ユウキさんと香霖堂に行ってから数日後の朝。
私はいつも通りの時間に目が覚めて、また外に降り積もった雪を見てげんなりしつつ、着替えていい匂いがする居間へ向かった。
そこにはまるで私が来るタイミングを見計らったかのように、朝食を準備していたユウキさんがいた。
「おはよう、相変わらず朝早いわね」
「おはよーございます、霊夢さん!」
「おはよう、霊夢。朝ご飯出来てるぞ」
「見たら分かるわ。良い匂いがしたしね」
最初は、朝起きたら朝食が出来ているって言うのにちょっと戸惑ったけど、今はもう慣れたわね。
ユウキさんの作る料理は、暖かくて美味しい。
何もせずに美味しい朝食が食べれるのは嬉しいけど、女としては何だか釈然としない。
「それじゃ……」
「「「頂きます」」」
うん、この味噌汁もダシが効いてるし、焼き魚も美味しい。
これは昨日、上機嫌なチルノが持ってきてくれた魚だ。
数日前にもチルノと大妖精が来て、新鮮な魚を置いて行ってくれた。
なんでも、彼女達と出会ったのは霧の湖で釣りをしようとした時で、それが縁なのかよく魚を持ってきてくれる。
たまにルーミアもおすそ分けと、狩った獣の肉を持ってきたりする。
人間の肉じゃないかと不安にはなるけど、肉が手に入るのは嬉しい。
これもユウキさんの人徳ってやつかしら。本人に言ったら否定するでしょうけど。……あれ? 今声が1人多く聞こえたような?
「ってなんで文がここにいるのよ!?」
そう。食卓には私とユウキさんの他にバ鴉天狗の文までいた。
呑気に味噌汁なんか啜っちゃって!
「あぁ~美味しい。ユウキさんの手料理が食べられるなんて幸せですね」
「ったく、朝食食べたらとっとと帰れよ。ま、山菜のおすそ分けはありがとな」
「ふふっ。あ、今度は私の手料理を御馳走しますね。霊夢さんよりも美味しい事は保証しますよ?」
朝から喧嘩売りに来たのかしらこのバカラス。
「よし、その喧嘩買った! ……じゃなくて、無視するな! なんであんたがここにいるのよ!?」
「へ? ちゃんと挨拶しましたよ? それに私はユウキさんに誘われたからここいるんです。ねぇ、ユウキさん?」
何を言っているんだ? と言うあきれ顔で文は私を見て、ユウキさんに振り向いた。
対するユウキさんはうんざりとした顔をして、私に向き直った。
「朝食の支度をしていたら、いきなりやってきたんだ。山で採れた山菜を持ってきたと言ってな。それと同時に文の腹がなったから、ついでに食べて行けと俺が誘った。以上」
お腹が鳴ったって……うわぁ、そこまではっきり言うんだ。
「ちょ、ちょっとなんて事言うんですか!?」
「ならもっと詳しく言えば良かったか? 味噌汁の匂いを嗅いだ途端にグーと言う音が、文のお腹から聞こえてきて、顔を真っ赤にしながらアタフタと慌てる様は可愛かったし、面白かったぞ?」
「か、可愛いって、いえ、そのような動作を可愛いと言われるのは心外……ではなく、もっと別の所を見て言ってほしいといいますか……」
クネクネと気持ち悪い動作で恥ずかしがる文。
なんだかすごくむかつくわね。ユウキさんもユウキさんで何を言ってるんだか、と睨むように見たが……
「さて、御馳走様。さっさと片付けて雪はねでもするかな。でも思ったよりは積もってなさそうだな」
「ええぇぇ~!? そこはスルーですか!?」
さっさと朝食を食べ終えて、食器を片づけに台所に向かった。
ド、ドライにも程がある。文に少しだけ同情したくなったわ。
「はぁ、もういいわ。とりあえず、おすそ分けはありがとう、文。で、それだけが目的じゃないでしょ? 何しに来たの?」
どうせ碌でもない事でしょうけど、一応聞いてあげるか。
「はい……実は、新聞を持って来たんです」
「そこまで溜めて行く事じゃないでしょ。それにわざわざ薪代わりにもならない新聞持ってくるのはいつもの事でしょ」
「だから、せめて一度は新聞読んでくださいよ……」
私と文も朝食を食べ終えて、食器はユウキさんが片付けてくれた。
彼、元いた世界じゃ主夫でもしてたんじゃないのか、と思ってしまった。
「それに今回の記事はユウキさんにも関係ある事なので、ぜひ読んでもらおうと」
「ん? 俺に関係ある事?」
食後のお茶を持ってきたユウキさんも、文の言葉に興味を抱いたようだ。
それを聞き、文がニヤリと笑みを浮かべた。
「はい、まずはこれをご覧ください」
「ん、何々? 『快挙! 氷の妖精チルノ、見事に白黒魔法使いを撃墜、初勝利!』……えっ? チルノが魔理沙に勝った? 嘘でしょ?」
文に渡された新聞を読んで驚いた。
新聞には弾幕ごっこでチルノに破れて、地面で目を回している魔理沙が写真付きで載っていた。
「私は昨日、最初から最後まで見ていました。チルノは確かに魔理沙さんと弾幕ごっこで真っ向勝負して勝ちましたよ?」
「信じられないわね。魔理沙がハンデでも付けたのか、それとも物凄く油断したのか……」
「やるじゃないか、チルノ。で、霊夢がそれほど驚くってチルノが勝つのがそんなに珍しいのか?」
ユウキさんはチルノが勝った事に喜んではいるけど、あまり驚いてはいない。
けど、私や文から見ればこれはまさに快挙。
チルノは確かに最強クラスに強い妖精。
でもそれはあくまで妖精の中での話。
弾幕ごっこで魔理沙に勝てるはずもなかった。
紅霧の異変の時も、それ以前にも魔理沙の全戦全勝だった。
なのに、昨日は勝ってしまった。
「魔理沙さんは改良したスペカの試し撃ちのつもりのようでしたけど、慢心はともかくあまり手加減するつもりはなかったみだいでした。けど、一番の勝因は次に書いてありますよ」
文にそう言われ新聞をめくると、そこには記事はなく数枚の写真があった。それを見て私は驚き、ユウキさんは更に嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「チルノ、ついにアレを完成させたのか。あーだから昨日上機嫌で魚を大量に持ってきたのか」
そう言えば、昨日チルノと大妖精はかなりの上機嫌だった。
私もユウキさんも何があったのか聞いたけど、2人は秘密としか言わなかった。
「ユウキさん、チルノのコレ、知ってるの? 私は見た事もないのだけど」
私が驚いたその写真とは、チルノが空中に氷で作った道を滑っている写真だ。
1枚は魔理沙の弾幕を滑りながら綺麗に避けていて、別の1枚は逆に滑りながら魔理沙に弾幕を放っていくチルノの姿があった。
「紅霧異変の時、俺が人里から紅魔館に向かう途中でチルノと大ちゃんに会って、そこで俺が教えたんだよ。この新しいスペルカードをな」
それからユウキさんはその時あった出来事を話してくれた。
確かに私も魔理沙も異変の時に、チルノ相手に1対1を2回やって2回とも圧勝した。
あの時のチルノがすごく悔しそうな顔をしていて、大妖精が必死に慰めてたのを覚えている。
まぁ、私達は先を急ぐからほっといたけど、あの後でユウキさんとそんな事があったなんて思わなかった。
しかも、その時文もいた……って思えば、文はずっと一緒にいたのよね。
「あの時、ユウキさんがチルノを慰めたしか言ってなかったじゃない。新しいスペカを教えただなんて初耳よ」
そう、異変解決後に文からユウキさんの道中の話は聞いたけど、この事は初耳だ。
「いやぁ~面白そうなネタになりそうでしたので黙ってましたが、正解でしたね」
上機嫌な文に文句を言おうと思ったその時だった。
「ユウキ~! いるか~!?」
外から魔理沙の声が聞こえてきた。
こんな朝早くから今日は来客が多いわね……客と言えるものではないけど。
「ん? どうしたんだ魔理沙の奴、思いっきり苛立ってるな」
魔理沙のどなり声に首をかしげながら、ユウキさんは神社の表に向かった。
私と文もそれにつづいたけど、嫌な予感しかしないわね。
「おはよう、魔理沙。宴会の時以来だけど、今日は朝早くからどうしたんだ?」
軽く雪がつもった境内に出た私達は、鳥居の前で不機嫌そうに仁王立ちする魔理沙を見つけた。
いつもなら私の部屋にまで朝っぱらから堂々と入ってくる程なのに、今日は外で私達を待っていた。
それにここ数日見かけなかったのも珍しいわね。
「お前、コレ読んだか?」
そう言いながら魔理沙がユウキさんに投げ渡したのは、さっきまで私達が読んでいた文々。新聞。
「おぉ、魔理沙さんにまで読まれていたとは、初めてですね♪」
文はまともに読まれた事が嬉しいのか、口がワの文字になってる。
「見ての通り、文が持ってきてくれててこれもしっかり読んだ。で、どうかしたのか?」
ユウキさんが不思議そうに尋ねるのを見て、魔理沙が更に不機嫌な顔になった。
これは……まずい、かしら?
「そうか、この新聞にはお前があの時、チルノの力を使って、チルノに新しいスペルカードを伝授したって書かれてるけど、本当か?」
文々。新聞は嘘、と言うかかなり大げさに書くから、内容が合っているのか本人に直接尋ねに来たのね。
「まぁ、そうだな。文の新聞にしては珍しく結構正確に書かれているぞ。ってこの時文も一緒にいたから間違えようがないけど。俺の幻想支配はあの時、チルノの力をすぐに視る事が出来たんだ。で、能力をこういう風に使えばいいぞって教えた。名前は本人に決めるように言った。すぐにはチルノも使えるようにはならなかったみたいだけど」
なるほど、それがようやく昨日チルノがこのスペカを使えるようになったから、御礼のつもりで魚を沢山持ってきたのね。
でも、肝心の事を秘密にしたって事は……文の仕業か。
「文、あんた昨日チルノに会って、スペカが完成した事をユウキさんに黙っているように言ったんでしょ」
「そのとーりです。まぁ、本当はチルノさんがユウキさんに弾幕ごっこを挑んで、その時見せるようにしたかったんですけど、こうなるのは予想外でした」
あー御礼ついでに披露までさせるつもりが、本人がつい忘れちゃったわけか。
で、帰り道に魔理沙と遭遇して、弾幕ごっこになったと言うわけね。
つまり、昨日文はチルノの事を神社に来る前からずっと追っていたのか、気付かなかったわ。
魔理沙はこっちの会話を聞いているのか分からないけど、ずっと俯いたままブツブツ何かを呟いている。
「なるほど……そっか……ユウキ、私と弾幕ごっこで勝負だ!」
魔理沙はミニ八卦炉をユウキさんに突きつけ、弾幕ごっこを挑んできた。
「はっ? いきなり何を言い出すのよ、魔理沙」
まぁ、こう言いだすんじゃないかとは思ってたけどね。
「いいぜ? 朝食後の良い運動になりそうだ」
魔理沙からの挑戦を、ユウキさんはすんなりと引き受けた。
横で文が小さくガッツポーズをしたので、肘を思いっきり急所に突き刺した。
何となくだけど、文はこうなる事を予想していた……いや、こうなる事を望んで仕込みをしていた気がする。
魔理沙がユウキさんに対して激しい嫉妬の念を抱いていた事は、文にも分かっていたはずだ。
「そうこなくっちゃな……で、そのままでいいのか? 霊夢や文の力を使わないのか? もしかして、私の力を使う気か?」
ユウキさんは手ぶらのまま、魔理沙の近くにまで歩いて行った。
私や文を見るそぶりは見せない。かと言って、魔理沙に幻想支配を使うようにも見えない。
まさかとは思うけど……
「いや今回、幻想支配は使わない。魔理沙の弾幕やスペカを全部かわしてやるよ」
「なっ!? わ、私をバカにしているのかそれは!」
これには私も文も驚いた。
幻想支配を使わないと言う事は、ユウキさんは飛ぶ事も弾幕を撃つ事も出来ない。
それで魔理沙の弾幕を全てかわす事で勝つと言った。
いかにユウキさんでも、それは不可能だと思った。
「馬鹿にしてるわけじゃない。魔理沙は俺に勝ちたいんだろ? 幻想支配で他人の力を使った俺じゃなく、本気の俺に。だからそれに応えようと思っただけだ」
それを聞いて魔理沙の目が見開いた。図星だったみたいね。
魔理沙がずっと不機嫌だった理由。それはユウキさんに負けたからだ。
本人ははっきりとは言わなかったけど、付き合いの長い私や霖之助さんには分かる。
不機嫌なのはただ負けただけじゃない。弾幕も打てず、飛べない全くの弾幕ごっこ素人のユウキさんに完敗したのがショックだった。
魔理沙は最初ユウキさんとフランの殺し合いを止めたそうだけど、その時はユウキさんの事をただの素人と思っていたはず。
ユウキさんとフランの弾幕ごっこを見ている時、魔理沙は少しショックを受けているように見えた。
魔理沙は昔から弾幕ごっこが大好きだった。
だからこそ、弾幕ごっこで殺し合いをするユウキさんとフランが気に入らなかったし、その後にフランの弾幕を身一つで攻略した彼を見て、今までにない弾幕ごっこに衝撃的だったのだろう。
魔理沙は表には出さないけど、かなりの努力家だ。
魔法もそうだけど、弾幕ごっこを面白くやる為に日々新しい魔法やスペカ開発に勤しんでいる。
私には負ける事が多いけど、その度に新しいスペカを作って再戦を挑んできている。結果は勝ったり負けたりだけど。
そんな魔理沙が、異変の直前に完成させたスペルカード 【彗星・ブレイジングスター】
直接私は見た事ないけど、紅魔館に向かう途中で私用のスペルカードだと言っていた。
恐らく、異変後で私相手に使うつもりだったのね。
それが弾幕ごっこ素人のユウキさんに破られた……魔理沙のプライドはかなり傷付いたはず。
と、ここまでは私の予想。
本人から聞いたわけじゃないから、本当に魔理沙がこう思っているかは分からない。
けれども、これだけは分かる。
ユウキさんは魔理沙の嫉妬心と敵意にとっくに気付いていて、それから逃げるつもりはなく、真っ向から受け止めるつもりね。
ホント、お人よしさん。
「そうか。じゃあ……遠慮なく行くぜ、ユウキ!」
「来い!」
魔理沙が箒に跨り、ユウキさんに向けて弾幕を放ちながら突進した。
つづく
対魔理沙第2ラウンドです。
弾幕ごっこに関しては2戦連続で魔理沙戦となりました。
しかも、今回は誰の力も使わずにです。
ユウキ流の弾幕ごっこ戦が始まります。