糸の蜘蛛は捉える、男達の笑い声を。
「親分もっと早く助けに来てくださいよー!」
ハイエースを運転する小柄の男の冗談交じりな文句にサグーである男は笑って返す。
「ガハハハッ、悪い、ちょっとクソしてたんだよ」
彼が言うからに、コンビニのトイレが混雑し公園の便所を探しまくったらしい。
「どんなクソだったんだぁ? 親分」
サグー程ではないが焼けた肌や筋肉が逞しい男が質問する。
「聞きたいのか? あれはな絶対トイレをファックするクソだったよ! ガハハッ!」
サグーの男は車に置かれていたコンビニの紙袋から缶ビールを取り出し、一気に飲み干した。その様は勝利の美酒である。
「絶対詰まっていやすね親分!」
「だがそんなクソよりももっと面白いのが来るぜぇ?」
「なんだそいつぁ? またサツか?」
「ンなわけねぇだろ、そんな皮じゃなく久し振りに骨のある奴が来るぜ。俺と同じ力を持った奴だ」
「ま、マジでやんすか……まだ銀行強盗やった方がマシでやんすよ……」
サグーの男は下品な笑みからは打って変わり、冷静な笑みを浮かべた。
「だから準備をしとけ、何をするのかは工場についた後で言う」
大男は札束の入ったバッグに手を突っ込み札束の雨を降らした。
「親分の命令だったらこの命だろうがなんだろうが使ってやるぜ! アンタといると本当に最高だ!」
「ガハハハッ! 俺もテメェらとの遊びは本当に退屈しない!」
男達の下品な笑い声が聞こえる中、少女は目を覚ましかけていた。
「おっ? 親分! あのアマが目を冷ますでやんすよ!」
むくりと起きた少女は状況が分かっていないようで、首を傾げた。
「ここは……?」
「やっと目が覚めたか、ガハハ!」
「ここは……どこなの? 車の……中?」
少女はキョトンとしている様子だった。
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「この町外れのこの工場まで頼むよ」
僕は近くの駅に留まるタクシーを拾った。足が少々重い。
「お客さん……行き先は病院じゃないですか?」
「僕の事は別に気にしなくてもいい、さっさと走ってくれないかい?」
そう言うが自分の服は少し焦げていて今日買ったマフラーは全焼しかけていて、頭は血で固まっていて切り傷がある。これで気にするなと言う方が酷であるかもしれない。
「はぁ、シートは汚さないでくださいよ」
三十半ばと思わしき運転手は無愛想な反応で返事し、タクシーは動き出した。
「さ、て、と……」
奴らの居場所は既に僕の蜘蛛が知らせてくれる。その問題は既に解決している、がホウキ頭の同種の力が厄介である。というかどんな能力が知らない。
長い時間準備をするのが一番の策だが、少女の身が危ういし自分のコケにされた怒りが今すぐにでも奴らにぶち当てたいのだ。
僕は下唇を噛み締める、その様子を見ていた運転手が。
「そういやお客さん、この近くの爆発テロあったらしいんですよ、知ってました? もしかしてそのテロに巻き込まれたんですか?」
無視しようかと思ったが。
「図星ですねお客さん」
グイグイと運転手は積極的である。
適当に返事してあしらう事にした。
「よく知ってますね……」
「私、お恥ずかしながらミーハーなもので、と、言うよりもかなり話題となってますよ? 勿論、ミーハーなのもありますけど」
運転手は赤信号の時を見計らってスマホを取り出し映像を見せた。それは十字路で起きた爆発の出来事の一部始終だった。
「どこでこれを?」
「どこって……ネットですよ。多分、現場近くにいた誰かが撮影したらしいです。少々不謹慎ではありますが私もその場にいたかったです」
「被害者に背中刺されても知りませんよ」と呆れながら返事をした。
僕はこの動画の再生ボタンを押しその様子を眺めた。
まず、最初の爆発は9時方向の僕のいたパトカー近く。
液晶の中でパトカーが炎上した、そして人達はパニックを引き起こし虫のように散りばっていった。
そしてその数十秒後、どうしてか突然と次々にパトカーが爆発して行き全てのパトカーが燃え盛った。
最後にハイエースが逃げた所で映像は終わっていた。
運転手は運転しながら「それそこに置いといてください」と運転席の隣の椅子にスマホを置いた。
あのホウキ頭が使った能力は一体なんなんだ。炎か? いや違う、アレは突然爆発していた。だが車内内部から燃やした可能性だってある。
「もう一度、観ていいですか?」
運転手の許可を貰い、動画を視聴して見る。
さっきと変わらず、一つ一つ、順番に爆発して行くだけで画質も悪かった。
その時同種が何やっていたのかもその本人が米粒すぎてで全く見えない。
「お客さん、着きましたよ?」
動画を何度も繰り返すうちに今はくたびれた廃工場に辿り着いていた。僕は代金を払い、そのまま降りた。
もう三日月が出ていて観たいテレビを見逃したな、と余計同種に対するヘイトのツケが溜まっていった。
蜘蛛の位置はここか……
「廃工場の許可は取っているんですか?」
「許可?」
「はい、危険ですので専門家の許可がなければ入る事は出来ないんですよ。その反応では貰ってなさそうですね」
少し眠って貰おうかと考えたが。
「まぁ、わたしには関係ない事ですけどね」
タクシーはそのまま立ち去った。
「なんだったんだあの人は?」
変わった人に出会った、その考え廃工場に目を向けた。
繊維を扱っていたらしいがもう数十年も前に潰されたと言われるらしい、自分にはどうでもいい事だ、と工場を取り囲む金網のフェンスを飛び越え、息を殺しながら忍び足で歩こうとしたが。
気配がする、僕から観た左右の建物の角の影に糸の投擲すると壁を突き破り「ぎゃあああああ!」と悲鳴が聞こえた。
多分、急所は外した、多分。
誰かの悲鳴が合図なのか、ぞろぞろと建物の中から人間が現れた。一人一人バットや木刀、小太刀等を手持ちにしていた。男達全員の顔つきがテレビで見た極道映画と全く同じであった。
違った点といえば整った顔の男が少ない。
「君たちは……敵……でいいのかい?」
その数、二、三十と言える人数の中央に立つ小柄な男が声を荒げた。
「テメェら! こいつの首を親分の土産にするでやんすよ!」
グッド、その声は誘拐犯及びテロ集団の一味の声だ、忘れはしない。
小柄な男の一声により、ヤクザと思わしき集団達は武器を手に走り出す。
まるでバランスのない騎士の前進だ。
「本来なら、君たち全員をぶちのめしたいんだけど…………まぁいいか……」
腹は立っている、だが彼らを殴っても気が済みそうにない。それに少女の身もなんやかんやで気になってはいる、一応。
だから少し眠ってもらおう。
「目よ……開け」
そう呟き、一瞬だけ姿を元に戻した瞬間、赤く眩い光がこの一面を染め上げた。