謎の男はライオニックの名前を言った後その場に佇みサングラス越しに睨んでいる。
どうして自分の名前を知っている? まだ小暮以外誰にも言ってはいない。
そんな疑問を抱えながらも椅子から立ち上がり謎の男に向け睨み返した。
もしかして自分の正体を知られたのでは。謎の男は見るからも只者ではない雰囲気を放っている。身体の痛みは消えている、来るというのなら……
両者睨み合い誰もが茶々を入れるのを躊躇う緊迫感、それを破ったのは謎の男だった。
「少し、その男に用がある」
と自分に向け指をさした。
「え? もしかして知り合いなの君達?」
ライオニックは首を横に振った。
だが小暮はその仕草を無視し安堵を漏らした。やっと重荷から解放された、そんな顔をしていた。
謎の男のお陰で交番という場所から出れたその後、謎の男に、ついてこい、と言われるまま後を追った先は、喫茶店という場所だった。
その喫茶店とやらの中に入り席へ座る。ライオニックは店内に戸惑いながらも深呼吸をして謎の男をジロジロと見た。
表情は喜怒哀楽が欠けたような無で、身体も自分より一回り大きいのが相まってか近寄りづらい。サグーの姿なら自分の方が大きいし勝ってる、事は今は関係ない。
この男は一体何者なんだろうか、どうして自分の名前を知っているのか……いや、考えていても無駄だ。
「お前は一体何者なんだ? それに俺の名前をなんで知ってるんだよ?」
と率直な質問に対して謎の男は簡単に口を破った。
「カフェル様から命令されてやってきた……」
この男がカフェルの名前を言った途端、心の中が期待に満ちていった。コップの中の水を全て飲み干し、口ごもりながらも、
「も、もしかしてお前もカイザから……そ、それと、カナ……じゃなかった。カフェル様も無事なのか?」
「ああ、無事だ」
即答だった。
カフェルが無事だという事と、自分を助けにやって来てくれたと分かった途端、嬉し涙を流しそうになったが、男が泣くのは情けない、グッと堪えた。
「名前がまだだったな…………カフェル様の護衛を勤めているKだ」
護衛? 自分も似たような仕事をやっているが、こんな雰囲気の男は観たことない。それに奴の身体からはエナを微塵も感じなかった。
「え、ああ……お、俺はライオニック。色々と聞きたい事があるんだがいいか?」
「構わない」
ライオニックはKの事について少し不審に思うが、まずは落ち着いて重大な事から質問していこうと考えた。それに堅物そうだが意外と悪い奴には見えない、助けに来てくれた恩人でもある。
疑うのは野暮な事だ。
「えーとだ、この世界はなんなんだ?」
「別惑星地球だ」
チーキュ? どこかでその言葉を聞いた事があるような……ないような……ああそうだ、カナが自分に調査を頼んだ星のはず?
「別惑星って事は、ここは別世界じゃないのか?」
「どう捉えてもらっても構わない」
詳しい事は理解できないが、ここが自分の知っているカイザではない事は推測から確実に変わった。それだけで大きな収穫だ。
「なら次は…………えーと……そうだったそうだった、どうやって俺がここにいるってわかったんだ?」
「ワルツがお前の居場所を特定した。エナの使用を探知したそうだ」
王佐であるワルツは個人的には口うるさい婆さんのようで苦手だが今回は本当に感謝しなければ、元の星に戻ったらこの恩を相手が嫌々言うほどキッチリと返そう。
「それで俺はこのまま帰れ……」
ライオニックは満面の笑みを見せてたが、ふとカフェルの依頼を思い出した。このまま帰ってもいいのだろうか……本音を言うと帰りたいが、約束を破るのは最低野郎のすることだ。
ライオニックは頭を抱えた。そんな姿を見てKは口を開いた。
「一応最初言っておく、お前は……カイザには帰れない」
一瞬驚いた声が出そうになったが、さっきお代わりを貰った水と共に流し込んだ。
「……それってどういうことなんだ?」
「…………過激派が地球へやって来た」
「はぁっ!?」
今度は声が我慢できず漏れ出してしまい、つい手に持っていたコップをわってしまった。
「しまった……すんません……」
テーブル上に水が広がって行き、定員が布で拭き取り別のコップを用意した。
過激派は今の平穏なカイザの世界に不満を持ち、他人に迷惑かけまくったりする面倒な奴らだ。しかしどうして奴らがこのチーキュを知り、やって来たんだ?
「話が全然見えてこないんだが……一から全部説明を頼む」
「ライオニック、お前がカフェル様とイカルの森に行った後、カフェル様は血相変えた顔で俺の元を尋ねた。“ライオニックはどこにいる!”それで俺は……」
「ちょっと待て、カフェル様はイカルの森で突然消えたんだ。あいつ……げふん! 彼女の力からして勝手に逃げ出すような性格ではないはずだ」
自分は逃げろとは行ったが。
「逃げてはいない。何者かに転送させられた……らしい」
カフェルの隙を突いたとは、やはり謎の気配はかなりの使い手なのだろう。
ライオニックはKに話の続きを頼んだ
「……カフェル様はイカルの森、カイザにもライオニックのエナを感じないと焦っていた。そしてお前が見つからないまま一ヶ月が経った」
「待て待て! そんなに時間は経っていないはずだ! どういう事だ!」
ライオニックは少し声を荒げた。
「それについては今調べている。それと少し黙れ、話が進まない」
Kにそう言われ納得はしなかったが、ライオニックは一旦考えるのをやめた。黙ったまま話を聞く事にした。
「お前が行方不明のまま既に生き絶えた……とこの一件は終わる筈だったが、地球へ生存している事が確認された。そしてお前を助けに俺が来た」
「うーむ。だいたいわかった、がどうして一月も経っているのか所々納得がいかな……」
ライオニックが口出ししている途中、Kは耳を傾ける様子もなく話を続けた。
そんな態度にライオニックは少しムッとなった。
「だが、俺が来た理由はお前の為だけではない」
「過激派についてか?」
今度はちゃんと聞いてくれた。
「そうだ……だが来た方法も不明、目的も不明…………地球はカイザではタブーとなっている……内部の者が裏切ったという噂も流れている」
ますます頭がこんがらがってきたライオニックはこめかみを指で押さえた。こういう話は弱いし免疫もない。
「あーもう! 話が長くて面倒臭いんだよ! 単刀直入に言え!」
「この星に住む過激派を捕まえろ。悪いが拒否権はない」
本当に単刀直入でした。
だがこの話をある程度聞く限り、そういう事だろうと話の筋は見えていたせいか、意外と驚きはしない。
カイザに帰れないのは少し嫌だが、地球に過激派の危険が及ぶのなら自分達が頑張るしかないと思う。
「取り敢えずわかった………………」
自分から出たとは思えないほど弱々しい声だった。頭が既に停止寸前だった。だが自分はもう気にしたら負けだと考え、気にするのはやめた。
「なぁK、言い辛いが一つ……二つ頼みがあるんだが」
「出来る限りの事なら考えよう」
「一つはカフェルの無事を自分の目で確かめたい……んだ」
Kの事が信頼できない訳ではない。ただ自分で確かめたいだけなのだ。
「わかった。もう一つはなんだ」
この事は情けなく感じ、非常に言いづらかったが。
「すまんが、金というのを貸してくれ! 頼む! ついでにサンドウィッチというのを奢ってくれ! 二倍にして返すから!」
ライオニックは思いっきり両手を合わせゴマをするように頼んだ。
無銭飲食した定食屋のツケを返す為にはこうやって頼むしかなかった。