PSW~栄誉ある戦略的撤退~   作:布入 雄流

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プロローグ

 二一世紀半ば頃、その日、世界中の人々が震撼した。

 世界各所から一斉に、合計十二発の弾道ミサイルが発射されたのだ。

 防衛機能のある各国は、すぐさまこれを迎撃に出た。しかし、最新素材であるネオニューロニウムで覆われたミサイルは、一発たりとも撃ち落とされることは無く、発射した人間の思惑通りの場所で爆発した。

 上空四千メートルの高さで爆発した十二発の弾道ミサイルは、ある粒子をバラまいた。濃縮した粒子はあっという間に大気圏で拡散し、飽和状態となり、世界の法則をちょっとだけ変えた。

 

 その粒子の名は[arachan37粒子]。無色透明、無味無臭、大気中で広く拡散し、酸化などの化学変化もほとんどしない。素の人間では感知することすら出来ないこの物質は、しかし核兵器などで使用される核融合、及び核分裂を阻害する効果を持っていたのだ。

 これにより地球大気圏内では核兵器の使用が事実上不可能となった。

 直接大気との接触のない原子力発電に影響がなかったのは、不幸中の幸いであった。

 そして人類を震撼させたこのテロリストは、三十六ヶ国語で犯行声明を動画サイトに公開し、その内容は要約するとこんな感じである。

 

「核弾頭の数が正義だと思ってた世界各国のお偉いさん方、ねえねえ、今どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち?」

 

 世界を動かす大国の偉い人達は揃ってブチギレ、テロの首謀者アラーチャンは犯行声明の発表から十五時間後に射殺された。

 しかし、元々疑念と疑惑で凝り固まった国際情勢の混乱は、アラーチャンの死を持ってしても留まることはなかった。

 ――アラーチャンを操っていた国があるはずだ。

 ――アラーチャンを支援していた国があるはずだ。

 そんな小さな懐疑の火種は瞬く間に燃え広がり、世界はついに三度目の世界大戦を始めてしまった。

 混乱は混沌に。核兵器が使用不能な第三次世界大戦は、泥沼の戦いとなった。

 

 ドローン技術が発展した現代、戦場もまたドローンや遠隔操縦式のロボットが闊歩するものとなり、人間が体を張って戦線を構築するような事は開戦当初を除き、ほとんど無くなった。

 特に、この戦争の火種となった弾道ミサイルでも使用されたネオニューロニウムは、丈夫で軽く、安価で加工もしやすい素材であり、どこの武器メーカーもこぞって使いたがり、どこの戦場の兵器も装甲やフレーム、果はネジの一本一本までもがネオニューロニウムで出来ているのが当たり前になった。

 ネオニューロニウムには従来の銃弾はもちろん、ミサイルなどでも効果的なダメージを与えることは難しく、これを貫通できるのはネオニューロニウムで弾丸を覆ったNNR弾や高威力のレーザー兵器であった。

 このネオニューロニウムの原材料が土であることから、人々はこの戦争をこう呼んだ[土塊の戦争]と。

 

 そんな表舞台の動乱の最中、歴史の裏側でコッソリと動き始めた組織があった。

 彼らは使われなくなった旧式の銃器や兵器を買い取るのはもちろん、その工場や設計図に至るまですべてを集め、処分した。あるいは必要があれば破壊工作も行い、徹底した旧兵器の根絶を目指していた。

 そんな彼らを知るものたちは、彼らを[処分屋]などと呼んだ。

 しかし彼らは彼ら自身のことをこう呼んでいた[栄誉ある戦略的撤退]あるいはその略称[PSW]。

 これは開戦から三年後、彼ら[PSW]が歴史の表舞台に姿を表した頃から始まる物語である。


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