勢い良く扉を開き、ミゾは自室としてあてがわれた部屋から唯一の荷物である大きな対物ライフルを持ち出して飛び出した。
廊下の先を走るラモンを追い、ミゾも後を追う。
場所はヤシノキラボの地下ゲストルームフロアである。
約五分ほど前から断続的に続く砲撃の爆発音は未だ続いており、今は戦闘中なのだと嫌でも思い知らされる。
ヤシノキラボは現在、グラン率いるツーレッグ部隊の襲撃を受けておりこの砲撃も東に一〇〇キロメートルほど離れた山岳地帯からの先制攻撃。敵主力は北西から進軍して来て約一五分後には防衛施設の射程圏内に入る。更にはフィリステルとロザリスに侵入されており、あまつさえラボのシステム中枢たるアクセリナまで拐われてしまった。
完全に後手、それどころか詰んでいるとすら言える。気付いた時には詰んでいる、まさにゲームでさんざん手を焼かされたフィリステルの戦略である。
敵砲撃部隊への対応にはレティアが出撃してくれるらしく、フィリステルとロザリスの捜索にはアーネストとサラーナ、ヤシノキが当たっている。
そしてミゾたちは敵主力と真正面からやりあうため最前線へ向かう。
――「ここが出撃ガレージだ」――
ガレージへ到着するとちょうどレティアがマスドライバーから発進して行くところだった。音速の壁を超える爆音を響かせ、そのまま直進すれば宇宙まで飛んでいける速度に乗り、矢のように空へと上っていく。
ガレージ内はサッカーのコートが二つは余裕で入りそうな広さがあり、今は沢山のプチレティアたちが忙しなく走り回り、各所で作業が続いている。
『なのです?』
その内の一体がミゾたちに駆け寄ってきて首を傾げて何かを聞いてきた。
「可愛い……」
ミゾの口から思わず声が漏れる。
「プチレティアだ。何か必要な装備があれば、その子たちに声をかけるといい。戦闘中の補給支援もしてくれるはずだ」
「え? あ、うん。それじゃあ、簡単なプロテクターがあればそれを」
「オレは近接武装タイプDと訓練兵装タイプBで、防具は要らないからデッキは使わずに直接兵装コンテナを降ろしてくれ」
『なのです!』
電子加工されたレティアの声で元気よく敬礼して、走り去っていった。
「防具、要らないのですか?」
「正確にはオレに合う防具ってのは無いんだ。オレたちexタイプのフィギュアハーツは、元々クロッシング無しでどれだけ強くなれるかを研究する実験筐体だったからな、本格的な戦闘に投入されるなんてのは想定外なんだ」
「え……? じゃあ今回は無理して前線に出るの?」
ミゾからラモンにクロッシングを介して心配する感情が流れていく。
それに対してラモンは苦笑しながら返す。
「ミゾは優しいな。でも問題ない」
――「今日からはオレにはミゾがいる。クロッシング契約のお陰でRAシールドも使える。何よりミゾの後方支援をオレがどれだけ心強く思っているか、これで伝わらないか?」――
ラモンは途中から思考通信に切り替えて、頬をポリポリ掻きながら自身の不安の無さと心強さをミゾに伝えた。
――「うん、分かる。クロッシングってやっぱりすごいね。ありがとう、私も頑張るよ」――
二人で温かい気持ちになっていると、装備の入ったコンテナが二つクレーンで降りてきた。先ほどと同じかどうかは区別がつかないがプチレティアがテッテと走ってきて、ミゾにプロテクターや防弾ベストを渡して行った。
『です!』
ラモンは手早くコンテナからヒーローの変身ベルトのような物を腰に付け、バッテリーカートリッジをソケットに差し込んでいく。同じコンテナからレティアが付けていた雷撃器のような物を左手に装着。さらに別のコンテナからドリルのような物とブーメランを取り出した。
重力制御マントは無いのかと思ったら、そもそもいつも付けている黒いマントがそれだったらしい。
RAシールド戦闘時拡張ベルト。ベルトの後ろ側がユニバーサルコネクターと繋がるようになっており、RAシールド用のエネルギーを供給出来る。これ無しで実戦でRAシールドを使おうものなら砲弾一発防ぐだけででエネルギーが無くなってしまう。通常は装甲などに内蔵されているシールド拡張機能であるが、専用装甲の無いラモンは訓練兵装からベルト型の物を付けることにした。
FH近接武装ケンプファー雷撃器。カナル雷撃器ほどの威力はないがバッテリーの持ちが良く、高速での連撃などでも使用可能。
FH攻城近接装備ギガドリルナックル。旧式銃器撲滅を行っていた頃、硬い壁などを掘削して侵入経路を確保するための装備。本来防衛戦闘で使う装備ではないがラモンには妙にこの武装がしっくり来るのでこれを選択した。
FH無線誘導式ブーメラン。フィギュアハーツの戦闘用ブーメラン。近接戦闘でナイフとしても使える抜群の切れ味を持ったブーメランを無線誘導により操作することで、トリッキーな戦術を可能とする武装。
ラモンが各種装備を再点検し、ミゾがプロテクターや防弾ベストを付け終わる。
そこにデッキで武装を終えたショウコが不機嫌そうにノッシノッシと近づいてきた。
「あらあら、前衛様が随分と遅い到着ですねぇ」
ショウコは青いFBDユニットスーツに同色の反重力マントと多めの装甲を甲冑のように着込み、見るからに重そうなカーキ色のガトリングガンを背負うように持っている。背中には左側にシングルタイプのミサイルポッドも付いていて、ラモンと正反対の重装備である。
FH分隊支援機関砲オブリタレータ。圧倒的火力を誇るガトリングガン。現実の性能を転写したゲーム内においてもバランスブレイカーと称されるほどであり、PSW内でガトリングガンと言えばこれである。
FH地対地誘導弾アンヘル。フィギュアハーツ用の誘導ミサイルポッド。四発の誘導ミサイルをロックオンした対象にそれぞれ飛ばすことが出来る。今回ショウコはシングルタイプの物を選択したが、ツインタイプの物であれば合計八発の同時発射が可能でもある。
ちなみにショウコが不機嫌なのは、せっかくクロッシング契約したのにアーネストと別々の配置にされたからである。クロッシング有効範囲自体は十分余裕があるのでラボ内で離れていてもクロッシングスキルの発動は可能ではある。しかしクロッシングスキルが現状不明なアーネストを最前線に出すわけにもいかず、RAシールドと高火力の銃火器が使えるショウコを前線支援に回さない手はなく、よって適材適所の配置によって別々になったのである。
「すまんな。こいつを取りに行ってたんだ」
ラモンがミゾの対物ライフルを指しながら素直に謝る。
ショウコはミゾに視線を送り、次にその背に背負ったライフルを見る。
「ふぅん……。ところでその銃なんて名前なんですぅ? 見たところ一般に出回っていた物ではなさそうですがぁ?」
確かにミゾの銃は一見旧時代の対物ライフルのような形だが、これまでそういう銃の撲滅に裏方であれ従事していたショウコにはそれが記録にあるどの銃とも違うのがひと目でわかった。
「えへへ、わかりますか? これはですね、あの現代最後の銃職人と呼ばれるルクス・ティアの作った対物ライフル、ルクスティアLV04なのです! 有効射程は三キロメートルにもおよび、一二発のセミオート射撃が可能でNNR弾の発射も可能なまさに破壊のための芸術品! ……ってすみません、ちょっと熱くなりました」
気付けばミゾは愛銃に頬ずりしながら、ちょっと引いちゃうくらい熱く語ってしまっていた。
しかしラモンたちフィギュアハーツの反応は意外なものであった。
「ハハハ……、ルク姉……こんな巡り合わせがあるとはな……」
「まったく、どこ行ったかと思えば銃職人ですかぁ。らしいと言えばらしいですぅ」
ラモンから伝わってくる感情は、懐かしさのようなものであり、ミゾには何が何だか分からない。
ふいにヤシノキから通信。にわかに場が動き出す。
『上空のレティアから敵の詳細情報が届いたのじゃ!』
「……今受け取った……、……これなら問題ない。オレはこのまま出撃する!」
「げっ、NNR還元光の発光塗料ですかぁ……。プチレティアちゃん通常弾の弾倉に交換お願いしますぅ」
「え? NNR弾が効かないんですか? じゃあ私も交換お願いします」
『なのです!』『ですです!』
二体のプチレティアが弾倉を取りに走っていく。
「ショウコ、交換が終わったらミゾを狙撃ポイントまで送ってやってくれ。オレは先に出るぞ!」
ミゾにラモンがクロッシングスキルを発動させる感覚が伝わってくる。
――FH-T NN-ex02 ラモンがクロッシングスキルを使用――
ラモンの姿が獣人化し、マントをはためかせて颯爽と北側のガレージ搬送口から出ていく。
「わかりましたぁ~……って、もう行っちゃったし……。さてじゃあミゾちゃん、狙撃ポイントのデータを送ってもらえますかぁ?」
「え? あ、ああはい。ええと……、マップを呼び出してポイントをマーク……、これを送信……、ってあれ? ラモンに送信しちゃってる……」
慌てて脳内OSを操作しようとするが、思考がまとまらずに四苦八苦するミゾ。
「ああ、うん、大丈夫、大丈夫だから……今ラモンから転送されてきたからぁ。了解ですぅ、とりあえずポイントAに送りますねぇ」
ミゾがモジモジしながら礼を言う。
「えっと、ありがとうございます。それから今、……ミゾちゃんって……?」
「ん? ああそのことですかぁ。くふふ……たぶん気付いてないのはうちの隊長だけですよぉ? フィギュアハーツは適合者リストで声紋データとかプロフィールを見れますし、ヤシノキ博士はそもそも知らないわけがないですしぃ」
「できれば、その……アネキには……」
「分かってますよぉ。アタシもライバルを増やしたくはないですしねぇ」
二人が話していると弾倉を取りに行ったプチレティアが戻ってきた。
手早く弾倉を交換し、ショウコはマントを水平に硬質化して展開し、ミゾが乗りやすいように少しかがんでやる。
「ささ、ミゾさん、乗ってくださいなぁ」
「はい。ではよろしくお願いします」
そして二人も出発する。
おずおずとミゾはミサイルポッドに気を付けながら硬質化したマントに跨がり、ショウコの装甲に掴まった。
「ではでは、でっぱーつ」
ショウコがスラスターを吹かし、ミゾたちもグランを迎撃するべくガレージを出た。
一方その頃アーネストとサラーナは……。
「それで、どうやって見えない敵を探すんだ……?」
「えっと……」
途方にくれていた。そう、敵が見えないのでは探しようがないのだ。
場所はヤシノキラボの地下機密エリア、アクセリナ本体の居た部屋の前の廊下である。
大きく分厚い扉がアーネストたちの後ろにあり、その中にはさっきまでアクセリナが眠っていた。
『それについてはワシに案があるのじゃ』
ヤシノキの通信と同時に、ラボ内の空気の流れが変わり、どこかから微かにシューと言う音が聞こえる。
しばらく見ていると、通風口からキラキラと緑色に光る粒が流れてきて廊下に均等に広がっていく。まるでラボ内に大量のホタルが迷い込んだかのような幻想的な光景になった。
そしてこれであれば、もし見えない何かがいた場合、不自然に緑の粒がなくなる位置が出来てくるのだ。
「おお、これで見えない敵が炙り出せるわけだ。さすがは天才!」
『ふぉっふぉっふぉ、そうじゃろそうじゃろ、わしは天才じゃからのう。今監視カメラの映像も洗っておるから、すぐに痕跡が見つかるはずじゃ』
アーネストが褒め称え、ヤシノキが照れるでもなく増長する。
「ところでヤシノキ博士、これって何なんですか? 人間の体に害とか無いわよね?」
サラーナがアーネストを気遣って一応聞いておく。
『無論大丈夫じゃよ。むしろフィギュアハーツにとっては健康になると言ってもいいのじゃ。なにせ気化したリペア溶液じゃからのう』
「え……? リペア溶液って……、はっ!?」
サラーナがすぐに気付いて羞恥で赤くなるが、もうすでに時遅しサラーナの着ているジャージが、キラキラした光の粒にまとわり付かれボロボロと崩れていく。
「キャァァァァァァァァッ!! 見ないでッ!!」
崩れ行くサラーナのジャージから少しずつ下着が見えてくるのをガン見していたアーネストの意識は、飛んできたサラーナの拳によりすっ飛ばされた。