今回から永夜抄本格的にスタート!
鈴仙と殺し合いをして永遠亭のお世話になってから3日が経った。
身体がすっかり元通りになり、動いても違和感も何もない健康そのものだ。
だと言うのに、退院の許可が出なかった。
ここは病院じゃないんだから、退院って言い方は変だな。
ともかく、せめて後1日は療養しなさいと言われて、渋々まだお世話になっている。
その間、文と妹紅はずっと俺の側から離れなかった。
妹紅はともかく、文は天狗の仕事をしなくていいのかな。
「文、いつまでここにいるんだ? 休み過ぎてるとクビにされるんじゃないぞ。ユウキなら私が見てるから山に戻った方がいいぞ?」
妹紅がほぼ直球に山に帰れと言ったが、文は得意げにこう答えた。
「ご心配なく、有給休暇を取っているので大丈夫です」
「有休あるのかよ!」
確かに天狗って人間社会に近い独特の社会があるらしいけど、そんな制度まであるとは。
「そんなことよりも、今日は何だか忙しなくありませんか?」
「確かにな。一応俺達に気を使ってるのか、静かに忙しそうではあるな」
永遠亭は朝から何かと騒がしかった。
鈴仙や永琳先生、輝夜は朝食の時は冷静を装っていたけど、今はばたばたと忙しそうに駆けまわっている。
てゐは朝から兎達に何か指示を出していて、忙しそうだ。
「そこら辺何かしらないか、お京?」
「うーん、よくは分かりません。てゐちゃんからは今日は皆バタバタしてるから、おにいさん達の相手をしてあげてって言われました」
お京は俺の世話係を命じられていて、色々と面倒を見てくれている。
鈴仙やてゐもよく来てくれる事もあるが、お京はここに来てからずっとだ。
最初は文が目を光らせていて、お京も文を怖がっていたけど、俺が仲介してすぐに打ち解けた。
代わりに、文と妹紅から兎誑しと言う不名誉な呼ばれ方をするようになった。
理不尽だ。
「今日は満月だから、それで何かあるのかもな。ここの連中、お月見大好きだし」
外を見ると、日も大分落ちてきてそろそろ夜になる時間だ。
永琳先生も輝夜も元は月の住民らしいから、月関係のイベントは外せないのかな。
「でも、中秋の名月にはまだかなり先ですよ?」
「あれって確か9月から10月くらいの時期だよな」
「そういう事は知ってるのに、なんで竹取物語を知らないんだよ。まぁ、輝夜の反応面白かったけどさ」
「慧音さんから竹取物語の内容聞いて第一声が 『つまりこれは輝夜の婚活話か?』 ですもんねぇ。そりゃ、輝夜さんも卒倒しますよ」
未だに輝夜はあの時の事を根に持っている。
そりゃ自分がモデルになった話を知らないだけじゃなく、他のと混合されちゃたまならないか。
「毎年秋に皆でお餅をついてお月見をやるんです。今年はぜひおにいさんも来て下さいね」
「随分気が早いな。それに俺は部外者だぞ?」
「でも、輝夜様は招待する気満々でしたよ? 鈴仙ちゃんもきっと喜びます」
「ま、その時になったら考えるよ。あれ? 2人共どうした?」
見ると、文と妹紅が腑に落ちないと言う顔をしている。
「いやぁ~予想していた事とは言え、本気で殺し合った相手に随分と懐かれてるなぁと思いまして、予想していましたが!」
「そうだな。ユウキと話す鈴仙、何だか楽しそうだった。あんな鈴仙、私は見た事ないぞ。予想していた事だったけどな!」
そんなにおかしな事か? いや、おかしな事か。
鈴仙とはもうわだかまりもなく、普通に話せてる。
それに文も妹紅も予測していた事なら、なんでそんな顔してるのか。
「大変ですね、おにいさん」
「ははっ、まぁもう慣れっこだ。ありがとな、お京」
俺を気遣ってくれるお京の頭を撫でると、2人共不機嫌そうになった。
なんだ、2人も撫でればいいのか?
そうこうしているうちに、夕食が出来たと鈴仙が呼びにきた。
全くもう、ユウキさんには困ったものね。
こうなる事は予測出来ていたとはいえ、一度殺し合った相手とあんなに仲良さそうにするなんて。
今日も食事中にあの兎と楽しく話していた。
まぁ、私も会話に混ざって十二分に楽しかったけれども……それでも納得いかないわ。
「それは私も同感だけどさ。今更でしょ?」
若干諦め気味に言う妹紅さん。
確かに今更すぎますけどね。
あの兎とユウキさんを2人きりにさせたあの時、こうなるって分かりきってましたし。
「で、あの時すごく余裕ぶっていたけど、今はその余裕は何処行ったのよ?」
「そういう妹紅さんこそ、ユウキさんに見えないように、ずっと貧乏ゆすりしてましたよね?」
そこで2人して深くふかーく息を吐きだした。
今、ここには私達しかいない。
ここは、私と妹紅に用意された部屋。
2人同部屋と言うのが何とも言い難いものがあったけど、押しかけてる身分だから贅沢は言えない。
それに、ユウキさんの部屋はすぐ近くだからまだマシね。
「ところで、さっきの話ですが、ここの人達が何かを企んでいるようですけど、心当たりありますか?」
「さてね。鈴仙がいきなりユウキに襲いかかった件に関係はありそうだけど、そこら辺はぼかされてるし」
そう。あの兎とユウキさんが殺し合った経緯は聞いたけど肝心な部分がぼかされている。
なぜあの兎はユウキさんを危険人物と勘違いして、能力を使ってここから追い出そうとしたか。
普通に考えれば、迷いの竹林に無防備に入ってきたユウキさんを誤解した、のだろうけど何かピンとこない。
ユウキさんは興味がないって言っていたけど、恐らくその理由はあの時聞かされたはず。
「ユウキさんをここに引きとめている理由も、それ絡みでしょうね」
「私らまで遠まわしに引きとめてるしな」
そう。ユウキさんだけではなく、私と妹紅もここに軟禁状態。
と言っても、別にここから出るなと言われてるわけじゃない。
ただ、ユウキさんを引きとめる事で、間接的に私達を引きとめている事になる。
と言うよりこれはただの勘だが、妹紅ではなく私のみを引きとめている気がする。
うーん、分からない。
「ま、ユウキをどうこうしようとしているわけじゃなさそうだから、何を企んでいるかは興味ないけどな」
「それは、まぁ、同感ですね」
結局行きつく先はそこなのよね。
ブン屋として彼女達が何を企んでいるのか、異変の前触れは気になるけれど、ユウキさんに害が及ばなければいいと思っている。
全く、甘くなったわね私も。
と、その時突然、空気が変わった気がした。
「えっ? あれ? あれれ?」
「ん、どうしたんだ文?」
何か、何かがおかしい。
具体的に何と言われても分からないけど、空気がおかしい?
妹紅は気付いていないようで、頭に?マークを浮かべている。
何気なく外を見ると、強い違和感があった。
これは、始まったと言う事かしら?
「妹紅さんは何も感じませんか?」
「いや、私は別に、とにかく始まったんだな?」
「えぇ、一先ずユウキさんの所へ!」
私が感じて妹紅が感じないと言う事は、人間には気付かない何かが起きた?
急いでユウキさんの部屋に行くと、彼は窓から外を見上げていた。
お京と呼ばれている兎は今はいないようね。
「あ、2人共来たか」
「ユウキさん、大丈夫ですか?」
「何か身体に異常はないか?」
「いや、俺は別になんともないけど、アレ見て見ろよ」
ユウキさんに言われて窓から外を見る。
私達の部屋の窓からは見えなかったけど、ここでは満月が見えるのね……満月?
「ちょっと、待って下さい。あの月、おかしくないですか?」
「あぁ、今日は満月のはずなのに月が欠けてるように見えるな」
雲一つない夜空に浮かぶ月。
その月が少しかけていた。
今日は満月であり、満月でなくてもあの欠け方はおかしい。
「どうやらあれは、偽の月みたいだな」
「えっ? 分かるのか?」
「どうやったか、までは分からないけど、誰かが月を入れ変えたみたいだ。あの月は本当の月じゃない」
あぁ、そうか。あれが本物の月でないから私は違和感を覚えたのか。
蓬莱人とは言え、妹紅は人間。
月に何か起きても気付かないのは無理もない。
けど、妖怪たちにとって月の光はとても重要だ。
今回の異変は人間にとってではなく、妖怪にとって大異変なのでは?
これは、どうしましょうか……
「ともかく永琳達がしようとしていたのがコレって事か」
ユウキさんは納得したように呟くと、立ち上がって部屋の外へ向かおうとした。
「ん、どこに行くんだユウキ?」
「どこって、永琳の所だけど?」
「まさか、この異変を解決するのですか?」
だとしたら危ない。
彼に危害を加える気がないにしろ、彼女は恐らく八雲紫よりも強い力を秘めている。
だからこそ、私も妹紅もここにいる。
その彼女に異変解決とは言え立ち向かうのは危険すぎる。
「それは分からないな。ともかくなんでこんな事を始めたか聞こうと思ってさ。悪巧みをしようとしてる感じでもなかったし」
「は、はぁ……」
彼が何を考えているのか全く分からない。
「これを邪魔されたくはないんだろうけど、俺達を監禁するなり色々方法はあっただろ? でも、それをしなかったって事は、彼女達なりの理由があるって事だ。深く立ち入る気はないけど、このままだと霊夢達が動きそうだし。やれる事をやろうかとな」
「はぁ~……分かりました。私も行きますよ。素直に全部教えてくれるとは思いませんけど、妖怪として今回の異変は放ってはおけませんし」
「私も行く。場合によっては輝夜達と戦うんだろ? 手を貸すぜ」
「だからそう言う事しにいくわけじゃないって……っ!?」
廊下へ出ようとしたユウキさんが突然、踵を返して窓へと走った。
「今度は一体どうしたんだよ?」
「誰かが、何かをした」
「何かって、一体何を?」
私も妹紅も空を見上げて、辺りの様子を窺うけど、さっき感じた違和感以外は特に変化は感じられなかった。
それでも彼は空を睨むように見つめていた。
ふと、彼の瞳が淡く輝いているように見えた。
幻想支配で誰かを視ている時のような変化。
けど、彼の眼は特に何色に変わっていると言う事はない。
ただ月と夜空を瞳に映しだして、淡く揺れているようだ。
そう言えば、彼はさっきあの月を偽物とすぐに見抜いたわね。
迷いの竹林に張られていたと言う結界も見抜いた。
彼の幻想支配には、そう言った空間の異変を探知出来るような能力まであるのかしら?
その夜、いくつかの場所で人と妖怪が動き始めた。
続く
ついに異変が始まりました!
原作では4組もの人妖ペアが動きましたが、さてどうなる事やら。