7月27日
どれだけ眠ったか分からなかったが、頭痛と筋肉痛で目が覚めた。
「……知らない、天井だ」
日差しの眩しさで目がくらみながらも少しずつ開くと、そこには見慣れない天井があった。
てっきり地獄か、運が良ければ病院のベットの上かと思ったがなぜか布団に寝かされていた。
俺は神裂火織と戦って……負けた。
ならなんで俺はこんな所にいる? 頭をぐるりと動かし辺りを見渡すとそこはどこかの部屋ようだが、異様に狭い。
更に頭を動かすと、どうやら隣にも布団が敷かれていて、そこに包帯でグルグル巻きになった当麻が眠っていた。
「あ、ゆうき! 目が覚めたんだね!」
名前を呼ばれて頭を少し上げると、白いシスターがテトテトと狭い部屋の中を走ってくるのが見えた。
「イン、デックス? なんでお前が?」
「それはこっちのセリフなんだよ! とうまとはぐれたから心配で探しても見つからないし、こもえの所に戻ったら2人して倒れてたんだよ!」
こもえ、そうかここは小萌先生の部屋か。
状況がさっぱり読めないが、まずは自分の体がどうなってるか確認だな。
起き上がろうとすると、インデックスが止めた。
「あ、まだ起き上がったらダメなんだよ。とうまと違って怪我はないようだけど、すごく衰弱してるってこもえ言ってたんだよ」
怪我は、ない? そんなわけがない。神裂火織と戦った時に体中ワイヤーで切り刻まれたり、ビルに叩きつけられた時に骨が数本逝ったはず。
が、上半身だけ起き上がって自分の体を見てみると、包帯は一切巻かれておらず外傷も一切なかった。
ただ、少し頭痛がするのと、全身が筋肉痛なのを除けば一切健康体だ。
頭痛は幻想支配の後遺症、筋肉痛は肉体の限界を無理やり電気で引き延ばした副作用だと思うが、思ったよりも酷くない。
「インデックス、魔術か何かでお前が治療したのか?」
そう聞くと、インデックスはとても悲しそうな顔をした。
「私は何もしてない、何もできなかったんだよ。こもえと私が2人を見つけた時はとうまには包帯巻かれていたし、ゆうきには魔術で治療した形跡があったんだよ」
どういうことだ? 俺と当麻を治療したのはインデックス以外の魔術師と言う事になる。
恐らく当麻は幻想殺しのせいで回復魔法とかが効かないから、キズ薬や包帯で治療したんだと思うが、一体だれが?
神裂火織? それとも他の魔術師か?
「ごめんなさい……私のせい、だよね? とうまもゆうきも私を狙ってた魔術師と戦って怪我したんだよね?」
「……それは」
正直なんでインデックスが狙われたのかとか、あいつの正体とかもよく分からない。
当麻が傷付いてるのを見て、本能的に許せなくて殺そうとしたのは覚えている。
けど、なんでそこまでしてアイツに挑んだのか、それに戦っている間に少しずつアイツへの殺意が薄らいでいった気がした。
神裂火織、一瞬で俺を殺せたはずなのに、俺の攻撃を捌いたり防いだりするだけで積極的に攻撃しては来なかった。
アイツの本気はきっとあんなものじゃないはず。瞬きする間に俺も当麻も殺せたはず……
「ぅ……ここ、こは」
「あ、とうま!」
やっと当麻が目覚めて、俺とインデックスを不思議そうな眼でみていた。
「インデックス、それに……ユウキ? なんでお前が、いってぇ!」
「まだ起き上がったらダメだよ、とうま」
当麻は起き上がったが、右手が痛むようだ。インデックスがそっと当麻の右手に手を添えた。
「日が昇ってる。俺、一晩も眠ってたのか」
「違うよ。とうまもゆうきも3日寝込んでたんだよ」
「「3日!?」」
思わず俺と当麻も声が重なった。3日も寝込んでいたのは驚いた。でも、それも当たり前か。
木山春生、幻想猛獣、そして神裂火織と、あの日は立て続けに規格外の奴らと戦って、幻想支配も限界以上に酷使した。
正直、1週間は何もせずにゴロゴロしたいくらい働き過ぎた気がする。
「2人共どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないんだ、なんでも」
俺も当麻も何か難しい顔をして考え込んでいるのを不思議に思ったインデックスが尋ねてくるが、俺はともかく当麻は一体何を考えていたんだろうか。
「私、とうまもゆうきも助けられてばかりで、助けられなかった」
インデックスが泣きそうな顔で色々言っていたが、俺は別の事を考えていた。
携帯を見てみるとメールも着信もない。3日も寝込んでいたのに何もないとは少しおかしいな。
幻想御手の件は、もう片付いて後始末は他の奴らがしてるみたいだけど、何も俺に言って来ないとは。
ま、それは置いておくか。ともかく、事の始まりから全部こいつらに聞かないと話にならない。
俺は、ほんの数センチ先で何だか微笑ましくも感動ものの対話をしている2人に真顔で向き直った。
「そこの2人。感動の場面はもう終わったか?」
「うん!」
「いやいや、なんでここで水を差すんだよお前は! ってか、うん! って何満面の笑顔で返事してるんですか、インデックスさん!? あ、なんでユウキもここにいるんだ? しかも、俺の横で寝てたみたいだし」
今気付いたか、ノー天気だなこいつは。
「3日前、家に戻ろうとしたら、変な気配がして行ってみると変な格好した露出狂がいて、足元にお前が倒れてて喧嘩ふっかけたら負けたんだよ。んで、気がついたらここで寝ていた。ちなみにインデックスはその前に知り合ってて、魔術師に追われているとか簡単な状況は聞いている」
「お前でも、あの魔術師にやられたのか!? って、インデックスとも顔見知りなのは驚いたな」
「ゆうきはね、私にたくさん御飯をごちそうしてくれたんだよ。私が魔術師に追われてる事も、魔術の事もすぐに信じてくれたんだよ。全く、とうまも少しはゆうきを見習ってほしいかも」
インデックスは不満げな顔で当麻を睨んでいるが、はっきり言って迫力不足でどこかしら可愛げのある表情になっている。
「そんな事より、さっきも言ったけど俺は、インデックスは魔術師から追われてるって事しか知らない。だから、今まで何があったか話してくれないか? ってか話せ、キリキリ全部吐け……っ!?」
当麻もインデックスに事情を聞こうとしたが、部屋の外から異様な気配を感じ、すぐに2人をかばうように立った。
「ゆうき?」
「どうしたんだいきなり?」
頭に?マークを浮かべる2人に静かにしているように合図して、静かに部屋のドアへと向かった。
「あれ? 部屋の前で何をしているのですか?」
ドアの外から外出していた小萌先生の声がした。けど、他に2つの気配がする。
「上条ちゃーん、誰か分かりませんけどおきゃくさんですよー? ゆうきちゃんも起きてますか―?」
小萌先生の呑気な声と共に、ゆっくりとドアが開かれその先には小萌先生と2つの人影があった。
1人は、神裂火織。相変わらず露出狂な格好だが、表情はあの時より少し柔らかい感じがする。
そして、もう1人。見るからに怪しげな白人で赤髪の男魔術師、頬にはバーコードのような刺青がある。
「っ! お前ら!」
後ろで当麻が叫ぼうとするのを後ろ手で制し、普段通りの笑顔で小萌先生を出迎える。
「小萌先生、布団お借りしました。色々御迷惑をかけたようで、すみません」
「あ、ユウキちゃん、上条ちゃんも目が覚めたんですね。身体の方は大丈夫ですか? 具合悪いようならお医者さんに行った方がいいですよ?」
俺の姿を見て2人の魔術師は警戒をしたが、後ろにインデックスの姿を見て少し安堵の表情を浮かべた。
が、すぐにバーコードの方が楽しげな表情を浮かべて、話しかけてきた。
「やぁ、思ったよりは元気そうだね。神裂の治療はどうだい?」
コイツの口ぶりから俺と当麻を治療したのは神裂火織のようだ。
でもなぜ俺達を助けた? こいつらはインデックスの敵じゃなかったのか? その証拠にインデックスは警戒心丸出しで2人の魔術師を睨んでいる。
小萌先生はそんな俺達の様子をオロオロしながら見守っている。
「けど、その様子じゃ今度こそ簡単には逃げられなさそうだね。【足かせ】の効果も十分そうだし、良かったよかった」
勝ち誇った顔をするバーコード。あ、なんかコイツ無性にむかつく。殺意とかそんなもんじゃなく、ただムカつく。
だから……
「分かっていると思うけど、残り時間はあと……ふごっ!?」
小萌先生がこっちを向いていない隙に、一発ぶん殴った。
「な、何を!?」
「「えっ!?」」
「あ、あれ? この人、急に倒れてどうしたんですか!?」
神裂火織だけでなく、当麻とインデックスも驚いた声を上げたが、俺は笑顔のまま小萌先生へと向き直った。
「小萌先生。どうもコイツ日射病らしくって、ここじゃなんですから近くの公園で休ませてもらっていいですか? ジュースやかき氷でも食べさせて下さい。あ、コイツの分はこれで……俺達は、このおねーさんと話があるんで」
「えっ? あ、あの、ユウキちゃん?」
「ささ、おねーさん……今度はちゃんと話しようか?」
小萌先生にバーコードの事を任して5千円札を渡して、その横で目を丸くしている神裂火織に小声で話す。
「……分かりました。ですが、インデックスを外させて下さい。彼女抜きで話をしたいのですが」
「あぁ、いいぜ。小萌先生、インデックスがお腹すいたそうなんで、ついでにファミレスで何か食べさせてもらっていいですか?」
「あ、はい、分かりました!」
俺は普通の声で話しかけたはずなのに、なぜか小萌先生は恐縮しきった表情を浮かべて敬礼までして答えた。
「ユウキ! 話なら私も!」
「インデックス、俺と当麻なら大丈夫だ。こいつも今の俺達には手を出さない……だろ?」
「はい。約束します。この2人は一切手を出しません。本当に話をするだけです。ステイルにもあなたには手を出さないよう言ってあります。それだけは信じてほしい、インデックス」
神裂火織の方を向いて言うと、彼女も無表情ながらもインデックスに約束した。
「……分かったんだよ。本当に約束してよ? とうまもゆうきにも何もしないでよ? だったら私、あなた達の言う事を……」
「あーいいからとっとと行けって、話済んだら小萌先生に連絡するから」
「ずっと俺達の看病して疲れただろ? 外の空気吸ってリラックスしてこいよ、インデックス」
俺と当麻に言われ、渋々ながらも小萌先生とステイルと呼ばれたバーコードと一緒に出かけて行った。
去り際にバーコードから物凄く睨まれたが、舌を出して笑顔で見送った。
俺と当麻、神裂火織の3人は一先ずテーブルを囲むように座り、俺が冷蔵庫の麦茶を出した。
缶ビールが山ほどあったが、流石に真昼間から飲む気はない。
「ふぅ……うまい。あ、飲まないのか2人共? 冷えてて美味しいぞ?」
「いやいやいやいや、何呑気に麦茶飲んでるんだよ! 何インデックスをこいつらに引き渡すようにして、コイツを中に入れたんだよ!」
「落ち着けよ当麻。さっきのバーコードは胡散臭いけど、神裂火織とは話が出来ると思ったから誘ったんだ」
何考えているんだコイツ? みたいな顔で俺に文句を言う当麻を尻目に、神裂火織は無表情のまま麦茶を飲んでいる。
「インデックスに約束した通り、私はあなた達に危害を加えるつもりも、今インデックスを回収するつもりもありません……ですが、インデックスに関しては引き下がる気もありません」
「あー最初に言っておくか。俺はこのツンツンバカと違ってインデックスの事は魔術師に追われたシスター、としか知らないからな? それと、俺と当麻を治療してくれてありがとな」
俺が頭を下げると、神裂火織は麦茶を吹きだしそうなくらい驚いた。
当麻は実際に麦茶を吹きそうになり、むせた。
「なっ、何を? あなたはどこか打ちどころでも悪かったのですか? 3日前とはまるで別人のようですよ!?」
「……そこまで驚くような、事だよな、普通。そりゃあの時は本気でお前を殺そうとしたし、その事は今も後悔してないし当たり前だと思う。けど、こっち殺そうとしてるのに、お前は一向に反撃らしい反撃して来なかったし。俺や当麻を見て何か後悔のような物も見えたし、こちゃ何か深い事情がありそうに思えたからな、とりあえず話を聞こうと思ってな」
目を丸くしたまま、信じられないものをみるかのような目を向けてくる神裂火織。
それは当麻も同じようで、頭を抱えながらも俺にどなってきた。
「ユウキ……お前バカか!? 殺し合いとか色々ぶっそうな単語出てきたけど、それにしてもあっさりしすぎだろ!」
「お前にバカ言われたくねぇっての、ウニ頭! いいからインデックスに出会って何があったか話せっての! でなきゃ話しが進まない! それと、当麻お前、神裂火織達が、インデックスをただ付け狙うだけの魔術師じゃないって知ってるだろ?」
「な、何をいきなり言い出すんだよ?」
「1つ、インデックスを狙っているのなら、俺と当麻を治療なんかしないし3日間も何もしないわけがない。1つ、さっき当麻が神裂火織達に向けた警戒心に少しだけ迷いがあった。お前インデックスが知らない深い事情も知ってるな? だから、インデックスに席をはずさせるのにも同意した。違うか?」
全ては俺の勘。でもこういう観はあまり外れない。
「あ、相変わらずの鋭さだな、ユウキは。その通りだよ、こいつらは……インデックスの敵じゃない」
それから当麻はインデックスの出会いから語りだした。
最初はインデックスが当麻の部屋のベランダに引っ掛かったのが始まりで、最初魔術だのを信じられなかった当麻だったが、ある出来事がきっかけで信じるようになったと言う。
何がきっかけだったか、当麻は顔を真っ赤にして言おうとはしなかった。
そして、一度インデックスと別れ、その日の夜血まみれのインデックスを見つけ、さっきのバーコード野郎、ステイルと交戦。
なんとか退けたが、インデックスの怪我を治す為に小萌先生の協力を求めてここに滞在する事になり、先日の神裂火織襲撃となったと言う事だ。
「インデックスの怪我を治してくれたのは、さっきの彼女だったのですね……」
感慨深く神裂火織は少しの笑みまで浮かべてそう呟くのを見て、確信した。
インデックスは神裂火織にとって、とても大切な存在なのだと。
「私達がなぜインデックスを狙うのか、それは私からお話しします。これを聞けば、あなたなら納得して頂けると思います」
どうやら神裂火織が話す気になったのは、俺が当麻よりは話が分かる人間だと判断しからのようだ。
正直、複雑な気分。
「まず、インデックスについてお話する必要がありますね。彼女は 【完全記憶能力者】 であり、【10万3000冊の魔道書】 を頭の中に記憶させられているのです」
10万3000冊の魔導書を頭に記憶させられた完全記憶能力者、それが【禁書目録】の名の由来。
「魔導書とはその名通り、魔術の使用方法が書かれた書物です。彼女は世界中に存在する、もしくは過去に存在した魔術の記録を10万3000通り記憶していると言う事です。そして、彼女がいればそれが自由に扱える、この事が分かりますか?」
「つまり、インデックス1人で世界中の魔術師たちと渡り合えるって事か?」
「知識だけならば、ですね。それに失われた魔術も彼女がいれば再現可能になるのです。いわば、彼女を手にするのは、魔術の世界そのものを手にするのと同じ事」
俺達学園都市側で言えば、現存する能力の全てを記録していると言う事か。そりゃ危険すぎるな。
そこまで聞いて、俺の中に小さな違和感が浮かんだ。
「しかし、その完全記憶能力のせいで彼女の脳の85%が10万3000冊の魔道書に使われているため、彼女は残り15%しか脳に空きがありません。ですので、1年ごとに彼女の記憶をリセットしなければ、彼女は脳がパンクして死んでしまいます」
えっ? ここ、笑う所?
「これで分かっていただけましたか? 私達は決して彼女を傷付けるのではなく、彼女を救うのが目的です。ですから、彼にもインデックスの引き渡しをお願いしたのです……ですが」
「頭の冷えた今聞いても、納得できる話じゃねぇよ。お前言ったじゃないか、インデックスは大切な親友だって、だったら記憶を消さずに済む方法を探せばいいだろ。1度や2度ダメだからって諦めずに、何度でも何度でも、それほどインデックスを大切に思うなら!」
激昂した当麻が神裂火織に掴みかかろうとするが、彼女は無表情に当麻を見据えた。
「やはり、あなたは分かっていただけないのですね。ですが木原勇騎。あなたは分かって頂けますね? 学園都市の研究者でもあるあなたならば。彼女を救いたいと思う心があるならば、どうすればいいかを」
こいつ、3日の間にそこまで調べたのか。ってすごく偏ってる気がするが。
幻想支配の事は調べが付いているのかは分からないが、実際使ったからな。ばれていると思った方がいいな。
「おい、ユウキ。黙ってないでお前も何か言えよ。それとも神裂の言う通り、お前も諦めちまうのかよ。なぁ、魔術でインデックスが救えないのなら、科学サイドなら、学園都市なら救える可能性あるよな!?」
「くっ、くくく……」
「お前が研究者なら、尚更インデックスの症状を聞いてどうにかできる道、何か思い浮かばないか!?」
もう限界だった。笑いが止まらない。
「くくくっ……ははっ、あっははははははぁ!」
2人が奇異の目で俺も見ているが、止められない。
俺は腹を抱えて腹筋が崩壊しそうなほど、文字通り笑い転げた。
「ユ、ユウキさーん? もしもーし?」
「い、一体彼はどうしたのですか?」
「あはははっ、いっふっ、ぶっ、あははは……いやぁ、おかしい、こんなにおかしい事に出会うのは久々だ。なんて喜劇だよこれ。もうそこらへんのコントより面白いじゃねぇか!」
そして、十分に笑い転げた俺は、ひょこりと起き上がり当麻に指を向けた。
「まずはお前だ、上条当麻。バカだバカだと分かり切った事を今更言うつもりはないけど、あえて言うぜ。バカにも程があるだろ。お前それでも学園都市の生徒かよ!」
「えっ? 俺がバカなのは今は関係ないのかよ。それとも、インデックスを救おうとあがくのがバカだってのか?」
「違う違う。そういう意味じゃねぇよ。当麻、記録術のカリキュラムは受けただろ? と言うか脳医学、いや、この場合ただ単純に算数の問題か」
「?? お前が何言ってるかわらかねえよ、ユウキ」
頭に疑問符を浮かべている当麻をほっといて、次に神裂火織を指さした。
「次はあんただ、神裂火織。お前、魔術には詳しくても科学……いや、人体についてはド素人だな?」
「なっ、いきなり何を言うのですか!? それなりの教養は持っています。か、科学には疎いのは認めますが……」
「だったら俺がバカ2人に説明してやるよ。いいか、よく聞けよ? インデックスの脳の85%を10万3000冊の魔道書で使っている。だから……残り15%では、1年分しか記憶出来ない。まずはこれをおかしいと思わないか?」
「「っ!?」」
どうやら疑問点に気付いたようだな。
「俺は医学や脳医学は専門分野じゃないけど、ある程度は知識がある。でもこれは脳医学以前の問題、数学の問題だ。脳の15%で1年分しか持たないのはおかしすぎだろ、計算が合わない。それに、完全記憶能力者は俺も数人知ってるし、ちゃんとした病気として学園都市の外でも数人そういう症例が今までにある。けど、彼らはみんな10年どころか、40歳や70歳の高齢者までいるぞ?」
「そ、そんな……」
「まー脳の構造を一々言ってもラチがあかないから結論を言うか、人間の脳は元々140年分の記憶容量があるんだ。それに、いくら本を何万冊読んで覚えようとも、脳味噌がパンクする事は脳医学上ありえないし、そういう症例は実在しない」
俺の言った事がよほどショックだったのか、神裂火織はその場で崩れ落ちてしまった。
顔面蒼白とはまさにこの事で、汗が物凄い事になっている。
「で、ですがインデックスは今までも、1年ごとに倒れて死にそうな程の苦痛を味わっていて、ですから私達は仕方なく記憶を……」
「じゃあ、他の観点から言うか、お前やステイルに85%だ、15%だとやけに具体的な数字を出したのは誰だ? まさかお前らが自分で調べたわけじゃないだろ?」
「そ、れは……」
「話を聞く限り、インデックスってのはお前ら魔術師にとって超重要な存在だったな。そんな存在を、何もセキュリティーつけずに野放しにするような甘い組織なのかお前らの組織は?」
それがさっきインデックスの魔道書について聞いた時の違和感。
学園都市なら、木原なら絶対にそんな事はしない、何かしらの枷は用意する。
出ないともしインデックスが裏切ったり、敵に利用された時打つ手がなくなる。
「お前やステイルがインデックスの親友なのは、お前らの組織上層部も知ってるよな? なら、2人にインデックスの真実を教えると思うか? 逆にお前ら2人をインデックスの 【首輪】 として利用しようと思わないか?」
「そ、んなばかな……」
神裂火織は俺の疑問を考えているのか、頭を振って否定しようとしているが否定しきれないようだ。
「はっきりと結論を言いなおそうか。インデックスが1年おきに記憶を消さないといけないのは、完全記憶能力のせいじゃない。そうしないと死んでしまうように、お前らの組織がインデックスにつけた 【首輪】 が原因だ」
俺は麦茶の残りを飲んだ。当麻も神裂火織も黙ってしまった。
それからどれくらいの時間が経ったか分からない。
神裂火織は一言も言葉を出さず、俯いたままだ。
「……私は、あなたの言葉を全て信じたわけではありません。現にインデックスが1年ごとに苦しんで、記憶を消せば楽になったのは事実です」
「だろうな。そして、お前ら2人には罪悪感が残り、無力感が諦めになって、インデックスの親友ではなく、インデックスの敵になる道を選ばせた」
「なぁ……今の話は、本当なのか?」
当麻は信じられないと言う顔をしている。
沈利達暗部の人間なら、納得しちゃう胸糞の悪い話だしな。
「なんだったら小萌先生に聞いてみたらどうだ? それとも冥土帰しにも話を聞くか?」
「い、いや。正直、85%だ、15%だってよりは、よっぽど現実的な話に聞こえる。で、もしそれが本当ならどうすればいい? どうすればインデックスを救えるんだ?」
「決まってる。インデックスを苦しめているのが外的要因なら、それを破壊すればいい。マイクロチップとか機械を使ってるわけじゃないだろうから、そこら辺は専門外だけど、どうなんだ魔術師? 心当たりは?」
未だ俯いたままの神裂火織に目を向けると、彼女は意を決したような顔をした。
「はい、恐らくはインデックスに術式を埋め込んだはず。それも身体の内部ではなく、どこか外側にでしょう」
「神裂、お前……」
「勘違いしないでください。私はまだ彼の言葉を信じたわけではなありません。ですが……私達の上司なら、インデックスに10万3000冊の魔道書を覚えさせたあのくされ上司なら、これくらいの事はやる。そう判断しだまでです」
明らかにさっきまでの神裂火織とは違っていた。
俺の言葉の全部を信じたわけじゃない。それでも可能性は信じてくれた。
インデックスを救える可能性を。
「制限時間は明日の0時ちょうどです。その時までにインデックスに施された術式を解読し、解除します……ですが、もし見つからなければ、その時は」
「あぁ、時間切れの時は、インデックスを救うのを優先させればいい。命だけは確実に救える」
「でも、それじゃ意味ないだろ!」
当麻は食い下がったが、インデックスの命を100%救う方法と言う点では、今は記憶の消去しかない。
他の方法は未だに見付からず、可能性は未知数だ。
「神裂火織、お前がするべき事はまずは……もう1人の魔術師のあのバーコードの説得だな。アイツ頭固そうだから俺から言っても聞かなさそうだし、もし信じたとしても記憶を消去して命を確実に救う道を選びそうだ」
「そう、ですね。まずはそこから始めましょうか……感謝します、木原勇騎」
初めてみた笑顔、とまではいかないがその目には敵意はなかった。
「感謝は早過ぎだ。インデックスを本当の意味で救えた時に言ってくれ。それと、俺を呼ぶ時はユウキだけでいい、フルネームで呼ばれるのも名字で呼ばれるのも好きじゃない。それに、今のお前は俺の敵じゃない。だから、名前で呼べ」
「はい、分かりました。ユウキ」
ふと変な視線を感じ、そっちに目を向けると何か生温かい視線を送る当麻がいた。
「……貴重なユウキのデレシーン?」
「コロス、上条当麻!」
「ギャー!? 嘘です、冗談です、だからそんな目でフルネームで呼ばないでください、ユウキサマー!?」
狭い部屋で取っ組み合いを始めた俺達に、少しの笑みを浮かべつつ神裂火織は出て行こうとした。
「待てよ、火織」
「か、火織!? な、なんですかユウキ?」
突然の名前呼びに動揺しつつ振り向いた火織に、俺は1枚の小さな地図を渡した。
「これは?」
「今は使われていない無人の実験施設だ。近くに民家も重要施設もない。ここなら何をしようと周りに被害が出る事はない。そこで今日の23時30分に集合だ」
「ん? なんでそこを使う必要があるんだ?」
「インデックスにどんな術式がかかっているかは知らない。けど、もしそれを解除しようとすれば何かしらのセキュリティーが発動して、俺達を攻撃する可能性がある。もしものための保険だ。制限時間までに何か効果的な方法が見つかればいいけど、最悪の場合……当麻の右手を使う」
「彼の……なるほど、その手がありましたか」
俺と火織の視線がキョトンとしている当麻の右手を向いた。
当の本人は少しだけ考え込んだが、すぐに合点がいったようで頷いた。
「無理に術式を破壊すると副作用が出る恐れもあります。私達が合流するまで無暗にインデックスに触れないでください」
「分かった。時間まではインデックスは俺達と行動を共にする。で、時間になれば必ず合流場所に向かう」
「そっちも何か分かったらすぐに連絡くれよ。あ、なんだったら学園都市の病院で検査を……」
「「それはダメだ(やめてください)」」
当麻の提案を俺と火織が同時に拒否した。
「な、何でだよ。ユウキもさっき言ったろ、冥土帰しに見せればとか」
「それは冥土帰しに話を聞くってだけだ。いかにあの先生でも、魔術で起きた現象を医学的にどうにか出来るとは思えないし。それに下手に学園都市の病院に見せれば、色々後で問題おきそうだ」
「彼の言う通りです。一応、私達はゲストと言う事で学園都市に入る事を許可されていますが、インデックスは我々魔術サイドの人間です。あなた達は多少信用出来ても、科学側の病院に預けるのは……」
そう、冥土帰しとは言え学園都市側の人間。彼に診てもらえば木原にも情報が入って、最悪インデックスの身に危険が及ぶ可能性もある。
ただ、冥土帰し自体は科学の人間だろうが魔術の人間だろうが、患者なら必ず助けてくれるし、秘密も漏らさない。
だから、別の保険をかけると言う意味では、彼に頼るのも手だな。
「そっか、分かった。納得できないけど、納得する」
「色々と勝手を言ってすみません……それに、今更ですが、あなた達を傷つけてしまった。私達の浅はかさが原因なのに」
火織は改まって俺達に土下座した。
やっぱり、こいつは悪人には向かないようだ。
「い、いや、いいって……俺だってお前に殴りかかったんだし、なぁユウキ?」
やけに動揺してるな。あ、火織って当麻の好きなタイプ、年上の巨乳管理人さんタイプだからか? あれ? 巨乳は関係ないか?
「俺はコイツと違って、ガチでお前を殺しにかかったんだ。けど、謝罪はしない。だからお前も俺に謝罪するな」
「……ユウキ、お前って色々ヒドイな」
「それこそ、本当に今更だな」
当麻は物凄く白い視線を俺に送ってきてるが、気にしていない。今更気付く当麻が鈍感なんだ。
「では、私はこれで失礼します。インデックスは夕刻を過ぎた頃に意識を失うでしょう、それまでに移動して置いて下さい。それとインデックスには……私とステイルの事は、うまく誤魔化して下さい」
「お前とステイルは親友だった。って部分は言わないよ。そこはいずれお前らが自分で言え」
記憶をなくす前には親友だった。それを第3者の俺達がインデックスに言った所で傷付くだけだ。
これは本人達だけで話しあうべき問題だ。
「……感謝します」
今度こそ火織はそう言って部屋から出て行った。
程なくして、インデックスと小萌先生だけが戻ってきて、俺達に詰め寄ってきて誤魔化しながら説明するのに時間がかかった。
それから、インデックスに簡単に事情を話し、合流場所へと向かった。
無人の廃棄施設とは言え、使用許可を取っておかないと面倒になると思い、その機関に電話しようとしたら尼視から電話がなった。
嫌な予感がしつつ取ってみると、アイツはインデックスの件を知っていたかのような口ぶりで、実験場の使用許可も降りていた。
『3日間音信不通だと思えば、面白い事してるじゃないか。まぁ、いい。幻想御手の報酬はあの施設の使用許可と、何が起きても無請求って事にしておいてあげるよ。ちゃんとゲストを守るんだぞー?』
「てめぇ、どこまで知っていやがった? まさか、最近忙しかったってのもこの件か?」
『さーねー、ゲストを丁重にお・も・て・な・し、しろって依頼、お前さんに来る予定だったみたいだけど? 来てないかー?』
尼視に言われ、確認した途端にオーダーが入った。それも理事長から直に入ったスペシャルオーダーだ。
内容も尼視の言うように、ゲストに協力して、速やかに問題を解決せよ。という漠然としたものだ。
「……ちっ、結局全部お見通しかよ」
『まぁそう言うな。こちとら魔術のサンプルを得る良い機会なんだ。恩を売るのにもな』
「俺にとばっちりきそうなんだけどな、それ!?」
ともかく、尼視や理事長が何を企んでいるか気になるが、時間もないのであえて乗るしかない。
「……本当に信用していいんだね? とうま、ゆうき?」
「あぁ……それに何かあっても俺とユウキが必ずお前を守って見せるから、大丈夫だ」
「がんばれよーとうまーおれはおうえんしてるぞー」
「なんで棒読み!? しかもすごく生温かくいやらしい視線で俺をみるなー!」
最初は憮然として、納得しておらず物理的に当麻に噛みついていたインデックスだったが、心当たりがあったようで渋々付いてきてくれた。
時間までに美琴とか誰か強力な能力者に会って、コピーしておきたかったが止めておいた。
部屋やセーフハウスに行けば、銃器もナイフもあるがそれも止めた。
どうしてかは分からないが、今は幻想支配を真っ白な状態にしておくのが一番で余計な武器はいらないと思ったからだ。
そして、インデックスの制限時間まで後り30分となった。
つづく
次回過去編ラストです!
神裂が割と物分かり良い気がしますが、それは次回明らかになります?