PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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サイドF&R:フィリステルペアVSブンタペア

 時間は少し戻り、アーネストたちが到着した頃。その地下深く。

 

「えっと、このあたりかな~?」

「みたいね。時間は……五分前。ちょっと早いくらいの時間ね」

 

 コンクリート製の壁と床そして天井の続く地下通路に、武装したフィリステルとロザリスは居た。ここはダッシーラボで外部との補給などで使われる通路の一つであり、広さは車一台分程度で地上から四〇〇メートルほどの深さを一直線に走っている。このまま数十キロメートルも進めば荷物や郵便物を受け取ったりするセーフハウスや、大型の物資を搬入する倉庫に繋がる。今回の目的地はその通路の途中。

 今ロザリスが見上げている天井に、ポッカリと地上へと続く縦穴のある場所。

 山一つをまるまるくり抜いて作られたダッシーラボの、その地下に広がる施設群からは五キロメートルちょっと離れた位置で、武装してからロザリスに乗ってきたのだが少し早く着いてしまったようだ。

 フィリステルはいつもの黒いレザースーツに、サブマシンガン二丁と大小何本ものナイフ。

 ロザリスは黒と紫を基調としたFBDユニット。少ない装甲と標準的なスラスター、頭部には猫耳型の拡張センサーヘッドセット。事前情報では来ないとは聞いているが一応ミゾを警戒してスナイパーライフルが右背部兵装ラックにセットされている。

 

 FH用狙撃銃ジャッジメント、軽量、長射程が特徴のボルトアクション式スナイパーライフル。威力こそ低いが小口径故に持てる弾数は多く、牽制用であれば最適と判断した。

 

 そして入念に調整、強化された触手ユニットも装備してきている。

 

『フィリステルたちは着いたみたいだね。ニフル博士の方は、ちゃんと見えそうかな?』

 

 今回の作戦指揮をとっているハスクバーナから通信が入り、現状確認をする。ここ数日ですっかり聞き慣れた浮ついた感じの声である。もうすぐ悲願が叶うのだから無理もないと思う。

 そして今回フィリステルと共同戦線を張るニフルは現在、ダッシーラボの頂上付近の山肌から偵察中だ。

 

『ああ見えた。夢の通りの位置、そして顔ぶれだ。それにしても、よくこんな都合のいい場所があったな』

 

 偵察とは言うが、実際には彼らは夢の通りに動いているだけで、ニフルいわく過去の自分達に見せるため、らしい。理解し難い。

 ニフルからライブ映像を受信し、フィリステルは自分の直上四〇〇メートルの森の中の状況を把握する。

 夜でもくっきり見える映像には針葉樹林の中で野戦服にプロテクターを付けた男性と、武装をチェックするフィギュアハーツと思われる青いFBDユニット姿が二つ。少し離れてその武装をどこからともなく出している緑の装甲のフィギュアハーツ、そして黒のシルクハットとタキシード姿のステッキを持った男性。アーネスト、ショウコ、サラーナと、シンディア、そしてブンタである。

 

『地下通路を作る時の中継点だったんだよ。だからフィリステルたちの真上に避難用の縦穴があって、その周辺は木が伐採されて空地になってる。それが丁度良く彼らの着地地点になったんだろうね』

『なるほどな……。まあ、少し早いがあとはフィリステルの好きなタイミングで仕掛けてくれ。僕様は次のポイントに向かう』

 

 フィリステルの視界端に表示されたニフルのマーカーが移動を開始した。この機能があれば、今日ニフルが行うはずの昔の友達との再会にも便乗して、フィリステルの会いたかった人物にも会えるはずなのである。ただしその代償として、今回の面倒事を引き受ける羽目になったのだが。

 

「了解~」

「移動されても面倒だし、とっととやっちゃいましょう」

 

 ――FH-U CA-01ロザリスがクロッシングスキルを使用――

 

 さっそくロザリスは思考加速スキルを発動し、触手ユニットを起動させる。二つの時間の感覚が彼女たちの中で混在するが、この感覚にはすでに訓練で慣れている。

 スルスルと二本の触手を縦穴へと通し、ブンタとシンディアの感知スキルの範囲ギリギリの所に先端を固定する。

 一応、簡単な作戦プランを思考通信で共有しておく。

 

 ――「ちょっと長くなるかもしれないから、RAシールドは温存してね~」――

 ――「わかったわ。目的はブンタとシンディアの足止めだけど、アーネストたちからの横ヤリにも注意していくわよ」――

 ――「そうだね~。アネさんたちには早いとこラボに行ってもらえると、助かるんだけどな~」――

 ――「それじゃあ、行くわよ!」――

 

 ロザリスは触手を螺旋状に展開し蕾のようにフィリステルと自分をまとめて覆う。

 それから重力制御マントで反重力を作り、一気にスラスターを噴射して飛び立つと同時に、触手を巻き取るようにして縮め縦穴を高速で上っていく。

 あっという間に触手が収縮を終えると、スラスターをさらに吹かして加速!

 

 ――「もう気取られたかな~?」――

 ――「でしょうね。出口を突き破るわ!」――

 

 ブンタたちとの距離はすでに三〇〇メートルを切り、敵の手中も同然。相手が対応を思考する数秒で形勢を有利なものにしなければならない。

 そう考えながら、縦穴の出口のハッチへ突撃する!

 フィリステルがロザリスの肩の搭乗用グリップを握りしめると、すぐさま衝撃!

 外へ出た瞬間ロザリスが触手を一気に広く展開!

 突如現れた触手の波が森の木々を薙ぎ倒し、あるいは巻き込みながら、アーネストたちとブンタペアを分断するように高さ一〇メートル、全長五〇〇メートルもの壁を形成した。その中央の壁上に、螺旋状の触手の蕾が鎮座する。

 蕾が花開く頃にはフィリステルはロザリスから降り、ホルスターからサブマシンガンを抜き、背中合わせで目の前の敵と相対する。

 

「ようこそ~! 侵入者さん~」

「フィリさん!? どうしてこんなに早く……!?」

 

 フィリステルはアーネストたちを、ロザリスはブンタペアを見下ろす形である。

 

「侵入早々悪いのだけど、そこの変態紳士とその奥様はお呼びじゃないので、ラボには行かせないわよ!」

「吾輩も嫌われたものであるな。しかし! ここまで来て娘のために何も出来なかったなど紳士の名折れ! 力ずくで押し通らせてもらうぞ!」

 

 ブンタとシンディアが銃を構えた。

 ラボ側を向くフィリステルの目の前でも、サラーナとショウコがアーネストを庇うように立ってアサルトライフルとガトリングガンを構える。

 

「俺たちも突破の援護を!」

「構わん! 行け! ここは吾輩たちが自力で突破する!」

 

 壁越しにアーネストへと叫びながらブンタとシンディアが左右に別れ壁の端それぞれに疾走し、それをロザリスが触手で壁の突破を阻む。スラスターで高速移動が可能なシンディアへ触手を集中させ、ブンタへの対処が薄くなる。

 臨戦態勢となり、フィリステルもロザリスのスキルを発動。思考を加速させる。

 

 ――fyristelがFH-U CA-01ロザリスのクロッシングスキルを使用――

 

 フィリステルは振り返るように半身になってブンタへ右手のサブマシンガンで銃撃を仕掛け、あえてアーネストたちから対面を外しスキを見せ、しかしそれでいて眼球運動のみでアーネストたちを警戒する。

 アーネストたちは実時間で数秒迷う素振りを見せるも、ブンタの指示に従ってラボへと向かって行ってくれた。

 

 ――「おっけ~、アネさんたちラボに向かってくれたよ~」――

 ――「それじゃあ、ここからが本番ね!」――

 

 瞬間! 二人の意志が、感覚が、感情が、思考が、深く繋がる……深く重なる。二人のクロッシングを結ぶ[aracyan37粒子]すらも感じ取れそうなほどのシンクロ。それはもう歯車が噛み合うなどという次元ではなく、二つの渦が重なるような、一歩間違えば精神その物が壊れるほどの精神練和。

 グランとマリィでは辿り着くことのできなかった、高深度のクロッシング領域。

 フィリステルとロザリスは思考加速という能力を活用して、その領域へと精神を完全には混ぜ合わせないままに到達していた。

 

 ――「それじゃあボクも、久々に戦闘モードかな~」――

 

 戦闘モード、それは今でこそフィギュアハーツのAIに標準装備された疑似思考加速システム。しかしその技術の大本はロザリスのクロッシングスキルである思考加速。所詮、標準装備化されたそれは劣化コピーでしかない。

 ならばフィリステルとロザリスの戦闘モードとは――。

 

 ――「殺さないようにね」――

 ――「うん、アクセリナちゃんが悲しむからね~」――

 

 フィリステル=壁の上から一見無造作に落下――サブマシンガンをホルスターへ戻す――壁からブンタへ向けて伸ばされた何本ものうごめく触手/掴んで身を翻す/そこにあるのが当然のように蹴る/柔らかく体を押される/綱渡りのように駆け抜ける――左手でナイフを抜刀――最短ルートを最適な運動エネルギーで持って踏破し――ブンタへ肉薄。

 

「な――」

 

 「何!?」の「な」を半分発音したかしないか――何を言いたいのかは表情を見れば明白――ブンタ=驚愕の表情。

 

 ――「腕一本いただき~」――

 

 まさに問答の間すらもない問答無用――たまたま近くに見えたブンタの左腕を切り飛ばそうと腕を引いた――しかし腕に込めた力を斬撃にする直前で軌道変更/突如頭上の死角に現れた十字架の如きシンプルな剣×二――身を捻るように機動変更――自分の頭上を一閃――カッ、カッ/金属を弾く音――彼女を貫かんと落下してきていた剣×二=ナイフで正確に弾いた。右手を地面へ――ブレイクダンスの要領で体勢を立て直す。

 フィリステルだけの感覚器官では不可能な曲芸じみた挙動/壁上のロザリスの視点からは全て見えていた=フィリステルも全て見ていた。

 

「ブンタにはアプローチさせないヨ!」

 

 どちらともなく聞き取ったシンディアの声/脳内OSによって思考加速した状態でも聞き取れるように処理されたもの。

 シンディア=針葉樹の森の中を踊るように飛び回る緑色のFBDユニット/風で荒ぶる金髪をなびかせた美女――木々を巧みに使いながら壁から伸びてくる触手をスラスターで回避――アサルトライフルで牽制――触手の壁の端を目指す/同時にブンタの援護。

 

 ――「剣はシンディアの仕業だったみたいね~。私たちには到底及ばないけれど、フィギュアハーツの戦闘モードも馬鹿にできないわ~」――

 

 壁の上のロザリス=まさに高みの見物=冷静な分析&実況&触手ユニットの操作/時々ジャッジメントでの牽制狙撃――狙撃は当然のように弾丸を転送され無効に。フィリステルとの深いクロッシングにより口調が変化している。

 フィリステル=ブンタを追撃しようと追いすがる――しかし更に連続して現れるシンディアの剣×二/剣×二/剣×二――ナイフで弾く/バックステップで回避/現れた瞬間に触手で薙ぎ払う。付近に同じデザインの剣×八が散らかる。

 結局ブンタに一〇メートル以上の距離を取られてしまう。

 ブンタのアサルトライフルがフィリステルを捉える/発砲×三/発砲×三/発砲×三――迫り来る三点バースト×三=九発の弾丸――全て触手が盾となってガードする。

 一瞬で判断ミスを悟る/ブンタから視線を外すべきではなかった/壁上のロザリスからは木々に阻まれてブンタは見えず――次の一瞬で何が起こるか分からない!

 視線を巡らせる――異変はすぐに見つかる。

 

「「やってくれる!」」

 

 二人同時、思わず言葉が口をついて出た/実際は早口で聞き取れたのはフィリステルとロザリスだけ。

 異変=夜明け前の空/ロザリスの頭上/一面のハンドグレネード。

 触手で薙ぎ払おうとする――しかしその一つに当った瞬間/閃光&電子機器を狂わせる磁気の嵐&通信を阻害するチャフ粒子を散布――頭上に伸ばした触手が機能を停止させられ力なく落ちていく。

 

 ――EMPグレネード!?

 

 ロザリス=すぐさま頭上のENPグレネードに対処/何本も触手を犠牲にしながら――一瞬で目算=間に合わない!

 ふと木々の間からシンディアの変化に気づく。

 

 ――「あっちも何かヤバイ!!?」――

 

 シンディアの背部ラック/装備が追加/黄色の縁取りの白い箱型×二――兵装機種判別。

 

 FH用光学誘導弾インツェギトーレ――左右合計一〇発のホーミングレーザーを扇状に同時発射する光学兵器――一射での火力が非常に高い/特に対RAシールドで抜群の効果を発揮。

 

 シンディアの背から光線が発射×一〇/まるで半円の花火のよう――木々の上を弧線を描いて一点へ光の速さで収束=触手の壁中央付近に着弾。

 ジュパァン! ――肉を焼いたような匂いと高温で瞬時に蒸発した水分が蒸気となって周辺に広がる。

 壁に穴を開けられた!

 更にその穴を駆け抜けていく人影/特徴的なシルクハット/タキシード/ステッキ――シルエットだけでブンタだと分かる。

 

 ――「一人抜けられちゃったか~」――

 

 フィリステルの思考通信――同時にロザリスの意識を自分の中に引っ張り込む/抱き込むような感覚。

 

 パパパパパパパパパパパ――…………

 

 上空一〇メートル付近で無数のEMPグレネードの一斉爆発――夜空がにわかに明るくなる/広範囲に磁気の嵐が広がる――周辺一帯に通信障害発生――ロザリスの筐体が機能停止――再起動開始――ロザリスの意識を筐体へ返す。

 

 ――「ありがと~。助かったわ~」――

 

 再起動までコンマ一秒以下のクイックリブート/思考加速&高深度クロッシングによる秘技/シンディアたちにとっては予想外のはず。

 多少痺れは残るが問題なし――シンディアの二射目を確認――破壊力を秘めた光の花、第二弾。シンディア=自分が抜けるための穴を壁に製作予定。

 

 ――FH-U CA-01ロザリスがfyristelのクロッシングスキルを使用――

 

 ロザリスが触手ごと透明になる/光を透過/熱を透過――インツェギトーレの光線によるダメージ=なし。壁に穴は穿たれず――反対側の針葉樹を数本焼いた。

 シンディア=驚愕に一瞬足を止めてしまう。

 

 ――「最初からこうすればよかったのよ~」――

 ――「いやいや、最初からこっちを狙ってたんでしょ~?」――

 

 ロザリス経由でフィリステルが触手を操作――シンディアの無防備な右脚に巻き付く。

 

 ――「つ・か・ま・え・た~!」――

 

 触手に気付いたシンディア――慌てて自分の右手に剣を転送/右脚の触手を切断――左腕に巻き付く/切断される――胴に巻き付く/切断しきれずに刃が止まる――右腕に巻き付く/締め上げて剣を落とす――左右の脚に巻き付く/触手を切るため虚空に剣×四/こともなげに別の触手が薙ぎ払う――左腕に巻き付く――首に巻き付く――あっという間に自由を奪う。

 

 ――「なるほど、その手があったわね~」――

 

 フィリステルの即興の作戦/察する/共有する/理解する/最適な行動を開始。

 ロザリス=透明な触手の壁を解く――質量は変えないままにシンディアを捉えた地点へ移動/木々がなぎ倒される――フィリステルを触手で巻取り同じ位置へ――シンディアと自分達を触手で囲む/さらに編むように再形成――樹林の真ん中に見えない触手のドームが完成。

 

 ――fyristelがクロッシングスキルを使用――

 

 慌てて走って戻ってくるタキシード男=ブンタ――彼に向けてニヤリと笑みを残して自身もスキルによって姿を消す/もちろんブンタには姿を消そうが位置はバレている=ただの挑発。

 高深度クロッシング――解除/通常深度へ。

 フィリステルの思考加速――解除。

 

 

「ふぅ、なんとかいい状況に持ってこれたかな~」

 

 フィリステルはシンディアから数歩離れた場所で、触手の椅子に腰を下ろし一息つく。

 表情こそ余裕が見て取れるが、内心は、

 

 ――「たっは~。頭痛ひどいわ~」――

 

 脳を酷使しすぎた代償の頭痛に必死に堪えている。思考加速自体はスキルによるもので負荷はほとんどないが、たった五分ほどではあるが高深度クロッシングと、一瞬とは言えロザリスの人格データや再起動に必要なメモリーバックアップを脳にブチ込んだのだ、代償としては安く済んだ方だ。鼻血でも出ているのか、鼻の奥にツンとした感覚もある。

 

 ――「しばらくは私が見ててあげるから、少し休みなさいな」――

 

 ラザリスはドームの天井から触手でぶら下がり、シンディアとフィリステルを見下ろすような位置にいる。

 

「さてせっかくだし、少し遊びましょうか。貴方たちが盛大にENPを使ってくれたおかげで、この辺はしばらく通信も使えなくなったことだし」

「そうだね~。せっかく普段はあまり触れない大きめおっぱいもあることだしね~」

 

 二人の視線が四肢と胴、首に触手を巻きつけられて身動きが取れないシンディアに集まる。

 

「何ネ? ユーたちとっととミーをキルしないのカ?」

「そんなことしないよ~。言ったでしょ~? ボクらの目的は君たちを行かせないこと~」

「殺す気なんてはなからないわ。まあ、必要なら手足の一本二本は切り取るつもりではあったけど。……あら、そういえばこれは邪魔ね」

 

 ロザリスはそう言うとシンディアへ触手を伸ばす。

 触手は背部の箱型のインツェギトーレと、腰部、肩部のスラスターと重力制御マントに巻き付き、

 

「えい!」

 

 ベキッバキッ!

 

「クッ……!」

 

 機動力と攻撃力を奪われ、パイロットスーツと幾つかの装甲のみになったシンディアは、悔しそうな表情を浮かべた。その表情を見て軽く考察する。

 

「ふむ、このドームの中ってロザリスの体内って条件付けになるのかな~? 自分の手元として認識できないから、ここの中には剣とか転送できないみたいだね~」

 

 不利を見破られ、シンディアは更に悔しそうな顔になる。

 ドームの外ではブンタが到着し、必死に触手へ剣を振るうが多少の傷程度なら数秒で再生してしまうため、中には入ってこれないでいる。その姿もドーム自体が透明なのでよく見える。

 そして触手自体が透過能力を持っているため、外からは中の様子は見えないが、中からは外の様子が見えるというマジックミラーのような状態である。

 

「それから、こうすれば外のうるさい紳士も少しはおとなしくなるかしら?」

 

 ロザリスは次に独特な形状の触手をシンディアに向けた。そしてその先端から白濁の粘液が、ピュッピュッと吹き出す。以前も使った媚薬である。

 シンディアの顔、胸、下腹部に粘液が付着した。

 

「プ……ッ。そんなものはもう効果ナッシングネ」

 

 少し口に入ってしまったらしい媚薬を吐き捨てるだけで、言う通り効果はないようだ。

 

「流石に媚薬には、対応してきてるみたいだね~」

「ふふふ、それじゃあ、こっちの攻撃はどうかしら?」

 

 ロザリスは更に触手をうねらせながら、シンディアの大きめな胸部や耳、首筋をやさしく責め立てる。

 フィギュアハーツはクロッシングスキルを使用する関係上、人工子宮、及び人工精巣と関連する接続をカット出来ない。その為、大抵の痛覚のカットは出来るが性感的刺激をカットすることが出来ないのである。

 

「くふ……ふあッ、そ、そんなの全然……効かないヨ!」

「こんなのは序の口よ。いつまで耐えられるかしらね!」

 

 シンディアには視覚的に何が起きているのかは見えない。しかし、クロッシングスキルによって感知できてしまうのだ。自分が今、どんな形状の触手たちに囲まれているのかを。

 

「ンンッ……/// 触手なんかに、負けないネッ!!」

 

 夜明け前、官能の夜が始まる。朝日はもうしばらくは上ってきそうにない。

 

 

 どれくらいそうしていたか。

 シンディアは息も絶え絶え、ビクンビクンと痙攣している。

 

「ふふふふ……、もう何回イッたかも数えられないみたいね。でも、まだまだ終わらないわよぉ……」

 

 楽しそうなロザリス。しかし、シンディアの表情が不敵に歪む。

 

「アハハハハッ! ノー、ロザリス。……ハァ、ハァ……、これでエンドネ。……ブンタは、第一一四五一四番倉庫を……開ける気になった……ヨ」

 

 一瞬シンディアが気でも狂ったのかと思ったが、外のブンタの様子の変化にも気が付く。先程まで銃器や爆発物で触手のドームに攻撃していたのだが、それが大人しくなっているのだ。

 

「はて~? 第一一四五一四番倉庫……?」

 

 だいぶ回復したフィリステルが記憶を漁るも、その単語に聞き覚えはない。

 そしてブンタは、呪文のように何かをブツブツと呟き始める。

 

(体は英国で出来ている)

 

 それは封印された倉庫を開けるパスワード。

 

(血潮は紅茶で心は騎士)

 

 その場所を、その中身を思い出すための記憶の鍵。

 

(幾度の試験を超えず挫折)

 

 否、彼は忘れたことなど一度としてなく、スキルでの使用を封印していた。

 

(ただの一度の実戦もなく)

 

 その兵器は長い間使用されなかった。

 

(ただの一度も理解されない)

 

 理解する者すらいなかった。

 

(担い手はここに独り)

 

 ただ独り、この男を除いては……。

 

(砂の丘で火薬を詰める)

 

 かつて使用されなかったその兵器は、現代の科学によって完成した。

 

(ならば我が生涯に意味は不要ず)

 

 それは夢想の勝利を描いた兵器。

 

(この体は、)

 

 かつて失敗兵器と呼ばれた、

 

(無限のパンジャンドラムで出来ていた)

 

 その完成形の陸上機雷!

 

「知るがいい! 小娘共! これが吾輩(英国)の無念! これが吾輩(英国)の理想ッ! これが吾輩(英国)の、意地であるッ!!」

 

 その叫びとともに、針葉樹林の中に触手のドームを囲むようにいくつものボビン型の物体が現れた。

 二つの車輪を持ったそれは、中央に炸薬を詰め込んだだけの簡単な作りながら、そのシンプルさ故に高速移動を可能とする。

 すぐにいくつかの爆発音がドームの中にも響いてくる。

 

「パンジャンドラムか~ これはまた古風というか、旧英国としては無かった事にしたい兵器だろうに~」

「言ってる場合じゃないわ! 速くて触手で払いきれない! それに熱で触手の再生速度が鈍ってる! このままじゃ崩されるわよ!」

「というか、これだとシンディアも道連れでは~?」

 

 振り返ったフィリステルが見たのは、シンディアの変わらぬ不敵な笑み。

 

「これならどうネッ!!」

 

 直上で大きな爆発!

 

「キャッ!?」

 

 衝撃で天井から吊られていた触手が切れロザリスが落下し、触手の床に叩きつけられる。

 複数のパンジャンドラムを直接転送投下したと推測。

 ドームの天井に大きな穴が空いた。そしてすかさず降ってくる何本もの剣

 

 ――fyristelがFH-U CA-01ロザリスのクロッシングスキルを使用――

 

 スローモーションの中、サブマシンガンを抜く! シンディアに巻き付いた触手を切るために落ちてくる剣を弾くために発砲!

 何本かは撃ち落としたが、大半が素通り。

 

 トトトトトト――

 

 雨のように剣が降り注ぎ、シンディアの姿が隠れる。

 そして無数の剣がフッと消えた時、そこには正確に触手だけを切り裂き、自由の身となったシンディアが二本の剣を両手に持って立っていた。シンディアが何かを言っている?

 思考加速の中で口の動きはずれていたが、補正がかかって言っていることは聞き取れる。

 

「ユーたちはよくやったヨ……。でも、まだまだリトルガールだったってことネ!!」

 

 言葉が終わった所でシンディアが一気に距離を詰めてくる!

 思考を加速していても早いと思えるほどの速度に、サブマシンガンを捨てナイフを両手で持って迎え撃つ!

 よく見るとスラスターが再転送されている。ドームに穴が空いたことが原因か、あるいは触手の接続が切れたためか、ロザリスの体内という条件が消えたようだ。

 

 ――「ロザリスッ!!」――

 

 一合! 二合! すれ違いざまに刃を合わせるが、シンディアはそれだけで振り返っての追撃はせずに、地上の爆発によって触手のドームの一部に空いた穴の方、ブンタの方へと飛んでいってしまう。

 

 ――「チッ、逃さないわよ!」――

 

 飛んでいくシンディアの右足と左腰部スラスターに触手が巻き付く。

 今度はスラスターを接続部ごと破壊し、脚に巻きつけた触手をしならせてドームの壁へとシンディアを叩きつける。

 

「ガッハァッ」

 

 更に運悪く叩きつけられた壁が外側から爆破され、シンディアの体がボロ雑巾のように床に転がった。

 

 ――「フィリス!!」―― 

 

 フィリステルにロザリスが覆いかぶさり、さらにその周りを小さくなった触手のドームが何重にも覆う。更にRAシールドも展開し、即席の防御態勢になる。

 幾つもの爆発が二人のドームを襲った。

 透明な触手の外を見ると、ブンタがシンディアを背負って爆発圏内から脱出しようとしていた。シルクハットはすでに飛ばされ、スラックスの股間部分がカピカピになって濡れているのは、先程までシンディアを攻めていたのがクロッシングでブンタにも伝わっていたせいである。

 

 ――「あの変態紳士ッ! ヤツだけは許さない!!」――

 

 ロザリスが激高し、生き残った触手が一本、ブンタの脚に巻き付く。

 咄嗟にブンタはシンディアを爆発から遠ざけるように押し飛ばし、触手への対処が遅れる。

 

「ブンタァッ!!」

 

 絶望的なシンディアの叫び。

 ブンタは今もなおパンジャンドラムが殺到する爆発の嵐の方へ引きずり込まれていった。

 

 

 幾つもの爆発音を聞き、衝撃を感じ、腕が千切れたかと思うほどの痛みを感じ、……爆発音が収まってフィリステルが目を開けた時、そこにはもう朝日が光を差していた。元は針葉樹の森であった場所は焦土と化していた。

 

「……ロザリス!?」

 

 目の前にあったのは、フィリステルを覆いかぶさって守ってくれた愛しい人の、苦悶の顔。

 

「フィリス……よかった、無事、みたいね……」

 

 ドサリとロザリスが力尽きたように、横たわるフィリステルに体を預けてくる。キレイなプラチナブロンドがサラリと頬をなでた。

 

「ロザリスは――……」

 

 その時、フィリステルの頬に透明な液が付着した。

 微かなオイルのような匂い、触るとヌルリとした感触。それはフィギュアハーツにとっての血液のような物だと聞いていた。

 それが、ロザリスの右肩から流れ出している。

 その肩から先を消失させて。

 

「ロザリス!? 腕が……」

「ごめんね、少し、やられちゃった……」

 

 その申し訳無さそうな言葉で、フィリステルの中の何かがキレた。

 ロザリスの身体を焼け残った触手の上にそっと寝かせ、辺りを見回す。

 一面の焼け野原。数時間前にはあったはずの針葉樹林の森は大きくえぐれ、フィリステルたちが通ってきた縦穴がポッカリと何の偽装もなく穴を露わにしている。森の中に巨大な空き地が出来上がっていた。

 その隅の所に、黒いシルエットの男が転がっている。よく見ると手足がピクリピクリと動いていた。まだ意識がある。

 その手前には男に向かって腕だけで這って進むボロボロのシンディアの姿も見える。こちらは両足が動かないらしい。

 フィリステルたちがいる中心部から二〇〇メートルは離れた位置で、あの男はまだ生きているらしい。

 

「あの男……。心臓を分別して土に還してやる……!」

 

 フィリステルは歩き出す。

 ブンタまでの距離を半分ほど歩いた所で、シンディアが気付いてこちらを見た。

 

「あ……ああぁぁぁ! 来るな! 来るなクルナ!! ブンタに近づくなァ!!」

 

 フィリステルの顔を見た瞬間彼女は、必死の形相となりアサルトライフルをその手に転送。

 

 ――そんなに殺意が顔に出てたかな? まあ今くらいはいいか、こんなに怒ったのは久しぶりなんだし……。

 シンディアの反応から自分の感情を外側から冷静に観察出来るようになるが、身体を突き動かす殺意は止まらない。

 

 ――fyristelがクロッシングスキルを使用――

 

 そして、シンディアは撃ってくる。

 しかし弾丸はフィリステルを透過していく。

 姿は見えている状態なのに、弾丸だけが素通りしていくその異様に、シンディアは混乱し更にライフルを乱射する。

 

「いやああああああああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!」

 

 ハンドグレネードを、EMPグレネードを、ロケットランチャーを、ショットガンを――様々な武器を次々に転送しては撃ってくるが、何一つ効かず、フィリステルの歩みは止まらない。

 ブンタまで残り数メートルとなり、ついにはブンタの前に盾を数枚地面に突き刺すように転送するだけとなった。

 当然、その盾もすり抜ける。

 フィリステルが盾を抜けた先に見たものは――

 

「もう、いいんだよ。役目はこれで終わり」

 

 それはフィリステルにとって最も大切な人。

 

「ロザリス……?」

 

 フィリステルとブンタの間に五体満足で立ってはにかむロザリスの姿であった。

 その姿に、フィリステルは毒気を抜かれホッとしてしまう。

 

「ここでブンタおじさんを殺しちゃダメなんだよ。フィリスお姉ちゃん」

「……ん……?」

 

 フィリスお姉ちゃん?

 確かに、ロザリスにそう呼んで欲しいと言ったことは何度もあるが、実際に呼ばれたことは一度もない。

 そして、フィリステルのことを自然にそう呼ぶのはただ一人。

 

「もしかして、チヅルちゃん~?」

 

 フィリステルがその名を呼ぶと、ロザリスの身体が光を帯び、僅かにそのシルエットを小さく変化させる。

 光が収まった時、そこにいたのは同じようにはにかむ栗色の髪に青いFBDユニットの少女、チヅルであった。

 チヅルが元の姿に戻ったタイミングで、木の陰から男が姿を現す。

 

「時間稼ぎ、ご苦労様。さあ、僕様はこれから昔の友人に会う予定なんだ。君も一緒に来るかい?」

 

 そう言って出てきたのは、薄青のシルクのパジャマに白衣を羽織った男、ニフルであった。

 

「はぁ~……。疲れたからちょっと休んでからでもいい~?」

「そんなに時間はないんだけど……。まあロザリスの応急処置くらいはしていく時間はあるかな」

「うん、それもお願い~」

 

 そう言ってブンタから少し離れた地面にドサリと大の字になる。

 チヅルがその隣にニコニコと座り込み、ニフルはさっそくロザリスの方へ歩いていってしまう。

 

『フィリステル! ロザリス! 何処に行ってはるん!! ハスクバーナが持ってかれとぅに!!』

 

 耳を澄ますと通信から怒れるダッシーの声が聞こえる気がするが、今は無視を決め込むことにした。


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