PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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その縄! キッコウメン!

 ドドドドドドドドドドド――

 

 マリィのガトリング掃射をバックステップで避け、脚部と耳を半獣化したラモンがまた一つ後ろの建物の影へ身を隠した。

 工場エリアの四角い建物が規則正しく立ち並ぶ中央の大きな通りを、黒と橙色のFBDユニットを纏った褐色のフィギュアハーツ少女、マリィがゆうゆうと前進する。

 手には油断なくガトリングガン――オブリタレータを構え、背には大きなモーニングスターを背負っている。

 さらに他のフィギュアハーツと大きな違いが一つ。彼女は重力制御マントを装備していないのだ。にもかかわらず、マリィの体はその体重の倍以上はある装備ごと地面からわずかに浮き上がり、スイーと移動している。ヤシノキから貰った情報によると、これは彼女のパートナーのクロッシングスキル、重力操作によるものである。

 戦闘モードのラモンからのクロッシングに乗って、ミゾの脳にも断片的な情報が大量に流れ込んでくる。

 ――一ブロック後退/近づけるポイントを検索=三箇所が該当――その内の一つへ移動/同時に視線をそらすための支援要請=ミゾへの狙撃要請――

 マリィに射線が通った瞬間、伏射姿勢でスコープを覗いて待ち構えていたミゾは対物狙撃銃ルクスティアLV04の引き金を絞る。

 

 ダァァァンッ――

 

 どんな音楽よりも素晴らしい銃声とともに音速を超えた弾丸が、狙い違わず八五〇メートル先のマリィへと飛んで行く。しかし、その弾丸は彼女に届く前に何かに弾かれるように向きを変えて明後日の方向へと飛んでいってしまう。

 RAシールドで弾かれたのだ。大気中の[arachan37粒子]に干渉して一定範囲内に特殊な力場を展開するこのシールドは、物理、爆熱、光学兵器も通さない不可視の障壁である。

 

 この無敵の防壁、実は弱点が幾つか存在する。

 一つ目は、エネルギーの消費が激しいこと。特に熱やレーザー光を長時間防ぎ続けるとエネルギーが著しく消費される。同様に銃弾の連射を防ぎ続けることも困難であるとされている。

 二つ目は、展開時に生体や硬質物質がシールド境界面に介在すると、シールド展開が阻害されること。シールドの形状を変える場合も同じ現象が起こるため、シールドを広げることで物を押しやるということは出来ない。

 三つ目は、シールド同士が接触すると対消滅を起こすこと。

 ミゾとラモンはこの弱点を突くためあらゆる戦術を駆使したが、未だシールド突破には至っていない。そもそもRAシールドの特性上、ライフルでの突破は困難なのである。

 

 スコープ越しにマリィと目が会い、彼女がニヤリと笑ったのを見るやいなやミゾはすぐさま今いる建物の屋上から後ろの建物へと飛び移る。その横顔には笑みが浮かんでいる。

 

 ――面白いですね。困難であればあるほど、不可能と言われるほど覆したくなります。

 

 ラモンの移動を確認する。

 チラリと周辺を見渡すが、グランの姿は見当たらない。

 次の狙撃ポイントへ移動するミゾの姿は、ラモンのクロッシングスキルで獣化しており、頭には黒く長いウサギの耳、お尻には丸くてフワフワの黒い尻尾、そしてショートパンツから伸びる脚は黒い毛で覆われたウサギの脚のようになっている。そしてこの脚であれば三〇メートル以上も離れた別の建物の屋上へも軽々と飛んでいける。

 こうしてミゾとラモンは、また一ブロック後退した。

 

 

 戦闘開始から一五分。ヤシノキラボ北側の草原でグランとマリィおよび中量型ツーレッグ二五機と接敵したミゾとラモンそしてショウコであったが、すでにラボ内フィギュアハーツ製造区画まで押し入られてしまっている。

 ツーレッグは一小隊五機の編成で、ラボに侵入される前に二小隊を撃破したものの残り三小隊、計一五機に侵入され、そちらの迎撃はショウコが応っている。一対一五ではあるが、RAシールドとショウコの重装備であれば殲滅は時間の問題である。

 そして目下一番の問題が、グランとマリィのクロッシングペアである。正面からRAシールドを展開して歩いてくるマリィをグランがフォローするという単純な戦術であるが、RAシールドの弱点を知っているからこその絶妙なコンビネーションでラモンの接近を許さず、ミゾの狙撃も有効打には至っていない。

 さらに二人のクロッシングスキル、グランの重力操作とマリィの皮膚組織の硬化能力も合わさり、足止めすらも難しい状況となっている。彼女たちはジワジワとラボ中央区画へと進んでいる。

 

 

 ジリジリと後退するミゾたちにヤシノキから通信が入る。

 

『ミゾくん、それ以上後退すると少々まずいかもしれんのう』

 

 見ると、ラボの中央区画から緑色に光る粒子が広がってきている。

 

「なんですかあれ? 何かヤバイんですか?」

『体に害のあるものでは無いのじゃ。見えない物を見えやすくしたかったんじゃが、これの影響でアネさんが倒れてしまってのう』

 

 フィリステル捜索のための作戦なのだと、ミゾはすぐに理解した。

 

「えっ? 大丈夫なんですか!?」

『大丈夫じゃ。今サラーナが保健室に運んだのじゃ』

 

 さらに通信にショウコが入ってきてグループ通話となる。

 

『おいジジイ! さっきアーネスト隊長がいきなり喜んだと思ったら意識が途切れたの、そのせいか? めっちゃ痛かったんだけど何があった!?』

『不幸な事故じゃった……』

『何があったーッ!!?』

 

 不毛な言い争いになりそうなので、ミゾは次の狙撃ポイントで伏射姿勢を取りながら質問を挟み込む。

 

「それで、あれは何なんですか?」

『フィギュアハーツ用リペア溶液を気化させた物じゃ。さっきも言ったとおり人体に害はないものじゃ。リペア溶液内のナノマシンが発光しながら空気中に滞留しとるから、もしこの中にフィリステルかロザリスがおれば不自然な穴が出来るはずじゃ。あとは些細な副作用として衣服や無駄毛が溶けたりするが、本当に些細な問題じゃな。気にするにも値せんのじゃ』

『読めたぞ! このクソジジイがーッ!! サラーナのやつ、あとで覚えてろよ……!』

 

 ショウコが怒りに任せて派手にツーレッグを撃破したらしく、二つの爆発音が連続し、マップから敵勢ツーレッグのマーカーが二つ消えた。

 

「ラモン! ラモン! 早く戦線を上げますよ! なに下がってんですか突っ込んで下さい!」

『無茶言うな!』

 

 さっきまでの慎重な戦術はどこへやら、ミゾは一気呵成に攻めの姿勢に手のひらを返した。

 

『そう焦らんでも良いぞ。ワシも捜索しながら北側エリアに向かっておる、他のエリアはフィギュアハーツたちが捜索しとるし、さっき連絡があってブンタさんも帰還を急いでくれておる、二〇分前後で着くじゃろうて』

 

 確かに北側に捜索の目を向けながら援軍に来てくれれば、グランペアとフィリステルペアの合流という最悪のパターンを阻止する、あるいは事前に察知できる可能性は高い。クロッシングスキルが使える戦力が前線に加わるというのも魅力的である。戦局は好転すると言って良いだろう。

 しかし、ミゾの焦りは加速する。

 

「どうしようラモン! ヤシノキさんが来ちゃう……!」

『ワシ!? ワシがダメなの!? もうミゾさんは隅から隅まで見られたから諦めた思とったのに……』

 

 そういう問題ではないだろうに。

 援軍は欲しいが気化リペア溶液と一緒に来るのは勘弁して欲しい、ミゾである。

 

『なるほど、オレも善処しよう。スマンな博士。クロッシングしてると分かるんだ、あんた相当気持ち悪がられてる。昨日まではオレもこんな気持は分からなかったんだがな、不思議なものだ……』

 

 ミゾは視界の隅にあるマップとクロッシングによって、ラモンがマリィの側面に回り込むのを確認した。

 

「私も、変なこだわりは捨てます」

『待っとれミゾくん、こちらもプチレティアを捜索に動員してすぐに援軍に向かうのじゃ。ここらでワシも、汚名挽回! 名誉返上じゃ!』

『ジジイ……逆だ。汚名は挽回するもんじゃねえし、もうすでに返上する名誉もねえ』

 

 そんなショウコのツッコミを聞きつつ、ミゾは伏射姿勢から立ち上がり屋上の縁にウサギの足を掛け思い切り上へと飛ぶ。

 スキルによって強化された脚力によってミゾは一気に三〇メートルほど黄昏の空へと跳び上がった。

 八〇〇メートルは離れている大通りのマリィの視線がこちらに向き、もう一つの視線の気配も感じる。足元!

 ミゾが伏射姿勢をとっていた建物のすぐ近くの暗闇から、タンッと地を蹴る音をウサギの耳によって強化されたミゾの聴覚は聞き逃さない。

 

「見つけたッ!」「見つけましたッ!」

 

 声が重なる。

 視線が交差する。

 銃口を向け合う。

 暗闇から現れたのはマリィにそっくりな顔立ちとスタイルをした少女、グランであった。 紫を基調とした迷彩柄の野戦服を着てアサルトライフルを構える彼女は、髪型がツインテールであることと肌の色が白色であること意外は不気味なほどにフィギュアハーツであるマリィに似ている。

 髪型も肌の色も二人を見分けるためにワザと変えているのである。それはグランを模して作られたマリィにとっても、マリィのモデルとなったグランにとっても、二人が共にいるために必要な処置であり、絆であった。

 今はそのマリィそっくりな顔に不敵な笑みを浮かべ、グランが重力操作で真っ直ぐに上空にいるミゾの方へと向かってくる。

 

「獲った!」

 

 グランが構えた銃を発砲する。訓練どおりの三点バースト!

 しかしミゾは打ち返さず、クロッシングスキルを発動させた。

 

 ――Mizoがクロッシングスキルを使用――

 

 ミゾは大きな黒い鞠のような球体に包まれ、グランからは姿が見えなくなってしまう。

 グランが放った三発の銃弾は黒い球体の中心、ミゾの胸の位置に真っ直ぐ吸い込まれていき、そのまま球体の反対側から飛び出した。

 

「うえぇぇ!?」

「獲りました」

 

 驚くグランの声をよそに、黒い球体から冷静なミゾの声と―― ダァァァンッ――銃声と銃声よりも速い弾丸が飛んできた。

 

 ギャァン――

 

 とても鋼鉄の弾丸が人体に当った音とは思えない音が、夕焼けの空の中で銃声と混ざる。

 グランは戦闘時には常にクロッシングスキルで皮膚を硬化させており、それせいでミゾの対物ライフルの直撃は貫通せずに弾かれてしまったのだ。

 しかし、左肩に当った弾丸の衝撃は凄まじく、地面へと錐揉みしながら吹っ飛ばされて行く。

 好機を逃さずセミオート二発目! 

 

 ダァァァンッ――

 

 アスファルトの地面に激突する寸前、グランは体制を立て直し重力操作でスルリと建物の影に滑り込み、ミゾの二発目は回避され弾丸がアスファルトに大穴を開ける。

 グランが落下した後もミゾを擁した球体は空中にとどまり続けている。

 

 ――「ラモン、グランの左肩にヒット。逃げられましたが、フォローに入られる前にマリィを狙います」――

 ――「了解だ」――

 

 ラモンと短い思考通信。

 

「やはりこの時間だと、このスキルは目立ってるんですかね」

 

 ミゾは暗くなっていく黄昏の空を横目に、マリィに狙いをつける。

 外からは真っ黒な球体でも、内部からは外の様子がハッキリと見えているのだ。

 先程接敵前にショウコとクロッシングスキルの発動練習をした時に、外からどう見えているかは、ショウコの視界をカメラとして使って、ミゾも見せてもらったのだ。あんな真っ黒な人間大の球体を出現させてはどうしたってマリィの不意をついて狙撃など出来ない。

 そのためミゾはいつものように狙撃ポイントを設定し、ショット&ムーブでコソコソ撃っていた。

 しかし戦況が変わった以上、なりふり構ってもいられない。

 

「本当はこういう戦い方はあまり好きではないのですが……」

 

 このスキルであれば、ミゾは高所にとどまりながら撃ち続けることが出来る。

 

 ダァァァンッ――

 

 マリィのRAシールドに弾かれる。

 

 ダァァァンッ――

 

 RAシールドに弾かれる。

 

 ダァァァンッ――

 

 弾かれる。

 

 ダァァァンッ――

 

 弾かれても構わず撃ち続ける。

 マリィが八〇〇メートル先からオブリタレータで撃ち返してくる。

 集弾性の低い弾丸がまばらに飛んできてミゾの球体を掠める、あるいは球体表面からミゾのいない次元へと転移させられ、また反対側から飛び出してくる。

 まるでマジックショーで人が入った箱にサーベルを刺しても無事なマジックを、種も仕掛けもなくやっているようだとショウコは言っていた。

 そういうたぐいの転移結界とヤシノキから説明は受けていたが、ミゾはよく理解しないまま便利に使っている。とにかく中にいれば無敵らしい。

 不便な点があるとすれば真っ黒な外見と、RAシールドのように展開したまま移動することは出来ないという事である。さらに言えば二人で二つという能力の都合上、ミゾにとっては高所からの狙撃には最適のトーチカとなるが、ラモンにとってはどうにも使いづらいスキルである。

 

 ――「ラモン、あと三発で突撃……、ってあれは……?」――

 ――「なんだ?」――

 

 ミゾとラモンが最後の一手を打つ直前、マリィの周辺にユラユラと太いワイヤーが緩く張られていく。

 ヤシノキからも不穏な通信が入る。

 

『遅くなったのう、ミゾくん、ラモン。ワシが来たからにはもう安心じゃ!』

 

 いつの間にかミゾの球体の周辺は緑の光の粒に満ちていた。

 幸い気化リペア溶液は結界内には入ってきていない。

 

「そんな、思ったよりも早かった……?」

『散布速度を上げたからのう』

 

 敵にとっても味方にとっても嫌がらせとなる戦術的判断である。

 ミゾは結界の中でペタンと座り込んでしまう。もうこの戦闘中、絶対にスキルを解かないことを心に決めた。

 ミゾが強化された視力で戦況を見物していると、マリィが緩いうちにワイヤーを突破すべく突進していく。

 しかしマリィがワイヤーに触れた瞬間、緩かったワイヤーが一気に引き絞られマリィを夏に売られているスイカのようにRAシールドごと亀甲縛りで拘束してしまう。

 

『まさか! あの技は!!』

「ラモン、知っているのか?」

 

 戦意の失せたミゾはとりあえずラモンのセリフに乗っておく事にした。

 縛られたRAシールドはバチバチと火花をちらしながらワイヤーを弾こうとするが、弾こうとするほどにワイヤーが締まっていく。

 

『ああ、あれは、縄に触れた者の抵抗する力を利用して縛る緊縛術! ヤシノキ流緊縛術、奥義! [君の縄。]!!』

「な、なんだって!?」

 

 しょうもないネーミングセンスの奥義にミゾもビックリだ。

 

 そしてその男は昼と夜の境、まさに逢魔が時に現れた。

 シュタッと拘束されたマリィの後ろに着地してポーズを決める。

 真っ黒な下地に亀甲縛りの痕ような六角形の荒縄の模様ラバースーツが逆三角形の細マッチョボディを包み、頭部には白い六角形をあしらったフルフェイスヘルメットを付けた男。否、漢!

 八〇〇メートル先もでスキルで強化されて無くても聞こえそうな大声で、漢は叫ぶ!

 

「TENGA 呼ぶ! 痴が呼ぶ! 君が名を呼ぶ! 緊縛戦士! キッコウメン!! ここに参上じゃ!!」

 

 誰も呼んでないがヤシノキのバトルモード、キッコウメンこと変態が最前線に参上した。


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