第十七保健室は地下にある。しかし地下であってもわざわざ窓ガラスとその向こう側の景色までモニターで再現し、どこかの学校のグラウンドのような風景が広がって、丁寧に清潔感のあるカーテンまで掛けて、まるで地上であるかのような雰囲気だ。再現されているのは昼間の風景だが、今の時刻は夜だ。
さらに保険教諭用の机や医薬品棚、ベッド、壁には性知識のポスターまで、まさに高等学校の保健室の様相である。これほどまで設備が整っていながら、ここは他にいくつもある保健室同様けが人を運び込む場所ではなく、ただのプレイルームだというのだから酔狂ここに極まれりだ。
そんな意味ではけが人として運び込まれ、今はサラーナと密着して唇と唇とを唾液の糸で繋がれたアーネストは、まさに二つの意味でこの部屋を本来の目的で使用していると言える。言えないかな?
「サラーナ? これはいったい……?」
サラーナの青と白のFBDユニットのスーツ、ショウコよりも白の面積が多く、胸元がショウコよりもだいぶ大きく膨らんだレオタードにミニスカートを付けたデザインを、舐めるように見ながら、アーネストは自分でも何を問うているのかわからない問いを投げかけた。
巨乳の女の子と対面騎乗位である。しっとりと柔らかな太ももの感触や重み、トロンと潤んだ瞳を目の前にして、男の子の思考がまとまらなくても当然なのだ。
口を動かしたらサラーナの唇と繋がっていた粘液の糸が切れ、全裸のアーネストの胸元にその雫が落ちた。
――「アーネスト隊長! どうなってんだ!? 無事なのか!?」――
慌てた様子のショウコの思考通信でアーネストは我に返り、大事な場所の無事を確認する。
アーネストのもう一つの下の接続ポイントはサラーナの下腹部の丘でムッチリガードされ、不正アクセスを物理的に防いでいる。
意識を向けるとピクリと動き、にわかに膨張する。大丈夫、まだヤれる。
――「ショウコ様! 無事です! 俺はまだ勃ち上がれます!」――
アーネストはまだガチガチに勃ちます! 寄生ファイルになんて負けてません! だから見捨てないでとばかりに思考通信を返すが、必死過ぎる思いがショウコに流れ込み精神的にドン引きされた。クロッシングが切れそうで危ない。
そこで陶然としていたサラーナは息が整ってくると我に返り、アーネストの問に答えずに次の行動に移った。アーネストの問は聞いていなかった模様。
「……はっ! 早く! 急がなくちゃ!」
サラーナが速やかにアーネストの上から降りて、隣のベッドに置かれていた物をアーネストに渡す。
「これ、着て! 早く! フィギュアハーツ用のスーツだけど着れるはずよ。それならリペア溶液で溶かされる心配もないわ」
黒い男物のレオタードであった。
フィギュアハーツの着けるFBDユニットスーツは、ユニバーサルコネクターと兵装を繋ぐケーブルとしての役割だけでなく、薄いながらも防弾防刃耐熱性が付与されており衣服ではなく防具として認識される。
ピッチリして恥ずかしいが、とりあえず無いよりマシと、アーネストはベッドから立ち上がって着用する。着用時にすね毛や陰毛、脇毛までもが綺麗に無くなっていることに気が付き、少し寂しい気持ちになった。
ノースリーブのレオタードの背中や胸部、腹部に兵装用ロックコネクターがあったり、尾てい骨の辺りがユニバーサルコネクタを露出させるために大きく開いていたりするが、着心地は悪くなく動きやすい。
「着たけど、次はどうするんだ? 色々説明してくれると助かるんだが」
マップやレティアから送られてきた敵の情報を見て、戦況を確認していたサラーナに声をかける。
「ガレージに向かうわ。簡単な事情は走りながらね」
そう言って保健室の扉をガラガラと開き、光のたゆたう廊下をサラーナが先に立って二人は走り出す。
「それで、サラーナは俺に何をしていたんだ?」
殴り倒してバックドアまで使って、とまでは口にしなかった。
「そうね……。さっき確認したら覚醒時にクロッシングも切れちゃったみたいだから……。ワタシのクロッシングパスワードは覚えてる?」
サラーナは「ワタシの」を強調して言った。脳内OSで流れてくるログやショウコの驚き様で感じてはいたが、やはりそういうことだったのかとアーネストは思った。
「えっと……、サラーナは俺の嫁……?」
――クロッシングパスワード承認――
――FH-U SA-01サラーナのクロッシング接続を確認――
――「どうやら成功したようね。これで次からは意識が飛んでも自動接続されるはずよ」――
バックドアからのクロッシング契約は、まだまだシステムサポートが行き届いていない。これは後でサポートセンターにクレームを入れる案件である。そのためにもサポートセンター受付係ことアクセリナを取り戻さなければならないな、とサラーナは思った。
――「な!? サラーナ!? なんでお前と思考通信が繋がってんだ!!?」――
――「これが隊長のクロッシングスキル。マルチクロッシング。複数のフィギュアハーツとクロッシング契約を結べるスキルよ」――
――「マルチクロッシング……。これが俺の力……?」――
自分の手のひらに視線を落としてみるが、いつもと変わらぬアーネストの手であった。
というか、自分の手を見ながら「これが、俺の力……」とか言ってみたかっただけである。特に意味はない。
――「ええ、その力を引き出すために今回はバックドアを使わせてもらったのよ」――
サラーナがエレベーターに乗り込みながら思考通信を続ける。少し遅れてアーネストが乗るのを確認すると素早くボタンを押して扉を閉めた。
エレベーターが上昇を開始する。
――「おまえ、それを狙ってアーネスト隊長と二人っきりに? しかもバックドアなんて非人道的なもの使いやがって!」――
それをショウコが言っちゃうのか、と二人は思ったがなんとか表層意識には出さなかった。
――「それをショウコ様が言っちゃうのかあ」――
――「……」――
表層意識に出さなかったのはサラーナだけだったみたい。
――「……、殴り倒しちゃったのは悪かったと思ってるわ。でも結果オーライね。ワタシと隊長が結ばれるのは分かっていたもの」――
――「分かってたって……、そうかニフル博士のクロッシングスキル……」――
――「そうよ。ワタシはこうなることを、すでに夢に見ていたわ。隊長とクロッシングを結ぶこと、そしてこれから十数分ほどを断片的に知っている。……それがワタシの最後の予知夢」――
サラーナの元パートナー、ニフル博士のクロッシングスキルは予知夢というクロッシングスキルの中でも屈指のオカルトじみた能力であった。本人いわく量子論の極地たるラプラスの魔を[aracyan37粒子]によって実現したれっきとした科学の賜物だというクロッシングスキルは、当然パートナーであるサラーナも使用できたのである。
――「予知夢……そんなクロッシングスキルまで存在するのか……。それじゃあサラーナは最初から俺のマルチクロッシングのことも知ってたのか」――
――「いいえ、最初からと言うのは少し違うわね。マルチクロッシングについてはヤシノキ博士が隊長を診た時にピンときたの。ニフル博士の研究資料の中にマルチクロッシング理論があったのを思い出したのよ」――
エレベーターの上昇が止まり扉が開く。サラーナとアーネストが素早く飛び出し、ガレージへとまた走り出す。
――「そういうことか、だからアタシはサラーナからも追っかけまわされたわけか。……まったく、未来を見るならちゃんと視てくださいよねぇ。アタシのお肌がEMPで荒れちゃったらどうしてくれるんですかぁ?」――
サラーナがアクセリナから、ショウコとアーネストがクロッシングを結んだことを聞かされた時、アーネストがマルチクロッシング能力者だと知らなかった彼女は自分の最後の予知夢が外れたと思ったのだ。
元パートナーであるニフル博士から貰った最後の絆を、未来への導を、サラーナはそんな形で失いたくはなかったのだ。
――「し、仕方ないでしょ! ワタシはニフル博士と違って断片的にしか予知夢が見えないんだもん! だからワタシより先にショウコがクロッシング契約したって聞いた時はホントに慌てたわ。予知夢が外れることなんて、運命が変わることなんて稀にあることだもの」――
ミゾとラモンがそうであるように、クロッシングした者同士のスキルが必ずしも双方がうまく使いこなせるとは限らないのである。
――「なるほど、それであの時[泥棒猫がぁ!!]って怒ってたのか」――
――「ワタシ、そんなこと言ってたっけ?」――
言っていない。正確には「あぁんの盛ったメス犬がぁっ!!」であり、完全にアーネストの記憶違いである。アーネストとしてはネコ耳をつけようがイヌ耳をつけようが[可愛いショウコ様]なので、どっちでも良かったみたい。
――「それで、アーネスト隊長たちはこれからどうするんですかぁ? っと、よっ、ほっほっと。前線の戦力は充分ですがぁ」――
――射線をステップで回避/路地へ飛び込む――軽く地を蹴りスラスター点火――建物を回り込んで敵ツーレッグ側面へ――オブリタレータを構える/アバウトに照準/ガトリングの嵐をお見舞する――一機撃破。残敵=中量型ツーレッグ×五/グラン&マリィ――
戦闘モードのショウコからデータの断片が流れ込んで来た。
言外にフィリステルとロザリスの捜索を促しているのも分かるが、しかし、
――「ええ分かってるわよ。それでもワタシたちは最前線、マリィの所に行くわ」――
サラーナは戦術的最適解よりも予知夢の断片情報を信じて、最前線へ向かう判断を下していた。
――「それで本当に、全部うまくいくんですかぁ?」――
ショウコからすれば一刻も早くロザリスを見つけて、アーネストに寄生したファイルをどうにかしたいのである。いつアーネストの生殖機能が失われるか分かったものではないのだ。
今この時もアーネストの股間はロザリスの手の内にあると言っても過言ではない。という焦りの感情がショウコからアーネストに流れる。女の子に股間を握られてると思うと、走っている彼を無駄に前傾姿勢にさせる。
レオタードはピッチリしていて目立ってしまうのである。ナニがとは言わないが。
――「それは……わからないわ。でもワタシはこれが明るい未来への最善の選択だって信じてる!」――
その強い思いは、クロッシングを通してショウコとアーネストにも伝わる。
目的地が近づき、廊下の終わりからガレージの光が見え始める。
迷っている暇はない。
――「わかった。俺はサラーナを信じるよ」――
「ありがとう、隊長」
そう言葉に出して言って、アーネストを振り返ったサラーナの表情は、ガレージからの逆光と緑の光の粒子で彼にはよく見えなかった。
しかし涙が一雫、頬を伝っていた様に見えたのは心の奥に仕舞っておくことにした。
ガレージに到着した二人は、プチレティアに装備のオーダーを出し、サラーナは三番デッキへと入って行き、アーネストはプチレティアから渡された人間用のプロテクターを、所々人間用ではない物の付いたレオタードの上から付けられるだけ装着する。
『なのです!』
ビシっと短い腕で精一杯の敬礼をして、テトテトと駆けていくプチレティアを見送るアーネスト。
――「今度、プチショウコ様をヤシノキさんに作ってもらおう」――
――「プチサラーナもきっと可愛いよ、隊長!」――
――「あのジジイのことだからきっとぉ、そんなことより子作りしろって言いそうですぅ」――
ショウコの思考通信にアーネストはドキリとし、サラーナからも恥じらいの感情が流れてくる。
アーネストはショウコとサラーナとの三人プレイの妄想を振り払い、慌てて話題を切り替える。
――「そそそそれで、お、俺はこれから何をすれば良いんだ?」――
もちろん、どんなプレイで子作りすればいいのかという話ではない。
目下の戦闘の話しである。
――「隊長にはこれから、マリィとディープキスをしてマルチクロッシングを発動してもらいます」――
「はあぁ!?」
アーネストは思わず驚きの声を出してしまった。
――「はあぁ!? そうは言ってもマリィは契約済みのフィギュアハーツですよぉ? その後はどうなるんですぅ」――
ショウコの思考通信のとおり、契約を解消されていたサラーナと、今現在も絶賛契約中のマリィとでは条件がまったく違うと言っていい。絶賛しているのは主にグラン。
――「その後は、分からないわ……。ワタシの予知夢はここで途切れちゃったの」――
――「何でまたそんな中途半端な所で……」――
――「えっと、……その、寝ぼけたニフル博士が、ワタシのおっぱいを鷲掴みにしたせいで目が覚めちゃったの……。すぐに寝直すって手もあったんだけど、寝ている男の人って可愛くって、ムラムラした勢いでついイタズラが止まらなくなっちゃって……」――
――「ああー、それ、わかりますぅ」――
――「…………」――
寝ているアーネストを襲っちゃったショウコが同意した。
襲われちゃったアーネストも色々物申したいが、喉元に詰まってうまく思考がまとまらなかった。
――「未来はわからないけど……。でも大丈夫なはずよ。マルチクロッシングの特徴は、複数のフィギュアハーツと契約できるってだけじゃないの、人間側から契約を持ちかけられるというのも、もう一つの特徴のなのよ」――
――「へぇー」――
――「へぇー」――
このパッとしない特徴に、アーネストとショウコの反応は薄かった。
――「そしてニフル博士の研究資料によれば、マルチクロッシングはフィギュアハーツを寝取る事が可能……、らしいわ」――
――「「なんですとぉ!!!?」」――
しかし衝撃のNTR機能に、二人の反応が激しく重なった。