幻想支配の幻想入り   作:カガヤ

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幻想御手編、終了です!


第29話 「VS幻想猛獣」

7月24日 

 

 

原子力実験炉を怪獣映画よろしく目指す、幻想猛獣。

警備員のライフルも歯が立たない文字通りの化け物。

 

「それで、どうする気?」

「正直、あれを倒すだけならお前1人で足りるだろうな」

「でも、幻想御手のワクチンソフトを使う前に倒すと1万人の昏睡患者が危ないかもしれない……だから」

「「牽制しつつ攻撃!」」

 

美琴を後ろに乗せ、バイクで幻想猛獣の正面に周る。

 

「俺がバイクで牽制するから、美琴は攻撃に専念するんだ。すぐに再生する化け物でも、狙いどころでいくらでも攻撃のしようがあるだろ? それと、能力借りるぞ」

「分かったわ。ちょっと鬱憤溜まってたのよね。思いっきりいかせてもらうわ!」

「おいおい、倒すのが目的じゃないからな?」

 

幻想支配で、美琴の能力をコピーしてバイクを走らせる。

このバイクには銃器も刀もナイフも爆弾もあるが、警備員のライフルも効かない相手じゃ効果は薄い。

一応演算銃器もあるが、それもどこまで効くか分からない。

ならば、レベル5の能力を使った方がいい。

 

「行くぜ化け物!」

 

手のような触手を薙ぎ払うように電撃を浴びせる。かなり強力な電撃なので、触手が弾け飛んだ。

続けて、美琴が磁力で巻き上げた砂鉄を鋭い斬撃にして、幻想猛獣を切り刻む。

この攻撃は効果があったのか、幻想猛獣は泣き叫びながら眼下の俺達を睨みつけ、触手を向けてきた。

 

「気色悪い目を向けるな!」

 

降り降ろされた触手をバイクでかわし両手に電撃の槍を作り、幻想猛獣の両目を撃ち抜いた。

 

〈ピギャーーー!〉

「こらー! 私の能力でえげつない攻撃するなー!」

「そういう美琴も人の事言えないだろ!」

 

美琴は磁力で瓦礫の中から、鉄筋パイプを抜きとり幻想猛獣の足元に杭のように突き刺して動きを止めていった。

黒子の真似か?

 

「ほらほら、こっちだこっち!」

 

バイクを操り、原子炉とは逆の方向に引き付ける。

幻想猛獣は最初の胎児のような外見から、とんでもなく巨大化していて動きは遅い。

だから、このバイクではすぐに引き離せてしまう。付かず離れずに攻撃しながら、動きを止めるしかない。

 

「このぉ~! キリがないじゃない!」

 

幻想猛獣は、触手を振り回すだけじゃなく結晶を作りだしたり、エネルギーの塊を生み出したりと攻撃手段を変えてきた。

美琴と俺の電撃で、飾利や警備員達の方へ攻撃が及ばないようにはしているが、キリがない。

 

『ユウキさん、もう少し堪えてください! 今警備員の黄泉川先生がワクチンソフトの音楽を学園都市中に流すよう、色々かけあってくれています!』

「了解! でも、コイツどんどんでかくなってるから早くしてくれよ!」

 

耳につけた小型インカムから、無線を渡した飾利の声が聞こえた。

どうやら、無事に警備員の所までたどり着いたようだ。

 

「美琴! あと少しだ!」

「えぇ、こっちも聞こえた、わ!」

 

美琴にも小型インカムを渡しているので、飾利からの通信が聞こえようだ。

地面から大量の砂鉄を巻き上げ、幻想猛獣が伸ばした触手を一瞬で切り裂きながら美琴が答える。

幻想猛獣は悲鳴を上げながら、エネルギーの塊のような光弾を頭上に作りだした。

 

「ったく、なんでもありだな!」

 

俺が特大の電撃をぶつけると光弾は爆発したが、あんな攻撃までされると流石に分が悪くなってくる。

と、そこへ妙な音が聞こえてきた。

今まで聞いた事のない音で、学園都市中に設置された街頭スピーカーから聞こえてくる。

それと同時に幻想猛獣の動きが鈍くなり、完全に止まった。

 

「これは、ワクチンソフト?」

『お待たせしました! 今ワクチンソフトを学園都市中に流している所です! 病院の患者さん達も容体が安定……ちょ、ちょっと待って下さい!』

「初春さん!? どうしたの!?」

 

飾利から安心したような通信が入ったが、すぐに緊迫した声へと変わった。

これ以上の厄介事は御免こうむりたい。

 

〈ヒギャー! ヒギャーーー!!〉

「幻想猛獣の叫び方が、変わった?」

 

さっきまでの叫びとは明らかに違う、まるで何かに抵抗するかのような叫びは……まさか!?

 

『昏睡している患者さん達の容体がまた悪化したようです! それもさっきまでよりももっと苦しんでるって、脳波が乱れまくっていて、このままじゃ長く持たないと、そんな……どうして』

「話が違うじゃない。治療プログラムがあれば幻想御手のネットワークから解放されるんじゃなかったの!?」

「っ!? 美琴、危ない!」

 

叫び声をあげていた幻想猛獣の周りに、さっきのような光弾がいくつも浮かびあがり、一斉に周囲へと放たれようとしていた。

 

「まずい! 美琴、施設を守れ! 飾利達の方は俺が!」

「分かったわ!」

 

高架線道路の警備員車両へとバイクを走らせる、磁力の反発を利用してそのまま大ジャンプをし車両付近にいる警備員達を守るように立ち塞がり、ありったけの電撃をバリアのように張り巡らせた。

 

「お前ら、車両に集まれ! 散らばるな!」

 

少し離れた場所にいた警備員に声を張り上げると同時に、幻想猛獣からいくつもの光線が発射された。

 

「だから……怪獣映画じゃねぇってんだよ!」

 

光線は電撃のバリアを貫通する勢いだったが、どうにか持ちこたえれた。

けれども幻想支配の時間切れが来たようで、美琴の力は消えてしまった。

見ると美琴の方も、施設を守れたようだ。

 

「電撃で守れる攻撃だったから良かったけど、何が来るか分からない以上マズイな」

「ユウキさん、大丈夫ですか!?」

 

警備員車両から涙子と、俺の通っている高校の体育教師で警備員でもある黄泉川愛穂先生達が出てきた。

 

「ユウキ、大丈夫か? 全く生徒にばかり無茶させて、あげくのはてに守られてばかりなんて教師も警備員も失格じゃん」

「俺はただの生徒じゃないし。そこら辺は貸しって事でいずれ返してもらえばいいですよ」

 

愛穂先生は俺が木原で、そこらへんの事情もある程度は知っている。

 

「お前さんに貸しを作ると高くつくじゃん。で、どうする気だ?」

「正直、ワクチンソフトで光明が見えてくると思ってましたけど、最悪の状況ですね」

 

眼下では美琴が1人で幻想猛獣の攻撃を捌いているが、さっきよりも見た目が大きく攻撃パターンも増えているので完全に押されている。

 

「恐らくは幻想猛獣のせいだ。アレがワクチンソフトの効果を激減させているのだろう」

 

そこへ警備員に付き添われ木山春生がやってきた。

 

「木山春生、どういう意味じゃん?」

「幻想猛獣は幻想御手ネットワークの上位権限を持つ、マザーコンピューターのようなものだ。外部からネットワークを切断しようとしたのを強引につなぎ止めている。だから、接続された1万人もの学生たちの脳には今まで以上の負荷がかかっているんだ。ワクチンソフトを流している限り、彼らは長くは持たない」

「そんな、ワクチンソフトを止めるしかないんですか!?」

「いや、ワクチンソフトを止めても、幻想御手のネットワークがある限り彼らは長くは持たない……くそ、どうする?」

 

ワクチンソフトが彼らを苦しめているが、それを止める事も出来ず、木山春生や飾利達も苦虫をつぶしたような顔をした。

俺が幻想支配で、幻想猛獣を視て能力停止で止めれば……いや、幻想猛獣を視ても幻想支配が使えないのは分かっている。

どうしてかは分からないが、木山春生は視えたが幻想猛獣はいくら視ても視えないのが分かってしまう。

それに、能力停止はネットワークのマザーコンピューターを強制的にシャットダウンし、サーバーをダウンする事になる。

幻想猛獣を倒す事が出来ない理由と同じで、それをすれば1万人もの昏睡患者に何が起きるか分からない。

けれども、何か……何かいい手が浮かびそうな気がする。

 

「あのー、こういう外部からアクセス出来ないのって漫画とかだと内部から停止させるっていうのがお決まりですけど、それは……ダメ、ですか?」

 

理解半分で効いていた涙子が、恐る恐る声をかけてきた。

 

「それは相手が施設内部の機械とかなら、映画とかでもそういう手使ってますけど、今回は相手が相手なんでアクセスする以前の問題ですよ、佐天さん」

「あ、あはは~そうだよねー。あんな怪物にアクセス出来るわけないもんね」

 

待てよ。外部からではなく、内部から停止? あの怪物にアクセス?

幻想支配でアイツを視る事が出来なくても、あの怪物にアクセス出来れば……そして、それを停止させるには……っ!! この手しかない!

 

「涙子! お前天才だ!」

「あっ? えっ? て、天才、ですか?」

「飾利、ワクチンソフトは絶対に停止するな。イチかバチか良い手が浮かんだ!」

「ちょっと待って下さい。何を思いついたんですか!?」

 

涙子や飾利タチが何か言ってきたが俺は無視してバイクに跨り、美琴の元へと走った。

 

「初春さん達は無事だった!?」

「あぁ、幻想支配は切れちゃったけどな。で、もう一度お前の力を使って幻想御手のネットワークを停止させる」

「えっ? 私の能力で? どういう事よ?」

 

美琴に俺の考えを話したが、物凄い剣幕で反対されてしまった。

 

「ダメよ、ダメ! 私の能力をコピーしたまま幻想御手でネットワークに接続して、内部から接続を遮断するって……そんなの無茶苦茶にも程があるわよ!」

「でもこれしか手が浮かばないんだからしょうがないだろ。早くしないと1万もの学生たちが死んでしまう。それに接続を遮断するのはあくまでワクチンソフトだ。俺はただネットワークにハッキングして、ワクチンソフトを補助しようとしているだけだ」

 

幻想御手は俺の携帯にコピーがある。これを俺が使い、脳波ネットワークと同調させる。

それだけではハッキングは出来ないので、更に美琴の電撃使いとしての能力を使えば、こちらからネットワークにハッキングを仕掛ける事が出来るはず。

美琴は何度か自分の能力で、色々とハッキングをしている事があるので可能なはずだ。

ネットワークに強制的に介入した後、どうやって戻ってくるのかなど色々問題はあるけど、それを考えている時間はない。

ワクチンソフトは確実にネットワークを破壊して、幻想猛獣を弱体化出来る。だから、アイツも全力で抵抗している。

 

「なら私がする。こういう言い方は変だけど、ハッキングに慣れている私の方が良いわ。それに、私の能力だもん。私が適任よ」

「ダメだ。確かにお前はよくハッキングしているけど、俺はお前がレベル5になる前からハッキングやら情報操作をしているんだ、慣れっこだよ。それに、俺がもし失敗したら……その時はお前がやるんだ」

「……分かったわ。絶対に失敗するんじゃないわよ」

「了解だ。俺が成功させるまで、あいつの相手任せたぞ?」

「えぇ、あんな化け物くらいこの美琴様1人に、任せなさい!」

 

美琴にその場を任せ、俺は離れた場所に移動する。

ハッキング中は無防備になるからだ。警備員達がいる場所でやった方がいいのだろうが、色々と面倒になりそうな気がするので1人で瓦礫の影に隠れてやった方がいい。

と、ここで尼視の顔が頭に浮かんだ。幻想御手の解析が遅れた本当の理由が他にあったように思えたからだ。

 

「尼視の奴。まさか、俺自身に幻想御手使わせる為に……ま、どうでもいいか」

 

尼視が何を企んでいるかは、考えても仕方ない。アイツのろくでもない考えは今に始まった事じゃない。

遠く離れた瓦礫に隠れ、携帯を取り出し幻想御手の音楽を聞く。

耳からはさっきのワクチンソフトに似た音が流れだしてきた。

 

「頭がすっきりとしてくる……けど、何か嫌な感覚だな」

 

幻想御手は同系列の能力者を同調させる。なら、俺の幻想支配など、1人しか確認できない能力者はどうなるか?

ただ新しいカテゴリーとして登録させるのみか、それとも……

 

「……よし、やるか」

 

目を瞑り、意識を集中させる。

俺は、研究所や実験施設の破壊オーダーを何十件もこなしている。そのおかげでハッキングして、セキュリティーを解除したりウイルスを仕込む事など朝飯前だ。

それに、美琴の能力でハッキングする事もこれが初めてじゃない。

だから、いつもと同じ要領でやれば……幻想御手のネットワークにも入れるはず。

なんでこの方法をもっと早く思いつかなかったのか、不覚だ。

 

「って今はそれを考えてる場合じゃない……ハッキング開始」

 

一瞬だけ、意識が飛んで行く感覚があり、次には何か得体のしれない空間に浮かんでいる感覚があった。

 

『これが……ネットワーク内部か?』

 

そこにはモニターのような画面が、無限にも思えるほど広がっていた。

 

――血のにじむ努力も、たったひとつの、たった1人の能力に押しつぶされる現実。

 

――無能力者がどれだけがんばっても、能力者の才能には及ばない。

 

――どんな想いもどんな願いも、超えられない壁。

 

――上も見ても、天辺すら見えないから下を見るしかない。

 

――だから、俺は。

 

――だから、私は。

 

――幻想御手が欲しかった……

 

これは、木山春生の時と同じく、幻想御手に接続した学生たちの記憶の海。

 

『悪いけど……お前らに同情はしない』

 

そう、同情はしない。夢を見るのも、理想を抱くのも本人の自由。

だから、堕ちるのも本人の自由。

 

『自分を卑下するだけで、周りを見ようとしない……自分を騙して、嘘ついて……』

 

広大な記憶の海の底、何かが光っていた。

 

『こんな所で落ちこぼれ同士、仲良く傷の舐め合いしてて満足するような……』

 

三角柱の形をした半透明な結晶。アレを破壊すれば、この幻想は……

 

『そんなみじめな幻想は……』

 

幻想支配を起動、目標を視認。

 

『俺が、支配してやる!』

 

能力停止、発動。

 

その瞬間、今までの淀んだ泥のような空間が白い何かで埋め尽くされた。

 

『ワクチンソフト……これで』

 

俺の意識はまたそこで戻された。

 

 

 

 

「っ……くぅ、ここは……俺は、戻ってきたか」

 

目を開けると、そこはさっきまで隠れていた瓦礫の影だった。

そこから出て、美琴達の方を見ると幻想猛獣はもがき苦しむように触手を振り回していて、美琴はそれを交わしつつ電撃や砂鉄の剣で捌いている。

けれども、さっきまでと違い、傷口の再生はされていない。

 

「飾利! 昏睡患者の容体は!?」

『ユウキさん、何をしてたんですか!? さっきまでずっと呼んでたんですよ!? 患者さん達はみんな落ち着いて、脳波の異常も見られないそうです。ワクチンソフトは完全に効いています! ネットワークは破壊されました!』

「そうか……なら、後は……美琴! もう手加減する必要はないぞ!」

「えぇ、そう見たい、ね!」

 

今までとは違う、全力の電撃が幻想猛獣を包みこむように放たれた。

幻想猛獣は何かバリアのようなもの、恐らく誘電力場を発生させようとしてたが、そうはいかない。

 

「これでも、食らえ!」

 

両手をつき、幻想猛獣の足元の地面にある砂鉄を一気に噴出させた。

 

〈nh0苦 oew助sfe〉

 

全身を切り刻まれ、続け様に美琴の全力電撃をくらいボロボロになりながら幻想猛獣は、何か言語にならない言語を叫びだした。

 

『油断するな! 相手はAIM拡散力場の塊だ! 力場の核を破壊しない限りアイツは倒せない!』

 

木山春生の声を聞き、俺と美琴は顔を見合わせた。

 

「見えたか、美琴?」

「えぇ、ばっちりとね」

 

幻想猛獣がボロボロになった時、肉片の中心に三角柱の形をした何かが見えた。

それはネットワーク内部でも見えた、幻想猛獣の核に間違いない。

 

「後は、私に任せてもらうわよ」

「あぁ……俺はちょいと限界だ」

 

美琴がポケットからコインを取りだした。

【超電磁砲】 コインを指ではじき、打ちだす美琴の異名でもある、必殺技だ。

 

「……もう、眠りなさい。そして、目が覚めたら、もう一度上を向いて一歩ずつ歩いて行こうよ」

 

同情とも慰めとも違う、美琴なりの励ましの言葉と共に超電磁砲は放たれ、一瞬で核を撃ち抜いた。

そして、幻想猛獣は欠片も残さず、消し飛ばされた。

 

「これで、全て終わったな」

「そうね、ふぅ~………あっ」

「おい、美琴? だいじょ……ぐっ、くぅ~!?」

 

美琴が深く息を吐きだすと、体から力が抜けたように倒れ込んでしまった。

かけようとした、俺も頭痛に襲われ同じく転んで倒れた。

 

「私はただの電池切れよ、って、あんたの方が大丈夫なの?」

「俺も……似たようなもんだ。流石に、無理しすぎた。ちょっと……寝る。あとは、愛穂先生達、が……」

 

そこで俺の意識は途絶えた。

後にして思えば、あそこで俺が意識を失うのがもう少し遅ければ……

 

テレスティーナの事、気付けたかもしれない。

 

 

つづく

 




幻想御手編はこれにて終了。
幻想御手『は』ですけど(笑)

今更ながら、ネットワークへの侵入など結構力技と言うか強引な手を使ったなぁ(汗)

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