問答もなく流れるような動作でラモンが殴りかかってくる。
「はっ!」
裂帛の気合と共に容赦のない頭部狙いの必殺の一撃!
ギュルギュルと回転する螺旋が迫り、アーネストはヘルメットの存在を忘れ、命の危機を覚える。
ドクンッと心臓が震える。
その瞬間、
――arnestがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――
頭がスッと冴え、アーネストの目に映る世界が減速していく。迫りくるドリルも、ラモンが蹴り上げた砂埃も、今まさにバトルガーダーに衝撃を与えんと向かってくる弾丸も、全てがゆっくりと動く世界。
ショウコのクロッシングスキル、緊急時に思考能力と身体能力が向上される、言わば火事場の馬鹿力のようなスキルが発動したのだ。
――これが、ショウコ様のクロッシングスキル……!
戸惑う頭で思考しながら、アーネストの体は直感で動く。空いていた左手で腰から刃の潰れた訓練用コンバットナイフを逆手で抜き、迫り来る螺旋を下から弾き上げる。
更にドリルを弾いた反動でしゃがみ、盾とともに伏せる。
突き出した拳を弾かれ、ラモンは数瞬遅れて驚きの表情を浮かべ――
「がはッ!!」
左肩に強い衝撃を受けて三メートルほど吹っ飛び、苦悶の声を上げて倒れた。
アーネストが盾で受けるはずだったミゾの弾丸が、アーネストが伏せたことによってフレンドリーファイアを起こしたのである。
ここでクロッシングスキルの効果が消え、アーネストは加速した世界から戻ってきた。
「なるほど、ショウコ様のスキルはオートで発動するのか」
発動条件が揃った瞬間に発動するスキルは、直感で戦闘を行うアーネストにはとても相性がよかった。
『レティアと接敵したがすぐに逃げられた! 読まれたかもしれん』
ロッドリクから通信が入り、ちょうどアーネストの視線の先でも黒い球体が消えて、半獣化したミゾがロッドリクとは逆方向からポストコアを狙ったサラーナの迎撃へ向かっていた。
「わかった。サラーナは急いでコアへ! ミゾさんがそっちに向かった! 俺も上がる! ロッドリク盾のパージ頼む」
『了解よ』『了解した』
アーネストが指示を出すと繋ぎ合わせてあったバトルガーダーが一辺三〇センチほどの正八角形の板へとバラバラになった。その中からグリップの付いた二つを両手に握り、残りはその場に捨てて走り出す。
「おっとアーネスト! あんたの相手はオレだっ!」
走り出したアーネストの背に向け、倒れていたラモンが立ち上がって無線誘導式ブーメランを投擲する。その左腕はダラリと下がったままであり、ルクスティアLV04の威力の凄まじさが見て取れるが、一瞬見ただけで前を向いて走り出す。
アーネストは背中にヒュンヒュンという風切り音が近づいてくるのを感じる。
――arnestがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――
もう一度ショウコのクロッシングスキルが発動し加速する。今度はアーネストも迷わず最適な行動を決める。
最適な行動、すなわち強化された身体能力での全力疾走であった。
投擲されたブーメランを引き離し、あっという間に三〇〇メートル近くを走破してしまう。
「嘘だろおい……クソッ」
悪態をつくラモン。追跡を諦めて戻ってきたブーメランをギガドリルナックルを手首へと下げた右手でキャッチし、出遅れながらもアーネストを追いかけ始める。
少し時は戻って作戦指示を受けたサラーナ。
「了解よ」
サラーナ=スラスター全開でフィールド端の狭い路地を疾走/アーネストへ返答――現在戦闘モード。
相手チームにこちらの作戦がバレた=対処される可能性――大。
瓦礫や故意に設置された障害物を華麗に避けながら思考――おそらくレティアはコア下の迎撃に回ったはず/追い込まれた側の最善の行動。
逆サイドからはロッドリクがレティアを追ってコアへ/レティアを抜いてコアへ攻撃できるか/出来なくても上手く挟み撃ちにできるか――このまま隠れてコアへ向かえば確実に先に守りを固められてしまう=火力で劣るこのチームではゴリ押せない。
隠密行動の放棄を決定。
兎に角最短ルートでコアへ/割れた大きめの窓から廃ビル一階へ突入――デスクを蹴る/壁を蹴る/天井を蹴る/くるりと回って開きっぱなしのドアから廊下へ――廊下の壁を蹴る&スラスターで右方向へ直角に方向転換/重力制御マントが機能してスムーズに方向転換――少し進んで突き当り/左手に階段――階段の手すりから伸びたポールを掴んでL字に方向転換/ポールが軋むが耐えてくれた――1階と2階の間の踊り場=全面ガラス張りの窓――RAシールドを張ってガラス突き破って外へ――シールド解除――隣の廃ビルの非常階段の手すりを蹴って飛び上がる。
――arnestがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――
アーネストが二度目のショウコのクロッシングスキルを使う感覚。
――相変わらずあの隊長は詰めが甘い。
指向通信には乗せず思う。
壁の装飾の出っ張り/窓の枠/階段の手すり/足場になりそうな物を使って舞い上がる――屋上へ舞い降りる。
ショウコ&アーネスト=いつも直感で動くタイプ――そのフォローはいつもサラーナ/今回もそうなる予感が的中。
ダァァァンッ――銃声とともに弾丸がサラーナへと迫る。
――FH-U SA-01サラーナがFH-U SA-04ショウコのクロッシングスキルを使用――
サラーナの意識が加速――ゆっくりと正確にヘッドショットコースで飛来する弾丸/少し重くなった空気/全てがゆっくりと流る世界の中で自分だけが普通に動けると確信――当たると痛い事に定評のある銃弾をいともたやすく回避――加速終了。
「くッ……見つけました!」
道を挟んで左隣のビル屋上に叫ぶミゾ=訓練着/黒いウサギの耳がヘルメットの中で窮屈そう/対物ライフル=ルクスティアLV04をサラーナに向けて構える。叫んだのはサラーナの気を引くため――銃撃を避けられようとも少しでも時間稼ぎをするつもり――その手には乗らない!
ミゾを一瞥――無視して直進――追撃するミゾからの断続的な銃撃/どれもワザと狙いを外した威嚇――無視して屋上から屋上を飛び移って猛進――人間離れした脚力で少し遅れながらも追ってくる半獣化したミゾ――目指すはコア。
「ミゾさんを確認、追ってきてるけどこのままコアに向かうわ!」
『レティアのコア下到着まで推定二三秒だ! 間に合わせろ!』
『こっちはラモンが追ってきてる。俺も一応コアに向かうが、出来れば先に決めてくれ!』
チーム内通信で情報を共有――ギリギリで間に合うと目算を立てる――ミゾが直撃コースの弾丸をくれれば余裕で間に合う自信もある。
――詰めの甘いアーネスト隊長。でもチャンスを作り出すのもいつもあの二人だったわね。
何百戦とやったゲームでの戦闘を思い出しながら、サラーナは少しだけ笑った。
ラモンから逃げ回りながらコアを目指すアーネスト。
時折ラモンから邪魔が入るが、明らかに気迫が無くスキルの発動を警戒している。
ドリルは使わず掴みかかってくるラモンを軽くいなし、微妙に狙いを外したブーメランを小さく軽くなった盾で弾く。
「クッソ、マジでやりづれえ!」
負傷した左腕をダラリとさせながら、ラモンが悔しそうに悪態をつく。
「さっきみたいに、もっと当てるつもりでくればいいのに……、いや、でもそろそろ――」
ピィーン! ピィーン! ピィーン!
訓練フィールド内にコアへの攻撃が決まったブザーが鳴り響く。
「ガァーッ! やられたかー」
「うっしゃあっ! 上手く行ったみたいだな」
フィールド端の大きなモニターに模擬戦の結果が表示される。
WIN――アーネスト サラーナ ロッドリク
LOSE――ミゾ ラモン レティア
ラモンがガシガシと負傷していない手で頭を掻きながら、アーネストに質問する。
「と言うかアーネスト、オレが撃たれた時、何でとどめを刺さなかったんだ?」
アーネストがミゾの銃撃を伏せて避けた後の、非合理的な行動についてである。
あの時倒れたラモンを仕留めておけば、単純に数的な有利を得ることが出来たし、さらにミゾはクロッシングスキルが使用不能になり、サラーナのコア攻撃が失敗したとしても大きなアドバンテージを得ていたはずだ。
まさか自分が加速するためにあえてリタイアさせなかったのだとすれば、ラモンは完全にアーネストの手中で踊っていたことになる。
「ああ、アレは……、なんというか、普通に忘れてた……。というか実戦ならもう死んでただろっ!? それにレティアに作戦バレたみたいで焦ったんだよっ!」
「ぷっ……アッハハハハハッ! アーネスト、おまえ詰めが甘ぇよ」
負けたはずのラモンが腹を抱えて笑い、勝ったはずのアーネストがブスっとした表情をしている。
しかしアーネストも詰めが甘いのは自覚していることであり、ため息一つ付いて今後の反省として受け取る。
「まあ、それも含めて有意義な模擬戦だった。ありがとう」
「こっちこそ、面白かったよ」
二人は互いを讃えながら右手を握りあって握手をした。
それ以上のスキンシップもなく、リペアカプセルに向かうと言うラモンを見送り、アーネストは訓練施設の管理塔へ向かった。
訓練施設の管理塔ロビーに戻ったアーネストを、武装を解いた訓練着姿のサラーナとロッドリクが笑顔で迎えた。
「アーネスト隊長、今回は良いとこ取らせて貰ったわ! 良い作戦だったわね」
「おう、最初はどうなるかと思ったが、上手く行ったじゃねえか!」
「いや、まあ、二人が臨機応変に動いてくれたおかげだよ」
二人の賞賛にアーネストが照れながら謙遜する。
「確かに、アーネスト隊長の作戦はいつもアバウトで詰めが甘いからね。自分で考えて動かないと上手く機能しないのよ」
「だな。母ちゃんならもっと的確に指示を出してくるからな。こういう戦い方は久しぶりだ」
「うっ……ぐ……」
賞賛だけでは終わらない。さすがは初心者向けフィギュアハーツである。
二人の説教が本格的に始まる前に、アーネストはロビーの奥のソファーテーブルでレティアと話しているミゾへ歩いて行く。
「ミゾさん、お疲れ様。良い練習になったよ」
「あ、アネキ。こちらこそ、思った以上に良い訓練になりました。まさかアネキがあんな動きをするとは思いませんでしたし、自分の撃った弾の痛みが分かるなんて貴重な体験でした」
近づいてきたアーネストに気付き、ミゾが向き直る。
アーネストもミゾの対面に座り、その隣にサラーナが座る。ロッドリクはアーネストの斜め後ろで休めの姿勢で立っている。
「ははは、グランさんとマリィも痛かったって言ってたから咄嗟に避けたんだ。それにショウコ様のスキル、アレはもっと慣れないと実戦じゃ危ないな」
「ミゾさんにも今話していましたが、クロッシングスキルも多少であれば脳内OSで調整が可能なのです。今回みたいな訓練では発動条件を模擬戦のヒット条件と合わせたりするくらいなら、自己暗示アプリの応用で出来るのです」
レティアのアドバイスになるほどと思いながら、アーネストは本題に入る。
「それでミゾさん。真実を教えてもらいたいんだけど」
「はい。と言ってもそんなに難しい話でもないのですが……まずはこれを聞いてもらえますか」
ミゾはホログラフモニターを展開して音声の再生を開始する。
ダァァァンッ
「これが、私のルクスティアLV04の銃声です」
ダァァァンッ
「で、こっちがアラーチャンを撃った銃の銃声です」
銃声を再生して、わかったでしょ? みたいに首を傾げられても、アーネストにはさっぱりわからなかった。
「微妙に違う……のか?」
とりあえず、二つを聞かせたということは違うのだろうと当たりをつけて言ってみた。
「はい。やはりアネキも気が付きましたね」
いいえ、アーネストはまったく気付きませんでした。
「え? ってことは、銃声が似た銃がもう一丁あるってことかしら?」
「その通りです、サラーナ。そしてアラーチャンを撃ったのはおそらくルクスティアLV01です。正確な音紋分析はヤシノキさんがワールドハンターフレンズにあるデータと照合してくれてますが、ほぼ間違いないと思います」
ミゾの話によると銃のフィギュアハーツ、ルクス・ティアの作ったルクスティアシリーズの銃は全部で七丁あるが、対物ライフルはLV01とそれを大幅に改良したミゾの持つLV04、そしてルクスティア自身が持つルクスティアシリーズの集大成であるLVAが対物ライフルとしての機能も備えているのみである。
それを説明すると、軍人気質なロッドリクはとても興味深そうにしていた。
「ルクスが特にスナイパーライフルに入れ込んでたのは知っていたが、シリーズ全てがロングレンジのライフルってわけじゃないんだな」
「ええ、師匠、ルクス様は銃全般が好きな方でしたからね。LV02とLVR02はハンドガン、LV03はサブマシンガン、LVR03はアサルトライフルでした。それぞれどういう基準で選ばれたかは知りませんが、別々の人にルクス様が授けたと聞いています」
「師匠!? じゃあミゾさんの銃の技術はルクス譲りってこと? ……なるほど言われてみれば似てるわね……」
「はい。私もルクス様がフィギュアハーツだったという事は先日知って驚きました」
サラーナには衝撃の事実だったようだが、そもそもルクスを知らないアーネストにはどうにも話が見えない。
「えっと、それでそのルクスティアLV01の持ち主、アラーチャンを撃ったのは誰なんだ?」
残念ながら推理小説などを嗜まないアーネストは、早いこと答えが知りたくなるのである。
「そうですね……、まずアラーチャンのラボに突入した部隊の隊長は、当時ワールドハンターフレンズ日本支部局の局長です。恐らくどこかの国に雇われたのでしょう。そしてアラーチャンを撃ったのはその秘書、京都江 苺です。彼女がルクスティアLV01の持ち主です」
真実を明かされた三人がそろって、誰? と思った。
「その場合、犯人ってのは支持を出したその局長になるのか。ルクスってフィギュアハーツがPSWと敵対しないって条件を破ったんじゃなくて良かったよ」
ホッとするアーネストであるが、ミゾの表情は険しい。
「それがそうでもなくてですね……、今のワールドハンターフレンズ日本支部局の現局長が、京都江 苺なんです。そして副局長の座に居るのがルクス様で……。それに最近は日本支部局の動向も怪しいと、もっぱらの噂です。アジア支部への統合も拒否しましたし、その意思決定を誰がしているのかも、今の私にはわかりません……」
さすがのアーネストでも、それは何かヤバイのではないかと思うくらいには察しがつき、表情が引き攣る。
「事実関係とルクスの意思は現在、ヤシノキ博士が調査中なのです」
レティアが総締めくくり、その日の訓練は終わった。