「「キャー! アーネストさんだー!!」」
司令室の自動ドアが開くと、褐色の美少女二人が飛びついてきた。
「うふぉっ!? と、っとあぶねえ」
飛びつかれたアーネストは、なんとか踏ん張ってヤシノキラボの白い制服姿の二人を受け止める。
二人はそのそっくりな顔で見上げ、ニッと太陽のように笑ってみせた。
「わっち、アーネストさんの匂い? 気配? みたいなのがしたから分かったの!」
「そうなのそうなの! ワッチ運命感じちゃったの! エライ? ねえエライ?」
褐色美少女クロッシングペア、グランとマリィであった。
見た目がそっくりな二人であるが、ツインテールの髪型に白いミニスカートとニーソックスがグラン、ストレートロングの髪型でミニスカートに黒のトッキングがマリィであり、とりあえずの見分けがつくようにしてある。
クロッシングペアとは言ったものの、今はクロッシングスキルはロックされて使えない上に、正確にはマリィとアーネストがクロッシングを結び、そこからさらにグランとマリィのクロッシングが繋がれている状態だとヤシノキの分析眼で診断されているので、今はクロッシングペアという言い方とは少し違う、新しい形に最適化されたのだった。
正直、非常にややこしい。クロッシングスキルをロックしたせいで肌の色を分けられなくなったのも、ややこしさに拍車をかけている。
寝不足気味のアーネストは二人の頭を撫でながら、そんなことを思って困り顔である。
「あはは……。二人共おはよう」
「「おはよー!」」
顔を上げて挨拶を返した少女たちは、睡眠時間はアーネストより少ない筈なのに元気いっぱいだ。
そんなにもアーネストに会えたことが嬉しかったらしい。当のアーネストはといえば、そこまで好かれる理由に思い当たることが殆ど無い。確かに昔、ゲーム内ではよく一緒に遊んだし、助けもしたし助けられもした。そんな当たり前のことでも、グランたちにとっては特別だったとはクロッシングで繋がった今も彼は思い至れずにいた。
一昨日の戦闘でクロッシング依存症の発作からグランを救ったアーネストは、すぐにラボに帰って彼女とマリィ諸共ヤシノキに診てもらったのだ。この時、グランとマリィはaxelinaOSをインストールし、クロッシングスキルもロックが掛けられ、捕虜として扱うことになった。
そしてヤシノキから一応は健康に問題ないと診断され、詳しい診断結果は明日ニフルの研究資料のマルチクロッシング理論と照らし合わせて見てからということで話は終わった。
その後、疲れていたアーネストは夕食を摂って風呂に入ってすぐに寝るつもりだったのだが……。
診断中から終始アーネストの脳内には思考通信によるガールズトークが繰り広げられ、食事中、入浴中も飽きずに続き、日付が変わって二時間以上経った所でようやく彼の眠気に気付いたサラーナからミュート設定を教えてもらって眠りについたのである。
そして時刻は現在午前八時。一時間ほど前に起きたので、睡眠時間は約五時間。本来なら昼頃まで惰眠を貪っていたかった。
アーネストはヤシノキに呼ばれ、一人で昨日も来た司令室に顔を出したのである。
ショウコとサラーナにも声をかけたが、ショウコは朝から用事があって忙しいと言われ、サラーナはミゾとラモンのペアと戦闘訓練をするらしい。
司令室に入ったとたん飛びついてきた美少女二人は今、アーネストの左右にベッタリくっついている。サラーナ程ではないにしてもそれなりに育っている胸とかムニムニ当たったり、柔らかい太腿が擦れて歩きづらい。まあ気持ちよくもあるけどな!
司令室では昨日と変わらず、女性型フィギュアハーツたちが忙しそうに情報を処理している。アクセリナが不在のため昨日よりも忙しいのだろう、空気が少しだけピリリと締まっている。
呼び出したヤシノキのもとには、昨日は見かけなかった先客が二人いた。
「ヤシノキさん、おはようー。……って、そちらの二人は……?」
アーネストが声をかけると、モニターを見ていた男と女、それから黒髪の少年姿のヤシノキが椅子ごとクルリと回って振り返る。
「おや、あんたがアーネストかい? どんな色男が出てくるかと思えば、普通にどこにでもいそうな男じゃないかい」
そう言って振り返った割烹着にエプロン姿の小太りな女性は、髪にはパーマがかけられニカッと歯を見せて笑う表情は、言葉の割に憎めない印象があり、かつて日本に居た[昭和の母ちゃん]といった風貌であった。
そしてもう一人の男にはアーネストも見覚えがあった。
「いやいや、母ちゃん。それは少し失礼だ。……確かに彼女たち二人が話していた人物像とは少し違うが……」
フィギュアハーツ、テスティカルモデル GW-01 ロッドリク。
坊主頭に堀の深い色男顔。FBDユニットのスーツを着た姿は、スポーツ選手のような筋肉が強調され、健康的な肉体美はラモンのそれとは違った威風を纏っている。今は昭和の母ちゃんとどこにでもいそうな男を交互に伺いながら苦笑いの表情も、戦闘時にはキリリと引き締まることをアーネストは知っている。
対戦型オンラインゲーム、フィギュアハーツにおいてアーネストも何度かお世話になった事のあるAIキャラクター。ほとんど躊躇うことのない男らしい判断力と、銃撃に怯むことのない打たれ強さは初心者の頃のアーネストには心強い戦友であった。しかし最終的に常用に至らなかったのは、可愛くないから、女の子じゃないから、シコリティ皆無、という諸々の事情である。優秀なステータスでも可愛くなければ使わない、男性ゲーマーあるある。
ちなみに「母ちゃん」と呼んではいるが、この二人は親子ではなく夫婦である。
「おお、おはようアネさん。この二人は熱海ラボから派遣されてきたヌードルさんとロッドリクじゃ」
「よろしくな、アーネストのあんちゃん。あたしゃヌードルってプレイヤーネームで遊んでたもんさ。久しぶりだねえ。覚えてるかい?」
「ああ、ああ覚えてる。懐かしいな、よく試合中にフラフラしては怒られたな……。お久しぶりだ」
「ハッハッハ! あんちゃんはまだ戦場でフラフラしてるみたいだねえ! ハッハッハ!」
快活に笑うヌードルは、アーネストも多少失礼なことを言われても許せてしまえそうだ。思わずつられて笑顔になってしまう。
しかしアーネストに侍る二人の少女はヌードルの言葉が気に障ったらしく、頬をぷくっと膨らませてぷりぷり怒ってくれた。
「違うもん! アーネストさんカッコイイもん!」
「そうだもん! 昨日も最後だけ颯爽と現れて良いとこ取りしてカッコ良かったもん!」
それは褒められてるのかな? アーネストの頭に疑問符が浮かぶ。
そんな威勢のいい二人を見てヌードルは、何が嬉しいのか呵呵と笑う。
「そうかいそうかい、ハッハッハ! それじゃあ、そのカッコイイ彼のためにも早く仕事を覚えないとねえ。掃除に洗濯、せっかくだから花嫁修業に料理もやるかい?」
その言葉に少女二人が色めき立つ。
「彼っ!? それってアーネストさんがわっちの彼氏ってこと!? キャーッ!!」
「花嫁修業!? やるやる! ワッチ、アーネストさんのお嫁さんになる!!」
グランが頬に手を当てテレテレと身体をくねらせ、マリィは元気よくハイハイッと手を挙げる。
ちなみにアーネストも昨夜のガールズトークを聞かされ気が付いたのだが、グランとマリィは一見彼を取り合っているうように聞こえるが、そうではなく彼女らの一人称は単数形でも複数形の意味で使っているらしい。要は彼女らの「わっち」や「ワッチ」とはグランとマリィ二人を指している。もちろん彼女らは単数形として使っているつもりであるが、二人の混ざりあった精神の中では何一つ矛盾はないのだ。
一心同体という言葉の歪さを、アーネストは初めて知った。
これはクロッシング実験による精神障害の一端であり、むしろ二人がアーネストを取り合って喧嘩でもしてくれた方が健全なのだ。
「そんじゃあ父ちゃんあとは任せたよ。さて小娘共ついてきな。あたしゃ厳しいからね。しっかり覚えるんだよ。上手く出来たら男共の秘蔵書の隠し場所を教えてやるさね」
「「はーい!」」
「……」
ほとんどこの身一つでヤシノキラボに来たばかりの今のアーネストにはさほど痛くない情報ではあるが、これからの性活に一抹の不安が増えてしまった。後でヤシノキあたりから夜のおかずの入手方法と共に、セキュリティ面も聞いておこうと心に決めた。
ヌードルが部屋から出ていき、グランとマリィもそれに続いてワイワイキャッキャハッハッハと賑やかに行ってしまった。
「……行っちまったけど良いのか? ヌードルさんはまだ来たばかりじゃないのか? それに昨日の診断結果はグランさんたちにも関係あるだろう」
ロッドリクがパイロットスーツのままなことから、まだ来たばかりだとアーネストも察しての疑問。
「良いんじゃよ。捕虜の監視も彼女の任務の内じゃ。それからあの二人にはさっき重要事項は伝えておいたからのう。理解したかは分からんがの、その分アネさんには色々と注意してもらわんとならんのじゃ。正直ワシはああいう直感だけで行動するタイプは苦手じゃしな」
そう言って苦笑するヤシノキからは、いかに説明に苦戦した事かが窺い知れた。ついでに言えば、どちらかといえばアーネストも思考の末の結論よりも直感で行動するタイプ。
「さて、改めてよろしくなアーネスト。ロッドリクだ」
ロッドリクが握手を求めて右手を差し出し、アーネストもそれに答えて手を握り改めて自己紹介をする。
「ああ、アーネストだ。よろしくロッドリク。昔、ゲームでは何度か世話になったな」
「ハハハッ、ひよっこ共を導くのもオレの役回りだったからな。当然のことをしてただけさ」
ロッドリクやサラーナ、それにベルジット、アキノ、レインラインといったフィギュアハーツはゲーム開始直後の初心者でも簡単に手に入る仕様だった。どれも馴染みやすい性格であったり、指示を忠実に実行してくれる癖の少ないキャラクターたちで、ゲームの導入にはピッタリの配役であった。
「それじゃあ博士、診断結果の前にアーネストもうちの子と繋げてやってくれ」
「そうじゃな。アネさん、このファイルをインストールしとくれ」
ヤシノキラボのサーバーからアーネストの脳内OSにkanpachirouというファイルが送られてきた。怪しいファイルではないのは分かっているが、つい一拍おいてからファイルを開く。
――電子精神体OS、kanpachirouのセットアップを開始――
――ユーザー設定をaxelinaOSとの同期を開始――
――ユーザー名arnestの確認を完了――
――kanpachirouのインストールを開始――
――インストール中……――
――インストールを完了――
――「ようこそkanpachirouへ!」――
――FH-U SA-04ショウコのクロッシング接続を確認――
――FH-U SA-01サラーナのクロッシング接続を確認――
――FH-U ZS-01マリィのクロッシング接続を確認――
――カンパチロウ標準ツールセットのセットアップを開始――
――カスタマイズ/フルインストール――
「フルインストールじゃ」
ヤシノキが見計らったタイミングで助言してくれた。どうやらクロッシングスキルで診てくれているようだ。気持ち悪い。
――「フルインストール」――
――カンパチロウ標準ツールセットのインストールを開始――
axelinaOSをインストールした時と同様の、可能性の広がる感覚を今一度味わう。そしてこのkanpachirouOSはより洗練された印象があった。
――カンパチロウナヴィジュアルウィザードのインストールを開始――
――すべてのセットアップを完了――
――最適化の為、再起動しますか? ――
――「はい」――
一瞬目の前がチカッとしたかと思うと、アーネストの脳内で新しいOSが機能し始めた。
『改めてようこそkanpachirouOSへ。オイラがカンパチロウだ、よろしくな』
アーネストの目の前に、高校野球にでも出てきそうな坊主頭の少年、カンパチロウが現れた。恐らくずっとそこに居たのだろうが、kanpachirouOSをインストールしたことで見えるようになったのだ。その顔立ちはどことなくロッドリクに似ており、服装はラフなTシャツとハーフパンツではあるが、なぜか野球少年のような印象を受けた。
突然のことに驚くが、なんとか挨拶を返す。
「よ、よろしくカンパチロウ。君がこのOSの……えっと、……クロッシングチャイルド? 君は浮いたりしてないんだな」
アーネストはクロッシングチャイルドという単語を忘れかけていたが、なんとか思い出した。
『ハハハッ、セリナはそういう所いい加減だったからな。オイラも飛ぼうと思えば飛べるけどな。この方が自然に見えるだろう』
カンパチロウはいい加減というが、今思うとアクセリナの場合はいい加減だったというよりも、自分は人間ではないという戒めのように、あえて浮世離れした振る舞いをしていたのかもしれないと、アーネストは思った。
そしてそういう意味では逆に、このカンパチロウは徹底して人間らしくあろうという感じがした。
「こいつがオレと母ちゃん、ヌードルの息子だ。以後よろしく頼む。これからしばらくは、こいつがヤシノキラボのOSのとしてシステム管理してくれる」
なるほど親子ならば、道理で似てるわけである。
『おう、任せときな。とはいえオイラはセリナみたいに[クリーニングスフィア]を自由に動かしたりは出来ないんだがな。それでも昨日みたいに防衛施設がほとんど機能しないって事は無いからそこは安心してくれ』
実は昨日の戦闘、ラボの迎撃システムは破壊こそされなかったがほとんど機能していなかったのだ。グランたちを北の草原で正面から迎え撃つ時のような単純な作業では機能したのだが、ラボ内に入られてからはエラーを頻発させて機能していなかった。
これはヤシノキとカンパチロウがサブシステムのログを調べてわかったことであり、今後のサブシステム向上に役立てる事になった。
「そうか、それは心強い……。でも良いのか? アクセリナが誘拐された昨日の今日でここに連れてきて……。ロザリスの具体的な侵入経路もまだ特定できてないんだろ?」
アーネストの心配ももっともである。今回の襲撃の敵の狙いは、先日のアーネストの命でも、あるいはヤシノキの命でもなく、一貫してクロッシングチャイルド本体の奪取であった。これはグランとマリィからも出てきた情報であり殆ど裏が取れていると見ていい。いやまあ、アーネストの股間に一貫性のない置き土産は置いていったのだが……それは置いといて。
そしてラボへの侵入はアーネストたちが乗ってきたヘリでほぼ間違いないものの、何枚もの隔壁と電子ロック、物理的な認証キーによって閉ざされた機密エリアへの侵入経路は一晩開けた今も分かっていないのだ。
さらにもう開けるつもりのない封印エリアからも、触手ユニットがロザリスに持ち出されており、それに至っては密室トリックとかそういう次元を遥かに超えている。
なにせ封印エリアとは、ヤシノキラボにおいて作ったは良いが処理に困る物や失敗作、あるいは失敗はしたがおいそれと外部に捨てられないオーバーテクノロジーの塊、バイオハザードの危険のある劇物などを、それはもう厳重に保管したある種のゴミ箱であった。通常そこには這入ることは出来るかもしれないが、出ることは出来ない。
ましてやそこから物品を持ち出すことなど、アクセリナを誘拐する以上に不可能なことなのだ。
しかし、ヤシノキは言う。
「侵入経路については大方の見当はついておるんじゃ。ただどう説明しても突拍子がないとしか言いようがなくてのう。ワシが実際にフィリさんを診てみないことには何とも言えんのじゃよ。そしてその推測が正しければ、どんな対抗手段も無意味じゃ。そういう意味では今どこのラボのクロッシングチャイルドも誘拐される可能性はある。カンパチロウ君以外はのう」
「彼以外は……? というと、彼の身体はここには来ていない? もっと安全な場所にあるとかか?」
別の場所に身体があるにしても、クロッシングチャイルドのシステム制御とはそんなにも遠距離にも及ぶものなのだろうかと疑問が浮かぶが、技術的な知識のないアーネストにはその辺はわからなかった。
『いいや、あんちゃん。いい線いってるがちょっと違う。オイラはもう、どこにもいない』
「どこにもいない?」
『あるいはこの地球上のどこにでも居る』
「?」
それはどういうことだろうかとアーネストは考えるが、答えは出ない。
ロッドリクも何かを堪えるように視線を落とし、それを見て察することは出来た。しかしそれはスルリと受け入れることが出来なかっただけで。
『そうさ、オイラの身体は一昨日死んだ。そして今のオイラは電子精神体として[aracyan37粒子]の中に溶け込んで存在しているのさ』
本人から告げられた衝撃の事実に、アーネストは言葉も出なかった。
ただ確かに、肉体のない死者を誘拐することは不可能であった。