アグニカ・カイエル バエルゼロズ   作:ヨフカシACBZ

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フラウロスとハシュマルは埋められたのではなく、大気圏を揉み合いしながら落ちていって隕石みたいに埋まったのでは?という勝手な妄想です。

我が同志であり盟友であるアグニ会幹部であらせられるNToz様から挿絵をいただきました!
ふつくしい………(恍惚)
これをアグニ会エターナルメモリーズとする!


【挿絵表示】



第一章 始動
0話 時の血脈


装甲の亀裂すれすれを、紅い光の線が通り過ぎていった。

この暗い宇宙でも輝きを放ち、極寒の空間にも熱量を与える光の束。

まさに力の象徴とも言えるその光は、ただただ『人を殺す』という目的にのみ使われている。

 

ビーム兵器。

その高熱により人間を焼き殺すために使われる兵器だが、この機体の装甲には効かない。

 

ガンダムバエル

純白の細身の外観に、二枚の大きなスラスターウィング、そこから青い炎の羽、そして二振りの金色の剣。

天使のような見た目ではあるが、決して天使などではない。バエルとは悪魔の名、それを冠したガンダムフレームだ。

 

そのボディはすでにボロボロだった。

白い装甲には鋭い刃物が突き刺さったような傷が多数あり、打撃によるへこみ、擦り傷、亀裂、爆熱による焦げなど、損傷がない箇所が無い。

だが羽も剣も無事。二つとも動く。まだ戦える。

 

アグニカ・カイエルの闘志は、まだ死んでいない。

 

「これが最後だ。これで……終わりにしよう!!」

 

スラスターを全力で稼働させ、ガンダムバエルは飛ぶ。

青い光が流れ星のように線を残す。

 

敵は、『暁の子』とも、『天使の王』とも呼ばれる、モビルアーマー・ルシファー。

人類の敵、モビルアーマー達を率いる、血塗られた天使の王。

黒と赤を基調にした、灼熱の溶岩のような装甲。

巨大な人形の外見だが、見た目はまさに悪魔のような異形の姿をしており、見る者全てに不吉さと圧倒的な力を感じさせる。

 

高速で近付いたバエルに対し、『天使の王』は紅い灼熱のビーム砲を撃つ。

たった一撃でスペースデブリ群を蒸発させ、地形すら変えてしまう、強力強大な熱量線。それも一門ではない。

その六枚の羽の眼球のような発射口から、六発のビーム砲撃。

 

それらをすり抜けるように接近し、黄金の剣を突き立てる。

しかし分厚いビームシールドによって弾かれてしまう。

『天使の王』の特殊兵装。ビームを自分の周りに展開し、障壁とすることで、あらゆる攻撃を無効化する、反則とすら思える兵器。

だがバエルは絶えることなく攻撃を続け

る。

超高熱と物理反射の衝撃により、弾丸はもちろん近接武器も破壊されてしまう、最強の盾。

それに打ち勝てるのは、特殊超硬合金製の剣しかない。

剣とビームシールドがぶつかり合う衝撃音が鳴り響く。

 

天使の王・ルシファーが、その大きな腕と爪で、バエルを薙ぎ払う。

バエルは剣で防御するが、少し遠くに飛ばされてしまう。

 

その隙に、ルシファーは身体の向きを変え、六枚の翼を大きく広げる。

そして、それらを編み合わせたものの先に、ビームのエネルギーを集中させる。

ルシファーが『暁の子』とも呼ばれる所以。

そのボディに蓄えられた強大なエネルギーを一気に開放する、超長距離ビーム砲撃。

それは惑星間の距離をも飛び越え、惑星コロニーをまるまる一つ消し飛ばす威力を持つ。

これを見た時の人々の絶望は凄まじかった。

 

それを奴は、地球に撃とうとしている!

 

この火星軌道上から地球まで、およそ7500万キロメートル。

それを飛び越え、地球に直撃する熱量は都市を焼き、山を吹き飛ばし、海を干上がらせるだろう。それほどの威力。

正真正銘、人類に対して最後の止めとなってしまう。

絶望の兵器。

 

だが弱点もある。

全エネルギーを集中するため、ビームシールドが使えなくなり、ボディががら空きになるのだ。

奴を倒せるのはこの時しかない。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

 

雄叫びをあげ、ルシファーの胴体に二本の剣を突き刺す。

通常兵器ならそれで終わりだ。だがこのモビルアーマーという最悪の兵器は、その程度では止まらないし、止まれないのだ。

 

バエルのボディに衝撃が走る。

側面から高速で飛来した、鳥のようなフォルムのモビルアーマーが乱入したのだ。

これに押され、バエルはルシファーから距離を離される。

 

「ちぃっ……!こいつは!?」

 

個体名、ハシュマル。

こいつもモビルアーマーの一つだ。

アグニカの仲間達の包囲網を、一体だけ突破してきたのか。

 

ルシファーが発射準備を終える。凄まじい熱量と光に、モニターが真っ白になる。

しかしアグニカは諦めてなどいない。

叫ぶ。

 

「撃てええええええええ!!!ジーン!!!!」

 

ルシファーの射撃の瞬間、コンマ一秒前に、巨大な鉄の杭が発射口に突き刺さる。

ビームは行き先を失い、ルシファーを巻き込んで大爆発する。

 

『いよっしゃあああああああああああああっ!!!』

 

通信からはジーンの歓喜の雄叫びが聞こえる。

見れば、離れたところには、巨大な大砲のようなものを抱えたガンダムが居た。

ガンダムフラウロス。

その白い機体は射撃戦に特化されており、抱えているのは強力なレールガン、『ダインスレイヴ』だ。

 

「よくやった!ジーン!!」

 

『やった!!やったんだあああああ!!!』

 

地球への長距離ビーム砲撃は防いだ。人類滅亡は防がれたのだ。

 

ハシュマルがバエルに取り付くのをやめ、フラウロスに向かって突っ込んでいく。

 

「!……ジーン!!」

 

『へっ!親玉の敵討ちかあ!?モビルアーマーにもそんなやつがいるんだなあ!?』

 

フラウロスは持てる限りの射撃武器を使い、ハシュマルを迎撃する。

その背後にはジーンの部下のモビルスーツ達が、ダインスレイヴを構えている。

ハシュマルを後ろから攻撃しようとしたバエルであったが、爆煙の中からルシファーが飛び出し、逃走しようとするのを見付ける。

 

「ちっ!逃がすか!!」

 

バエルはルシファーを追う。

ハシュマルに襲われるフラウロスより、ルシファーを倒すことを優先した。

 

『行けええええええ!!アグニカアアアアアアアッ!!!』

 

また仲間を置き去りにして、敵を追い掛ける。

これまでと同じだ。何度も繰り返してきた事だ。

アグニカは奥歯を噛み締める。

 

ルシファーはビーム発射口が壊れ、あちこちから火を吹いている。

ここで逃がす訳にはいかない。

ここで倒しきる!!

 

バエルはルシファーの首を斬り落とす。

その首をさらに両断し、胴体にさらに突き刺す。

剣を片方手放し、装甲の隙間に腕を突っ込み、中身を引きずり出す。

さらにそこに剣を突き刺す。容赦のない攻撃。

 

首のない天使、ルシファーが、ビーム発射口を火星に向ける。

残った全エネルギーを使った、ビームによる攻撃。これが当たれば、火星は灼熱の星になってしまう。おそらく数百年は誰も住めなくなるだろう。その射線上には、バエルも入っている。

最後の最後で、アグニカとバエルを道連れにしようというのだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

アグニカは、バエルは、剣を突き立てる。

今まで数々の戦場をくぐり抜けてきた愛剣、それを最後まで突き刺し続ける。

バキンッ、と折れない剣が折れた音がした。

 

まばゆい光に包まれ、視界が真っ白になる。

その直前、フラウロスがハシュマルに取り付かれ、火星に向かって落ちていくのが見えた。ジーンが部下達に、自分ごと撃てと叫ぶ声も。

 

ジーンが、エリオンが、イシューが、ボードウィンが、クジャンが、数々の仲間達の声が聞こえる。

自身もまた叫んでいた。

それらが混ざりあって、渦になる。その流れの中に、アグニカは落ちていく。

けたたましい音と光の中で、アグニカ・カイエルは意識を失った。

 

-------

 

もうずっとこの鏡の前で立ち尽くしているが、目の前に見えるものが信じられない。

 

アグニカ・カイエルは若返っていた。

いや、若返るどころか、子供に戻っていた。

写真の中でしか見ない、子供の頃の自分。

年齢は15、6歳だろう。

記憶が正しければ、自分は40代だったハズだが。

 

黒いウエーブのかかった、艶のある髪。

顔立ちは整っていて、瞳は綺麗な青。

背は高く、スマートな体型だ。

肌の白い美形、幼いながらも色気と独特の雰囲気を持っている。

女装すれば性別は簡単に隠せるだろう。

 

身体を動かしてみるが、どこも違和感はないし、感覚もある。意識もはっきりしているから、夢でもないだろう。

なら考えられるのは、自分の脳を別の肉体に移植されたという可能性だ。

クローン技術により、自身の細胞から新しい身体を作り、そこに脳を移植する。

これにより若返りが可能となるのだ。モビルアーマーが平和と文明を破壊するまでは、一般人でも手が届く範囲の医療技術だった。

 

「それなら、まあ、納得は出来るが……」

 

自分とは違う、子供の声。未だに違和感が拭えない。

 

自分が何故そんな事になったのか。

あの爆発で、自分の身体は再起不能になってしまったのか?

ついさっきの事に思える、あの激戦。

 

(あれから…どうなった……?)

 

ルシファーは倒せたのだろうか。

ジーンは。フラウロスは。ハシュマルは。

戦線はどうなった?直属の七人の優秀な部下達は?彼らが戦っていた防衛ラインは?他の皆は?地球は?

 

(モビルアーマーは……殲滅できたのか…?)

 

状況は何も分からないが、1つだけ確かな事がある。

バエルだ。

バエルは今、すぐ近くにある。

それだけは分かる。なぜならアグニカとバエルは、繋がってしまっているから。

 

気を取り直して、辺りを見渡す。

どうやら今自分は部屋の中にいるらしい。

暗くてカビの匂いがする倉庫のような部屋だ。大量のダンボール箱が置いてある他は、目の前の鏡しかない。

 

ずきり、と頭痛が襲う。

立っていられないほどの痛みに、よろめき、膝を付く。

頭の中に、見た事もない景色、聞いた事もない言葉、知るハズのない記憶が流れ込んでくる。

まるで脳内出血のように、じわじわと染み出してくるのだ。

 

「あっ、ぐっ!……はっ!?」

 

膨大な知識が、イメージが、渦になってアグニカの意識を掻き回す。

厄祭戦からおよそ300年以上経過している事。

ここは火星であること。

自分は孤児であること。

CGSという組織に拾われ、 阿頼耶識の手術を受けたこと。

マルバや一軍の大人達に酷使されていること。

自分と同じ境遇の、仲間達がいること。

 

オルガ、三日月、ビスケット、ユージン、シノ、昭弘、ダンジ、チャド、ダンテ、タカキ、ライド、ヤマギ、おやっさん。

 

会ったこともない人物との、あるはずもない記憶が、輸血でもされるように流れてくる。

 

(なんだ…!?なんなんだこれは!?)

 

自分はこれから、この世界で生きていくこと。

それを理解した瞬間、頭痛は治まった。

荒い呼吸をして、大量の汗を流している。

 

未だに信じられない。だが同時に、理解し、受け入れている自分がいる。

 

自分はこれから、オルフェンズとして第2の人生を歩んでいく事を。

 

「ふっ…ふ、ふははは……あはははははははははっ!!」

 

現状は理解した。理解したということにしよう。

この不条理な現象も、モビルアーマーの殺戮に比べれば他愛のないものだ。

この程度の異変で、このアグニカ・カイエルが狼狽えるものか。

 

「くっくっくっくっく…くふふ、ふふふふ」

 

ならばこの新しい身体で、もう一度伝説を築き上げればいい。

またゼロからやり直すチャンスが与えられたと思えばいいのだ。

あの全人類死滅の危機に立たされた絶望に比べれば、なんと希望に溢れたことか!

 

「第2の人生!大いに楽しむかあ!!」

 

両手を広げて天をあおぐ。

これが、アグニカ・カイエルの二度目の伝説の始まりであった。

 

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モビルワーカー訓練場に、突如として現れたモビルスーツ。

その天使のような機体は、さながらラグナロクを戦い終えたかのように、全身がボロボロだった。

その場に膝をつくような形でたたずんでおり、聖騎士の様にも見える。

 

頭部の二本の角のうち、片方は折れていて、右目にあたるカメラアイは破損している。

両肩の装甲は欠損し、灰色のフレームが剥き出しだ。

特に損傷が激しいのは胸部で、まるで間近で質量爆弾が爆発したかのような剥がれ方をしており、胸部の装甲とコックピットハッチまで外れ、中の操縦席が丸見えだ。

細くスタイリッシュな脚は破片が大量に突き刺さったのか、穴だらけになっている。

比較的無傷な背面バックパックの翼は、細かい傷はあるものの無事であった。

 

「おやっさーん!コックピットの機器チェック、始めていいですかー?」

 

「おーう!始めてくれー!ヤマギ、俺とフレームの損傷具合とパーツチェックを終わらせるぞ」

 

「はい!」

 

色黒の巨漢の男、雪之丞と、主に参番組の整備が出来る子供達が、ガンダムバエルの調査をしていた。

 

その周りに、MWが取り囲むように集まっている。

一軍の大人達もいれば、参番組の、オルガを筆頭とする少年兵達も、機器の運搬や周囲の探索などに駆り立てられていた。

 

皆が慌ただしく動く中、三日月・オーガスは、バエルを見上げていた。

 

「……なんか、似てるな」

 

「よお、ミカ。さぼってるとまたマルバがうるせえぞ」

 

三日月に話し掛けたのは、参番組の中心人物といえる、オルガ・イツカ。

 

「マルバはさっき戻っていったよ。ところでオルガ、これ、いつからあったの?」

 

「さあな。今朝見たらすでにあったらしい。昨日までなかったのによ」

 

「じゃあ、夜のうちに誰かが持ってきたって事?」

 

「そうじゃなきゃ、勝手に生えてきたって事になるな。夜警の奴らが怒鳴られてたぜ。けどこんなものが近づいてきたら、誰だって気付くと思うがな」

 

「うん。不思議だね」

 

二人でバエルを見上げる。

 

「そういやさっき、似てるとか言ってなかったか?」

 

「うん。こいつ、あの地下にあるやつと似てるんだ」

 

「ああ、あの動力炉に使われてるやつか。確かに似てるな」

 

そんな事を話していると、なにやら基地の方で騒ぎがあったらしい。一軍の大人達が駆け込んでいく。

 

「なんだ?何かあったのか?」

 

「分からない。けど、警戒した方がいいのかも」

 

「だな。ミカ、悪いがMWの準備しといてくれ。おやっさん達は念のために下がらせといてもらう。俺は皆を集めてくるからよ」

 

「分かった」

 

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廊下を歩いていく。その途中ですれ違った一軍の大人達には、全員顔面を思い切り殴り付けた。

大抵は一撃で気絶。意識を保った奴も二度、三度と殴ると眠りについた。

アグニカが歩いた後には、何人もの大人達が倒れて道標となっている。

 

これを参番組の子供達は目を丸くして、呆然と見つめていた。

 

「おいおいおい、どうなってんだこりゃ!?」

 

「あ、アグニカ!?おま、何やってんだ!?」

 

ユージンとシノが通りがかり、その惨状を見て驚いている。

ここでもアグニカという名前で通っていると知り、少し安心する。

 

「おお、二人とも、オルガがどこにいるか知らないか?」

 

倒した一軍の上着から、拳銃を取り出す。

 

「オルガなら今MW訓練所に…って、お前マジで何やってんだよ!?」

 

「こんなことやらかしたら殴られるどころじゃすまねーぞ!?」

 

拳銃の弾づまりをチェック。最初の一歩が、クズどもの整備不足が原因の暴発で躓いたのでは、先が思いやられる。

 

「大丈夫だよ。ユージン、シノ。俺が今からやるのは」

 

チェック完了。天井に向かって、発砲した。

 

「クーデターなんだからな」

 

渇いた銃声が、鳴り響いた。

 

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そこからは展開が早かった。

銃声を聞いて駆けつけた大人達を相手に、たった一人でなぎ倒していく。

通路は狭くはないが広くもないため、集団で襲い掛かっても効果が薄い。

挟み撃ちにするのが効果的だが、アグニカが通ってきた道には動ける大人はいない。

結果、自分を押し倒そうとする大人達の鼻に拳を叩き込んで折るだけの単純作業になってしまった。

たまに来る銃を持った奴には

 

タンッタンッタンッタンッ

 

容赦なく銃弾を撃ち込む。

血溜まりに倒れ伏す大人を踏み越えて、アグニカは社長、マルバの部屋に向かった。

 

「おい止まれ!クソガキがぁ!テメェ自分が何してるのか分かってん がびゅっ!?」

 

「ネズミごときが何てことをしやがる!テメェ今ならまだ許してやる!銃を捨てぶぇし!?」

 

途中、ハエダとササイが妨害してきたが、頭を撃って射殺した。

 

アグニカは参番組を助けたい。どこからか流し込まれた記憶とはいえ、寝食を共にし、大人達からの横暴に耐えてきた参番組のメンバーを、アグニカは放ってはおけなかった。

 

社長室の扉を開くと、マルバが隠し金庫から資産を取りだし、逃げる準備をしているところだった。

どうやら逃げ足と勘はいいようだ。少し逃げ遅れてしまったようだが。

その姿はまるで部屋の隅に追い詰められたネズミそのもので、少し笑えた。

 

「よお、マルバさん。ごきげんよう」

 

「お前…い、一体何のつもりだぁ!?」

 

笑顔で銃を突きつけるアグニカに、マルバは顔をひきつらせ、両手を上げた。

 

「それ、隠し財産か?結構あるみたいだが」

 

鞄に詰め込めないほどの量の札束、金色の銃やら腕時計やら指輪やらがたくさん。

 

「お、お前…まさか、俺の遺産を狙って」

 

「アグニカ」

 

「……は?」

 

「アグニカ・カイエルだ。やっぱり、参番組の子供達のことは、名前も覚えてないんだな」

 

「な、な、なに、何を言って……」

 

「俺はな、腐ったものが大嫌いだ。ただただ、気に入らない。見ていてイライラする」

 

「……」

 

「この世界も、あっちほど地獄じゃないにしても、大分腐ってしまっているだろ?だからまあ、ちょっと思う所もあった訳だ」

 

「あっち……?何の話をしている?」

 

「だから俺は、この腐った世界を改変しようと思ってる」

 

アグニカ・カイエルは大きく手を広げる。

それはまるで、自分の手だけで世界の全てを変えられると確信しているかのようだ。

 

「その前駄賃として、俺にお金を寄付してみるのも悪くないと思わないか?世界の救世主、その一番最初の出資者だ。名誉だろ?」

 

「……現実と妄想の区別も付かなくなったか?こんなことして、生き延びられるとでも思ってんのかぁ!?金を奪ったとして!それを使う前にテメェは死ぬんだよ!銃を持った他の奴らがテメェを囲んで終わりだ!!現実的に不可能だろ!これだから後先考えねぇガキは嫌いだよ!なあ!!」

 

「大丈夫、それぐらいなんとかなるさ」

 

アグニカはゆったりとした笑顔で答えた。

沈黙が流れる。

 

「……はっ、はは、なるほどなぁ」

 

頭がどうにかなっちまったのか。

そう吐き捨てたマルバは、力なくその場にへたりこんだ。

 

「こんな薬物中毒のガキに、クーデター起こされるなんてなあ。俺もヤキが回ったか」

 

「いやいや、ここの大人達がぬるすぎるだけだろう。300年前なら5秒で死んでるぞ」

 

「……意味が分からねぇ」

 

まあ昨日まで使い捨てにしていた少年兵の中身が、厄祭戦を終結に導いた(はず)張本人になっているなど分かるはずもないので、理解不能なのは仕方がない。

 

「じゃあ行こうか?ついて来い」

 

「あ?ど、どこに行くってんだよ」

 

「もちろん、お披露目の場さ」

 

クーデター、他の大人を躊躇なく殺した子供、お披露目。

これらの情報から、クーデター完了の証明と見せしめに処刑されるのだと勘違いしたようだ。

顔を真っ青にするマルバ。

 

彼に銃を突き付けて、前を歩かせる。

彼の隠し財産は全て自分で持つように言い、マルバは二つの鞄を重たそうに持つ。

その背中は正に処刑台に歩いていく死刑囚だった。

 

------

 

 

「なんだぁこの銃声はぁ!?何があったんだぁ!?」

 

「基地内部からだぞ!?」

 

「おい!誰か調べてこい!」

 

大人達のどよめきに、参番組のMWは動きを止める。

ハッチを開けて出てきた三日月や昭弘達は、何事かと顔を見合わせている。

オルガは参番組のメンバー達に、下手に動かないよう指示を出して、静かに見守っている。

しばらくすると、基地の中からCGSの社長である、マルバが銃を突き付けられて出てくるのを見て、全員の視線が釘付けになる。

 

「アグニカ……?」

 

三日月が珍しそうな顔をする。

彼の記憶では、アグニカは居るか居ないかも分からない、影の薄い男だった。というか記憶がひどく曖昧で、よく思い出せない。

ただ、これほど大それた事をする男ではなかったように思う。

 

「こりゃあ……あぁ、なるほどなぁ、そういうことか」

 

オルガは以前、ユージンや他のメンバーと一緒に、CGS乗っ取りの計画を話し合った事があった。

その時のメンバーに、アグニカも居たように思う。

まさか、たった一人でやってしまうとは思わなかったが。

 

「オルガ!これって、アグニカがクーデターを起こしたってこと!?」

 

ビスケットがあわてふためいている。

彼は参番組の中でも特に穏健派で慎重だからだ。

 

「ああ、あの野郎、俺らに何の話もなく、一人でおっぱじめやがった」

 

クククッ、と喉を鳴らす。

三日月がオルガを見つめる。

 

「オルガ、俺たちはどうすればいい?」

 

「もう起こっちまったモンは仕方ねえ!俺らもあれに乗るぞ!MWを全部持ってこい!一軍の奴らをぶちのめすんだ!!」

 

「「「「おおっ!!」」」」

 

MW訓練中だった参番組全員が、そのままアグニカの方に加勢に行った。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!武力でクーデターなんて危険すぎる!せめて状況の確認だけでも…ああもう!」

 

ビスケットは慎重論を叫ぶが、結局はオルガ達についていった。

 

 

-------

 

基地から少し離れた、一面に赤い土が広がる場所に、アグニカは居た。

マルバはその場に膝をつき、ぷるぷると震えている。

そこに、オルガの率いる参番組のMW軍が合流した。

ハッチから身を乗り出したオルガが叫ぶ。

 

「アグニカぁ!先走ってんじゃねえぞ!俺らも混ぜろ!!」

 

「オルガ」

 

オルガ・イツカ。

参番組のリーダー的存在で、仲間を大切にする気持ちは誰よりも強い。

どこからか流れ込んできた記憶ではあるが、アグニカはオルガが好きになった。

 

「テメェら……一旦考え直せ。金ならやる。ここにたくさんあるし、他にもあるんだ。欲しいだけくれてやる。けどこのままだと一軍の奴らに蜂の巣だぞ?数もあっちの方が勝ってるんだ。クーデターなんて馬鹿なことやめて、もう一度仲良くしようぜ?……な?」

 

マルバは震える声で停戦を申し出てきた。

アグニカはそれをニコニコしながら聞いている。

オルガは汚物を見るような目でチラリと視線を向けるが、すぐにアグニカに視線を戻す。

 

「アグニカ、マルバは確かにクズだ。だがよ、こんなクズでも、俺らに飯と寝る場所をくれて、仕事もやらせてくれた。それがどんなに辛くて死ぬようなもんでもな」

 

「ああ、オルガの言いたい事は分かるよ。こいつは俺たちを育ててくれた。一応は、その恩がある。それを無視して殺すっていうのは」

 

「筋が通らねえ」

 

オルガは真っ直ぐな瞳でアグニカを見る。それを少し眩しそうに受けてから、アグニカは答えた。

 

「だから、俺達は自立しようと思うんだ。これからは俺達が会社を回して、大人達や社長には『楽』をしてもらう。どうだ?」

 

「…ふっ、つまり、上と下を入れ換えるだけって事か」

 

「そういうこと」

 

仕事を貰う側から、与える側になればいい。それで今まで受けた『恩』を、ゆっくり返していけばいい。親孝行な話だ。

だがそのためには、圧倒的な力がいる。今のオルガ達に、そんな力はない。少なくとも、今は。

 

「アグニカ、これは、何か策があっての事なのか?あるなら、それを聞きてえ」

 

このクーデターを成功させるには、まずは反発する一軍の大人達を黙らせなくてはならない。さっきまではアグニカの不意打ちで抵抗する間もなくやられていた大人達だったが、今は完全に臨戦体勢で武器を持ち、集結している。アグニカに対する敵意と殺意をつのらせて。オルガは、この状況を打破する方法があるのか、そもそも計画的な作戦なのかすら怪しく、不安を覚える。

このまま行けば、一軍との全面戦争が勃発しかねないのだ。

その時のために三日月達を集結させたのだが、できれば仲間が死ぬような状況は避けたい。

 

「ああ、ある。あるとも。先ずは彼らと『話し合おう』か」

 

アグニカは途中で拾ってきたスピーカーで、CGS一軍達に話しかける。

 

『あー、CGSの諸君、この会社はアグニカ・カイエルが貰うことにした。これからこの会社は俺のものだ。文句のある者は、前に出るように』

 

しん、と静まりかえる。

一軍の大人達は、アグニカの異常な空気に押され、黙りこんでしまった。

一軍のMW部隊と、参番組のMW部隊が睨み合う状態で、緊張した空気が流れる。

そんな中で、アグニカだけが朗らかな雰囲気のまま、話を続ける。

 

『マルバ社長には、今日限りで退社してもらう。彼を人質に取ったのは、不当に溜め込んだ資金を返してもらうのと、君たちとこうして話し合いをするためだ』

 

マルバの隠し財産をポンポンと足でつつく。

 

『なぁに、こちらが偉くなって、そちらが偉くなくなるだけだ。他は何も変わらなくていい。今まで通り、仲良く仕事をしようじゃないか』

 

「ざけんじゃねぇ!」

「殺すぞクソガキぃ!!」

「お前、ハエダとササイを殺りやがったな!」

「そんな話、俺らが呑むと思ってんのかぁ!?」

 

殺意と怒気に満ちた叫び。

ついに痺れをきらした一軍が、MWの銃火器を構える。

ついにCGSの内部抗争が始まった。

参番組の皆が戦闘態勢に入る。

 

「オルガ!」

 

三日月がMWを盾にオルガを庇う。

しかしアグニカはその場で動かなかった。

 

『ひとつ!貴様らにアグニカ・カイエルの伝説を見せてやろう!俺の血は、魂は、悪魔と繋がっているのだ!!』

 

それを今、見せてやる。

 

MWの射撃がアグニカを襲った。

 

-----

 

ガンダムバエルがあった場所で、大きな爆発音がした。

見れば、そこに鎮座していたはずのバエルが居なくなっている。

 

青い光の線を残し、上空に飛んだバエルは、そのままアグニカの元に急降下。

黄金の剣をアグニカの前に突き刺し、飛んできた銃弾を防ぐ。

着地の衝撃に皆が驚いている間に、バエルはアグニカを手のひらに乗せ、空高く飛び上がる。

 

皆がこの異常事態についていけず、混乱している。

その中で三日月・オーガスも、バエルを食い入るように見ていた。

 

風が強いが、下がよく見下ろせる。

宙に浮くバエルは、その赤い瞳で一軍のMW軍を睨み付ける。

彼らは恐怖に立ち竦み、動くことすら出来ない。

 

「この機体は、バエル!モビルアーマーを殺し尽くした、悪魔の名を関するカンダムフレームだ!!」

 

アグニカの声が響き渡る。

 

「この機体には、俺の魂が宿っている!だから俺の意思で、操縦席に乗り込む事なく、操ることが出来るのだ!」

 

バエルがゆっくりと着地し、黄金の剣を一軍の面々に突き付ける。

彼らはただ立ち尽くし、アグニカの一挙一動を見逃すまいと目をこらし、一言も聞き漏らすまいと、次の言葉を待っている。

 

「俺に逆らう者は、バエルの剣により処刑される!今ここで選べ!俺の下で働くか!それとも死ぬか!!

俺の下に来たいというのなら、身の安全と安定した仕事を約束しよう!だが従えないという者は、ここで八つ裂きにして殺すと約束しよう!

どちらの約束も果たされる!なぜなら俺が!アグニカ・カイエルだからだ!!」

 

一軍の面々は、武器をおろし、力なく膝をついた。

圧倒的な力。威力、権力、暴力。

それら全ての象徴のような姿に、反抗心などというものは全て消え失せてしまったのだ。

 

「すごいな…」

 

三日月はぽつりと呟く。

 

「あれが…『力』なのか」

 

バエルとアグニカの姿は、力の象徴として、参番組の皆の心に、深く刻み込まれた。




いかがでしたでしょうか(^-^)
アグニカ・カイエルくん、始めてのクーデターです。
まあ300年前はしょっちゅうやったりやられたりしてたイメージなので、手慣れてますね。

今回のクーデター、原作二話のオルガ達のと比べてみますと

『手段』
オルガ達 ご飯に睡眠薬を盛る
アグニカ 顔面を殴る 射殺 ガンダム★バエル

『理由』
オルガ達 落とし前 皆の安全のため(ちゃんとした理由がある)
アグニカ 気に入らない(ちゃんとした理由はない)

『要求』
オルガ達 俺達の下で働くか、出ていくか
アグニカ アグニカの下で働くか、バエルに殺されるか

『マルバ社長』
オルガ達 取り逃がす
アグニカ 人質 全財産没収 クビ

オルガ達のクーデターはまだ可愛いげがあった事が分かりますね。原作を見ていた時はひでーと思いましたが、まだまだ鬼畜さ加減としては上がいたということです(笑)

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