行方   作:T a O

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 第一話です、宜しくお願いします。


No,1 出勤

 

 死者の魂を導く者、案内人(ガイド)

 彼らは転生の権利を手放し、輪廻から脱した。

 

 永遠を選んだ彼らに、終わりはない。

 

 

 

 

 その魂が、擂り潰されて消えるまで。

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

 

 

 白金の髪に櫛を入れると、頭皮に鋭い痛みが走った。

 ギシギシと音が鳴りそうな程の絡まり具合とめげることなく格闘し、ジルヴィア・イェルザレムはようやく髪を結い上げる。

 

 まともな手入れをする暇も得られないのはいつものことだった。そんな安い地位には居ないし、そもそもこの仕事には休みなどない。

 月に2日。それがジルヴィアにとって"あればいいほう"の休日だ。現状は2ヶ月に1日。自己管理を徹底しなければ、あっという間に心身のバランスは崩れ去ってしまう。

 

 しかしジルヴィアは、仕事を苦痛だと感じることはなかった。それは、彼女が仕事中毒になっているからでも、職場の上司に洗脳されているからでもない。

 

 何百年も同じ仕事をしていれば、トラブルの解決策など反射的に選択できる。

 どんな問題のパターンも瞬時に見分けることができるし、それに対する対処のしかたも息をするように探し出せる。新人の出来が悪かろうが同僚の体調が悪かろうが上司の機嫌が悪かろうが、彼女にとっては何度も経験してきた些細な問題だ。

 

 彼女は"案内人"だった。

 

 人の理を外れ、永遠の時を生きる"死者"だった。

 

 死に時間はない。

 死にあるのは静止だ。何一つ進まず、何一つ変わらない。外見も思考も口癖も性癖も、何一つ静止したままになる。

 

 その理を外れ、輪廻から脱した者たちが、死者の魂を導く"案内人"となる。

 

 彼らは永遠の魂を得る変わりに、自ら死を選ぶことはできない。どれだけ憂鬱だろうと苦痛だろうと、逃げることは出来ないのだ。

 

 それが、輪廻を外れた者が得る魂の入れ物だ。

 

 肉体を失った魂の輪郭は曖昧で弱く、容器がなければ本来の形を保つことが出来ない。誕生した瞬間から生命という容器に収納されていた魂は、その容器から放り出されてしまうと途端に無防備になる。

 

 今まで当然のように判断していた善悪のバランスが、ちょっとしたことを切欠にたちまち瓦解するのだ。

 

 そうなれば、後は早い。

 傾いた心はこぼれ落ち、魂に大きな孔を開ける。そうして心を失った死者は"ニヒル"と呼ばれ、開いた孔を埋めようと他者の心を渇望する。

 生者も死者も見境なく、片っ端から喰い散らかすのだ。

 

 案内人の仕事には、そのニヒルの殺処分も含まれている。心を失った魂を輪廻に還せば、そこはニヒルにとって格好の餌場だ。転生の輪を狂わされることは、生死を混濁させることに繋がる。

 

 もしそうなった場合、世界を覆うのは完全な死だ。

 

 生の行き着く先は死。終焉は全てを包み込むこの世の母胎であり、始まりを産み出す胎盤にもなる。ならば生死が混濁すれば、終焉の象徴である死が世界を覆うのは当然のこと。

 それを防ぐために、案内人はニヒルを殺すのだ。

 

 開いてしまった心の孔を埋めるのは難しい。

 欠けた心は二度と元には戻らない。新しいもので塞いでも、それは本来のものとは違う、歪なものになってしまう。その歪みを修正するのは、心を埋めるよりも難しく、不可能に近い。

 

 だが決して、不可能だという訳ではない。

 

 ジルヴィアは全身鏡で身だしなみの最終確認をすると、愛用している鞄を肩にかけて靴に足を滑らせた。履きこなした靴ですっぽりと足を包んでから、彼女は玄関を開ける。

 朝焼けの淡い橙が、未だ微睡みの中にある街を包んでいた。

 

 その眩しさから目をそらすようにドアを閉めると、ジルヴィアは戸締まりもそこそこに歩き出した。

 この部屋は主の不在を確認すると、センサーが反応し自動的に家中の鍵をロックする仕組みになっているのだ。だからドアに鍵はついていないし、鍵自体も存在しない。

 もし家に入りたければ、どこからか彼女の霊圧パターンを入手して本人に成り済ますしかないというわけだが、そんな無茶をやらかす人間は少ない。

 

 案内人は、死者というには強すぎる存在だ。

 その存在の濃度を表す霊圧には個人差がある。それは先天的なもので、その濃度は転生回数に比例する。

 

 だが案内人になれば、鍛練次第で霊圧を上昇させられるのだ。それは死に近づくほど、数値を上げる傾向がある。

 

 案内人はニヒルという死に近い者を殺すことで霊圧を高めていく。ニヒルの死を糧に能力を上げている、といっても過言ではない。

 そのことを、まるでゲームのようだとジルヴィアの同僚は笑っていた。

 

 「ジル!」

 

 その同僚の能天気な声が、巨人の心臓音のような重低音と共に彼女の背後から飛んできた。

 

 このエコロジー時代に大量の排気ガスを撒き散らす迷惑きわまりない二輪車の上で朗らかに手を振っているのは、同期で一つ年上のローラント・ヘルダー。

 彼の愛車であるBMWの青いK1600GTLエクスクルーシブは、ドライブの途中で止まった主人へ早く走らせろと言わんばかりにエンジンを鳴らしている。

 ローラントはその雄弁な愛車の口から容赦なくキーを抜いて黙らせ、ヘルメットを外した。

 

 「早いな、残業か?」

 「冗談…日本人じゃあるまいし」

 

 まだ寒い歩道にバイクを押し上げて隣に並んだローラントが、お気に入りのジョークをご機嫌に口にする。

 この男は日本好きだが、彼らほど仕事が好きなわけではない。こうして早い時間に出社するのは、ただ単に人混みが嫌いなだけだ。

 

 ジルヴィアは笑いながら手を差し出してきたローラントへ柔らかに苦笑し、肩にかけていた荷物を渡す。

 これは二人の習慣のようなもので、最初に始めたのがどちらなのか、当人たちも覚えていない。ジルヴィアが頼んだのかもしれないし、ローラントが言い出したのかもしれない。どちらにしても、彼らの関係に誤解を招くには十分な材料だ。

 

 「早番ってわけでもないだろう」

 「ちょっと問題があってね。その都合だよ」

 

 職場に近づくにつれ、ぽつりぽつりと人が増え始める。他愛ない会話をズルズルと繰り返しながら、ローラントは職場の名物である厳つい鉄門の前で、預かっていた荷物をジルヴィアへ返した。

 

 「じゃあ頑張れよ、イェルザレム中尉」

 「そっちこそ。怠けて部下に迷惑をかけないように」

 「それは約束しかねるな…」

 

 苦い顔のローラントに背を向け、ジルヴィアは門に備え付けられた認証パネルに手をかざす。通常は白いパネルが薄青く光ると、実用性だけを求めた全く可愛いげのない分厚い鉄板の一部が開いた。

 

 これがすべて開くところを見た者は少ない。数百年前に勃発した大戦の折りにその重い腰を持ち上げたきり、沈黙を保っているからだ。

 

 そんな無用の長物を抜けると、すぐさま目の前に半透明なホログラムが浮かび上がった。今朝のうちに網膜へ点眼した液状のナノマシンデータベースが、門を潜ったことでようやく起動したのだ。

 視界を遮らないよう表示されたそれには、1日のスケジュールと昨日部下から提出された報告書の未読数がきっちりと記録されている。

 

 ジルヴィアは一瞬だけ瞳孔を左へ移動させてその表示を消し、次いで右に動かして連絡名簿を引っ張り出すと、名簿にある一つの名前を二秒ほど見つめる。

 青地の名簿の一マスが浮き上がると、彼女はナノマシンと連動しているイヤリング式の通信機に軽く触れ、部下を一人呼び出した。

 

 ありがたいことに、生真面目なその男はワンコールが終わるよりも早く電話に出てくれた。

 

 『はい、こちらオットー。お呼びでしょうか中尉』

 「おはようオットー。今空いてるかな」

 

 ええ、空いてます、と言いつつも、電話越しにガサガサと紙を扱う音が聞こえた。大方、ジルヴィアの判が必要な書類の整理でもしているのだろう。

 デジタル化が進んだ現在も、重要な事柄は紙媒体を使用した連絡手段がとられている。

 

 「忙しいなら後でもいいけど」

 『いえ、お気になさらず。今終わりましたから』

 

 ジルヴィアは通話を続けながらガラス張りの廊下を歩き、腕時計を模した小型プロジェクターから空中へホログラムを投射した。

 昨日のうちに他部署から回されてきた連絡事項が手元にズラリと並び、その内の一つを開いて中身を確認する。

 

 [ニゲルへの干渉可能性について]

 

 目下のところ、これが案内人たちにとって今もっともホットな話題だ。

 

 

 




 なっが…(´・ω・`)

 ところどころ自分でも何が書きたいのかわからなくなってきた箇所があるので、追々修正していくと思います。

 なにか…何かアドバイスがあれば…ください…。

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