PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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何で服とかムダ毛とか溶ける仕様にしたのかな?

 鳴り響くアラートと爆発音で、彼女は目が覚めた。

 リペアカプセルの中。進行度は九十九%と表示されている。

 通信が入る。

 

『レティア! 緊急事態じゃ!』

 

 レティアのクロッシングパートナーであるヤシノキからだ。

 

「はいなのです。先程の爆発音、まさか敵襲なのです?」

『そうじゃ、ラボは現在東の山岳地帯よりツーレッグによる長距離砲撃で攻撃されておる。さらにグランちゃんペアが北西から進軍中、そして恐らくフィリさんも近くに来ておる。……、それから、ロザリスにも侵入されとった……。すでにアクセリナを拉致されてラボ内を捜索しておる』

「そんな……。いつの間に……、いいえなのです。ロザリスはおそらくワタクシの責任なのです。きっとヘリに何らかの形で……」

『今はそんなことはいいのじゃ。すぐに迎撃に出てほしいのじゃが、リペアは完了しておるか?』

「九十九%なのです。戦闘には問題ないのです」

 

 元々今回の傷はフィリステルに腕や足を小口径の銃で撃たれただけで、大きくフィギュアハーツの筐体を破損させたわけではなかったため、無理をして言えば大した傷では無かったとも言える。

 

「ただ、残り一%というのが、リペアのために溶かした体毛の復元なのです……。これでは、ヤシノキ博士が楽しみにしていた剛毛プレイが出来ないのです……」

 

 リペアカプセル内は今回の修復に当たって頭部を除くほとんど全身が、ナノマシンの溶け込んだリペア溶液に浸された。その際、回復の邪魔になる体毛や衣服をいったん溶かしてしまうのだ。ちなみに、頭部を含めて完全に全身が浸かっても髪の毛や眉毛などは溶けない不思議な液体。

 この衣服や体毛を溶かす無駄な作業工程については、リペア溶液を開発したケンチクリン博士の趣味が関係しているとも言われているが、真相は謎である。

 そして博士の迷いを急かすように、迫撃砲の次弾が着弾し、どこかの施設が破壊される。

 通信の後ろで女性オペレーターたちの歓声が聞こえるのは、気のせいだろうか。

 

『くっ……、またもカメラが……。仕方ないのじゃ……。今回は諦めてそのまま出撃じゃ』

 

 やむなくレティアのパイパンでの出撃が決定した。

 

「わかったのです。リペアを中断なのです」

 

 プシっという空気が漏れる音とともにカプセルが開き、レティアの裸体が解放される。

 カプセルから出たレティアはFBDユニットのスーツを身につけ、兵装コンテナのあるガレージへと急ぐ。

 

 ――YSNKのクロッシング接続を確認――

 

 移動中にヤシノキとクロッシングが繋がり、思考通信へと切り替わった。

 

 ――「現状分かっている敵の配置じゃ」――

 

 ヤシノキからのデータが、ココナッツ形のイメージで送信されてきた。

 北西からの敵部隊が扇状に展開しながら進軍してきている。中央にグランとマリィのクロッシングペアが配置され、ツーレッグの数は二十五機。距離は現在約九〇キロメートルほど、時速三〇〇キロメートルで接近してきており、だいたい一五分でこちらの有効射程に入るとの予想が出ている。

 東の山岳地帯にはレーダーを避けて移動してきた砲撃部隊が展開されているとの予想。砲弾の進入角度から推定された敵までの距離は一〇〇キロメートルほど。砲撃型ツーレッグは最低二機、他、支援機体が予想されている。

 そしてラボ内にロザリス。ラボ付近にフィリステルがおり、正確な位置は不明。

 

 ――「受信したのです。これは……随分と派手にやられてるのです! でも意外と防衛施設や兵装関係の施設は無事なのです?」――

 ――「今のところはの。砲撃の目標がカメラやセンサーの多い箇所に集中しとるんじゃ」――

 

 レティアは先ほどから流れてくる悲しみの感情の理由を理解した。

 確かに普通の機密施設であればカメラやセンサーの多い箇所は重要区域ではあるが、いかんせんこの施設は変態の手によって変態のために作られたヤシノキラボである。

 常識的に考えないで欲しい。と、声を大にして敵に伝えたいところなのだろうが、そうも行かない。

 

 ――「了解なのです。ワタクシは砲撃機体の排除に向かうのです」――

 ――「すまんの、いつも一人で行かせてしもうて……。ワシはすぐにラボ内のロザリス捜索に参加せねばならんのじゃ」――

 ――「いいえなのです。今はワタクシの中にはヤシノキ博士の力が、ヤシノキ博士の中にはワタクシの力があるのです。今日は負けないのです!」――

 ――「そうじゃの、必ずアクセリナを取り戻してみせるのじゃ」――

 

 ガレージに着くとそこはいつもと様子が違った。

 地下にある大きな空間に大量の兵装コンテナが並び、天井にはコンテナ運搬用のクレーンが忙しなく動き、視線を下ろせば沢山の小さな人型が動いている。

 

『なのですー』『ですぅ』『なのです?』『ですです』

 

 小さな人型が電子加工されたレティアの声で鳴きながら、せわしなく出撃準備を整えてくれていた。

 その姿はデフォルメされて三等身に縮めたレティアであり、銀髪も大きな瞳もそっくりだ。その名もプチレティア。ヤシノキ博士がクロッシングの応用技術で群体としての指示を出し、詳細な判断は自己判断し行動するレティアの疑似コピーAI を搭載した、いわば量産型レティア。ちなみに、姿とAIのモデルがレティアなのは、最低限レティアを模していないとクロッシングが繋がらないからである。

 

「プチレティアなのです。アクセリナがいないとこうなるのですかー」

 

 レティアは呑気に感心した。

 アクセリナがラボ内システムから外れた今、アクセリナがやってくれていた作業や情報処理を何らかの形で代替しなければならない。プチレティアもその一つである。

 

『なのですーなのです?』

 

 近くのコンテナを短い腕で指し、プチレティアが何かを聞いてきている。

 どうやら、兵装を選択しろと言っているらしい。

 

「今、ヤシノキ博士に送るのです」

 

 レティアはヤシノキに、戦術プランと兵装リストを送信する。

 

 ――「了解じゃ。すぐに用意させるのじゃ」――

 

『なのです―!』

 

 先程のプチレティアがビシっと敬礼をしてから、装備の用意に取り掛かる。

 

 ――「一番デッキをマスドライバーに繋いでおくのじゃ」――

 

 ヤシノキの案内に従って一番デッキへの気密扉をくぐり、デッキ中央の円形のステージに立つ。すぐに背後で扉が閉まりロックが掛かる。

 デッキ内は一辺約六メートルの部屋になっており、レティアが中央に着くとすぐに部屋の左右と上部に兵装コンテナがセットされ中から先程オーダーした装備一式が姿を現す。

 レティアの身体に次々と装甲が取り付けられていく。装甲は耐熱性能の高いザンダール特殊セラミック製の物だ。

 さらに武器。

 FH近接武装カナル雷撃機、拳に装着する近接武器で、殴った対象に高密度パルス光を近距離で打ち込む事ができる。今回は主に射撃での戦闘ため、手首の後ろにセット。使用時に拳の前にせり出して来る形だ。

 FH連射式散弾銃オロスコ、フィギュアハーツ用のショットガンであり、ドラムマガジンを搭載しNNRペレット弾を連射の出来るタイプ。予備弾倉にスラッグ弾を用意し、腰部兵装ラックへセット。

 FH超長距離狙撃銃アルコイリス、全長四メートルもある地対宙の狙撃も可能なレールライフル。フルNNRジャケット弾を亜光速で打ち出せるだけでなく、チャージ済みのバッテリーを入れ替えることでノンチャージ連射を実現した化物超電磁狙撃銃。背部兵装ラックへセット。

 

 その後大型のメインブースターを左右の脇腹に、膝と肩に追加ブースターをセットし、兵装の邪魔にならないよう大きくスリットの入った重力制御マントを首の後ろ辺りへセット。

 武装が完了すると兵装コンテナがデッキから外され、デッキが部屋ごとにわかに移動する。

 

『こちらマスドライバー管制。射出システムオールグリーン。これよりシステム権限をレティアに移行。……ユーハブコントロール』

 

 レティアの中にマスドライバーのシステムが流れ込み、長い長いレールが自分の体の一部のような感覚になる。

 

「アイハブコントロール。システムチェック……完了。これより戦闘モードへ移行するのです」

 デッキの移動が終わり、足元にスターティングブロックが迫り上がる。足を合わせてしゃがむと床面が開いて現れたハンドグリップを掴む。前傾姿勢になる。

 体の固定が完了すると、レティアはスッと瞳を閉じる。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 瞳を開く――エメラルド色に輝く機械の瞳孔=戦闘モード。

 世界がさっきまでと違って見える。

 デッキ前方の壁が開き空へと続く長いレール――RAシールドをトンネル状に展開=敵の砲撃/砲撃の余波/飛んでくる破片などからレールが守られる。レティア自身にもアルコイリスの銃口を頂点にした卵型のRAシールドを展開=空気の摩擦や加速のGから自身と装備を守るため。

 射出カウントスタート/カウントを管制室と同期。

 五/兵装リンク確認。

 四/マップデータ再確認。

 三/敵戦力再確認。

 二/心の準備完了。

 一/「レティア! 行ってくるのです!」

 発進――加速開始/トンネル状のRAシールドを消しながら前進していく=RAシールド同士の干渉を避けて――加速。

 足の下にある自分の体の一部=マスドライバー/そこに大きなエネルギーがうごめき自分を打ち出そうとしてくれている=この上ない高揚感として自分の中に受け入れる。

 

 加速――加速――さらに加速――あっという間に音速を超え超音速の領域へ――さらに加速/さらに加速――第一宇宙速度へ――緩やかなスロープを九〇度登り上昇軌道へ――レールが終わりデッキごと空へ放り出される/マスドライバーとの接続を終了/グリップを手放すとデッキが砂になりキラキラと光りの尾を引く――一瞬でカモフラージュホログラフの外へ/僅かに軌道修正=東へ。

 

 上昇――上昇――さらに上昇――高度計の表示が狂ったように上がっていくがこれが正常――ラボから一〇〇キロメートル離れた東の山岳地帯=敵の直上に到達/高度二〇キロメートル=雲より高い成層圏の真っ只中/オゾン層を抜け人間だったら死んでる環境に突入――フィギュアハーツならば問題なし。

 RAシールドを卵型から球状に展開し減速開始/球状にしたRAシールド内で身体をクルリと反転させ背からアルコイリスを構える=真下へ向けての狙撃体勢/アルコイリス=スコープ無し=ヤシノキのスキルを帯びた目があればそんなもの必要なし。

 脚から上昇しながら地上を見る=クロッシングスキルによる分析眼――敵戦力を真上から堂々たる索敵/一瞬で分析。

 

 北西から高速でラボへ接近する敵=先頭にグラン&マリィ+中量級ツーレッグ×二五機――装備なども分析してラボへ送信。

 

 東の山岳地帯の砲撃部隊=重量級砲撃型ツーレッグ×三機+軽量級狙撃型ツーレッグ×四機+軽量級工作型ツーレッグ×二機+中量級護衛用ツーレッグ×六機――こちらも装備類を分析してラボへ送信。

 

 分析して気が付いたこと=ツーレッグ全機NNR装甲は無し――代わりに世代的には劣るが優秀な装甲素材のオンパレード=ザンダール特殊セラミック/超硬質特殊樹脂サリオレジン/GIW合金。

 どれも一癖も二癖もある特殊素材でありネオニューロニウムには劣る素材――しかし還元光は効かず今はこの上なく厄介――さらに装甲表面に還元光を発する発光塗料を塗ってある=NNR弾が当たる前に砂にされてしまう結果が撃つ前にわかる/落胆なし=どうせこんなことだと思ってた。

 さらに分析――希望を検出――希望=フルNNRジャケット弾なら芯だけでもサリオレジンくらいなら撃ち抜けるかも=軽量級だけなら狙撃が可能=厄介な長射程武器を持った敵をさらに長射程から撃破が可能。

 

 アルコイリスに初弾を装填――安全装置解除――トリガーに指をかけて狙撃型ツーレッグを狙う――狙撃時に本来必要な計算&分析をすべてクロッシングスキルによる【見る】という行為で済ませてしまう――発砲! ――ドゥゥダァァァォォオオン! ――凄まじい音が天空に響き渡る。発砲と同時にブースター全開で反動制御+上昇速度を減速。

 弾丸=レティアの分析どおりの軌道で敵狙撃機を真上からヘッドショット! ――直前でNNRジェケットを剥がされるがそんなの関係なしに弾丸の芯が亜光速で機体を頭頂から貫く――一撃で行動不能となり倒れる狙撃機=機密保持のために砂になる。

 レティア=高度二五キロメートル――空になったバッテリーが排莢のごとく飛び出して砂になる――奇跡とも言える狙撃を行ったにも関わらず表情一つ変えず/内心嬉しくて仕方ない――超気持ちいい! /次弾を照準――発砲! ―――ドゥゥダァァァォォオオン! ――狙い違わず命中!

 

 ブースターでさらに減速しながら同じ手順を繰り返す=マガジンが空になるまで/合計七発――最後の一発は敵勢の索敵用の簡易レーダーを破壊しておく――当然のごとく全弾命中。

 四発目あたりから上昇が止まり落下し始めていた――五発目からは降下が加速していたが構わず発泡した――落下の速度と軌道をRAシールド+ブースターで調整しながら降下――落下――ほとんど墜落と言っていいほどの垂直直滑降/アルコイリスを背部兵装ラックに戻す――

 

「ここからがワタクシの本領発揮なのです」

 

 ――右手=カナルを拳に装着。

 黄昏の空を高速降下しながらレティアのテンションは上昇しっぱなしである。

 レティアのクロッシングスキル=テンションの上昇とともに身体のパワーが上昇する。

 

「ヒィヤッホォォォォなのですー!!」

 


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