鈴仙回です!
「ぅ、ぅ~ん……あれ、ここ、どこ?」
私は確か、彼と話をする為に部屋を訪れて、それで結局何を話していいか分からず飛びだしてしまって、それから……
「あ、起きたか?」
声のした方を向いた私は、そのまま固まってしまった。
そこには、つい数時間前に私と殺し合いをした男が、笑みを浮かべて座っていた。
「あっ……えっ、な、なんで、あんたがここに?」
咄嗟に腰に手をあてるけど、今は寝巻を着ているし、武器は全部お師匠様に渡したのを忘れていた。
「警戒するのは分かるけど落ちつけって。ここは俺が寝かされていた部屋。お前は廊下で気絶してここに運ばれたんだよ。覚えてないか?」
「気絶? あ、あぁ~てゐの仕業ね」
あの時、部屋を出た直後に、呆れ顔のてゐがいて頭に何かが落ちたんだったわ。
はぁ、余計な事をしてくれたわね。
一体何を考えてるのかしら。
「で、あんたはここで人の寝顔をじっと見ていたって訳? 何か変な事してないでしょうね?」
一応身体に変な感じはないけれど、油断は出来ない。
そもそも、なんでこいつと2人っきりなのよ。
「布団1つしかないから、俺の布団に寝かせる時に抱っこした程度で何もしてない。あ、寝顔も結構可愛かったぞ?」
「っ!! そ、そう……い、いちおう信じてあげるわ」
何なのコイツ。
あの時と違って無邪気と言うか、何を考えているか全く読めない。
なんで殺し合いをした相手にこうも無警戒になれるのか分からない。
話をする為に来たと言うのに、なぜ逃げたのか。
理由は簡単、何を話せばいいか分からなかった。
お師匠様の言う通りなら、コイツは危険人物ではない。
あの妹紅が惚れこみ、慧音すら信頼していて、てゐやお京が慕う程の男。
そんな男を本気で殺そうとしたのに、何を話せばいいのだろう。
私が何を話そうかと悩んでいると、彼は畏まって正座して深く頭を下げた。
「遅くなったけど、ごめん。俺、お前を殺そうとした」
「はっ?」
「あの時はお前の目を見て、能力を使われて直感で敵と認識しちゃって殺そうとした。本当に悪かった」
今自分の目の前にいる彼は、本当にあの時のアイツなのだろうか。
すぐ目の前にいても殺気どころか気配すらろくに感じられず、まさに暗殺者の様に私を追い詰めたアイツとはとても思えなかった。
「ん? どうかしたか?」
「あ、いえ、何でもないわ。こちらこそいきなり仕掛けちゃってごめんなさい。あなたの事を月の刺客だと思ったのよ」
「月の、刺客?」
あ、マズイ。言わなくていい事までいってしまった。
深く詮索されそうな言葉を言って、彼の興味を招き……私の罪へと気付かせる事を言ってしまった。
でも、もう彼には気付かれてしまった。
そのはず、なのに。
「ふーん、まぁ、人も妖怪も近寄らない場所にわざわざ来るなんて怪しいもんな」
あ、あれ? それだけ?
てっきり色々聞かれると思ったのだけど。
呆気に取られた顔をしていると、彼は首を傾げた。
「今度はどうしたんだ?」
「なんでもないわ。それで、少し気になったのだけど、あなたはどうして竹林にやってきたの?」
彼が刺客でないなら、なんであそこにいたのか気になった。
あそこは竹林の入り口でもなく、少し入った場所。
筍が沢山あるわけでもなく、あそこにいる意味が分からなかった。
「人里へ向かってたら何かノイズみたいなのが頭に響いてきたんだよ。で、それが何か気になって出所へ向かったら、ってわけさ」
「ノイズ?」
「そうとしか表現できないな。通信みたいな響き、と言うかそんな感じ。ノイズの内容は今もさっぱり理解できてないけど」
「そう、それで出所と思った竹林に入ってきたのね」
それを聞き、さっきまでとは違った意味で警戒心が強くなった。
彼の言うノイズとは、私と月との通信の事だと思う。
いえ、それしかないわね。
ならば、彼はノイズとは言え玉兎の秘密通信を傍受できると言う事。
そんな事が普通の人間に出来るわけがない。
彼にはそんな能力が……あ、そう言えば!
「あんた、私の能力を使ったわよね。あれは何?」
警戒心が強くなっていく。
それを知ってか知らずか、彼は全く意に介さずあっさりと応えた。
「あーあれか、あれ俺の能力。幻想支配って言って視た相手の力をコピー出来るんだよ」
そう言って彼は自分の能力を説明し始めた。
聞いてもいないのに弱点まで教えてくれた。
それを聞いて、納得した部分もあった。
あの時、土壇場でしか私の能力を使わなかった事。
切り札を温存して最適の場面で使った。
彼は、やはり暗殺者だ。
「これも言っておくか。俺、外来人でさ、元いた場所じゃ裏稼業って言えば分かるかな。護衛とか潜入やら暗殺、破壊工作とかとか色々やってきたんだよ」
「えっ? それもあっさり言っちゃうわけ? 普通、そう言うのは隠すか誤魔化すかするんじゃないの?」
「何で誤魔化す必要がある? 俺がそういう系の人間だって、戦った鈴仙が一番分かるだろ?」
「いや、それはそうだけど、あぁもう!」
なんでこうノホホンと言うか、軽い人間なの!
とてもあの時殺し合った人間とは思えない!
ずっと色々悩んでいた私が馬鹿みたいじゃない!
「疲れた顔してるけど、大丈夫か? 傷がまだ痛むんじゃないか?」
「えぇ、傷ね。ある意味そうね……ふふふっ」
傷は傷でも、心の傷ね。
「さて、これで言いたい事は言ったかな。他に何か聞きたい事あるか? 別に俺に隠す事ないから何でも話すぞ?」
勝手に納得してスッキリしちゃってるし。
私は私で、色々聞いても胸の奥でまだモヤモヤとイライラしたものがあるって言うのに!
もう、イライラが限界を超えてしまった。
「……っ! どうしてあんたはそうやって平然としていられるわけ!?」
「平然って言われてもな。別に今警戒する事ないし、誤解も解けたんだし」
「そうじゃなくて! なんでいきなり能力を使った私を恨んでるとか、そういうのが全くないの!?」
「恨む理由がないぞ? お互い初対面だし、俺に個人的な恨みあって攻撃してきたって言うなら考える事あるけどさ」
「恨むでしょ!? あんたを殺しかけたのよ!」
「それなら俺だって殺そうとしたんだぞ? なのにお前罪悪感しかないじゃないか。俺からすればそれこそなんで? なんだが?」
「そうじゃなくてそうじゃなくて! っ~~!! あぁ、もうこれじゃ私1人が馬鹿みたいじゃない! ふぅ~ふぅ~」
興奮しすぎて息が切れてきた。
「落ちつけって傷に障るぞ?」
「……一番馬鹿なのは、私じゃない。勝手に勘違いして、独り相撲して、あげくにまともに謝罪も出来ない……っ、私って、何も変わってない」
後で知った事だけど、私はそう言いながら、ポロポロと涙を流していたらしい。
「私はね。月兎、月の兎なの。月で生まれて月の都の豊姫様と依姫様に飼われていたの。そこで護衛役として鍛えられて有事の際は月兎達を率いて防衛する役割を与えられていた」
話すつもりのなかった過去が、口から出ていく。
なぜ彼にこんな話をするのかは自分でも分からない。
けど、誰かに聞いてほしくなった。
例え、それがコイツでも。
「けれども、少し前地上の人間が月へと侵略に来て戦争になると言われて、大切な仲間達が死んでいくのが怖くなって……気が付いたら私は地上で月を見上げていたわ」
「………」
私の独白を彼は黙って夜空を見ながら聞いていてくれた。
「自分がどうやってここまで来たのか、とかは何も覚えていなかった。ただ私は仲間を置いて月から逃げだしたって事だけははっきりと分かったわ」
話しているうちに、月での思い出と地上へ逃げてきた時の記憶が頭に浮かびあがってきた。
月を見上げると震えが止まらなくて、月に背を向けて地面を向いて当てもなく飛んでいた。
地上に来たのは初めてで、知り合いもいなくどう生活していくかも何も分からなかった。
「しばらくの間、身も心もボロボロになりながら地上を彷徨い続けて、そして、ふと昔、月を追放になったお二方の事を思い出して、必死になって居場所を探したわ。そして、とうとうここ、永遠亭に辿りついて、八意永琳様と蓬莱山輝夜様と出会ったの」
お2人は私が近づいてきている事にとっくに気付いていて、逃亡者の私を笑顔で出迎えてくれた。
あの時の暖かい笑顔と、ここで出された食事の味は今も忘れられない。
「お2人は私の事情も聞かず、黙って匿ってくれた。数日たって私は月から逃げた理由と今の月の状況を話したわ。そしたら、あなたはどうしたいの? って聞かれたわ。私は迷う事なく、ここに居させて下さいと言ったの。お2人は、ようこそ永遠亭へ。って笑顔で迎えてくれたわ」
今にして思えば、お師匠様も姫様もすごくお人好しよね。
勿論、私を通じて月の状況を知る事も考えていたのだろうけど、それにしても私をあっさり受け入れてくれた。
「それから私は、永琳様に弟子入りして、ここで生活を始めたの。月にいた頃は地上は穢れた地で忌み嫌っていたのに、いつの間にかすっかり馴染んじゃったわ」
正直、今は月にいた頃よりもずっと満足した生活を送っていると思う。
豊姫様と依姫様には申し訳ないけれどね。
「大体分かった。それより、まずはこれで涙拭けよ」
「あ、ありがとう……えっ、私、泣いてたのね」
彼は水でぬらした手ぬぐいを渡してくれた。
そこでやっと私は涙を流している事に気付いた。
男性に泣き顔を見られて、かなり恥ずかしかった。
「せっかくの美人が涙で台無しだぜ。あ、俺は何も見てないから」
なぜ彼は外を向いていたのかと思ったけど、彼なりに気遣ってくれたのか。
手ぬぐいで顔を拭いて少しすっきりしたわ。
これで話を終わらせたいけれど、肝心な所を話してなかったわね。
「話を続けるわ。あんたと遭遇した日、月から突然通信が入ったの。逃亡した時にさえ何もなかったのに、急にね。通信は月への帰還命令と、次の満月の夜、つまり明後日の夜に使者が送りこまれるって内容だった」
「なるほど、それでいきなり現れた俺を刺客と間違えたって訳か」
「ごめんなさい。言い訳になるけれど、あんたが着ていた服、月の特殊部隊が着ていた服によく似ていたから」
「あれは俺の、友人からもらった服だよ。デザインは俺が元いた世界で着てた戦闘服だけど」
戦闘服、道理で動きが良かったり防御力が高かったわけね。
それにしても、彼今、友人って言おうとして何か言い淀んだ気がするけれど、気のせいかしら?
「私って最低でしょ。それなりに責任ある立場だったのに仲間を置いて逃げだした臆病者。お師匠様や姫様の好意に甘えてばかりで、いざって時には勘違いで無関係なあなたを殺しかけて、それで勝手に泣き出しちゃって……ホント、最低」
「そんな事ないだろ。鈴仙は仲間思いのいい人、いや兎だぞ?」
「……えっ?」
意外な言葉に私の頭は一瞬で真っ白になった。
私が、仲間思い?
「そりゃ昔は戦争で仲間を失うのが怖くて逃げただろうけど。今は世話になった人達のために命がけで守ろうとしただろ。それは対峙した俺が良く分かるよ。あの時の鈴仙、俺を殺そうとしてたけど、それ以上に何かを守ろうと必死だったし」
「な、なんで?……どうしてそう言うの?」
「ただ殺す為だけに向かってくる相手と、誰かを守るために命を捨てる覚悟で向かってくる相手ってのはそりゃ全然違うぞ。俺だってどっちの相手とも何度も戦った事ある経験者だしな」
そう言って笑う彼からは、私を嘲笑ったり憐れんでお世辞を言っている感じはしなかった。
ただ、私を見て認めてくれていた。
会って間もないのに、殺し合った間柄なのに、彼は私をちゃんと見てくれていた。
それが、とても嬉しかった。
「……ひぐっ、ぅぅ、……えぐっ」
「えっ? お、おい、なぜまた泣く? どうしたんだ?」
私は自然と涙が流れてきた。
今度は、彼は私がなぜ泣きだしたのか分からないようで、ひどく焦っていた。
それが、とてもおかしかった。
「ところでさ。2人共良かったの? ゆーちゃんと鈴仙ちゃん2人きりにして」
「ふふーん、仮に彼女がユウキさんに惚れたとしても、ユウキさんはそう簡単にはおちませんよ。それに私の方が付き合い長いんですから、それなりに余裕を見せないと」
「余裕って、文だって彼の眼中にはないじゃない。お前はがっつきすぎなんだよ」
「超奥手な妹紅さんに言われたくないですね。そんなんじゃ彼に女としても認識されてないんじゃないですか?」
「……へぇ、言ったな。晩飯にちょうどいい、焼鳥にしてやるぞ?」
「そっちこそ、幻想郷の外まで吹き飛ばしますよ?」
「いやいや、私が言ってるのはそういう意味じゃないんだけどなぁ……つい昨日、殺し合った2人を一緒の部屋にして大丈夫かなぁ、って意味だったのに。まぁ、問題ないよね。ゆーちゃん兎たらしだし♪ ね、京ちゃん?」
「……次は私が2人きりになる番」
「京ちゃん!?」
続く
次かその次くらいで異変本番になります。
鈴仙、まだ一度もユウキを名前で呼んでませんね(笑)