PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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女の子が降ってくるとか、ステキじゃん?

 それは塹壕の中で息を切らす彼にとっては、何度目かわからない絶命のピンチというやつだった。

 小隊の仲間たちだった二人は、彼の目の前で迫撃砲の直撃を受けバラバラに吹き飛び、もう一人いた旧時代の銃を愛用しているスナイパーは通信に応答がない。新素材があふれる戦場で、金属で出来た重くて脆い武器を持っいた、本当に変わり者だ。いくら無口でもこの状況で応答がないという事は、きっともう……。

 だから孤立無援の彼はただ塹壕の中を、生き延びる可能性のある方へただただ走るしか無かった。ガチャガチャという機械の足音から少しでも遠ざかる方へ。

 

「はぁっ、はぁっ、……なんで、こんな……」

 

 実に三年もの間、戦場から戦場をタライ回しにされ、気が付けば自分は何のために戦ってるのかも分からなくなっていた。自分の国が[日本]でなくなったのは、二年以上前。当時は戦う理由を失ったと意気消沈したが、しかし戦う理由はすぐに見つかった。国を取り戻すため、そして日々の糧を得て生きるために。

 ドローンが最前線を張る昨今の戦場は完全自立型のドローンと、遠隔操作型のロボット兵器が主役であり生身の兵隊はロボットの操縦者を守るか、中継アンテナを守るかが主な任務である。今回の彼の任務も、小隊のロボット操縦者を守ることであり、最前線はそのロボット兵器が奮戦していた。そして戦術家達の戦力比を大きく上回る戦いを演じた結果、彼らの小隊は撤退が遅れた。引き際を誤った。

 彼の小隊のロボット操縦者はとても優秀だった。彼の操るロボット兵器は[ストライクスフィア]と呼ばれる平らな円形の静電気浮遊型駆動機構の上に火器を満載した直径三メートルほどの球体を載せたタイプの物で、敵の犬のような外見の自立型兵器[ハウンド]達を次々に撃破し、このまま生きて帰れば昇進間違いなしと言える程であった。

 

 世界中が泥沼の世界大戦状態になって三年も経つのに戦場での死者数は五千人にも満たない今現在、「次は我が身」と思うよりも「死んだ奴は運が悪かった」と思う程度には戦場の死生観は変わっていた。

戦場の最前線は新素材の装甲を纏った機械兵器達が闊歩し、生身の人間同士が鉛玉の銃を撃ち合うことなど完全に時代遅れであった。

 

「なんで、俺が……っ」

 

 だから今回もなんだかんだで生き残れるはずだった。当然のように彼は、そう思っていた。

 しかし今回は違った。今回の彼は運が悪かった。そう気が付いた時には、すでに八方塞がりで絶体絶命。

 

 敵のドローンのAIは、本来、人を殺すようにプログラムは組まれてはいない。

 しかし機械しか攻撃しないはずのAIには例外のフローチャートが存在する。先ほど偵察型の[スポッターハウンド]を仲間が銃撃で破壊したがゆえに、付近の敵勢であれば人間でもこの戦場では脅威目標として認定されたのだ。

 もう両手を上げて武器を捨てても捕虜にしてもらえない。問答無用で殺される。

 自分の小隊のロボット兵器が余りにも痛快に敵機を破壊しているのを見たばかりで、気分が高揚していた仲間の一人が撃ってしまったのだ。彼はいい笑顔で死んでいった。

 

「くそ……、くそ……っ」

 

 敵の主力は、四足歩行型[アサルトハウンド]。ドーベルマンのような体躯で最高速度、時速八十キロメートルで戦場を駆け、ネオニューロニウムの装甲は通常弾では傷すら付けられない。

 ネオニューロニウムを貫けるのは同じネオニューロニウムで出来たNNR弾や高威力のレーザーだけである。[アサルトハウンド]の武装パターンは数種類あるが、本来対機甲兵器用の武装は、そのどれであっても人間など数十パターンの方法で殺せる。これに見つかったら、人間など運が良くても三十秒も持たずに殺される。完成形のキラーマシン。

 先ほど仲間が撃破した偵察型[スポッターハウンド]は、センサーを露出させる必要性があるため装甲が少ないが、索敵能力が桁外れに高い。光学索敵、動体センサー、音響センサーはもちろん、熱感知センサーや電波感知センサーまで標準装備である。百メートル以内なら、たとえ塹壕の中でも見つかってしまうだろう。

 [スポッターハウンド]にの索敵に引っかかればすぐさま[アーティラリィハウンド]の迫撃砲が飛んできて、先ほど仲間二人がバラバラになったのと同じように彼もバラバラになるか、[アサルトハウンド]に包囲されて殺される。

 

 一方でこちらの装備は、頭部と関節の最低限のサポーターと防弾ベスト、通信や自小隊のロボットからの映像を見たり、ルートナビゲーションが出来るバイザー型情報端末、それからネオニューロニウムの装甲をなんとか貫通出来るNNR弾アサルトライフルが一丁あるが、これで[アサルトハウンド]を行動不能にするまでには彼の体は八つ裂きにされているか、大口径レールガンで胴体に大穴が開いているだろう。そしてほとんど自殺用といっていい拳銃一丁。そこそこに潤沢な装備ではあるが、現状ではほとんど役に立たない。

 

「死にたくない。死にたくない!」

 

 死にたくなければ僅かな可能性でも、賭けるしか無い。

 しかし、走り続けた彼が塹壕の角を曲がると、そこには[アサルトハウンド]がいた。

 ――最悪だ!

 

 頭部のカメラアイが彼を捉え、目が合った。

 ここまでかと心では諦めながらも、戦士の体は手に持ったアサルトライフルを敵に照準しようと持ち上げていく。そんな彼の耳に、声が飛び込んできた。

 

「カーナールーッ、ナッッッッァクォォォォ!!!」

 

――上からっ!?

 

 ドォォォォン

 

 迫撃砲の着弾などとは比べ物にならないほどの轟音が鳴り響き、何かが[アサルトハウンド]に上から衝突した。塹壕の中には土煙が広がる。

 もうもうと立ち込める土煙の中から、一人の少女が現れた。

 

「!? 女の子が……降ってきた……?」

 

 長いウェーブの掛かった銀髪をなびかせ、褐色の肌をしたどこか上品さと育ちの良さを感じるお嬢様のような雰囲気をでありながら、その服装はピッタリとボディラインが見える水着とドレスを融合させたような漫画やアニメのパイロットスーツのような姿。背中には透き通ったオレンジ色のマントのようなものをはためかせているが、武器と干渉しないためか長いスリットが入っているため、マントとしての意味を成していない。

 そして彼女の体のあちこちに装着されたメタリックな装甲とスラスター、背中に背負った大きな大砲のような武器、今さっき[アサルトハウンド]をバラバラに砕いたメリケンサックのような物を拳でバチバチいわせる姿は現実離れしていて、いうなれば拳で戦う現代のワルキューレという風だった。

 

 FH近接武装カナル雷撃機。拳に装着する近接武器で、殴った対象に高密度パルス光を近距離で打ち込む事ができる。

 

「ふぅ。危ないところだったのです。お怪我はありませんか? アーネストさん」

「アー……ネスト……?」

「声紋照合…………。FHショウコ適合者パーソナルID、arnest本人と九八%合致を確認。ええ、アーネストさんで間違いありません」

 

 聞き覚えがあるような名前だったが、純日本人である彼の本名は彼女が呼んだような名前ではない。

 

「ひ、人違いでは……? それに君は、いったい……」

 

 何者? と問おうとしたが、それ以前に人間かどうかも怪しいことに気づき、言葉が切れてしまう。

 

「ワタクシは、フィギュアハーツ、ユータラスモデル ZS-02 レティアなのです。見ての通り戦闘用ラブドールなのです。現実世界ではお初にお目にかかるのです。よろしくお願いしますなのです」

 

 見ての通り戦闘用ラブドールと言われても、アーネストは「何だそりゃ?」という顔をするしかない。見た目は普通の少女とほとんど変わらないのはラブドールだからか。

 

「フィギュアハーツ……レティア……、え? あ……、まさかアーネストって……」

 

 思い出した。確かにアーネストとは彼の名だった。しかしそれはあの世界、フィギュアハーツというオンラインゲームの中でのものだった。


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