プロローグだけど始まりの物語とは限らない
高校生である筈の関取のような男性は、スイーツ店内でのガラス越しのお菓子を品定めするかのように見つめていた。
いかにも暴飲暴食しそうなタイプでだった。しかし前回ケーキを買ったとあるお客様に「そんなに食べると太ってしまう! もっと肉を食って筋肉をつけるんだ!」と失礼な事を言ってしまい怒らせてしまったことがある。
自分は心配して言ったつもりなのだが、その後店長にこっぴどく叱られた、今ではちゃんと反省している。
「あのーすみません、このマゼンタのイチゴケーキを九個ください」
どうやら品定めは終わったらしい。
自分は店長からの教え、定員五つの誓いを頭で考えながらイチゴケーキを袋に詰めた、そして愛想よい笑顔でお釣りと笑顔を差し出し見送った。
「完璧だ……!」
自分は心の底からガッツポーズをした。
今まで失敗続きだったが、久しぶりに一連の動作が上手くいった。
「フフフ、やっと雷尾(らいお)君……仕事が身についてきたじゃない……」
身体を少しくねらせたオネェ店長が自分を見つめていた。
「店長! 俺もできた!」
そう言うと、店長はニコリと笑った、そして笑顔で口を開いた。
「貴方に教えることはもう、何も無いわ! 卒業よ! あ、これ卒業祝いのケーキね。賞味期限に気をつけて食べてね」
店長にケーキが入った袋を手渡しされた。
これは戦利品だ、ケーキと言う名のトロフィーなのだ…………あれ?
「店長、卒業ってどういうことなんだ?」
「あら聞きたいの? クビよ、クビ」
「首って……これ?」
自分は店長に見せつけるように、親指で首を横から切るジェスチャーをした。
すると店長もそれに答えるように動作を真似した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ店長さん、そりゃないだろう? 俺が何をしたって……あ……」
思い当たる節は幾らでもあった。
店の客に無礼な真似をしたり、スイーツをつまみ食いしたり、慣れないレジの機会を間違えて壊したり、その他……
「貴方には悪いと思っているし熱意はちゃんと伝わるけどね……悲しいけど現実なのよ……これからの一ヶ月分のバイト代はちゃんと払うから……」
オネェの店長はトホホとハンカチを噛み涙ぐんでいた。
そんな店長の姿を見ると、自分はかなり迷惑をかけていたのだと理解し、心が痛んだ。
迷惑をかけたらその分、謝罪をしなければならない。自分はそうやって育ってきた。当選だが只の謝罪では駄目だ、行動で示さなければ。
「店長。すんませんでした! 俺が責任を持ってタダ働きさせてもらう!」
自分はそう言いその場で切腹をするほどの気合を入れ土下座をした。
「いやだから帰って!」
自分がさっきまでバイトをしていた駅前のスイーツ店「鴻上堂」から少し離れた住宅街を散歩した。
もう空は紅に染まっており、制服を着た中学生や遊び疲れてそうな幼い子供達が多かった。
そんな光景や空の風景を見上げて、少し懐かしい気持ちが湧く。子供の頃からこの星にいた訳ではない、そう感じるのは気分だ、気分。
近くの公園のベンチに座り、さっき自動販売機で買ったペットボトルの水を流し込むようにがぶ飲みした。そして汗でへばりついた地毛である金色の髪にも水を与えた。
「……」
バイトをクビになってしまった、これは貧乏生活を強いられている自分達にとっては致命的過ぎる、痛恨の一発だ。だけどまた次頑張ればいい、自分は後ろを振り向かない性格だ。伊達に単細胞やバカの塊と讃えられてはいない。
さてと、帰るか。とベンチから立とうとした瞬間、コロコロとサッカーボールが自分の足元に転がった。
「それ取って」
とボールが来た方向には小さい男の子がこちらに向け手を振っていた。どうやらあの子の私物らしい。
「そらよっ」
男の子に優しくボールをパスし、男の子はありがとうと一言お礼を言って頭を下げた。
「もう遅いから気をつけるん……」
そう言おうとしたが、もう子供は友達達と球蹴りを始めていた。
そんな子供達の遊ぶ姿を観て少し笑った。
今に地震でも来たら無残に崩れ落ちそうな二階建て三角屋根の木造アパート倉蔵、それが自分の拠点なのだ。
大家の戸塚幸子(とづかさちこ)にいつも建て直した方がいいのではと、自分は質問をするが、本人曰くそこらへんのよりは年期が違うし頑丈であるらしい。
そもそも最初は戸籍も無かった自分を格安で住ませて頂いているから、文句は言えないのである。
ギシギシと軋む木をそっと忍び足で登り、自分達が住む203号室のドア前に立った。そして息を吸って吐き、ドアノブに手をかけた。
そーと開け中を覗こうとするが暗闇の為何も見えない。もしかして今は誰もいないじゃないのか。
しめたしめたと玄関で靴を脱ぎ、中へ入ろうとするが。
「帰ってきたのか」
と聞き覚えのある男の声がし振り返ると、サングラスをかけ黒いロングコートを着用した赤髪の高身長な男が見下ろすように立っていた。
一瞬、手に持っていたケーキの箱を落としそうになったが、両腕でがっちりホールドする。
男は冷たい表情で、まるでロボットようだった、いや、こいつはロボットなんだった。
「お、脅かすなよK」
その男の名前は「K」身体全身が機械で出来ている男だ。自分と同じ部屋で暮らす同居人だ。
「俺も今帰ってきた所だ」
Kはそう言い、自分を押し退けて中に入って行った。自分もそれを追いかけるように部屋の中に入った。
今は豆電球が切れてしまっていて、代わりの懐中電灯を紐で宙吊りにして灯りを照らしている、微かな光だが無いよりはマシである。
「というかK、お前どこ行ってたんだよ。はろーわーくか?」
「少し用があってな…………その袋はなんだ?」
Kは自分が今も手放さないでいたケーキの袋に目をやった。
「ああ……えーと、そのだ……うん、すまん……」
自分は数秒後、すみませんと土下座した。そしてデコを畳に擦り付けながらバイトをクビになった事を説明した。
「…………そうか。なってしまったもんは仕方ないが、これからどうする」
職を失った。すなわち給料が出ない、家賃払えないとここから追い出されてしまう、住む家無くなる、いつかは飯が食えなくなる、死ぬ。
お先真っ暗な出来事が頭の中で再生されてしまい、徐々に血の気が引いて行ってしまう。
「どうしたらいいんだー! というかお前も働けー!」
頭を上げ、Kの肩を掴んでブンブンと揺さぶる。
自分だけ働いているのにこいつはいつも何をしているのか分からない、聞いても答える事はない。どうせボケーと一日中暮らしてるのだろう、そう考えてみると少し腹が立った。
だが決めつけるのはよくないと思う。もしかしたらKは他人には言えない事情を抱えている可能性だってある。
例えばヤクザに絡まれて借金をしてしまったけど自分に悪いと思って事情を話さずタダ働きしてるとか、変な科学者に目をつけられて機械のボデーを調査されているとか、その他その他……
他人の気持ちを考えず責める自分に嫌気がさした。
自分は悪いと謝り掴んでた手を離す。
自分もKが困っているのなら力になりたい、しかしだ事情を話してくれないと何も解決はしないのだ。無理にでも口を開かせてもらわないと。
「あのな……お前も、何か辛い事とか事情があるんだったら俺にもちゃんと話せよ」
そう言うと意外にもKは事情を話すと言った。今までは一度も話さなかっただけあったか、少し緊張する。
「俺は最近……」
ゴクリと唾を飲み込む。
「犬にハマっている」
「一発殴らせろ」
心配した自分がバカだったと頭をポカポカ叩いた。世界の中心で恨み言を叫びたい。
「犬と遊んでる暇があるのなら本当にはたら…………」
今から説教でもしようと思った瞬間、自分の感覚が極限まで昂り、まるで血に飢える獣のような気分へと変わった。
微かだがエナの気配がする。
この感覚は仕事……即ち狩りの報せなのだ。悪事を働く自分と同じ異生物サグーを狩れという。
「ライオニック、お前も今の気配を感じ取ったか?」
「ああ、だがお前は駅前まで向かうんだ。こっちは俺がなんとかする」
「どういう事だ?」
ライオニックの命令にK、は超がつくほどほんの少し顔を顰めた。
「気配を二つ感じ取ったんだ。一つの気配とは反対方向の駅前辺りにもう一つ」
サングラス越しにも分かるが今のKは悩んでいるのか目を瞑っていた。そして二、三秒後に目を開いた。
「分かった。お前の感覚を信じてみよう」
「それでこそKだ!」
ライオニックはハイタッチをしようと手を挙げたが、Kは既に玄関で靴を履いていた。
ロボットなのに律儀に靴を履いていて、少しライオニックは違和感を感じた。漫画で読んだ22世紀の猫型ロボットは靴は履いてなかったのに。
いや、そんな事を考えている場合では無いと両手で頬を赤くなるほど強く叩いた。
そしてライオニックは深呼吸をして、大きな声で叫ぼうとしたがアパートの住民に迷惑をかける訳には行かないので、心の中で「ウガァァァァァァ!」と吠えた。
するとライオニックの全身の身体は一回り大きくなり、両腕両足には金色に毛深くなり、人の姿からは打って変わり二足歩行で筋骨隆々のライオンに似た怪物の姿へと変貌を遂げた。
下半身にも紅の佩楯を着用していた。
ライオニックはベランダの窓ガラスに映る今のムキムキな真の姿を見つめ少しニヤけた。
やはり人間の時の姿は少し痩せていて気に食わない、やはり筋肉は最高だ。
ギィイと鳴る締まりの悪い窓ガラスを開け、ライオニックは夜の中へ飛翔した。
自分がこの世界に住むことになってしまったのは、あの出来事がきっかけだった。
のんびりが一番(のび太感)