BIOHAZARD エージェント E   作:あまてら

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合衆国のエージェント
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 傷口が再生しなかったのは、打たれた薬による一時的なもの。変わりなく、今まで通り(・・・・・)だった。

 目覚めれば、今度は合衆国政府の管理下にある極秘施設。唖然呆然とするわたしの前に、当時合衆国の政府高官を務めていたディレック・C・シモンズが現れ、わたしが此処に来るまでの経緯を知った。

 そして、アルバート・ウェスカーの死も……。

 辛い日々は『終わった』とシモンズは言うけれど、何も終わってなんかいない。今も自分は、あの男の為に生かされた"存在"でしかなかったから。

 貨物船で刺した胸の傷が再生しないとわかった時、『やっと楽になれる』と、正常な人間としての死が嬉しく思った。

 だけど結局死ねなかった。

 襲って来たのは虚無感。

 異常となったわたしは、家族や友人と再会する事よりも、苦しみから全て解放される死を望んでしまっている。

 こんな状態のわたしなんか知られたくもない。きっと会えば迷惑をかけるだけ。両親や妹には、正常で穢れのないわたしの記憶だけを残してほしい。

 わたしはシモンズにある頼み事をした。それは──、ダイアナ・オブリーの正式なる(・・・・)死。

 その"死"は二週間後に叶った。

 公式の死は1998年の爆発事故で。非公式での死は、2009年極秘施設内での衰弱死となり、生きていたわたしを知る一部の人間にのみ伝えられた。

 ダイアナ・オブリーとして生きる事をやめたわたしには、異常な身体以外何も無くなった。役に立てるのであれば、せめて実験体としてこの身を捧げたい。そうシモンズに願い出る。

 

「実験に協力的なのは大変に有難い事だ。だが私は言った。君の様な存在を救いたい、助けになりたいと。このまま君を、ただの実験体にだけはしないよ」

「わたしを拘束しないの?」

「我々は君を救いたいだけだ。永遠にベッドに縛り付けたりはしない。君が消してしまいたいと思っているその命を、この私が貰おう。君のこれからをアメリカ合衆国の為に使ってほしいからね」

 

 断る意思も気力も無い。そのまま身を委ねれば、わたしには"エヴァ・グレイディ"という別の名前が付けられた。

 シモンズ曰く、死んで生まれ変わったわたしへのプレゼントらしい。

 身体検査の毎日が過ぎ、極秘施設とやらに来て一年くらい経った頃。抜け殻の様に過ごしていたわたしのもとに、シモンズが久々に顔を出した。

 

「──どうかね、体の調子は?」

「元気よ。……体は、ね」

「カウンセリングを拒否しているようだが、君の為にも受けた方が良いと思うんだがね」

「気が向いたら受けるわ」

 

 カウンセリングは苦痛でしかない。わたしの全てが奪われたあの時の事が頭の中でフラッシュバックし、いつも言葉に詰まってしまうからだ。

 

「なら話し相手を君に紹介しよう」

「話し相手? わたしは別に話し相手が欲しいわけじゃない」

「カウンセラーより話が通じると思うよ」

 

 そう言ってシモンズがわたしに紹介したのは、シェリー・バーキンという若い女性だった。訝しく見つめるわたしに対して少しおどおどした態度の彼女は、シモンズに促されながら簡単な自己紹介をし始めた。

 

「彼女はただの話し相手じゃない。全てではないが、君とは共感出来る部分があるんだ」

 

 聞けば彼女はラクーンシティの生き残りで、しかも両親はアンブレラの研究員。Gーウイルスを開発した父親が、ワケあってウイルスを自身に打って変異。化け物となってしまった父親によって体内に胚を植えつけられた幼い彼女は、その後のワクチン投与で一命を取り留め、ラクーンシティ脱出後にアメリカ政府にその身を保護されていたそうだ。

 

「シェリーはアルバート・ウェスカーに狙われていてね、その理由というのがGーウイルスで──」

 

 ワクチンを打った彼女は正常を取り戻したものの、Gーウイルスを完全に体内から消し去る事が出来なかった。その為、異常な程高い回復能力と再生能力を持つようになったと言う。

 

「彼女もまた、致命傷を負っても瞬く間に回復するんだ。もっとも、君の様に頭を撃ち抜いたり心臓を刺したりしても回復するかどうかはわからないがね」

 

 シモンズからシェリー・バーキンへ目を向ければ、彼女は暗い表情をしながら目を伏せた。

 

「……それが共感出来る部分?」

「それだけでも分かり合える。君にはそんな友人も必要だ」

 

 正直、今のわたしにお友達はいらないし、話し相手が欲しい気分でもない。『必要ない』と突っぱねたかったけれど、それすらも面倒だった。

 渋々受け入れる事にしたその日から、彼女とは毎日顔を合わせるようになった。『君達2人の心の安定を願って』と言う、シモンズの計らいで。

 初日はお互い無言。検査や実験、カウンセリングの合間に交流場として多目的室で会ったけど、わたしの『話しかけないで』オーラに感づいたシェリーも、終始口を開かなかった。

 翌日からは、勇気を振り絞ったであろうシェリーが声をかけて来た。わたしは変わらず無言で、彼女の顔すら見ない。けれどシェリーは諦めなかった。

 何度無視をしても、彼女はわたしに話しかけてくる。

 

「放っておいてくれる?」

 

 1ヶ月程経ったある日。わたしは遂に口を開いた。無反応が効かぬなら、あえて言葉にしてみたのだ。

 

「会ってるのは本心で受け入れたんじゃない。あなたも頼まれて話しかけてくるんでしょうけど、諦めて。お互いの為にもね」

 

 シェリーの顔色が僅かに曇る。それだけを確認したわたしは、彼女をひとり残して多目的室から出て行った。

 

「おはよう」 

 

 3日振りに会うと、シェリーは笑顔でわたしの前に立った。その表情には精一杯の明るさが。だけど緊張も混じっている。

 

「これは頼まれたからなんかじゃない。私の意思よ。エヴァと仲良くなりたかったから、だから話しかけているの」

 

 少しも逸らさずにわたしを見つめるシェリーの瞳は、とても純粋で真っ直ぐだった。──胸が痛くなる程に。

 シェリーの笑顔は、わたしには眩し過ぎる。

 

「あなたは嫌かもしれないけど、私はあなたに会えてとっても嬉しかった」

 

 それだけを一方的に伝えられると、今度は逆に彼女がわたしを残して部屋を出て行ってしまった。

 1人になった瞬間に思わず漏れた溜息は、思っていたよりも多目的室中に響いた。

 次の日もそのまた次の日も、シェリーは笑顔で話しかけて来る。どんなに冷たい態度でもお構い無し。

 挨拶だけだったのに、その日に何をしたのかとかいう内容も自然と追加になった。相槌を打つでもなく、無言のままにいるわたしの感想は特に求められていないらしい。一方的に話して満足し、そして去る。

 いつまで続けるのだろう。面倒だと受け入れてしまったのが間違いだったのか。

 

「彼女とは、まだ仲良くなれそうにないようだね」

 

 シモンズとの面会の日、未だシェリーとまともに会話も成立していない状況を知って、彼がわたしに言った。

 

「前にも言ったように、私は君の様な存在を救いたい。助けになりたいんだよ。今回会わせたのは、君達2人の心の安定の為だった。急かせたようで君は不服だろうが、いずれは気持ちも変わる」

 

 安定なんて望んでない。わたしがそう返せば、シモンズは眉尻を僅かに下げた。

 

「シェリーは君と出会えた事を大変喜んでいたよ。シェリーには心を許せる友人がいてね、辛い日々の中で耐えてきたのはその友人のお陰でもあった。けれども、真の意味でシェリーとわかり合えているとは言い難い。その点君なら、誰よりも彼女の痛みや苦しみを理解出来る。逆も然りさ」

 

 渋るわたしに対しても、親身な声で話は続けられた。

 

「シェリーは近々、合衆国のエージェントに就く」

 

 それが何だと言うのか。

 

「そして君もエージェントになるんだ、エヴァ」

 

 わたしは逸らしていた目線をシモンズに向ける。

 

「……エージェント?」

 

 何故自分がと、半笑いで問うた。わたしのような存在は悪用されない為に機密扱いされ、本来ならば永久的に隔離される運命の筈だ。

 

「そうだ。君の存在は表には出せない。──しかし、それは"ダイアナ・オブリー"であってエヴァ・グレイディではない」

「"中身"は同じだけど?」

「確かに」

 

 自虐をジョークと捉えたシモンズが笑う。

 

「勿論、漏洩は避けたい。我々が全力で阻止するよ」

「だったら尚更。閉じ込めておいた方が良いに決まってる」

「覚えているかい? 諦めたように自分の命を差し出した事を。そして私が貰い、その命をアメリカ合衆国の為に使ってほしいと言った事も」

「……ええ。だからお好きにどうぞと答えたわ」

 

 備えられていた椅子の背もたれに、軽くもたれていた上半身を真っ直ぐにしたシモンズから笑みが消えた。

 

「研究材料としてだけの存在では惜しい。訓練すれば、今よりももっと優秀な人材としてこの国の役に立てる。君からすればどうでも良い話だろう。だが我々にとっては人材確保は重要でね、特に今の情勢なら尚更欲しい。合衆国を脅かす存在は常に潜んでいるんだ」

「その脅かす存在を排除する組織に入れと?」

「そうだ。危険と隣り合わせの仕事だかね」

「でもわたしは、どんなに怪我を負ったって死なない身体だし、弾除けにも役立つわね」

 

 また自虐、──否、これはジョークのつもりだった。

 いつだったか、この施設で研究としての実験最中、研究員の目を盗んで医療用メスを手にしたわたしは、自分の喉を切り裂いて自殺を図った。

 残念だけど、当たり前のように死ねなかった。何故そんな事をしたのか。理由は今も時々考えてる、『死ねたら』っていうのがそう。衝動的に、ね。

 きっと実験の前に受けたカウンセリングのせい。思い出したく無い記憶が辛かった。

 因みにこの時の実験は、身体の再生能力を切って確かめる事だった。メスで腕を切ったりだとか、第一関節までの指を切断とか。わたし専用の麻酔をかけられてだけど。傷はあっという間。骨だけは時間がかかるらしく、小指の場合だと完全再生だけで20秒。

 そんな経過も目の当たりにしたら、益々自分の存在に嫌気が指す。きっと爆弾で弾けとんじゃっても、飛び散った肉片が別々の生き物の様に集まってだとか、残った少しの部分からだけでも再生していくのかも。想像して物凄く気分が悪くなった。

 一方、切り離された小指の方はどうなったのか。個別に再生してまさか──なんて思ったけれど、第二関節ぐらいまで再生したところで完全に止まり、不要とばかりに、まるで蜥蜴の切られた尻尾の様にそれ以上の変化は無く、腐る前にホルマリンに漬けられた。

 

「普通の人間ならばそこでお終いだ。どんなに優秀であってもね。君ならば終わりはしない」

 

 その身が朽ち果てる迄、永遠(えいえん)に──。

 ああ、嫌だ。永遠だなんて。

 

「……わかったわ」

 

 寸前まで断ろうとした。けれど、どうやったら死ねるかという考えが先にわたしを支配した。

 この施設で無駄に長く生かされるのだけは勘弁だ。だからエージェントになればもしかしたら、自分が死ねる何かが見つかるかもしれない。そんな理由で選んだのだ。決してシモンズの言うアメリカの為にではなく、自らの死の為に承諾したのだ。

 

 そしてその日から、合衆国のエージェントとしての訓練が始まった。

 

 

 

 


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