焦れったかった。
自分は他人に興味は無いと思っていたのだが、どうしてかただ一人寒い日に待ち続ける少女を見放せなかった。
なぜ誰も彼女に声をかけない? それとも彼女が拒否しているのか?
僕は少女の側に近づいてこう言ってやった。
「本当に待ち合わせは来るんですか? どう見ても……嘘にしか聞こえないね」
こう言って三十秒経過、少女は自分に反応せずずっと遠くを眺めているようだった。
腹が立つので同じ内容をもう一度言ってやった。
「私の……事? あなたは……?」
彼女はこちらに向き首を傾げた。
そして何秒か経った後に。
「さっきの人? 声が似てるわ」
もしかして彼女は目が不自由なのか、さっききちんと顔を見合わせたのだが声で認識しているのはそう言う事なんだろうか。
だがそうなると疑問が増える、普通この少女を一人にする馬鹿がいるのか。
「そう、さっきの親切な……人ですよ」
色々と考えると頭がカッとなって言いたくないことをスラスラと喋ってしまう自分に嫌気が指すがもうヤケクソだ。
すると少女はボソリと近くにいなければ聞き逃すだろう言葉を言った。
「やっぱり騙されたのかしらね」
ああ、この言葉を聞いた途端気怠げな気分に襲われた。
やはり訳ありだ。
「絶対、騙されているんですよ……だから……」
「だから?」
不味い、その後の言葉が思いつかない。というか言いたくない言葉を吐き出しそうになった。
だがこののほほんとした少女は可愛い見た目に反して自分をドンドン追い詰めてくる。
「いやそうじゃなく……まあいいや、交番に行きましょう」
「親切なのね、ありがとう」
すると黒髪の少女は笑顔を見せ微笑んだ。
溜息を吐きながらも僕は彼女の車椅子を押し始めた。今日は用事も済ませ暇である、この程度の道草は許されるだろう。
ここから一番近くの交番は駅前近く、ここから約10分ほどの距離。
人混みが少ない道を歩くが少女の方は何も話をせず気まずい雰囲気が流れた。だがこちらも他人の深い領域に入り込む気はないので助かる。
だが今日はいつもよりもパトカーの走る数が多く何か事件でもあったのかと思ったが、それも関係ない話だと記憶の片隅に捨てた。
それよりもどうして少女に声をかけたのだろう、と下向きながら歩いているとガクン、と段差があった事に気付かなかった。
「すみません、大丈夫ですか?」
僕が声をかけた時に、何か少女の手からこぼれ落ちた。
すると何かを落とした事に気付いたのか少女は少し動揺した。
「待って、拾います」
僕は落ちた『赤いルビーのペンダント』を拾い、彼女の手に握らせた。
「綺麗な石ですね」
「親戚の……おじさんから貰ったの」
「へぇ、そうなんですか」
自分で話をふっかけておきながら興味なさげな反応で返した。
そしてやっと庶民の味方の白い建物、交番へとたどり着いた。
いざドアを開け交番に入ってみたが、警官は一人しかいなくその一人も何やらソワソワしている様子だった。
「あの、すいません。彼女は……迷子なんですが」
一瞬、どう言おうと迷ったが迷子も似たようなもんだ。
「え、あっそうなの……参ったな……」
警官は何か用に追われているのか額に脂汗を浮かべていた。
それに受話器に耳を当て磁石のようにへばりついている。
「ありがとうね、ちょっと用事がゴダゴタしていて話は後で聞くけどいいかな?」
僕は「はぁ」と返事を返した。
何はともあれこれで家に帰れるものだ、僕は最後に少女に軽く挨拶を交わそうとした。
「では、僕はこのまま帰ります」
すると少女はここまでありがとうと言ってくれた。
ほんの少し、笑ってしまったような気がする。
「これ……お礼」
少女は僕の手にイチゴミルク味の飴玉を握らせた。
触れた手が柔らかくて白く冷たかった。なんとも言えない感情が湧き、このままではマズイと逃げるように交番から出て行った。
「甘い………………」
交番から出てすぐ飴玉を舐め舌の上で転がした。帰ろうと足を歩もうとした瞬間。
キキーッ! ドシャン! バギャーン! ガラッシャーン!
と頭の悪そうな擬音が背後から聞こえた。
そしてそのまま男二人の話し声も聞こえた。
「おい! あの女は何処だ! 轢いてないだろうな!」
「兄貴! ここにいました! 倒れてますけど多分轢いてません!」
「よくやった、さっさと宝石を奪って…………クソッ! ポリが来たぞ! 親分は今いねぇのによぉ! もういい! その女連れて逃げるぞ!」
「わかりやした兄貴!」
後ろを振り向くと黒いハイエースが走り出していくのを見送った。さっきの交番の内部は割れたガラスだらけで左半分ドア付近がくの字に折れ曲がっていて右半分はドアが突き破られていた。
「僕は何も知らない、うん。それがいい…………何も見なかった、うん…………」
飴玉の甘味が唾と絡みつき口の中で広がっていった。
「あー! 一体どうしたんだ僕は!」
こんな気持ちは初めてである、他人に関わりなど避けて来た自分がどうしてか別種である人間に興味を持ち始めている。
「飴玉の貸しという事にしよう、それなら実に合理的だね」
理由を思いつくと胸の靄が晴れ、迷いは消えた。
すかさず交番の隣の駐車場に置いてある自転車に跨り、鍵穴に糸を詰めて型取ってペダルを漕いだ。
警官は軽い怪我程度だったので無視だ、野次馬が適当に救急車を呼んでくれるだろう。
自転車で息切れながら走る中、これほど元の姿に戻れたらいいと思うのは初めてであった。