PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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プチショウコ作製クエスト、受諾しました

 再生が始まって五分が経過――。未だ映像にはアキノの黒ストッキングに包まれたパンチラが映されているが、一向に変化らしい変化はない。ムラムラしてきたから早送りしてくれと言うべきかアーネストは迷ったが、もうしばらく見ることにした。

 

 再生が始まって一〇分――。ついにムラムラがピークに達してこの映像データをコピーして欲しいと言い出そうとした時、変化が訪れた。

 

『アラー、予定通りアポなしのお客様よ』

 

 冷静な女性の声。アーネストも聞き覚えのあるアキノの声だ。

 フィギュアハーツ、ユータラスモデル NN-01 アキノ。ロッドリクやサラーナと同じく初心者御用達のフィギュアハーツであり、一見のんびりしているようにも見えるが常に冷静で信頼性の高いAIキャラクターであった。アーネストの覚えている限りでは長い銀髪に黄色がかった瞳で、大きな胸の女の子であり膨よかな胸部を持ち巨乳だった。要するにほとんどおっぱいしか見ていなかった。太腿ももっと見ておけばよかったと後悔している。

 

『へぇ、意外と早かったじゃん。それじゃあ、アキノ、ハツネ、手筈通りに頼むよ』

『はい』『ハイ』

 

 若い男の声に指示を出され、アキノと、もう一人アーネストの聞き覚えのない声の女性が返事をした。

 アキノが立ち上がり、黒ストッキングの太腿とパンチラが画面から消え男一同「ああぁ……」と名残惜しそうな声が出た。ついでに、これだから男共は……、という意味のこもったため息が女性オペレーターたちから漏れ出る。

 画面は椅子だけが残された映像になったが、足音や衣擦れの音は流れ続ける。

 画面の変化が少なくなったタイミングを見計らってアーネストが質問する。

 

「ヤシノキさん、ハツネってのもフィギュアハーツなのか?」

「そうじゃ。アラーチャン博士が自分とクロッシングするためだけに調律されたフィギュアハーツAIじゃよ。複数体とのクロッシングというのは、ワシのプチレティアとコンセプトは同じなんじゃがのう、悔しいがあちらの方が完成度は高い……。ほとんどデュアルクロッシングと言ってもいいレベルじゃ」

 

 フィギュアハーツ、ユータラスモデル SA-sp01 ハツネ。ボリュームのある長いツインテールの緑髪が特徴のフィギュアハーツ。整った顔立ちとスタイルはどこか人工的な印象を与えるが、それも含めて魅力として見せてしまう不思議な雰囲気のキャラクターを持ち、歌が得意。

 アラーチャンはこのデュアルクロッシングによって三つのクロッシングスキルを三人で共有することに成功しており、フィギュアハーツとのクロッシング技術では他の博士たちよりも頭一つ抜きん出ていた。

 しかしそれもマルチクロッシングというアーネストのスキルによって覆されつつあり、昨日の今日で分かっていることだけでも、人間側から契約を持ちかけられるNTR機能や、すでにショウコ、サラーナ、マリィの三人のフィギュアハーツのクロッシングスキルが使用可能であるアーネストは、アラーチャンと同等以上の可能性を秘めているとヤシノキは睨んでいる。

 

「そうなのか……。そうだヤシノキさん、今度プチショウコ様を作って欲しいんだけど」

「ふむ……、作ってもいいが条件があるのじゃ」

「条件……?」

 

 何か必要な材料があるから獲ってこいとか、そういうお使いクエスト的な物をアーネストは思い浮かべた。

 

「うちのラボ内で子作りエッチ三回じゃ」

「…………なるほど、考えとく……」

 

 そういえばショウコもこうなるだろうと言っていた事を、アーネストは思い出した。クエストは難航しそうである。

 ロッドリクがわざとらしい咳払いをし、カンパチロウをちらりと見る。

 

「んんっ……。一応、子供もいるのだから、そういう話はひかえてもらおうか」

『父ちゃん、オイラはもう子供じゃない!』

「そうじゃぞロッドリクよ、そんなことにいちいち目くじらを立てていてはこのラボのシステム管理など出来んぞ」

 

 ヤシノキの言うとおり、ここはフィギュアハーツの生殖実験が行われているラボである。実はカンパチロウも今現在、破壊された施設を利用して終末的シチュエーションでの実験を行っているフィギュアハーツたちを確認している。父親が今更何を言おうと手遅れですらある。

 

「……しかし……、くっ、ここではオレの常識が通用しないのか……」

 

 ロッドリクが悔しそうにする一方で、映像の音がピタリと止み、続いて重い扉がゴロゴロと開く音が聞こえてくる。

 

『それでは、アラーもお気をつけて』

『心配しなくても、僕は死んだりしないさ』

『しくじらないように、気をつけて下さいという意味です』

『……なるほど、それは気をつけよう。実は死んだふりは苦手でね』

『はぁ……では、後ほど。ハツネも頼みましたよ』

『リョウカイデース』

 

 シンディアとは違った違和感のあるイントネーションの声、これがアーネストが初めて聞くハツネの声であったが、どこかで聞き覚えがあるような気がした。

 ハツネの返事のあと、スラスターを吹かす音が聞こえ、遠ざかっていき、また先程と同じ重い扉がゴロゴロと動く音が聞こえる。

 

「アラーチャンの部屋の本棚型の隠し扉から、FBDユニットで武装したアキノが出ていった音じゃな」

 

 ヤシノキが補足説明してくれた。

 アラーチャンラボは当時、天才博士たちの会合などで使われることもある施設だったので、ヤシノキも足を運んだこともあるのだ。もちろん、今のような筐体姿になる前であるが。

 

『さ、てと……』

 

 アラーチャンが一息つくと、映像の音声に本当に微かな足音と金属の擦れる音が交じる。おそらくかなり高性能な集音器を使ってやっと聞き取ることが出来る程度の、訓練された兵士の足音。

 数秒の後、扉が乱暴に開かれ銃を構える音。

 

『動くな! 武器を捨てて――』

 

 パンッ!!

 

 男の声が警告を発している途中で、銃声が響いた。よく音を分析しなければ分からないが、銃弾がヘルメットか何かに跳弾した音も混じっておりこの銃弾で負傷した者は実際いなかった。

 しかし、被害の有無よりも撃たれたという事実は、作戦行動中の兵士にとって反撃するには充分な理由である。

 

『き、貴様! よくもッ! 撃て!』

 

 ダァァァンッ――

 

 先程の銃声が玩具の銃だったのではないかと思うほどの大きな銃声が、部屋の中に反響し満ちる。ハンドガンやアサルトライフルなどでは出ない派手な銃声。おそらくはミゾが持つような大きなライフル。室内に持ち込むには勝手が悪いはずだが、この銃声はたしかにそういう銃のものだった。

 次いでドサリという音とともに、画面の目の前に血の気を失った若い男が倒れてきた。

 

『確認を』

 

 短い指示。

 すかさず倒れた男の首に手袋を脱いだ何者かの指が当てられる。

 

『脈なし、呼吸なし、即死です』

 

 ビーッ! ビーッ!――

 

 ここで突如、警報音が鳴り始めた。

 

『何事だ!?』

 

 誰かがカタカタとキーボードを叩く音。

 

『……じ、自爆装置!?』

 

 この場の指揮官らしき男とは別の男が声を引きつらせる。

 

『クソッ……古風な真似を……。撤退だ。死体の回収はしない』

 

 一刻を争う事態に、訓練された男達は足音も隠さず撤退していった。

 

『~~♪ ~~~♪ ~~♪ ~~~♪ ~~~~♪』

 

 そして男達が去った後、サイレンに混じって聞こえてきたのは歌声だった。アーネストも聞き覚えのある歌、確かフィギュアハーツのゲーム内でも流れていた歌声だった。

 歌が聞こえ始めてすぐにアーネストは変化にも気付いた。

 

「顔色が……」

「そうじゃ、アラーチャン博士のスキルは不死。じゃが、肉体の再生はほとんど出来んのじゃ。腹に大穴が空いてもゾンビのごとく動くことは可能じゃし、自然治癒より多少はマシな程度の回復もするがの」

 

 それだけでも驚きだが、画面の中のアラーチャンは自然治癒より多少はマシな程度などという回復力ではない。それこそゾンビのような顔色が数秒でよくなっていく。

 

「そしてハツネのスキルがこの、歌による治癒じゃ。死んでいない限り、たとえ脳ミソを吹っ飛ばされていようと回復が可能じゃ。無論、脳ミソを吹っ飛ばされても死なない者なぞアラーチャン博士とそのクロッシングパートナー以外にはおらんがのう」

 

 そんなことを話している数十秒で、アラーチャンの回復が完了した。彼は最後に死んだように見開かれた瞳を瞬き一つすると、その目には生気が戻り立ち上がる。

 

『ふぅ……死ぬかと思った。まったくあんなドデカイ銃持ち込みやがって……僕の服に穴が……』

 

 パンパンと服についたホコリをはらう音。

 

『アラー、キガエテルジカンナイヨ。スグニデナキャ』

『わかってる。でもちょっと予定変更だ』

 

 歌い終わったハツメが急かすが、アラーチャンはその場にしゃがみ、デスクの中に設置されていた物に手を伸ばす。

 カメラが手に取られ、画面が揺れる。

 

『ソレハ?』

『カメラだね。映像自体はリアルタイムで送信されてるから……ヤシノキ博士あたりかな?』

 

 一瞬で盗撮犯に辿り着く頭脳はさすがは天才である。

 

『まあいいや、せっかくだからメッセージを送っておくよ。僕はこれからちょっと用が出来たから身を隠させてもらうよ。あとはよろしくー』

『アラー、イソイデ!』

『ああ、今行くよ。まずはアキノと合流だ』

 

 その言葉を最後にカメラは壊され、映像が途切れた。

 

 

「とまあ、あとはよろしくされて、三年が経つんじゃよ」

「なるほどな……だいたい大まかな疑問は解消したよ。でも一つ気になったんだけど……」

 

 アーネストはいったん言葉を切り、少し記憶を辿ってみる。

 

「なんじゃ?」

「アラーチャンを撃った銃声、聞き覚えがあるんだけど……銃の種類とかってわかってるのか?」

『あんちゃん、それなら確か前もやったけど不明だったはず……って、聞き覚えがある!?』

「どこでじゃ!? いや、あの銃声たしか……」

「たぶんだけど、ミゾさんの……」

 

 アーネストが辿って行き着いた記憶は、先日の戦場でフィリステルたちに遭遇した時のものだった。

 

「まさか、ルクスティアLV04じゃと!? ……音紋照合……っ、八九%合致じゃ。なんということじゃ……まさかミゾさんが……」

 

 ミゾの持つ対物ライフル、ルクスティアLV04についてはヤシノキも聞いていた。だがまさかアラーチャンを撃った銃声とほとんど一致するとは思ってもいなかったのだ。

 

「どういうことだ博士!? ルクスティアってまさか、あのルクスが関係してるっていうのか!?」

 

 思わぬ名前が飛び出し、ロッドリクが声を荒げる。

 

 フィギュアハーツ、ユータラスモデル NN-ex01 ルクス・ティア。

 ミゾのクロッシングパートナーのラモンにとって同じexシリーズの姉のような存在であった彼女は、拳で戦う彼とは違い、銃を作り、銃を使い、銃を愛し、銃を撃つ、生粋のガンナーであった。

 そして彼女は[PSW]が旧式の銃器の処分を始める数ヶ月前に、アラーチャンが姿を消す直前に、[PSW]の意向に賛同できないがために、[PSW]と敵対しないことを条件に組織から去ったフィギュアハーツである。


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