PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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生きてるって素晴らしいと思える瞬間、それは……

 これが夢だと、アーネストは直感的に分かった。

 それは眠る前に見た光景だった。

 次々に敵ドローンを撃破していくアーネスト達の[ストライクスフィア]。

 バイザーに表示された撃墜数は、二九九。

 ついには包囲され、撃破される味方ドローン。漏れるため息とドローンオペレーターを「よくやった」と称える声。

 ドローン達の戦場はいつの間にかすぐ近くにあった。

 自分達に背を向けて待機状態の[スポッターハウンド]。

 おもむろに銃を向ける味方、これが初陣だと息巻いていたガタイの良い青年、カザススリー。

 小隊撃破数三百体目を――

 「やめろーー!!」と声を上げるアーネスト。

 ――撃った。

 重要な駆動系をやられたのか、動かなくなる[スポッターハウンド]。

 叫ぶアーネストに向け、笑顔とサムズアップを向けるカザススリー。隣には戦闘服が似合わない痩せた少年が信じられないという表情をしている。ドローンオペレーターのカザスツーだ。

 撃たれた[スポッターハウンド]から脅威目標の更新が「逃げろーーっ!!」――全敵ドローンに通達されたと直感する。

 とっさにその場から逃げようとしたカザスツーは、長時間のドローンの操縦のためか足をもつれさせる。

 突然暴れだしたカザスツーを讃えようと、笑顔で手を伸ばすカザススリー。

 ドオン!!

 ただの一撃で、二人の体はバラバラに吹き飛んだ。

 とっさに近くの砂袋の山の影に隠れたアーネストの傍を、どちらの物とも分からない肉片と、もげた腕が飛んでいき、少し離れた乾いた地面に飛び散った。

 アーネストは走り出した。

 次は声を聞かれてしまった自分だ!

 逃げて、生き残るために。

 ガシャガシャと、足音が迫ってくる。

 角を曲がる。

 走る。走る。走る。走る。

 そして、その次の角を曲がると……

 

 ――ああ、ここであの娘が――

 

 [アサルトハウンド]がいた。

 カメラと目が合う。

 持っていたライフルを構え、猛然と撃つアーネスト。

 

 ――あれ? ――

 

 走ってくる[アサルトハウンド]は弾丸など物ともせずにアーネストに肉薄し、襲いかかる。

 アーネストは押し倒され、その上に[アサルトハウンド]が馬乗りになる。

 必至に抵抗するアーネスト。野戦服をずたずたに引き裂かれる。

 アーネストの攻撃を安々とかわし、彼の全身をペロペロと舐め回し始める[アサルトハウンド]。

 

 ――何だこれーっ!? ――

 

 気持ちよさに耐えきれず、きつく結んだアーネストの口からは声が漏れる。

 さらに、抵抗むなしくアーネストのズボンはずり降ろされ、その上に[アサルトハウンド]が座る。

 彼の下腹部に得も言われぬ暖かさが広がり――

 

 バチバチッ

 

 そんな音を聞いたと思った瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。

 

 

 …………SA-04ショウコ、arnestとの接続を確認――

 ――arnestの脳内をスキャン開始――

 ――arnestの視覚情報記憶よりバックドアを検索中……――

 

 アーネストの目蓋の裏に、フィギュアハーツのタイトル画面がフラッシュバックする。

 

 ――バックドアの開放を確認――

 ――arnestの心理プロトコルを解析中……――

 ――arnestの脳内未使用領域の空き容量を確認中……――

 ――arnestの脳内未使用領域の空き容量をフォーマットしますか? ――

 

 ――「はい」――

 

 え? 今の声の俺じゃない。女の子?

 

 ――arnestの脳内未使用領域が大きいためこの処理には時間がかかりますが、フォーマットを開始しますか? ――

 やかましいわッ!

 

 ――「はい」――

 

 え? だからこの「はい」は誰?

 アーネストの困惑と同時に、彼の頭が軋むように痛みだした。

 

 いだだだだだだぁあああああああああああ!!

 

 さらに痛みはひどくなり、脳ミソを引っ掻き回されるような痛みが奔る。

 

 ふうぉおおおあっっはぁぁぁぁぁぁぁああ!!

 

 何度か意識が飛んでは戻ってを繰り返した。

 

 ――フォーマットを完了しました――

 

 

 ――脳神経BIOSの設定を開始――

 ――各種神経系との接続を設定します――

 ――視覚との接続に同意しますか? ――

 

 ――「同意します」――

 

 だから俺じゃない! 同意してない!

 

 ――聴覚との接続に同意しますか? ――

 

 ――「同意します」――

 

 ちょ……もう……、ええぇぇ……?

 アーネストはもう諦めた。

 その時、アーネストは唇に柔らかな感触を感じる。さらにぬるりと口の中に入り込み、ねっとりとした感触が舌に触れる。(CA-01ロザリスの接続を確認)

 

 ……? 何か一瞬、小さな……?

 

 ――嗅覚との接続に同意しますか? ――

 

 ――「同意します」――

 

 さらに、舌にピリピリと電気が流れるような感覚。(Husqvarnaの書き込みを開始)

 

 また……?

 

 ――触覚との接続に同意しますか? ――

 

 ――「同意します」――

 

 ――味覚との接続に同意しますか? ――

 

 ――「同意します」――

 

 その後も同意ラッシュは続き、アーネストが理解できたのは最初の方の五感だけで、遠心性神経 がどうのやら自律神経系がどうとか、さっぱりわからなかったが勝手に同意された。

 

 ――脳神経BIOSの設定を完了――

 

 

 ――生体OS、axelinaのセットアップを開始――

 ――地域と時刻の自動設定を開始――

 ――ユーザー名arnestの登録を完了――

 ――クロッシングパスワードを設定――

 

 ――「ショウコ様を崇めよ」――

 

 ――クロッシングパスワードの設定を完了――

 勝手に設定された。

ショウコ、様……? まさか!?

 

 ――axelinaのインストールを開始――

 ――インストール中……――

 ――インストールを完了――

 ――「axelinaへようこそ!」――

 

 

 ――FH-U SA-04ショウコのクロッシング直結を確認――

 ――FH-U SA-04ショウコのデバイスドライバのインストールを開始――

 ――FH-U SA-04ショウコのクロッシングツールのインストールを開始――

 

 アーネストの脳内に暖かな何かが広がった。懐かしくて安心できる、繋がりのようなものだと感じた。

 

 ――アクセリナ標準ツールセットのセットアップを開始――

 ――カスタマイズ/フルインストール――

 

 ――「フルインストール」――

 

 ――アクセリナ標準ツールセットのインストールを開始――

 

 その後も次々と自分の中に沢山の可能性が入ってくる。始めて自分のパソコンを買い、起動した時もきっとこんな感慨だったと懐かしく思いながら、わけの分からないツールが自分の脳にインストールされていくのを、ただ見ている。本当は見ているという錯覚であり、そういう風に感じているだけではあるが。

 

 ――アクセリナヴィジュアルウィザードのインストールを開始――

 ――すべてのセットアップを完了――

 ――最適化の為、再起動しますか? ――

 

 ――「はい」――

 

 

 

 そんな感覚を最後に、アーネストの意識は再び眠りへと落ちていった。

 結局最後まで、アーネストの意思は何一つ尊重されなかった。

 

 

「たいちょー、起きてくださいよぉ。たいちょーってばぁ」

 

 体を揺すられる感触で、アーネストは目を覚ました。

 甘ったるい、どこか聞き覚えのある女の子の声も聴こえる。

 

「ううぅん、頭、痛い……。もうちょっと寝かせて……」

 

 アーネストはずれた毛布を引き寄せて、また眠りに入る。

 

「……チッ」

 

 ああ、この舌打ちすらも懐かしい。

 

「くぉら、このクソ隊長! さっさと起きやがれやっ!」

「フゴォッ」

 

 アーネストの鳩尾が痛くなるツボ(臍の上あたり)に、拳が打ち込まれた。

 鳩尾が痛くなり、もんどり打ってベッドから転げ落ちて再び目を覚ましたアーネストは、懐かしい顔を見た。

 

「ショウコ……様……?」

「たいちょう、おはようございますぅ」

 

 アーネストを文字通り叩き起こしたショウコはニコヤカに、彼を見下ろしていた。

 フィギュアハーツ、ユータラスモデル、SA-04 ショウコ。

 明るい色のショートヘア髪は所々でチャーミングに外側に跳ねている。整った童顔に翡翠色の大きな瞳が愛らしい。幼女から少女になる刹那を切り取ったような体躯は、三年前に最後にログアウトした時と同じく、今もアーネストを魅了してやまない。

 そんなショウコも今は、白いブラウスと白と青のチェックのスカートという大人っぽい装いであり、初めて見る服装である。

 

「本物の、……ショウコ様……。やっぱり、ああ……ショウコ様」

 

 ゲームでは何度も助けられ、挫けそうな時も支えられ、いつも強気にガチャを回せと背中を押してくれて、いつの間にかアーネストは彼女を崇拝するようになっていた。

 だからその動作はとても自然であった。

 アーネストは、息をするようにショウコの前に跪いた。もう鳩尾の痛みなど気にならない。むしろその痛みすら幸せだ。

 

「たいちょう、頭が高いですぅ」

「……はい」

 

 さらに正座へ、そこから土下座へ。ひれ伏したアーネストの動きに迷いはなく、実に滑らかであった。

 

「うむ、よきかなよきかなぁ」

「ははぁ、恐悦至極」

 

 ショウコに頭を踏まれながら、アーネストは生きててよかったと心から思った。

 変態である。

 

『……ショウコは何をやっているのですか?』

 

 ふいに、アーネストの知らない女の子の声がした。

 

「あら、セリナちゃん。これはあいさつですよぉ?」

『このような挨拶、アクセリナは初めて知りました』

 

 ショウコが頭から足を離し、アーネストが顔を上げると、知らない声の主がフワフワと浮いていた。

 緑の迷彩色のワンピースがヒラヒラを揺れ、ウェーブの掛かった金髪が宙を漂う。ショウコと同じか幼いくらいの女の子。浮いている分を差し引いた身長もショウコよりも少し小さく見えるが、アクセリナの方が少々胸の発育が進んでおり、将来的に美人になるであろう金髪碧眼の幼女であった。

 この白い部屋にはどうやらショウコとアクセリナ、それからアーネストで全員でありその他には机など簡素な家具がいくつかあるだけである。

 

「……、ショウコ様。その浮いてる子は?」

『ふぇえ!? 何でもう見えてるんですか!?』

「ええっとぉ、この子はアクセリナちゃんですぅ。このラボの生体オペレーションシステムのクロッシングチャイルドで、これはホログラフみたいなもので…………面倒なんで後でヤシノキ博士にでも聞いてください」

「???」

 

 知らない単語だらけで、アーネストには何がなんだかさっぱりわからなかった。

 

『ショウコ、説明が適当すぎます……。いえ、確かにアクセリナは説明しづらい存在ではありますが、なんというかもうちょっと、こう……。って、アーネストさんがもうサーバーログイン状態!? 脳内フォーマットも、OSのインストールも全部終わってるって、どういうことですか!?』

「どういうことかといわれてもぉ。あたしがもう挿れちゃったからですよぉ?」

『挿れちゃったとか……、もしかして下ですか……?』

「当たり前じゃないですかぁ」

『もしかしてバックドアも使ったんですか……?』

「そうですよぉ……。たいちょうは寝てましたからぁ……」

 

 ショウコの視線が説教を予感してツツーっとアクセリナから逸れていく。

 

『ちょっ、そういうの止めてくださいよー。あ、ショウコへのアクセスが拒否される……、クロッシング契約完了してる……。ホントにやっちゃったんですか……。何かエラーが出ても知りませんからね! すぐにヤシノキ博士に見てもらいます!』

 

 アクセリナがそう言った瞬間、部屋の扉がスライドして開き、平らな円形の静電気浮遊型駆動機構の上に球体を乗せた機械、[ストライクスフィア]の小型版みたいな物が現れた。

 

『部屋の鍵も壊れてるじゃないですか!』

 

 床から僅かに浮いてフワフワしていながら、これが意外と俊敏に動く。さらにマニピュレータを出してショウコに迫る。

 

「げっ! クリーニングスフィアかよ!?」

 

 ショウコは咄嗟に[クリーニングスフィア]を跳び箱のようにして飛び越え、開きっぱなしの扉から飛び出していった。

 

『こらショウコ! 待ちなさーい!』

「くっそー! 覚えてろよセリナっ! バーカバーカ!」

 

 素晴らしい捨て台詞を吐いて廊下を走り去っていくショウコを[クリーニングスフィア]が追いかけて行く。

 部屋には腰に手を当てプリプリと怒るアクセリナと、アーネストだけが残された。

 

「アクセリナちゃん……、えっと……?」

『はっ!? アーネストさんも後でヤシノキ博士の所に行きますからね。……それから、なんというか、服が……』

 

 アクセリナが恥ずかしそうにアーネストの身体を指差す。

 

「うおぅ!? なんじゃこりゃ?」

 

 慌てて毛布を引き寄せて身体を隠した。

 寝ている間にショウコに襲われたアーネストは、現在全裸であった。着ていた野戦服は無残に引き裂かれてベッドの周辺に散らばっている。

 

「それに何か、ヌチョヌチョしたのがチンコのあたりに付いてる……」

 

 それもショウコの物。

 

『何はともあれ。ようこそヤシノキラボへ。まずは、話ができる服装から整えましょうか』

 


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