おーばーろーど ~無縁浪人の異世界風流記~   作:水野城

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毒も過ぎれば

 まだ本人の体力には余裕がありそうだが油断は出来ない。

 

「ほら、行こうぜ」

 

 名残惜しいが猶予もないので、ガガーランは最後に一舐めすると二人分の料金もまとめて払って席を立ち上がると柔らかな笑みを浮かべながらそう言って手招きした。自分の主張が通ったのが心底嬉しそうに見える。

 ゴンベエは刀を杖にして立ちあがった。店に来る前よりいささか楽に見えるのは、目が覚めたからだろうか。顔色は依然優れぬが他人の力を借りる必要は無さそうだ。クレマンティーヌはゴンベエの脇を通り、ガガーランと肩を並べた。

 

「どこに行く気?」

 

 まだ憂いの拭えない女は、素直に従えないらしい。

 

「俺たちの宿さ。なに、近いから安心しな。きっと助かるさ」

 

 二人の女が外に出てから一拍遅れて、ゴンベエが店を後にする。空を見上げてみると数多の星が光り輝いているのが眼に映った。女たちはゴンベエを待っているのか立ち止まって話をしているが、物思いに耽っている男の耳には届いていない。

 

 心ここにあらずという様子で空を仰いでいる。透き通った、美しい星空は、人の世を浄めているようだ。

 

 星から見れば、男など豆粒ほどだった。だが星はそんな小さな男に興味を持った。そんな陰気な街で毒なぞ飲むなど愚かだなと呆れながらも、いつ死ぬのかじっと待ってやる程度には好んでいた。男は、そんなことなど知る由もない。空の色を奪った星の美しさに息をつくばかりだった。互いに一目惚れだったのであろう。

 

 立ち止まっていた二人に気付くと、彼は彼女らに笑いかける。

 

「すまんね。すぐに行くよ」

 

 微かな声が、夜の街に透き通った。

 

 

 

 

 案内されて辿り着いたのは、見るからに高級そうな宿であった。そのままガガーランが泊まっている部屋に案内されると、彼女は入るなり喚いた。

 

「誰かいるかい」

 

 奥の方から重なるように二人の女の返事が返ってきた。何とも息の合った声である。この声の主たちがガガーランの仲間なのだろう。

 

「ちょっとこっちに来てくれ。会わせたい奴がいる」

 

 ガガーランはゴンベエに近くのソファに座るように案内しつつ、仲間を呼び付けた。

 

 ゴンベエは、腰元から刀を抜くと肘掛けに立て掛けた。来客用のソファはふんわりとしていて腰が良く落ち着いた。クレマンティーヌは辺りを警戒しながら彼の隣に腰を下ろしていた。視界に入る家具や調度品の品々は見るからに高そうである。このソファでも汚してクリーニング代を請求されれば、たちまち破産してしまう事だろう。

 

「その二人は?」

 

「ガガーランの飲み仲間?」

 

 二人の女にゴンベエは目を剥いた。二人はまったく瓜二つの姿をしている。ぴったりと、肌に密着するような肌着に身を包み、髪形さえも同じだ。その姿からくノ一が分身の術でもして現れたのか、はたまた酷く酔っているのか、それか毒で脳でもやられてしまったか。

 

「まだ酔っているみたいだ。そこにいる変わった服を着た女性が二人に見える。ガガーラン、すまないが水を貰えるだろうか」

 

「二人に見えるのが正常。私たちは姉妹だから」

 

「変わった服を着ているのはそっちの方」

 

 一瞬であったが、姉妹と名乗った二人がゴンベエの立て掛けた刀を見て眉を上げたが、何事も無いかのように手首をぶらりと振りながらゴンベエの軽口に応じた。

 

「姉妹? お主らは双子ということか?」

 

 目頭を押さえながら嘆くゴンベエであったが、姉妹の正体が明かされるとこれは珍しいと手を打った。双子を初めて見たゴンベエは、噂に違わずこうまでそっくりな事に仰天しては声を漏らした。

 

「正確には違うけど………ガガーラン?」

 

 言葉を濁すように片割れがガガーランに本題を尋ねた。ちょうどゴンベエの向かい側に座ろうとしていた彼女は二人にも座るように促して、全員が席に着いたのを確認すると開口する。

 

「さて、まずは紹介だね。まだ名前も聞いてなかったよ」

 

 その言葉に姉妹は怪訝な表情でガガーランを見た。変な癖が出たのだろうか、と事の合点に至った様子だ。

 

「名無しの権兵衛。親しい者はゴンベエと―――」

 

「クレマンティーヌ」

 

 ゴンベエの言葉を遮るようにして自分で名乗ったクレマンティーヌは目を鋭くしている。さっさと話を付けろと、目で訴えかけているようだった。

 

「ほー、変わった名前なんだなアンタ。んじゃあ、改めて俺はガガーラン」

 

「ティア」

 

「ティナ」

 

 ティア、ティナと名乗った姉妹は見た目に違いはほぼ無いのだ。毒で弱ったゴンベエには、もはやどちらがどの名を言ったのかさえ分からなかった。

 

―――右か? 左か? いや、もう分からん。

 

 左右に視線を振り、どちらがどっちだったか判断つかない。

 

「「で、毒?」」

 

 二人が声を揃えて尋ねた。

 

「やっぱ分かるか。お前らなら何か分かりそうだと思ってよ」

 

 ガガーランの言ったとおりに、顔を見ただけで毒に冒されているのを瞬時に理解していたようだ。やや険しい表情をして立ち上がった姉妹がゴンベエの傍まで行くと顔をベタベタと触ったり身体を弄ったりと、触診を始める。青ざめた顔は体温が低く、全身から冷汗を流している。ティナが汗で濡れた手をゴンベエの着流しで拭うと淡々とした口調で言った。

 

「これは私たちの所の毒」

 

「と言っても元だけど」

 

 ティアが言葉を繋いだ。流石は姉妹、息が合っている。

 

「飲めば助からない」

 

「ナム」

 

「ちょちょっ! 何とかなるんじゃないの!?」

 

 クレマンティーヌが足を鳴らして喚く。

 

「これはコウガシチコウ。元々私たちがいた組織の秘中の秘にも値する毒で、並大抵の耐性アイテムでは防げない。それこそ、スレイン法国の秘宝でもなければ」

 

「見た感じだと、彼はもうすぐ死にそう。魂を抜かれたようにポックリと逝く。それか、全身から血を噴き出してから死ぬ」

 

(コウガシチコウ……? 紅河七孔か!?)

 

 ゴンベエにはユグドラシルでその名に聞き覚えがあった。聖遺物級(レリック)の毒薬で対象の最大体力に応じた継続ダメージを与えるという効果を持っており、向こうではアサシン系統のプレイヤーが使っていたのを覚えている。

 

 ―――やはりこの世界は。

 

 思案顔となったゴンベエ、その傍でクレマンティーヌが嘆美にも似た声をあげた。

 

「全身から血!?」

 

 それはそれで見てみたい、とクレマンティーヌは思ったが、自分の目的を思い出して語気を強めた。

 

「解毒薬とかねえのかよ」

 

「毒があるのに解毒薬が無い道理がある? 簡単に調合できる。レシピ知っているから意外なほど簡単に。でも素材はないから今は無理。コウガシチコウは飲んでから数時間以内には効能を発揮して服薬者の体力を徐々に奪い、半日経たずには死に至らせる」

 

 背筋が冷たくなるような事を、淡々と言う。

 

 クレマンティーヌはくるりと振り返り、

 

「ゴンベエちゃん! 飲まされてからどれぐらい経ったか分かる!?」

 

 と、鬼気迫る表情で喚く。ゴンベエは眠たそうにあくびをしながら答えた。

 

「ん、ああ……もう五時間は経つんじゃないか? どうする? のたうち回って死んだ方が見栄えが良いか?」

 

「意外と元気そう。ガガーランと同じ体力バカ?」

 

「いや、自分が死んでいることに気付いていないだけかもしれない」

 

「ああもう分かった。だから何が必要か書け!」

 

 いそいそとティナが書き上げた紙を差し出すと、奪い取るようにしてクレマンティーヌは受け取り、穴が空きそうなほど見詰めた。書かれている素材は街中の店や近くの森で見つかりそうなものばかりである。これなら日が昇るまでには集められそうではあった。後は自分の脚の速さに頼るばかり。

 クレマンティーヌは軽く足首を回すと、凄まじい勢いと身のこなしで窓まで行くとそのまま飛び出して行き、夜の闇に瞬く間に消えていった。部屋の住人らはやや呆気に取られるが気を整えると、改めてゴンベエと向き合った。するとどうだろう、ゴンベエは我が物顔でソファに寝転がっている。もはや死を受け入れた男は無敵であった。図々しいとはこのことだが、特段注意はしない。ガガーランは似たような事をよくしていているので気にもせず、姉妹はこの男の機嫌を損ねずに訊かねばならないことがある。

 

「ゴンベエ殿」

 

 今呼んだのはゴンベエからして右の服装の一部が青い方であった。その娘の顔を見た。瞳は刃のように鋭い。気を帯びていた。

 

「その毒は誰に盛られたの?」

 

 ティアとティナの姉妹が所属していた組織イジャニーヤは、大陸で名を馳せる暗殺者集団である。ルーツは十三英雄まで遡り、まず狙われれば命は助からないと謳われるほどだ。

 その組織の秘中の秘とされる毒薬がこの男に盛られた。滅多な事では使用されない物で二人でさえ使った事はなかった。脱走者が抜ける際に盗み出したと噂を聞いたことがあったが、そのまさかだろうか。目の前のこの男がイジャニーヤから命を狙われそうには到底思えない。金に困った脱走者が誰かに売り付けた物が回り回ってゴンベエの命を奪いに来たのだ。

 

「………言わないとダメか?」

 

 二人合わせて首を縦に振ってみせる。

 

「………嫌と言ったら?」

 

 二度、断りを入れた。ゴンベエがその名を口にする気はない。

 

「命は助けない」

 

「そのまま死ね、と言いたいけどどうしても知りたい。教えてくれれば命は必ず助ける。ついでに二人の素性も教えてくれればありがたい」

 

 コウガシチコウ。イジャニーヤが開発したとされている最悪の毒薬。十三英雄さえ対処できなければ死に至るという毒が、眼の前で寝転がっているどこの馬の骨とも知れない男に盛られた。それほど相手が殺したがっているという証拠だ。その毒の出所とゴンベエたちの正体を暴けば、抱えている問題の解決を早めるかもしれない。

 

二人の気に当てられたゴンベエは、姿勢を正して座りなおすと唸って顎に手を当てた。

 

 言えない。言えば、友を売ったことになる。それだけは嫌であった。だが断れば、ゴンベエはガガーランを斬らねばならない。それもまた嫌である。今のゴンベエの心情で、命の恩人となるはずの女を斬ることなど、出来る訳がない。そんな事をすれば自分は二度と人としての道を歩めないことになる、とゴンベエは懸念した。今この場では毒に冒された廃人のように大人しくしておくことが賢明なのだろう。

 

「普通に質問しても答える気はなさそうだぜ?」

 

 ガガーランが大きな肩を揺らしながら首を傾げる。この男を口で打ち負かすのは骨が折れるというか、面倒臭いのを酒場の一件で経験していた。

 

 さてどうしたものかと、姉妹の顔色を窺うと悪い顔付きになっているのが一目で知れた。

 

 これはいけない、とガガーランは両人の肩に手を置いた。細めた目で手の主を睨み付ける二人であったが、ふうと一息吐き真っ当な方法でどうにか口を割らすことを考える事にした。

 三人はまず輪となる。外野に聞こえない囁き声で、時おりちらりとゴンベエの方に振り返りながら策を講じるのであった。

 

「腕比べをして勝てば口を割るのは」

 

「おいおい、毒で弱ってる奴を相手にしろと? この俺に恥をかかせる気か?」

 

「筋肉しか取り柄がないのだから、それを活用しないと勿体無い」

 

「なに!?」

 

 もはや仲間内で口喧嘩になりそうな雰囲気だ。ゴンベエは、滑稽な光景だなと腹の内で思いながらも気怠さが多少治まっていた。美女たちが、小鳥のようにぺちゃくちゃと果ても無く言い合っている姿だけでも男にとっては万病の薬であった。笑いを押し殺す為に顔をさえ伏せている。上機嫌にさせて口を利かす気なのかと勘違いしそうだ。死にそうだというのに、心持ちが軽い。

 

「先から黙っているけど、腕より口が立ちそうな浪人は何か案はある?」

 

 姉妹の片割れがゴンベエに向かってふいにそう言ってきた。

 

「何がだ?」

 

 顔を上げて、彼女の顔見る。依然とどちらか判断できていない。

 

「手合わせ」

 

「手合わせ? 何でもいいが………」

 

 はて、何のことかと首を傾げながら答えた。

 

「女々しい。言う事がないなら咳でもして患者のふりでもしてれば?」

 

 普段から罵倒は山ほど浴びてきたが、女々しいとまで言われたのは初めてだ。これには参ったが、咳をする気にもなれない。その娘の背後にその片割れと分厚い女が鋭い目でこちらの様子を窺っていた。

 

 なるほど、その気にさせて向こうの掌に乗せようというのだろう。

 

「こちらは毒を飲んでいるが、剣を抜けと?」

 

「激しく動くと毒の回りが速くなるから、普通に話し合いを」

 

 ゴンベエはぎょっとする。いささか残忍な姉妹だと思っていたから否が応にも口を割らす気だと思っていた。それこそ、自白剤のような物を飲ませるとか。

 

「んじゃあ、まずはこっちの話を聞いてもらおうか」

 

 ガガーランそう言うと、三人は自分たちの事を語り始めた。自らが蒼の薔薇という冒険者チームとして活動していること、国と協力して八本指と争って八本指の経営する麻薬村を襲撃したことなど。主に八本指という組織に関する事の話が多かった。

 ゴンベエは、時おり頷きながら彼女らの話に耳を貸した。八本指の更なる悪行などが露わになっていく度に自分の表情が険しくなっていくのが分かった。思っているよりも酷い現状のようだ。

 

「そしてつい先日、その娼館が襲われた」

 

 件の娼館だ。ゴンベエの頭に嫌な思い出が蘇る。何人も斬った感覚は手にはもう残っていないが心には深く残っている。思わず苦虫を噛み潰したよう顔になっていた。それ見逃さない彼女らではない。三人の中で推測が確信に変わった瞬間でもあった。情報収集で鋭利な刃物で破壊された扉や切断された死体の事は頭に入っていた。

 

「下手人は刀を持っていたとされてる。まあ、下手人とは言い難いけれど」

 

 三人が、ちらり、と刀を一瞥した。

 

 ゴンベエは黙して答えない。向こうは何もかも知っているようだ。

 

「それは正解ってことかい?」

 

 ガガーランが、グラスに酒を注ぎながら尋ねた。まだ飲み足りていないらしい。なかなかの酒豪である。

 

「黙って脳みそ筋肉。八本指の娼館を襲ったのは貴方とその仲間たち」

 

「どうしてそれを?」

 

「まだ、そっちが尋ねる番じゃない」

 

 ゴンベエは言われるが口を閉じた。

 

「その現場にはあのクレマンティーヌという娘もいた?」

 

「お主、もう分かってるだろう?」

 

「つまりいた」

 

 ゴンベエは、この辺りでやきもきしてきた。

 

「その娼館の主は知ってる?」

 

「知らんさ」

 

「八本指の奴隷売買はコッコドールが担当している。ちなみに、そのとき警備に雇っていたのは六腕のサキュロント」

 

 聞き覚えのある名前を聞くとゴンベエは深い息をついて、やっと重い口を開いた。

 

「で、この毒と八本指がどう関わっていると?」

 

 ティアとティナは顔を合わせて溜息を漏らす。

 

「自分の口から言う気はないと?」

 

「何も知らんからさ」

 

「六腕には毒を扱う千殺の異名を持つ男がいる。名前はマルムヴィスト、聞き覚えは?」

 

「いや……」

 

 その名は本当に聞き覚えがなかった。聞く限りはゼロの仲間のようだが、彼の口からその名が出たことはない。そもそもゼロの素性など一切知らないのだ。彼女たちの口から聞く情報全てが初耳であった。

 

「じゃあ、貴方に毒を飲ませたのは八本指の一人で六腕を束ねる男。名はゼロ、違う?」

 

 その名が出たとき、ゴンベエは感心して思わず目を丸くしていた。まさか、ここまで少ない会話だけでそこまで分かるとは忍者は凄いのだな、と感嘆の息さえつく。

 

「図星かよ」

 

 ガガーランがそう呟いた。

 

 ―――あっ。

 

 鎌をかけられたと気付いた時にはもう遅かった。表情に良く出る己を恨むべきだ。自分は隠し事が苦手なのだなと、ゴンベエは痛感した。

 

「闘鬼と謳われるゼロほどの男が毒殺ねえ。よっぽど殺したかったんだな、お前のこと」

 

「まあ、何人か殺したから。それも仕方ないさ」

 

「いや、殺したのは悪い奴らだぜ。俺は良い事をしたと思うから仕方がないとは思わねえな」

 

「殺したんだ。殺されるもする」

 

 これはもはや、ゴンベエの中では真理となっていた。やったからやり返された、ただそれだけの事なのだ。今となってそこ掘り返す必要も無い。ゴンベエは、これ以上はとくに言う事も無いと再び口を閉じる。すると、背後に見えない気配を感じた。振り返るのすら躊躇した。

 

 ―――これは、死だ。

 

 死が、背中合わせに存在している。息が、首筋に当たるような錯覚さえしてしまう。

 

「大丈夫か?」

 

 ガガーランが心配そうに声をかける。ゴンベエは、ギラギラとした眼差しで応じた。

 

「ああ、元気になってきたよ」

 

 急変した顔付きに、ガガーランが隣にティアに耳打ちする。

 

「おい、手遅れじゃねえか?」

 

「うーん、かもしれない」

 

「いや、まだまだ元気よ。酒も飲みたくなってきたな」

 

 いや、傍から見れば十分おかしな様子だ。三人がどん引いている様も目に入らず、ガガーランのグラスをひったくると鯨飲する。普段の飲む酒より美味いのは良い品だからか死の瀬戸際だからか、どちらかは分からない。

 

「うまいな。もう一杯貰えるか?」

 

「なんなら乾杯でもするか?」

 

「ああ、命の恩人たちに乾杯だ。あとはアイツが戻るまで生きておかねばな」

 

「アイツ? クレマンティーヌって奴の事か?」

 

「ああ、そやつよ。名は呼んでやらんことにしている」

 

「へえー、何故だい?」

 

「アイツは俺の命を狙っているのよ。必死なのは他の誰かに俺を殺されたくないんだろう、健気な女だ」

 

「………変わった奴らだな、ますます気に入ったよ」

 

 

 

 夜も深まる王都リ・エスティーゼ。その街の宿で酒を片手に陽気な酔漢たちを、ティアとティナは冷ややかな目で見ていた。知己の友人と毒の事など気にしない狂人の宴を止められそうもなかった。

 自分たちのリーダーらが帰ってくるまでに鎮めるのは骨が折れそうだと肩を落としていようと、後ろからした物音に二人は反射的に振り返った。見ると、そこにはボサボサの髪をしたクレマンティーヌが窓枠に足を引っ掛けて部屋に入ろうとしている姿があった。

 

「助かった」

 

 ティナがそう呟いた。どちらの意味で言ったかは彼女のみが知ることだろう。

 

「久しぶりに疲れた。さっさと……しろ……」

 

 もう息も絶え絶え、まるで犬のようだ。それほど懸命に素材を探してきたんのだろう。ご苦労なことである。

 

 さて、後は手早く調合してリーダーが帰って来る前にゴンベエを治療しなければならないが、どうだろうか。酒豪のほとんどが馬鹿だ。彼らは飲み比べをしたがる。勝負となると他の事は眼中に無くなるのだ。二人一緒に天井を向いてどんどん酒を喉に流し込んでいる。これを鯨飲と言わず何と言うだろう、それを見たクレマンティーヌも鯨のように大きく口を開けて呆れていた。

 

「次は耳で飲もう」

 

 いつもよりどこか上機嫌のゴンベエに罵声が飛ぶまで長くない。束の間の一時を、無縁浪人は可憐な戦士と楽しむのであった。だが、この蒼の薔薇との出会いがゴンベエを更なる闘争へと巻き込んでいくのを、彼はまだ知らない。

 


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