怪物だって傷つくよ!   作:空飛ぶマネッキー

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蚊男の恐怖

 この世界……星でいいか、この星に来てから既に一週間の時間が流れた。つくづく時間の流れは早いな、とライオニックはつくづく感じたが、思い出にふけっている場合ではない。サグーを捕まえなければ。

 ライオニックは薄暗い路地裏につき、自分の姿をサグーから人間へと変えた。一応姿を見られない為の策だ。

 この辺りから気配を感じる。

 ライオニックは、よし、と体全身に気合を入れて気配りながら進み出す。

 路地裏は人の気配は一切感じず、どんよりとした空気で僅かな光を灯す電灯が、不気味さを引き立てている。暗闇に慣れているライオニックにとっては恐怖などの感情はあまり無いが。

 

 こんな暗闇よりもバイトをクビになった方が恐ろしかった。

 しかし、今回のサグーはさほどの強者かエナの気配がほとんど消滅している。だが完全に消えた訳ではなく、その微かに残るエナを追って行く。

 

 すると暗闇の奥から声がした。虫の鳴き声と変わらない僅かな声だが聴き逃さない。

 ライオニックは声のする方へ走り出し、姿をサグー状態へ変えた。

 

 ライオニックの視界では一人の中年男が少年に馬乗りをしていたが、徐々にその中年男は身体の変貌を遂げていた。二本の触角や針のような尖った口。その姿は怪人蚊男と言った方が分かりやすい。

 

 あいつか……っ!

 

 ライオニックはサグーを見つけた途端、足を屈伸させバネのように蚊に似たサグーに飛びかかった。

 両者縺れ合いになりながらも蚊のサグーは鋭い口でライオニックの肩を突き刺した。

 

「があっ! このくそがぁっ!」

 

 痛みで力が緩み、蚊のサグーは抜け出してしまった。

 二枚の羽根をバタつかせ、こちらを見下ろす蚊のサグーをライオニックは睨んだ。

 落ち着け……

 ライオニックは一瞬だけ横たわる少年を観た。気絶はしているが損傷はないのを確認するとホッと胸をなでおろした。

 

 深呼吸……深呼吸……よし

 

「おい! 俺は争う気はない! 少し俺の話を聞いてくれないか!?」

 

 蚊のサグーに向けて叫ぶ。

 ライオニックは無駄な争いをする気はない。向こうからするといきなり襲って来た輩かも知れないが、そちらだって少年を襲おうとしているのだ。

 その声に耳を傾けてくれたのか、蚊のサグーは地へ足をつけ姿を人間に変えていった。それに吊られてライオニックも人間に姿を戻した。

 

 その男はこの星で例えると四十五十辺りに見える。髪の毛の根元あたりが白く首回りの骨がみえる程度には痩せ細っている。

 

「君も私と同じなのかい?」

 

 蚊のサグーの質問に、そうだ、と答えた。

 

「ならどうして私の邪魔をするのかい? 私の邪魔をするならば同族でも容赦はしない」

 

「いや、お前があの子供を襲おうとしてるからだろ!」

 

 変な質問をする奴だと少しムッとした。

 

「そんな事より、こっちにも質問をさせてくれないか?  お前達に聞きたい事が沢山あるんだ」

 

「そうか……さっきの姿、どこかで見た事があると思えば……」

 

 蚊のサグーは少し眉を細め俯いていた。そして笑っていた。

 ライオニックはもしかして当たりでは無いかと、期待が膨らんだ。

 この星に来てから一週間、人間社会に潜み悪事を働く過激派二十六人ほどをとっちめたのだが、全員ハズレでこの星に来た原因の尻尾すら掴めなかった。過激派のほとんどが気がついたらこの世界にいたと言っている。

 こんなに一つの地域にサグーが集まっているというのに、何故だ。

 

「なら聞くが、お前はどうやってこの星に来たん……ん?」

 

 蚊のサグーは質問に答えず、突然苦しみだし胸を抑えた。

 

「お、おい! どうしたんだ!?」

 

「うぐぅぅぅ……血がァ……欲しい…………」

 

「血……? えー……と、取り敢えずトマトジュースでも飲むか!?」

 

 蚊に似ているだけあるのかやはり、血が主食なんだろうか。

 近くに自動販売機はないかと、キョロキョロ見回した。

 

「私は……十二歳から十五歳の血しか……飲まない主義なんだよ……君の血は必要ない……」

 

 苦しみが少し治まったのか、汗をかきながらも平常を装った顔へと変わり、突然語り出した。

 

「幼過ぎてもダメで熟し過ぎてもダメなんだ……青い果実の状態が一番いい……」

 

 そして姿がサグーの時へと変わり、

 

「同族であるから少しは話をしてやろうと思ったが、やはり君は邪魔だ……」

 

 怪人蚊男に逆戻りしてしまった。

 しかしだ、ここで吐かせなくても向こうのカイザで結局は吐くことになるのだ。

 ……よし、やるか。

 蚊のサグーはぷーんと不快感溢れる羽ばたき音を聴かせながらも突進する。

 ライオニックは人の指ほどある自慢の長い爪を刃物ように研ぎながら構えた。

 

 どんどがばぎがっしゃーん! ガリザガー! バッッッ! バタン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛…………」

 

 右腕と肩を思いっきり刺され、その傷口からは少し血が流れていた。この世界、及びこの星に来てからは身体が弱くなっているとつくづく感じる。

 鋼よりも強靭な筈であるライオニックの肉体も地球で例えるならゼラチンのように脆くなっていた。このエナの少ない地球では

当然かもしれないが、それでは言い訳しているようで癪だ。もう少し肉体を鍛えた方がいいのかもしれない。

 

 

 人の姿のライオニックは虫の息状態の怪人蚊男に近づいて、ジャージのポケットからとある物を取り出した。

 それは飾りも付いてなく、内側に文字が書かれている以外目立った所がない銀色の指輪だった。

 

 そしてもう一度サグーに戻り、その指輪を倒れている蚊のサグーの薬指にハメると、この暗闇の中で一瞬昼と錯覚させるほどの閃光で目が眩んだ。

 光が失うと、忽ちに蚊のサグーの姿が消えた。まるで最初から存在していなかったかのように。

 

 この指輪はカイザ世界での巨大監獄トシカミ、にまで転送する優れものだ。だが邪念を持つ者にしか効果を発揮しない欠点やサグー状態ではないと使用できない。

 

「後は向こうに任せるしかないか……あっ、そうだそうだ」

 

 ライオニックは気絶していた少年の元へと近づいた。着ている制服には乱れも血の色もない。見た目をみること恐らく中学生辺りだろう。

 

「おーい。大丈夫か? おい、おい」

 

 とペチペチと少年の顔を叩く。

 

「う……う……ここは……」

 

 何度か叩くと少年は眠り姫かのように目を覚ましかけたが……

 

「ぎゃああああああ! 怪物ー!!」

 

 バダン、と倒れてしまった。

 泡も吹いていた。

 

「うぇ? 怪物はどこに……? あ、しまった」

 

 自分の姿が元の状態に戻ってはいない事に今気がついてしまった。

 やってしまったと後悔しながらも人の姿に戻ろうとしたが、

 

 

 

「ははは! こんなトコロにいたの! ラーイオーンさーん!」

 

 

 

 ふと幼い少女のような声がして、天を仰いだ。今日は初めてみる満月という形だった。その空から何かが落ちてくる。

 それはまるで隕石、ライオニックはヤバイと感じ、少年をお姫様抱っこして、逃げようとしたが、

 

 ズドン! と強い衝撃に脚をが止まってしまった。

 ライオニックは少年を降ろし、何がやって来たのかと慎重に身構えた。

 

「あーはははっ! 危ない危ない」

 

 赤いゴスロリ調のドレスに、白く腰まで続く長い髪、そして不釣り合い過ぎる般若のお面を被った声からして少女らしき人物が蜘蛛の巣のように地割れた場所で尻餅をついていた。

 


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