身体中が酷く痛い、特に腕は完全に折れているだろう。近くの公園で傷口の血は綺麗に洗ったがまだ少し流れている。
自慢の鋼の肉体も脆くなったものだ。
しかしあの謎の少女が追ってこなかっただけ幸運と言うべきかもしれない。
ライオニックはそんな事を考えながら自分の家に辿り着き、ベランダで糸の切れた人形のように倒れた。
額を強くぶつけた、痛い。
「遅かったな……何があった?」
部屋の奥から人影が見えた、暗闇だったが声でKだとライオニックは気づいた。
「とりあえず……め、飯をくれ…………」
床を這いずりながら助けを求めた。
「……見間違えじゃないのか……? そんな人間は存在しない、サグーだ」
ケーキを腹一杯たらふく食べ少し復活し、頭の悪いライオニックが何があったのかKに一から十まで説明した返しがこれだった。
「いや、本当にいたんだ。サグーなのか人間なのか分からない女の子が」
するとKは一瞬だけピクリと反応したように見えたが、すぐ気にも留めない様子へと変わった。
「…………まぁいい。しかしお前がここまでやられるとはな」
この世界のせいだ。と答えようとしたが、これは言い訳にしか聞こえないので辞めた。弱くなったのならもっと鍛えれば良いだけだ。
「こんな怪我一週間も経てば治る」
応急処置の包帯でぐるぐる巻きにされた腕をあげた。
骨は3日もあればくっつくが、完治には一週間はかかってしまう。
「あ、そうだ。お前の方はどうだったんだ?」
さきらまでの出来事に捉われてすっかりKが退治しに行ったサグーの事を忘れていた。
「ハズレだ」
「そうか……仕方ない。こうなったら向こうからの連絡が来るのを待つしかないか……」
カイザの世界へ送った変態は一体何者なんだろうか、あんな思わせぶりをさせておいて何もなければ怪我と釣り合わなくて泣きたくなってしまう。
自分の事は前向きな性格だと感じていたが案外後ろ向きかもしれない。
溜息が漏れそうになった時に、
Kのケータイの着信音が鳴った。
「おおっ!? 向こうからの連絡か?」
機械については詳しく知らないが、離れていても話が出来る品物という事は理解している。だが繋がるには電波が必要らしく、当然カイザでは電波はないので、Kがエナを使用する事で通話できるように改造したのだ。
「待ってろ……俺が出る」
そう言いKは席を外し、ライオニックはどうなったのか期待を膨らませながら畳の上に布団を敷いた。
身体が疲れていたので少し横になった。
そうやって待ち続ける事数十分、
「遅い、何を話しているんだ」
既に深夜の時間帯なので眠気が襲って来る。スイミン不足は健康の天敵なのは熟知しているから早く眠りたい。
よし、少しだけ眼を閉じよう。眠ったとしても後でK が起こしてくれるはずだ。
ライオニックは布団にくるまって重い石のような瞼を閉じた。
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私はどうして他人の目を恐れるようになったのだろうか。その理由について何度も試行錯誤を繰り返してみたが、そう簡単に答えなど出てきてくれやしない。
子供の頃から気が弱い私は人と接するのが苦手だった、何よりも見られるのが嫌だった。相手から見える私はどんな感じなんだろうか。相手はそんな事は思ってなくても、ネガティヴ思考の私は悪い方向へと物事を捉えて関わろうとはせず距離を置いてしまった。我ながら嫌な性だとつくづく思う。
こんな性格なので、当たり前だが友人はあんまりいない。こんな私が友達百人なんて鼻でスパゲッティ食べるよりも難儀であるだろう。
今年に入って高校生となった小柄な少女、小暮蓮(こぐれれん)は公園のベンチに座り大きく溜息をついた。
溜息の理由はない、というよりはこんな自分自身に呆れてるのだろう。
今はセミが短い命を鳴き叫びながら散らす七月、夕焼けなのに酷く暑く制服と汗がべたついていた。
こんな猛暑の中、楽しく公園でサッカーをする子供達が素直に羨ましかった。
すると子供達が誤った方向へ蹴ってしまったボールが蓮の目の前を通り過ぎた。
立ち上がって取ってあげようかと思ったが、そのボールは金髪青年の元に渡りその青年が子供達にパスをした。
その青年が何か言おうとしてたが、子供達はサッカーの続きを楽しんでいた。
ふとその青年はこちらを向こうとして蓮は咄嗟に顔を鞄で隠したが、気づかずそのまま公園から過ぎ去って行った。
よかった……、と胸をなでおろした。同姓でも苦手だが男性は女子ばかりの環境で育ったせいかもっと苦手と感じてしまう。
もう一度溜息をついて、その場から帰ろうと決めた。
ここにいても何も変わらない。
そう思い、重い鞄を持って公園入り口から道路へ出ようとしたがトラックがガスを出しながら走る音が聞こえ一瞬立ち止まった。
そして目の前を通り過ぎるのを待っていたが、蓮の背後から何かポンポンと飛び跳ねるような音が聞こえた。
恐らくボールの音だろうと、どうでもいいようにその声を聞き流そうとしたが、ボールが真横を通り過ぎたのを見て胸騒ぎがした。
トラックはまだ通り過ぎてはいない。
「あ……」
その予想は悲しくも的中して、子供がボールを追いかけ公園の外へ飛び出そうとしていた。
ダメだ、動くな、自分が死んでしまう。無視しろ、嫌だ死にたくない。他人なんてどうでもいい。
そんな言葉が一瞬の間に頭の中で浮かび、恐怖で身体が止まりそうになっていたのに、
「あ、あ、あ、危ない!」
蓮は鞄を捨て、道路へ向かう子供を止めようとしていた。
蓮自身どうして動いたのか分からず、ただ危ないという直感だけで動いていた。
そして暴れ狂う牛のようなトラックに轢かれそうな子供を庇おうとして前に出た、のだが…………
なんとその子供はヒョイっとトラックの範囲から素早く逃げたのであった。
「へっ?」
キィィィイとトラックブレーキ音がなったが間に合わず、蓮の目の前が真っ白になった。
トラックに轢かれたんだが、自然と痛みはなかった。死ぬときはみんなこんな感じなんだろうか……考えると情けない自分らしい最期なのかもしれない、それに私よりも価値のある子供は無事だったんだ。
だけど自分を愛してくれた母には言葉では表せられないほど申し訳なかった。
一人娘が先に逝ってしまった。その後の母の事を考えると今も涙が出そうになってしまう。それに自分も母の事が大好きでまだ死にたくなかった。
まだ生きていたかった。最後に母の顔を見たかった。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………走馬灯長くない?
血塗れの自分が映るだろうと思ってずっと眼を瞑っていたが、
ふと今まで閉じていた眼を開けてみた。すると言葉を失う信じられない光景が視界に入った。
「え……?」
トラックのタイヤからは摩擦により煙が出て止まっていた。
そして蓮が何よりも驚いたのがトラックは蓮が右腕だけで止めていたのだ。