PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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ふたなり美女に脱がされながら

「待たんかワレェェェェ!!」

 

 背後から聞こえたダッシーの声に振り返ると、ちょうど角から曲がって来た姿を確認できた。

 それは浮遊するガトリング砲に跨り、長い黒髪をなびかせて般若の形相で追ってくる全裸の女。否、女性の顔立ちと身体つきでありながら股間に男のアレが付いた、俗に言うふたなり。ちなみに、元の性別は男。

 そして全裸のダッシーが跨るガトリング砲は、フィギュアハーツ用の物であり通常は人間に扱えるようなものでもないし、まして飛行機能などもない。

 

 FH分隊支援機関砲トルメンタ、連射力が非常に高く、同じ機関砲であるオブリタレータに単発火力では劣るものの、その連射力はRAシールドにとっては驚異的である。真っ当に掃射を受ければシールドは一〇秒も持たない。ただし銃身加熱が激しく一定時間撃つと冷却時間が必要になり、使い勝手に癖がある武器。

 

 そのトルメンタがなんとダッシーの跨る物の他に五機、合計六機にアーネストたちは追われている。

 トルメンタたちが浮遊しているのは、例によって毎度の超常能力クロッシングスキルの効果である。これはダッシーのスキル、物体を手を触れずに動かす能力、簡単に言えば念動力だ。

 

 ドドドドドドドドドドドドド――×六。

 

 六機のトルメンタが一斉に火を吹き、ダッシーラボの通路にけたたましい銃声が充満する。

 

 ――arnestがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――

 ――FH-U SA-04ショウコがクロッシングスキルを使用――

 

 銃弾に晒されたアーネストとショウコが、危機的状況時に自身が加速するクロッシングスキルを発動させるが、前を飛ぶアクセリナを背負ったサラーナを庇うためその力を十全に発揮できない。

 加速した意識の中ショウコの張ったRAシールドに弾丸が次々と弾かれる。

 先導するサラーナの、右前方五〇〇メートル先の狭い通路に入るという意思がクロッシングを介して伝わってくる。

 

 ――間に合うのか!?

 

 引き伸ばされた意識の中、通路が近づく。

 目に見えないRAシールドが明滅するのを感じた気がした。

 シールド消失。

 

 ――「チッ」――

 

 ショウコの声にならない舌打ちが思考通信に乗って届いた。

 そして弾丸とダッシーの視線が直にアーネストの背中を叩く。

 無数の弾丸に背を撃たれるが、マリィのクロッシングスキルで硬化させた皮膚によって弾丸が体内に抜けてくることはない。しかしもちろん痛みはあるが、目の前のショウコを銃弾の雨から守るためならアーネストは耐えられた。結局クロッシングによって痛みも共有されるため無駄な努力とも思えるが、だからといって小さな少女の背中を護らないアーネストではない。

 数分とも思えた数秒を耐え、通路が迫る。

 サラーナがクルリと身体を回転させ通路に滑り込む。

 それに続いてショウコが壁を蹴るようにして滑り込む。ジェットコースターのようにアーネストの視界が回るが、すでにそれも慣れてきた。

 そしてアーネストは身体を確認する。

 

「ほぅあああああああああぁぁぁぁぁ!!? ズボンに付いた! ズボンに赤いの付いちゃったよぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 コンクリートの狭い通路に、アーネストの悲鳴がドップラー効果で響く。

 

 ――「たいちょう! シャラップ!!」――

 ――「逃げてる時に大声は厳禁なんだからね!」――

 

 RAシールドのエネルギーカートリッジを交換しながらショウコが叱責した。

 アクセリナを背負って先頭を飛ぶサラーナも、位置が知られたことによって何度もルート変更するため苛立ちが募っている。

 

 ――「だって、ついにズボンが……」――

 ――「脱げ」――

 ――「はい……」――

 

 ショウコの背後で、少ない足場と空間を利用しショウコと繋がるワイヤーで身体を支えながらアーネストは器用にそれを脱ぎ、お尻の部分に赤くポイントされたズタボロのズボンを捨てた。

 赤いポイントは後ろから追ってきているダッシーによるもので、これはもう一人の追跡者、リリのクロッシングスキルであり数秒間目視した物質をマーキングしその位置を知ることが出来るというものである。クロッシングスキルの大半がそうであるように、このスキルも人体に直接マーキングする事と、RAシールド内部すなわち[aracyan37粒子]が阻害される場所にマーキングする事は出来ない。

 そしてアーネストの衣服は、これでついに青のトランクス(すでに穴だらけ)一枚となった。

 アーネストがズボンを捨てたのを確認するやショウコは振り返って、両肩からミサイルを二発発射し天井を崩す。もちろん完全に通路が塞がるようなことはないが、追ってくるダッシーの速度を少しでも落とすことと、なにより土煙で視界を遮ることが目的だ。

 

 ――「アタシら完全に遊ばれてるな……」――

 

 また前に向き直ったショウコの思考通信による呟き。一応すでに三人共HusqvarnaOSからaxelinaOSに切り替えたため、思考通信を傍受される心配はない。おそらく。

 ショウコの言う「遊ばれている」というのは、アーネストが脱がされ続けていることである。いっそ装備類をマーキングしてしまえば、武装解除も逃げるための機動力を奪うことも容易にできてしまうはずなのだ。

 先導するサラーナに続いて十字路を左へ。少し進むとそこそこ大きな通りに突き当たって右へ。

 

 ――「やっぱりショウコもそう思う? この複雑なラボならすぐに撒けると思ったんだけど……、そう簡単にも行きそうにないわ。この道順も読まれてるかもしれないわね」――

 

 サラーナはハスクバーナから貰ったマップを元に、ダッシーの裏をかこうと必死にルートを組み立てるも、全て失敗に終わっている。ちなみにハスクバーナとの通信なども、彼がシステムから乖離したため使えない。

 いっそ正面から戦うという案もあったが、ワイヤーできちんと保定されているとはいえ、装甲もなければクロッシングスキルで弾丸を防げるわけでもない眠り姫のアクセリナを庇いながら戦える相手ではない。サラーナもRAシールドは張れるものの、先程のアーネストたちと同じく銃弾の嵐の中では一〇秒も持たない。

 だからといって、サラーナとアクセリナだけ逃げてショウコとアーネストでダッシーを足止めするというのも、リリの所在がわからない以上リスクが高すぎる。アーネストたちが戦っている間にダッシー側にリリが加勢されるのも、クロッシング有効距離外に出たサラーナがリリと遭遇してしまうのも詰みルートである。

 そもそも保護目的でアクセリナをラボに匿っていたダッシー自身も、子供を撃つのは本意では無いだろうが、それに漬け込んで率先して戦闘に巻き込みたくはない。それで全員が無事に逃げられるならまだしも、今はそういった見込みすらもないのである。

 

 ――「ならばいっそ……」――

 ――「たいちょう、何か思いつた?」――

 ――「いや、それならもうマーキングとか気にせず、外まで最短ルートで抜けるのもありなんじゃないかなって思ってさ」――

 

 もう脱ぎたくないし、とは言わなかった。

 

 ――「パンツまで脱ぎたくないから?」――

 ――「…………」――

 

 ショウコにはお見通しだった。

 

 ――「でもそうね……。アーネスト隊長の案も良いかもしれないわね。外に出ればブンタたちとも合流できるでしょうし」――

 

 外でフィリステルたちと交戦しているはずのブンタとは、未だに通信は復旧していないが、外にさえ出れば合流できる目算は高い。

 それに結局のところ、マーキングされなくともダッシーラボにも監視カメラなどの侵入者対策はあるのだ。もちろんヤシノキラボのように狂った数のカメラが設置されているわけではないので、避けて通ろうと思えばそういったルートも存在するようだが、そういったルートはすでにピックアップされて警戒されている可能性も高く、例によって今もルートをたやすく読まれてしまっている。

 しばらくマップを見ていたサラーナの所感では、このダッシーラボは入るよりも出ることの方が難しい気がした。なぜそんなことになっているかは知らないが、内部の不穏分子にダッシーも薄々気付いていたのかもしれないとサラーナは考察した。

 ちなみに実際は、フィリステルが光学透過スキルでやりたい放題しすぎたために内部警備が厳重になったのであり、ダッシーもまさか元妻と実の息子に侵入者の手引をされたとは思ってもいなかった。

 サラーナもアーネストの案に乗り、作戦の路線変更をしようとしたその時!

 

 ドンッ!!

 

 ――FH-U SA-01サラーナがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――

 

 直進しようとしたT 字路の横から、大砲の発砲音のような大きな音がしたのとほぼ同時にサラーナがショウコのスキルを発動させた。

 目にも留まらぬ早さで飛来した砲弾を、目にも留まらぬ早さで機械じかけの棍棒クリエで上へと弾く。

 

「あれれ? シールドは張らなかった? それにサラーナ、あんたそれショウコのクロッシングスキルでしょ? なんで使えるのよ」

 

 声がした瞬間にマーキング対策のためにRAシールドを展開。マーキングは無し。

 サラーナに続いてRAシールドを展開してT字路で止まったアーネストとショウコが対峙したのは、砲塔から白煙をくゆらせる巨大な戦車に横掛した、青と白と所々にピンクをあしらったパイロットスーツ姿のツインテールの少女、リリであった。装着に時間のかかるためか装甲や武装は無い。

 

「あなたに話してやる義理もないわ。それに戦車で角待ちして壁ドンなんて、自称アイドルが聞いて呆れるわね」

「なんですってぇ!!? ちょっと胸が大きいだけでチヤホヤされてただけのビッチが!!」

「あんですてぇ!!? こっちはチッパイに男かっさらわれっぱなしなのよ!!」

 

 そういうリリの胸部はショウコと同程度であり、その話題に関してはショウコはリリに加勢するのもやぶさかではないが、実際の所アーネストの正妻(未婚)の座をかっさらったショウコは口出ししないことにした。

 サラーナとリリが舌戦を繰り広げる裏で、アーネストとショウコは冷静に状況を分析する。

 

 ――「アレは!? 大昔のソ連の重戦車、KVか!? 型番は知らないけどあの四角い砲塔はWorld of Tanksで見たことある!!」――

 ――「あいつ、押収品の旧時代の兵器まで持ち出しやがって……。というかこれって壁ドンならぬKVドンだな」――

 ――「ショウコ様うまいです!」――

 

 この二人に建設的な状況分析など出来るはずもなかった。

 そうこうしている間に正面とリリの後ろから敵の増援が念動力で飛んで来るのが見えてくる。

 

 ――「空飛ぶ戦車とかチートだろ!?」――

 

 元World of Tanksプレイヤーのアーネストが悲鳴を上げる。

 

 ドドン!!

 

 ――FH-U SA-01サラーナがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――

 

 正面の戦車からの二発の砲弾がサラーナに迫りショウコのスキルが発動するも、シールドを展開したままでは近接装備であるクリエは振れず、あえなくシールドで弾く。サラーナのシールドエネルギーがごっそりと削られた。

 

 ――「クッ……! 対応が早すぎる。やっぱり読まれてたわね」――

 ――「まっすぐ正面突破だ!!」――

 

 状況分析はできなくとも咄嗟の状況判断能力は高いショウコが、ガトリング砲バラージを正面から飛んできた戦車に向けて掃射、撃破。

 戦車の残骸と飛び越えて、逃走劇が再開される。

 

 ドドドン!

 

 背後から飛んでくるいくつもの砲弾がシールドに弾かれるが、そのたびにショウコのシールドエネルギーが目減りしていく。

 そしてついにはシールドが消失し、ギリギリのタイミングで路地に逃げ込むが……。

 

 ――「ああ、ついにパンツに赤いのが……」――

 

 ついに最後の衣類であった青いトランクスまでが、臀部に赤い点でマーキングされてしまった。

 

 ――「じゃあ、それも脱いで……。いや、たいちょう! そのパンツ、アタシにくれ!」――

 

 何かを思いついたショウコの提案に、アーネストは喜々としてパンツを脱いだ。


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