PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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ドクターは健康診断で下着を見るものです。当然だろぅ?

 アーネストが降ろされたのは、まるで昔見たロボットアニメの司令室のような場所に置かれたソファーだった。ミゾ、サラーナもソファーに収まり、ラモンはミゾの後ろに立っている。

 ショウコは亀甲縛りで縛られたまま[クリーニングスフィア]に吊るされてここまで運搬されてきて、今もモガモガとギャグボールを咬みながら揺れている。ちなみに、この見事な亀甲縛りを行ったのはサラーナである。

 入って正面に壁一面の大きな画面。どこかの戦場をリアルタイムで映した映像が流れている。画面の中で大きな大砲を持った女性が光を放ち、また一つの戦場が消えた。

 段状に配置されたオペレーター用のデスクとコンソール。沢山のオペレーターが何処かから受け取った情報を処理し、せわしなく何処かと連絡している。

 最上段には一際偉そうなプレジデントチェアがある。その椅子がクルリとアーネストたちの方に向く。

 

「ようこそ、ワシのラボへ」

 

 そう言った声は幼く。3年前はおろか、通信で聞いていた老人の声とも違う。

 そして声の主も、声相応に幼かった。年の頃は十才を超えた頃だろうか。身長はおそらくプレジデントチェアよりも低く、座っていても足がプラプラと床についていない。

 黒髪黒目の少年に、白衣は異様なほどに似合っていない。出来の悪いコメディを見ているようだ。

 

「は? え……? ヤシノキ……さん?」

「そう、ワシがヤシノキじゃ。それとも、こっちの声のほうが――」

 

 ヤシノキがいったん区切る

 

「馴染みがあるかな?」

 

 今度は聞き慣れた老人の声だ。

 

「ボイス、チェンジャー……? いや、それよりもてっきり俺は、ヤシノキさんは声の通りの爺さんかと思ってた」

 

 ゲームでボイスチャットを繋いでプレイしていれば、声のしわがれ具合や話題の内容などで年齢の推測は出来る。そして三年前のヤシノキの声は明らかに老人のそれであったし、話題も十才にも満たない少年が知っているような話題ではなかったはずだ。

 

「はっはっはっ、実際、爺さんじゃよ。この姿はフィギュアハーツの筐体とほとんど同じものじゃ。要は人形じゃよ。本物の身体ではもう不自由なのでな、クロッシングを応用して意識を移しとるんじゃよ」

 

 ヤシノキが声を子供に戻して説明してくれる。声は子供でも口調が爺さんのままなので違和感が拭いきれない。

 

「はぁ……」

 

 すごい技術だが、なぜにショタ。

 

「ちなみにわしの筐体のデザインはレティアが選んだものじゃ」

 

 そういえば、ヤシノキのクロッシングパートナーはレティアだったと、昨日チラッと聞いたのをアーネストは思い出した。

 それにしても、あの娘はそういう趣味だったのか。

 

「そういえば、レティアは大丈夫なのか?」

 

 そのレティアは昨日の戦闘で、フィリステルから数発撃たれていた。機械の体なのだから大丈夫だとは思うが、命を助けられた身であるアーネストも心配ではあった。

 

「大丈夫じゃよ。今はリペアカプセルの中じゃが、そろそろ修理も完了する頃じゃろ」

 

 良かったとアーネストは少しホッとする。

 

「それで、ヤシノキさん。アクセリナちゃんから色々聞いたけど、まだわからないことがいくつもあるんだけど、聞いていいか?」

 

 アーネストは改まってヤシノキと向き合う。

 

「そうじゃな……。しかし先に、健康診断を済ませようかのう」

「健康診断?」

 

 そういえばアクセリナがしきりに診てもらうように言ってたな。

 

『アーネストさんはショウコにバックドアからセットアップされましたからね。普通では起こらないようなエラーの可能性があるんです。セットアップ中も侵入に対して無防備なのはもちろん、セットアップ完了後もちゃんと安定してるか確認が必要なんです』

 

 ちゃんとクロッシング出来たならそれで良い、というわけではないらしい。

 

『ショウコもですよッ』

 

 アクセリナがショウコをキッと睨みつける。

 

「う、うががががぁぁが」

 

 何を言ってるのかわからない。

 

 ――「たいちょぅ、助けてぇぇ~」――

 ――「ショウコ様、縛られててもかわゆい……部屋に飾りたいなー……」――

 

 思考通信に慣れていないアーネストはショウコに思考がダダ漏れである。通信をつなぐ度にショウコをガッカリさせてやまない。

 

 ――「は……。ショウコ様、今お助けを……。……いえ、こういう健康診断はちゃんと受けておくべきかと思いますよ? 兵士は身体が資本ですからね」――

 ――「むぅ……裏切り者めぇ……」――

 ――「ああ、ショウコ様かわゆす……」――

 

 アーネストは亀甲縛りで揺れるショウコに夢中である。

 

「では、ショウコから見るとするかのう……。どれどれ……、サラーナよ腕を上げたようじゃな、ワシが教えた亀甲縛りをもうものにするとはのう……」

「博士の教え方が上手いんですよ、もう」

 

 サラーナが照れる。

 そしてヤシノキはショウコを舐め回すように見始めるが、傍から見ていると男の子が吊るされた女の子を興味津々で見ているだけのようだ。何かを診断しているようにはまったく見えない。

 

「アネキ、あれがヤシノキさんの能力、クロッシングスキルらしいですよ。なんでも、見るだけで対象を分析が出来るとか何とか? 私もああやって診てもらいました」

 

 よく見ると、ヤシノキの目の奥がかすかに光っているようにみえる。

 

「博士のスキルはオレたちみたいな戦闘よりじゃないがな、あれはあれですげぇんだぜ。RAシールドはもう知ってるよな。アレも博士がアキノのクロッシングスキルを分析して作ったんだぜ」

 

 RAシールド。正式名称はレプリカ・アキノシールドである。

 

「へぇ、すごいな。まさに天才が持つべき能力って感じだ。そういえば、ミゾさんとラモンのスキルってどんなんだったんだ?」

「ううんと、一応説明はされたのですが、私にもよくわからないのです。転移結界……? 領域の展開とか封じ込めとかなんとか……? まあ、あとで広い場所で使ってみると良い言われてましたし、これが終わったらアネキも一緒に試しに行きましょう」

「ああ、俺もどんなスキルか楽しみだな。それで、ラモンは?」

「ん? オレは単純なもんだ。一言で言えば獣化だな。……よっと、こんな感じだ」

 

 ラモンの頭に黒い狼の耳が生えた。マントの下も何かが動いているように見えるのは、尻尾も生えているようだ。

 

「獣化してる時は、五感や身体能力、体の耐久力が上がるらしいからな、近接戦闘が多いオレには有難いスキルってわけだ。それに人間の体なら自然治癒力も高まるらしい」

 

 なるほど、とアーネストは思った。フィリステルの例を見ても、どうやら自分にそぐう形の能力が発現しているらしい。そう考えると、俄然ワクワクしてくるというものだ。

 

「ふむ、おわったぞい。体調やシステムエラーに繋がるようなバグはないのう。クロッシングスキルは、緊急時に限り身体能力や思考速度が向上するという物のようじゃな。使いこなされる前に捕まえられたのは行幸じゃのう」

 

 確かに、そんな能力で逃げ回られたら打つ手がない。……わけでもないのか? アクセリナならどうにかしてしまいそうで怖い。

 

「あとは、下着が少々大人っぽすぎるかのう。アネさんに会うからってそんなに気合い入れんでも、アネさんなら――」

 

 スパーンとヤシノキの頭を、拘束から開放されたショウコが張り倒す。まるで子供同士がじゃれてるみたいだ。

 

「うっせぇジジイ! 余計なもんまで見んなっつったのにッ」

 

 言っててもギャグボールで聞き取れなかったので仕方がない。

 

「ほう、アネさんも見たそうじゃな。おそらく、アネさんの寝ていた部屋の映像になら……、アクセリナ、頼む」

『了解です』

 

 アクセリナが返事をすると、正面にある画面にアーネストが寝ていた部屋の映像が映された。映像は過去のものらしく、ベッドには野戦服姿のアーネストが寝かされている。

 世界がどうとかって作戦中なのにこんな映像を見ていて良いのだろうか。

 

「あ……」

 

 ミゾが声を漏らした時、画面の中の部屋の扉でキンッという音と小さな光が映った。

 それから扉が開き、手にナイフを持ったショウコが素早い身のこなしで這入ってくる。

 

「ショウコ、あんた鍵壊してまで……」

 

 サラーナが呆れている。

 映像の中のショウコはすぐさまブラウスを脱ぐと、スカートをはためかせながら寝ているアーネストへ飛びかかっていく。映像には音も付いているが、小さな軽い足音とベッドが軋む音が僅かにする程度の音しか聞こえない。まるでケモノのような身のこなしである。

 露出されたショウコのブラはヤシノキが言ったとおり確かに大人っぽく、小さな胸を覆うのは青を基調としたレースのブラジャーであった。チラリと見えたパンティもどうやらおそろいらしい。

 

「ふむ、素晴らしいですショウコ様」

 

 それは身のこなしのことなのか、下着のことなのか……?

 映像の中のショウコの蛮行は続き、ナイフで寝ているアーネストの服を切り刻むと、首筋や胸板に顔を近づけて何かし始めた。

 

「舐めてるわね」

「舐めてるな」

 

 サラーナとラモンが冷静に解説してくれた。

 ベッドで寝ているアーネストは身じろぎしてショウコを振り払おうとするが、それをかわしてペロペロと舐め続ける。

 そしてついには、アーネストのズボンを脱がしてその上に馬乗りになった。ちなみに、カメラの角度のおかげでアーネストの股間は映らなかった。

 

「挿入ってるわね」

「挿入ってるな」

 

 サラーナとラモンが冷静に言わんで良いことを言ってくれた。

 

『フィギュアハーツが人間と接続するには、神経が密集している粘膜との接触が必要ですからね。まあ、舌と舌を絡ませるディープキッスとかでも良いんですけどね』

 

 一番そういうことを言っちゃいけないはずの幼女が解説してくれた。

 

「わ、私はキスの方でした……」

 

 ミゾがモジモジしながら教えてくれた。恥ずかしいなら言わなくていいのに……。

 

「あれ? ショウコ様が動かなくなったな」

 

 画面の中のショウコがクタリと動かなくなったのである。実際のショウコは赤くなって床をゴロゴロして悶ているので、めっちゃ動いている。リアルタイムでも青いパンツも丸見えである。

 

『おそらくフォーマットが始まったみたいですね』

 

 しばらくすると画面の中のアーネストが呻きだし、苦悶を浮かべて悶絶し始め、さらに見ていると痙攣し始めた。

 

「あれは本当に大丈夫なのか? ……って、大丈夫だったのか……」

「私は、キ、キスの方でしたし、あんな風にはならなかったですよ」

 

 どうやらアーネストが特別だったらしい。

 

『バックドアを使えば、ああなるのは当たり前です。脳ミソの中を本人の同意なしに無理やり書き換えてるわけですからね』

 

 さらにしばらくするとアーネストの痙攣も治まり、画面に動きがなくなった。

 ――ザザ――

 映像に一瞬、ノイズが入りすぐに元の映像に戻った。

 

「?」

 

 異変を見逃さなかったヤシノキの表情が引き締まる。

 

「アクセリナ、映像の解析を頼む」

『ですね。ヤシノキ博士の盗撮用……じゃなかった、研究用カメラにノイズとかありえませんからね。……よりにもよって、ブンタパパもシンディアママも留守の時に……』

 

 アクセリナの父親と母親は今、例によって世界中の戦場で武器を消して周っている。ヤシノキラボに帰還するのは今日の夕方の予定だが、本来ならあの二人の能力は今この時にこそ欲しかった。

 ショウコとラモンも近くのコンソールに付いて、緊迫した雰囲気だ。

 アクセリナは頭上に砂時計のアイコンを出して目を閉じている。

 サラーナだけはアーネスト達を見守っているが、どこかソワソワしている。

 

「さてアネさん、急用が入りそうでな、サクッと見せて貰うかのう。そっちの壁際に立ってくれんかのう。他の者が視界に入ると診にくいんじゃ」

 

 ヤシノキが指示を出し、アーネストは素直にしたがった。

 

「あ、はい」

 

 アーネストが壁際に移動すると、さっそくヤシノキがスキルを発動させてアーネストを診ていく。

 

「……ふむふむ……、ここまでは正常じゃな……。適正値は……ほう、期待以上じゃな……」

 

 ショウコとのクロッシングで分かってはいたが、なるほど確かに気持ち悪い。

 

「ヤシノキさん、今、一つ質問いいか?」

 

 ヤシノキに診てもらいながら、邪魔になることを承知で、アーネストはどうしても聞いておきたいことを聞くことにした。

 これから急用だと言うなら、なおのこと今、聞いておく必要がある。

 

「……まあよかろう、なんじゃ?」

 

 やはり邪魔にはなるが、拒否はしない。

 何よりヤシノキにはアーネストの質問の内容は大体見当がついている。

 

「俺は、なぜここに連れてこられた?」

 

 フィリステルのように無理やり拉致しようとしたわけではないが、あの時のアーネストには拒否権は無かった。

 もし拒否権があったとしても、おめおめと軍に戻るつもりも無かったわけだが。

 

「ま、そうじゃろうな。……世界を平和にするために必要だからじゃ。これ以上は話すと長くなるでの、安全が確認できたら詳しく話してやるわい」

「フィリさんもそんなようなことを言ってた」

 

 そこで突然、サラーナが会話に割り込んできた。

 

「彼らはッ! ダッシー博士とイトショー博士はッ! 世界を征服した上で平和にすると言ってるの……、そのために……、そのせいで……ワタシは、ワタシとニフル博士は……ッ」

 

 サラーナは泣きそうになりながらも、言葉を吐き出していた。

 

「はぁ、まあ、そのへんの事情だけなら話は早く済むかのう。フィリさんが所属するダッシーラボとイトショウラボが裏切ったのは、もう知っとるな?」

「うーん、裏切り者がいるって事はなんとなく? 裏切ったのがダッシーさんとイトショウさんだってことついては初耳だけど」

 

 ダッシーとイトショウのこともアーネストは、ゲーム内でのクランメンバーだったので覚えている。ダッシーについてはクランのエースの一人だったし、イトショウはそのダッシーをうまく援護、補佐していた。

 

「奴らの目的はサラーナの言ったとおり、世界征服じゃ。ワシらの計画に異を唱える気持ちも、分からんでもないからのう。あまり強くは言えんのじゃが……」

「でも! 奴らはそのためにニフル博士を……。博士は、ニフル博士はワタシを逃がすために……クロッシング契約を破棄して……一人で……」

 

 ついにサラーナは泣き出してしまう。

 

「アネさん。サラーナは元々ワシのラボの所属ではないのじゃ。数日前、ニフルラボが襲撃された際になんとか逃げ延びてきたのじゃ。ニフル博士の研究資料とともにの」

 

 それもアーネストにとっては初耳だった。

 さっきまでの元気そうなサラーナは、空元気だったらしい。

 

「資料の解析はまだ完全には終わっとらんのじゃが、必要な所はすでに実現させておる。彼の研究をもってワシらの世界平和は完成形へと至った、と言っても過言ではないのじゃ。それ故に襲撃されたのじゃよ」

「なるほどなぁ。俺はそのヤシノキさんたちの世界平和に必要ってわけか。だからフィリさんからも狙われた、と……」

 

 しかし、なぜ今なのかという疑問は残る。この計画は随分前から進行していたようだが、フィギュアハーツのゲーム内で知り合ったときでもなく、PSWが大きく動き始めた土塊の戦争の開戦時でもなく、なぜ今なのか、それを語るには今は時間が少なかった。

 

「そういうことじゃ。今はそこまでの理解で充分じゃよ。……? むむむ……なんじゃこのスキルは……?」

「お! 俺のスキルわかったのか?」

「いや分からんのじゃ」

「え? だってヤシノキさんのスキルは……」

「そうじゃ、分析じゃ。診れば効果も分かるはずなのじゃが……。アネさんの中には確かにクロッシングスキルのフォルダーは存在する……、本来ならその中にスキルを司るファイルがあるはずなんじゃ。じゃが、アネさんのフォルダの中には空のフォルダーが四つと、ショウコのスキルが入ったフォルダーが一つあるのみ……」

「え? それって……」

 

 泣いていたサラーナが何かに気付いたが、二人は気付かない。

 

「それって、俺もショウコ様と同じスキルってことじゃないのか?」

「そうかもしれん。じゃが、それにしてはファイルの位置が不可解なんじゃよ。……そして、もう一つ深刻な自体があるんじゃが……」

「な、なんだよ……」

「神経系に用途不明のファイルが寄生しておる……。axelina OSの拡張子ではないゆえに、正体不明のクロッシングスキルとも関係はないはずじゃが……」

 

 よくわからないファイルがパソコンの中にあるのは気持ち悪い。それが自分の脳内となると、さらに気持ち悪い。

 

「そ、それって削除したりって出来ないのか?」

「できる。出来るんじゃが……、ファイルが骨盤内臓神経と癒着しとるからのう……、最悪の場合……」

 

 骨盤内臓神経。アーネストには聞き覚えのない単語である。

 

「骨盤……なんちゃら神経? それがないと、し、死ぬのか……?」

「死にはせん。死にはせんのじゃが……」

 

 ヤシノキが口ごもる。

 その時、映像の解析中だったアクセリナが声を上げる

 

『ヤシノキ博士! 映像の解析、復元が完了しましたッ!』

 

 一同の目がまた正面スクリーンに集まる。

 まずは映像を見てからファイルをどうするのかを決めるらしい。

 

「了解じゃ。再生しとくれ」

『はい』

 

 映像はちょうど、アーネストが痙攣を終えたあたりから始まった。

 ――ザザ――

 短いノイズが入り、しばらくは映像の中のアーネストにもショウコにも動きはない。

 しかし、突如ガタンという音。

 

「!?」

 

 カメラの死角、おそらくは通風口があった方向から現れた者が一同を戦慄させる。

 黒と紫のパイロットスーツに紫のマントと最小限の装甲とスラスターのFBDユニット。白金色の髪はまとめられ、頭部には猫耳を思わせるヘッドセットを装着している。スレンダーな身体に最小限の装備であれば、通風口に潜り込むことも可能であろう。

 

『ロザリス!? なぜこんな所に――』

「まさか!? 侵入されとったじゃと!?」

 

 一同の戦慄を余所に、画面の中のロザリスはアーネストたちに近づき、

 

「へ?」

 

 一瞬躊躇したものの、アーネストの唇に自分の唇を重ねた。

 そしておそらく、アーネストの口腔内に舌を這入り込ませいる。

 

「これってまさか……」

 

 ショウコがコンソールで頭を抱えて青くなっている。

 

「ああ、接続してる。バックドアからのインストール中にこれじゃあ、何をされてるか分かんねえぞ」

 

 ラモンが冷静に状況を見てくれているが、何の救いにもならない言葉しか出てこない。

 

「クソッ、してやられたのじゃ。いつじゃ……、いつ侵入された……。いやそれよりもアネさんの身体……まさか用途不明のファイルは……」

 

 映像は再生続け、ファイルを寄生させ終えたロザリスはまた、通風口へと戻っていく。

 

「あんのゴキブリ女が……ッ! ジジイ、そんなファイルとっとと消しちまえ!」

 

 ショウコが声を荒げて言うが。

 

「良いのか? もしこのファイル、chinkomogeroを無理に消した場合……」

 

 ヤシノキが口ごもる。

 

「ど、どうなるってんだよ……」

「もしこのchinkomogeroを無理に消せば、最悪の場合、アネさんのチンコは二度と立たなくなるんじゃ……」

 

 骨盤内臓神経 、別名、勃起神経である。

 

「そ、そんな……」

「なんて酷い……」

「ク……っ」

 

 あまりの事に皆、アーネストに同情の視線を送る。テスティカルモデルであるラモンに至っては涙さえ零れてきそうだ。

 

「は、それよりもロザリスは? まだラボ内に!? ヤシノキ博士、すぐに対応を!」

 

 いち早く立ち直ったサラーナが、ヤシノキに進言する。

 

「そ、そうじゃ。アクセリナ、すぐにロザリスの捜索じゃ!」

 

 しかし、アクセリナは応答しない。

 

「アクセリナ……? 応答せい。アクセリナっ!」

 

 ヤシノキが叫ぶが、アクセリナは何も答えない。

 

「や、ヤシノキ博士! 大変です。これを見て下さい」

 

 コンソールに付いていたオペレーターが声を上げる。

 正面スクリーンに薄暗い部屋と、誰も入っていない医療用カプセルのような物が映し出される。

 

「まさか! アクセリナ本体が……いない。す、すぐにラボ内のシステムをサブに切り替えるんじゃ!」

 

 そのカプセルには本来、アクセリナの本物の身体が入っているはずだが、今は誰も入っていない。

 ロザリスに侵入されている現状を考えると、最悪の自体が頭をよぎる。

 アクセリナがロザリスに拉致された可能性が高い。

 司令室の中が慌ただしく動き始める。

 

「そ、それから、警報を! ラボ内にいるロザリスを総出で捜索させるんじゃ! 映像では光学迷彩は使っとらんかったゆえ、フィリステルは一緒でない可能性が高い! 今ならまだ見つけられるかもしれん!」

 

 ヤシノキが指示を飛ばしていく中、アーネストがハッと気付く。

 ――これは、完全にフィリさんの思うツボだ!

 

「ダメだヤシノキさん! 警報は――」

 

 アーネストの言葉が終わるより早く、警報が鳴り始める。

 

『緊急警報発令! ラボ内に侵入者あり! 総員直ちに捜索せよ! 侵入者は黒と紫のパイロットスーツのロザリスです! 繰り返す、ラボ内に侵入者あり――』

 

 ドン! ドン!

 

 緊急アナウンスを遮り、爆発音が響く。

 

「な、なんじゃ!?」

「迫撃砲の着弾を確認! 着弾箇所は……女子寮三階トイレと、第六保健室です! 負傷者はありません!」

「そ、そんな……ワシのカメラが……」

 

 ヤシノキが崩れ落ちるよう床に伏せてしまう。なぜトイレにカメラがあるのかとか、負傷者が出なかったのになぜそこまでショックを受けるのかは、緊急時なので割愛する。察して欲しい。

 こちらの警報が、外部からの援護の合図になってしまったのだ。

 さらに焦ったオペレーターの声で報告が入る。

 

「ラボの北西よりカモフラージュホログラフを突破し敵襲! ツーレッグ二五機、それにこれは……え、映像まわします!」

 

 正面スクリーンが切り替わり、草原を歩く大量の二足歩行型ロボットと、その先頭を歩く二人の少女が映し出される。

 長い深い藍色の髪をたなびかせ、不敵な笑みを浮かべる褐色の肌の一七歳程度の美少女。黒とオレンジ色の装甲のパイロットスーツを着て、手には不釣り合いなほど大きなガトリング砲と、背中に見えるのは破砕球、モーニングスターだろうか。FBDユニットを付けたフィギュアハーツだ。

 フィギュアハーツ、ユータラスモデル ZS-01 マリィである。

 もう一人は褐色の少女とよく似た顔立ちと髪の色をしつつも、肌は白く、髪型もツインテールであり、紫を基調とした迷彩柄の野戦服を着ている。FBDユニットを付けておらず、通常の人間の武装をしているところを見ると人間だと思われる。

 

「ぐ、グランちゃん……じゃと……」

 

 グランのこともアーネストは知っていた。ゲーム内でPSWのメンバーであり、大火力で正面から相手を押し潰すような戦術に、アーネストはいつも苦戦させられた。

 それが今、大量の物量とともにヤシノキラボへと進軍してきていた。


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