『さぁ行くぞい皆の衆! 作戦開始じゃ!』
――Grandがクロッシングスキルを使用――
――FH-U ZS-01マリィがGrandのクロッシングスキルを使用――
ヤシノキからの通信を合図にグランとマリィはヤシノキラボの防壁の上から飛び立った。このペアはスキルによって重力制御が可能なため、グランはマリィの背には乗らない。機動力、攻撃力、防御力、それぞれがスキルによって完成された希少なペアと言える。
夜明けとともに西の森の中を侵攻してきたワールドハンターフレンズ日本支部局の部隊は、武装した人間の歩兵とAIによって自律行動する犬型ドローン「ハウンド」の混成部隊。それぞれ人間が三一人、ハウンドが九〇体、そして後方には大型の機動兵器も確認されている。
「プチアーネストのために!」
「プチアーネストのために!」
今回のグランたちの「おしごと」は、これらを無力化して生身の人間を無傷で拘束すること。要するに普段やっている野菜についた土を洗ってヌードルに渡す「おしごと」や、洗濯をする際に男性の衣類だけを分ける「おしごと」と同じようなものだ。後者の「おしごと」は、ヌードルの「年頃の女の子の洗濯物とジジイの洗濯物は一緒に洗っちゃあダメだよ」という指示によるものである。
この際アーネストの洗濯物は洗う前に消失していることが多々有り、仕方なくヌードルが新しいものを出している。彼自身はいつも新品のように洗濯されてくる衣類(新品)に満足しているが、その実ヤシノキラボの洗濯事情は裏の流通経路も含めて複雑を極めている。ちなみに、ショウコやグラン&マリィの部屋から大量のアーネストの衣類が出てくるのは、また別の話である。
「えーっと……白い点が……いっぱい?」
「赤い点は、もっといっぱいー!」
グランたちの脳内OSのマップ上の白い点は敵勢の人間を示し、赤い点はハウンドなどの敵勢機動兵器を示している。
マップを確認しながら飛ぶグランは、今はスキルによって白い肌となり長い黒髪はツインテールに括り、紫の迷彩柄の野戦服姿に非殺傷性のスタン弾を装填したアサルトライフルを装備している。このスタン弾は柔らかいゴム弾の中に特殊なパルス波を発する装置を仕込んだ物で、被弾者の脳波に直接働きかけることで随意筋だけを麻痺させるお年寄りにも優しいショック弾頭である。
どれくらい優しいかというと、ここ一週間で何度かブチキレたヌードルがラボ中枢で安置されているヤシノキの本体(老体)に打ち込んでも、ヤシノキは今もピンピンしているくらい優しい。ただし被弾者は全身を針で刺されたような痛みに襲われるため、撃たれるたびにヤシノキ(少年体)はラボの何処かで痛みに襲われながらピクピクと身動きが取れなくなっていた。
そんなメカニズムなど知ったこっちゃないグランには、とにかく当てた相手は痺れて動けなくなるということだけは認識している。
「人間さんはわっちがー」
「機械のワンちゃんはワッチがー」
スタン弾はハウンドには効かないため、当然そちらの相手はフィギュアハーツであるマリィが担当する。
そのマリィは風になびく黒髪も褐色の肌もいつも通りではあるが、しっかりと皮膚組織を変化させるスキルを耐弾状態で展開しており、その上から橙と黒のパイロットスーツと申し訳程度の装甲、そこにスラスターを装備しグランよりも機動力は多少高い。武器はFH近接武装クリエ打撃棒と FH近接武装カナル雷撃機のみであり、銃などの遠距離タイプの武装は持っていない。
否、必要ない。
「てりゃー」
気の抜けた声とともにマリィは森へと突っ込み、先行して歩いていたハウンドの一体にクリエを振り下ろす。
ハウンドは一瞬で頭部から胴の半分までを破壊され、クリエによって増幅された衝撃の余波が地面を抉って小さなクレーターを作る。ネオニューロニウムでこそないものの、ザンダール特殊セラミックや超硬質特殊樹脂サリオレジンを複合的に使った装甲やフレームを安々と破壊する火力は、控えめに言っても過剰であった。
その一体がやられるのを予測していたかのように、マリィの周りに森の中からレールガンを背中に装備したハウンドが現れ、容赦なく撃ち始める。
「あはははっ! くすぐったいってばー」
装甲やスーツには傷がつくものの、くすぐったそうに身を捩るマリィの最高硬度の肌には傷一つつかない。
そして、
「悪い子はー……えい!」
マリィの掛け声で、周辺にいたハウンドが一斉に地面に伏せ、何かに押しつぶされるようにメキメキと音を立て、数秒で自壊してしまった。
マリィが重力で押しつぶしたのだ。彼女の重力操作は、効果範囲こそグランには及ばないが、感知さえできれば対象が見えなくても行使可能なのだ。
「よわい……」
その言葉も当然である。むしろ彼女たちであればこの程度の敵はすっぽんぽんの丸裸でも殲滅が可能なのだ。外に出る時は服を着なければならないので、とりあえずTPOを弁えてFBDユニットなどで武装しているだけだ。
しかしその余裕は、あくまでも殲滅する場合の話であり、問題はここから。
「人間さんは潰さない……、人間さんは潰さない……」
マリィが開けた前線の穴を、ブツブツと注意されたことを呟きながらグランが飛んで行く。
「女の子が、飛んでる……? がはっ!?」
呆然とグランを見上げていた野戦服の男に、スタン弾を撃ち込んで無力化。
ピクピクと痙攣する男の傍に着地。マップ上では周囲に白い点が等間隔に四つ、赤い点が二つ。
「ドラグスリーッ! クソッ、もうやられたのか!?」
「いや、彼はまだ生きている! 気を付けろ! 非殺傷弾だ!」
「うぉぉおおお! 苺ちゃんのためにぃっ!!」
「俺だって……、俺だってやれるんだ!」
他の二人が素早く木を遮蔽にして隠れ、更に別の二人は突っ込んで来た。
タタタタタタタタタタ――
タタタタタタタタタタ――
大昔の金属製アサルトライフルをフルオート射撃で突っ込んでくる二人の男の弾丸をスキルを纏った素肌で弾き、冷静に腰だめに構えたライフルで三点バースト。四五度角度を変えてもう一度。
タタタッ――タタタッ
とリズミカルな銃声。
「がっ!」
「ぐは!!」
地面に転がって痙攣する男が更に二つ出来上がる。
「なめやがって! 銃だけの俺たちだと思うなよ!」
ハウンドが茂みから飛び出してくる! さらに気合の声とともにその後ろから掴みかかるかのような構えで走り寄ってくる敵兵!
タタタッ
咄嗟に撃ってしまったが、スタン弾は当然ハウンドに阻まれる。
「あ、間違えた」
さらに地面から跳躍したハウンドが、グランの肩に噛み付こうと飛びかかってくる。
しかし、グランに触れる前に、
メシャッ!
重力操作により地面に引き付けられるように墜落し、バラバラになった。
「なにぃッ!!? だりゃぁぁ! くっそォォォォ!!」
敵兵の男は驚愕しながらも目の前で潰れたハウンドを飛び越えて、グランへと果敢なタックル!
しかしその男もグランに触れること無く、フワリと浮き上がってしまう。
「な、なにが……どうなアガッ!?」
浮き上がった男の腹部にスタン弾を一発。
グランはマリィのように感知さえできれば重力操作を行使できるわけではなく、重力操作を行使するには対象を目視する必要がある。その代わりと言っては何だが、彼女の能力の射程は目視さえ出来ればかなり遠くまで届く。
先日のミゾとの戦闘では姿を隠したり高速で移動する能力との相性が悪かった事とミゾやラモンが上手く立ち回ったため、存分に効力を発揮することは無かった。しかし弱点こそあれど、本来彼女たちのスキルは戦闘面ではトップクラスなのだ。
空中でピクピクする男を地面へ下ろし、最後の一人へ向き直る。
「これならどうだ!」
最後の一人はグランに向けて勢い良く手刀を切り、草むらに隠れたハウンドに指示を出した。
草むらからグランに向かって一筋の閃光が迸る!
光学兵器だと彼女が気が付いたのは、その肌がビームをあさっての方向へ反射したあとだった。
「これでも、ダメなのか……。貴様がフィギュアハーツと言うものなのか?」
「違うよ? わっちは人間だよ。おじさん、投降するの?」
攻撃の意思なしと見たグランは男に投降を提案したが、彼は首を横に振った。
「いいや。私は苺様のため、日本国再建のため、最後まで戦う!」
「あっそ」
男がホルスターから拳銃を抜くよりも早く、グランはすでに男に向けていた銃の引き金を引いた。
「ぐッ!!」
男が倒れ伏す。そしてその行動不能となった主の傍に、草むらから出てきたハウンドがおすわりして待機状態となる。
「ごめんね。君は壊さないといけないの」
「…………」
グランが手をかざして近づいても、ハウンドはプログラム通りに無反応に主を見下ろすだけだ。
「あ、そうだ!」
何かを思いついた彼女は、ハウンドの頭部を弄る。抵抗はされず探しものはすぐに見つかった。頭部装甲の裏側に指が引っ掛けられるツマミが有り、そこを引くとハウンドの頭部がカパッと開いて中からメモリースティックがせり上がってきた。
それを抜き取り男の胸ポケットに入れ、今度こそハウンドの筐体を重力操作でぺしゃんこにし、満足気に次の敵へと飛び立っていった。
グランが飛び立ったあと、ヒョッコリと森の妖精たちが現れる。
『なのですー』
否、森の妖精ではなくプチレティアである。
プチレティアたちは行動不能となった敵兵たちを手早くロープで縛ると、小型のトラックのような乗り物の荷台にせっせと乗せていく。
五人の男を積み込み終えると、トラックは発車する。
その向かう先は、奇しくも彼らの攻め入ろうとしていたヤシノキラボである。
次々と敵勢力を撃破あるいは捕縛し、グランとマリィは二〇分もしないうちに敵陣最奥を進軍してきていた最後の一体の前にいた。
「これが最後ー?」
「うん、大っきいねー」
グランたちの前に立ちはだかるのは、森の木々よりも大きな全長十五メートル以上はある大型の人型機動兵器である。大昔に見る人が見れば、モビルスーツやその他もろもろの名称が出てきそうな巨大ロボットだ。
「はーっはっはー! ついにここまでたどり着いたか小娘共!」
そんな素養などない現代の女の子たるグランたちは、人型のロボットと言えばツーレッグであり、戦場に出てくる機械と言えば基本的に無人機である。例外と言えば[土塊の戦争]の初期に登場したパワードスーツくらいなものではあるが、アレは人が「着る」ものである以上、人の身長のスケールの域を出ない。
しかしマップ上では最後の白い点と赤い点は同じ位置に重なって表示され、目の前には巨大な機械が歩いて侵攻していた。そして男の声は聞こえるが、周りに人影は見当たらない。
「貴様らがどんな手品を使おうと、日本支部局の技術とロマンを結集して作られた最終兵器の前では無力と知れ!」
そうなると、彼女たちの少ない知識の中で考えると、
「大っきな人がー」
「大っきなパワードスーツ着てるー」
という斜め上の答えが導き出された。当然、身長十五メートル以上もある人間などいるはずがないのだが、グランたちは「こんな大っきな人間さんはじめて見たー!」と好奇心やら何やらで色めき立っている。
それをどう取ったか人型兵器に乗るパイロットは、気分を良くしてベラベラと喋り続ける。
「驚いたか!? いいだろう。冥土の土産にこの名を刻むがいい! その名も――」
ベキベキ! バリバリバリバリッ!
「あーッ!! 足の装甲がぁ!?」
名乗りを上げる直前に、それは悲鳴じみた男の声に変わって響く。
パワードスーツならば剥ぎ取ってしまえばいいと、グランたちはさっそく装甲をはがし始めたのだ。
「やめて! やめてくれ! それではフレームがむき出しに!? いや、それはそれでカッコイイのだがな……。でも今はやめてぇ!!」
パイロットの男が喚くのを無視して、彼女たちは黙々と装甲を引剥していくが、出てくるのは無骨な金属の骨格とケーブルばかりで、もちろん生身の身体など出てこない。
必死の抵抗も虚しく装甲と武装を剥がされた頃には、朝の森に男の泣き声がシクシクと響いていた。
「クソぅ……っ。こうなったらこのまま突っ込んでやる!」
その言葉とともに、フレームむき出しとなった大型兵器が走り出す!
「あ! ダメッ!!」
「そっち行ったら、めっ!」
ズシャーン!
すかさず逃さず、グランとマリィが重力をかけて引き倒す。森の木が何本か巻き添えで倒された。
衝撃でパイロットが気絶したのか、そのまま動かなくなる。
これ幸いとさらに分解作業が再開される。それはまるで玉ねぎを剥くような作業。
そう時間もかからずに、森の中にロボットの残骸が散らばり、コクピットからパイロットを引っ張り出すときにマリィが間違えてパイロットスーツを破ってしまったりとアクシデントはあったものの、最終的に大型兵器を無力化し中の人間を無傷で引っ張り出すことが出来た。
パイロットの小太りの全裸男が気付いた時、周辺に無残に散らばるロボットだった部品たちを見て放心状態となった。
その戦果をフムと見つめるグランとマリィ。
呆然とした彼を見る少女たちの視線が、彼の体の中心、股間に向いているような気がしたのは完全に気のせいであり、そのトドメの一撃は不幸な事故だった。
「思ったよりも小さかったねー」
「うん、小さいねー」
グランたちは身長十五メートルの巨人を期待していたのであり、それと比べれば確かに身長一メートル七〇センチほどの小太りな男など小さいものである。
しかし、そんな期待など知らない彼にとって、その言葉は男の尊厳と股間を鋭く貫いた。
「…………」
何も言わず、動かなくなった男は、戦意喪失と判断され慈悲のスタン弾すら与えられること無く、群がってきたプチレティアに縛られ運ばれて行った。
「んーっ。これで終わりかなー?」
「んーッ。終わったみたいだねー」
こうして、グラントマリィの今回の「おしごと」は終了した。