FBDユニットを装備したサラーナの変形したマントに乗り、アーネストは本物の戦場の空気を感じていた。
フィギュアハーツ製造区画だというこの一帯は綺麗に区分けされた建物が多くすでに薄暗く、気化リペア溶液の光で照らされていなければ、日が完全に沈むまであと数分という今の時間はほとんど真っ暗だっただろう。
銃撃や爆発で熱せられた空気が、硝煙の匂いと共に風に乗って流れてくる。
断続的に続いていた砲撃の着弾もいつの間にか無くなり、今は遠くから聞こえる――タタタ、タタタ、タタタ―― ダァァァンッ――ダダダダダダ――と、リズミカルな銃声が戦術という譜面に乗せて破壊の旋律を奏でている。
そしてアーネストとサラーナも、その最前線に向けて移動中である。
主戦場となっている最も太い中央の道路は使わず、念のため東に2ブロック分開けて右から回り込むコースを、サラーナはスラスターを全開にして低空を飛ぶように猛進している。
サラーナのFBDユニットは、青と白のパイロットスーツの上から肩や胸部、足回りに邪魔にならない程度に装甲を付け、主兵装のアサルトライフルと近接戦用のクラブのみという動きやすさを重視した兵装選択だ。あるいはそれは、予知夢の通りの装備なのかもしれない。
FH軽量型突撃銃エンフォーサー。フィギュアハーツ用突撃銃の中でも特に軽い部類に入るアサルトライフルであり、口径こそ小さいく単発火力は低いが、高い連射速度によってRAシールドに対しては重量と火力のバランスを高い数値で実現したモデルである。アーネストが背中を独占しているので、左腰の兵装ラックにセットされている。
FH近接打撃棒クリエ。フィギュアハーツ用の標準的な棍棒タイプの近接打撃武器。殴った対象に向けて衝撃を増幅する機構が搭載され、叩いて壊す事に秀でた武装なだけではなく、距離を詰められても相手を弾き飛ばす事ができ防御面でも期待できる武器だ。こちらはなぜか兵装ラックには取り付けずに右手で持っている。
ちなみにアーネストはプロテクターとコンバットナイフ、それに拳銃一丁のみと、さらに軽装である。サラーナには「ワタシが護るから隊長は銃なんて持たなくていいわ」と言われたが、男として女の子に護られてばかりというのも格好がつかないと意地を張って持ってきたのだ。
『サラーナ、話はショウコから聞いたのじゃ。レティアもこれより東側の捜索に入るのじゃ。形勢は逆転しておる』
『サラーナさん、私とラモンも協力します。亡きニフルさんの見せてくれた未来、実現させましょう!』
ヤシノキたちと通信が繋がり、皆も協力を表明してくれる。
「えっと、……ニフル博士は死んでませんよ?」
「え?」
『え?』
アーネストの声とミゾの通信のリアクションが被った。
『くっふふぅ……。アタシが皆の協力を仰ぎやすいように、少し脚色しましたぁ。と言うかなんでアーネスト隊長までニフル博士が死んだって認識にぃ?』
「……ええと……?」
アーネストは完全に雰囲気に飲まれて、勘違いしていただけであった。
そして思い返してみると、今更ながらに疑問が湧いてきた。なんで死んだと思ってたんだっけ?
「そ、それより、サラーナは何でその未来を実現させようって思ってるんだ? もしかしたらその未来は、回避すべき最悪の未来かもしれないんじゃないのか?」
通信で他の作戦参加者の反応を気にしながら、サラーナに疑問をぶつけてみた。
「それは、なんと言いうか……。なんとなく……? としか言い様がないのよね。……でも目が覚めた時の胸の中のあったかい気持ちは、確かにこの未来は選ぶべき未来だって確信できるものだったわ!」
サラーナがフワッとしたことを確信を持って言った。
『それは起きた時に、ニフル博士におっぱい揉まれてたからじゃないんですかぁ?』
「違うわよッ! それとは別よ!」
「いやまあ、わかったよ。サラーナの気持ちはなんとなく伝わってきた」
これもクロッシングのおかげかな、と思いながらアーネストもサラーナの感じた「あったかい気持ち」を信じることにした。
『それで、ワシらはどう動けば良いのじゃ?』
本来なら率先して作戦立案すべきヤシノキ博士も、未来を知る者に指揮権を譲る。下手に動いて、あるいは上手く動きすぎて、未来を変えてしまっては元も子もないからだ。
「ヤシノキ博士はマリィの動きを止めて下さい。気絶させるのは良いですが、もちろん殺さないで下さいね」
『ふぉっふぉっふぉ、すでに[君の縄。]も「物退け秘め」も[繰れ内の豚]も破られたんじゃがのう。面白い! このキッコウメンにまかせるのじゃ!』
キッコウメンってなんだろう? とアーネストが思っているのを余所にサラーナが指示を飛ばしていく。
「ラモンとミゾさんは、グランさんをマリィから引き離して。十五秒、いいえ十秒で良いから隊長がマリィに接触する時間を稼いでちょうだい」
『了解です』『了解した』
ミゾとラモンがピッタリ合わせて返事をしてきた。
『それでアタシは……、っとごめんサラーナ、そっちに飛ばしちゃった』
「大丈夫! これは知ってたわ!」
言うが早くクリエを腰溜めに構えるサラーナ。
十字路に差し掛かる直前でスラスターで逆制動をかけてブレーキ&左側通路へ九〇度方向転換! 瞬間、目の前に3メートルを超える巨体をくの字に曲げて敵機が吹っ飛んできた。アーネストは反射的にグリップに強く掴まりサラーナに身体を固定する。
舌を噛まないよう食い縛るが思わず声が出てしまう。
「うぉっ!!?」
事前に知っていたが故の最適なタイミングで、サラーナが機械じかけの棍棒を飛んできたツーレッグの背中に叩きつけた。インパクトの瞬間に衝撃が増幅され、ツーレッグの背部装甲、コア、胸部フレーム、胸部装甲を破壊してその上半身をバラバラにした。
腹から上を失った下半身は勢いそのままに反対側の右側通路へと飛んでいき、騒音と部品を撒き散らしながら数回バウンドして止まり、機密保持のために砂になっていく。
「あれが、本物のツーレッグ……」
たとえ一瞬しか見えなかったとしても、人型ロボットに心惹かれるのが男の性である。
いやまあ、フィギュアハーツたちも人型ロボットではあるのだけれど、ラブドールもそれはそれで男の性を刺激するものではあるのだけれど、戦闘用の武骨なフォルムのツーレッグというのは、それはそれで特有のロマンがあるのだ。
「アーネストたいちょぉー。無事ですかぁ?」
ツーレッグの飛んできた左側通路から、ショウコが重力制御マントとスラスターを使って飛んできた。
パイロットスーツが殆ど見えなくなるほどに青い装甲を付け、甲冑を思わせるフルフェイスヘルメットが、シュカッと開いてショウコの顔が顕になる。実際のフルアーマーの甲冑であればかなりの重量になるが、ショウコのそれは超硬質特殊樹脂サリオレジンであり、言ってしまえば鋼鉄並みに硬く軽量なプラスチックだ。フルアーマーでも驚くほど速度で飛べるのである。
しかし、あの三メートルはゆうに超えるツーレッグをふっ飛ばしたとは思えない小さな体、その手に持つガトリング砲の尻部分はベッコリと凹み何でツーレッグを殴り飛ばしたのかは一目瞭然だった。
それを見てサラーナも呆れ顔。
「よく誘爆しなかったわね……」
「ちょうど空になったんですよぉ。リロードお願いしまぁす!」
ショウコが叫ぶと、近くの建物から隠れていたプチレティアがヒョッコリと現れ、凹んだ弾倉がバコッと外れそこに新しい弾倉をはめる。
『です!』
作業が終わるとそそくさと帰っていった。
「それで、アタシは何をすれば良いんですかぁ?」
「ひとまずついて来て。残り二機のツーレッグもマリィの援護に向かうはずよ」
そう言ってサラーナはまた元のルートに飛び立ち、ショウコもそれに続く。
「ショウコ様、会話しながら二機も落としてたんですね! すごいです!」
「ふっふっふぅ。アタシにかかればツーレッグの二個小隊程度、朝飯前ですぅ」
そう言って飛びながらエヘンと胸を張るショウコの胸は、今は装甲でかなり盛られている。これは巨乳とは言わない。
「次! 曲がるわよ! 隊長、準備して! そうだ隊長、マルチクロッシングを発動させる前にワタシのクロッシングスキルを使って。効果時間は数十秒だけど、それだけあればダメ押しの一手になるはずよ」
サラーナの鋭い声にアーネストは気を引き締め、出撃時に教わったクロッシングスキルの使い方を脳内で反芻する。
「……わかった。そういえばサラーナのクロッシングスキルって?」
「なるほどですぅ。サラーナとアーネスト隊長がクロッシングした意味、わかった気がしますぅ。まあどんなにスキルの相性が良かろうが、アーネスト隊長の本命はアタシですがねぇ」
「言ってなさいショウコ! 隊長、とにかく使ってみて! 行くわよ!」
サラーナが十字路の角を曲がる。
二ブロック先の十字路に、光の粒に照らされて小さく人影が見える。
橙色と黒のFBDユニット、モーニングスターを右手に持ち、鎖に繋がったトゲ付きの鉄球を左手でブンブン回している姿は、フィギュアハーツだとひと目で分かる。敵勢フィギュアハーツ、マリィである。
情報ではガトリング砲、オブリタレータも持っていたはずだが弾が切れたのか見当たらない。
『そりゃ! ヤシノキ流緊縛術! [となりの穫々牢]!』
建物の上から黒い仮面の漢が、マリィを捉えようと何本ものワイヤーロープを放つ!
しかしワイヤーはマリィの投げた鉄球で展開前に弾かれる。
マリィがまた一歩前進し、十字路の中央に足を踏み入れたその時。
『よし、かかったのじゃ! ヤシノキ流緊縛術! [拘束五センチメートル]! EMPロープ版じゃ!』
弾かれたワイヤーロープがハラリと解れ、五センチごとに結び目の玉を付けたワイヤーがマリィの頭上に広く展開され、桜の花びらが落ちる速度で降ってくる。
不意を付かれたマリィはとっさにRAシールドを展開してワイヤーを受け止め、重力操作でワイヤーを引き千切りにかかる。
しかし、
「逃がさない!」
残り一ブロックに迫ったサラーナが突撃銃エンフォーサーを連射!
――ターーーーーー――
一つに繋がって聞こえる発砲音を響かせて連射された弾丸が、RAシールドにダメージを与え重力操作の集中を乱す。
シールドがあっという間に明滅し、消えると、降ってきたワイヤーがバチバチっと微かに音を立ててEMPの電磁波を発生させる。
「がぁあっ!」
マリィが声を上げて倒れる寸前、結び目の付いたワイヤーが引き縛られて彼女は十字路の真ん中に亀甲縛りで吊るされた。
見事な緊縛術を目の当たりにしたアーネストは、仮面の漢のいた建物の屋上を見上げたが、そこにはもう鉄柱に繋がれたワイヤーの端しか見えなかった。
ありがとう、キッコウメン!
『まずい! グランに抜けられた!』
『アネキ! 急いで!』
ラモンとミゾの通信で、視線をグッタリしたマリィに戻したアーネストは、減速したサラーナの背から降りてマリィに駆け寄る。グッタリはしているが、苦悶する表情やピクリピクリと動く指先から意識がまだあることが見て取れる。
大通りの十字路の真中にたどり着くと、左右両方からガションガションと二足歩行ロボットの足音を響かせて中量型ツーレッグ二機が走ってきた。
このままではアーネストが大通りの中央で挟まれる形になる。
「右はワタシが!」「アタシは左だ!」
サラーナとショウコがクロッシングで繋がったおかげか、息ピッタリに素早く迎撃に応る。
「だりゃぁぁ! ぶっ壊れろぉぉぉ!」
――ダダダダダダダダダダダダ――
オブリタレータの連射をぶち撒けるショウコ。
ツーレッグの装甲が見る見るうちにボロボロに剥げ、フレームを露出させ、コアを穿つ。
「はぁァァァァァァァああああ!!」
――ターーーーーーーーーー――
右腕だけでエンフォーサーを連射しながらの重力制御でS字軌道を描いて敵機に肉薄するサラーナ。
「たあッ!!」
距離が詰まった所で、左手に持ったクリエを横薙ぎに一閃!
胴部に強烈な一撃を食らった中量機が筐体を横にくの字折って、工場の壁面に激突。コード類をバチバチショートさせながら機能停止。
サラーナの戦いをマリィの肩越しに見ていたアーネストも、えいやと目の前のマリィの唇に自分の唇を押し当てる。目を閉じた褐色美少女の顔がすぐ近くにあり、目が離せなくなる。そして舌を彼女の口腔内へ突き出すようにねじ込み、相手の舌を探ってヌルリと一周させる。
――FH-U ZS-01マリィの直結接続を確認――
パチリという感覚が舌に走っるのを感じると、意識が脳の奥へと吸い込まれていく。
そしてすぐに、何度も反芻した手順を脳内OSで実行する。
――arnestがFH-U SA-01サラーナのクロッシングスキルを使用――
アーネストの中でサラーナのクロッシングスキルが発動し、マリィの中へ入っていくのがわかった。
サラーナのクロッシングスキルは彼女の設計コンセプトに沿う形で発現したものだった。
サラーナの設計コンセプト、すなわちクロッシング適合し易いフィギュアハーツである。
彼女のスキルは触れた対象、人間であれば脳下垂体、フィギュアハーツであればそれと類似するプログラムを刺激し、フェニルエチルアミンというホルモンないしはその類似プログラムを分泌させること。
フェニルエチルアミンとは、別名ときめきホルモンと呼ばれる恋愛ホルモンの一種であり、脳内で性的興奮と快感に直接関係する神経伝達物質、そしてこれが分泌されると人は恋に落ちたと錯覚する。フィギュアハーツの場合はそれと同じような効果が出る。
要するにサラーナのクロッシングスキルとは、触れた人を強制的に恋に落とし適合値を引き上げるものである。
通常であればクロッシングが成立した時点でクロッシングスキル自体が不要になる役に立たないスキルであり、効果時間も数十秒だけと限定的であるが、アーネストのマルチクロッシング、特にNTR機能との相性は抜群であった。
――arnestがクロッシングスキルを使用――
サラーナのスキルによって、本来はゲーム以外ではほとんど初対面同然のマリィとの適合値も問題なくクリアした。
――FH-U縲?ZS-01繝槭Μ繧」縺ョ繧ッ繝ュ繝?す繝ウ繧ー逶エ邨舌r遒コ隱――
――FH-U縲?ZS-01繝槭Μ繧」縺ョ繝?ヰ繧、繧ケ繝峨Λ繧、繝舌?繧、繝ウ繧ケ繝医?繝ォ繧帝幕蟋――
――FH-U縲?ZS-01繝槭Μ繧」縺ョ繧ッ繝ュ繝?す繝ウ繧ー繝??繝ォ縺ョ繧、繝ウ繧ケ繝医?繝ォ繧帝幕蟋――
適合値は問題ないはずだが、別の場所で問題が発生してめっちゃ文字化けした。
――「違うOS同士でクロッシングするとこうなるのね……。大丈夫、axelinaOSはHusqvarnaOSを応用して作られてるはずだから、手順自体は同じはずよ」――
サラーナから有難いアドバイスが思考通信で送られてきた。
ホント、システムメッセージが文字化けするとかすごい焦る。
――繧ッ繝ュ繝?す繝ウ繧ー繝代せ繝ッ繝シ繝峨r險ュ螳――
ここでシステムメッセージが何かを待つように、アンダーバーを点滅させて止まった。
――「アーネスト隊長、パスワードですぅ」――
――「なるほど、ありがとうショウコ様。……さて何にするか……?」――
――「隊長急いで! グランさんがこっちに向かってきてるはず!」――
――「あーッ! くそもうッ!」――
アーネストはとにかく、今感じていることを素直に入力した。
――「マリィちゃんのお口気持ちいい」――
――繧ッ繝ュ繝?す繝ウ繧ー繝代せ繝ッ繝シ繝峨?險ュ螳壹r螳御コ――
こうしてアーネストの三度めのクロッシング契約が完了した。
サラーナとショウコからの軽蔑の感情がすごい流れ込んできて、目覚めるのがちょっと怖い……。
アーネストが目覚めると、流れ込んできていた軽蔑そのままの眼差しが彼に向けられていた。
これクロッシング要らないんじゃないかってくらい肌に突き刺さる。
「まあぁ、パスワードなんてそこまでしょっちゅう使うもんじゃないですしぃ。でもだからこそセンスが問われるっていうかぁ」
「ええ、別になんでもいいと言えばなんでもいいけどねー。何かもっとあったんじゃないかって、思っちゃうわよねー」
「二人共、自分達のパスワードを棚に上げてない……?」
「何が気に入らないって?」「何か文句でもありましたかぁ」
めっちゃ怖い。
恐怖に後ずさりながら、アーネストはパスワードのセンスを磨く事を決意した。
「いえ、何んでもありません……」
アーネストが理不尽に糾弾されていると、すぐ近くからドサリと人が倒れる音が聞こえてきた。
「え……あれは……グランさん?」
三人が注目したそれは、ツインテールが解け、クロッシングスキルによって白くしていた肌が褐色に戻った紫の迷彩服美少女、グランであった。その顔は今しがたアーネストがキスをしたマリィと、驚くほどそっくりだ。
狭い通路から這い出るように大通りに倒れてきた彼女は、うわ言をつぶやきながら満身創痍の体でマリィへと這ってくる。
「……マリィ……どこ……? わかんないよ。マリィが見えないよ……感じられないよ……、気持ち、悪い。……うっ、うぉぇぇぇぇぇ……」
グランが這い蹲りながら、胃の中の物を吐き出した。
「あれが、まさかクロッシング依存症か……アタシもはじめて見た」
さっきまで戦っていた者のあまりの姿に、ショウコも甘い口調を潜める。
「どういう、ことなんだ? クロッシングって切れるとああなるのか?」
「いいえ、この二人は特別だったのよ。元々、高い適合値と適合率を実現させるための実験体として生まれたクロッシングペア。その為だけに見た目から生活、教育、あらゆる面で同じであることを強制され、最終的には長時間のクロッシングで精神が混じり合うギリギリの場所で維持され続けた結果、クロッシングが無ければ精神の均衡が保てない程の依存状態に陥った失敗例……。髪型や肌の色を変えていたのは、少しでも精神を別々に離してしておくためね」
「じゃあ、あの娘は、グランさんは……」
アーネストの頭にグランたちとゲーム内で楽しく遊んだ記憶が蘇ってきた。
「おそらく、死ぬわ……。良くて廃人、あるいは植物状態でしょうね」
「そんな……」
「仕方ねえんだ、それが戦場だから……」
ショウコが目を背けながら、絞り出すように言った。
確かにそうかもしれない。戦場で敵として現れた以上、情けは無用、そういう事だろう。
しかし、アーネストは思った。こんなことのために自分は最前線まで来たのかと。
「……違う……」
「え?」
気付いた時には、アーネストはグランに駆け寄っていた。
「これは違う! これは暖かい未来なんかじゃない!」
そしてグランを腕に抱え起こしながら、サラーナに訴えるように叫んでいた。
「でも、だってマリィはもうクロッシングが繋がって……ワタシの予知夢はここまでで……」
サラーナは俯きながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「まだ終わりじゃない! 俺なら、俺の力なら!」
アーネストは、吐瀉物にまみれたグランの唇に、マリィと同じように唇を重ねた。
そして胃液の匂いに自分の胃が震え、吐きそうになるのを我慢しながら、グランの口腔内へ舌を突っ込む。すぐにグランの舌が見つかり、繋がる。またも意識が脳の奥へと引っ張られていく。
――Grandの直結接続を確認――
――「まさか!? 人間同士でも繋がるっていうの!?」――
サラーナの思考通信を頭の隅に追いやりながら、アーネストは必死に出来ることを続けた。
――arnestがFH-U SA-01サラーナのクロッシングスキルを使用――
グランの身体がビクンと震えるのを感じた。アーネストの舌に酸っぱい味が広がるが、繋がった唇も、舌も決して離さない。
――arnestがクロッシングスキルを使用――
グランの身体が落ち着き、鼻から漏れる息も規則正しくなっていく。
――Grand縺ョ繧ッ繝ュ繝?す繝ウ繧ー逶エ邨舌r遒コ隱――
――クロッシングエラー……――
――現状のマルチクロッシングネットワークを適合値からエラーの最適化を開始――
――Grand縺ィFH-U縲?ZS-01繝槭Μ繧」縺ョ繧ッ繝ュ繝?す繝ウ繧ー謗・邯壹r髢句ァ――
――譁ュ迚?ュ蝣ア縺九i謗・邯壹r蠕ゥ蜈――
――マルチクロッシングネットワークの最適化が完了――
――「…………」――
そして、アーネストの意識が再び現実へと戻っていく。
アーネストが再び目を開けると、そこにはアーネスト以上に目を見開いた褐色美少女の顔があった。
アーネストに抱きかかえられ、目を丸くするグランの消え入りそうな声を彼は聞く。
「あ、貴方がアーネストさん……?」
「え、あ、ああ、そうだよ。君はグランさん?」
それはまるで、始めてネットゲームのオフ会で会う二人のようなセリフ。
コクリとグランは小さく頷く。
自我がちゃんとあることにホッとし、その場の一同はアーネストの起こした奇跡に暖かい気持ちになった。
そしてグランは、その場をさらにホットにするセリフを心から絞り出した。
「あの、わっち、……ずっと前からアーネストさんの事が、好きでした!」
それはまるで、始めて想い人に告白する少女のセリフ。
サラーナのスキルの効果時間は過ぎているため、これは本人の本来の本当の告白。
「「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!?」」
『『『えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!?』』』
まずサラーナとショウコが驚き、少し遅れて通信で聞いていたヤシノキとミゾ、ラモンが驚きの声を上げた。
なお、人生で初めて女の子から告白されたアーネストは、ショックで動けなくなっていた。あまりにも衝撃的だったからである。
『こちらブンタ。シンディアと共に帰投した。これよりラボ西側、および南側の捜索に入る。繰り返す。こちらブンタ。これよりラボ西側、および南側の捜索に入る。……って、何があった?』
完全に日が沈んだ頃、ようやく帰投したブンタの通信に、今は応答できる者は誰もいなかった。
文字化けはこちらのサイトで原文を変換させてもらいました。
http://tools.m-bsys.com/development_tooles/char_corruption.php
変換設定を逆にすると解読も出来ますが、やる人はいるのかな? いないかな?