霊夢が屋敷にあったお茶を淹れて飲ませると、ようやく落ち着いた。

 

「橙、落ち付いたかしら?」

「あ、はい。落ち付きました。ごめんなさい、お兄さん、咲夜さん、霊夢さん」

「気にしないでいいわよ。それより私達はここから出たいの。橙はその方法を知っているのでしょ? 早く教えてちょうだい」

 

俺達がここに来る事をなんで藍が知っていたのか、とか色々聞きたい事はあったけど、流石に今の橙を問い詰める程鬼にはなれず、勝負をする事にした。

まぁ、霊夢ならそんなの構わずに問い詰めるかと思ったのは、内緒だ。

 

「それは私も同じ事思ってたわ」

「咲夜、人の心を読むなよ」

「2人共……後で覚えておきなさい。で、勝負は何をするの? 弾幕ごっこ?」

 

既に霊夢は御札を構えて、陰陽玉も取り出して完全戦闘態勢だ。

正直、橙相手ではオーバーキルもいい所だと思う。

あ、橙の顔が真っ青だ。

 

「い、いえいえいえいえ、そうじゃないです。弾幕ごっこじゃなくて! こ、この屋敷には沢山の猫がいます。その中の1匹の尾に札が結び付けられています。それを使えばここから出られます」

 

猫などいるのか? と疑問に思ったらどこからかにゃーにゃーという猫の鳴き声が聞こえてきた。

沢山いる割にはⅠ匹しか聞こえなかったような気がする。

 

「驚いたわ、ここって猫の隠れ里なの?」

「えっへん、橙が集めた猫達です。橙は猫達のリーダーなんです」

 

小さな胸を張って誇らしげに言った……と思ったら、急に凹んでしまった。

 

「ですけど、普段は言う事聞いてくれなくて、今回もマタタビと鮭でどうにか協力してもらえました」

「それは……その御気の毒様」

 

威厳ゼロにも程がある。

 

「と、ともかく屋敷の中にいる猫達の中から、御札を探して下さい。言っておきますけど、猫達を傷付けたらダメです。能力や弾幕は禁止! はい、はじめです!」

「はぁ、分かったわ。とっとと探してここを出ましょうか」

 

無理やりに話を打ち切った感があるけど、今はそんな事より早く探してここから出るのが先決だ。

最初は咲夜の能力で時間を止めて捕まえる気だったけど、能力禁止じゃしょうがない。

 

「この屋敷は意外と広いな。手分けした方がよさそうだ」

「じゃあ、2階は私とユウキさんが探すわ。咲夜は1階を……」

「じゃあ、1階は私とユウキさんが探すわ。霊夢は2階を……」

 

2人同時に全く逆の事を言いだして、一気に場の空気が冷たくなった。

 

「手分けした方がいいと言ってるでしょ? 私がユウキさんと探した方がいいじゃない」

「私はユウキさんのサポートに付いてきたのよ。一緒に探すのは当然でしょ?」

 

あぁ~なんでこんな時にも争っているんだこの2人は?

ってか、2人で一緒に同じ所探すわけじゃないんだし、別にどっちでもいいだろうに。

 

「お兄さん、相変わらずモテモテですね。大ちゃんやフランちゃん達が妬くのも分かります」

 

項垂れる俺を橙は慰めてくれた。だけど、妬くって何だ? しかも、大ちゃんとフランちゃん 【達】 ってなんだ?

まぁ、それを聞くと墓穴掘りそうなので気にしないでおこう。

 

「俺は2階を探すから、2人は1階を探してくれ……」

 

少し重い足取りで2階へと登って行った。

背後から何か聞こえてきたけど、無視無視。

 

「って何だこりゃ!?」

 

2階にあがった俺が目にしたのは一面襖だらけの廊下で、明らかに屋敷の外観よりも広い。

 

「見ての通りです。この部屋全てに猫が最低Ⅰ匹ずついます」

「あ、橙付いてきてたのか。って、この部屋全部にいるのか!?」

 

ざっと見ただけで30以上はありそうだけど、1つ1つ見ていくしかないな。

これは藍、ではなく紫の差し金だろうけど、一体何のつもりなんだか。

 

「まずは、ここから……うおっ!?」

「にゃっ!?」

 

一番近くの襖を開けるといきなり天井からハンマーが降ってきた。

橙を突き飛ばして、部屋の中に転がるように入る。

そこには確かに猫がいたが、今の仕掛けにビックリしているようで全身の毛が逆立っていた。

橙もハンマーを茫然と見上げている。

よくよく見ると、このハンマーは100tとは書かれているが、外の世界でありそうなただの玩具のハンマーだ。

 

「おい橙。この変な罠。まさか……知らなかった?」

「は、はい。こんな仕掛けはないはずです。そもそもこの屋敷も迷路みたいにはなっていますけど、それ以外は普通の屋敷なので……」

 

橙が言うには、この屋敷は入った者を惑わず簡単な迷路みたいな仕掛けをしたと藍が言っていたが、物騒な罠は仕掛けたとは言っていなかったそうだ。

恐らく部屋を広くして襖だからけの部屋にしたのは藍だけど、罠を仕掛けたのは紫だな。

動物虐待だろこれ。

 

「きゃーーーっ!? 何よこれ!? 雪!?」

「ちょっ、これって、トリモチ!?」

 

下からは霊夢や咲夜の叫び声が聞こえてきた。どうやら1階にも仕掛けがあるようだな。

 

「……こんな中からⅠ匹の猫を探せっていうのか。ってか猫怖がってるだろ」

 

部屋の隅で固まっている猫を抱きかかえて部屋を出た。

この猫、鈴は付いているが、尻尾に札が無い。

 

「全部の部屋にこんな仕掛けが……猫達が危ないです。お、お兄さん。早く御札を見つけてください! 御札を手に取れば仕掛けは全部解除されるはずです!」

「あ、あぁ。分かった」

 

全部の部屋に猫がいるのなら、間違って罠にかかる危険性が凄く高い。

今回みたく玩具の仕掛けかもしれないけど、それでも猫には危ない。

それを危惧した橙が顔を真っ青にして、俺に懇願してきた。

紫の奴、今度会ったら一発殴ってやる。

 

「橙、お前は下がってろ。元々俺達が探す事になってるんだからな」

「は、はい。お兄さん、気を付けてください」

 

下からは物騒な物音と叫び声が聞こえてきたが、他人事ではない。

 

「……そらっ! って、ぬおっ!?」

 

次の襖を開けると、今度はボールが飛んできた。

かわすのが無理と判断し、怪我を覚悟で掴みとるとグニャっと柔らかい感触があった。

 

「今度はゴムボールかよ」

 

一応、安全設計にはなっているみたいだ。

中は畳が敷いてある普通の部屋で、どこからこのボールが飛んできたのかは分からない。

しかし、部屋の中には猫の姿はなく、代わりなのか招き猫が置いてあった。

 

「なぁ、橙。他の部屋から猫の匂いや気配ってするか?」

「そう言えば……しないです。確かに全部の部屋に入るように指示して入ったはずですけど、いません」

 

これはひょっとして、最初の部屋以外には猫がいないのか?

じゃあ、御札はどこにあるんだ?

 

「あ、お兄さん。あそこに手紙があります!」

 

橙が部屋の真ん中に置かれた手紙を見つけた。

中を開くと、こう書かれていた。

 

【すまない、橙、ユウキ君。紫様が悪ノリして屋敷をカラクリ屋敷に変えてしまった。紫様は猫を全て避難させたつもりだったようが、御札を持たせたⅠ匹だけ捕まえ損ねて逃げられてしまったようだ。その猫を探してくれ。御札はその猫の鈴に変化されているので、触れば御札に戻る。そうすれば仕掛けも何もかも解除されるはずだ。本当に申し訳ない。紫様には私からきつく言っておく。  藍】

 

「紫様……ヒドイです」

 

橙が、心底恨めしそうな声を上げた。

ともかく、さっきの猫の首に付けられた鈴に手を触れた。

すると、鈴はチリン、と鳴って御札へと変わって行った。

と、同時に2階の間取りが代わり、外観通りの広さに変わった。

 

「霊夢、咲夜―猫見つけたぞー! 仕掛けも止まったはずだけど、大丈夫……か?」

 

下にいる2人の元へ降りて行くと、そこには真っ白になった霊夢と裸足の咲夜がいた。

 

「大丈夫に見える? なんで、室内で頭から雪被る事になるのよ。他にもミミズが降ってきたりしたわ」

「部屋一面にトリモチがしかけられていたわ……転ばなかっただけ、マシね」

 

どうやら1階は精神的苦痛がある仕掛けで、2階は物理的な仕掛けが施されていたようだ。

1階を捜索しないで本当に良かった、と思いつつ2階の残りにはどんな仕掛けがあったのかと身震いした。

そして、藍からの手紙を見せ橙から聞いた事情を話すと、2人共とても素敵な笑みを浮かべて紫への怒りを露わにした。

 

「そう……紫のせいなのね。橙、紫に会ったら伝えてもらえるかしら? 次に会った時が命日だって」

「私からも伝言をお願いします。今回の御礼に次は私からの最高のオモテナシをいたします。と」

「「いいわね?」」

「は、はいぃ~! 必ず伝えます!」

 

うわぁお、2人共いい殺気だ。でも、橙に八つ当たりは良くないと思うぞ。彼女も被害者なんだし。

 

「で、これを持って出ればいいわけね?」

「そして、この御札はそのまま白玉楼への道しるべになるわけね」

 

持ってきていた予備の靴下に履き替えた咲夜と、咲夜の能力で服を乾かした霊夢。

2人の準備が整った所で俺達はマヨヒガを後にした。

 

「えっと、本当にいいんですか? マヨヒガの日用品を持っていかなくて?」

 

橙が無駄に時間を取らせたお詫びと、屋敷の物を持って行って構わないと言ってきたけど俺達は断った。

 

「別にいいわよ。私は幸福になりたいとか思ってないもの」

「私もよ。今の自分はこれ以上ない幸福だと思っているし」

「俺も興味はない。と言うか、持って帰ったら返って面倒事に巻き込まれて不幸になりそうだ」

 

俺がそう言うと霊夢も咲夜も、全くだと言わんばかりに頷いた。

 

「あ、あはは……本当にごめんなさい」

 

橙はさっきから耳がシュンと垂れさがり凹みっぱなしだ。

悪いのは紫で、橙は被害者なのに物凄く良い子だな。

 

「橙が謝る事じゃないわよ。むしろ、あんたも文句言っていいと思うわよ」

「そうよ。いくら紫は主の主だからって今回はあまりにもひどい。だから、あなたは悪くないわ。だから元気出して。猫達も無事で良かったわね」

「はい、ありがとうございます」

 

霊夢と咲夜に言われて、少しは元気が出たようだ。

 

「橙、今度来た時はちゃんと猫と一緒に遊ぼうな? またここに来れるかどうかは分からないけどな」

「私も猫と遊んでみたいわね。フランお嬢様も猫が好きだから、きっと喜ぶわよ」

「あ、はい! お兄さん達なら大歓迎です! いつでも来てください。って私がどうこう出来るわけじゃないですけど」

 

てへっと、舌を出した橙に俺達は笑顔で応え、マヨヒガを後にした。

 

 

後で聞いた話によれば、紫は藍と橙からこっぴどく叱られ、1カ月の間3食全てご飯とみそ汁だけになったそうだ。

俺達が紫に今回の御礼をたっぷりとしたが、それはまた別の話だ。

 

 

 

続く

 




はい、ちぇん回でした。
霊夢と咲夜とユウキ相手では誰で挑もうとも、橙にとって無理ゲーになりそうなので、こうなりました(笑)
ちなみに自分は猫も犬も大好きです!(笑)

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