PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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傷は未だ癒えず、媚薬の効果はまだ続く

「まあ、そういう反応にもなるじゃろうな。ワシが説明しよう」

 

 カンパチロウの言葉で固まってしまったアーネストに、子供の身体で大きなプレジデントチェアに腰掛けて足をプラプラさせたヤシノキが説明を始める。まったくもって様にならないが、そろそろ慣れてきた気がする。

 

「まずクロッシングチャイルドの電子例身体化こそ[PSW]の戦争撲滅の要なんじゃよ。それが、ワシらがニフル博士の研究資料から最優先で実現させた研究案件じゃ。言い訳になるが、そのせいでマルチクロッシングという夢のような資料を見過ごしてしまったんじゃ」

「どういう……ことだ?」

「むーん……、理解できるか分からんが一応説明するとじゃな。そもそも[aracyan37粒子]は電子的伝達と精神的伝達が出来る粒子なんじゃ。今の地球の大気中にはその[aracyan37粒子]が溶け込んでおる。そしてその中に電子精神体、電子的性質を持った精神体としてクロッシングチャイルドの精神を溶かすことによって電子、精神双方への干渉が可能な存在を作り出すことが出来る。それはつまり、電子的絶対強者によって戦争そのものを停止させ、精神的干渉によって戦意の喪失を促す事ができるのじゃ! あとは戦争に使用される武器を取り上げてしまえば、世界から戦争は無くなる、簡単に言えばそういう理論じゃ」

「???」

 

 簡単に言われてもアーネストにはさっぱり理解できなかった。むしろ小さな子供が難しいことを話しているシュールさに気を取られて内容が頭に入らない。全然慣れてないじゃん。

 

『要はオイラたち電子精神体になったクロッシングチャイルドが戦争をする人間の戦意を削ぎ、[PSW]という組織が戦争に使う武器を世界から取り除いて世界平和の出来上がりってわけだ』

「付け加えると、政治的な部分はオレたち熱海ラボが取り纏める手筈だ。これは電子精神体による世界制御か、ダッシー博士たちの世界征服どちらの形で戦争が終わったとしても、だ。熱海ラボは中立であり、戦争終結後の平和維持に尽力する。それが今回の裏切り騒動に対する熱海博士の表明でありスタンスだ」

 

 カンパチロウの説明にロッドリクが穴を埋めるように付け足したが、余計なことまで言い過ぎてアーネストの理解力が追いつかなそう……。

 

「なるほど……?」

 

 とりあえず何かわかったような気になってきたアーネストである。

 しかし説明をした三人と聞き耳を立てていた司令室のオペレーターたちは一同揃って、こいつ分かってねぇなと思った。

 

「それにじゃ、この世で自由を許されぬクロッシングチャイルドに、せめて電子世界での自由を与えるという救いでもあったんじゃよ」

「救い……? 死ぬことが、か?」

 

 確かに身体も動かせず、クロッシングも結べないが故にヤシノキのようにクロッシングによってフィギュアハーツの筐体を動かすことも出来ないのであれば、肉体を捨ててカンパチロウのような電子精神体となるのも悪いことではないのかもしれない。

 ちなみに、強制アクセスはフィギュアハーツAIに対しての命令権の行使であり、空っぽの筐体を己の身体のように動かす事とはかなりの違いがある。例えるなら、将棋を指すのと剣道の試合をすることくらい違う。

 

「でも、……でも俺が知ってるアクセリナは……」

 

 アーネストの知るクロッシングチャイルド、アクセリナは身体が眠ったままであってもあんなにも生き生きとラボ内を飛び回っていた。彼女と過ごした時間は少ないが、それでもそんな彼女が肉体を捨てても良いなどとはアーネストにはどうしても思えない。

 

『おいおいあんちゃん。オイラをセリナと一緒にしてもらっちゃ困る。オイラはオイラの意思でこうなったんだ。後悔なんかしたら協力してくれたライユウとアクシムに、申し訳が立たないというものだ』

「ちなみにこれはアネさんをここに連れてきた理由でもあるんじゃがの、クロッシングチャイルドの精神を電子精神体として[aracyan37粒子]に溶かすには触媒が必要なんじゃ」

「触媒?」

 

 触媒についてはアーネストも一応の知識はあった。軍で爆発物を取り扱う抗議の時、プラチナと水素、酸素の触媒反応についても聞いたことがあったのだ。

 確か、自身は反応の前後で変化しないままに特定の化学反応の反応速度を速める物質……だったかとアーネストは記憶している。しかし、クロッシングチャイルドと触媒という言葉がイマイチ繋がらない。

 

「そうじゃ、おそらくアネさんも知っとる化学反応の触媒じゃ、正確には違うんじゃが、意味合いとしては大体あっておる。クロッシングチャイルドを電子精神体へと移行させるには、触媒として一〇〇%を超える適合率を持ったクロッシングペアが必要なんじゃ。彼らのクロッシングを介してクロッシングチャイルドの精神を電子の世界へ解き放つのが、ニフル博士の最新の研究じゃった」

 

 ヤシノキの説明に、カンパチロウが付け加える。

 

『ライユウのペアは適合率一〇七%。でもってオイラとの相性もよかったがゆえに成功したんだ。ちなみに適合率一〇〇%を超えるペアは、世界に四組しかいない』

 

 アーネストの中で、幾つかの疑問だったものが繋がり、確信に変わっていく。

 

「もしかして……、俺がここに連れてこられたのは……」

「そういうことじゃ。アネさんとショウコの適合率は一五三%。史上第二位の適合率じゃった。御主にはアクセリナの触媒として来てもらったんじゃよ。ライユウさんたちではアクセリナとの相性が悪くてのう」

「そういうことか……。……でも適合率一〇〇%超えは全部で四組居るんだろう? ライユウさんたちがダメでも残りの二組は?」

 

 この時アーネストは漠然とその二組の内、片方はグランたちだと思っていた。

 

「その二組は相性以前の問題じゃな。片方はフィリさんのペア、適合率はアネさんを遥かに上回り一九二%と聞いておるが、ダッシー博士とイトショウ博士はそもそもクロッシングチャイルドの電子精神体化に反対してワシらと袂を分かったからのう……。反対勢力についておるフィリさんに触媒になってもらうのは無理な話じゃ。同時に今回アクセリナは、彼女らに誘拐されたことで命を繋いだとも言えるのは皮肉な話じゃよ」

 

 アーネストの[PSW]へのスカウトが遅くなったのも、フィリステルペアとライユウペアがいれば充分だと考えられていたためであり、計画の最終段階になってのまさかの裏切りによってアーネストが慌ててスカウトされるに至ったのである。

 まったくどっちが悪者なのやら、とヤシノキは嘆息し話を続ける。

 

「そしてもう片方のペア、アラーチャン博士とアキノのペアは行方不明じゃよ」

「グランさんじゃない……? いや。それよりもアラーチャン? あのテロリスト、やっぱり[PSW]と関係があったのか。ってか行方不明? 死んだんじゃないのか?」

「ヤシノキ博士、まだ何も説明していなかったのか……」

『そうみたいだな、というかアーネストのあんちゃん昨日どんだけバタバタしてたんだよ……』

 

 ロッドリクとカンパチロウが呆れる中、アーネストの脳内は疑問でいっぱいだ。

 

「とりあえず先に勘違いを正しておくと、グランペアの適合率は九八%ほどじゃ。適合率とはいわば歯車のような物でな、ピッタリ隙間なく噛み合って二つの精神が回っている度合いじゃな。彼女たちはその歯車が溶接されていたようなものじゃ。隙間は最大限埋めてはいるが完全ではなく、おかしなくっつけ方をしたせいで精神の回り方も歪んでしまっておるんじゃ。アネさんには特にこの辺りは理解しておいて欲しいんじゃよ。マルチクロッシングを使っていく者としてのう」

 

 グランたちは元々ダッシーラボの所属ではなく、今はもう無くなったラボ、天才を目指しついぞ天才にはなれなかった者たちの研究所に実験体として居たのだ。ダッシー博士はその非人道的研究に気付き、研究所ごと物理的に潰してグランを自分のラボへと引き入れ、肌の色や髪型を変えるなどを始め様々な処置を施したのである。

 

「……わかった」

 

 とはいえこれだけの説明では当然理解したとはいえず、後にちびっこ先生ヤシノキからの授業をたっぷり受けることになる。

 

「そしてアラーチャン博士についてじゃが、察しの通り[PSW]関係者じゃ。アクセリナから四人の天才学生と三人の天才博士については聞いたじゃろう? その四人の学生が今のダッシー博士、ニフル博士、イトショウ博士、そしてアラーチャン博士じゃ」

「そういう、事だったのか……。アクセリナと風呂に入った時にもっと聞いておけば……」

 

 その時、司令室の扉が開き一人の男が入ってきた。

 

「なんだとぅッ!? 吾輩とは入ってくれなくなったのに……」

 

 黒のシルクハット、モノクル、カイゼル髭、そしてタキシード姿で満身創痍の身体を杖で支えて歩く男。

 

「ブンタさん!? メディカルポットで全治一週間と言ったはずじゃぞ?」

 

 さらに彼を追いかけてもう一人、金髪の女性が司令室に来た。

 

「ごめんなさいデス博士。でもブンタ、アクセリナを助けに行くって聞かなクテ……ンクッ……」

 

 独特なイントネーションの日本語を扱うその女性は、ブンタの妻でありアクセリナの母、シンディアであった。

 アクセリナと同じ金髪碧眼とアクセリナを二回りは大きくしたようなスタイルで、モスグリーンのTシャツと迷彩色のハーフパンツという出で立ちである。今は熱でもあるのか、少し顔が赤い。

 

「そうだ、吾輩はすぐに、アクセリナを助けに……くっ……」

 

 膝を折って倒れかけるブンタを、シンディアが支えに入った。

 

「ブンタ、そんな身体じゃ無理だヨ……。……アンッ……ミーだって昨日の媚薬が抜けて無くテ……ンンッ」

 

 ブンタを支えながら、顔を赤らめたシンディアの身体が、男の重さと匂いでピクンピクンと僅かに痙攣する。

 シンディアは昨日ロザリスを他のフィギュアハーツたちと共に追い詰めた所で、突然触手から吹き出された白濁色の媚薬を避けきれずにその場で戦闘不能になってしまい、その薬の効果はまだ抜けきっていない。

 そしてブンタは先の戦闘の後、ラボの西側の森の中で全裸で重傷を負って倒れている所を発見された。重症を負ってはいても一部分はとても元気にエレクトしていたため、搬送したフィギュアハーツたちはとても目のやり場に困ったという。

 二人共まだまともに動ける身体ではなく、シンディアは欲情した身体を発散できる特殊な部屋で一日過ごすことを命じられ、ブンタは全治一週間と診断されていた。

 

「シンディアの言うとおりじゃ。ダッシー博士がアクセリナを攫ったのは彼女の為を思ってでもあるんじゃ、悪いようにはされておらんじゃろう。もちろん泣き寝入りするつもりはないがのう。アクセリナは必ず取り戻さねばならん」

 

 ヤシノキの言葉で一応の冷静さをブンタは取り戻した。

 

「そうか……。すまん、吾輩としたことが取り乱してしまった」

「いいんじゃよ。きっと親としてはそれで正常なんじゃ」

 

 支えられながら頭を下げたブンタは、次にアーネストに目を向ける。

 

「君がアーネスト君か。吾輩がアクセリナの父、ブンタだ。見苦しい姿を見せてしまってすまないな」

「ああ、アーネストだ。俺の方こそ申し訳ない。昨日、俺がもっと上手く立ち回っていれば、アクセリナは……」

 

 アーネストの謝罪に、ブンタは顔を横に降って答える。

 

「いいや、アーネスト君は最善の判断をした。さっきグランたちとすれ違ったが、あの娘たちがあんな風に笑えるのは、君のおかげだと聞いている。君とは後で紅茶でも飲みながらゆっくりと話しをしたいものだ。アクセリナと風呂に入ったことについてもじっくりと聞かせてほしいものだ」

「…………」

 

 それでは失礼する、そう言ってブンタとシンディアは司令室を出ていった。

 女友達の父親というのはどうしてこうも距離感が取りづらいのかとアーネストは思った。

 

 

 一拍置いてヤシノキが会話を再開させる。

 

「さて、どこまで話したかのう?」

『ええと、アラーチャンが[PSW]関係者で、まだ生きているって所かな』

 

 カンパチロウが助け舟を出してくれた。

 

「そうじゃったそうじゃた。それでアラーチャンが[PSW]創設者じゃって話はしたかのう?」

「はぁ!? ってことは[PSW]は世間から見たらテロ組織ってことか!?」

 

 アラーチャンが[PSW]のただの幹部であったなら、三年前の弾道ミサイル一二発を放ち[aracyan37粒子]を世界中に散布して核を使えなくし、今の土塊の戦争を起こしたのもかろうじで独断専行だったという言い訳もできなくもない。しかし、その当の本人がトップであり創設者となれば話はガラリと変わってくる。

 

「はっはっはっ。そうなるのう。そしてワシもアネさんもテロリストということじゃ。というかゲーム内でもクラン創設者名はaracyanになっていたはずじゃぞ?」

 

 小学生くらいの姿でそんなことを言われても現実感は皆無である。

 

「な……!」

 

 しかしその開き直りっぷりに、アーネストは二の句が継げない。

 というかアーネストは創設者名まで見ていなかったのだ。てっきりいつも取り仕切っていたダッシーがクランマスターだと思っていたのである。

 

「そしてそのテロ組織も、今はトップが行方不明で真っ二つに分かれてしもうたしのう」

「そ、そうだ行方不明ってどういうことだ? 公では射殺された事になっているが」

 

 アラーチャンは三六ヶ国語で挑発的な犯行声明を動画投稿サイトにアップした後、その一五時間後に某国の特殊部隊に射殺された事になっていたはずだ。それが偽りであったという事なら、確かに[PSW]の技術力なら情報操作は可能だろう。しかしどこの国も疑うこと無くテロ首謀者の死亡を確信してこれまで戦争をしてきた。そこまで確定的な情報操作など可能なのか? 

 

「確かに、アラーチャン博士は射殺されたのう」

「ならどうして……?」

「博士、別にこの程度こと焦らすほどのことでもないだろう。アラーチャンのクロッシングスキルは不死だった。だから完璧な死を偽装することも可能だったってだけだろうが」

 

 ヤシノキが焦らして話を進まないことに、焦れたロッドリクが話を無理やり勧めてしまった。

 

「はぁ、言ってしもうたか……」

『父ちゃん、そこはアーネストのあんちゃんに答えに辿り着いてもらうところだろう』

 

 ヤシノキと息子に冷ややかな視線を送られても、ロッドリクは怯まない。

 

「ふんっ。何処かに逃げた腰抜けの話など早く終わらせるに越したことはない」

 

 さすがは戦場の男。腕を組んで堂々たる発言である。実際ロッドリクは、サラーナたちの戦闘訓練に参加したくてウズウズしていて、早く話を切り上げたかったりする。

 ちなみにアーネストの脳内OSにクロッシングスキル使用時のログが流れないので、訓練自体はまだ本格的には始まっていないようだ。

 

「まあ、とりあえずアネさんにはこの映像を見てもらうかのう……」

 

 そう言ってプレジデントチェアを回転させたヤシノキは、コンソールを操作して正面の大画面モニターに映像を再生させた。

 

「……これは……?」

 

 巨大なモニターに映ったのは、黒のストッキングに包まれた女性の太腿と、その奥に見える白いパンティであった。低デニールのストッキング越しに透ける白い太腿と白いパンティ、そして黒のタイトスカートの組み合わせはこのアングルの盗撮において至高と言っても過言ではない。

 

「まあ見ておれ」

 

 明らかに何処かのオフィスのデスクを盗撮した映像であるが、カンパチロウもロッドリクも真面目に映像に見入ってツッコミなどを入れる気配はない。

 

『アキノねえちゃんの太腿映像、久々に見たけどやっぱり良いなぁ』

「ああ、この太腿の肉感は母ちゃんの次に素晴らしいな」

 

 むしろ好評である。そして二人が言うとおり、画面に映されたムチムチの太腿は素晴らしく、さらに時おり足を組んだり組み替えるなど見る者を飽きさせない。

 ちなみに映像が始まったあたりから司令室中のユータラスモデルのオペレーターたちが自分のデスクの下を確認し、発見したカメラをヤシノキ目掛けて投擲し、全て頭部にヒットしていたがヤシノキは決して画面から目を離さなかった。

 これもまた、漢の生き様である。


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