「は、離してください」
そう言うと威は我に帰ったのか「ああごめん」と苦笑いしながら両手の高速をやめた。
「お前さん、セクハラでサツんところ行きたいんか。あと一歩進んでたらアウトやで……」
「失敬な、僕は妹と機械以外誰も愛する気はないよ」
「そうかいな。せや、嬢ちゃんもう外暗いし、親御さんも心配するやろう、わしが送ったるわ」
その言葉を聞いた蓮の心はパレード状態である。やっと帰れるんだ、また自分の力の事でここに来ると思うが、今はフカフカのベッドで眠りたい。
ブースは威の反応を見て呆れた様子でソファーから立とうとしたが、アルという少女が立たせないように腕を使ってブースの足をホールドしていた。
「アル、お前も威のアホが感染したんかいな? はよ手を離さんかい」
アルの方は声を出さずずっとブー スの黒い目を見つめる、すると。
「え? いや確かにやっと見つけたのは確かやけどな、嬢ちゃんはそんな事やってくれそうな性格ちゃうやん…………話すだけ? うーむ、せやな話す程度ならええわ」
テレパシーでもやってるのか、はたから見ると独り言を呟いている着ぐるみの変質者にしか見えない。
「まぁ嬢ちゃん。悪いなぁ、後もうちょっとだけ話しよか」
蓮の目の色は少し曇ったがこくりと頷いた。
「とはいってもどうやって説明を…………」
ブースは腕を組んで悩んだ素振りを見せると、横から威が吹き飛ばす勢いで横から入った。
「だったら僕に任せてほしい!」
「痛つつつつ……わかったわお前さんに任せるわ……」
「ふふふ、ちゃんと発音練習もしたしね。アル、例のアレを出してくれないか?」
そう言うとアルはマフラーでぐるぐる巻きになっている首からルーズリーフのノートを取り出した。
そして威の手元へ渡し、そのノートを蓮の方へ向くように横向きで机に置いた。そしてページを捲ると、恐らく色的に地球と赤く染まった星が描かれてあった。
「君たちからしたら信じられないだろうけどね、地球以外にも星が存在しているんだよ、そこにはちゃんと生き物が存在してるんだ」
「おい待て、話をすっ飛ばし過ぎちゃうんか」
「まぁまぁここは僕に任せて、確か小暮……蓮ちゃん……蓮さんは取り敢えず話を聞くだけ聞いてほしいんだ」
どうして自分の名前を知っているのか聞こうと思った時にブースがその疑問に答えてくれた。
「お前さんはほんま一言足りんなぁ……すまんな嬢ちゃん、さっき鞄をちょっと除いてもてん」
ブースは両手を合わせて擦り合わせた。摩擦するのではないかと心配になるほど擦っていた。
「それはそうとだ! その赤い星の名前はカイザで……次のページ次のページ!」
蓮はせかしながら次のページをめくった。
デフォルメな小動物達が農業をしている絵だった。絵本に似た可愛い絵柄で一匹ペットとしてほしいと感じた。
「こんな感じの生物がサグーでね。人間とは違う風に進化した生命体って感じでいいか」
そう言ってノートをまた捲ると絵柄はさっきとは打って変わって世紀末風へと変化を遂げた。可愛らしい動物達は怪物へと変身し争い、モヒカンとなって魑魅魍魎している。今にもヒャッハーと叫びそうだ。
「実際なサグーはこんな感じで、いいんだよね」
「せやな、絵柄は突っ込まんでおく」
「この生物達がね、なんと地球にやってきたんだ! …………その顔は信用していないね」
話の五割が耳から耳へ流れてしまった蓮にとっては意味不明を通りこうして理解不能の境地へと達してしまった。
「フィクションの……話ですか?」
聴こえる程度の声でボソボソと呟いた。誰が聞いてもこんな反応だっただろうと思う。
「お前さんが悪いねん、これじゃわしでも意味不や。もうええやろ話だけなら」
そんな蓮の反応をみてか、ブースが溜息もじりに呟いた。
だが威は納得がいかないムスッとした表情でその場から立ち上がった。
「ダメだよ! アル、姿チェンジ!」
と豪快な指パッチンをした。その合図と同時にアルから異変が起きた、アルは細い腕を強調するノースリーブの水色ワンピースを着していたが、その右腕だけが一瞬の内に、白い獣の手へと変わっていた。
「ふぇ……?」
蓮は咄嗟にその腕に触っていた。作り物なんかじゃない、ちゃんと毛があって温度がある。
信じられない、そうだ、これは夢なんだ。夢なら辻褄が合う。
よし目を瞑ろう、次に目を覚ました時はフカフカのベッドの上だろう。自分に足りないのはポジティブシンキング、だから前向きに考えよ……
「ちょっと待って夢じゃないよ! ホントのことさーがぁっっっぁ!」
バシバシと頬に痛みが走り、蓮はもう一度目を開けると、豚の着ぐるみが白衣を着た男にドロップキックをかましていた。
やっぱり夢じゃないのか……いや最近の夢は発達してるんだ、こんな簡単に覚める訳がない。
ピポポポポポポポ!
そう目を閉じようとした刹那、耳障りがする電子音が部屋中に鳴り響いた。
「ま、まさか!?」
「アカン、エナ粒子反応が!」
ブースと威はどうしようかどうしようか、そこら中を急かしなく右往左往と歩き出した。
「ブースが邪魔ばかりするからこうなるんだよ!」
威のイラつきの矛先はブースに向けられたようだ。
「なんやと! お前さんが無能過ぎるからあかんのやんけ! お前さんの馬鹿加減にはわしは情けなくて涙が出てくるわ!」
「よくも言ったな! この豚!」
「シスコン機械フェチ!」
そんな子供染みた喧嘩が徐々にヒートアップしていき殴り合いと化した。
ガッチャン。
泥試合へと発展しそうな中、蓮の右手首が縛られるような感覚があった。
首を傾げながら手首に目を向けると、赤いひし形の宝石が埋め込められている機械的なブレスレットがつけられてあった。
右手首の側にいたアルが一仕事終えたとでも言いたげな笑みを浮かべていた。
そのままアルは宝石をポチッと押すと突然眩しい光がブレスレットから漏れ出した。
ブースはそのブレスレットには見覚えがあった。というより開発したのは自分だ。
今から半年前、この世界にやってくる凶暴なサグーに対抗するためにパワードスーツを威と共に作成しようと思ったのだが、アルが酒と水を間違え自分達が飲んでしまい暴走。
初期案では真面目な特撮ヒーローで出て来る感じな奴を考えていたのだが、酔いが覚めた時は既に遅し。
防御服は威の趣味のゴスロリチックなドレス、高性能センサーはアルの趣味の般若のお面、そして装着者の髪の毛は白へと変わり腰まで長くなる酔っ払ったブースが提案した仕様だ。
そして運が悪かったのか良かったのか、ふざけて作ったパワードスーツが奇跡的に開発成功してしまった。強力なエナを持たないと装着出来ないが、強者の場合なら理論上装着可能な最強スーツ。
その後何度も開発作業を繰り返しても失敗続きだった。
同じ開発者の威はこれを「ゴスロリ仮面少女(仮)とかどうかな!」とノリノリで名付けた。
しかしそんな物を蓮に使わせても大丈夫なのかと考えた時はもう手遅れだった。
まばゆい光が消えた頃、蓮はゴスロリ仮面少女(仮)へと変身してしまっていた。
ブースはこれを観た途端、頭が痛くなった。出来るだけ関係ない人は巻き込みたくなかった、それに年頃の少女でもあるので色々とマズイ。
「おぉ……本当に成功したんだね!」
その隣の変態開発者は鼻息を荒くしながら興奮していた。そのまま蓮に近づいて、
「いやぁ……本当に成功するとはね! さすが僕が見込んダァッー!」
ペチャクチャと五月蝿かった威は蓮のデコピンを喰らいくの字のままガラクタだらけのカーテンの向こうへ飛んで行った。
「ちょ、嬢ちゃん! あまりにウザくてキモくて生理的にダメやったとしてもあんまりやで」
「ねぇ! アタシはサグーを倒せば良いんだよね!」
オドオドしていた蓮からは想像もつかない天真爛漫な口調で、ブースは驚きの顔を隠せなかった。
「せ、せやけど嬢ちゃんどないしたん。ちょっと頭打ったんか? 性格変わってんで」
「そうかなぁー、アタシはアタシだよ?」
可愛らしい年相応な声の筈なのだが感情がこもっていないようにも聞こえた。
「あ、そうだ。速く行かないと逃げられちゃう」
蓮はそう言い窓ガラスを脚で蹴り破り外から顔を出して、
「じゃあ行ってくるね!」
と言って空へ飛翔して行った。
そんな唖然とした空気の中、カーテンの奥で威はガラクタの海の中から顔を見せ立ち上がった。
「か、彼女……性格変わりやすいの……かな」
今にも倒れそうなフラついた足取りの威だったが、ダメージが深かったのかガクッとその場に倒れこんでしまった。