幻想支配の幻想入り   作:カガヤ

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GWは後半風邪引いてました……


第30話 「VS魔術師」

7月24日  夜

 

 

「……ぃ、てっ!?」

 

突然の頭痛に飛び起きた。

気が付けば、病院らしいベッドで寝ていたようで、ゆっくり周りを見渡せば見知った顔があった。

 

「おや、目が覚めたようだね。念のために聞くけど、僕が誰か分かるかい?」

「忘れるわけないでしょ。その蛙顔は一度見たら記憶に残る。久々に世話になりました、冥土帰し」

「君にはこっちも世話になっているからね。それに、患者を救うのが僕の仕事だよ?」

 

カエル顔の医師、冥土帰し。学園都市一番、いや世界で一番の名医と言っても言い。

俺は怪我などしたら、基本的に彼に診てもらう事になっている。幻想支配は謎が多く、下手に他の医者に診てもらうのは危険だ。

だから今回も、木山春生や幻想猛獣との戦いで消耗しきって意識を失う前に、エマージェーシーをかけてここに運んでもらう手配をしていた。

最も、冥土帰しには実験や研究などで俺も色々世話をした事もあるので、対等な協力関係と言っても言い。

 

「幻想御手は? あれからどうなりましたか?」

「あぁ、それは大丈夫だよ。昏睡患者は1人残らず目を覚ましたからね。脳波も異常はないし、明後日にはみんな退院できるだろう。それにしても御坂くん達から聞いたけど、君は今回随分無茶をしたものだね?」

「……時間がなかったし、他に方法は思い浮かばなかったからな。ま、俺のオーダーはこれにて完了って事」

 

携帯を見ると、1通のメールが届いていた。

メールには尼視からの短い文章があった。

 

『面白いデータが取れた。報酬は後日相談だ』

 

とだけ書かれている。

 

「そうかい。君の能力もそうだけど、脳も異常かもしれないね。あれだけの事をして脳波に異常が全く見られないよ?」

「木原ですら全くお手上げの能力だから、そこら辺はチートと思ってるよ。で、俺は即退院したんだけど?」

 

ベッドから起き上がり、両手両足の感覚がしっかりしているのと、幻想支配で美琴の能力がまだ残っているのを確認する。

 

「君は入院と言っても夜中に脱走される事もあるからね。退院を許可するけど、何か少しでも違和感を感じたらすぐに来るんだよ?」

「当麻じゃあるまいし。早々ここに厄介にはならないさ」

 

何があるか分からないけど、あそこまで無茶する事は滅多にない……と思いたい。

 

 

 

「すっかり日も暮れたし早く帰って寝るか」

 

さっきまで病院で寝ていたが、まだ少し眠気が残っている。

警備員が回収してくれたバイクで病院を後にして、自分のマンションへと走らせようとした、その時だった。

 

「……くっ!? な、なんだこの感覚? 今まで味わった事のない、嫌な感覚だ。あっちか」

 

突然、頭をざらつかせる不快感にも近い何かを感じた。

 

「これは一体……幻想御手の時とも違う、違和感? ともかく、行ってみるか」

 

何か嫌な予感も合わせて感じた俺は、用心のためにバイクのサイドカバーを開き、ナイフと拳銃を懐に忍ばせその場所へと向かった。

しかし、違和感を感じる場所に近づくたびに頭痛がひどくなってきた。

そして、頭に響く何かの意思、ここには近づきたくない。離れたいと言う声にならない声。

 

「能力者? 操祈の仕業? ん? 周りに人がいない? いや、人の気配がしない?」

 

頭痛が突如止んだので、バイクを止めて周りを見渡す。

ここは夜でも人通りの多い交差点。この時間帯ならば学生も多く通っているはず。

なのに、人っ子ひとりいないのはおかしい。

やはり誰か能力者の仕業なのか、いや、仮に心理掌握の操祈の仕業だとしたら、そう気付くはず。

と、周りを見渡した所で視界の端に人影が見えた。

人影は2つで、1つは鍔のない長い刀を持ちジーパンが半分破けてシャツも異様にめくった露出狂女で、1つはどうやら学生のようで体中が傷だらけだ。

しかも、地面にはいたるところに深い切り傷が走っていて、所々めくれ上がってもいる。

 

「なっ? どうしてここに人が? 結界は有効化されているのに!? あなたは一体何者ですか!?」

「そりゃこっちのセリフだっての露出狂め……ん?」

 

露出狂女が驚いた表情で俺を見た。ふと露出狂の足元に転がっている学生に目が向いた。その学生は、見覚えのあるツンツン頭をしている。

 

「おい……そこに倒れているの、当麻、か?」

「この少年の知り合いですか? なっ!?」

 

傷付き倒れているのが当麻と気付いた瞬間、懐から拳銃を取り出し露出狂女の急所目がけて撃ち込んでいた。

 

「いきなり発砲とは、学園都市には物騒な学生が多いようですね」

 

距離があったとはいえ、正確に狙った銃弾を全て交わした露出狂女は、動揺もみせずに当麻から離れ刀に手を置きながらこちらを睨んできた。

 

「よく言うぜ。涼しい顔して全部かわすか……お前何者だ? 学園都市の人間じゃないな。そんな大きい刀振り回す露出狂はここには……いや、露出狂ならいるか」

 

あっちは、サラシ女だけどな。それよりも当麻の怪我の様子を見ないと。

拳銃の弾倉を変えながら、当麻にかけより簡単に診る。

身体、とくに右手中心に切り傷がヒドイ。骨までは達していないようだが、それでも全身ボロボロだ。

しかし、右手全体に切り傷……と言う事は何かの能力ではなく、物理的な攻撃と言う事になる。

 

「なぁ、こいつはさ、どうしもようもなくバカで、お人よしで、おまけに不幸って文字が歩いてるような奴さ。けどな、何の理由もなく誰かに殴りかかったり因縁ふっかけるようなクズじゃねぇ……お前は一体、当麻に何をした?」

「……その少年には少し話をしただけです。そこまでするつもりはありませんでしたが、どうしても聞き入れてもらえなかったのです」

「ぅ……イ、ンデックス……」

 

苦しそうな当麻の呟きに、少しだけ露出狂女の顔が歪んだように見えた。

 

「インデックス? そうか、お前はインデックスを狙う魔導師、というわけか」

 

ならば当麻がこうまで傷付いたのも納得出来た。恐らくコイツは当麻がインデックスを匿っていると思い、居場所を聞き出そうとしていたのか、だから深手を負わせようとせず拷問に近い傷を負わせた。

 

「あなたも禁書目録と接触していましたか」

「なんでインデックスを狙う?」

 

俺の問いに彼女は僅かに口を開き何かを言おうとしたがすぐに閉じ、俺に冷たい視線を投げつけてきた。

 

「あなたには関係ありません。禁書目録と接触しただけの部外者が口を挟まない方が身のためです」

「確かに、俺はインデックスから詳しい事は何も聞いていない部外者だ。あの子を守る義理も義務もない……けどな」

 

当麻を巻き込まないように物陰に寝かせ、こちらも露出狂女に思いっきりの殺意を向ける。

なぜここまで自分が怒っているのか分からない。

この女が、インデックスを狙っているから? 当麻をここまで痛めつけられたから? あるいはその両方?

いずれにせよ、ここまで初対面の奴を憎いと思った事はない。

 

「その少年を病院に連れて行かないのですか?」

「あぁ、その前にやる事がある……お前を、殺す」

 

熱のこもった身体が一瞬にして冷やされる。感情のままに挑んでも返り討ちに合うだけだ。

さっきの銃弾を交わした動きといい、こいつの感情を殺したような表情といい、間違いなくこの露出狂女は強い。

それも、俺のような裏の人間だ。

しかし、当麻を運ぶ俺に警戒はしても、攻撃してこないのは、幾分甘いのかそれとも俺を舐めているのか……後者はなさそうだな。

コイツは油断も慢心もあまりなさそうだ。

 

「……私の名前は神裂火織と言います。もう一つの名は、語りたくはありませんが……」

「もう1つの名?」

「魔法名、と言っても分からないでしょうね」

「いや、何となく分かる。要するに殺し名、だろ? だったら俺も名乗ろうか、初対面の相手には大抵ユウキ、と名乗っているが……お前みたいな相手にはこう名乗っている。木原勇騎、とな」

 

俺がフルネームを自分から明かす事は滅多にない。

木原と名乗るのが嫌いなのか? と数多には笑われたが、自分でもよくわかっていない。単に木原と名乗るのが嫌いなのか、木原と言う名が嫌いなのか、それとも……

何にせよ、俺が心の底から殺したいと思った相手には、フルネームで名乗る事にしている。

 

「きはらゆうき……もう一度言います。無駄な事は止めて、その少年を早く病院に連れていって、インデックスや私達の事は忘れてください。そうすれば私もあなた達に手を出す事はしません」

「そりゃお優しい事で、でも、俺の返答は、これだ!」

 

言うが早いか右手で銃を抜き、全弾撃ち尽くす。神裂火織は、またも涼しい顔でかわす。

俺の手には弾切れの銃のみ、と思わせて左手の袖口から新たに拳銃を取り出し、即座に撃つ。

左手の銃はデリンジャー並に小型で威力は低いが、その分弾速はライフル並だ。

 

「無駄です」

 

だが、神裂火織に届く前にその弾はバラバラになった。何かが神裂火織から放たれて、弾をバラバラにしたのだ。

それだけではない、正体不明の何かが俺へと放たれたようで、アスファルトを切り裂く音と同時に俺の周りの地面が無数に切り刻まれていた。

ふと気が付くと両手の銃は綺麗さっぱりと斬られていた。御丁寧にも俺の両手は一切傷付けずにだ。

 

「これでもまだ、やりますか?」

「俺がこの程度の脅しで退くと思うか? 今のは抜刀での斬撃じゃないな。その刀の鞘に巻かれた7本のワイヤーでの攻撃か。流石の当麻の右手も、それは防げないな」

 

思った通り、当麻の幻想殺しを傷付けたのは異能の力ではなく、鋭いワイヤーがくりだす物理攻撃だ。

神裂火織は俺の推理に目を少し見開き、驚いた表情を浮かべた。

 

「初見で本数まで見抜かれるとは思いませんでした。ですが、それが分かったのなら尚更勝てない事は理解できたはず」

「どうして? 手品の種が分かったのなら、それ相応の対処をすればいい」

 

幻想支配で美琴の力を使おうかとも考えたが、使える残り時間は少ないだろう。

それに、電撃でもアイツは簡単に避けそうだ。

神裂火織は全く本気を出していない。刀を抜く事もせずに、鞘に巻いたワイヤーで遠距離から牽制を仕掛けてくるのがその証拠。

しかも、弾を2度も見切った時の動きで相手の身体能力が、化け物級だと言う事も予測できた。

魔術師故の身体強化魔法か何かだろうけど、厄介な事この上ない。

懐に手を突っ込んだ所で、少し服が切れた事に気付いた。

 

「対処も構いませんが、そこから動けば貴方の体はバラバラになりますよ?」

「……そう、みたいだな」

 

俺の周りにはワイヤーが張り巡らされていた。恐らくさっきの斬撃の時にしかけたんだろう。

拳銃をも切裂く鋼の糸、いや、鋼以上の強度をもっていそうだ。そんなワイヤーに囲まれては、一歩も動けなくなってしまった。

 

「断わっておきますが、私の七閃の先には唯閃が待ち構えています。ここで手を引いて下さい。そこまで私に使わせないでください」

 

唯閃、それが神裂火織の真の技だろう。抜刀術かそれとも刀の魔法かはしらないが、幻想支配でコピー出来ない異能の力だろう。

幻想支配での出来る事と出来ない事は今まで勘で分かったが、今回もそれだ。

超能力はコピー出来るが、魔法に関してはコピー出来る気がしない。

でも、俺の戦い方は幻想支配でも、銃やナイフを振り回すだけでもない。

 

「だったらそれを使わせる前に、お前を殺せばいいだけだ!」

 

懐の中で手に取った携帯を操作する。少し遠くで止めたバイクのエンジンがかかった音がした。

 

「何をしましたか? バイク?……なっ!?」

 

俺のバイクは、携帯で遠隔操作出来る。今はバイクをこっちに向けて走らせながら、煙幕弾を放った所だ。

 

「こんなこけ脅しを!」

 

勿論、こけ脅しになるのかすら怪しい事は百も承知。一瞬でも神裂火織の視界を防げればいい。

それだけあれば……

 

「うおおぉ~~!」

 

美琴の力を使い、周囲のアスファルトを磁力で持ち上げる。

幸い神裂火織がめちゃくちゃに切り裂いてくれたおかげで、アスファルトは細かく砕けて持ちあげやすくなっている。

どんな手でワイヤーを強化していようと、地面に突き刺さっている以上、それごと持ち上げれば隙間が作れる。

走ってきたバイクに跨り、浮かびあがったアスファルトと地面の隙間からその場から離れる。

 

「ただの銃弾は防げても、これはどうだ」

 

左右のカバーを開け、銃器とナイフを懐にしまい、一本の杖を背中に背負う。

 

「夏場だと薄着になって、隠し場所がなくなるのが難点だな」

 

他の隠しカバーも開けて、色々小道具を懐に仕舞う。

 

「まだ、やる気ですか。仕方ありませんね。七閃!」

 

迫るワイヤーをくぐり抜けながら、神裂火織に向けて走る。

このバイクの機動性は普通のバイクとは違う。前後のタイヤは車体に固定されておらず、独自に稼働するので変則的な動きも出来るが、それでも車体の至る所に掠っている。

 

「こっちからも行くぞ!」

 

取りだした銃器は、演算銃器。実はこいつを使うのはこれで2度目。尼視のパソコンを撃ち抜いたのが、初使用だった。

 

「ワイヤーの強度を設定。これは切り裂けるか!」

「無駄です!」

 

演算銃器の銃弾とワイヤーがぶつかる。ワイヤーは銃弾を切れなかった。だが、弾く事は可能だったようで、銃弾はあらぬ方向に当たってしまった。

 

「これでもダメか」

「どうやらあなたはとても目がいいようですね」

「自慢じゃないけど、動体視力は人外認定されてるぜ?」

 

幻想支配の影響なのか知らないが、俺の動体視力は視覚系能力者以外では最高だと言われている。

 

「ですが、いくら目がよくてもこれはかわしきれませんよ。七閃!」

 

意を決したような神裂火織の言葉には、今まで以上の力が籠っていた。

直感でバイクでは避けれないと思い、咄嗟にバイクから飛び降りた。

その直後、バイクはバラバラになっていた。

 

「これで足は封じました。まだやりますか?」

「ちっ、でも距離は稼げた!」

 

今まで見えていたワイヤーの軌道が、おぼろげにしか見えなかった。

直線的ではなく、曲線的で不規則な動きだった。

それでも、ここまでの攻撃を仕掛けてきてもまだ神裂火織は本気ではない。

 

「なんで……なんでここまでの力を、あいつらに向けた」

「………」

 

まだ本気を見てはいないが、確信した。

この露出狂、神裂火織は……俺が今まで相手をしてきた能力者達よりも格段に強い。

レベル5かそれ以上の強さを持っているが、幻想支配が使えなく尚且つ身体能力が俺より上な分、脅威度は比べるまでもない。

 

「こんな力を、なぜインデックスに、当麻に向けた?」

 

頭の奥底から、怒りが再びこみあげてくる。

 

「てめぇの力はとんでもねぇよ……でもな、そんな力を使わなきゃいけないほど、当麻が脅威だったのか?」

 

確かに、当麻の右手はあらゆる異能を殺せる。こいつら魔術師の力だって消せるかもしれない。

ただそれだけ。身体は多少鍛えられている程度、俺や土御門には全く及ばない。

それでも、コイツは俺よりも強い神裂火織に向かった。インデックスという知り合って間もない少女のためだけに。

そして、神裂火織は自分の力を振い、当麻を徹底的に打ちのめした。

手加減していても、本気を出していなくても、その次元が違う圧倒的な力でねじ伏せようとした。

それが許せない。

 

「ははっ、なんでだろうな。今までもっと卑劣で、冷酷な事みてきたし、俺自身もしてきたのにな……身勝手すぎるな。それでも……お前は許せない」

「っ!?……」

 

神裂火織は動揺していて、何かを口にしようとしているだったが、関係ない。

動揺するなら勝手にしていろ。こいつを殺せれたら、それでいい。

 

「はああぁぁぁぁ!!」

 

さっき少し使ったせいで、幻想支配で使える美琴の使用時間はもうあまりない。

超電磁砲や砂鉄の剣では避けられるか、防がれる可能性がある。だから、最後の手段を使うしかない。

全身に電気が駆け巡り、ツボを刺激して筋力が増していく。

同時に、体内の電気信号を操作し、感覚を増強させる。もっとも、これは長時間使えないし、副作用も強い。

 

「行くぞぉ!」

 

両手にそれぞれ形状の違うナイフを構え、神裂火織に向けて走りだす。

 

「部外者の、全く関係のないあなたにまで……私、は……七閃!」

 

今度こそ、神裂火織が本気になった。今までと違う構えから放たれたワイヤーは、さっきよりも更に速い。

 

「うらぁ!」

「速い!?」

 

だけど、俺もさっきまでとは違う。限界以上にまで無理やり身体能力を上げている。

身体を少しだけずらしワイヤーをかわしつつ、両手に構えたナイフを振う。

今使っているナイフは、特注中の特注品。片方は高振動ナイフで、もう片方は超高熱刃ナイフ。

どちらも人が扱うサイズにするには、色々と問題点がある危険物だ。

 

「七閃が!?」

 

それでも、これくらいの規格外ナイフでなければ、このワイヤーは切断出来なかっただろう。

しかし、ナイフの方も無事ではなく、それぞれ刃に傷がついている。

そう何回も切断出来そうにないが、神裂火織の側にまで行ける隙を稼げればいい。

 

「うおぉ~りゃぁ!」

 

前後左右、俺の死角をつくようにワイヤーが迫ってくる。まるで生き物のようだ。

俺は、ナイフで進路を塞ぐように迫ってくるワイヤーのみを切断、残りはかわしまくった。

流石にかわしきれず、体中に切り傷が増えていくが、気にしてはいられない。

 

「肉を切らせて骨を断つつもりですか、仕方ありませんね。こればかりは使いたくはなかったのですが。直接は当てません、衝撃で気絶してもらいます」

 

神裂火織は何本も切られたワイヤー攻撃をやめ、ついに両手を鞘の鯉口に添えて抜刀の構えをとった。

どんな予測不可能な斬撃が来るかはしらないけど、抜かせるわけにはいかない。

 

刃が完全になくなったナイフは既に捨てている。右手に握った小さい青い球を神裂火織に向けて投げた。

 

「今更爆弾ですか?」

 

神裂火織は残ったワイヤーで、球を切った。だが、それは失敗だ。

ワイヤーで切られた球から透明な液体が飛び出し、神裂火織の両手と刀、両脚に降りかかった。

 

「なっ!? ぬ、抜けない!? いや、手にこびりついている!? 足も動けない!」

「学園都市特性の瞬間接着剤だ! お前の両手両足は封じさせてもらった!」

 

でも、これであいつの刀が封じられたとは思えない。あの長い柄で殴られれば、それだけで終わるからだ。

それにいくら瞬間接着剤とは言え、あいつの力なら強引に刀を抜くだろう。

すぐに左手に持った容器をなげつけ、右手で携帯を操作する。

 

「今度は本当に爆弾だ」

 

俺が投げたのは気化爆弾、名はイグニス。そのガスは人体には影響はないが、爆発力が高い

 

「この距離ではあなたも爆発に巻き込まれますよ!?」

「自爆の趣味はない」

 

イグニスは空気中には一定の狭い範囲でしか拡散しない優れ物だ。

俺の全身は、筋肉を刺激する微弱な電気が常に駆け巡っていて、その火花がイグニスに引火しない距離を保っている。

神裂火織はなんとかこの場から離れようと、両脚に粘りついた接着剤を地面ごと砕こうとしている。

 

「無駄だ」

 

神裂火織に向けて、携帯を突き出す。すると、背後で何かが点火したような音が鳴り響く。

それは、さっきワイヤーでバラバラになった……と神裂火織が思っていたが、実際は違う。

俺がわざとバイクを分解させた。このバイクの最後の切り札、車体そのものをミサイルに変えてぶつける。

 

「……逝け」

 

神裂火織が地面を砕き、飛んで避けようとするよりも速くバイクミサイルが命中した。

イグニスとバイクミサイルのダブル爆発。

範囲は狭くても、その爆発力は凄まじく、周囲のビルのガラスが衝撃波で一斉に割れた。

これで普通の人間なら、即死して身体はバラバラになっているはず。

しかし、神裂火織は普通の人間ではない。

俺の勘がそう告げていた。これだけやってもまだ彼女は生きている。ひょっとしたら無傷かもしれない。

分からない事が分かったり、柄にもなく頭に血がのぼったりと全く、今日の俺は色々と変だな。

 

「はぁ、はぁ……ったく、過重労働にも程がある……」

 

木山春生と幻想猛獣だけでも能力を過剰使用したのに、半日もせずにまた更に過剰使用。

頭はズキズキ痛むし、体中が悲鳴を上げている。

筋力や電気信号による反射神経などの増長による副作用、それは最悪全身の筋肉が断絶する恐れがある。

断絶しなくても全身筋肉痛は確定で、1,2日はまともに身体が動かなくなり、五感の低下も招く。

それだけのデメリットがあると分かっていても、神裂火織を殺す為には躊躇なく使った。

殺すと決めた相手に対して取れる手段は全てとる。目的のために手段を選ばない。

木原でありながら、木原ではないとされる俺の異様性の1つ。

 

「……まだ、だな」

 

噴煙が辺り一面を覆い、神裂火織の人影もまだ見えないが、確実にトドメをさすべく背中に背負った杖、仕込み刀に手を伸ばす。

思いっきり電灯を蹴り、煙幕の中へと飛びこむ。姿は見えなくても、気配は分かる。

煙の中に一瞬だけ蒼い光が見えた。何の光かは知らないが、その中に神裂火織はいるのは分かった。

空中を飛びながら仕込み刀を抜刀し、袈裟斬りで煙ごと切り裂いた。

 

――カキンッ

 

しかし、目標に届くか否かでまるで硬い金属とぶつかったような音がして、刀が折れてしまった。

僅かに晴れた煙の向こう、神裂火織が僅か数ミリ程鞘から刀を抜いているのが見えた。

なら折れた刀に用はない。すぐに投げ捨て、拳を握る。

残った力全ての右手に集める。下手をすれば右手が使いものにならなくなるかもしれないが、それでももう手はない。

電灯から飛んでここまでの時間は、僅か数秒の事だろう。

それでも俺には全ての動きはスローモーションに見えた。

 

「神裂、火織!!」

 

拳が砕けても構わない程の力で、神裂火織の顔面を殴った。

彼女は避けようとはせずに殴られた。少し驚いた表情をしていたが、武器が折れてすぐに攻撃が来ると思っていなかったのか、それも……わざとか。

 

「っ……もう眠って、下さい!」

 

退いたのは一歩。たった一歩後ずさっただけで彼女は体勢を立て直し、俺の腹を蹴った。

 

「がっ……は」

 

全神経を殴る事に集中していたため満足に受け身も取れず、俺はそのまま数十メートルは蹴り飛ばされた。

 

「ぅぁ……ぁあ、うぐっ!?」

 

ビルの壁に叩きつけられ、幻想支配の制限時間も過ぎてしまい、更には身体に過負荷をかけた副作用がいっぺんに襲いかかってきた。

全身至る所に激痛が走り、脳がパンクしような程の頭痛、そして、身体から感覚がなくなり意識も飛んで行った。

 

「………」

 

最後にみたのは、壁にめり込むほど叩きつけられた俺と、地面に寝転がっている当麻に哀しみや苦しみ、少しの後悔が混じった視線を送る神裂火織の姿だった。

 

これが俺の、殺し合いでの初めての完敗だった。

 

 

つづく

 




後2回で過去編が終わる予定です。
そこからは現在に戻り紅魔館や博麗神社などでのラブコメを……書きたいです!(願望)

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