PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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見えそうで見えない場所は、大人気のスポットです

 ヤシノキラボの白い制服を着たアーネストが食堂に案内されると、そこには二人だけ先客がいた。一人は同じくラボの制服に着替えたミゾ、そしてミゾと話しているもう一人は何処かで見覚えのある長身の男だった。

 沢山の長机と椅子、所々に置かれた観葉植物が広い空間に落ち着きを演出し、奥に見えるカウンターは、アーネストが昔に通っていた高校の学食とよく似た雰囲気だ。

 食堂は一面がガラス張りとなっていて、外の景色が見えた。どうやらここが一階らしい。

 大浴場からの道程で何度か階段を登って来たので、アーネストの部屋は地下にあったということになる。

 野外はよく晴れた空が広がり、太陽の位置を見るに昼過ぎ頃だろうか。ポカポカと暖かそうな陽光が森や芝生に降り注いでいる。ベンチや綺麗に舗装された小道が見えるあたり、公園のようだ。

 ミゾへ話しかけるより先に、外へ目を向け気になった事を口にする。

 

「姿は見えないが、何人か居るな……」

『へえ、分かるものなんですか。みんな死角は把握してるはずなのに』

「まあ、戦場に長く居ればこれくらいはな。というかあえて隠れている? ただの散歩じゃないのか?」

『さっきも言った、ヤシノキ博士の研究の実験ですよ』

「研究の実験……? ってまさか……」

 

 アーネストは思わずギョッとなった。

 ヤシノキ博士が研究していることと言えば、フィギュアハーツ同士の生殖についてで……、その実験というと。

 

『そのまさかです。このラボではあらゆるシチュエーションでの実験が可能となっています。さっきの大浴場も、死角が多かったのは気が付きましたか?』

「……あれはそういう事だったのか……」

 

 すなわち、そういう隠れながらのプレイを楽しむための配置。

 

「おはようございます、アネキ」

 

 何かの気配がする茂みをじっと見ていたアーネストは、いきなり声をかけられて少しビクゥゥッとしてしまう。

 食堂の先客の一人、ミゾが声をかけてきたのだ。ミゾは上着こそアーネストと同じ白い制服だが、下はショートパンツとハイソックスいう出で立ちであった。

 

「お、おおおおう、おは、おはようミゾさん。というかもう朝ってわけでも、なさそうだけどな」

 

 めちゃくちゃ動揺するアーネストに、ミゾが首を傾げる。

 

「?……。はい。それで、知ってるとは思いますが、一応紹介をしたいのですが……」

 

 そこでもう一人の先客が来る。

 

「こっち側では、はじめましてアーネスト。ラモンだ」

 

 フィギュアハーツ、テスティカルモデル NN-ex02 ラモン。

 ハツラツとした黒髪の好青年で、長いマントが特徴的な赤と黒の服装はなぜか胸部から腹部までが露出しており、彼の引き締まった筋肉が存在感を放っている。胸元には金色のドリルをあしらった首飾りが揺れている。

 何処かで見覚えがあると思ったら、ゲーム内で見たことがあったのだ。

 ラモンはアーネストに手を差し出す。

 

「おう! はじめまして、アーネストだ」

 

 アーネストとラモンは固く握手をした。握手をしただけで、過剰なスキンシップなどはない。

 

「ラモンは私のクロッシングパートナーになってくれたんです。他にも何人かと会ったんですけど、ヤシノキさんがやっぱりラモンが良さそうだって」

「そうなのか。元部下をよろしく頼む」

「おうよ! 任された」

 

 一層強く握手を交わした。けっして抱き合ったりはしていない。

 挨拶を終えた一行は、カウンターで各々注文の品を受け取り、適当なテーブルについて食事を始める。

 アーネストは、ラーメンと麻婆豆腐と炒飯。ラーメンには分厚いチャーシューが3枚も入ったガッツリした食事である。

 ミゾとラモンは食事はもう終わっていたらしく、デザートを注文していた。ミゾはモンブラン、ラモンはカットフルーツの盛り合わせである。

 ちなみにフィギュアハーツはユニバーサルコネクタを介して電源からのエネルギー供給だけでなく、食事によるエネルギーの摂取も出来るし排泄もする。そういうプレイにも対応するためである。

 

「えっと、アネキには一応、私の口から話しておきたいので、食べながらでいいので聞いてください」

 

 アーネストがラーメンを啜っていると、ミゾが話し始めた。

 

「実は私「ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾー」でして、昨日もアネキがアサルトハウンドから逃「ズルズルズルズルズルズル」す。そのことについて、アネキに謝っておきたかったのです」

 

 ラーメン啜る音がうるさい。

 

「うん、別にいいよ。最終的に助かったんだし」

「…………。アネキ、私の話、聞き取れました?」

「ううん? あんまり」

「ちゃんと聞いてください!」

 

 食べながらでいいって言ったのに……。

 とりあえずラーメンは置いといて麻婆豆腐に取り掛かる。話を聞きながら食べるためである。

 

「それで、私は処分屋を追うワールドハンターフレンズのエージェントだったのですが、この度あらためて[PSW]の所属となりました」

『ヤシノキ博士がミゾさんの上司の局長さん? と交渉して、こちらの情報とミゾさんとを交換したみたいですね。まあ出した情報については、どの道もうすぐ世界に知れ渡ることが大半なんですけどね』

 

 [PSW]では現在、先のレティアと同様に戦場でド派手にネオニューロニウムを消して回っているのである。当然、レティアのようなフィギュアハーツの存在も、還元光線の存在も、多少ではあれクロッシングスキルの存在も露呈する。

 土塊の戦争が、終わろうとしている。

 

「処分屋? ワールドハンターフレンズ?」

 

 アーネストにはまだまだ、わからないことがいっぱいである。

 

『処分屋は[PSW]の別称ですね。ここ三年[PSW]は世界中で銃器を始めとした旧式の兵器を極秘裏に処分して回ってましたから、そう呼ばれるようになったみたいなのです。ワールドハンターフレンズは、そのことに感づいた数少ない組織の一つです。日本語で言うと世界猟友会ですか』

 

 アクセリナが補足説明してくれる。有難い生体OSである。

 

「はい。だいたいそんな感じです。付け加えるなら、ワールドハンターフレンズは猟師だけの組織ではなく、旧式の銃器愛好家も多く所属している組織なのです。[PSW]の存在に気が付いたのもその一派です。気が付いただけで、これまで正式な名前すら分からなかったわけですが……」

「まあオレたちの情報封鎖は完璧だったからな。見た者は消すって鉄則はあったが、そもそもクロッシングチャイルドの情報支援があれば見つからずに事を済ませるのも簡単だったぜ」

 

 元々ほとんど使われなくなった旧式兵器が目標だったので、セキュリティの甘さは確かにあったが警戒が皆無というわけではなかったのだ。

 

「へえ、アクセリナすごいな」

 

 アーネストが褒めると、アクセリナが胸を張った。

 

『えへん。そうです。アクセリナはすごいのです。もちろん、現場の優秀さがあってこその情報ですから、ラモンたちもすごかったのですよ』

「ラモンもそういう任務をやってたのか」

 

 って事はミゾさんの前にもクロッシングパートナーがいたってことか、と思ったが地雷の可能性が高いので黙っておいた。

 

「おう、オレはパートナー無しでも結構動けたからな。そういう荒事にはちょくちょく駆り出されたさ」

 

 要らない気遣いだったようだ。

 

『大半は買収なりの取引で平和的に譲渡してもらえたんですけど。中には頑なに手放さない人達もいたんですよ』

 

 その手放さない人達というのが、ミゾの昨日までの上司であったし、あの局長は恐らくミゾと同じように旧式の銃を持っているだろう。

 そしてミゾ自身も旧式の銃をそれなりに好きで、それゆえ昨日の戦場にもお気に入りの対物ライフルを持って来ていた。もちろん、旧式武器を持つことで処分屋からの、何らかのコンタクトがあるかもしれないという打算もあった。

 

「それで私達ワールドハンターフレンズ日本支部局は、ただ狙われるのを待つだけではなく、こちらから打って出るために処分屋を追っていたのです。処分屋の目的を探る事が私の昨日までの任務で、アネキを監視していたのもアネキに処分屋が何らかのアプローチを掛けるという情報が入ったからなんです」

『その情報のソースは?』

「分かりません。お恥ずかしいことに、信憑性の低い情報でも動かざるをえないくらいに[PSW]の情報はまったくと言ってもいいほど無かったのです」

「なるほど、それで俺が[ハウンド]追われてる時にただ見ていたのを謝りたいってわけか」

「はい。申し訳ございませんでした」

「いや良いよ、ミゾさん。任務だったんだろ。それに俺はあの二人、カザスツーとカザススリーを死なせちまった……。隊長だった俺にはその責任もある。ミゾさんに謝られるスジなんてねえんだ……」

「…………、なら、その責任は私も負います。狙撃手として二人を助けられた可能性なら、私にもありますから」

「そっか……そう言うなら好きにしろ。……そういえば俺たちがフィリさんに追い詰められてた状況、本当は撃たなかった方が得るものは多かったんじゃないのか?」

 

 確かにあの状況でミゾは撃たなければ、謎の組織処分屋についての情報は多かったように思える。もしもフィリステル達がアーネストを拉致してすぐに去れば、あわよくばレティアの死体や装備などのオーバーテクノロジーまで手に入った可能性もある。

 

「それは……、そうかもしれませんでしたが……。なんというか、あの時は……その……」

 

 どうやらミゾは、そういう損得勘定抜きでアーネストを助けたらしい。

 

「ははは! ならこれは助けてくれた礼だ。食え食え、ここのチャーシュー、うめえぞ」

 

 アーネストは笑って、ミゾのモンブランの脇に汁気たっぷりのチャーシューを置いた。

 まるで中年のおっさんみたいなアーネストである。長いこと戦場でおっさんどもと寝食を共にしていたため、自身も気づかない内におっさん化していたようだ。悲しい。

 

 ――「どうしようラモン、アネキの気持ちは嬉しいけど、モンブランとチャーシューって……。私結構デザート楽しみにしてたのに……」――

 

 ミゾは思考通信でラモンに助けを求める。

 

 ――「はっはっはっ、良い隊長さんじゃねえか。ほらさっさと食わねえとケーキに汁がっ、汁がっ」――

 ――「ッ!!」――

 

 慌ててミゾはチャーシューを口に入れる。

 濃厚な肉汁とタレの甘じょっぱさが口腔内に広がり、ラーメンのスープもいいアクセントになっている。美味い。

 しかし、さっきまで食べていたモンブランの味は消し飛んだ。

 

 

 アーネストたちが食事を終え食休みをしていると、遠くの方が騒がしくなる。

 パンパンッ! ドシャン! ベキベキ! パリィン! 様々な破壊音や破裂音の中、一つの足音だけが突き抜けてくる。

 

『さて、ようやく追い込めました』

 

 そう言ってアクセリナは、ラモンにアイコンタクトを送る。

 はいはいと手を振り立ち上がるラモン。

 荒事の気配を感じてミゾがラモンに思考通信で問う。

 

 ――「!? ラモン、スキル使う?」――

 ――「いや、いい。今回は陽動だ」――

 

 廊下の奥から声が聞こえてくる。

 

「たーいーちょぉー」

「ショウコ様!?」

 

 アーネストが即座に立ち上がる。

 さらに反対側の別の廊下からも叫ぶ声。

 

「アーネスト隊長ーッ!」

 

 振り返るとサラーナが走ってくるところだった。

 服装はさっきと同じジャージだが、腰にはタクティカルベルトを巻いている。

 走るサラーナの胸が揺れる、というか跳ねている。ボインボインだ。

 

「伏せて!!」

 

 サラーナが叫びながらベルトからハンドグレネードを取り外す。

 それを見て即座に伏せるアーネストとミゾ。

 

「たいちょー、クロッシングをーッ」

 

 ハッとなって声のする方を見ると、ショウコが後ろに[クリーニングスフィア]を引き連れて逃げてくる。

 

「え? クロッシングってもう繋がってるんじゃ?」

「アネキ、クロッシングは両者のパスワード承認が必要なんですが、それはやりましたか?」

 

 クロッシングの接続にはパスワードが必要なのである。

 ちなみに通常のクロッシング使用者は、普段は待機状態で感覚などの共有を思考通信で使う表層意識などを残して深い繋がりを切っている状態である。

 

『ミゾさん! それはまだ……ッ。くッ、遅かったですか』

「……パスワード……、やってない」

 

 どうりで説明されたほどショウコとの繋がりを感じないわけだ。

 アクセリナはあえてこの説明を避けていたのだ。ショウコにクロッシングスキルを使わせないためである。

 

「でも、パスワードって……」

『ラモン! 早くッ!』

「あいよっと」

 

 ラモンがショウコに向かって静かに構えを取る。中国の拳法のような半身の構えだ。

 

「たいちょう、ショウコ様を崇めよ!」

 

 ショウコに言われ、伏せた状態から土下座になり、ショウコを崇め始める。

 

「ははぁー。ショウコ様ー、素晴らしきショウコ様ー」

「アネキ、ゲームでも現実でもブレないショウコ信仰なんですね……」

「がああーッ、違う! ショウコ様を崇めよ、だ!」

 

 ショウコが喚く。

 そのショウコに向かってラモンが、一見遅く見えるが確かに力のこもった掌底を放つ。

 

「はぁぁッ、だッ!!」

「あまい!」

 

 掌底をタンッと横っ飛びにかわし、流れるようにラモンの脇を抜けていく。

 ショウコが食堂へと入り、叫ぶ。

「叫べ! ショウコ様を崇めよ」

 

 アーネストは思い出した。

 ――あの時のか!

 

「ショウコ様を崇めよ!!」

 

 ――クロッシングパスワード承認――

 ――FH-U SA-04ショウコのクロッシング接続を確認――

 

 瞬間、アーネストはショウコと繋がる感覚を、確かに感じる。

 その焦りも、自由への渇望も、ヤシノキ博士すべてを見透かすような気持ち悪い視線の記憶も、今すぐアーネストを足蹴にしたい欲望も、感じる。

 

 ――「ショウコ様」――

 ――「たいちょう」――

 

 刻が、見えた気がした。

 

「シュッぽーん」

 

 サラーナが奇声とともにハンドグレネードを投げた。

 後ろにいるはずのサラーナの動きがショウコの感覚を通してハッキリと見える。

 

「ショウコ様ッ!!」

 

 とっさに飛び出すアーネスト。

 が、すぐにショウコの思考が伝わって来て失敗を悟る。

 変なタイミングでアーネストが近づいたことで、RAシールドを展開が間に合わなくなったのだ。

 

「あ……」

 

 突然立ち止まり、立ち尽くすアーネストにショウコがボスンとぶつかり、涙目でアーネストを見上げる。

 

 ――上目遣いのショウコ様、超かわいい……。

 

「たいちょうの、バぁカァァァァァー」

 

 そんなショウコの声と同時に、アーネストの背後でパンッと破裂音。

 サラーナの投げたハンドグレネードが爆発し、電磁波の嵐が局所的に発生する。

 EMPグレネード。局所的に電磁波の嵐を発生させ、電子機器類を停止させる特殊装備。現代の戦場のドローン兵器や遠隔操作ロボットには致命的なダメージを与えることもあるが、フィギュアハーツは再起動することで再び行動可能となる。人体には無害な手榴弾。

 

「ぴぎゅっ!!」

「ぎゅがっ!!」

 

 人体には無害ではあるが、ショウコとクロッシング状態だったため、アーネストにもショウコの痺れが伝わり、折り重なるように二人は倒れる。痺れながらもとっさにショウコの下になれるアーネストは大した信仰心といえる。

 

「ええぇ!? アーネスト隊長まで? 大丈夫ですか!!」

「ううぇ……、ああああぁぁぁ……」

 

 まだうまく喋れないが、ショウコとの繋がりが切れアーネストの痺れも引いていく。どうやらショウコが再起動に入ったらしい。

 

『はーいサラーナ、起きないうちにショウコを拘束してくださーい。ラモンは動けないアーネストさんを連れてヤシノキ博士のところへー』

 

 テキパキとアクセリナが指示を出していく。

 ラモンに担がれ、アーネストはようやくヤシノキの元へ行くことになった。


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