PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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本当に残念ながらアーネストはノンケであった

「ひぃっ!?」

 

 遮蔽に隠れたアーネストの顔のすぐ横を、弾丸が風切り音を鳴らして通り過ぎる。ダァァァンッ――と発砲音が聞こえ遠くの建物の壁に新しい弾痕が出来るのが見え、ライフルを持つ手に力が入る。

 アーネストは今、廃墟のビル群が立ち並ぶ訓練施設で三対三の模擬戦中であった。

 

 

 司令室でヤシノキからマルチクロッシングについて簡単な説明と、ショウコとアーネストのクロッシングが切れるとサラーナやマリィとのクロッシングも切れてしまうなどの注意事項を聞いた後、ロッドリクと共にミゾからアラーチャンを撃った銃声の事を聞きくため訓練施設へと向かった。

 

 途中、壁尻エリアで壁から上半身を生やした状態でヤシノキを待っていたレティアを発見し、事情を話して博士は来れないことを伝えると「ワタクシも行きたいのです。とりあえずここから引き抜いて欲しいのです」と言われ、ロッドリクとアーネストで壁からレティアを引っこ抜いて来たりもした。

 

 訓練場に着いてミゾに先程の動画を見せると「謎は全て解けました」と即座に自分だけ真相に至ってしまった。ちなみにアラーちゃんを撃ったのはミゾではないとも言っていた。

 レティアを通じてヤシノキへ真相を伝え訓練に戻ろうとするミゾに、アーネスト、ロッドリクと、その場に居合わせたサラーナが真実の説明を求めると「では模擬戦をしましょう。勝ったら全部説明して差し上げます」とミゾが珍しくニヤリと笑みを浮かべてそう言い出した。そうしてミゾ、ラモン、レティアの真実を知るチームとの模擬戦が始まったのである。

 

 模擬戦のルールは、ポストコアタッチ制。各陣営の奥に配置されたポストコアへ一発でも銃撃を決めるか、敵チームを全滅させた方が勝ちとなる。サバイバルゲームで言うフラッグ戦のようなものである。

 弾丸がヒット、あるいは近接装備でダメージを受けたプレイヤーは、頭部ヘルメットなら一発、それ以外なら三発で戦闘不能とされヘルメットに付いたスタン機能によってその場で動けなくなる。

 そしてポストコアは地上一〇メートルほどの高さに吊るされ、その真下以外の周りを防護板で囲ったものであり、これを撃つにはポストコア真下へ辿り着く必要がある。

 アーネストたちはこの条件下で勝つことで事の真相をミゾから教えてもらえるのであるが。

 

 

『アーネスト隊長! 少し出過ぎてるわ! 訓練だからって強気に出ると痛い目見るんだから! そっちが痛いとワタシまで痛くなるんだから気をつけてよ!』

 

 アーネストの後方から訓練弾を装填したアサルトライフル、エンフォーサーで撃ち返しながらサラーナがチーム内通信で叱責を飛ばす。

 [PSW]での訓練弾はゴム製の芯の外側をネオニューロニウムで覆ったものであり、普通に当たれば普通に痛いし普通に死ぬ。そうならないための装備が、今アーネストも着ている野戦服であり、防護ヘルメットである。この野戦服とヘルメットは防弾、防刃、耐熱加工はもちろん、微弱なNNR還元光を発する加工が施されており、訓練弾が当たる直前に外側のネオニューロニウムを還元し砂に戻してゴム弾だけが当たるようになっている。さらに野戦服の下には同様の加工がされた全身タイツを着ているので一応、死なないはずだ。しかし外側は殆ど実弾と変わらないので薄い壁なら貫通して来る。

 ちなみにグランが着ていた紫の迷彩野戦服もおなじものだったため、プロテクターの一種と見なされリペア溶液で溶けなかったりもした。

 そしてこの訓練弾や訓練着を使用することによって、RAシールドの消耗を実戦同様の感覚で訓練できるだけでなく、ショウコのクロッシングスキルのような危機的状況が発動条件となるスキルも訓練での発動が可能となる。

 

 ――一応、マリィのスキルも使えるらしいから痛くはないのでは?――

 

 現在アーネストは自分のスキルの他に、ショウコ、サラーナ、マリィのクロッシングスキルが使用可能である。グランのスキルはクロッシングのシステム上使えないらしいが、共有されるスキルフォルダがどうとか、コピーされたスキルが入っているフォルダがどうとか、ヤシノキに説明されてもアーネストには理解不能だった。とにかくグランのスキル、重力操作はアーネストやサラーナにも使えないらしい。

 それでもマリィのスキルは皮膚組織を自在に変化させるものであり、ゴム弾どころかNNR弾すらも通さないほどの硬い皮膚になることも可能なのだ。充分に心強い。

 

 ――隊長……、弾が通らなければ痛くないなんて思ってないわよね? 試してもいいけどワタシは一度クロッシングを切らせてもらうわ――

 ――アーネストさん、皮膚を固くしても痛いものは痛いよ?――

 ――そうそう、特にミゾさんのアレは痛かったー。わっち、一瞬意識飛んじゃったもんねー!――

 ――ねー!―― 

 

 思考通信にマリィとグランが参加し、有難いアドバイスをくれた。

 

 ――ありがとう、気をつけるよ……――

 

 今まさにアーネストが遮蔽から出てくるところを狙っているのは、約五〇〇メートル先の廃墟のビル群の上に浮かぶ黒い鞠のような球体に入ったミゾの対物ライフルである。当たると痛いアレだ。

 

『アーネスト、こちらは配置についた。いつでもいけるぞ』

 

 味方のロッドリクからの報告を聞き、アーネストは彼から借りてきた盾を手に取る。

 

 FH 無線式機動盾、バトルガーダー。壁に立てかけてあったそれは、一辺三〇センチほどの正八角形の板を繋ぎ合わせて作られたモスグリーン色の盾であるが、本来は板の側面に付いたスラスターにより正八角形の盾がそれぞれ飛び回って弾丸などを弾く機動盾である。実の所この盾は、弾を弾いても盾その物も反動で弾かれてしまったり、ロケットランチャーなどの爆発物では一発でダメになってしまうなどの欠陥付きの失敗兵器であったが、ロッドリクのクロッシングスキル、物質の固定化によりどんな攻撃にも怯まない機動盾となるのだ。

 

 もちろんアーネストには固定化能力など無いので、今回は何枚かを繋ぎ合わせ持ちやすい位置に数か所グリップを取り付けて、普通に盾として使う。

 マルチクロッシングでロッドリクとクロッシングを結ぶことも出来るが、男同士でキスあるいは兜合わせを行うことに、ノンケのアーネストが乗り気でないので仕方がない。

 ついでにヤシノキからもアーネストに現在残っているマルチクロッシング枠は二つだけであり、この二つはアクセリナ奪還の切り札になるため使わないようにと言われている。しかしヤシノキからなんと言われようと、アーネストがノンケでなければガチムチイケメンのロッドリクをヌードルから寝取っていたであろうことは想像に難くない。

 何度も言うが、アーネストがノンケだから仕方がないのだ。なぜそんなにノンケであることが残念そうなのか……?

 

「了解」

 

 事前に作戦を伝えてあったロッドリクに短く返し、サラーナへ作戦のイメージデータを送信する。アーネストからOSデフォルト設定のキューブ型のイメージが飛び出し、サラーナへと飛んでいく。

 わざわざサラーナへ事前に作戦通達をしなかったのは、レティア対策である。レティアの使用できるヤシノキの分析スキルは、敵の位置取りや挙動から作戦自体を分析出来る。一人でも作戦を知らないまま動いてもらわなければ、作戦全体を読まれかねなかったのだ。

 

『こちらも了解よ。ロッドリク、敵の位置データちょうだい』

『はいよ。そっちもうまくやりな』

 

 ロッドリクの使用できるもう一つのクロッシングスキル、ヌードルのスキルは振動感知であり半径五〇〇メートル圏内の音などの振動を感知できるものである。索敵能力はブンタのクロッシングスキル空間感知能力に勝るとも劣らず、ここでは関係ないがステルス能力を持つフィリステルの警戒対象でもある。

 サラーナが特にレティアから隠れながら、スラスターで素早く移動を開始した。同時にアーネストも覚悟を決める。

 

「っし! 行くぞっ!」

 

 アーネストが盾を構えて遮蔽から飛び出すと、半歩も出ないうちに盾に重い衝撃を受ける。少し遅れて届く発射音。ミゾの狙撃である。

 踏ん張って衝撃を地面に逃しながら、アーネストは前進を開始した。

 

『しっかし、旧世代の金属製の銃でNNR弾を連射するってのは驚きの銃だな。普通は一発でライフリングがイカれて、二発目はまともに飛ばないだろうに』

 

 ロッドリクが銃声を分析して感心する。

 通常、旧世代の銃でNNR弾を撃つと、硬すぎる弾丸にバレル内のライフリングが潰されてしまうか、バレルその物が裂けてしまうのだ。しかしミゾの持つルクスティアLV04は、ライフリングに超微量のネオニューロニウム還元加工が施されているため弾丸に適切な回転運動を与えている。

 

『さすがはあのルクスが作った銃ってところかしらね』

 

 一歩一歩前進しながら、アーネストは思考通信でサラーナに質問を投げかける。

 

 ――そういえば、そのルクス・ティアってのはどんなフィギュアハーツだったんだ? 話を聞いてると銃に精通しているってくらいしかわからないんだけど――

 

 アーネストの知る限り、ゲーム内でもルクス・ティアというフィギュアハーツはいなかったように思う。ルクスという名も先程の司令室で初めて聞いた。

 

 ――だいたいそれで合ってるし、それが全てとも言えるわね。銃を作り、銃を使い、銃を愛し、銃を撃つ、生粋のガンナーよ。そしてだからこそ[PSW]には居られなかった娘……――

 

 ラモンと同じexシリーズのフィギュアハーツであるルクスは人と適合する可能性は極めて低かった。だから彼女はクロッシングという可能性を切り捨て、適合者発掘の場であるオンラインゲーム、フィギュアハーツには参加せずひたすらに銃の腕を磨き続けたのである。

 そんな銃器を根絶しようという組織の中で、銃器に精通し、銃器で戦うという矛盾は、銃を愛したと言われる彼女にとっては想像以上に辛いものであっただろう。

 

 ――それじゃあ、今はもうその娘は……――

 

 アーネストの頭には廃棄処分という言葉が浮かんだが、そうではなかった。

 

 ――ええ、[PSW]と敵対しないことを条件に、組織から去ったのよ。いつも冷静で、頭が良くて、面倒見も良くて、ラモンにとっては姉のような存在だったわ。それまで[PSW]に尽くしてくれた彼女だからこそ許された処置とも言えるわね――

 

 さらに言えば、彼女を下手に扱えばラモンを始めとするルクスを慕っていた者たちが、反乱しかねなかったがゆえの処置とも言えた。

 当時の[PSW]は情報封鎖が厳しかったため、敵対しないという条件の中にはもちろん一切の情報を漏らさないという事も含まれていた。もしもアラーチャンを撃った部隊とルクスが関係しているとすれば、彼女は条件を破っていた可能性が高いことになる。

 元を辿ればAIであるフィギュアハーツ、そういった命令違反を防止する処置も取れるといえば取れるが、戦闘用ラブドールという微妙な性質とクロッシングというデリケートな機能の関係上、PSW組織内ではロボットと言うよりも人間として扱われることが多い。そのためそういった思考にロックを掛けるような機能はフィギュアハーツには一切無い。

 そのため本人も言った通り、今ルクスティアLV04を握っているミゾ本人がアラーチャンを撃ったということはないとしても、ルクスがアラーチャンを撃った可能性はあるんじゃないか?

 そんなことをグルグル思考していたアーネストは、ロッドリクの声に気が付くのが数瞬遅れた。

 

『――、――ぶない! 壁から離れろ!』

「あっ、くッ!!」

 

 ハッと気づいた瞬間には盾を強く握りしめ、嫌な予感がする方向から横っ飛びに跳んで離れていた。

 直後、アーネストのいたすぐ横のビルの壁が螺旋状に破片を撒き散らして爆散した。

 

「って、ロッドリクじゃなくてアーネストか!?」

 

 爆散した壁から現れたのは、右手の拳に装着した攻城近接装備ギガドリルナックルをギュルギュル唸らせたラモンであった。訓練着の上から羽織った重力制御マントをはためかせケモノの尾がゆっくりと揺れ、クロッシングスキルによる獣化で身体強化されていることが見た目でわかる。ついでに言えば、ヘルメットの中で本当はピンと立つはずの獣の耳が窮屈そうにしている。

 専用装備のないラモンは装甲やスラスターは付けず、アーネストと同じく訓練着とヘルメット姿だが、ミゾとのクロッシングによりクロッシングスキルはもちろんのこと、さらには人間には使えないRAシールドの展開も出来る。ミゾからも未だに狙われ続けている今、この接敵は致命的であるはず。

 しかし、敗色の濃いはずのアーネストに浮かんだ表情は、不敵な笑みであった。


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