PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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お漏らし天使の覚醒

 通路をしばらく進むと大きな通りに出て、さらにその先には外に光が見えてきた。

 

 ――「もう朝になってたのか」――

 ――「そうみたいね。……そして、最後の敵がお出ましよ」――

 

 出口の光を遮る二つの大きな人型のシルエット。

 

 ――「入り口にいたツーレッグか! サラーナ、クリエ貸して! アタシがやる!」――

 

 サラーナが放おったクリエを加速してキャッチし、さらに加速して二体のツーレッグの真中へ突っ込む。アーネストは振り落とされないようしっかりと捕まる。

 ツーレッグたちが大口径のアサルトライフルを撃って来る。

 

「ナイス射撃ぃ!!」

 

 ――FH-U SA-04ショウコがクロッシングスキルを使用――

 

 スキルを発動したショウコが地面を蹴ってさらに加速!

 超音速の相対速度で弾丸がRAシールドに弾かれる。

 一筋の青い閃光と化したショウコが、ツーレッグたちの間を抜けながらの一閃!

 勢いよく通路を抜けて外へ出たショウコ、それを追うようにツーレッグだった部品が出口から派手に吹き出す。

 

「ふい~、スッキリしましたぁ」

 

 ショウコは地面をえぐりながらブレーキをかけ振り返り、ツーレッグの腕や脚が朝日を反射して舞い飛び、やがて地面に無様に転がるさまを満足そうに見た。

 

『アーネストくん。聞こえるか?』

「ブンタさん!? 良かった無事だったのか」

 

 ちょうどその時、ブンタから通信が入った。脳内OSによる通信は素っ裸になっても使えるので便利。

 

『うむ、我輩にかかればあんな小娘共を追っ払うくらい朝飯前なのである』

『ブンタ……』

 

 本当はまんまと時間稼ぎにハメられた上に、最後は見逃してもらったということは、シンディアは伏せておくことにした。

 あとから追いついてきたサラーナと、その背で眠るアクセリナをチラリと見ながらアーネストも報告する。

 

「さすがブンタさん! こちらもアクセリナの奪還に成功しました!」

『よくやった! ニフル博士によればもうすぐダッシーラボから前線に出ていた戦力が戻ってくる。……いや、もう見えた! 撤退を急ぐぞ!』

「ニフル博士に会ったんですか!?」

『ああ、事のあらましは聞いた。吾輩も少々頭に血が上っていたらしいな……』

 

 針葉樹林帯の一部を焼け野原にしておいて、少々なのかな?

 ここで撤退の準備が整ったらしく、シンディアが通信に割り込む。

 

『コアシップブースター、発進準備OKネ! ブンタ、トークは後にしてとっととシートに座るデス! ショウコ、サラーナ、ランデブーポイント送ったからそこで待機よろしくネ!』

 

 コアシップブースターとはPSWでツーレッグと同時期に開発された航空輸送機である。垂直離着陸や空中停止などが可能であり、ミサイルや機銃などを装備することで空中要塞としても機能するすぐれものであるが、フィギュアハーツの汎用性、というか万能性が増したことで無用の長物となった物だ。しかし今回のようにシンディアが両足を負傷するなどの通常の撤退が困難な状況のために一応、転送用倉庫に入れてあったのだ。

 

「了解! って空中で合流かよ」

「グダグダ言わないのショウコ。敵がすぐ近くまで来てるんだから、これが一番の最善策よ」

 

 確かに敵がすでに目視できる距離にいるのに、一度離陸した後で悠長に降りてきてもらってもう一度離陸するよりは合理的だ。

 サラーナに続いてショウコもRAシールドを展開して飛び立つと、すぐに上昇中のコアシップブースターを確認できた。ずんぐりとした胴に二つのフロートユニットを両翼に付け、さらに各部にブースターやスラスターを装着した深緑色の輸送機だ。

 その輸送機に幾筋もの銃弾やミサイルが殺到している。

 

「もう撃たれ始めてる!?」

「ブンタのおっさんとシンディアの姉御が居るなら、船が落ちる心配は無いだろ。むしろこれだけの高高度まで上がるのは、アタシらが撃たれないようにするためだろうな」

 

 目指す合流ポイントは高度一万二千メートル。地上の敵の射程外である。

 

「なるほど、弾もミサイルも途中で消えてる……。つくづくクロッシングスキルってデタラメだな」

 

 そのクロッシングスキルを使う者たちからすれば、アーネストほどデタラメな能力は無いのだが、本人に自覚はない。

 そして合流ポイントまでたどり着き、コアシップブースターの後部ハッチが開きサラーナとアクセリナが回収され、次はアーネストたちが入ろうとショウコがRAシールドを解除したその時!

 

「ぐがッ!?」

「なにッ!?」

 

 突如アーネストの胴に何かに掴まれるような圧迫感が奔り、そして地上へと無理やり引っ張られる。

 

「な……っ、ツーレッグの、腕!?」

 

 目を向けるとアーネストを掴んでいるのは、壊れたツーレッグの巨大な手であった。

 

「くッ、さっき壊した奴か!?」

 

 そういえば機密保持のために砂になってなかったことを思い出す。地上に目を向けても見えないが、ダッシーがこちらを見ていると確信できる。リリと再契約して念動力でここまでツーレッグの腕を飛ばしたのだ。

 最後の最後でしてやられた。

 先に輸送機に入ったサラーナの声が通信に乗って届く。

 

『シンディア! アーネスト隊長とショウコが!』

『状況はフィールしてル! でもこれ以上高度を落とすとこのシップもダッシーのスキルフィールドに入る危険性があるデス!」

『ブンタさんッ!!』

『吾輩でもスキルのかかってる物体にスキルを上書きできない!』

 

 どうやらブンタたちのスキルでも、このツーレッグの腕をどうにかすることは出来ないらしい。 

 

「ガッ、ぐぅぅ……」

 

 アーネストも拘束を解こうとするも、機械の手には到底かなわない。

 マリィの皮膚硬化スキルによって、身体を固定していたワイヤーで身体を引き裂かれることが無いのは不幸中の幸いか。

 

「クッソォー! スラスターじゃ振り切れねえぇぇ!!」

 

 ショウコも必死にスラスターを噴かすも、ズルズルと高度は下がっていく。

 

 ――このままじゃ……ショウコ様まで!!

 

 一拍早くアーネストの思考を感じ取ったショウコだが、それでも遅かった。

 

「え? たいちょう、何を……?」

「ショウコ様、行って下さい……」

 

 そう言ってアーネストは、ショウコのスーツの脇腹にあった小さな蓋を開けワイヤーの緊急パージスイッチを押した。

 

「たいちょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 パパパパパッとあっけなくワイヤーが切り離され、スラスター全開だったショウコはコアシップブースターに向かってすっ飛んでいく。

 そして逆にアーネストは地面に向かって落ちていく。

 コアシップブースターの中から身を乗り出してこちらを見ていたサラーナと、衝突する直前で振り返ったショウコが泣いているのは、見えなくても感じ取れた。

 

 ――「ショウコ様、ごめんなさい……」――

 ――「謝んなバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」――

 

 見上げる青空、はるか上に見えるコアシップブースター。追ってこようとするショウコをサラーナが羽交い締めにして抑えている。

 その時アーネストは、舞い降りてくる天使の幻想を見た気がした。

 

「天使……!?」

 

 否、それは金色の髪をなびかせた白き衣の美少女。

 その落下速度は舞い降りるなどというものではなく、白いワンピースをはためかせながら一直線にこちらへと急速降下して来ている。

 ついに地へと引かれるアーネストに追いついたそれは、

 

「アクセリナちゃん!!?」

「まったく、アーネストさんは詰めが甘いですね」

 

 幻想でもホログラムでもない、現実のアクセリナであった。

 アクセリナはアーネストの腹、ではなく掴んでいるツーレッグの腕に触れると、呟くように世界へ命令する。

 

「アクセリナの名においてクイーンズコードを発動。周辺の[aracyan37粒子]への最優先アクセス権限を要求」

 

 するとアーネストを地面へ引きずり下ろしていたツーレッグの腕はパッと砂となった。

 さらにアクセリナがアーネストの背中へと回り抱きつくと、フワリと落下から上昇へと変わるのを感じる。ついでに背中にフワリと柔らかくて温かいものが当たるのも感じる。

 周囲を見ると近づいていた森の緑がどんどん遠ざかっていく。

 

「え? いったい何を……?」

「ふっふっふー。これこそが目覚めたクロッシングチャイルドの真の力なのですよ。[aracyan37粒子]は精神と電子的情報を伝達する粒子であり、アクセリナたちクロッシングチャイルドは覚醒することでその両面から[aracyan37粒子]にアクセスできるようになる訳です。そうすることで[aracyan37粒子]の優先アクセス権限を得て、あらゆるクロッシングスキルの解除、だけでなくスキルの再現? いえ電子世界で出来ていたことの再現ですかね? ……まあ、とにかくいろいろ出来るのです! あ、でもアクセリナから離れないで下さいね、たぶん落ちちゃいますから」

 

 ふむとアクセリナの説明を聞いて腕を組むアーネスト。

 

「なるほど、だいたい分かったよ」

 

 あ、これ絶対わかってないやつだとアクセリナは思った。

 

「まあ、なんでもいいけど、この力でこれから戦争は無くなるんだろ? それなら俺もいろいろ頑張ったかいがあったよ」

「うーん……。戦争が無くなるかどうかはハスク兄さん次第でしょうし、……アクセリナにはまだわかりませんけど、希望は見えてきましたね!」

「それだけでも充分だよ」

 

 確約は貰えなかったが、アーネストはその言葉だけで温かい気持ちになれた。

 特に背中のあたりが温かい。

 

「……あの、アーネストさん……、ごめんなさい……。体を動かすのはすぐに最適化出来たんですが、こういう習慣的なものは今までカプセルが自動でやってくれてたので、まだ慣れが必要で……」

 

 アクセリナが恥ずかしそうに謝る。

 

「良いって良いって、それに可愛い女の子のお漏らしならむしろご褒美だよ」

 

 アクセリナはラボに帰ったら、とりあえずトイレトレーニングから頑張ろうと心に誓った。

 

 こうしてアーネストたちは金色の滴の尾を引いて、コアシップブースターへとたどり着きダッシーラボ上空を離脱。

 ヤシノキラボへと帰還していった。


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