幻想支配の幻想入り   作:カガヤ

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お待たせしました!少し長く暑かったのでダレてました……
夏限定でチルノが欲しいです。


第37話 「強者」

紅魔館生活6日目。今俺はリハビリを兼ねて、紅魔館の周りをジョギングしている。

リハビリは咲夜の手伝いをしながらしていたが、そろそろ体全体を動かしたい。

出来れば、誰かと組手をしたいくらいだ。だけど、客人の身でそれはおこがましい話。

それ以前にまともな組手が出来る相手は……美鈴くらいだろうな、咲夜は多忙だし。

強さはレミリアやフランに劣るが、格闘術に関しては美鈴の右に出る者はいない。そう咲夜やパチュリーが言っていた。

美鈴はほぼ一日中門番をしているので、組手相手を頼むのは無理があるかもしれない。

けれども他に適任者はいないので、ダメ元で頼んでみようと門へと向かうと美鈴ともう1人いた。

 

「どうも! 「射命丸文と言うバ鴉」 ……ちょっ!? いえいえ、バ鴉と言う射命丸文……ん? アレ? 違います違います! 鴉天狗の射命丸文です! まだそのネタ続けてたんですか!?」

「あ、そうだったそうだった。久しぶりだな、文」

 

そこにいたのは見るからに脱力して深く溜息を吐くバ鴉、射命丸文だった。

彼女とも会うのは1週間近くぶりだったか。

 

「で、今日は何をしに来たんだ? 新聞の押し売りか?」

「それならいつも適当に放りこんで来るんで、押し売りどころか投げ売りですね。文は今日あなたの取材に来たみたいです。嫌なら今すぐ追い返しますよ?」

「取材じゃありません! お見舞いです! 追い返すって、この前のようにはいきませんけど、何でしたらまたやりますか?」

「私は構いませんけど、ユウキさんに醜態をさらす事になりますよ?」

「その言葉そのままそっくりと、利子をたーっぷり付けてお返しします!」

 

な、なんだこの2人。すごい笑顔だけど、目が笑ってない。飛び散る火花が見えそうだ。

確かこの前の時、文は美鈴に負けたんだっけ。それでライバル心でも芽生えたのか?

何にせよ、俺はいない方がよさそうだ。

 

「美鈴、俺お邪魔そうだから、また今度にするよ。ごゆっくり~」

「あ、ちょっと待って下さいユウキさん。この鴉は客でも何でもないので無視して下さい。それで、私に何の用だったんですか?」

「だからあなたに用はないので、ユウキさんだけお借りします!」

 

文がまだ何か言っているが、美鈴は無視している。

これは……俺の用を話せば面倒な事になりそうだけど、ほっといたらもっと面倒な事になりそうだ……仕方ない。

 

「今でなくていいけど、空いた時にリハビリに付き合ってほしかったんだよ。あの時の続き、でさ?」

「いいですね。私もまたユウキさんとしてみたいと思ったんです。今日でしたらそうですね……」

「あ、それでしたらちょうどいいですね! ぜひ、私にその組手を取材させてください!」

 

美鈴が時間を考えていると、待ってましたとばかりに文が文字通り身を乗り出してきた。

見舞いじゃなくて、やっぱり取材に来たのかよ……

 

「お見舞いも取材も、出来る時にやるのが私なんです! と言うわけでさぁさぁ、お二人さん始めちゃってください!」

「ちょっと待って下さい。今私は仕事中ですし、あなたに組手を見せる理由もありません! お帰り下さい。でないと私も私の仕事をしますよ?」

 

美鈴はそう言って、文を睨みながら拳を構えた。

さっきも思ったけど、なんで美鈴はこうも文に好戦的なんだ?

 

「あーそうですかそうですか、そりゃ私に見られたら困りますよねー。新聞のトップ記事に 『紅魔の門番 唯一得意のはずの格闘戦で人間にボロボロに負ける』 なんて載せられたら堪りませんよね?」

「そんな挑発には乗りませんよ? 第一あなたの新聞に載せられても、まともに見る人なんていないでしょう?」

 

またもや火花を飛ばし合い睨みあう2人。俺……帰っていいか?

 

「あら、面白そうじゃない。美鈴、私が許可するわ。今からユウキと組手しなさい、もちろんそこのブン屋もいていいわよ」

 

そこへ騒ぎを聞きつけたのか、寝ていると思っていたレミリア、フラン、咲夜、そしてパチュリーとこぁまでやってきた。

 

「俺はただリハビリをするだけなんだが、なんでこうも人が集まる? これもお前の能力かレミリア?」

 

この前の図書館での一件でもそうだが、レミリアの運命を操る能力は未来予知か何かなのだろうか。

 

「さぁ? 私はただ面白そうな事が起きる予感がしただけよ? それよりユウキ、あなたの本気を見せてくれないかしら?」

 

俺の、本気?

 

「あなたの身体能力・近接戦闘能力が見たいのよ。あなたは経験と技術だけで、4人のフランを相手にして圧倒した。その力がもう一度ちゃんとした形で見たいの。どうかしら?」

 

柔らかく言っているが、レミリアの瞳には今まで見た事ないモノが宿っている気がする。

それは敵意や殺意とはまた違ったものだ。

良く見るとレミリアだけじゃなくフランも、そして、先程まで新聞記者の目をしていた文も同じような眼で俺を見ている。

咲夜はただ黙っているが、俺の方を心配そうに見ていたので大丈夫だと言う視線で応えると、彼女は少しだけ微笑んだ。

パチュリーはそんな咲夜をニヤニヤと見ていて、こぁはわくわくしながら俺を見ている。

完全に見せものじゃないか、これ?

 

「ユウキさんが嫌でしたら、断ってもいいと思いますよ? お嬢様も無理やりは望んでいませんから」

「そう言う美鈴はどうなんだ? 今すぐにでもやりたいって顔してるけど?」

「あっ、そう見えますか? 隠さずに言いますと。この前少し手合わせしましたけど、あの時すごく気分が高揚したんです。それが今もまた……ユウキさんのような、魔法も能力も関係なしの肉弾戦であそこまでやれる人間、初めて見ましたから」

「そりゃまた随分と大げさだな」

 

要するに、美鈴は俺と戦いたかったけど、今まで俺が怪我していたりでそのきっかけがなかっただけと言う事か。

とはいえ本来、俺の方が美鈴に組手を頼みに来たんだ。なら、断る理由はないな。

それに……俺も美鈴との手合わせ楽しかったしな。

 

「分かった。美鈴さえよければ……今相手してもらえるか?」

「はい、よろしくお願いしますね!」

 

それから俺達は紅魔館の広いホールへと移った。

ここはパチュリーが魔法で補強しているので、大暴れしてもそう簡単には壊れないらしい。

そこまで過激な事するつもりはない。

と思っていると、パチュリーはこんなを聞いてきた。

 

「ユウキは美鈴の能力、【気を使う程度の能力】 については知っているわね? 使った事ある?」

「いや、紅魔館で幻想支配を使ったのは2人、フランとパチュリーだけだ。あ、魔理沙も視たけどな」

 

不用意に誰でも視るのは、あまり良くないのは分かっているからな。

 

「そう。じゃあ美鈴を視てみて、そして能力を使ってみなさい。きっと面白い事になるわよ。美鈴、構わないでしょ?」

「私は構いませんけど……なるほど、そう言う事ですか」

「くっくっくっ、これは面白くなりそうね」

「「「???」」」

 

美鈴とレミリアはパチュリーが何を考えているか見抜いたようだが、俺と咲夜とフランは分からずに互いに首を傾げ合った。

 

「どうでもいいですけど、早くしてくださいねー」

「なんでお前が仕切るんだ、バ鴉! 全く……とにかく、美鈴を幻想支配で視ればいいんだな?」

 

言われた通り、美鈴を幻想支配で視てみる。

全身に美鈴の妖力が沸き上がってくる感覚になった。

パチュリーや魔理沙の時は魔力だったから多少慣れ親しんだ感覚だったが、美鈴は妖力と言う今まであまり視た事ない力なので、フランの時と同じく感覚的に違和感がする。

 

「うまく言ったようね。妹様の時と同じく眼が銀色になっているわ。妖力を視ると銀色になるみたいね。さ、次は能力を使ってみなさい」

「あぁ……こうか、うぉ!?」

 

力を入れ美鈴の能力を使った途端、身体から透明な湯気のような物が沸き上がってきた。

 

「これが……気? 何だ、すごく身体が軽い。それにすごい力も感じる」

 

腕を振ったりしてみると、いつもよりも動作が速い。

軽くジャンプすると、普段よりも高く速く跳び上がった。

美琴の能力や火織の聖人の力を使い身体を強化した事はあるが、それ以上かもしれない。

自分の五感全てだけでなく、反射神経も動体視力も筋力、脚力、瞬発力……その他全てが強化されていた。

これなら美鈴とも互角に戦える……いや、同じ能力だから美鈴も自分を強化出来るので、あまり変わらないか。

 

「すげぇ、何だこれ! 自分の身体じゃないみたいだ! 美鈴、お前とんでもない能力持っているんだな!」

「ありがとうございます。気を使えば身体の全てが強化されるんです。ですから、近接戦闘に長けたユウキさんにはピッタリの能力だと思いますよ」

 

自分の能力を褒められて美鈴は嬉しそうだ。なぜかフランや咲夜、文までがこっちを睨んでいるけど。

パチュリーが勧めてきたのは、美鈴の能力が俺と相性が良いと思ったからか。

 

「それにしても、少し意外ね。能力の相性が良いとは思ってたけど、あなたがそこまで浮かれて喜ぶとは思わなかったわ」

「ふふっ、それは私も思ったわ。ユウキ、まるで子供のようじゃない」

「プリンを食べる時のお嬢様程ではないと思いますが?」

「うんうん、昨日も私とお兄ちゃんにプリン食べられて、涙目で私達を睨んでいたでしょ」

「ほほぅ、紅魔館の主はプリンに眼が無い、と。しかし、レミリアさんの涙目ですか、ぜひ写真に収めたかったですねぇ」

「う、うるさいわよ咲夜、フラン! それと文! そんな写真撮ったらあなたの羽、全部毟り取るわよ!」

 

外野が漫才をしているが、無視しておこう。

でもパチュリーの言う通りだ。何でここまで喜んだんだ俺? 自分の身体が思い通りに動いて強くなったから?

いや、違うな。

 

「なぁ、美鈴……全力で、やらないか?」

「奇遇ですね。私も今同じ事を提案しようとしていました。私は能力を使いませんが、全力でやらせてもらいます」

 

自然と俺と美鈴は笑みを浮かべていた。こんなに気分が高まる事は滅多にないと思う。

構えた美鈴を見て分かる。この前の腕試しとは違う、これが美鈴の全力。

対する俺は前と同じく全力だが、今は気の力で全身体能力を底上げしているのでどれくらいの強さか自分でも分からない。

 

「それじゃ、準備は良いわね? 特にルールは決めないわ、2人の好きなようにやりなさい……始め!」

 

レミリアの合図と共に仕掛けたのは俺の方だった。一歩一歩が今までと全然違う。

踏み込みの深さと速さが段違いで、今までの感覚で走ったりするとうっかり自分の目測がかなり狂ってしまいそうだ。

高速で間合いを詰め、勢いをそのまま乗せた正拳突きを放つ。

 

「っ!?」

 

美鈴は片手でガードしようとしたが、すぐに両手を交差させる完全防御の姿勢を取った。

 

――ボコッ!

 

鈍い打撃音と共に、美鈴が防御の姿勢のまま殴り飛ばされた。

 

「っつ、くぅ~……んっ!」

 

美鈴はどうにか受け身を取り、体勢を直してこちらに走ってきた。

その速度はあの時の比ではなく、美鈴の本気が改めて分かる。

 

「はっ!」

 

美鈴は助走の勢いそのままに、地を蹴り高速で回転しながらカカト落としをしてきた。

俺は両手を頭上で交差させ、受け止めたが。

 

――ドゴッ!

 

「うぐっ!?」

 

あまりの威力に受け止めきれず、片膝を付いてしまった。

まともに食らっていたら、意識が飛んでた所じゃなかっただろうな。

美鈴は追撃をせずに一度俺から距離を取った。そこで両手を痛そうに何度も振っていた。

どうやらさっきの正拳突きが効いたようだけど、こっちも美鈴の回転カカト落としを受けた両手が痺れている。

 

「へ、へへへっ……なかなか効きましたよ、あなたの正拳突き」

「そっちこそ、流石だな。身体強化もなしであの強さは反則級だろ」

 

火織やアックアは聖人や魔術使っていたしな。五和や天草式達も身体強化術式使っていた。

相手が素人じゃない、ガチでの格闘戦は初めてかもしれない。

 

「いえいえ、私よりレミリアお嬢様の方が身体能力は高いですよ。鬼の力に天狗の速さが吸血鬼のウリですから」

「……へぇ、やっぱり凄いんだな吸血鬼」

 

横目でチラリとフランの方を見ると、彼女はどこか得意げに胸を張っていた。

 

「ちょっとそこは私を見る所でしょ!」

 

レミリアが何か言っているが、無視する事にした。

 

「さて、そろそろ痺れは取れたか? こっちはもう大丈夫だぞ?」

「律義に待ってくれてありがとうございます。私ももう大丈夫ですよ」

 

互いの両手が回復したのを確認し、拳を突き合わせ距離を取り合った所で再開だ。

再度全身から気を放出させ全能力を強化し、美鈴へと攻撃をしかけた。

美鈴も同じく突進してきた。お互い間合いに入った瞬間、互いの蹴り技が交差した。

最初は下段、俺も美鈴も地に手をつけての下段回し蹴り。

互いの脚力は互角で、すぐに弾かれた。でも、これで終わらない。

そこから中段への再度回し蹴り。それも弾かれた。

ならばと手で地を押して飛び、その勢いをそのまま回転に乗せた上段回し蹴り。

周りから見れば恐らく、下・中・上と流れるような三段回し蹴りを繰り出したように見えただろう。

2人共相手の足に蹴り飛ばされ、また距離が空いた。

そこで姿勢を崩すわけにはいかない。急いで体勢を立て直し、今度は上下左右、両手両足を使った時間差同時攻撃。

手足の一本ずつ、律義に組み合わせた打撃ではない。

右手のアッパーをかわした所に左足のひざ蹴りを叩きこむ。普通にすれば、遠心力などの影響で威力が大幅に下がるが、気の強化の影響で遠心力も慣性の法則も重力も無視した攻撃が出来る。

しかし、この攻撃も美鈴は涼しい顔をして冷静に捌き、更には両手の掌底で反撃してきた。

こちらも両手で弾き飛ばし、がら空きになった胴へと膝を突き刺そうとして、咄嗟に大きく後ろに下がった。

と同時に、鼻先に美鈴のつま先が掠った。彼女が後方宙返り蹴り、サマーソルトキックを放ったのだ。

どうやら掌底が弾かれるのは想定内で、俺が突っ込んできた所にカウンター気味にキックを決めようとしたようだ。

 

「流石、攻撃の速度が速いな」

「それはユウキさんもですよ、器用な攻撃してきますね」

「元いた世界の能力の一つ、それの応用編だ」

 

芹亜先輩の妹である鞠亜が使っていた遠心力を増減させる能力、暴風車軸。

なんとかこれを能力なしで応用できないかと、試行錯誤した結果の延長線上にあるのがこの戦い方だ。

実戦レベルにするには他の能力で身体能力を強化しないと使えない、って事で自分の心の奥底にお蔵入りしてたが、こういう所で役に立つとは思わなかった。

 

「本当に、あなたと格闘戦するのは楽しいですね」

「あぁ、それは俺もだ。こんな気分で戦うのは生まれて初めてだろうな」

 

そう。俺が高揚していた理由はきっとこれだろう。

実験のためでもなく、誰かのオーダーを受けたわけでもなく、自分や周りの誰かのを守る為でもない。

ただ自分自身の為、自分の強さを試す為、他人は一切関係ない自分だけの理由での戦い。

しかも、相手は手加減抜きでも五分五分にすらならないほどの強敵。

武器も能力も使わず身体のみで戦う美鈴。こんな相手とこんな理由で戦う事に、俺はひどく興奮している。

俺って、意外と戦闘民族だったんだな。

 

「私は久々ですよ。さぁ、もっと楽しみましょう!」

「そうだな。まだ戦いは……これからだ!」

 

そして、戦いは再開された。

互いの拳が激突し、反発すると同時に俺が跳んで回し蹴りを放てば、同じタイミングで美鈴が深くしゃがみこみ下段回し蹴りを放ち、2人の足は空を切った。

着地を待たずに俺は右拳を美鈴に突き出したが、美鈴は身体を軽く横に反らしてかわしカウンターのように右フックを繰り出してきた。

その右フックを左手で受け止めると、身体を素早く反転させ滑りこませ背負い投げしようとした。

だが、美鈴は投げの体勢に入った俺の足に自分の足を絡ませ踏みとどまった。

そこで2人共動作が止まり、固まってしまったので仕切り直しで一端体を話した。

正直に言うと、背中当たった2つの柔らかい感触に戸惑ったからだ……ま、手で触った事が何度もある当麻に比べればまだ健全か。

などと言う動揺を顔には出していなかったせいか、美鈴は全く気にせずむしろさっきよりも嬉しそうだ。

 

「……ふー、ここまでやって一度も決定打を打ちこめないのは久々ですね」

「俺もだ。でもな、自分で言うのもなんだが、多少人間離れしてきてる気がする」

 

伸ばした腕を瞬時に戻したりなんて、こんな反射神経を無視したような連続攻撃が出来る人間はいないだろうな。

 

「なら、これはどうですか?」

 

そう言うと、美鈴は今までとは違った構えをしてきた。

さっきまでは両手を突き出した攻撃に重みを置いた構えだったが、今は両手を大きく回し広げて防御の構えだ。

クイクイと手先を動かして俺を誘っている。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

左手を小さく引き殴りかかる動作をしたが、それはフェイント。

美鈴が左手に意識を少し向けた瞬間、右足で蹴り上げようとしたがそれは簡単に受け止められた。

その体勢のまま、瞬時に地に付いた左足で空中蹴りを放った。これも人間離れしてるなぁ。

 

「甘いです!」

 

美鈴はなんと左足を掴み右足も掴まれたまま、ジャイアントスイングで投げ飛ばされた。

更に美鈴は俺を投げ飛ばすと同時に、追撃のために俺へと走ってきた。

空中で受け身を取ろうと身体を捻った所で……美鈴の顔が俺の目の前にあった。

まるでスローモーション、ゆっくりと美鈴が俺の目の前を通り過ぎて行く。

 

「「あっ……」」

 

どうやら空中で軽く静止したらしく、思いっきり跳んだ美鈴が俺に追いついて……らしい。

 

 

 

 

ユウキと美鈴はほぼ同時に着地すると間合いを詰め直すわけでもなく、ただ黙ってお互い気まずい顔をしあい苦笑いを浮かべた。

 

「え、えっと……ぶつかってません、よね?」

「あぁ、大丈夫だ。俺と美鈴はただ通り過ぎただけだ、うん」

 

平静を装っているけど、思いっきり動揺しているわね2人共。顔も赤いし、ユウキもあんな顔出来るのね。

 

「あの2人、一体何をしているのかしら?」

 

そんな2人を見て、私はイラついた声でそう言った。

 

「そうですね!」

 

カメラ片手に観戦していた文は私よりも不機嫌な声を出していた、写真撮らなくていいのかしら?

咲夜も不機嫌そうな顔をして睨んでいた。

全く、2人揃って美鈴に嫉妬しているのね。

 

「レミリアさんも、同じじゃないですか?」

「わ、私は違うわよ! せっかくいい勝負しているのに、なにラブコメしてるのよって思っただけよ!?」

「そう言う事にしておきましょうか」

 

ニヤニヤとこっちを見る文を無視して、ふと横を見ると。

 

「……むぅ」

 

パチェ、あんたもかい!?

この分ならフランは暴れそうな程かなとちらっと目を向けた。

 

「わぁ~……」

 

これは意外。フランは不機嫌どころか目をキラキラと輝かせて、戦いを再開した2人に魅入っていた。

 

「お二人との戦い、フランちゃんにはいい刺激になっているようですね」

 

さっきまで不機嫌だったのに、文はもうフランに興味を示したようだ。

 

「あなただってさっきまで、あんなにうずうずしてたでしょ?」

「それはレミリアさんもですよ? まぁ、でも仕方ないですね。こんな戦いを見せられたら、身体が疼いて仕方ありません」

「……そうね。こんなの久々だもの」

 

お互い全力でぶつかり合う。ユウキは美鈴の能力を使っているとはいえ、あの美鈴が全力を出して互角になるほどの強豪とは思わなったわ。

面白い事になる予感はしたけど、これほどとは……私の目もゆるくなったわね。

私達妖怪が全力を出せる事なんてそうはない。幻想郷のルールに乗っ取っていれば尚更だ。

けれども、美鈴は今自分の全力を出して戦い合える相手に巡り合えた。

それはユウキも同じようで、美鈴との戦いを心底楽しんでいる。

 

「あんなに楽しそうに戦う美鈴は、初めてですよ。お嬢様」

「そう言えば、咲夜は美鈴の全力をまだ見た事なかったわよね?」

「えぇ、格闘に長けているのは知っていましたけど、ここまでなんて」

 

咲夜は美鈴の強さに驚いているようね。思えば美鈴が全力で戦ったのは、私と出会った頃くらいよね。

 

「行くぞ、美鈴!」

「行きますよ、ユウキさん!」

 

2人が掛け声と共に走りだし、互いの拳をぶつけ合っていた。

今までよりも間合いを詰めての乱打戦を始めたようだ。

 

「おららららっ!」

「はあぁ~!」

 

人間の限界を超えたような速さでの拳の乱打。美鈴はともかく、人間のユウキには無理な動きをしている。

あれでは拳を痛めるだけだろうに、それでもユウキは楽しそうだ。

 

「あぁ~……なんて、羨ましい」

 

文がうっとりとしたような表情で、心底うらやましそうな声を出した。

でも、それは私もだ。

ユウキと美鈴の戦いが始まってからすぐ、私も文もすぐに2人の戦いを見てこう思った。

 

『羨ましい』

『私もやりたい』

 

初めて会った時からユウキは人間の上位に入る強さだったけれど、戦ってみたいとまでは思わなかった。

けれども、今のユウキは私と文を刺激する程の強さを持った……強者だ。

弾幕ごっこなんかではなく、純粋に力と力をぶつけ合って戦いたい相手。

そして、そう思ったのは私と文だけではない。フランもそうだ。

吸血鬼にして私の妹でもあるフランが、とても強い相手を前にこんな目をして魅入ってしまっている。

抑えきれないほどの闘争本能、これは紛れもない 【強者の証】 だ。

 

「フラン、今のユウキと戦いたい?」

「うん! 美鈴の次は私と戦ってほしい! もちろん、美鈴の能力使って構わないから!」

「それは私も同じよ。こんなに心が躍って、胸がわくわくするのは久々だわ」

「ちょっと、レミィ。何物騒な事言っているの? まさかと思うけど……」

「ふふふっ、パチェちょうどいい具合に2人の勝負が終わりそうよ?」

 

見るとユウキも美鈴も息切れをしていた。この時間で美鈴があれほど息切れするなんて、これはますますワクワクしてきたわ。

 

「はぁ、はぁ……美鈴、本当に楽しかったぜ」

「こちら、こそ、こんなに楽しい勝負は、何百年ぶりでしょうか。でもそろそろ……終わりですね」

 

ユウキを見ると、全身から陽炎のように発せられていた気の力が随分と弱々しくなっていた。

彼の体力の限界か、幻想支配のタイムリミッドが近いようね。

 

「これが最後。最後の一撃……行くぞ」

「ええ、私もこの一撃に全てを籠めて……行きます!」

 

2人同時に駆け出す。今まで一番速く、力の籠った走りだ。

一歩、二歩、三歩。走る度にユウキの右足に気が集まって行くのが見える。

美鈴も気は使っていないが、右足に力を籠めながら走っている。

すぐに2人の距離は縮まり、最後の攻撃が始まった。

最初に跳んだのはユウキ。空高く舞い上がり、空中で幾度も縦回転をしてからの右足での飛び蹴り。

対する美鈴も同じく飛び、こちらは横回転を加えた回し蹴り。

 

「「はあぁ~!!」」

 

ユウキの蹴りが当たる直前、美鈴は回転の勢いをそのままに軸足を右から左に替えての上段回し蹴りを放った。

スピードと空中回転と気の力で威力を増したユウキの蹴りと、同じくスピードと横の高速回転による勢いを乗せた美鈴の回し蹴りが激突した。

 

――ドンッ!

 

「うわっ!?」

「くっ、す、すごいですね……」

 

両者の蹴りが激突した瞬間、思わず身構える程の衝撃と風が部屋全体に広がった。

床にヒビが入り、窓ガラスが全部割れてシャンデリアも砕けて落ちてしまった。

それほどの衝撃を放った両者は、既にその場にいなく壁へとそれぞれ勢いよく弾き飛ばされていた。

あの勢いで壁にぶつかれば身体が頑丈な美鈴はともかく、能力が切れて気の強化を失ったユウキはただじゃすまない!

私では受け止めるには体格が合わず、ユウキに怪我をさせる受け止め方になる。

パチェが魔法で受け止めようとしていたが、絶対に詠唱が間に合わない。

咲夜は時間を止めて間に合ったとしても、人間の身体では受け止めきれない。

ならば、今一番適任は……

 

「文!」

「お任せ下さい! うぐっ! こ、これは……キツい、です」

 

言うより速く文は壁へと飛び、見事にユウキを受け止めた。ここまで一秒にも満たない時間だ。

 

「うっ……つつっ、ユ、ユウキさん……はっ、ユウキさん!」

「彼は大丈夫よ。全く、もう少しで大怪我する所だったじゃない。いくらあなたが頑丈でも、もっと気をつけなさい」

「す、すみません咲夜さん」

 

どうやら咲夜は時間を止めてユウキを助けようとしたけど、既に文が動いているのを知り、美鈴の方へと向かったようね。

 

「ユウキさん、大丈夫ですか?」

「はぁ……ふぅ、ありがとな文。もう大丈夫だ。あの一撃に意識集中し過ぎて反動を考えてなかった」

 

ユウキの方も無事見たいね。体中ボロボロだけど、見かけよりは体力を消耗してないみたい。

それよりも、文が後ろから抱きつくように受け止めたのが、何か気にくわないわね。

 

「これは貸しですよ。と言うわけでもうしばらくこの体勢でいますね。ユウキさんもお疲れでしょうし」

「あのなぁ……少しは疲れたけど、気の力で自己回復しつつ戦ってたから問題はない。と言うか、離せ」

「嫌ですよぉ。それにこんな美少女に抱き付かれて嬉しいんじゃないですか? 美鈴さんには負けますけど、私も結構胸大きいでしょ? ほらほら、さっきだって美鈴さんの感触味わって 「お兄ちゃん!」 ゴフッ!?」

 

ユウキを抱きしめていた文が不愉快な事言っていたけど、フランが文を突き飛ばすようにユウキに抱き付いた。

フラン、グッジョブ!

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん大丈夫!? 骨とか折れてない?」

「心配かけてごめんなフラン。俺は大丈夫だ、ほら身体もちゃんと動くぞ?」

 

ユウキは涙目で抱き付くフランを降ろして身体を動かし、安心させた。

うーん、少し嫉妬するわね。もちろん、姉としてね?

 

「美鈴、大丈夫か? 加減しないと言ったけど、やりすぎちゃったな、悪い」

「い、いえいえ。私の方こそ全く加減しなくて全力でやっちゃいました。私の能力を使って、身体に変な所はありませんか? だるさを感じたり、お腹がすいたりとかは?」

「いや、特にはないな。まぁ、少しはお腹すいたけど運動したせいだろうし」

 

あなた、運動程度じゃ済まない事してたわよ?

 

「そうですか良かったです。気による身体強化を長時間使うとお腹が空いちゃったり、身体が重くなったりと副作用出る事あるんですよ。だから長期戦には向きませんし、私自身も気の強化はここぞと言う時にしか使いません」

 

そうね。今見たいな時間なら大丈夫だけど、もう少し長く続けていたらユウキが先にダウンしていたでしょうね。

最後にアレは使ったのはまだパチェと出会って少しの頃、私に挑んできた時ね。懐かしいわ。

 

「ユウキ、美鈴、見事な戦いぶりだったわ。お互い決定打が一度も当たってないから、これは引き分けね」

「別に勝負をしていたわけじゃないんだけど?」

 

私は2人の健闘を称え、拍手をしながら降り立った。

けど、2人共微妙な顔をしているわね。

何かあったのかしら?

 

「レミリア、お前今度は何を企んでいるんだ?」

「いきなり失礼ね。何の事よ?」

「お前がそんな笑み浮かべてる時って、絶対に何か良からぬ事考えている時なんだよな」

 

あら、バレていたみたい。美鈴も苦笑いを浮かべているわね。

 

「そう。じゃあ、もったいぶる事はないわね。ユウキ、次は私と戦いなさい」

「あ、お姉様ズルイ! 次は私が遊ぶ番だよ!」

「あなたは一度戦っているでしょ? 私はまだユウキと弾幕ごっこすらした事ないのよ? だから姉である私に譲りなさい」

「お姉様こそ、可愛い妹に譲ってよ!」

 

予想していたけど、フランもユウキと戦いたがっていたのね。

見れば文ももじもじしながらユウキをみているし、あなたも戦いたいのね……

 

「お、おいおい俺は美鈴とやりあったばかりで疲れてるんだけど、また今度じゃダメか?」

「そうですよ、お嬢様。ユウキさんを休ませてあげてください」

「ダメよ。明日には博麗神社に行っちゃうじゃない。だから、今日のうちに済ませたいのよ。美鈴、あなたはユウキと2人きりの世界に入って楽しんだでしょうけど、私とフランはあなた達の戦いを見せられて身体がうずいて仕方ないのよ。責任取ってもらうわよ?」

「もうこの際だからレミィと妹様、美鈴とユウキの2対2で済ませたらどう?」

「それよ! ナイス、パチェ!」

 

それなら手間が省けるわね。主を差し置いてユウキと楽しんだ美鈴への八つ当た……お仕置きも兼ねてね。

 

「えぇ~!? 俺を殺す気かお前ら!?」

「それでは私がユウキ様の手伝いをいたします。それならお嬢様達へのハンデにはちょうどいいと思いますわ」

 

意外な伏兵、それは咲夜。疲労困憊のユウキと美鈴のフォローをするという名目で、ユウキと一緒に私達と戦おうだなんて良い度胸してるじゃない。

 

「よおし、その挑戦乗ってあげようじゃない! いいわね、フラン?」

「私はお兄ちゃんと遊べればいいよ。美鈴と遊ぶのも久々だし、楽しみだよ」

「それではモノのついでと言う事で、私はレミリアさん側に付きますね。それでちょうど3対3になりますし。よろしくお願いしますね、フランさん」

「うん、一緒に頑張ろうね、天狗のお姉さん」

 

このバカラス、ちゃっかり混ざりやがったわね。しかも、フランをダシにして私に参加を認めさせようだなんて。

 

「ちょっと、あなたがそっちに付いたらユウキ側が圧倒的に不利じゃない。仕方ないわね、私がユウキ達のサポートするからこれで戦力的には五分五分ね」

「あ、パチェ! あなたいつもこういうのに混ざるの嫌がるじゃない!」

「いつもはいつも、今回は今回よ。ユウキ、私が魔法あなたを全力でサポートするわ。あなたは後方の憂いなく遠慮せずに、レミィをぶっ飛ばしてあげなさい」

 

おい、何だか趣旨がおかしくなってるぞ、親友!?

 

「……諦めた方がよろしいですよ、ユウキ様。終わったら私が精の出る料理と紅茶御用致しますから」

「咲夜さんの言う通りみたいですね。ユウキさん、速くやって速く終わらせましょう。後で私がマッサージしてあげますから」

 

あっちもあっちでさり気なくユウキにアピールしているし。

それを見た文とフランが更にやる気に燃えているし。

そう言う私も何だか、ものすっごくイライラしてきたし!

あぁ、もう! いつから紅魔館はこんな桃色空気が蔓延するようになったのかしら!?

 

「分かった分かった。とっとと始めようぜ! もう破れかぶれだ。やりたい相手は全員ぶっ飛ばしてやる!」

 

ほとんどやけっぱちになったユウキの叫びを合図に、4対3の弾幕なしの集団格闘戦が始まった。

この結果は……言いたくないわ。

文は今日の出来事を新聞にするのを止めて、フランはイライラのあまり私のおやつのプリンを横取りしたり。

咲夜と美鈴とパチェは終わった後、ユウキの部屋で仲良く談笑していたりと、とにかく私的には散々だったわ。

けれど、とても楽しくて有意義な時を過ごせたのは、間違いないわね。

 

 

 

後日、霊夢が今日の一件を知り、お仕置きと言う名の妖怪退治にまたやってきた。

博麗の巫女としてここのルールをもう一度身体に叩きこんであげるわ。と、そう意気込んでだけど、あれは完全に八つ当たりだったわね。

 

 

つづく

 




次回は紅魔館での生活ラスト、スカーレット姉妹回です。

紅魔館メンバー+文は強弱の差があれど完全に恋愛フラグです。
ただこれからは異変ごとに全員に恋愛フラグ立つわけではありません。
恋愛フラグだったり、天敵フラグだったりと色々する予定です。

フラグって……なんでしょうね?

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