「ショウコ様! ショウコ様!」
次の日の早朝。アーネストは隣の部屋、ショウコの部屋のドアを激しくノックしていた。
窓の外は未だ日は昇っておらず、外灯は朝霧を照らしている。
「うるさいなぁ……。朝っぱらから……あと五時間は寝たいのに……」
ショウコは眠たそうに目を擦りながらもドアのロックを開け、ネグリジェ着姿で現れた。どう見ても子供が背伸びをして来ているようにしか見えない。
「いえショウコ様、本日は夜明け前に出発なので、そろそろ起きていてもらっていないと困るのですが……。それよりショウコ様! 出来たんです! 見て下さい俺たちの愛の結晶を!」
興奮するアーネストの腕の中には、スヤスヤと眠る小さな女の子。着ているフリルたっぷりの白いワンピースは、昨日ショウコが着ていたものに似ている。
それを見てショウコが驚いた。
「小さいアタシ……? プチアタシ!?」
「そうですプチショウコ様です。ヤシノキさんにお願いしてたのをすっかり忘れていました」
今朝、アーネストが起きると部屋に大きなプレゼントボックスが置いてあり、中を開けて見たらデフォルメされたショウコ、プチショウコが入っていたのである。
「あのジジイ……。よくタダで作ってもらえたな」
「タダではないですよ? ちゃんと実験に協力して、その報酬です」
「実験……? 協力ぅ? どういうことですかぁ?」
ショウコに下から睨まれて、アーネストはゾクゾクした。素晴らしい眼光に思わず跪いた。
ヤシノキの実験と言えば生殖実験であり、その協力となるとショウコにも察しがつく。さらに言えば昨日の今日で出来たとなると、アレがそれだったという可能性も候補に含まれる。
「えーっとですね……? ちょっとクエスト的なアレでですね? いやホント、すっかり忘れてたんですけど、いつの間にかクリアしちゃっててですね……?」
「くぅわぁしぃくぅー……」
あ、これショウコ様が納得行くまで全部吐かされるパターンだ……。と勘のいいアーネストは理解した。作戦時間も近いので手早く説明しなければ、とも思った。
「はい――」
結局、いつもよりかなり早い朝食にサラーナが呼びに来るまで、アーネストはベッドに座ったショウコに踏まれながら事情を説明することになった。
そんなこんなで朝食、そしてアクセリナ奪還作戦の最終ブリーフィングを終えて出撃ガレージに来たアーネストなのだが、
「それで、いつまでその子抱いてるんですかぁ? まさか連れて行くとか言い出しませんよねぇ?」
ショウコの言うとおり、彼はプチショウコを抱いたまま朝食とブリーフィングの席に着き、ついには野戦服とプロテクターを付けて出撃するこの時になっても手放さなかったのだ。
ショウコもすでにユニットの装甲はセットが終わっており、今はマスドライバーの順番待ちである。もうすぐ先陣を切るブンタとシンディアが出撃し、すでに次のデッキで待機中のミゾとラモンのペアがそれに続き、その後にアーネストとショウコの番になる予定で、しんがりはサラーナが務める。
サラーナはホログラフモニターで装備の最終チェックを行っている。今回使用する武装はダッシーラボ近郊に着地した後、ブンタとシンディアにスキルで転送してもらう予定なのだ。よってすべての武装がモニターで見える位置にあるかの確認が必要なのである。シンディアのクロッシングスキルは離れていても位置の分かる物を手元に転送するというものであり、すなわち、他の物の影になってカメラから見えなかったりすると長距離の転送が出来ないのだ。
本来ならそのような細かい調整はラボの管理システム、今はカンパチロウが行うはずなのだが、電子精神体となった彼のメインの意識は現在絶賛苦戦中のソボ帝国との戦争の戦略演算にかかりきりなのだ。そのため元々臨時のシステム管理だったヤシノキラボのシステムは、彼の組み直したサブシステムによってなんとか動いているのである。
そんな現状の緊張感とは裏腹に、アーネストは呑気なもので……。
「いえ、いつ起きてもパパの顔が見れるようにと思ってたんですが……。この子起きませんね?」
「パパとか言うなしッ!!」
即座に朝から何度目になるかわからないショウコのツッコミを受けた。
見送りに来たグランとマリィに頬をプニプニと突付かれながらも、プチショウコに起きる気配はない。
「あんちゃん、そのプチショウコはAIのプログラミングがまだなんじゃないかい?」
「え?」
同じく見送りに来た割烹着姿の小太りな女性、ヌードルに指摘され、アーネストは困惑した。
「あたしもこの一週間、プチレティアと仕事したがねえ。その子らは基本的に命令してやらんと動かないはずだよ」
「そんな……、この子が元気に走り回る姿を、見たかったのに……」
プチショウコを抱えたまま突っ伏して落ち込むアーネストを、グランとマリィがプニプニ突付く。何処を突付いているのかな? そこは敏感だからやめてあげてね?
「帰って来たら遊んでやんな。その子は部屋に帰しとくから、あんたはとっとと出撃だよ!」
「……はい……。お願いします」
そう言ってしぶしぶプチショウコをヌードルに渡した。
『それでは此度の作戦、我輩が先陣を切らせてもらう! 行くぞ!』
『先にイクヨ!』
ブンタとシンディアから通信が入り、マスドライバーがエネルギーを溜める音が聞こえ、数秒後にはブンタたちが西の空へと飛び立っていく音が聞こえる。最初の頃はアーネストもこの手の発進では爆音が轟くものだと思っていたのだが、フィギュアハーツにマスドライバーその物を装備としてリンクさせレール全体にRAシールドが張られる為、発進時の音は意外なほどに少なかった。今回は目的地との距離も近いので射出スピードが大気圏を突破する程のものではないのも音の少なさの一因でもある。
ブンタペアの射出が終わると、デッキが移動して次に出撃するミゾペアの射出準備が始まる。
ミゾたちのデッキと入れ替わりで来た次のデッキに、ショウコとともに入ってアーネストは出撃体勢を整える。
六メートル四方の個室の中央に、スターティングブロックがせり上がる。
「そういえばショウコ様、今回はあの鎧みたいなの着ないんですね」
アーネストは通信をマイクミュートにして、気になっていたことをショウコに聞いた。
ショウコのユニットは前回の甲冑のような物よりもかなり軽装で、パイロットスーツや肌が露出している部分さえある。
今は装備していないが、武器も威力よりも軽量化をコンセプトにしたFH用のガトリングガンやアサルトライフルを転送用の部屋に置いてきていた。
てっきりアーネストは、ショウコならば攻撃は最大の防御、防御は最良の援護とばかりに高火力重装甲なものを選ぶと思っていたのだ。
FH分隊支援機関砲バラージ。軽量で小回りの利くガトリングガン。オブリタレータほどの火力は出ないが、反動の少なさや弾数の多さもあって総合的にバランスのとれたモデル。今回はこれをメイン装備として転送ルームに置いてある。
FH地対地誘導弾トラッカー。こちらも軽量で小回りの利くタイプのホーミングミサイル。重量の他にもミサイルの弾速が速いなどの利点もあり、低めの火力を補って余りある利点を持っている。今回はツインタイプの物を背面ラックから両肩に出す形で装備し、弾数も多い。しかし、今回相手にするであろうダッシーラボのツーレッグに対しては有効打にはなりにくく、ショウコ自身も戦闘に使うつもりは無く、障害物の排除や牽制、そして何より彼女よりも大きいアーネストが掴まる場所の確保という目的が大きいため、転送用の部屋には置かずに背面ラックにすでに装着済みである。
アーネストの問に、ショウコも通信をマイクミュートにして答える。
「なんですかぁ。隊長はああいうのの方が好みだったんですかぁ?」
「いえ、そういうわけでは……」
アーネストはPSWに来る前の戦場で、大量のプロテクターを付けたがる同僚をしばしば目にしてきたのだ。NNRの防具は軽いからと、関節の可動の邪魔になるほどに。そういった連中は決まって、現代の戦場では逃げやすさこそが生還に必要になると、どれだけ言っても聞かない。
そしてアーネストは、ショウコの人工知能奥底に、心の奥に、そういった臆病さがあることも感じ取っていた。
「たいちょぅ、今、ちょっと失礼なこと考えましたねぇ」
そんなアーネストの不安や心配の混ざった優しさを、ショウコは感じ取っていた。
「え、えっと……、すいません。でも、ショウコ様が無理してないか心配で……」
「はぁ……、あの装備はですねぇ。アタシが一人でも戦うために必要だったから、あれだけ重装甲だったんですよぉ。でも今は、たいちょぅがいるからシールドも張れるし、マリィのスキルだって使えますぅ。それにまぁ、サラーナに背中を預けることだって出来ないことはないですし……。もうっ、恥ずかしいこと言わせないで下さいよぅ」
最後の方は唇を尖らせながらであったが、ショウコがちゃんと自分を頼ってくれることに、アーネストは嬉しくなった。
嬉しくなった感情そのままに、ショウコの首に腕を回し後ろからそっと抱きしめる。
「はい。……みんなで頑張りましょう、ショウコ様!」
「ちょ……っ!? こんな所で……たいちょぅ……」
ショウコがビックリアワアワしていると、先に出たシンディアとブンタから通信が入る。
『ラボ西側で何かがフラッシュしてるヨ?』
『あれは……、戦闘? 誰かが追われている? レティア、確認を頼む』
すでに巡航高度に達していたブンタたちでは、下の森の中の様子を詳しく見ることは出来ないため、管制塔のレティアに【見る】スキルでの観測を依頼した。
『はいなのです。……確認……ってラモン! すぐにマスドライバーの角度を変更! 西の森に向かって下さいなのです!』
『了解だ。どっちの味方をすればいい? 追ってる方か? 追われてる方か?』
『追われている方なのです! 追われているのはルクス・ティアなのです!』
『何だと!?』
『ルクス様が!? ラモン! 急いで!』
『追手はAIドローン、[ハウンド]が……、七……八……更に一部隊……全部で一六体なのです!』
近距離用のエネルギーだけを素早くチャージし、ミゾを背に乗せたラモンが低角度にしたマスドライバーから西の森へと飛び出していく。
慌ただしい通信を聞き、アーネストはオフにしていたマイクをオンにし、管制塔のレティアに指示を乞う。
「レティア、俺たちはどうすれば!?」
『とりあえず状況が分かるまでは待機を――』
『いや、出撃じゃ』
待機を提案ようとしたレティアを遮ってヤシノキが出撃を命じた。
アーネストたちのデッキが移動し、マスドライバーの長いレールの前へ移動する。
ショウコがスターティングブロックと床面が開いて現れたハンドグリップで身体を固定し、その背の硬化したマントにアーネストが跨がり、ミサイルポッドについた取っ手に掴まり、さらに二人が離れないようにワイヤーとフックで固定する。
『ダッシーラボを攻められるのは大量のツーレッグと、なによりクロッシングペアを最前線に投入している今だけじゃ! マゴツイとる暇はない!』
ダッシーラボとイトショウラボをバックにつけたソボ帝国は現在、ユーラシア大陸北部の侵攻とインド亜大陸への上陸作戦を行っており、前者では大量のツーレッグと数組のクロッシングペア、後者では多数の戦艦とクロッシングペアが投入されていることが確認済みである。その影響でケンチクリンラボからこちらの作戦への支援が見込めないのであるが、同時にダッシーラボの防衛も手薄になっているのも今だけなのだ。
『ワタシはアーネスト隊長が行かなくても行くわよ。あのラボにはきっと、ニフル博士の手がかりがあるはずだもの』
後ろに続くサラーナに決意表明を先にされてしまったが、アーネストだって今回の作戦への意気込みは負けていないはずだ。
なにせ今回の作戦でアーネスト個人としては、ダッシーラボのシステム管理をしているハスクバーナと交渉し、骨盤内臓神経に寄生した謎のファイルを安全に消去してもらい、股間の平和と未来を取り戻さなければならないのだ。
もちろんこれはサブクエスト的な目的であり、メインはアクセリナの奪還であるが、アーネストにとっては大事なことなのだ!
「わかった。俺たちは俺たちの取り戻すべきものを取り返してくる」
『その意気じゃ。全部取り戻してこの戦争に終止符を打つのじゃ!』
ヤシノキからの激励で気を引き締めると、管制塔のオペレーターから準備完了の通信が入る。
『こちらマスドライバー管制。射出システムオールグリーン。これよりシステム権限をショウコに移行。ユーハブコントロール』
「アイハブコントロール。システムチェック……完了。たいちょぅ、しっかり捕まっててくださいねぇ」
サラーナとの出撃でそれなりに慣れたアーネストも、握る手に力が入る。
アーネストの脳内OSにもカウントが流れてきた。
五、四、三、二、一――
「いっきますよぉ!!」
ショウコの元気な声とともに、アーネストたちはどんどん加速していく。
そしてガレージを抜け屋外へと出た瞬間――
ヒュッキンッ、とRAシールドで跳弾する音。
ダァァァンッ、という銃声が続いて響いた。
「なっ!?」
「たいちょう! 今のは!?」
『この銃声…………、照合完了なのです。やっぱり、ルクスティアLV01でほぼ間違いないのです!』
即座に銃声を分析したレティアからの通信を聞きながら、アーネストたちは夜明けから遠ざかるように西の空高くへと飛び立った。