PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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サイドF&R:ひとりで拉致るもん!

 時は少々戻りアーネスト達がヤシノキラボについた頃。

 戦闘ヘリは夜通し飛び、時刻は夜明け前。

 

「よし、これで位置情報は伝わるはず」

 

 薄暗い物陰で、ロザリスは情報送信用の小型ロボット、通称バグを放って一息ついた。

 バグは黒く平たい楕円形の本体に移動用の足が六本と一対の翅が付いた、全長二センチほどのロボットであり、指定した座標、今回はヤシノキラボの推定防衛圏外まで移動した後にダッシーラボへ情報を送信する物である。見た目はほとんど俗に言うゴキブリのそれであり、ロザリスはあまり好きではないが、便利なのは確かなので仕方なく使っている。

 この場から電波を飛ばすと、ヤシノキラボに察知されるからである。

 ロザリスは現在、ヤシノキラボの飛行場、というよりマスドライバーの根本あたりの物陰に居る。

 近くには今さっきヘリが降り立ったヘリポートがあり、今はその戦闘ヘリ以外の航空機は見当たらない。

 ヤシノキラボは東西に伸びるマスドライバーを有するかなり規模の大きなラボである。研究内容は主にフィギュアハーツの製造と、フィギュアハーツ同士の生殖についてであり、あらゆるシチュエーションでの実験のための施設がある、という事まではロザリスも知っている。

 ちなみに、ダッシーラボにはマスドライバーは無く、長距離の移動には使い捨てのミサイルやブースターを使うのが常である。実のところ、アーネスト達がいた戦場にはダッシーラボの方が近かったので、フィリステルとロザリスも今回はブースターを使用しなかっほどである。もしも裏切って無ければ、あの地区の割当はフィリステルとロザリスだったであろう。

 

「さて、と、それでは行くとしますかね」

 

 ヤシノキラボの位置情報は伝えた。確かにこれだけでも充分に戦局を左右する情報ではあるが、フィリステルの目的、すなわちロザリスの目的はもっと深いところにある。

 ヤシノキ博士の暗殺。アーネストの拉致、あるいは殺害も確かに可能であり、魅力的なプランではあるが、さらに深いところ。

 最上位の目標はクロッシングチャイルド、アクセリナの奪取である。

 ロザリスは近くにある通風口からラボ内部へ侵入する。スレンダーな身体つきとスマートな装備のなせる技である。紫に光る重力制御マントと小さなスラスターをうまく使い、通風管内をスムーズに移動して行く。

 そしてしばらく移動すると、マスドライバー管制施設に近い位置にたどり着いた。

 

 ――この辺なら、おそらくは……。あったわ。このケーブルの規格なら……。

 

 ロザリスは薄い通風管の側面にナイフで穴を開け、ケーブルの束を引き寄せた。さらにその中から一本を選び、ナイフで刻みを入れる。そしてそこに先端が粘土状の伝導体になったケーブルを腰のあたりから引っ張り出して押し当てる。これはユニバーサルコネクターの延長ケーブルであり、これを介してあらゆる規格のコネクターへの接続が可能なのだ。もちろん、今回の場合のように刻みを入れたケーブルでも可能である。

 

 ――よし、接続は……出来る。……ふふふ、さすがはハスクくんと言ったところかしら、アクセリナのシステムも、元々はHusqvarnaOSの流用というのは本当だったのね。ほとんど同じだわ。これなら……よし、完了。

 

 ロザリスは、アクセリナのシステムに侵入し、セットアップツール一式をダウンロードしてのけたのだ。

 そして、ゆうゆうとaxelinaOSをインストールし、ダミーのIDで接続する。

 

 ――これでもう、アクセリナは私をヤシノキラボのフィギュアハーツと誤認するはず。念のため、ダミーの位置情報も徘徊させておきましょう。……そろそろエネルギーの補給もしたいのだけど……、流石に管制塔の近くはやめておきましょうか。

 レーダーに繋がる電源から電力を盗ってしまえば、最悪の場合、レーダーに問題が発生して侵入が悟られる恐れがあるのだ。

 スニーキング中は、戦わない、見られない、悟られない、は大前提である。

 ロザリスは通風管の中を移動しながら、施設周辺の情報を集める。

 

 ――なるほど、北側は草原、西と南は森になってるのね……、そして東には山岳地帯、機密エリアはほとんど地下、ね……。それから、こんな大規模な施設どうやって隠してるのかと思えば、カモフラージュホログラフを広域展開してる……、これなら人工衛星で見らからないのも納得だわ。

 

 厄介な施設ではあるが、スキはいくらでもありそうだ。特に今はロザリスが内部に侵入している。やりたい放題である。

 

 ――それから防衛施設の情報は……、流石に権限が高いわね。レーダーやセンサーの範囲だけなら、なんとかってとこかしら。周囲四〇〇キロメートルは対空レーダー索敵範囲……直上も二千メートルまで索敵が可能。……カモフラージュの外には電波すら漏らさない徹底ぶりね……。地上のセンサーも報告に入れて、トラップは……権限不足か……。

 

 追加の情報と、次の作戦の指示を受け取れそうなポイントを持たせたバグを放ち、さらに進む。

 

 ――さて、とりあえずは地下に向かいつつ、どこか安全に充電できそうな場所は……。

 

 しばらく進むと、いきなりドンッと壁を叩く音が真横からした。

 

 ――まさかバレた!?

 

 一瞬肝を冷やすも、壁越しに男女の話し声が聞こえてきた。

 

 ――言い争っている? 一応状況を見ましょう。……えっと、この隣の部屋は……第六保健室? ……って保健室多!? 第十一保健室まで……、いえ、まだあるわね……。

 

 ロザリスは保健室の数を数えるのを諦めた。

 

 ――ええと……とりあえず、近くにカメラくらいは……ってカメラ多!? なんで保健室にカメラが七台も……。

 

 順にカメラをザッピングしてみる。

 

 ――しかもカメラアングルがどれも監視カメラとか防犯カメラっぽくないわね……。なんというか、すごく盗撮くさい……。

 

 何はともあれ壁の向こうの様子を見ると、三台のベッドが置かれ学校の保健室のような部屋で、学校の制服を着た男女二人きりであった。

 女子生徒が壁を背にして男子生徒に言い寄られているようだ。いわゆる壁ドンという体勢であり、先ほどロザリスを驚かせたドンという音は文字通り壁ドンの音であったようだ。

 ヘッドセットの聴覚拡張センサーの感度を上げて会話も聞き取ってみる。

 

「おいおい、こんなデケえもん見せびらかして、誘ってんだろお前」

「そ、そんな! 見せびらかせるなんて私……してません……」

 

 なるほど確かに、言い寄られている女子生徒の胸はとても大きい。ブレザータイプの制服、それも冬服を押し上げて余る見事な巨乳である。

 男子生徒が女子生徒の胸をおもむろに揉み始める。

 

「こんなもん、揉んでくれって言ってるようなもんじゃねぇか。あぁん?」

「あっ……そんな、やめ……くふっ……ん、そこ、弱いの……あああ……」

 

 どうやら二人共、お楽しみのようである。

 

 ――まあもし女の子が無理やりされてても、出しゃばるような正義感は私には無いわけだけど。

 

 自分とは関係ないことを確認すると、ロザリスはまた移動を開始した。

 目指すは安全にエネルギーが補充できる場所である。

 

 ――出来れば、常に不規則に電力が消費されていて、人があまりいない所かしらね。

 

 しばらくマップを展開しつつ、各箇所の電力消費量を表示して見ていると、ちょうど良さそうな箇所が近くにあった。

 

 ――ここかしら……、一応、中の確認を……。……も、もう驚かないわよ。こんな狭い部屋にカメラが四台。さ、さっきよりも三台も少ないじゃないの。

 

 場所は第二体育館、第三体育倉庫。

 バレーのコート二つ分ほどの体育館に、ステージと放送ブースの他に、六つも体育倉庫が付いた意味不明な施設である。しかも、各倉庫にカメラ完備。

 

 ――ふむ……、サボりの生徒かしらね。不規則な電力消費は、この子たちが携帯端末の充電をしているおかげね。

 

 体育倉庫の中には、見るからに不良っぽいメイクの女子生徒が二人、マットに座っておしゃべりに興じていた。倉庫の中には他にも、跳び箱やバレーのネットに、ボールの入った大きな籠、大縄跳びの縄や普通の縄跳びなどの用具が一通り揃っている。

 本来、クロッシングチャイルドが管理する施設ならば、携帯端末のようなデバイスは不要のはずなのだが、どういうわけか彼女たちは当たり前のように持っている。

 ロザリスは安全そうなことを確認すると、先程と同じくナイフで通風管に穴を開け、ケーブルの束を引き寄せる。

 

 ――ううーんと、これにしようかしら。

 

 電源端子のケーブルを選び、今回はユニバーサルコネクターの延長ケーブルの粘土状の部分を押し当てながらナイフを滑らせる。

 情報通信用のケーブルと違い、高い電流が流れるケーブルは下手にナイフで切るとショートしてしまう恐れがあるのだ。ちなみにナイフそのものは電気を通さない特殊セラミック製だ。

 

 ――よし、うまく行ったわ。しばらくはここで休みましょうかしら。

 

 

 それから一時間たったかどうかという頃。

 突然、重い扉がガラガラと開く音が聞こえる。

 

 「!?」

 

 充電の心地よさにウトウトしていたロザリスは、ビックリして思わず声が出そうになるのを、なんとかこらえた。

 

 ――なななな、なにがッ!?

 

 どうやら扉が開かれたのはすぐ隣の第三体育倉庫のようだ。

 ロザリスは中の様子を確認する。

 

「お前たち! こんな所にいたのか!」

 

 タンクトップが弾けんばかりの筋肉を持ったスキンヘッドの男が登場した。

 

「げっ! マッチョティーかよ!?」

「まずい、生活指導に見つかるなんて!」

 

 二人の不良女子生徒が狼狽している。

 筋肉男は信じられないことに教師らしい。軍人かと思った。

 男は後ろ手に扉を締め、鍵もかけてしまう。

 

「お前たちには、少々お仕置きが必要のようだな……。ちょっとそこに立て! 起立!」

 

 男の大きな声に、女生徒達がビクリと立ち上がる。

 すかさず女生徒二人の手足を縄跳びの縄で縛り、自由を奪ってしまった。

 

 ――手慣れてるわね……、本当に教師なのかしら?

 

 手足を拘束された二人はさらに、跳び箱に手を付いてお尻を突き出すようなポーズを取らされる。

 そして、

 スパァーン!! スパァーン!!

 

「キャッ!?」

「いッッ!?」

 

 思いっ切り男に尻を叩かれ始めた。

 

「お前らのような!(パァーン!)不良は!(ペシーン!)こうやって俺が!(スパーン!)叩き直してやる!(ピッシャーン!)」

 

 スカートを捲り上げられてパンツが丸見えになった尻を、セリフとともに筋肉男の平手が襲う。よく見ると、彼女たちはフィギュアハーツらしく、尻の上辺りに銀色の人工物が見える。

 

「キャン! ……ひぐっ! ……ヒャウン! ……ああん!」

「くふぅ! ……かふぁ! ……ふあふん! ……んんッ!」

 

 最初は痛がっていた彼女たちだが、徐々にその声に甘い吐息が混ざり始めた。

 

 ――これって、スパンキングプレイかしら? フィリスとやってもイマイチだったのよね……。

 

 充電もほとんど終わり、ロザリスが興味を失って去ろうかと思ったその時、聞き捨てならないセリフを拡張された聴覚が拾った。

 

「お前たち! せっかく俺が指導してやってるのに、感じてるのか!? けしからん!」

「ち、ちげぇし……!」

「そんなんじゃ……ありません……!」

 

 ――まさか!? 私は痛いだけだったのに!? 

 

 見れば、女生徒たちの下着に薄っすらとシミが広がっている。

 

 ――おお、なんという……。なんということでしょう! 何が! 何が違うという!?  私達と、あの子達で! ムフー! ムフフー!!

 

 それからしばらくロザリスは、大興奮で3人の実験に見入っていた。

 

 

 約一時間後……。

 体育倉庫内では実験が終わり、筋肉教師が逆光の中格好良く出ていくところであった。

 

「俺のスパンキングは、欲望で叩いているのではない、愛で叩いているのだ!」

 

 格好いいけどちょっと意味わかんないセリフを残して、立ち去っていく。

 そんな男の後ろ、すなわち体育倉庫内には、見るからに欲望をブチ撒けられてグッタリした二人の女生徒が、荒く、しかして甘い息を吐きながらマットに横たわっている。

 

 ――なるほど! 愛! 愛で叩くのね! はぁ、はぁ……。フィリス、待っててね。帰ったら私が真のスパンキングを! 愛で! 叩いてあげる!

 

 フィリステルのお尻が、本人のあずかり知らぬ場所でピンチである。

 教師が完全に立ち去ると、倉庫内の女生徒たちがムクリと起き上がり、服装を整え始める。

 

「ねえねえ、確か次もあたしら一緒でしょ? 次は何すんのー?」

「ええっと、どうやらこのスマートフォンという骨董品のデバイスで、さっきの教師を第二美術準備室に呼び出して、仕返しに縛り上げてから搾り上げるらしいわね」

「キャハハ! 何それ超面白そ―。行こ行こ! 早く呼び出して行こー!」

「あ、でもこれ、途中で拘束が解けて、またお仕置きされるシナリオだわ……」

「えーなにそれー。……あ、じゃあこれ使お! これならあの筋肉でも引き千切れないでしょー」

 

 彼女が手に取ったのは、大縄跳び用の縄である。確かに彼女たちを拘束していた物より丈夫そうだ。

 

「あははっ! いいねそれ! 想定外のシナリオの派生は博士も推奨してるって言うし、拘束が解かれなきゃ私たちやりたい放題じゃん」

 

 かくして彼女たちは意気揚々と歩きだす。その大縄跳びの縄も、数十分後には引き千切られるとも知らずに……。

 

 

 ロザリスも機密エリアへの移動を再開する。

 機密エリアに近づくほどに、壁越しに聞こえる[クリーニングスフィア]の駆動音が増えていく。

 一応、聴覚感度を上げて慎重に進む。

 すると壁越しに、本当に小さなキンッという音が一瞬聞こえた。

 何か硬い物を切る音。直前まで足音なども無かったのも不可解だ。

 

 ――私以外に、隠密行動をとっている者がいる……?

 

 近くのカメラに不正アクセスし、状況を確認する。

 

 ――まあ、これはまたなんという巡り合わせ……。

 

 ちょうど近くの簡素なゲストルームに、つい昨日取り逃がしたアーネストが寝ていた。

 そのアーネストは今まさに、隠密行動をとっていた何者かに襲われているところであった。

 

 ――あらあら、あれはショウコかしら。随分と大胆というか、品が無いわね。

 

 ショウコはアーネストの着ていた服を切り裂いて、まるで獣のように彼の身体を舐め回している。

 さらにアーネストのズボンを脱がして行く。

 

 ――まさかショウコ、寝ているアーネストと無理やりクロッシング契約

しようというの? ということはバックドアを使うのね。

 

 ロザリスが見る中、ショウコはアーネストと接続を開始してしまう。

 

 ――ふふふ……これはアーネストさんに、先日のお返しをして差し上げなくてはいけませんね……。

 

 ロザリスの中で、ちょっとした悪戯心が首をもたげる。

 内心で千載一遇のチャンスの到来を喜びながら、ロザリスはアーネストの寝ている部屋のカメラをクラッキングする。

 クロッシングチャイルド、ハスクバーナ特製のクラッキングツールはいとも簡単にカメラの映像をすり替えてしまう。

 

 ――小さなノイズは入るでしょうけど、バレる可能性は低いはず……。一応バレた時の保険として、映像が復元されたら分かるようにはして……。さて、行くとしますか。

 

 口の中に一つのファイルを転がすようなイメージをしつつ、近くの通風口から部屋へと這入る。着地時にガタンと音を立ててしまうが、部屋の中の二人は気が付かないし、クラッキングによって映像がすり替えられているカメラにも映らないはずだ。

 そしてアーネスト達が寝ているベッドへ近づく。

 

 ――フィリス以外と、それも男と唇を重ねるなんて……、汚らわしい……。いいえ、これはただの接続。ただの接続よ!

 

 ロザリスは一瞬躊躇するも、アーネストの口の中へ舌を入れる。

 

 ――arnestとの接続を確認――

 

 口の中で転がすイメージをしていたファイル、Husqvarnaセットアップファイルのファイル名をchinkomogeroに変えてからねじ込んでいく。

 

 ――chinkomogeroの書き込みを開始――

 

 ファイルはちょうど接続作業中だった神経系に寄生させる形で保存し、ファイル名と拡張子も偽装しておく。

 

 ――あら、 骨盤内臓神経とはまた面白い場所に入ったわね……くすくす……。

 

 目的を達したロザリスは速やかに通風口へ退避して行く。

 

 ――さて、これでうまく行けば、アーネストはもっと面白い事態に転がり込むわね。……ふふふ、こういうことを面白いと思えるようになったあたり、私も随分とフィリスに毒されたものね。

 

 ここでアーネストとショウコを殺すことも出来たが、ロザリスはあえてこの形での仕返しを選んだ。任務が完了するまで死体が見つからない公算が低いというのも、もちろんあるが、フィリステルならこうしそうだったというのが一番の理由であった。

 フィリステルと出会う前の、純粋で真っ直ぐで気高く、そして愚かだった頃の自分を思い出して少し懐かしさを感じる。

 

 ――とりあえず、どこかで口を濯ぎましょうか……

 

 そして人気のないトイレを探して口を濯いだロザリスだが、その過程でトイレにもカメラが設置されている事に気が付き、施設の管理者ヤシノキの正気を疑うことになった。

 

 

 それから数時間後、ロザリスは地下から地上へ戻り、屋外へと出ていた。

 ダッシーラボからの作戦指示を受け取るためである。

 ロザリスが受取場所に指定したここは、ヤシノキラボの広い中庭のような所だった。

 小高い芝生の丘や舗装された小道にベンチなどが設置された公園のような場所である。

 近くには食堂のような施設があり、外に面した一面がガラス張りになっていて、中からは晴れた空と中庭がよく見えそうだ。

 よく見えそうではあるが、地図上でよく見ると死角が多いことがわかったので、ロザリスはこの場所を選んだのだ。

 ロザリスが潜んでいるのもその死角の一つで、手入れされた背の低い寒椿が連なり背後には少し背の高い庭木も植えてあり、丁度良く影を落としている。

 監視カメラが少ないのは、庭の景観を乱さないためだろう。

 

 ――確かに一見隠れやすそうな場所だったけど……

 

「んんっ……。ぁん! ぁん! うっくぅぅん……」

「ほらほら、ちゃんと声我慢してないと見つかっちゃうよ」

 

 何処かから男女の声が聞こえてくる。

 他にも、

 パンパン、

 クチュクチュ、

 ジュルルルウゥゥゥ……、

 などなど人の気配を感じさせる様々な音が聞こえてくる。

 

 ――パッと見誰もいないように見えて、何かいっぱいいる!?

 

 しばらくロザリスが息を潜めていると、食堂にアーネストとアクセリナのヴィジュアルホログラフが現れた。

 アーネストは庭に誰か居ることに気が付き、こちらをエロ本を探す少年のような目でジッと見つめてきた。

 

 ――み、見つかってないわよね……?

 

 食堂の中からここは死角になっているはずだが、アーネストはなぜかこちらを凝視してくる。

 

 ――見つかった感じの視線ではないけど……、なんだか気持ちの悪い視線ね……。

 

 先程の接続もあってロザリスの背中に悪寒が走る。

 アーネストは食堂の奥にいた誰かから声をかけられるまでこちらを見続け、声をかけられるとビクゥっとなって反応した。

 ヘッドセットを介して視覚を強化してよく見ると、アーネストに声をかけた者の顔もよく見えるようになる。

 

 ――あれは、ミゾさん……? 近くにいるのはラモンね。もう契約したのかしら。ヤシノキラボに厄介な戦力が増えたわね……。

 

 ミゾはゲームでもはっきりと分かるほどの、卓越した戦闘センスを持っている。さらに先日の狙撃の腕前にクロッシングスキルが加わるとなると、正面から殺り合いたくない敵が増えた。

 アーネストがミゾとともに食堂の奥に引っ込んだ後、ようやくダッシーラボからの作戦指示を持ったバグが飛んできた。

 ロザリスはデータを受け取り、読む。

 

 ――なるほど、合理的な作戦ね。グランちゃんが正面から、フィリスはマリィに運んでもらってから上空から降下する作戦。クロッシングペアが二組と、合計五〇機近いツーレッグ。最小限の戦力でアクセリナを奪取して撤退する……。アクセリナ本体の位置の特定にはハスクくんも一枚噛んだみたいね。こちらの見立てとも合致するわ。作戦開始まで私は、予想地点の直上で待機……。

 

 身長四メートルもの二足歩行型機動兵器を五〇機でも、最小限の戦力と言えるくらいにヤシノキラボは堅牢と見られた。

 そしてバグの中にはもう一つ、フィリステルからの個人的なメッセージファイルが入っていた。

 メッセージは短い文章が一つ。

 

 ――アレを使っていい。

 

 ロザリスはこれだけの一文からフィリステルの意思を感じ、気を引き締める。

 

 ――使うのね。フィリスのクロッシングスキルを、本来の形で……。今回アレを使えば、ヤシノキ博士には悟られる可能性が高い……、それでも使うのね……。

 

 バグに作戦了解の意と追加で得た情報を持たせ、フィリステルのメッセージファイル完全にを消してから、放つ。

 それからロザリスは、目標の待機地点の施設の屋上まで移動していく。

 気分が高揚して、少しだけ行動が大胆になっているのを自覚しながら、しかし確実に見つからないルートを疾走り、飛んで行く。

 

 

 そして、作戦開始数分前、ヤシノキラボ上空二五〇〇メートルにフィリステルは居た。

 腰にはロザリスの予備スラスターを付け、手動で操作して滞空いる。

 眼下にはただの森があるようにしか見えないが、これはホログラフなのは事前の情報で知っている。

 ここまではグランのパートナーであるマリィとともにミサイルで大気圏外までいったん飛ばされ、ミサイル移動中はマリィのRAシールドで守ってもらって来た。

 マリィはすでにグランと合流し、作戦開始を待っている。

 

「遊び以外に、いったい何に本気になるっていうんですか~?」

 

 ――クロッシングパスワード承認――

 ――FH-U CA-01ロザリスのクロッシング接続を確認――

 

 それは、ロザリスとフィリステルを繋ぐ秘密の言葉。クロッシング開始のパスワードであった。

 

 ――「ロザリス~ 迎えに来たよ~」――

 ――「フィリス! 早速だけどこれ!」――

 

 思考通信を開始し、挨拶もそこそこにロザリスからイメージの蝶が飛んできた。

 どうやら、ロザリスがクラッキングしたカメラの映像が復元され、ロザリスの侵入が発覚しそうなのだ。

 

 ――「なるほど~。じゃあ、少し早いけどこっちは動いちゃおうか~」――

 ――「了解よ」――

 

 ――FH-U CA-01ロザリスがfyristelのクロッシングスキルを使用――

 

 そういってロザリスがフィリステルのスキルを使うのを感じ、彼女が建物の屋上からスルリと直下へ、さらに下へ下へ、そして地下へと落ちて行く。

 

 ――fyristelがクロッシングスキルを使用――

 

 ほぼ同時に、フィリステルも光学迷彩を展開して降下を開始していた。ホログラフを通過するとただの森が広がっていた景色は一変し、地上にはマスドライバーが特徴的な大規模な施設が広がった。

 ダッシー博士やクロッシングチャイルドのハスクバーナにはロザリスとの合流後の作戦は曖昧に伝えてあるが、この予定変更であの天才たちにはフィリステルの本当のスキルがバレる可能性が高くなった。最低でも違和感は与えてしまうだろう。

 

 ――まあ、以前からヤシノキ博士を避けてたのはバレてたし、疑われてはいたんだろうけどね~。

 

 今回の作戦でフィリステルのクロッシングスキルが、ただの光学迷彩でない事はバレるだろう。ただの光学迷彩では、レーダーの探知を避けることは出来ない。しかし今、彼女がレーダーに探知された気配はない。

 フィリステルはグランに作戦開始タイミングの変更を打診する。グランにはヤシノキラボが警報を鳴らしたタイミングで進軍を開始してもらう。

 ちょうどそのタイミングでラボ内のロザリスから思考通信が届く。

 

 ――「アクセリナ本体を確保。それからフィリス、ここまで落ちてくる途中の機密区画で面白いおもちゃを見つけたわ」――

 ――「いいねぇ~。それ、貰っちゃおうか~。帰ったらそれで遊ぼう~。そういうプレイ、実はちょっと憧れてたんだ~」――

 ――「ふふふっ……、私の真のスパンキングもこれで完成するわ……」――

 ――「え……?」――

 

 そして戦闘開始を告げる警報は、茜色に染まりつつある空に鳴らされる。


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