PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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午後のティータイムは異様の中で

 ミゾたちとの模擬戦から八日が経ったその日、ヤシノキラボの制服を着たアーネストは、そのヤシノキラボ内の現在稼働していないフィギュアハーツ製造区画を訪れていた。

 ここしばらく部屋に引きこもっていたショウコの反応がこの区画に移動してきたのである。ショウコを探しながら、アーネストはこの八日間のことを回想する。

 

 

 この八日間アーネストは、ネオニューロニウムの武器や兵器を砂に還元するという[PSW]の現在の任務にあたり世界中の戦場に、文字通り飛び込んでいっていた。サラーナとともにマスドライバーで西へ東へと飛ばされ、フィリステルたちとの戦闘で負傷したブンタが担当するはずだった地域の戦闘行為をミゾと手分けをして止めて回ったのである。

 万が一殴り合いの戦闘が始まった場合は力づくで止めるようにとは言われていたものの、元々無人の遠隔操作兵器やAIドローンが前線の主力兵器である現代の戦争で、生身の人間同士の距離は二〇〇キロメートル以上離れているのが常であり、わざわざ長い距離を移動して敵兵に殴り掛かるような者は皆無だった。

 そもそも兵士たちの士気にしたって、敵国憎しではなく戦場でのドローン戦を見たいだけの者たちが大半で、本当に戦いたい兵士が少ないどころか、その戦闘が如何様な戦略的意味のある戦いなのかさえ理解していない者さえいる。

 さらに数日は戦闘行為はほとんど無くなり、打って変わって和平交渉が行われることが多くなり、何故か仲介に入るツテのある熱海ラボは大忙しだとヌードルが言っていた。

 

 そんな中唯一、領土拡大の手を緩めない国家が一つあり、その名をソボ帝国。皇帝ソボ・S・クニンによって統治された大帝国である。旧アメリカ大陸を統一し、ソボ大陸と改名したこの国家は現在、北のアラスカ地方からユーラシア大陸へ侵攻し、南は南太平洋を渡ってオーストラリア大陸に最前線を張り、大西洋側では無人艦隊による睨み合いが今も続いている。主力兵器が二足歩行型機動兵器[ツーレッグ]であることから、イトショウラボ、ダッシーラボの息の掛かった国であることは明確であり、どうやら彼らはソボ帝国によって世界征服を成し遂げるつもりらしい。

 この侵攻に対しては電子精神体カンパチロウと、ケンチクリンラボが前線の国々を支援して対抗しているが、圧倒的な物量に押され気味である。

 

 

 そしてそんな世界情勢の中、明日はついにダッシーラボへアクセリナ奪還作戦を仕掛ける日である。

 作戦に参加するのは、アーネスト、ショウコ、サラーナのグループ、ミゾ、ラモンのペア、そしてブンタ、シンディアのペアである。他のクロッシングペアたちは、中立の立場であったり、捕虜であったり、このラボから離れられないなどの理由で参加できないため、これが遠征に出せるの最大戦力になる。

 

 ダッシーラボの位置はグランとマリィから、アーネストが尋問を行うことで位置情報を得ることが出来た。情報の鍵は[3P]だった。ちなみに尋問が終わった後のグランとマリィは肌がツヤツヤしており、逆にアーネストはゲッソリしていた。イッタイナニガアッタノカナ?

 ショウコが引き篭もって三日目あたりから、クロッシングを介してショウコからムラムラした名状しがたい性欲のようなものが流れ込んで来ていたのも、グランたちの淫行の原因の一端であり、その次の日には戦場から一緒に帰投したサラーナにも襲われ、アーネストは為す術もなかった。イッタイナニガアッタノカナ?

 

 そんなこともあってアーネストとしては是が非でもショウコに性欲を解消してほしい。出来れば、この自分の身体を使って!

 工場の予備パーツ保管庫の廊下を歩いていると、アーネストに通信で声がかかった。

 

『アーネストくん。こんな所で奇遇だね』

『ブンタさん。こんな所で何を?』

 

 今朝方メディカルポットから出てきたばかりのブンタが、なぜか保管庫内から通信してきた。こんな場所に何か用があるとは思えないのだが。

 

『午後のティータイムだよ。君も一緒にどうかね』

 

 ここはパーツ保管庫であり、緑豊かな公園に面したテラスなどではない。窓から見える景色も白い無機質な建物が並ぶだけであり、ティータイムを嗜むにはいささか以上に風情に欠ける。なぜこんな所で? とアーネストは思いながらも、視界に矢印でルート案内されて、ブンタの居る保管庫へ這入る。

 

「こ、これは……!?」

「どうだね? 吾輩のお気に入りの場所だ」

 

 そこはフィギュアハーツ、ユータラスモデルの胸部パーツ保管庫であった。

 パーツ保管用のラックがズラリと並び、そこには大きい物から小さい物まで多種多様なオッパイが保管されている。下着なども着用していない生乳だけが並ぶその光景は、一言で言って異様である。

 その異様の中、倉庫の通路の中央の少し開けたスペースに、瀟洒な円卓と椅子が設置され、ティーテーブルの上にはティーセットとスコーンやマカロン、マーマイト、小さなケーキなどが並んでいる。

 ブンタはそこで優雅に右手に持った紅茶の香りに目を細めながら、左手でシンディアの物と思われる予備パーツを弄んでいた。服装はいつもの紳士の正装であり、シルクハットは近くのラックの空いたスペースに掛けられ、ステッキもその下のオッパイに挟まれてぶら下がっていた。

 アーネストが近づくとブンタがパチンッと指を鳴らし、どこからともなくアーネストの分の椅子とティーカップなどが現れた。ブンタがクロッシングスキルでここへ転送させたのである。

 

「紅茶でよかったかね?」

「あ、ああ。訓練でシンディアが使ってるのも見たけど、すごいスキルだな」

「君ほどではないさ。しょせん吾輩のスキルなど戦術レベルのものだ。君のスキルは使いようによっては戦略規模で影響を与えかねん。それに、明日の作戦の要でもある」

「そういうものなのか……? 実際にはクロッシングを繋げる数にも制限があったりイマイチピンとこないというか、他人の力を借りてばかりで不甲斐なさすら感じてるくらいだよ」

 

 ブンタと話しながら、アーネストはふと目についた一つの胸部パーツへ歩み寄る。

 

「ほう……、やはり君も惹かれるかね。自らのパートナーの物に」

「てことは、やっぱりこれは」

「ああ、ショウコの物だ」

 

 アーネストが今ペタペタサワサワしているのは、ショウコの胸部予備パーツらしい。同じようであっても微妙にサイズや形や肌の色が異なるパーツが並ぶ中、彼はそれだけが特別だと感じ取ったのである。

 片手にピッタリと収まる大きさも、しっとりと吸い付くような肌触りも、わずかにツンと先端が上を向く形も、全てが魅力的で愛おしい。ラック自体が保温機能を持っているので、特殊シリコンに冷たさはなく人肌のぬくもりを感じられる。

 ショウコの予備オッパイを一通り眺めたり触ったりしたあと、アーネストはブンタの用意した椅子に着いた。

 

「ふぅ、いい場所だな、ここは」

 

 足を踏み入れた時には異様に感じたこの場所も、ショウコの予備パーツを触っているうちに落ち着いて、アーネストも狂気に染まったようだ。恐ろしい場所である。

 

「気に入ってもらえて何よりだ。ところでここ一週間、と一日かな? 吾輩の代わりに任務にあたってくれたそうだな。礼を言う」

「いいや、俺もここに来て何もしないっていうのも落ち着かなかっただろうから、ちょうど良かったさ」

「そうか……。ところで、アクセリナはどうだった……、吾輩、ずっと一緒にオフロに入って貰えなくてだな……。なんというか、成長が気になるのだ」

 

 そう言ってブンタがチラチラと見ているのは、アクセリナの胸と類似した胸部パーツである。無論、フィギュアハーツの体を動かせないアクセリナに予備パーツなどはなく、似ているだけの他人のオッパイだ。

 アーネストは紅茶で口を湿らせながら思い出してみる。

 

「タオル越しだったけど、確かにそれくらいだったと思う。アクセリナにもここに来たばかりの頃に色々教えてもらったなあ。その恩を返す意味でも明日の作戦、絶対に成功させたい」

「ふむ、しかし救われるのはアクセリナだけではない。ヤシノキ博士の分析とニフル博士の資料を信じるなら、これは全てのクロッシングチャイルドにとっての希望になりうる。アクセリナを見習ってというわけではないが、我輩に聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれたまえ」

 

 本当のところはブンタも直々に戦闘訓練でクロッシングスキルやフィギュアハーツとの連携を手ほどきしたかったのだが、今はもう作戦前日の午後であり、明日に備えて休養を取るようにと言われているので、質疑応答くらいしか出来ないのだ。

 

「うーん……。そう言われても、クロッシングスキルやフィギュアハーツについてはヤシノキさんとカンパチロウからだいたい教わったし……。むーん……、あ、そうだ、アラーチャンってどんな人だったんだ? なんだかんだで俺も[PSW]の作戦に参加してるけど、創設者の意思? みたいなものがイマイチ見えないんだ。戦争を無くすってのは分かるんだけれど、世界を平和にしたいって訳ではなさそうだし……」

 

 アーネストの質問に、ブンタは手元のシンディアの予備オッパイを揉みながら考える。

 しばらく乳首を摘んでコリコリしていると、考えがまとまったようだった。

 

「むぅん……。正直、吾輩もアヤツとはそれほど話したこともないのだがな。研究も多岐にわたるとは聞いた。吾輩がたまたま話す機会があった時など、北欧神話の伝承について調べていたようだし、とにかくあらゆる事が彼の研究対象だった」

「へぇ、ちなみにどんな話をしたんだ?」

「終末の黒竜の伝承だったかな。あまり知られていない話だったからか、珍しい話が聞けたと喜んでいたな」

 

 終末の黒竜伝説。ブンタもかつて英国がまだ一つの国だった頃に、現地でたまたま知り合った知人に聞いた話しなので、それこそ御伽話程度にしか思っていなかった伝承である。

 

 人々が世界樹を巡って争っていた時代。そこに突如現れた世界その物を憎悪する漆黒の竜が世界樹を喰い付くしてしまう。世界樹を喰って不死の力を得た漆黒の竜は東へ東へと破壊の限りを尽くして世界を廻り、東の果てで新世界を創造したとか、英雄によって討ち滅ぼされたとか、最後の方がハッキリしない話であった。

 

「なるほどな。ヤシノキさんも別分野で似たようなことを言ってたし、好奇心旺盛な人物だったって事はなんとなくわかった。でもやはり、なぜこんなことをし始めたのかはさっぱり分からないな」

「ヤツのことは深く考えても仕方ないさ。そうやって自分について考察しようとする者を意識して情報を撒いていたフシもあるくらいだしな」

「そうか……」

 

 アーネストは今までずっと誰かの指示の下、誰かの意志の下に生きてきた。一応、今の組織としての上司はヤシノキではあるが、あの博士は事あるごとにアーネストの自由意志を尊重する傾向にある。いっそ命令してくれればどんなに楽か。

 そんな訳で自分の意志の薄いアーネストは[PSW]創始者の意志に縋ろうとしたのだが、その意志も上手く読み取れそうにない。

 気落ちした様子のアーネストをブンタは励ますように言う。

 

「なあに、そう悩もこともないさ。我輩たちは今できることを全力でやるまでだ。誰かの意志に従うだけが人生ではないしな。やりたいようにやるがいいさ」

「そういうものか?」

「そういうものだよ。現に君は自分の意志でグランを助けて見せたではないか」

「あの時は……。ただただ無我夢中で……」

「利害など関係なくそういう行動が出来るのは美点だ。吾輩は君が正しい事をしたと思うし、正しい意志を持っていると信じているさ」

「そう言ってもらえるのは、嬉しいかな……。でも俺は、貴方が思うほどの信念なんて無いのかもしれない。実際俺は今でも、何のために戦っているのか、うまく言うことは出来ないんだ……」

「ふんっ、そんなもんは吾輩だって君くらいの年の頃はそうだったさ。まだ若かったからな。可能性などいくらでもあったからな、何を選べば正解なのかわからんこともよくあるだろう。大切なのは考えることだ、青年!」

 

 ブンタが自分を励ましてくれているのだと分かってはいるのだが、話をしながら手元のオッパイの谷間で腕を前後運動させるのは止めて欲しいとアーネストは思った。

 

「考える……か。しかし俺は、自分で言うのも何だが頭の良い方ではない。正しい答えが出せるとは限らないのだが……」

「やる前から答えなど求めるものでは無い。大切なのは考えることだと言っただろう」

「???」

「アーネスト君、君は明日の作戦に参加するのは、自分で決めたのだろう?」

「え? まあ、そうだけど?」

「どうせヤシノキ博士のことだ、君には拒否する権利も与えられていたはずだ。それでも君は、アクセリナの奪還に参加すると決めた。その時、少なからず考えたのだろう?」

「それは……」

「君にしか出来ないことがある、か? 確かにそうではあるが、それは買い被りがすぎるというものだ。現に我輩たちとミゾ君たちだけでも、アクセリナを取り戻してくることは可能である」

 

 確かにその作戦プランもアーネストは聞いていた。しかしリスクが高すぎるため、次善案であり、アーネストは即座に却下した案だ。

 そのプランの当事者から、こうもはっきりと可能であると言われると、アーネストの中の何かが音を立てて崩れるのを感じた。その何かはきっと、無意識に積み上げていた自分の有用性や特殊性、あるいはプライド。

 言葉の出ないアーネストを見て、ブンタは続ける。

 

「それでも君は、参加を決めた。それは君の優しさからのことだろう。我輩たちだけでは心許ないと思われるのは、不甲斐ないばかりだがね。君は一瞬でも考え、行くという答えを出した。それで良いのだよ」

「本当に、それで良いのか……?」

「ああ、考えた時間は関係ないし、正しいかどうかも関係ない。吾輩が君を評価しているのは、マルチクロッシングという特殊な能力ではない。吾輩が信じ、背中を預けるに足ると確信しうるのは、その優しい思考だ。自信を持ちたまえ、君が思考して出した答えは少なくとも我輩たちにとっては最善である」

「そうか……、なるほど、なんとなくだけど俺の戦う理由が見えたような気がしたよ」

「ふむ、それは何よりである。少なくとも今はそれで充分だ」

 

 しばらくそうして紅茶を飲みながら、並ぶオッパイを眺め、互いのことを話した。ゲーム内では出来ない、現実で合うからこそ出来る表情を見ながらの会話に、これがオフ会というものなのかとアーネストはしみじみと感じる。

 

「まあ明日の作戦も吾輩がいるからには、英国が誇るオリンピック級の豪華客船に乗ったつもりでいたまえよ。……そういえばアーネストくん、君はこんな工場区画に何をしに来たのかね?」

 

 ちなみに、そのオリンピック級客船の二番船は、絶対に沈まないと言われながらも、氷山に衝突して派手に沈没した。

 

「あ、……ショウコ様を探してたのをすっかり忘れてた……! 作戦までにショウコ様のムラムラをなんとかしないといけないし、俺もう行きますね!」

「そうか、それなら行ってやりたまえ。契約したフィギュアハーツの性欲は基本的にパートナーからクロッシングで読み取ったものだからな。君の性欲に当てられたのだろう」

 

 保管室から出るアーネストにそんな声がかかり、彼はショウコの反応目指して走り出す。ショウコの反応はいつの間にか彼らが寝泊まりしている男女共用の寮に戻っていた。

 

「それじゃあ結局全部、サラーナやマリィもの事も、元をたどれば俺のせいってことだったのか……」

 

 アーネストは知ることはないが、今回の性欲の元々の出処はグランであり、それがクロッシングネットワークを介してマリィ――アーネスト――ショウコ/サラーナに伝わったものなので、別に元はアーネストのせいではなかった。

 

 

 ショウコの反応を辿って寮まで戻ると、なぜかアーネストの部屋の前へとたどり着いた。

 ヤシノキラボで最初に目覚めたゲストルームの鍵が壊されたこともあって、ショウコ、サラーナ、グラン、マリィと共にこの司令室と出撃ガレージの中間あたりにあるこの寮へ引っ越したのである。引っ越しと言っても来たばかりのアーネストには、ほとんど荷物など無いのだが。

 アーネストが自室の扉を開けるとそこは、ショウコ部屋になっていた。

 部屋がショウコに乗っ取られたというわけではない。

 アーネストが今朝方、部屋を出た時は確かにその部屋は家具も調度品も殆ど無い、八畳間にベッドと机くらいしか無い部屋だったその部屋は今、ショウコ色に染まっていた。

 壁にはショウコポスターが貼られ、床にはショウコカーペットが敷かれ、デスクの横に新しく設置されたラックには様々な衣装とポーズのショウコフィギュアが並んでいる。中央のローテーブルの上にはショウコマグカップが置かれ、テーブルの周りにはショウコクッションが転がっている。部屋の奥のベッドに敷かれた布団はショウコ布団カバーになっているし、その上にはショウコ抱きまくらが転がり、普通の枕もイエス/ノー・ショウコ枕に変わっている。天井付近の高い位置の壁にショウコ神棚が設置され、社には青と白のストライプビキニ姿のショウコフィギュアが祀られている。

 そして部屋の中では今まさに最後の調度品、シリコン製一分の一ショウコフィギュア(学生服姿)をショウコ本人(フリルの多い白いワンピース姿)が設置しているところだった。

 

「ショウコ様……、ここで何を……?」

「ヒョわぁっ!!? たたたた隊長ぅ!? 何でここに!?」

 

 作業中に突然話しかけられたショウコが振り向いて変な悲鳴を上げた。

 

「なんでって……、ここ、俺の部屋なんですが……? って危ない!!」

 

 設置途中だった一分の一ショウコフィギュアが、本物のショウコの方へ倒れてきたのだ。

 アーネストは咄嗟にローテーブルを飛び越えて、ポカンとしているショウコへ飛び掛かった。

 そのまま一分の一ショウコフィギュアもろとも、ショウコをベッドに押し倒す形で抱きしめる。

 

「ふぁにゃッ!? た、いちょう……、アタシ……今、そんなにされたら……」

 

 下敷きにされ抱き締められながら、ショウコは抵抗するが溜まりに溜まった性欲が男の香りに反応して、うまく本来の力が出せない。

 

「ずっと、心配してたんです。ショウコ様、部屋から出てこないしノックしても返事はないし思考通信も聞こえてないみたいだし、ご飯ちゃんと食べてるのかとかずっとムラムラしっぱなしで辛くないかとか、ずっとずっと……」

 

 言葉を吐き出しながら、アーネストの腕に力がこもっていく。

 ショウコは苦しさを感じながらも受け入れ、アーネストの背に回した手でポンポンと優しく彼を撫でる。そうしながら、ショウコ自身も落ち着きを取り戻す。

 

「ごめんねたいちょぅ……これ作るのに集中しすぎてたみたい。やっぱり、慣れないことはするものじゃないですねぇ」

 

 抱き締めていたアーネストが少し離れ、二人の顔が至近距離で向かい合う。

 

「そうです。ショウコ様グッズなら言ってくれれば俺、いくらでも作ったのに」

「うーうん、これはアタシが自分で作らなきゃ意味なかったの。アタシの一番の信者のために、アタシが作らなきゃならなかったんですよぉ」

 

 ショウコは顔を背けて、恥ずかしそうにしながら言った。

 

「それは……、うれしいですけど。でも何で?」

「だ、だって……、せっかくアタシだけの、アタシだけを見てくれる人が出来たのに……、たいちょぅ、あっという間にサラーナとも、マリィやグランともクロッシング繋いじゃうし……、あの娘たちの方がたいちょうと仲良さそうにしてるし……。アタシ、ずっとたいちょうから崇めてもらってるだけだったから……、何したら良いかわかんなくて……。たいちょう、こういうの好きだって、前に言ってたから、がんばって、作ったの……」

 

 ショウコは耳まで真赤にしながら白状した。

 

「うれしいです。ショウコ様。そんなに俺のこと思ってくれてたなんて……。む、でもこのショウコ様フィギュアの胸、ちょっとだけ大きく作ってませんか?」

 

 先程一緒に押し倒し、たまたま手が胸の位置に来てしまった一分の一ショウコフィギュアのオッパイを制服越しに触りながら、思わず気付いたことが口から漏れてしまった。

 

「何で分かったッ!?」

「何でって……、何でもです! ショウコ様信者なら当然です!」

 

 まさかさっき触ってきたからとも言えず、アーネストは勢いでごまかした。

 

「しょ、しょうなのか……?」

「そうなのです。……ショウコ様? ……えっと、せっかくなので本物も触ってみていいですか?」

 

 アーネストは恐る恐る聞いた。

 

「ふぇっ? ……い、いいけど……。胸の前に、することが、あるでしょぉ……」

 

 顔をさらに真赤にしながら、ショウコはそっと目を閉じる。

 アーネストは愛らしく目を閉じたショウコへ顔を近づけ、その唇にそっと口付ける。

 

 そうしてアーネストは初めて、契約のためではないキスをした。


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