少々時は戻って、アーネスト達が離脱した戦場。
「あ~、に~げ~ら~れ~た~……」
塹壕の中、仰向けに倒れたフィリステルが呻いた。
そこに近づく足音一つ。
「フィリス、大丈夫?」
「だ~い~じょ~ぶ、だけどさ~……ああぁ~。あこまで追い詰めておいて、逃げられた~!」
ゴロゴロと土の上を転がるさまは、駄々をこねる子供のようだ。とても二十歳には見えない。
「あーもー。分かった分かった。私も悪かったわよ」
塹壕の壁を遮蔽にしながら姿を表したロザリスが、フィリステルをなだめる。
フィギュアハーツ、ユータラスモデル CA-01 ロザリス。
腰まで届く白金色のストレートヘアに白い肌。澄んだ湖のような青い瞳はクールな印象だが、その顔立ちはまだ幼さが見て取れる。身体つきも女性というには幼くデザインされており、中学生ほどの少女に見える。
黒と紫を基調としたパイロットスーツと装甲は、肌の色とモノクロのコントラストを作り出していて、多少ではあるが大人びた落ち着きを感じる。
スラスター類はレティアの物よりも小さく、反重力を発生させるフィリステル専用シートであるマントはクリアパープル色、武装も全身のそこかしこにあるナイフと、サブマシンガンが一丁である。
これらの装備はレティアの物と大本は同じ「PSW」で共同開発された物であり、開発コードである[フィギュアハーツを戦場に繋ぐ物][フィギュアハーツ・バトルフィールド・ドライバ]の頭文字を取ってFBDユニットと呼ばれている。これらのFBDユニットの装備とクロッシングスキルが無ければ、フィギュアハーツ筐体本体は少し力が強い程度の人間と殆ど変わらないスペックでしか無い。
そのロザリスのフィリステルを見下ろす表情は、呆れ顔である。この相棒であり恋人は何か失敗するごとにこの体たらく。呆れるしか無い。
「ん~だ~!!」
――fyristelがFH-U CA-01ロザリスのクロッシングスキルを使用――
クロッシングスキルを発動し、思考を加速させた。ロザリスにもその感覚がにわかに伝わる。
そして突然ガバッと起き上がると、ロザリスに飛びかかる。
「ヒャッ、ちょ……フィリス!? ……んっ……」
ロザリスは塹壕の壁に押さえつけられ、唇で口を塞がれる。
さらにフィリステルはロザリスの発展途上の美しさを表現したような胸をスーツの上から揉みしだき、さらにはスカートの中もまさぐり始める。
「ふぅ~! にゃ~!!」
手の動きが激しくなり、ロザリスの敏感に設定された箇所を的確に刺激していく。
「くっ……ふあ……っ、ちょっと……、こんな、ところ……で、あっ! んんっ」
「ふっ……にゃ……っ、ふぁっあ……、んんん、あふん……あ、あっ! んんっ」
ロザリスとフィリステルが同時にビクンと軽く痙攣したところで、フィリステルの手は止まった。
「……っ」
「よし! スッキリ! 後悔終了~。さてまあ、これからどうしよっか~」
「……まったく、まださっきのスナイパーが狙ってるかもしれないのに」
後悔を終えたフィリステルは、即座に現在を、未来を見据え始める。ロザリスに対する変態的行動などまるでなかったかのようだ。
ロザリスもロザリスでいつものことなのですぐに思考を切り替える。
「ふぅ、もう……とりあえず、その今も見ているであろうスナイパーさんには仕返しをしたいわね」
「うん、それはあるね~。でもまあ、それよりも問題なのは狙撃手本人よりも、撃った銃の方かな~。ここってさっき、レティアが片付けた戦場だよね~? なんで撃てる銃があるのよ~」
原材料の土を特殊な手順で光重合させて作られるネオニューロニウムを、元の土に還す光線。それをレティアが先ほどここで発射して戦場のネオニューロニウムを一掃したのを、フィリステル達は見ていた。見た上でアーネストの拉致を仕掛けた。
丈夫で軽く原材料が土であるがゆえに低価格で加工もしやすい新素材、現代の戦場でネオニューロニウムで出来ていない武器などないと言っても過言ではない。
さらに表の歴史で三年間ドンパチ戦争をしている裏、フィリステル達PSWのメンバーはずっと旧式の武器や兵器の工場から設計図に至るまで、徹底的に潰してきたのである。あんな狙撃の出来る銃の存在する余地など、皆無のはずだ。
そして、存在するからには破壊しなければならないのは、PSWの裏切り者となった今でも変わらない。でなければ裏切った意味すらもない。
そもそも組織が二つに割れて、数が少ない方が裏切り者呼ばわりされ、数が少ない方が裏切り者を気取っているだけであり、「戦争を無くす」という大原則は同じだ。
「そうね、ぶっ殺してぶっ壊さないと、私の気が収まらないわ」
「うんじゃまあ、まずは栄誉ある戦略的撤退と行きますかね~」
そう言うとフィリステルは作戦内容をクロッシングでロザリスに直接送る。
二人にしか見えない紫の蝶のイメージが、フィリステルからロザリスへ飛んでいく。
「ま、フィリスらしい選択ね。二兎を追う者は一兎をも得ずとは言うけど、失敗した現状からすれば、一石で二鳥を落とせる可能性も賭けるに値するのも確かね」
イメージを受け取ったロザリスの同意も得られた。
その後、何度か蝶を送り合い、作戦をすり合わせた。
「そんじゃ、れっつご~」
言うが早く、フィリステルはロザリスの背中で地面と水平な状態で硬化したマントに飛び乗る。
このマントはFBDユニットの基本装備で、飛行を補佐する反重力発生装置であり、事前に登録した形に硬化して人がひとり乗れるシートにもなる。
さらにフィギュアハーツシリーズは基本的にクロッシング適合者と二人一組で動くために、装甲の所々に人がつかまることが出来る取っ手が付いている。今回フィリステルは硬化したマントに跨がり、ロザリスの両肩の取っ手に捕まり、腰のあたりから出っ張った足掛けに足を置く体制になり、ベルトとワイヤーで落ちないように体を固定する。
「了解よ」
ふわりとスラスターで浮き上がり、シールドを展開する。
光学迷彩は使用せず、姿を晒した状態で、レティア達が飛び去った方角とも狙撃手が居るであろう方角とも違う方角へと飛び出していった。
そして、戦場を離脱しグルリと方向転換。
適当な所で速度を落として光学迷彩で姿を隠して、フィリステル達がやってきたのは、狙撃手が居るであろうポイントである。アーネスト達を取り逃がした場所からは直線距離で千二百メートルほどだが、かなりの遠回りをした。
あたりは木々が生い茂る小高い山、その頂上付近である。
二人は姿を隠して物音を立てないように、辺りを観察する。光学迷彩も音までは消してくれない。
――「この辺りの筈だわ」――
ロザリスがクロッシングによる思考通信でフィリステルの頭の中に直接声をかける。
――「ちょっとまってね~。今ジャミング切ったから、何か行動を起こしてくれると有難いんだけど……」――
先ほどの戦場から去る時、あえて敵に姿を見せたのは油断を誘うためであった。
しばらく待つと、少し離れた位置から声が聞こえてきた。
「こちら、第二十七カザス小隊、カザスフォー。カザスワン、応答願います。カザスワン、応答願います」
――「ビンゴ~」――
冷静さを帯びた喜びの感情がロザリスにも伝わる。
音を立てないようゆっくりと声のする方へと移動する。
「こちら、第二十七カザス小隊、カザスフォー。カザスワン、応答願います。カザスワン、応答願います」
その間も、声の主はおそらく通信での呼びかけを行っている。
このまま気付かれないように接近して、一撃で仕留めよう、フィリステルがそう思った時、
――「ちょっと待ってフィリス……」――
ロザリスに静止された。
ロザリスの方を見ると、彼女は真剣な顔で狙撃手の声を聞いている。
「……隊長、ご無事でしたか。先ほどは援護射撃をさせて頂きましたが、離脱できたようで何よりです」
――「……声紋照合…………。FHラモン適合者パーソナルID Mizo、本人と九七%合致を確認……」――
――「え……? って事はあれってばミゾさんってこと~?」――
――「そのよう……ね……」――
――「なるほど~、……ちょっと考える……」
――fyristelがFH-U CA-01ロザリスのクロッシングスキルを使用――
状況が大きく変わったことを悟り、フィリステルが思考を加速させる。
単純にミゾを殺してしまっても、確かに状況が悪化することはない。先ほど敵対してしまった以上、これから説得して仲間に引き入れることも難しいだろう。
銃は破壊したい。敵は減らしておきたい。
「隊長たちが飛び去ってしばらくして、南西方向に飛んでいきました。アレはいったいなんだったのですか」
隊長、とはアーネストのことだろう。今頃レティアも狙撃手の正体がミゾだと気付いたか? だとすればミゾを放置はしないはず。
アーネストとレティアは戻ってくる公算が高い。通信を終えたミゾを始末して、その後戻ってきたレティアを制圧、アーネストを当初の任務の通りに拉致?
あるいは皆殺しか……?
いや、今の状況はもっと上手く使えるはず……。
ならば今、選択すべき最適解は……。
フィリステルからロザリスへ、紫の蝶が飛ぶ。
――「……ふふふ、あっははっ。さっすがはフィリス。面白い事を考えるわね」――
――「え? そのプランでいいの? 流石にロザリスの負担が大きいと思ったんだけど~?」――
――「いいわよ。やるわ。その代わり、帰ったらたっぷりご褒美をもらうわよ」――
不敵に微笑むロザリス。
――「いいよ、フィリスちゃんがたっぷりご奉仕しちゃう~」――
二人、軽く触れるだけのキスをする。
――「さてじゃあ、待つとしますか~。これがうまく行けば、アネさんを持ち帰るよりも遥かにボクらの目的は前進するのかな~」――
――「そうですわね。なにせ彼女が手に入るかもしれないもの。見つけられれば、だけど……」――
――「大丈夫、ロザリスならうまくやれるよ~。それに、ダメだったとしても最悪ヤシノキラボの位置さえわかれば、ダッシー博士とグランちゃんに何とかしてもらえるだろうしね~」――
そんな感じで真面目に話したり、時々イチャイチャチュッチュしながら二人はミゾの監視を続けた。
そして待つこと数分、アーネストとレティアは、フィリステルの読み通りにミゾを回収にやってきた。
さらにこれまた読み通りに、3人以上が乗れる乗り物、戦闘ヘリをおそらくはハッキングで持ってきた。
――「それじゃあ、お願いするね、ロザリス~。くれぐれもヤシノキ博士には見られないようにね~」――
――「分かってるわよ。あの方の目がどこまで見えるのかわからない以上、迂闊なことはしないわ」――
――「ごめんね~。あの博士とブンタさん達さえ居なければボクも一緒に行けたんだけど~」――
――「仕方ないわよ。フィリスがヤシノキ博士に見られることだけは絶対に避けないといけないし、ブンタさんは天敵だもの」――
そう言ってロザリスは長く目立つプラチナブロンドを括ってまとめると、スーツと同色の黒い猫耳ヘッドセットを装着する。各種拡張センサーを搭載した隠密用FH外装パーツである。
そしてアーネストたちの乗るヘリの底に、姿を消したまま高磁力特殊マグネットでへばり付く。
クロッシングスキルには有効圏が有り、このまま二人の距離が離れてしまうと光学迷彩が切れてしまうのだ。よって、アーネストたちの乗る座席に姿を消したまま座ることは出来ないし、ロザリスだけ飛んで後を追うこともできない。
ちなみに、フィリステルとロザリスのクロッシング有効圏は約3キロメートルほどである。並の戦場であれば不足することはあまりない距離ではあるが、今回のような場合では届かなくなる。
光学迷彩が切れてからは、素の隠密行動となる。そのため目立たない軽装が役立ち、ロザリスの本領発揮ともいえる。
そして、アーネスト達の乗るヘリは飛び立った。ロザリスをその底にへばり付けたまま。
――FH-U CA-01ロザリスとのクロッシング接続が切断されました――
ヘリを見送ったフィリステルは、早速ダッシーへ通信をする。
「あ、もしもし博士~? 実はさ~ ――」
ここまでの任務のあらましと現状を報告し、ヘリを一機よこして欲しいと伝えた。
通信の向こうの女性の声は、ふむふむと相づちを打ちながら冷静に話を聞き終え、最後に大きなため息をついた。
『はぁ……。まったく! 何してくれはるんッ!』
この後、めちゃくちゃ怒られた。