7月20日
それから特に収穫もなく、ただ幻想御手の副作用で昏睡状態に陥ったと思われる人物のリストをにらめっこしてるうちに日が暮れようとしていた。
「こいつらの知人に声をかけても、そんなのとっくに風紀委員なり警備員なりがしてるだろうしな。さて、どこから追おうか……ん?」
人気のない場所で考え事をしていたが、ふと人の気配がしたのでそちらを向いてみると、何やら思い悩んだ様子の涙子が走ってきていた。
「……せっかく見つけたんだもん」
そう涙子の小さな呟きがはっきりと聞こえた。
見つけた。確かに涙子はそう言った。その表情は迷いや戸惑いが浮かんでいる。
もしかして、涙子が見つけた物は……
「どうしたの?」
「あ、御坂さん」
そこへ美琴もやってきた。どうやらいつものメンバーで話していて、急にかけだした涙子を追ってきたようだ。
と、ふと涙子が携帯をポケットに入れた拍子に、お守りが落ちて風にのり俺の足元に転がってきた。
別に隠れていたわけでもないし、隠れる理由もなかったので偶然を装ってそれを拾った。
いや、全くの偶然なのは間違いではないけど。
「よっ、これ転がってきたぜ」
「ユウキさん、ありがとうございます。へへっ、なんだかこの3人ってよく会いますね」
考えて見れば、美琴、涙子、俺の3人になる事は最近少し多い気がする。
「…………」
あえて美琴は俺に触れないようにスルーしようとしているが、それを弄るよりも先に涙子と話す事にした。
「このお守り。いつも佐天さんのかばんにさげてたものでしょ?」
「はい。これは母から学園都市に来る時にもらったんです。私が学園都市に行くのを反対してたんですよ。でも、私がどうしても行きたいって言ったから、これをくれたんです。科学の街に行くのに非科学的なもの持って行ってもなー……なんて、もらった時は思ったんですよね。迷信深い所もあるんで、私のお母さん」
確かに。お守りなんて神社で御利益があると売っているが、実際は神社に利益があるだけのものだ。と科学者たちがバカにしていた事があったな。
「優しいお母さんじゃない。佐天さんの事気遣ってくれたんだし」
「分かっています。でも、その期待が重い時もあるんですよ。いつまで経ってもレベル0だし」
「レベルなんて、どうでもいい事じゃない」
その言葉に、涙子の手が強く握られるのが見えた。
美琴の奴……
「はい、アウト―」
「あたっ!? い、いきなり何叩くのよあんたは!」
あまり手加減しないで脳天にチョップをかます。
「レベル5のお前がそういう事を涙子に言うのは、失礼だし侮辱だって事、少しは気付けよ」
「えっ?」
「確かにお前は心の底からそう思っているだろうけど、それでもレベル1から努力でレベル5にのし上がった 【成功者】 にこのタイミングで言われて、励ましになると思っているのか?」
「ユ、ユウキさん。私そんな気にして、ませんよ?」
「その様子じゃ説得力皆無だな、涙子」
明らかに動揺している涙子を見て、美琴も自分が発言した事の意味に気付き、罪悪感に襲われたようだ。
「そう、だよね。ごめん佐天さん、私無神経な事言っちゃったね」
「……いえ、大丈夫ですよ。御坂さんは私を励ましてくれようとしただけですし」
図星をつかれた為か、2人揃って凹んでしまい、嫌な空気が流れる。
が、それは俺には関係ない。自業自得とも言えるしな。
だけど、今日の俺は何か変なようだ。自然に言葉が出てくる。
「レベル0は、学園都市の学生のうち6割ほどが該当する。が、科学者でもある俺から言わせてもらえば……全く能力が存在しない学生は、存在しない」
「えっ? それってどういう意味ですか? それにユウキさん科学者だったんですか!?」
「それは私も聞いてないわよ!?」
そう言えば俺が科学者だって事。美琴にも言ってなかったな……と言うか当麻にも言ってなかった気がする。
「でも実際は、科学者って言うほど専攻している分野はないけどな。助手と言うか見習いと思ってくれればいいさ。もっと幼い頃から色々学ばされたり、能力開発の実験に立ち会ったりもした。で、レベル0と呼ばれる人にも何らかの能力がある事が分かっている。反応が弱過ぎて何の能力か分からない場合も多いけどな」
木原である事は科学者でもあると言う事。間違ってはいない……多分。
最も、俺は木原の実働専門だから、科学者としての活動はあまりない。
それを全部明かす事はできないけど、それでもこれくらいなら問題はない……はず。
「じゃ、じゃあ私にも何か能力が?」
「証明しようか? ほら」
そう言って幻想支配で涙子を視る。ただ反応が弱いと言うか、これは使えないと言う感覚はある。
これは、まだ能力が完全に発現してないと言う事だ。
「あ、ユウキさんの目が青くなった」
「でも、すごく色が薄いわね。かろうじて少し青くなった、くらい?」
「涙子の能力が弱くて、俺でも使えないって事だ。別に目の色の強さで能力の強さがそのまま出るわけでもないけどな」
「そう、ですか。結局私には能力は……」
俺がそう言うと、涙子がまたショックを受けて俯いてしまった。
結局は能力が弱くて使えないと言う事実を突きつけただけ。それでも他に分かる事実もある。
「ちょっとあんた、佐天さんを更に落ち込ませてどうするのよ!」
「現状を理解しないで、発展はありえないぞ美琴。それに涙子、能力が弱いってだけで、ないわけじゃないだろ?」
「それは、そうですけど。でも使えないんじゃ意味が……」
涙子がポケットを強く握りしめた。と幻想御手を使おうとしているのかもしれない。
「涙子、お前の母親がそのお守りに込めた思い。なんだろうな?」
「お母さんが、お守りに込めた想い?」
「確かにお守りは非科学的な事だけど、それでもお前の母親はお前にどうなって欲しくて、そのお守りをくれたんだ?」
「それは……」
「涙子が超能力者になって欲しいから、それをくれたのか? 俺にはそうは思えないけどな」
「私も佐天さんのお母さんが何を願ってそのお守りくれたのか、分かる気がするわ」
美琴も俺が何を言いたいのか分かったようだ。
ただ、部外者の俺や美琴が代弁しても意味がない。涙子はお守りを見つめると、何かに気付いたようにハッと顔をあげた。
「お母さんが、学園都市に行くのを反対していたのは、私の頭の中を弄られるのが怖いから。私の身が何より一番大事だからって、このお守りをくれました……能力者になれ、だなんて一言も言わずに何かあればすぐに戻ってきていい、そう言ってくれました」
……羨ましい。なぜか俺は心の奥底でそう思ってしまった。
「ありがとうございます、ユウキさん、御坂さん。おかげで悩んでた事にふんぎり付きました」
「私は何もしてないわよ。こいつのおかげでしょ」
「俺だって何もしてないだろ。しいて言えば、お守りのおかげだろ」
「ふふっ、そうですね。さてと」
笑いながら涙子がポケットから携帯を取り出した。それが幻想御手か?
「実は、私偶然手に入れちゃったんです、幻想御手を」
「そうなの!? えっ? その携帯がそうなの?」
「はい、実は幻想御手は……「音楽ソフト」……えっ? ユウキさん知っていたんですか?」
「ある程度の予測はしてたさ。ネット上の都市伝説として数多く囁かれながら、実在は不明。仮に何かの装置なら、現物の痕跡がどこかしらに載るはず。それが無いと言う事は見えない物、例えばアプリとかソフトウェア。で、容易に発見されないように偽装するなら、音楽ファイルとするのが一番いい。そう考えたんだよ」
それに、音楽ソフトなら理論はともかく、使用者の脳に負担がかかり昏睡状態になる事に説明もつけやすい。
「すごいです! そこまで見抜いていたなんて」
「自称科学者見習いは伊達じゃないって事ね。あ、佐天さん今日様子がおかしかったのって」
「気付いて、ましたか。これ手に入れたの昨日だったんです。最初は早く誰かに見せたくて、でも喫茶店で見せようとした時、容易に犯罪に走る傾向があるから、白井さんが幻想御手の使用者は保護するって聞いて、それで……」
なるほど、それで幻想御手の事を言いだせなかったわけか。
「幻想御手を没収される事を恐れたわけか。でも、それって使用者は副作用で昏睡状態に陥る可能性が高い。だから幻想御手は早急に全て回収する必要がある、そういう意味で白井は言ったんだと思うぞ?」
「そうなんですか!?」
どうやら涙子は幻想御手の副作用は考えてなかったようだな。
「あの時は、幻想御手の副作用はちゃんと話してなかったわね。最近原因不明の昏睡状態に陥る学生が増えてるのよ。それで調べてみたら全員が幻想御手を使用した形跡があったの。あの時ちゃんと佐天さんにも話しておけば良かったわね」
「どうかな、例えその時幻想御手は危険だから使うな。なんて言っても、涙子の悩みは根本的には解決しなかったぜ?」
「そうですね。多分、使ったかもしれません。危険かもしれないと言われても、それでも能力が使えるようになるなら構わない。さっきまでの私ならそう思ってました。私も能力者になれる。その夢が、やっと叶うんだって、でもそれは幻想だったんですね」
夢にまで見た世界が、ただの幻想≪ゆめ≫だった事に涙子はやりきれない笑みを浮かべた。
「それは違うぞ。幻想御手で能力者になったつもりでいるのが幻想。でもな、涙子が能力に目覚めるのは幻想じゃなく、これからの涙子次第で叶えられる現実なんだ」
「私次第?」
「あぁ、自分には才能がないなんて心のどこかで思いこんでたら、能力が出るわけないだろ? 自分には能力がある、それを伸ばすんだ。って思ってやらなきゃ、な?」
「はい、ありがとうございます! 私御坂さんみたいにもっともっと頑張ります!」
幻想御手を使わせなくするんじゃなく、使わなくてもいいと思わせる事。それが一番だと思う。
「わ、私!? ははっ、なんだか恥ずかしいなぁ」
努力した自分を目標にすると堂々と言われたのが恥かしいのか、顔を赤くする美琴。
美琴が昔から努力してこうなったのは、俺も実際に研究所で見ていたので知っているから今回は茶化さない。
「それと、容易に犯罪に走る傾向があるのは、幻想御手のせいじゃなくて、今まで自分にない力を簡単に手に入れたら試したくなるものだからな。爆弾魔の介旅初矢は、どうも前から風紀委員や能力者に恨みあったようだし、そこへ自分の能力が強力になったとなりゃ、それを復讐に使うのはむしろ当たり前だと思うぜ?」
「確かに、学舎の園で私を襲った重福さんも、自分の眉毛にコンプレックスを持ってたし」
「幻想御手で気分が昂ぶって、それでストレスが一気に……ってわけね」
犯罪に走った能力者は数多く見てきた。だからこそわかる、一度強い力を手に入れればそれを使って暴れたくなる。
それは誰にでも起こり得る事。
「とまぁそういうわけだから、友達でもし幻想御手に手を出しそうな子がいたら」
「その時は、止めます絶対に。幻想御手が危険だからじゃなく、幻想御手に頼ろうとするのがダメだって……今の私にはそれがどれだけ間違っているか、分かりますから。この幻想御手も初春達に渡してきますね」
「私も一緒に行くわ。黒子達きっと喜ぶわよ」
もう涙子は大丈夫そうだな。さっきまでのどこか影のある笑顔じゃなく、心の底から笑みを浮かべている。
「あ、そうだ。風紀委員に出す前に、幻想御手俺にくれないか?」
「いいですけど、コピー出来ますし。まさかユウキさん使う気ですか!?」
「そんなバカな真似しないっての。俺も幻想御手の解析をしたいんでな、仕事ってやつさ」
「ふーん、一応科学者らしい事もしてるのね」
「まぁな。それじゃ、俺は早速こいつの解析に入る。何か分かったらすぐに風紀委員に知らせるよ」
「今日は本当にありがとうございました!」
涙子と美琴に手を振られ、俺は幻想御手の入った端末を手に尼視の元へと向かった。
幻想御手も手に入ったし、無用な被害者も出さずに済んで良かったと思いたかったが……
――私も能力者になれる。その夢が、やっと叶うんだって、でもそれは幻想だったんですね。
あの時の涙子の言葉と、悲しそうな顔がしばらく頭から離れなかった。
つづく
さて次回からは割と飛びます。
後6,7話で過去編Ⅰを終わらせて紅魔郷日常編に入りたいですが……予定は未定です。