心電図の電子音で目が覚めたばかりのわたしは、何も覚えてはいなかった。3年間も眠り続けて漸く目覚めたらしい。
だけどあの男がわたしの前に現れると、忘れていた全ての記憶が一気に蘇った。
何故自分は生きているのかという疑問を投げる。確かに頭は撃ち抜いた。でも、ウイルスによって自分を再生させる能力を持ってしまったわたしは、驚異の速さで穴が空いた頭や、崩れた脳を再生させたのだという。にわかには信じ難く思った。
悪夢から逃れられなかった事を嘆こうとすれば、ウェスカーに3年前のシャワールームで起きた話を聞かされる。
あれは『実験』だった──、と。
第二、第三とウイルスを投与後も、次々と新しい細胞を作り出しては見せかけの感染状態を保っていた。曰く、わたしに主導権があるので体が腐り落ちる事もなく、醜い出来損ないにもならない。ウイルスの良い部分だけを吸収し、自らを進化させているのだそうだ。
ただし、見せかけであっても感染状態。わたしに害はなくとも、わたし以外には、あった。
人間を使った実験の開始。
わざわざ素性怪しい野蛮な男2人を雇ったのは、体を洗うだけの仕事をさせる為ではなかった。あの男達は、初めからわたしの実験に使われるのが仕事だった。その事を承知していたかどうかなんてのは、今となっては知る由もない。
いつもの鎮静剤を弱めにし、下劣な行為をしている最中に目を覚ます様にしておけば、相手に対し何らかの抵抗をする筈。噛み付く、引っ掻く、怒りによって殺す等の行動により、攻撃を受けた相手がどうなるかを調べるという実験だ。
その後わたしが頭を撃ち抜くまでは予想しなかったらしいけど、この実験はウェスカーを喜ばせるだけの結果となった。
目覚めたばかりの頭の中が今にも破裂しそうになる。普通の人間ではなくなった事が信じられないし、信じたくない。ウェスカーの言葉をそれ以上聞きたくなくて、わたしは堪らずに耳を塞いだ。
でも、現実からは逃げられない。
ウェスカーに右手をサバイバルナイフで突き刺され、その傷口が瞬く間に癒えていく様子を見せられたから。
──憎い。
尊敬から憎しみへ。もう実験体として生きていたくなかった。
わたしは、防護服とマスクを着けた傭兵らしき者達を奪った自動小銃で脅し、部屋から逃げ出した。自分を閉じ込めている施設の制御室を狙い、破壊して施設ごと心中しようと考えたからだ。
だけど、それは見透されていたらしい。
脅して案内された場所は、制御室じゃなかった。入口には謎の奇形生物が入った大きなガラス製の溶液タンクがいくつも並び、真ん中には広いデスクと何台かのパソコンや電子機械。──誰かの研究部屋の様だった。
制御室ではなかった事に苛立ちはしたけど、この部屋の研究用パソコンには、わたしに関する情報や実験の内容が記されたデータがあった。
今まで打たれたウイルスの事や、細胞内にあるウイルスが元のウイルスよりも強力を増し、それぞれの抗ウイルスを生成しやすくなった事など。そして、特殊な細胞持つわたしの体内では、新たなウイルスが生み出されていた。
その後に記された内容に愕然としたわたしは、入口に並んでいる溶液タンクに目を向ける。
──まさか、嘘よ。
何度も思った。あのタンクに入っているのは、ミランダの赤ちゃんだった。
彼女本人はTーウイルスの害を受けず、お腹の中にいる胎児はウイルスに感染。臨月になるまで隔離され、最期は3年前に見せられた映像通り。
母親の腹を破って産まれた赤子は直ぐにわたしのウイルスの実験に使われ、拒否反応を起こしてそのまま息絶えたと記されていた。
映像で見た時よりも醜く崩れた姿に、わたしはその場で泣き崩れるしか出来ない。でも、ずっと悲しんではいられなかった。異常に上がった聴力のせいで、誰かがこの部屋にやって来る僅かな足音が聴こえたからだ。
デスクを壁にして隠れ、自動小銃を持つ手に力が入る。数は4人、傭兵だ。入るとほぼ同時、部屋は銃弾によって蜂の巣状態。わたしは応戦、1人を拘束してこの研究部屋から出ようとすれば、拘束していた傭兵の頭が銃で一発撃ち抜かれた。撃ったのは、ウェスカーだ。
その手に持つ拳銃は──、サムライエッジ。S.T.A.R.S.に正式採用された、カスタムアップガンだった。
ウェスカーは撃つのを止めない。わたしはそれを避け、撃ち返し、また避ける。だけど長くは続かなかった。相手の動きが人間離れし過ぎているのだ。身体能力が上がったとはいえ、更に上のウェスカーには敵わない。
背後から首の下に腕を滑り込まれると、動きを抑える為に太腿を銃で撃たれた。
体内にとどまった銃弾が、ゆっくりと外へ出ては塞がっていく。見たくない光景から目を背けたい。仰向けの状態で、わたしは荒い息を立てながらウェスカーを睨みつける。
『従え』、わたしの頬を撫でながら言った。『嫌よ』と返すと、ウェスカーは再び銃を向け、今度は右肩に銃口を押し当てたまま撃った。
至近距離。息が止まりそうになる。骨まで砕けた音が全身に伝わった。銃創から溢れ出る血液が背中を濡らすのは僅か。直ぐに再生されて元通り。その瞬きの間、自分が燃え尽きそうな感覚と痛みが襲う。
これ以上の抵抗は出来なかった。誰が従うものかと貫きたかった。でも、わたしはこの男に従うしか、他に道は考えられなかった。
わたしが従わねば、わたしの両親や妹が実験体に使われてしまう。──つまり脅しだ。わたしが自分を犠牲にする性分だとわかっていて、ウェスカーは家族の事を脅しに使ったのだ。
悔しさで涙が溢れた。背を向けて立ち去るウェスカーにすがり付いて乞う姿は、さぞ滑稽だっただろうと思う。
四度目になる投与。また別のウイルスを打たれたわたしに、世話係が付いた。
わたしより年下か、同じくらいの年齢だろう彼の名前は、ネイサン。この施設で初めて
感情なんて捨ててしまいたいと思っていたわたしには、当たり前だった日々を思い出させる様なネイサンがとても鬱陶しくなって、決して言葉を返したりはしなかった。
でもネイサンは、次の日も、そのまた次の日もわたしに話しかける。毎日毎日、飽きもせずに。
何日も続いたある日。いい加減黙って欲しくなったわたしは、遂に『もう話しかけないで』とネイサンに言葉を返してしまったのだ。
「驚いた……! キミ喋れるんだ」
驚きながらも喜んでいる様に見えた。ネイサンはずっと、わたしが口をきけないのだと思っていたらしい。
彼はその日から監視するカメラの事なんかお構い無しに、わたしに話しかける内容を更に増やしていった。
半月後。
久々に会ったウェスカーから、『もうウイルス投与は無い』と言われた。まさか家族を実験に使われるのかと声を荒げれば、抑えていたものが一気に溢れる。
明るめのブルネットだったわたしの髪の色が、上から下へと降りる様にブロンドへ変化。胸元ぐらいの長さしかなかったのに、一気に腰の辺りまで伸びた。
これは、投与を続けた事による色素変化と、体内にあるウイルスがわたしの感情に作用されて起こる反応なのだそうだ。
ウイルス投与を止めるのは、わたしの現状をキープする為。血液抽出等は続行。家族を実験に使われるわけではなかったけれど、盾から外されたのでは無い。
結局のところ、状況は何も変わらなかった。
実験動物用の薄暗いゲージの様な部屋から格段広い個室に移動になり、手から拘束具が外されて身動きがしやすくなった。でも、出入り口の自動ドアはしっかりと頑丈にロックがかけられている。嫌でもわかるのは、隠されたカメラの場所。微かな作動音、熱、電波。こんな体質になってから、それが嫌でもわかるようになってしまった。
ネイサンが運んで来た食事も喉を通らない。食欲が一切湧かないのだ。きっとわたしの中の何かが、異質なモノへと変わってしまったからなのだと思う。
ベッドに横になれば、いつの間にか瞼は自然に閉じていた。
もう戻れはしない、あの時の事を夢に見た。
勉強ばかりで真面目に生きてきて、恋すら知らなかったわたしが初めて人を好きになった日。
──クリス。
目覚めてからも、懐かしい夢のせいで思い出に浸った。瞳を閉じて名を呼べば、不思議と心が温かくなる。クリスの安否を気にしつつ、シャワーを浴びて出れば、ネイサンが着替えを用意する為に部屋に来ていた。
布切れみたいな薄い検査衣から普通の服へと着替えたわたしは、いつもより静かなネイサンが気にかかった。大切な愛犬の事や家族の話をしながら、彼の表情がどことなく悲しみを帯びているのだ。
今まで相手にもしなかったわたしは、彼の話を初めてまともに聞いた。それを喜んでか、ネイサンはわたしにお礼を言う。
きっと彼は優しい人なのだろうと思った。
ネイサンはどうしてこんな場所にいるのだろう。何の理由であれ、此処にいるのは危険だ。
安易な考えが働く。
わたしは、彼を逃がそうとした。
監視カメラに背を向け、立てないからと嘘を言ってネイサンに立たせてもらう。よろめいたフリをして抱きつき、耳元で囁く様に『逃げて』と告げる。わたしを実験室に連れて行く途中で理由をつけ、その隙に逃げてもらおうと思った。
「キミは……? キミも逃げれば」
ネイサンの鼓動が激しくなる。彼もまた、わたしの耳元で小さく言った。
わたしに逃げる選択は無い。ネイサンには自分の事だけを、此処での事を何もかも忘れて逃げてほしかった。
彼も理解してくれたのだと思っていた。──なのに。
「ごめんよ。僕は全部知っているんだ」
あと少しで実験室というところで、わたしの一歩後ろを歩くネイサンが口を開いた。
立ち止まって振り返るわたしを真っ直ぐに見つめる彼は、何もかも承知の上、初めから死ぬ事を了承して此処に来た事を話し出した。
何を言っているのかわからなかった。初めから死ぬ事をわかって此処にいると言うネイサン。彼がわたしの実験を受ければ、病気の母親の治療費が手に入ると。
ざわりと胸が騒ぐ。
「でも、もう母は死んだ。大金なんて、必要なくなったんだ」
ネイサンは涙を流しながら、虚ろげに死を覚悟していた。わたしの腕を引き、抱き締め、そしてわたしの唇を優しく塞ぐ。
慌てて押し退ければ、彼は力の反動で床に倒れた。『実験だよ』と、悲しい笑みでわたしを見上げたネイサンは、突然苦しむ様に胸を押さえて咳き込んだ。
何度も床に転がりながら顔を歪ませ、悶え苦しむネイサンの背中や手足に何かが蠢めいていている。骨や筋肉が音を立ててねじ曲がり、醜くグロテクス変化させていくその姿。
恐怖と悲しみで溢れ出る涙は視界を歪ませる。彼は最後に残された力でわたしへ手を伸ばし、名を呼び、ゆっくりと溶ける様に崩れ落ちていった。
見計らって現れる気配。
ウェスカーは、実験の結果を特に残念がってもいなかった。
ネイサンの死を目にしたわたしは、自分が本当にバケモノであるという事実を突き付けられた。そのまま泣き続けていたかったのに、悲しむ時間は与えられなかった。
ウェスカーが、わたしの妹の名を口にしたからだ。
5歳下に、ヴィニーという妹がいる。S.T.A.R.S.の入隊が決まって引っ越す事になったあの日以来、ヴィニーには一度も会っていない。
執務室らしき部屋の中は、淡い照明だけで薄暗く、右側には壁いっぱいに大きな液晶モニターが備え付けられていた。
ウェスカーがリモコンでを操作をすれば、モニター画面に何かが映し出される。
──わたしの家族。両親と、妹だった。
会えなかった年月、老けた両親と、成長して綺麗になった妹の姿。
これは、更なる脅しである。
わたしがネイサンを逃がそうとしていたのを、ウェスカーは見通していたのだ。
「甘いな、考えが。お前はわかっていない、私が合図すれば──」
リモコンのボタンを押そうとするウェスカーから、それを奪おうとわたしは飛びかかる。──が、避けられた。
何度も立ち向かったけれど、ウェスカーには敵わなかった。
右腕に銃弾を撃ち込まれて怯めば、再生を待たずして今度は左を。痛みで抵抗出来ないわたしの首を持ち上げると、掴んだままデスク上に叩きつけられた。
「余程素直になりたいらしい」
別の手で注射器を取り出したウェスカーは、必死なって抵抗するわたしの首に、その注射器を射す。直後、焼けるような熱さが身体中を駆け巡った。
中身は、わたし用に強力に改良された、四肢の動きを奪う薬だったのだ。
呼吸も出来ない。無理矢理体を起こそうとすれば、そのまま床に転げるように倒れた。デスクを支えにし、歯を食いしばって震える足で立ち上がったけれど、これ以上は限界だった。
再び床に倒れたわたしには、もう身体を起き上がらせる力も無い。唯一、動かせたのは目と口だけ。
「家族という脆い存在程、煩わしく邪魔なものはない。こうやって、脅しの材料になるのだからな」
乱暴にデスク上にわたしを乗せたウェスカーは、覆うようにして顔を近付けた。
「……私を殺したいか?」
サングラス越しのウェスカーと見つめ合う。勿論、わたしは『イエス』と答えてやろうとした。
瞬く間だった。ウェスカーがわたしの唇を奪ったのは。
深く侵入してくる舌が執拗に口内を攻める。舌から伝わる電気が全身を巡り、わたしは恐ろしくなった。
何故、何も起こらないのか?
それは、ウェスカーが元からウイルスに強い耐性を持っているから。だから、わたしのウイルスにも耐性があった。
じゃあ何故、わたしの唇を奪う必要があったのか。
この時はまだ、奪われる理由を知る術も無かった。
言うことをきかない四肢。悔しさ、怒り、恐怖。涙を流すしか出来ないもどかしさ。
心の中で何度もクリスに助けを求めた。
「お前の純真な想いは皆気付いていたさ。──クリスを除いてな」
──やめて。
「奴はお前の気持ちがわかるほど繊細じゃない、とてつもなく鈍い男だ。毎度お前を憐れに思ったよ」
──やめて!
勉強ばかりで真面目だったわたしにだって憧れはあった。いつかは愛する人と結ばれて、平凡でも幸せな家庭を築きたかった。
だけど、そんな憧れはもう抱けない。
穢れを知らないこの身が奪われ尽くされた後、わたしは必死になって身体を洗い流した。でも、全ては落ちてくれなかった。
部屋中を滅茶苦茶に散々暴れまわって、割れた照明器具の破片で自分を何度も傷付ける。痛み、溢れ出る血液、塞がる傷口。怒りと悲しみ。涙は出てはくれない。
死にたいけれど、諦めたら、死んだら駄目だと言い聞かせる。
怒りにまかせて握っていた破片を壁に投げ付けると、切れた掌から出た血飛沫が一瞬にして火を上げて燃えた。しかも右手が、松明に火をつけた様に炎に包まれている。
慌ててそれらを消そうとすれば、消火する為の火災スプリンクラーが発動し、炎を消し流した。
何が起きたのか、自分でもよくわからなかった。あんなに燃えた手は、一切痛みも熱も感じなかったからだ。
唖然としながら火災スプリンクラーの水を浴び続けていると、ウェスカーが作業員と共に現れた。
姿を見た瞬間、体が強ばった。
わたしが大暴れした部屋は封鎖され、新たに別の部屋へと移動になった。家具は一つもない。ただの空間の様な部屋だ。
「あの時取ったお前の血液を調べた」
無理矢理犯された後、この男はわたしの血液を抽出していた。曰く、『面白いデータが取れた』と。
「お前には特別な価値が出来た」
何が『特別な価値』なのか。
──嫌だ。
それでも従うしかない。自分を犠牲にしてでも、両親や妹を守りたかった。
凌辱──否、実験。ただの慰み者の方がいくらかマシになったのだろうか。裸体を前にしても、わたしに向けるウェスカーの眼差しは、被験体を見る研究者の様だった。
事が終われば、注射器で血液を採取される。
屈辱的な行為は幾度となく続いた。身体を目的とした行為ではなく、わたしの中で生成されるウイルス細胞の為に。
その特殊なウイルス細胞を使った実験途中、新しい反応があった。それが、こういう事になる始まり。
ウィルスによって異形の存在となった被験体にわたしのウイルス細胞を投与後、一時的だが能力を上げる結果が出た。
ひたすら実験を繰り返し、ウェスカーは自身を使って試した。──すると同じく、能力上昇の結果を得る。そして新たな発見もあった。ウェスカーの体内に入ったわたしのウイルスが、新しい変化を見せたのだ。それを求めて再度行うも、ウイルス細胞は安定を保たずに消えてしまう。
やがてある仮設案の一つとして試されたのが、ウェスカーの細胞を注射器で投与する以外、わたしの体内浸入させる方法。──性行為だった。
その案で結局は良質を得る結果になり、ウイルスの一部を取り込む形の性質であるわたしの細胞は、唾液や粘膜を通じてウェスカーの中に存在するウイルスの良質な部分だけを自身に取り込む。
こうして出来るウイルス細胞を作り出す事は、わたしの体内以外では不可能であり、採取した血液から取り出す作業もまた一苦労あった。そうまでして、手間のかかる細胞が欲しかったのだ。ウェスカーは。
作業的に犯される日々は、わたしを闇へと深く深く沈めて行った。
──こんなのわたしじゃない! わたしが求めているんじゃない!
憎い男との性行為に強い快感を得ている自分に吐き気がした。
おぞましい嫌悪感に苛まれながら、これは自分じゃないと何度も言い聞かせるのが精一杯だった。
2005年。
ある日からウェスカーが現れなくなった。それどころか、わたしを担当していた作業員の姿も見なくなり、気付けば誰一人来なくなった。
カメラは作動しているのに、人の気配というものが一切感じられない。頑丈にロックされた扉に耳を当て、部屋の外の音を確かめたけれど、とても静かだった。
すると突然、その扉が開いた。
警戒しながらも、わたしは恐る恐る部屋から出ると、息を潜めながら壁伝いを歩いた。見慣れ過ぎている廊下を通り、実験部屋の壊れて点滅する明かりが目に入った。
中は荒れ放題。壁には血飛沫。床にも凝固した血溜まりがある。何かが起こった事は確かだった。
とりあえず向かったのは、ウェスカーが使っていた執務室。この状況を知れると思った。
置かれていたパソコンを操作。監視カメラで記録されていた過去の映像を早送りで見れば、一週間前に、施設で突然のバイオハザードが起こったのがわかった。
逃げ惑う職員達に襲いかかるのは、隔離された実験室から出る、元は人だった者。脱出口を封じられ、追い詰められた人達は必死にカメラに向かって何かを訴える。やがてその脱出口にまで実験体が現れて……わたしは映像停止ボタンを押した。
カメラを切り替えて生存者を探して見たけれど、映るのは死体ばかりだった。
この施設はもう駄目だ。前に一度やろうとした施設との心中が記憶に甦る。わたしを含めて此処はもう用済みであるとするなら、これは喜ぶべきだろう。
でも、諦めた後はどうなるのか。わたしは思いとどまった。生きて此処から出てやると。
見つけた施設全体の地図を頭の中に叩き込み、わたしは脱出口へ急いだ。
散乱する物、割れた破片、血、死体、溶液タンクに漬かる実験体、異様な光景は恐怖を増していく。
途中で拳銃を拾い、動く屍を倒したりしながらやっと脱出口の手前まで来た。
扉を開ければ脱出口は直ぐ。──なのに。床の僅かな隙間から無理矢理生え拡がった植物が、扉や壁を覆い隠してしまっているのだ。
何かが迫って来ている。引き返すなんて出来ない。わたしはその蔦を引き千切った。
だけど、千切られた部分は直ぐに再生した。イタチごっこの様に何度かそれを繰り返し、落ちていたペーパーナイフも役には立たなかった。
──火でもあれば。
不意に何となく、切った手から血と共に発火したあの時の事を思い出す。半信半疑だったけれど、わたしはペーパーナイフで指を傷付けてみた。
だけど普通に傷口から血が流れるだけ。
もう一度、今度は右手の掌を深く切った。──何も起こらない。
苛立ちが募り、やけくそになって蔦を強引に引き千切ろうとした瞬間、血に濡れた右手が突然発火した。傷口は既に塞がっているのに。
燃えている手には熱さを感じない。でも、確かにそれは火なのだ。
燃えるその手を生える蔦に当てれば、あっという間に扉を塞ぐ植物は燃え尽くされる。と数秒の差、火災スプリンクラーが発動し、天井から降られた水で全ての火が消火された。
扉を開け、短い廊下の先にあるハッチ扉まで走る。
こんなに簡単に逃げ出せるものなのだろうか。開けるまでの最中からも、ずっと何かが引っかかっていた。
出れば、視界に入るのは物凄く広い倉庫。そして、一機の軍用輸送機らしき乗り物だった。
警戒しながら輸送機に近付いたわたしは、開かれていた後部の扉から侵入。人の気配などなく、操縦席には誰もいなかった。
これで逃げるしか無いのかという不安。装置の電源を入れ、輸送機の正常を確認した時だ。
突然鳴り響くサイレン。倉庫の天井が大きく開かれた。
──まさか。
見計らう様に勝手に動き出す輸送機。自動操縦に切り替わり、何を押しても止まりはしない。回りくどいやり方で誘導されていたのだ、わたしは。
飛び立った輸送機の後部にある窓から外を見た。今までわたしがいたであろう島の中心部が、煙を上げて燃えている。
隠滅。ウェスカーは、簡単に島を消した。
悲しい思い出のある場所が消えていく様を見つめ、ジャスやミランダ、ネイサンの顔を過ぎらせながら床へ座り込んだ。
何処に行くのか。
スイッチが入る音と共に、煙が頭上から降りそそぐ。急激な眠気に襲われたわたしの意識は、波が引く様に遠退いていった。