遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep96「【紫影】vs.『烈火』」

 

暗い…とても暗い、どこかの部屋。

 

およそ人が居住することを想定されてはいないであろう、その闇と埃っぽさが充満しているコンクリートの部屋の片隅に…

 

 

 

「…ッ…」

 

 

 

小さく零した呻きと共に、決闘学園デュエリア校学長…

 

 

『逆鱗』、劉玄斎が、そこには居た―

 

 

 

「ぐ…ぁ…」

 

 

 

…痛む体に鞭打って、動かぬ手足に活を入れて。

 

縛られていてもなお、ゆっくりとその巨体を起き上がらせている『逆鱗』、劉玄斎。

 

しかし、とても人間を縛るようなモノではない、太く頑強な鎖で縛られている所為か…

 

ふらつきながら、倒れながら。それでもどうにか立ち上がろうと、劉玄斎はその体をゆっくりとゆっくりと起き上がらせようとしており…

 

…鎖に縛られ、顔を腫らし、痛々しい痣だらけのその体。

 

そう、昨日【白鯨】と行った、実体化していた凄まじき一戦のダメージも去る事ながら。

 

それに加え、【紫影】によってその身に拷問にも似た暴行を加えられていた劉玄斎の体に蓄積したダメージは…とてもじゃないが、動けているのが不思議なくらいに痛々しいモノとなりて、どこまでも立ち上がるのを邪魔しているのか。

 

【紫影】から受けた暴行の数々…それは世紀末を生きているのかと錯覚するほどの体躯を持った劉玄斎であっても、とても耐え切れぬほどであった凄惨な出来事だったのか。

 

劉玄斎の身体には殴られた痕、叩かれた痕、打たれた痕に焼かれた痕、それに切られた痕に撃たれた痕まで数多く浮かび上がっており…

 

 

それは見るも無残な痛々しい傷痕、動けているのが奇跡の状況。

 

 

…きっと、劉玄斎でなければ死んでいたであろう。

 

それは決して比喩ではなく、実際に『そう』なのだと納得してしまうほどの拷問の痕。そう、もしここに誰かが来て、劉玄斎の状況を見れば誰だって劉玄斎が生きているのが不思議に思うに違いないほどに…

 

ソレほどまでに、今の劉玄斎の状態は『酷い』の一言であり、その所為で一晩経っても劉玄斎の身体は、こうして自由に動かす事が叶わずにいて。

 

 

 

「ぐっ…うぉお!」

 

 

 

…それでも、ここで動き出さねばならぬのだとして。

 

今こうして、湧き上がる痛みを抑え込みながら。劉玄斎は唸り叫んで、手放しそうになる自我を繋ぎ続け…

 

 

…自分が幽閉されている上で、『何』が起こっているのかなど劉玄斎は知りはしない。

 

 

けれども、『何か』が確かに起こっていると言うことをその野生の感覚で察知したからこそ―

 

このまま閉じ込められているわけには行かないのだとして、傷付いた体が痛む事も辞さず劉玄斎は今自らの足で立ち上がり―

 

 

 

「【紫影】の野郎ぉ…絶対ぇ…ぶっ殺してやる…」

 

 

 

怒りによって目を覚ました、傷付いたことで更に怒りを燃やした…

 

 

 

…暴れ狂う大災害と呼ばれていた、暴竜なりし1人の男が―

 

 

 

 

 

 

竜が、動き始めた―

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山中―

 

 

 

「ばあちゃん、どこ向かってんだよ!?」

 

 

 

【裏決島】の喧騒と、学生達の悲鳴がどこか遠くに聞こえてきそうな山の中でのこと。

 

決闘学園サウス校1年、獅子原 炎馬は何やら疲労が混ざった荒い呼吸を搾り出すように…

 

前を走る祖母、『烈火』と呼ばれる獅子原 トウコへと向かって、そう言葉を投げつけていた。

 

それは先程、【紫影】の居る場所へと向かうと言った祖母の言葉―『行くよ炎馬、ついておいで!』―その言葉のままに祖母の後ろを追いかけてはいたものの、未だ到着せぬ目的の場所に不安と疲れが見え隠れしてきたからなのか。

 

…目的地がまさかの山の中、そして自分は体力の限界。

 

そう、若さが取り得の炎馬とて、元々体力の限界だった所を祖母に救われ、そのまま海岸から山の中をずっと駆け続けてきたのだから…

 

いくらこの【裏決島】においては、祖母の背が最も安全な場所とは言え。目に見える疲労感を漏らしてしまったとしても、それは仕方の無いことと言えるのだから。

 

 

 

「ハッ、アンタは黙って着いて来りぁいいのさ!それより急ぐよ、もう少し先だからね!」

「ってまだスピード上げるのか!?お、俺もう限界…」

「だらしないさよ!男がコレくらいで音を上げてんじゃないよ全く!」

「ぐ…」

 

 

 

しかし…

 

前を走る獅子原 トウコは、凹凸だらけの山の斜面だと言うのにも関わらず。

 

全くスピードを落とす事無く、スルスルと山の斜面を駆け上がっていくだけであり…

 

…これが、還暦を過ぎた女の走りか。その道のプロも真っ青になるであろう凄まじきスピード。

 

炎馬とて、祖母がアスリート顔負けの身体能力を持っていることは昔から知っていた。けれども、まさか祖母がこれ程までの足とスタミナと有していたなんて、孫である炎馬からしても初めて知ったことなのか。

 

…流石は荒れ狂う海を泳いで、そして竜巻を突き破って『決島』に上陸したとんでもない女傑。

 

『烈火』の異名は伊達ではない。そんな祖母の凄さをその身で嫌と言うほど味わいながら…それでも全くスピードを緩めぬ祖母に炎馬は必死になってただただ着いて行くことしか出来ず…

 

 

…けれども、一体、トウコはどこに向かっているのか。

 

 

この状況を未だ飲み込めていない炎馬からすれば、島の外に居たはずの祖母が突然現れたかと思うと説明もなく付いて来いの一点張り。

 

それに加え、アスリート顔負けの体力を持つ祖母のスピードは、まるで何かに取り憑かれているかのようにしてただただ加速の一途を辿っているのだから…

 

【裏決島】での緊張感も相まって、炎馬はずっと形容し難い不安に襲われ続けていて。

 

 

 

「大体【紫影】の居場所に向かうったって、肝心の【紫影】がどこに居るのかばあちゃん知ってんのか!?」

「知らないさよ、ンなモン。」

「はぁ!?じ、じゃあ俺達、どこ向かって走ってんだよ!その【紫影】の居場所がわからないんじゃ意味無いじゃんか!」

「安心しな、予想は立ててる。あの屑のことだから多分…」

「多分ってなんだよ多分って!こうしてる間にも、みんなが敵に襲われてるんだぞ!?せ、先輩達だって攫われて…ばあちゃんならみんなを助けられるだろ!だからまずはみんなを…」

「アンタは黙って着いてこいって言ってるさよ!」

「ッ!?」

「説明してる暇なんて無いさ…とにかく、アタシが今出来ることは一刻も早く【紫影】を倒す事だけなんだからねぇ…」

 

 

 

それでもトウコは孫に対し、その威勢を変えぬまま。

 

…そう、トウコとて、孫がこの状況に対し恐れを抱いて不安に駆られていることなど、とっくの昔に気が付いている。

 

それでも、今は一分一秒すら惜しいのだとして。更に加速を続ける『烈火』の足は、宿敵であり復讐の標的である【紫影】の下へと、その体を前へ前へと進めるのみであり…

 

 

…別に、トウコは学生達を見捨てているわけではない。

 

 

決闘学園サウス校理事長である立場や、裏決闘界の猛者に太刀打ち出来る元プロデュエリスト『烈火』の立場が自分にある事だって、獅子原 トウコはもちろん理解している。

 

それでも、孫1人だけを助けた後に宿敵へと向かって直進し続けているのには理由があるのだ―

 

それはトウコ自身、【紫影】を倒す事がすなわち学生達を救うことだと理解しているからこその疾走。

 

元プロデュエリスト『烈火』や、決闘学園サウス校理事長と言う立場をかなぐり捨ててでも…それでも、己の今出来る最善はコレだとして。今は自分の孫だけでも守りつつ、諸悪の根源を叩かねば鳴らないのだと獅子原 トウコは燃え上がるだけ。

 

…獅子原 トウコの、熱くなりつつも恐いくらいに冷静なそのトリアージ。

 

そう…いくらトウコが歴戦に名を連ねた、『烈火』と呼ばれし伝説のデュエリストとて。

 

こんな状況では、全ての学生は守りきれない…それに、自分の学園の者すら全員は無理…ならば、手に届く範囲だけ、せめて孫だけでも守りつつ、大局を収めるために全力を尽くすしか今のトウコに取れる手立てはないのだ。

 

…残酷ではある、しかし大局のためには仕方の無い行為。

 

そんな、迷い無く行動している今のトウコの疾走は、例え誰であっても止めることなど出来はせず。

 

 

 

「くそッ…」

 

 

 

…そして、そんな祖母の考えを先ほどの一喝から炎馬も感じ取ったのだろう。

 

これ以上祖母に口を出せるほど、自分には力が無いことを炎馬とて痛いほど理解している。そう、海岸で敵に襲われたときに、祖母が駆けつけてくれなかったら…自分も今頃は敵に攫われて、どうなっていたか分からないのだから…と。

 

ソレ故…

 

炎馬はソレ以上口を開かず。とにかく祖母に置いていかれないよう、ただただ必死に走り続ける。

 

 

…植物生い茂る険しい山道、人が踏み入っていない野生の獣道。

 

 

そんな危ない斜面を、『烈火』は文字通り直進し続けどんどんと山を登っていき…

 

時折、どこか遠くで戦いの音や学生の悲鳴が聞こえてくるものの。それでも立ち止まることはなく、諸悪の根源へと向かって走り続けるその燃え上がる獅子の姿はまさに鬼気迫る怒りの獣そのモノのようで。

 

 

 

そして…

 

 

 

山道を駆け上がり続け、どれくらい経った頃だろうか。

 

 

 

「…この辺りか。」

 

 

 

まだ山の中腹であると言うのに、何やら少々木々の開けた場所に到着したかと思うと。

 

突然、獅子原 トウコは突然その足を止めたのだった。

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…こ、この辺り…って…ばあちゃん…この辺、何も無…」

「いいや、この辺りさ。間違いない、奴はこの近くにいる…」

「な、なんでわかんだよ…はぁ…はぁ…」

「昨日、この辺で浜臣と小龍が戦り合ったらしい。」

「えっ!?は、【白鯨】と『逆鱗』が!?…うっそだー…【白鯨】と『逆鱗』がこんなとこでデュエルするわけ…」

 

 

 

そう、獅子原 トウコが足を止めた『そこ』…

 

それはトウコが今言った通り、昨日に【白鯨】と『逆鱗』がデュエルを行った場所のすぐ近くであった。

 

…木々の開けた山の隙間、中腹に不自然に出来た空間。

 

そこは木々が折られ、草が潰され…まるでこの場で、何か巨大なモノが『暴れた』後のような自然には出来ない造りをしており…

 

 

 

「な、なんだ…ここ…」

 

 

 

ソレ故、呼吸を落ち着かせてよくよく周りを観察してみればみるほど…その異様な光景に、思わず寒気を覚えてしまったサウス校1年、獅子原 炎馬。

 

…一体、この場で何が起こったというのか。

 

木々生い茂る山の中腹の、こんな中途半端な場所にこんな開けた場所が現れたというだけでも不自然だというのに…

 

ソレ以上に不気味なのは、あまりに不自然になぎ倒された木々が地面に無造作に転がっているその光景と、よく見れば近くの崖には抉られたり削られたりした痕があったり、地面には焦げている箇所があったりと…

 

何やら、人知を超えた力によって付けられたであろう傷跡が、所々に残っているのだ。

 

…木々や崖の傷が風化や劣化していないことから、この場で起こったその不自然な状況はつい近日に起こったということ。

 

いや、祖母の言葉を思い返した炎馬は、ソレが『昨日』起こったのだとすぐに理解してしまって―

 

 

―『昨日、この辺で浜臣と小龍が戦り合ったらしい。』

 

 

昨日はまだ【決島】の予選中。そんな時間にイースト校理事長の【白鯨】とデュエリア校学長の『逆鱗』がデュエルしていたというだけでも信じられる話ではないにも関わらず。

 

この場所の惨劇と、そして今現在【決島】で起こっている惨劇―【紫影】による突然の襲撃と、実体化したデュエルを照らし合わせれば…

 

昨日ここで『何』があったのかが、炎馬にもおぼろげながら見えてきて…

 

 

 

「ほ、ホントにここで【白鯨】と『逆鱗』が…?で、でもなんで…」

「だからそれも【紫影】の所為さ。小龍の奴…【紫影】なんかにいい様に使われやがって…。だからアタシには分かる。奴はコトを起こす前に、必ず自分の拠点を決めるからね、小龍にここを守らせてたって事は、奴はこの近くで『何か』をしようとしていたってことさ。」

「な、何かって…?」

「さぁね。あの屑の考えてる事なんて知りたくもないさよ。でもこの近くに絶対に奴は居る…小物らしく穴倉を好む奴のことだ…この近くに隠れられそうな場所と言ったら…ほら、あったよ。」

「え?」

 

 

 

…そして、徐にトウコが指差したそこには。

 

崖のふもとで、野性の自然に隠されるようにして…大きく口を開けていた野生の洞窟の、その入り口が草木に埋もれるように鎮座していたのだった。

 

…見るからに人の手が加えられていない、天然製造の野生の洞窟。

 

入り口からでも、とても深いことが容易に分かるほどに…暗闇の奥の奥からは、何やら異様で不気味な雰囲気が漂ってきており…

 

 

 

「こ、こんなところに洞窟が…」

「行くよ炎馬。【紫影】はこの先さ。」

「え、ほ、ホントに行くのか!?っていうか、【紫影】が本当にこんなとこに居るってのか!?」

「当たり前さよ。どうやら、アタシらより先にここを通った奴も居るみたいだしねぇ…【紫影】を渡してなるものかい。グズグズしてると置いてっちまうよ。」

「あ、ちょ…」

 

 

 

洞窟から漂う雰囲気に戸惑い、足が竦んでいる炎馬を意に介さず。

 

トウコは何の躊躇もなく、草木を押し分け洞窟内へと入っていく。

 

…その足取りに迷いはなく、その気概に燻りはない。

 

そう、この先に夫の仇が居ると確信しているからこそ。その屑の命を、今度こそ自分の手で引きちぎってやるのだとして…燃える怒りを未だ内に潜めながら、どんどんと進む獅子原 トウコ。

 

…そんな危なげな祖母の背中に、孫は一体何を思うのか。

 

 

 

「い、行くよ、行くって!待てよばあちゃん!」

 

 

 

慌ててトウコを追いかけ始める、サウス校1年の獅子原 炎馬。

 

まぁ、こんな島に1人で居ることほど心細いことはないのだから、初めから炎馬にはついていく以外の選択肢はなかったのだが…

 

それでも、危険だとわかっていて死地に飛び込む祖母の後に、すぐに炎馬がついていけなかったのも無理はないだろう。

 

…何せ、得体の知れない洞窟の中に飛び込むだけならいざ知らず。祖母の話によるとこの先のこの地獄を作り出した張本人、【紫影】がいるというのだ。

 

そんな、二重に折り重なった不穏なる敵地。いくら『烈火』の後ろ盾があるとはいえ、まだ幼さの残る顔立ちをした炎馬からすれば…敵陣に向かうという行動など恐怖以外の何物でもなく…

 

 

…光届かぬ山の胎内、不穏な空気の流れる洞内。

 

 

反響する足音が、先の見えぬ暗闇をより一層不安なモノへと変えていき。万能端末であるデュエルディスクのライトで照らしているとはいえ、足場の悪い洞内ではどうにも思うようにすすむ事ができないでいる炎馬。

 

…しかし、大人1人が悠々と通れるほどの広さを持った洞窟が、こんなにも見事に出来上がるモノなのか。

 

まるで、誰かに誘っているかのようなその道筋は…獅子原 炎馬の心に、どこか気持ちの悪い感覚をジワジワと与え続けており…

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

洞窟内をしばらく進んだ炎馬たちに、向こう側から吹いてきた風が当たったかと思うと―

 

 

 

 

 

 

『バトル!グリーディー・ヴェノムで、トリフィオヴェルトゥムに攻撃ぃ!蠱毒のぉ…デッドリー・フィアンマー!』

 

 

 

 

紛れも無い、『デュエル』の音が聞こえてきた―

 

 

 

 

 

「ッ!?あの胸糞悪い声は【紫影】の奴だ!間違いない!」

「あ、ば、ばあちゃん!」

 

 

 

今確かに、【紫影】の声が聞こえたその瞬間。

 

まるで、弾けた火薬のように…いきなり全速力で走り出し始めた、『烈火』と呼ばれし獅子原 トウコ。

 

…怒りによるそのスピードは、並のアスリートを置き去りにするほどの瞬発力。

 

そう、洞窟内の悪い足場を、怒りによって踏みしめるそのダッシュによって…後ろをついてくる孫を置き去りに、全力疾走にてトウコは駆け出し始めたのだ。

 

 

…これ程までに逸る祖母を、炎馬は今まで見たことない。

 

 

そんな、怒気を纏って自ら敵地へと飛び込んでいった祖母を追って。炎馬もまた、引き離されながらも追いかけるように一本道を駆け出し始め…

 

 

 

そして、炎馬の目に洞窟の終わりが見えてきた頃…

 

 

暗い洞窟の先に、何やら光のようなモノが見えてきた…

 

 

 

 

 

そのとき―

 

 

 

 

「しえいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

 

 

―!

 

 

 

轟く咆哮、響く爆音。

 

突如洞窟内に響き渡ったのは、大地を揺らす燃え上がる叫びであった―

 

…それは紛れも無い人間の雄叫び、しかしとてつもない憎しみの叫び。

 

そう、炎馬が洞窟の終わりに…『大空洞』にたどり着くその直前に。トウコがようやく見つけた仇へと向かって、爆発音にも雄叫びを大空洞の中に轟かせたのだ。

 

…こんな声、孫である炎馬とて聞いたことのないに違いなく。こんな、恩讐に塗れた祖母の声なんて。

 

そして、その絶叫に答えるようにして。叫びを上げた獅子原 トウコへと、大空洞の向こうから言葉を続けたのは…

 

 

 

「…騒がしいですねぇ。次は一体誰ですか?」

「見つけたよ…この屑野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

炎馬とトウコの視線の先…

 

そこには、誰が見ても間違えるはずのない『捻じれた男』の姿があった。

 

…心から他人を見下しているような、気持ちの悪い切れ長の目。

 

異様に長い手足と指と、着込んだ紫のスーツがより一層胡散臭さを倍増させており…

 

それでいてこの世のモノとは思え無い程にダダ漏れにされているその雰囲気が、相対する者の心に『恐怖』というモノを直接刻み込んでいるかのような佇まいをしているその男。

 

…それはトウコからすれば、30年間怨み続けたその姿。

 

…炎馬からすれば、この地獄を造りだした憎たらしい敵。

 

そんな性根の腐った捻じれた男が、30年の時を経て『烈火』の前に姿を現したのだ。

 

…ソレ故、【紫影】の足元で気を失っている『1人の女生徒』のことなど意に介さず。

 

とても我慢など出来ないのだと言わんばかりに…トウコがその口から、更に言葉を弾けさせる。

 

 

 

「この30年、アンタへの怨みを忘れた事は無かった!生きててくれて嬉しいねぇ、今度こそアタシのこの手でアンタを殺せるってんだから!」

「…誰ですか貴女?私、ババアの知り合いなんて居ないんですけど、えぇ。」

「とぼけてんじゃないさよ!ここで逢ったが100年目…アンタはここで、アタシが確実に殺してやる!旦那の仇だ!欠片も残さずぶっ殺してやる!アンタは、アタシがこの手で絶対に殺す!そこに寝転がってるガキをどかしな!構えろ【紫影】!デュエルだ、絶対に逃がさないよ!」

「…」

 

 

 

殺す…殺す…殺す―

 

獅子原 トウコから発せられるは、威嚇にも似た強い同じ言葉。

 

…一体、どれほどの怨みを込めればこんな声が出せるというのか。

 

獅子原 トウコから放たれるソレは、脅迫だとか恫喝だとか…そんなレベルの低い形容句とは、込められた意味からして断じて違う。

 

純粋なまでの殺意―

 

そう、野生の獣の怒りを纏う、今の『烈火』から放たれているのは混じり気の無い純粋なまでの【紫影】への殺意。

 

 

ただ、殺したい…【紫影】の屑を、肉片も残さず―

 

 

トウコにあるのは、ただソレだけ。そう、出来うる限り惨たらしく、力の限りただ無慈悲に…目の前で旦那の首を爆破されたその怨みは、たった30年ぽっちじゃ薄れることなど絶対に無いのだとその声で現しながら…

 

あまりに濃すぎる怨みと辛み。その、とても一人の人間が抱えきれないであろう恐ろしいまでの殺意の重量を、燃え上がる怒りによって軽々と持ち上げ。

 

抑え切れない漏れ出す殺意が、どこまでも激しく【紫影】を襲う。

 

 

 

「…殺す、許さない、仇だ…どれもこれも聞き飽きた言葉なんですがねぇ…はぁ、本当に面倒くさい、ババアなんて招待した覚えはないんですが。どこから入ってきたんですかこのババア。」

 

 

 

しかし、そんな殺意に真正面から中てられていてもなお―

 

…目の前の女性にぎりぎり聞こえないような、しかし怒り狂った女性の耳には届いていそうな気のする程度の音量で。

 

ポツリとそう零された【紫影】の言葉は、どこまでも捻じれに捻じれて大空洞へと消えていく。

 

…全く怯む事無く、ただただ飄々とその場に佇み。憎たらしいまでに無表情に、その捻じれた態度を変えないままの【紫影】。

 

一体、これだけ他人に恨まれる事をしたというのにどうしてこんなにも悪びれずに居られるのか。

 

その、誰であっても理解できないであろう【紫影】の態度は…どこまでもどこまでも悪意に塗れ、そのまま怨みに取り付かれている女性を前に…

 

【紫影】は先程倒した女生徒を、その細腕で軽々と遠目に投げ捨てたかと思うと。徐に、デュエルディスクを構えつつ…

 

 

 

「っていうか私、ババアの知り合いなんて居ないんですけどもねぇ、えぇ。」

「なら…すぐに思い出させてやるさ!旦那の仇を、ここで討つ!」

「仕方ないですねぇ。はいはい、行きますよぉ。」

「行くさ!骨も残さず、ぶっ殺ぉぉぉぉぉぉおす!」」

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

それは、突如始まる。

 

 

 

先攻は、【紫影】。

 

 

 

「私のターン、モンスターをセットしてターンエンドでぇす。」

 

 

 

【紫影】 LP:4000

手札:5→4枚

場:【セットモンスター】

伏せ:無し

 

 

 

 

…迅速。

 

そう、猛り狂った『烈火』を前に。

 

あまりに少ない手数を終えて、そのターンを終えてしまった裏決闘界の融合帝、【紫影】。

 

…いくら目の前の女性に見覚えがなく、そしてあまりに浴びなれた言葉を喚くように叫んでいたからとは言え。

 

【王者】と同等の力を持つとされる、裏決闘界の融合帝ともあろう男が。まさか目の前の女性の力を読み間違ったなんて言い訳をするとは思えず、かといって理解できないその思考は一体何を考えているのか。

 

 

 

「な…アイツ、ばあちゃん相手にあんな適当に…」

 

 

 

ソレ故、祖母の後ろで先のやり取りを眺めていた炎馬が、思わずそう零してしまったとしてもソレはある意味当然と言えるだろうか。

 

…何せ、祖母は歴戦に名を残した伝説のデュエリスト『烈火』。

 

いくら【王者】とは呼ばれなかったとは言え、その力は【王者】や元【王者】達すらも認めている…かつては【王者】と同じ目線で鎬を削った、紛れも無い歴戦の猛者であるのだ。

 

…時代が時代なら、祖母も間違い無く【王者】と呼ばれていたデュエリスト。

 

そんな、決闘界の女傑と恐れられた圧倒的強者の1人であるその祖母に対し…【紫影】はこんな舐めた展開でターンを渡してきただから、孫である炎馬が【紫影】のデュエルにそんな感想を抱いてしまったとしてもそれも当然に違いなく…

 

しかし…

 

 

 

「おや、お孫さんも同席ですか…ふふっ、」

「くっ…や、やっちまえばあちゃん!あんな奴、速攻でぶっ飛ばして…」

「アンタは黙ってな!」

「ッ!?」

 

 

 

チャンスなのだと叫んだ孫に対し、トウコの厳しい声が大空洞に木霊する、

 

そして、祖母の一喝を浴びて…炎馬は思わず、背筋が凍ってしまったかのような感覚を覚えてしまったのか。

 

…今の祖母の声が、聞いたことの無い威力を伴っていたというのもあるのだろう。

 

それに加え、見るからにチャンスであるのに…【紫影】に怨みを持つはずの祖母が、その言葉を【紫影】ではなく自分に向けたことに対し、炎馬は意味が分からず立ち尽くしてしまい…

 

 

 

「こんなモン奴の常套句さ。アレに油断して中途半端に回すと、痛い目見させられるっていう…汚い奴の考えそうな、クソみたいな煽りってねぇ。」

「…ほう、どこぞのババアだと思ってましたが、中々どうしていい嗅覚をお持ちのようで…」

「ハッ!アンタに褒められても気分悪いだけさよ!アタシのターン、ドロー!」

 

 

 

けれども、固まっている孫を意に介さず。

 

【紫影】の策略などお見通しなのだと言わんばかりに、高らかに弾ける『烈火』の声。

 

…そう、【紫影】に対し、積年の怨みを募らせてきた獅子原 トウコからしてみれば。

 

【紫影】の狙いなど、ただただ乗り越え踏み潰すのみなのだとして。【紫影】の企んでいるであろう、底意地の悪い下種な思考をとことん見据え…

 

…ただ、激しく燃え上がるのみ。

 

 

 

「アンタに対するアタシの答えはコレ一択さ!魔法カード、【炎熱伝導場】発動!」

「炎熱…なるほど、【ラヴァル】…では、最初からフルスロットルと言うことですか。」

「当たり前さよ!骨も残さずぶっ殺してやるって言ったからねぇ…躊躇無く焼き殺してやるさ!デッキから【ラヴァルのマグマ砲兵】と【ラヴァル炎火山の侍女】を墓地に送る!そして侍女の効果で2体目の侍女を!2体目の効果で3体目の侍女を!そして最後の侍女の効果で2体目のマグマ砲兵を墓地に送る!」

 

 

 

そして、即座に。たった1枚の魔法カードで、実に5体のモンスターを墓地へと送った『烈火』、獅子原 トウコ。

 

それは『烈火』の異名に相応しい、煌々と燃え上がる1枚の魔法カードであり…

 

それは獅子原 トウコが現役時代に掲げていた彼女のポリシー…怒涛の展開、怒涛の攻め、怒涛の召喚のまさに始まりとなる、まさに彼女の初動を飾るに相応しい魔法カードであり…

 

 

 

「…早いですねぇ、えぇ。」

「まだまだぁ!【真炎の爆発】発動!墓地からラヴァル5体を特殊召喚!」

 

 

 

―!!!!!

 

 

 

【ラヴァルのマグマ砲兵】レベル4

ATK/1700 DEF/ 200

 

【ラヴァル炎火山の侍女】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 200

 

【ラヴァル炎火山の侍女】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 200

 

【ラヴァル炎火山の侍女】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 200

 

【ラヴァルのマグマ砲兵】レベル4

ATK/1700 DEF/ 200

 

 

 

さらに、続けて…

 

一瞬…そう、瞬きほどの一瞬で。陽炎と共に『烈火』の場に姿を現したのは、たった今彼女が墓地へと送ったばかりの炎の化身たちであった―。

 

…5体ものモンスターを、同時に場に揃えるなどコレもまさに破格のカード。

 

それはまさに、これより始まる『烈火』の展開を彩る花火のように…弾ける炎の爆発によって、『烈火』は呼び出されしモンスター達と共に…

 

加速し始める―

 

 

 

「行くよ!レベル4のマグマ砲兵に、レベル1の侍女をチューニング!シンクロ召喚、レベル5!【TG ハイパー・ライブラリアン】!」

 

 

 

【TG ハイパー・ライブラリアン】レベル5

ATK/2400 DEF/1800

 

 

 

「まださ!もう一度レベル4のマグマ砲兵に、レベル1の侍女をチューニング!シンクロ召喚、レベル5!【ラヴァルバル・ドラゴン】!」

 

 

 

【ラヴァルバル・ドラゴン】レベル5

ATK/2000 DEF/1100

 

 

 

連続して現れる、獅子原 トウコのシンクロモンスター達。

 

…激しく派手な展開に裏打ちされた、あまりに安定したその初動。

 

そう、この安定感のある一瞬の爆発は、プロ時代でも並ぶ者のいない『世界最強の攻め』とまで称えられており…

 

そのまま、一度始まれば永遠に止まらないとさえ比喩されることもある、加速し続ける展開の要をトウコは即座に呼び出しつつ。シンクロモンスター2体を呼び出しただけで、『烈火』と呼ばれた女性の展開がこの程度で終わるはずもなく…

 

 

 

「ライブラリアンの効果で1枚ドロー!続けてドラゴンの効果も発動!墓地の侍女2体をデッキに戻し、セットモンスターを手札に戻ぉす!」

「ならば【エフェクト・ヴェーラー】のモンスター効果!手札から捨てる事で、【ラヴァルバル・ドラゴン】の効果を無効に!」

「それがどうしたぁ!【ラヴァル・アーチャー】を召喚し、その効果で【ラヴァル】の召喚権を1回増やす!そのままレベル4のアーチャーに、レベル1の侍女をチューニング!シンクロ召喚、レベル5!【ラヴァルバル・ドラゴン】!」

「…2体目ですか。」

「ライブラリアンの効果で1枚ドロー!そしてアタシは増えた召喚権により、【ラヴァル・ガンナー】を通常召喚!その効果でデッキから、カードを5枚墓地に送るよ!…よし、墓地に送られた【ラヴァル】は5体!よってガンナーの攻撃力を、1000ポイントアップさせる!」

「…ッ、中々激しいですねぇ。」

「ハッ!まだこんなモンじゃ終わらせないよ!再び【ラヴァルバル・ドラゴン】の効果発動!墓地の【ラヴァル・ランスロッド】と【ラヴァル・バーナー】をデッキに戻して…【紫影】、アンタのセットしたモンスターを手札に戻ぉす!まだまだぁ!【ラヴァル・コアトル】を特殊召喚し、レベル5のドラゴンにレベル2のコアトルをチューニング!」

 

 

 

叫ばれるは怒り狂った、野生の獣の同じ咆哮。

 

それはまるで、至近距離に雷でも落ちたか、ダイナマイトでも爆発したのではと錯覚するほどの爆音であり…

 

…現シンクロ王者【白竜】、新堂 琥珀を鍛え上げたその力は今でも健在ということなのか。

 

まさに、怒りに燃える野獣のオーラと言えるモノが、1人の女性から放たれ続け…

 

そう、かつて『世界最強の攻め』と称えられた、そのあまりに激しいにはまるで終わりが無いかのように。

 

本物の炎を纏っていると錯覚するほどの、人間離れした怒りのオーラをただ漏れに。『烈火』と呼ばれた1人の女傑が、更に猛って怒りをぶつけ…

 

 

 

「真紅に燃える灼熱よ!戦乱に轟く雄叫びを上げ、マグマと共に舞い上がれぇ!」

 

 

 

彼女の怒りが具現化し、今ここに現れしは―

 

 

 

 

 

「シンクロ召喚!燃え上がれ、レベル7!【ラヴァルバル・サラマンダー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ラヴァルバル・サラマンダー】レベル7

ATK/2600 DEF/ 200

 

 

 

現れたるはマグマの化身。灼熱に燃える溶岩の翼竜。

 

まるで、獅子原 トウコの怒りそのモノのような熱く燃えるその姿は…

 

ただただ純粋なまでの殺意となりて、目の前の【紫影】を燃やしにかかる。

 

 

 

「サラマンダーの効果発動!2枚ドローして、炎属性を含む手札2枚を墓地に送る!更にライブラリアンの効果で1枚ドロー!」

「…よくドローしますねぇ。何をそんなに必死になって…」

「ハッ!アンタをぶっ殺すためだからねぇ!手加減なんてするもんかい!サラマンダーの効果で墓地に捨てた、【ジェット・シンクロン】の効果も発動!手札を1枚捨て、墓地から【ジェット・シンクロン】を特殊召喚!そのままレベル4のガンナーにレベル1の【ジェット・シンクロン】をチューニング!シンクロ召喚、レベル5!【ラヴァル・ツインスレイヤー】!そしてライブラリアンの効果で1枚ドローし【貪欲な壷】を発動!侍女、マグマ砲兵2体、ドラゴン、コアトルをデッキに戻して 2枚ドロー!」

 

 

 

しかし、まだ止まらない獅子原 トウコ。

 

…一体、どうして『烈火』はここまでドローを繰り返しているのか。

 

【ラヴァルバル・ドラゴン】の効果によって、すでに【紫影】の場には何もなく…自軍モンスターの総攻撃力も、4000をゆうに超えているというのに。

 

それでもなお狂ったように、ドローを繰り返している彼女の勢いは確かに凄まじいの一言であり…

 

ソレはまるで、デッキから何かを無理矢理引っ張りだしているかのような…

 

 

 

「激しいドローですねぇ。しかし何をそんなに必死に…」

「…よし、来たよ!永続魔法、【禁止令】発動さ!」

「なっ、【禁止令】ですって!?」

 

 

 

そして…

 

トウコが発動した、その一枚の永続魔法を見て―

 

思わず、驚いたかのように声を漏らした、裏決闘界の融合帝【紫影】。

 

【禁止令】…それはその名が示す通り、宣言した『カード』をこのデュエルにおいて文字通りに『禁止』してしまうというシンプルなカード。

 

しかし、シンプルすぎるが故に…【禁止令】1枚につき、『禁止』出来るカードは1枚だけという、使いどころがあまりに難しいとされている、ピンポイントなメタカードであって。

 

…そう、『禁止』出来るカードは1枚だけ。

 

相手が『何』を使ってくるのか分かっている場面ならば良い。けれども、こんな序盤で…しかも、相手のデッキが未だ明確になっていないこの状況で、こんなピンポイントなカードを使用するだなんて。

 

…常人であれば選択出来ない、正気の沙汰では使用すらできない。

 

いくら歴戦の『烈火』と言えども、この場面で何の迷いもなくソレを使用するだなんて…とてもじゃないが、正常な精神状況とは思えなく…

 

それでも…

 

 

 

「アタシが宣言するのは【バトルフェーダー】!どうせその手札に持ってんだろう?いつもの事だからねぇ!」

「ッ…ま、まさかそんな無理矢理な手で来るとは…馬鹿正直すぎて逆に驚いてしまったじゃないですか…」

「ハッ!馬鹿で結構、アンタを殺せるんなら本望さよ!これで終わりだ屑野郎ぉ!まずは【ラヴァルバル・サラマンダー】で、【紫影】にダイレクトアタック!」

 

 

 

獅子原 トウコは迷わない。

 

微塵も宣言に躊躇などせず、ただただ奮える怒りのままに…

 

30年以上に亘り募らせてきた、【紫影】への怒りを爆発させんと。今、その歴戦の経験から、『烈火』の渾身の怒りが焔となりて―

 

 

 

 

 

「消し飛べぇ!灼熱のぉ…ギガ・フレィィィイムッ!」

 

 

 

 

 

 

一直線に、【紫影】へと襲いかかり…

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

 

 

「…残念、ハズレです。ダメージ計算時に手札の【スモーク・モスキート】の効果発動。」

「なっ!?」

「ふふっ、中々鋭い読みでしたが…当てがハズレましたね?ダメージを半分にして【スモーク・モスキート】を特殊召喚!」

 

 

―!

 

 

 

【スモーク・モスキート】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

【紫影】 LP:4000→2700

 

 

 

しかし、灼熱の炎弾を真っ二つに切り裂くように。

 

【紫影】の手札から飛び出したのは、1体の小さき蚊のようなモンスターであった―

 

そのまま、半分になった炎弾は片方は【紫影】へと向かうものの、もう片方は逸れて大空洞の壁へとぶつかり…

 

―そして、2つの爆発音が大空洞に響いたかと思うと。

 

半分になったとは言え、受けたダメージもまるで応えていないかのように…炎の中から、傷一つ負っていない【紫影】が姿を現したではないか。

 

 

 

「ふふっ、【スモーク・モスキート】の効果により、このターンのバトルフェイズは終了…残念でしたねぇ。今の私のデッキ、【バトルフェーダー】は入っていないんですよねぇ。」

 

 

 

淡々と、飄々と。

 

どこまでも底意地の悪い捻じれた声で、煽るようにトウコへと向かってそう言葉を述べた裏決闘界の融合帝、【紫影】。

 

…いくら半分になっていたとはいえ、それでも1300ものダメージを与える炎の半塊に飲まれたのだから、少しくらい火傷を負っていてもおかしくはないはずだというのに。

 

それでも【紫影】はどこまでもかわらず、捻じれた笑みを浮かべるだけ。

 

 

 

「…チッ、読み間違えたか。」

「いやぁ危ないところでした。一つ前のデュエルで、【バトルフェーダー】をかなり警戒されていたものでして…おかげで、デュエルの寸前にカードを入れ替えておいた甲斐がありました。何やら私を狙う者達はとことん【バトルフェーダー】を警戒していらっしゃる様子でしたので、えぇ。」

「…仕方がない、アタシはカードを2枚伏せてターンエンドだ。」

 

 

 

獅子原 トウコ LP:4000

手札:6→2枚

場:【TG ハイパー・ライブラリアン】

【ラヴァルバル・ドラゴン】

【ラヴァルバル・サラマンダー】

【ラヴァル・ツインスレイヤー】

魔法・罠:【禁止令】、伏せ2枚

 

 

 

…間違いなくトウコはこのターンで決着を着けるつもりだった。

 

そう、激しい展開に加速する場、そして燃え上がる怒りによって【紫影】の守りの手を封じたトウコのデュエルの流れは、一見すれば完璧にさえ思える仕上がりであったのだ。

 

…それは過去の経験から、【紫影】という男のデュエルを知り尽くしている『烈火』だからこそ迷わなかった歴戦の勘。

 

何しろ、もしも【紫影】が『烈火』とデュエルする前に、ウエスト校の少女とデュエルをしていなかったら…先程の攻撃の時に、【紫影】の手札にあったのは間違いなく【スモーク・モスキート】ではなく【バトルフェーダー】であったはずなのだから。

 

…それも『運』と言ってしまえばそこまでではあるものの、しかし紛れも無くこのターンの攻撃で命拾いしたのは【紫影】の方。

 

迫り来る『烈火』の半端ないプレッシャー。ソレを真正面から受け続けるなんて、例え【王者】クラスであっても耐え切ることなど難しいことであり…

 

 

 

「私のターン、ドロー!ふふふっ、それなりにやるババアみたいですからねぇ…少々こちらも本気で行かせていただきますよぉ?モンスターをセットして魔法カード、【太陽の書】を発動!【メタモルポット】をリバースしちゃいまぁす!2枚捨てて5枚ドローでぇす!」

 

 

 

だからこそ、即座に。

 

自分のターンを迎えてすぐに、【紫影】は迅速にリバースモンスターの効果を発動しにかかるのか。

 

今のターンの攻防で、遊んでいる暇など無いことを【紫影】もどこか理解した様子であり…

 

発動されたのは、怪しく輝く呪術の書と…怪しげな瞳を除かせる、壷のようなモンスターの効果。

 

【メタモルポット】を掴んだ手札の位置から、ソレは紛れも無く最初のターンに【紫影】が場にセットしていたモンスターなのだろう。リバース効果という発動のし辛さを、【太陽の書】によって迅速に行い。その効果によって、相手の手札すらも巻き込んで全ての手札を入れ替えにかかり…

 

また、【シャドール】というデッキにおいて【メタモルポット】というカードは、融合素材になることもさる事ながら手札交換以上の力を持ち合わせており…

 

 

 

「チィッ!全て捨て5枚ドローだ!」

「ふふっ、そして墓地に捨てた【シャドール・ビースト】と【シャドール・ファルコン】、の効果がそれぞれ発動しますよぉ?ビーストの効果で1枚ドローし、ファルコンの効果により自身を裏側守備表示で特殊召喚!まだまだ行きますよぉ?【手札抹殺】を発動でぇーす!5枚捨てて5枚ドロー!」

「ハッ!どんだけ手札交換するってのさ!よっぽど手札が悪いみたいさねぇ!5枚ドローさよ!」

「ふふふっ、ババアの煽りなど聞く耳持ちません。【影依融合】発動!デッキの【シャドール・リザード】と光属性の【妖精伝姫-シラユキ】を融合!融合召喚、来なさい、レベル8!【エルシャドール・ネフィリム】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【エルシャドール・ネフィリム】レベル8

ATK/2800 DEF/2500

 

 

 

そうして現れる、巨大なりし影の人形。

 

悲しさを匂わせる無表情の顔と、無機質なるも悲嘆に暮れているかのようなその静けさがなんとも不気味な…

 

揺らめく悲痛の糸に縛られ、感情も無く焔を見下ろす。

 

 

 

「チッ、面倒なのが出てきたね…」

「ふふっ、融合召喚成功時、ネフィリムのモンスター効果発動!デッキから【シャドール】モンスターを墓地に送りま…」

「させないよ!永続罠、【デモンズ・チェーン】発動!ネフィリムの効果を無効にする!」

「おや…ですが無駄ですねぇ!ネフィリムの効果は無効になりますが、融合素材となったリザードの効果で私がデッキから墓地に送るのは【シャドール・ドラゴン】!そしてドラゴンのモンスター効果!【デモンズ・チェーン】を破壊しちゃいますよぉ!」

「チィッ!」

「まだですよぉ?【強欲で貪欲な壷】を発動し、デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!そして【融合】を発動し、場の【シャドール・ファルコン】と【メタモルポット】を融合!現れなさい、レベル10!【エルシャドール・シェキナーガ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【エルシャドール・シェキナーガ】レベル10

ATK/2600 DEF/3000

 

 

 

さらに、続けて―

 

『烈火』の手を交わしつつ、地属性の力を取り込んだ影のモンスターを即座に場に呼び出した裏決闘界の融合帝、【紫影】。

 

その姿は、ネフィリムが更に巨大なる要塞のような機械に縛り付けられたような出で立ちであり…

 

次々と増えていくその融合モンスター達の圧力は、『烈火』のシンクロモンスター達にも負けず劣らずの迫力を醸しだしていて…

 

 

 

「大型の融合モンスターが2体か…けど、この程度で終わらせるような奴じゃ無い…」

「ふふっ…よぉく分かっているじゃないですか…貴女がどこのババアかは知りませんが…中々骨のあるお方みたいですからねぇ!こちらも少々本気にならねば失礼と言うモノでしょう!【死者蘇生】を発動し、墓地から【シャドール・リザード】を特殊召喚。そして再び魔法カード、【融合】を発動!私は【スモーク・モスキート】と【シャドール・リザード】…2体の闇属性モンスターを融・合!」

 

 

 

そして、【紫影】もまたこれだけでは終わらず。

 

トウコの怒りを煽るように、更に炎を扇ぐように…

 

【紫影】の捻じれた宣言が大空洞へと木霊し始めて。

 

 

 

「禍つ紫影の揺らめきよぉ、世界の全てを包み込めぇ!融合召喚!」

 

 

 

叫ばれしは狂言、木霊せしは凶声。

 

それは禍々しく凶暴な、そしてあまりに捻じれた歪なるオーラ。

 

怒りに震える強き淑女を前にして、ソレに対抗せんと【紫影】は今己の名を呼び出さんとしているのか。

 

歪み捻じれる神秘の渦より、禍々しく呼び出されし【紫影】の『名』が…

 

 

 

ここに、現れる―

 

 

 

 

 

「現れなさい、レベル8!【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】レベル8

ATK/2800 DEF/2000

 

 

 

…現れたるは歪み捻じれた、あまりに禍々しき紫影の毒竜。

 

毒々しさが牙を剥き、飢餓の咆哮が大気を千切り…

 

その異色で異端なる異質な異様は、毒々しくも艶かしく蠢く畏怖そのモノ。

 

虚空にも似た虚ろな目で、視界に映ったモノ全てを喰らいつくさんと…それは見た者全てに恐怖を与える、意思を持った飢餓の化身であって。

 

 

…獅子原 トウコは知っている。これが、このモンスターこそが狂気に染まった捻じれた男、【紫影】の『名』そのモノなのだ、と。

 

 

対戦相手の本能へと、直接訴えかけるかのような紫毒の狂気と奇怪な咆哮。

 

この歪で異質なる畏怖を駄々漏れにしている、捻じれた蠢きを魅せる毒の竜こそ…彼女の旦那のその命を、嘲笑いながら奪い去った屑の『名』となった飢餓の毒竜であり…

 

 

 

「現れたか、忌々しい蛇ヤローが!」

「ふふふふふっ、スターヴ・ヴェノムの効果発動!【ラヴァルバル・サラマンダー】を対象に、サラマンダーの攻撃力分、スターヴ・ヴェノムの攻撃力をアップさせる!攻撃力、2600ポイントアップでぇーす!」

 

 

 

【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】レベル8

ATK/2800→5400

 

 

 

奇怪なる咆哮が反響する。大空洞の大気を揺らす。

 

その、命そのモノを喰らいつくさんとしているかのような滴る毒の涎は…【ラヴァルバル・サラマンダー】へと狙いを定めているのか、どこまでも不気味な空腹感を思わせていて。

 

 

 

そうして…

 

 

 

「攻撃力5400…」

「そして最後に墓地のシラユキの効果も発動でぇす!墓地のカード7枚を除外し、シラユキを墓地から特殊召喚!その効果により、【ラヴァルバル・サラマンダー】を裏守備表示に!」

「くっ!」

「ではバトル!シラユキで裏守備表示のサラマンダーを!シェキナーガでライブラリアンを!ネフィリムでツインスレイヤーをそれぞれ攻撃ィ!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

 

獅子原 トウコ LP:4000→3800

 

 

 

『烈火』展開に負けず劣らず、4体ものモンスターを揃えた【紫影】のその宣言によって、まず襲い来るは3体のモンスターによる容赦の無い実体化した攻撃の数々。

 

…たかだか300のダメージ、しかして実体化したリアルダメージ。

 

その、鋭い針が幾重にも襲い来る様なダメージがモンスターから直接獅子原 トウコへと襲いかかり…

 

それによって、トウコもまた少々苦しげな表情を浮かべてしまい…

 

 

 

「ふふっ、ネフィリムが戦闘ダメージを与えられないモンスターで助かりましたねぇ?ですがコレは耐えられますかねぇ!スターヴ・ヴェノムで【ラヴァルバル・ドラゴン】に攻撃!デッドリー・フレアー!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁあ!」

 

 

 

獅子原 トウコ LP:3800→400

 

 

 

そして…

 

最後に襲い掛かった、恐るべき数値のダメージによって―

 

そのまま、後ろに弾き飛ばされるようにして。何と『烈火』が、大きく吹き飛ばされてしまったではないか―

 

 

 

「ッ!ばあちゃん!」

 

 

 

…ソレ故、思わず炎馬が取り乱したように叫んでしまったのも無理は無い。

 

そう、重く圧し掛かったのは、実に3400ものダメージ。LPは0にはならぬものの、それでもほとんどのLPを削り取ってしまうその衝撃は…

 

LPが残るとはいえ、とてもじゃないが意識を保ち続けることすらも難しそうな痛みとなりて『烈火』へと襲い掛かったのだから。

 

けれども、孫の叫びが耳に届いたからか。地面を擦るようにして、弾き飛ばされた獅子原 トウコは…

 

意識を持っていかれそうな衝撃波を何とか耐えつつも、ふらつきながらどうにか立ち上がり…

 

 

 

「ぐっ…テメェ…」

「おや…生きてましたか。…ババアの癖にタフですねぇ。とっととくたばった方が楽になれると言うのに…」

「…ッ…ハッ!ア、アタシがこの程度で、くたばるわけないさよ!こんなダメージ屁でもないさ!」

「…そうですか。まぁいいでしょう、次はありませんからねぇ。【終わりの始まり】を発動。墓地のハウンド2体、ファルコン、リザード2体を除外し3枚ドロー。…私はカードを2枚伏せてターンエンドです。」

 

 

 

【紫影】 LP:2700

手札:3→2枚

【エルシャドール・ネフィリム】

【エルシャドール・シェキナーガ】

【スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン】

【妖精伝姫-シラユキ】

伏せ:2枚

 

 

 

「アタシのターン、ッ…ドロー!」

「おやおやぁ?随分苦しそうですねぇ、えぇ!」

「五月蝿いよ!魔法カード、【貪欲な壷】発ど…」

「おっと、ソレにチェーンして永続罠、【影依の偽典】を発動!墓地のシャドール・リザードとハウンドを除外融合!融合召喚、レベル5!【エルシャドール・ミドラーシュ】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【エルシャドール・ミドラーシュ】レベル5

ATK/2200 DEF/ 800

 

 

 

そして、ターンが移り変わってすぐに。

 

ダメージの残るトウコを、更に追い詰めるがの如く…【紫影】が発動したそのカードによって、【紫影】の場には更なる融合モンスターがその姿を現して。

 

…それは影の糸で操られた、竜に乗った少女のような人形。

 

その不気味な佇まいと、行使する影の魔術によって…相手の展開を封じ込めてしまうという、恐るべき効果を持ったモンスターであり…

 

…これで【紫影】の場には、融合モンスターが3体。

 

―特殊召喚されたモンスターとの戦闘では、無類の強さを誇る巨大な光の人形。

 

―どれだけ強力なモンスター効果でも、無慈悲に粉砕してしまう巨大な地の要塞。

 

―効果で破壊されない上に、相手の展開を慈悲なく封じ込めてしまう闇の人形。

 

 

…これでは、いくら歴戦の『烈火』とて先程のような加速する展開など出来るはずもなく。

 

 

そんな、一筋縄ではいかないであろう【紫影】の融合モンスター達の、不気味な重圧がどこまでもどこまでも気味悪くトウコへと伸びていき―

 

 

 

 

「チッ!ライブラリアン、ドラゴン、ツインスレイヤー、サラマンダー、アーチャーを戻して2枚ドローだ!」

「ふふっ、けれどシェキナーガとミドラーシュがいる限り、もう先程のような馬鹿げた展開は封じ…」

「しゃらくさぁい!【サンダー・ボルト】発動!」

「ッ!?」

 

 

 

 

けれども…

 

 

それがどうしたと言わんばかりに―

 

 

叫ばれし『烈火』の宣言によって、凄まじき落雷が【紫影】の場へと襲いかかる。

 

 

 

「【禁止令】と言い【サンダー・ボルト】と言いなんと馬鹿正直な…で、ですがミドラーシュは効果で破壊されな…」

「そして【サンダー・ボルト】にチェーンして速攻魔法、【禁じられた聖杯】も発動さ!ミドラーシュの効果を無効にぃ!」

「なっ!?」

 

 

 

 

増えし手札をフルに活かして、【紫影】に抵抗を許さぬ叫び。

 

…そう、【紫影】の手札交換効果の恩恵は、【紫影】だけではなくトウコにも齎されていたのだ。

 

最初のターンのドロー加速に加え、あれだけデッキからカードを引き出した『烈火』なのだ。どれだけ【紫影】が対抗しようと、そんなモノ微塵も気にはならないのだとして…

 

全てを、破壊し尽くす―

 

 

 

「くっ!ならば墓地から【復活の福音】を除外することで、スターヴ・ヴェノムの破壊を防がせていただきますよぉ!」

「何ぃ!?そりゃ小龍の…【復活の福音】なんてモンがなんでアンタのデッキに!?」

「ふ、ふふ…『逆鱗』のデッキから適当に拝借したカードなのですが、使えないカードでしたので捨てておいて正解でした…」

「屑野郎が舐めやがって…だがこっちも、アンタが手札交換連発したおかげで手札と墓地はもう充分!そんでもう一度【貪欲な壷】を発動さ!ガンナー、アーチャー、バーナー2体、そして妖女をデッキに戻して2枚ドローだ!」

「止まらない…全く、展開に振りきった輩はコレだから性質が悪…」

「聞こえないねぇ!【炎熱伝導場】を発動!もう一回デッキからマグマ砲兵と侍女を墓地に送りぃ…侍女の効果で侍女を!最後の侍女の効果でマグマ砲兵を墓地に送る!そんでもってもう一度魔法カード…【真炎の爆発】発動ぉ!」

 

 

 

―!!!!!

 

 

 

【ラヴァルのマグマ砲兵】レベル4

ATK/1700 DEF/ 200

 

【ラヴァル炎火山の侍女】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 200

 

【ラヴァル炎火山の侍女】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 200

 

【ラヴァル炎火山の侍女】レベル1

ATK/ 100 DEF/ 200

 

【ラヴァルのマグマ砲兵】レベル4

ATK/1700 DEF/ 200

 

 

 

…再び、瞬きほどの一瞬で。トウコの場に燃え上がり現れる、5体の炎の化身たち。

 

…普通、先のターンの動きと全く同じ展開を行えるなんてありえない事。ましてや、同名モンスターを交えたこんな一瞬の展開なんて。

 

それでも、ソレをいとも簡単に行う『烈火』のデッキ回しは、流石は歴戦を戦い抜いた決闘界の女傑とも言えるだろうか。

 

 

 

「…また同じ展開ですか…全く、芸が無い…」

「ワンパターンで結構さ!止められるモンなら…止めてみろぉ!マグマ砲兵に侍女をチューニング!シンクロ召喚、レベル5!【TG-ハイパー・ライブラリアン】!」

「…これ以上煩く回られても面倒です。シンクロ召喚成功時に、墓地のシラユキのモンスター効果発ど…」

「五月蝿いのはソッチさよ!速攻魔法、【墓穴の指名者】発動!シラユキを除外ぃ!」

「なっ!?」

「これで五月蝿いのは居なくなったよ!もう一度マグマ砲兵に侍女をチューニング!シンクロ召喚、レベル5!【ラヴァル・ツインスレイヤー】!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【TG ハイパー・ライブラリアン】レベル5

ATK/2400 DEF/1800

 

【ラヴァル・ツインスレイヤー】レベル5

ATK/2400 DEF/ 200

 

 

 

【紫影】の妨害など意に介さず、悠々と展開を続ける獅子原 トウコ。

 

…その加速度は、先のターンとは比べモノにならない程に激しい代物。

 

そう、自分の展開と【紫影】の効果、その双方によって蓄えたカードによって最早トウコの今の勢いは、到底【紫影】が追いつけぬ領域にまで燃え上がっているのだ。

 

…例え初動がワンパターンでも、突き詰めればソレは究極の安定系。

 

黄金パターンとも称されるその動きを貫き通せば、ソコから無限大とも思えるシンクロ召喚のルートが幾重にも広がるのであり…

 

受けたダメージも、更なる【紫影】への怒りへと変え。そのまま『烈火』は、更なる展開を行わんとその手を天高く掲げ続けるのみ。

 

 

 

「ライブラリアンの効果で1枚ドロー!更に速攻魔法、【紅蓮の炎壁】発動!墓地のマグマ砲兵を除外し、【ラヴァルトークン】1体を特殊召喚する!そのままレベル1の【ラヴァルトークン】に、レベル1の侍女をチューニング!シンクロ召喚、レベル2!シンクロチューナー、【フォーミュラ・シンクロン】!ライブラリアンとフォーミュラの効果で2枚ドロー!」

「展開しながら手札を増やすとは…全く、本当にとんでもないババアですねぇ…」

「まだまだぁ!【死者蘇生】を発動!墓地から【ラヴァルロード・ジャッジメント】を特殊召喚!その効果で、墓地の侍女を除外してアンタに1000のダメージを与えるよ!」

「ぐっ!?」

「隙を見せたね!【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!そして最後の【真炎の爆発】を発動さ!墓地からマグマ砲兵を特殊召喚し、レベル4のマグマ砲兵にレベル2のフォーミュラをチューニング!シンクロ召喚、レベル6!【ラヴァル・グレイター】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ラヴァル・グレイター】レベル6

ATK/2400 DEF/ 800

 

 

 

「グレイターのシンクロ召喚成功時!手札を1枚墓地に送るが、ライブラリアンの効果で1枚ドロー!」

「くっ…本当にとんでもない人ですねぇ…よもやここまでやるとは…」

 

 

 

果たして…これ程までに激しい展開を、勢いを加速させながら更に激しくし続けるデュエリストは彼女以外に存在するのだろうか。

 

現シンクロ王者【白竜】、新堂 琥珀も彼女によって磨かれた原石ではあるものの…

 

…それでもこのスタイルの元祖、原点と言える存在の勢いは、引退してもなお健在であると言わんばかりに。

 

…【王者】とは呼ばれなかったものの、その領域に間違い無く踏み入っている力を隠す気もなく。誰も触れぬ加速を帯びて、『烈火』は更に熱く燃え上がり続けるのみであり…

 

 

 

「はぁ…仕方がない…」

 

 

 

そんな激しく燃え上がる、目の前の女性のデュエルをその身で味わってか。

 

見知らぬババアとまで言い捨てた相手に対し、【紫影】が何やら不気味に呟いて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すげぇ…これが…ばあちゃんの本気…」

 

 

 

目の前で繰り広げられている、尋常じゃないアツさを帯びている祖母の姿をその目で見て…

 

思わず、このデュエルに目を奪われていたサウス校1年、獅子原 炎馬。

 

…しかし、ソレも当然か。

 

何せ【紫影】という男の力は知らなかったものの、歴戦のデュエリストである祖母がこれ程までに本気でアツくなっている姿をデュエルの最初から炎馬は見続けているのだ。

 

先程のデュエル傭兵、ホトケ・ノーザンとのデュエルも凄まじきモノだった。けれども今の祖母のデュエルは、【紫影】への怒りも合わさってか孫である炎馬も見たことのないほどに凄まじく激しい代物となっており…

 

…こんな荒々しく燃え上がる祖母のデュエルなんて、炎馬からしても未知の領域。

 

何故そこでそのカードが繋がるのか、何故ソレをその場面で引けるのか、何故ソレをそこに合わせられるのか、何故ソレが当然のように手札にあるのか。

 

そんな、今の彼では到底理解など出来ぬであろう、激しすぎる流れが現実となりて繰り広げられるこのデュエルは…

 

未だ成長途中にある獅子原 炎馬からすれば、教科書以上の圧倒的役割となりて彼の脳裏に焼き付き続けており…

 

 

…初めて見る祖母の本気、隠す気もない本気の殺意。

 

 

これが、この激しさが。『烈火』と呼ばれた獅子原 トウコの、歴戦に名を残した伝説たる由縁の力なのだとして。

 

まだまだ加速途中である祖母のデュエルに、炎馬もまた1人のデュエリストとして心から魅入っていて―

 

 

 

 

 

 

 

 

―そう、魅入ってしまったからこそ…

 

 

 

 

 

 

 

炎馬は―

 

 

 

 

 

 

 

 

「イケる!これなら絶対【紫影】を倒せ…ッ!?うわぁぁぁあ!?」

 

 

 

 

 

 

自分にも手が回っていたことに、気がつかなかったのだ―

 

 

 

 

「ッ!?炎馬!?」

「うわぁ!?な、なんだこれぇ!?」

 

 

 

突然…

 

そう、突然に―

 

激しい加速を続ける獅子原 トウコの、その叫びの間に割って入るようにして…

 

突発的に大空洞に響き渡ったのは、このデュエルに関係無いはずのサウス校1年、獅子原 炎馬の驚愕と焦燥の喚き超えであった。

 

そして、孫の叫び声に対し。トウコが、反射的に視線を背後へと切ったそこには…

 

 

 

なんと、炎馬の体が宙に浮いているではないか―

 

 

 

「炎馬ぁ!」

「な、なんだよこれぇ!どど、どうなってんだぁ!?」

 

 

 

突然の事に、一瞬思考が白紙になってしまったトウコ。

 

突如の出来事に、わけもわからず慌てふためく獅子原 炎馬。

 

…しかし、それも当然だろう。

 

何せ、デュエルに集中していたトウコの耳に、突然安全圏に居たはずの孫の悲鳴が聞こえてきたのだから。

 

また、炎馬からしてもデュエルに魅入っていたらいきなり空中に体が浮いてしまい、そして身動きが取れなくなってしまったのだから、ソレで驚くなと言う方が無理な話に違いなく。

 

すると、その2名の獅子原家の者の驚嘆の声を耳にして…

 

何やら、【紫影】が捻じれた笑みを浮かべつつその口を開き始めた。

 

 

 

「ふふっ、驚きましたかぁ?実は先程、こっそり『糸』を絡まさせていただきましてねぇ!お孫さんは捕まえさせていただきましたよぉー!」

「ッ、糸だって!?」

「えぇ、えぇ!この島ではカードが実体化していますからねぇ…【エルシャドール・ミドラーシュ】を出したときに、気付かれない様に仕掛けを施しておいて正解でした!いやぁー貴女が孫と一緒で助かりましたよ!おかげで、貴女の手を止めることに成功したんですからねぇ!」

 

 

 

そう、よくよく見れば。

 

炎馬はいきなり宙に浮いたわけではなく、その体を良く見てみれば…この大空洞の、薄暗さ紛れるようにして。なんと炎馬の体には、『細い糸』のようなモノが絡まっているのだ。

 

…炎馬の体を宙吊りにしている、その細く見えぬ糸。

 

ソレが炎馬を宙吊りにし、そのままゆっくりと【紫影】の傍まで炎馬を運び…

 

【紫影】はそのまま、まるで炎馬を盾にするかのように…トウコへと向かって、捻じれた笑みを浮かべつつ…

 

 

 

「ほらほらぁ、どうしたんですかぁ?展開止めちゃうんですか?もうすぐ攻撃仕掛けてくるんでしょぉー?私を殺す大きなチャンスじゃないですかぁ!まぁ私に攻撃すれば、今なら孫ごと一緒に吹き飛んでしまいますがねぇ、えぇ!」

「ッ!【紫影】ぃ!アンタまたこんなゲスい手を!」

「ふふふっ!下種だなんて光栄ですねぇ!そんなに褒めないでくださいよぉ!…あぁ、そういえば以前にも同じような事しましたっけ。ふふっ、アレも似たような展開でしたねぇ…夫の目の前で妻を人質に取ったら、途端に威勢が小さくなってしまったんですからぁ!」

「ッ!?な…アンタ…ソレって…」

「いやぁーアレはホント傑作でしたねぇ!自分の命よりも、妻の命を優先させた夫婦の愛がまた笑えて笑えて!ふふふっ、夫の首がボンッ!って吹っ飛ばされた時の妻の顔ときたらホント滑稽でしたねぇ…いやぁ人間ってあんな顔が出来るモンなんですねぇ!絶望と悲嘆と逃避と絶叫の入り混じった、気持ちの悪いぐしゃぐしゃな顔!あぁ、また見て笑いたいですねぇ!あの歪んだ泣き顔を、えぇ!」

 

 

 

【紫影】の口から語られるのは、聞くことすら憚られるような下賎なる言葉の数々。

 

…見るからに卑怯な手だというのに、ソレを全く恥じること無く。

 

一体、どんな人生を送ればここまでの罪を重ねながらその罪を面白半分で蹴飛ばせる人間が出来上がるというのか。

 

そう、ここまでの悪意を撒き散らしながら、本人は全く悪びれることなく嬉々として己の罪を喜んでいるという…その人間の汚い部分を凝縮して煮詰めたような、下種で下賎で下卑た思考の、行動言動がまるっきり小物な卑怯な人間が。

 

…狂気に塗れた【紫影】の言葉。イカれた精神の【紫影】の言動。

 

そんな気色の悪い言葉の羅列が、この世のモノとは思えない程の狂気となりて…どこまでもどこまでも不気味なままに、大空洞に木霊し続ける。

 

 

 

「ふふ…ふふふ…どうしますかぁ?私を炎で焼き殺しに来ますかぁ?ですが燃え死ぬ苦しみは尋常じゃないほどに苦しいですからねぇ…お孫さんにソレを味わわせますかぁ?ふふふふふぅ!お優しいお婆ちゃーん!ほらほらぁ、どうするんですかぁ?自分で孫を殺しますかぁ!?ねぇねぇ!早く決めてくださいよぉー!」

「テメェ…どこまで腐ってやがる…旦那を殺しておいて、次は孫を盾にするたぁ…」

 

 

 

また、【紫影】の言動を耳に入れた獅子原 トウコが、何やらワナワナと肩を震わせ始めており…

 

…そう、たった今【紫影】が語った昔の出来事をその耳に入れて。トウコの脳裏には、かつての出来事が昨日の事のようにフラッシュバックしてきてしまったのか。

 

今のトウコの脳裏には、とても鮮明に映し出されている。過去、自分が人質に取られた所為で…勝てていたはずのデュエルで負けてしまい、目の前で首から上を爆破されて殺された夫の姿が。

 

 

 

「ふふっ、私はいいんですよぉ?別にキレて攻撃してきたって。今の貴女が取れる行動は2つに1つ…孫かわいさに、このままターンエンドしてしまうか…更に展開して、孫ごと私を焼き殺すか…」

「ぐ…」

「ほらほらぁ、どうするんですかぁ?早く決めてくださいよぉ!私を殺したいんでしょぉー?なんでしたっけ?旦那の仇でしたっけぇ?ふふふっ、どうせ殺された旦那っていうもの、顔も名前も覚えていないような有象無象でしょうけれどぉ!」

「ッ…この屑野郎が…」

「おおっ、来ますか?来ますかぁ?ふふふっ!孫を犠牲に旦那の敵討ちしちゃうんですかぁ?自分で孫を殺しちゃうんですかぁ!?ふふふふふっ!」

「うっ…」

 

 

 

けれども、それでもなお怒りのままに行動することなど今のトウコには出来はせず…

 

…自分の後ろに置いておけば、そこが最も安全な場所だと自負していた。

 

だからこそこんな敵の胸元まで孫を連れて進んできたというのに…ソレが、今この時になって思わぬ手で利用されてしまうだなんて―

 

…そんな後悔がトウコを襲う。見通しの甘かった自分を呪う。

 

過去の経験から、こんな状況に陥るかもしれないことは十二分に予測は出来たはず。しかし強すぎる怨みと怒りによって、ソレを失念してしまったことがまさかこんな状況を生み出してしまうだなんて…と。

 

 

 

そうして…

 

 

 

「ぐっ…くそが…クソがぁ…」

 

 

 

旦那のみならず、孫まで失うわけには行かないトウコが。

 

今ゆっくりと、構えていたデュエルディスクを下へと降ろし始め…

 

 

 

 

 

 

「……じゃ…ぇ…」

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

「…までも…」

「ほ?」

「いつまでも調子に乗んじゃねぇえ!【真炎の爆発】発動ぉ!」

 

 

 

―!

 

 

 

突如―

 

そう、突如として―

 

空中で縛られ宙吊りにされていた獅子原 炎馬が、思い切り叫んだと同時に。

 

食い込む糸を無理矢理捻り、デッキから引いた1枚のカードを己のデュエルディスクに叩きつけたかと思うと…

 

 

何と、【紫影】ごと巻き添えにして。突如として、炎馬の体の周囲に弾けるような小さな爆発が巻き起こったのだ―

 

 

無論、それはトウコから飛び出た炎ではない。

 

そう、それは実体化しているからこそ取れた手段。カードが現実になっているからこその、逆に意表を突いた炎馬の抵抗であって―

 

 

 

「なっ!?」

「実体化してるって言ったのはお前だ馬鹿野郎!ばあちゃん、こんな屑さっさとやっちまえぇ!」

「ハッ!いい子だ炎馬ぁ!【紅蓮地帯を飛ぶ鷹】を通常召喚!レベル5のライブラリアンとツインスレイヤーに、レベル1の【紅蓮地帯を飛ぶ鷹】をチューニング!」

 

 

 

そして、糸を焼ききって逃げ出した炎馬を再び庇いつつ。

 

水を得た魚の様に…いや、油を得た炎の様に、再び『烈火』の叫びが空を裂き…

 

 

 

逆立つ―

 

 

 

トウコの赤みがかった、短く切りそろえられた茶色い髪が。

 

それはまるで炎の如く。薄暗い大空洞を照らすように、トウコの髪まるで本物の炎のように揺らめき始め…

 

―言葉で例えるならば、『炎髪』。

 

獅子原の血を持つ猛者が、本気を出した時にのみ見られるその現象は、まさに古の時代から受け継がれし獅子原家の盟約が成せる、まさしく獣の血が成せる御業であって―

 

 

 

「烈火!舞い上がりて宙をも焦がす!燃える星々を喰らいつくせぇ!」

 

 

 

叫ばれしその呼び声に呼応して、宙に舞い上がる2体のシンクロモンスターがその身を10の炎球へと変える時。

 

導きの炎鳥が炎輪となりて、今こそ怒りの化身をこの大空洞へと呼び出さんとしているのか。

 

かつて世界の頂点を見た、今なお語り継がれる伝説と共に…

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

「本気でキレたよ!骨も残らないと思えぇぇぇえ!シンクロ召喚!来な、レベル11!【星態龍】!」

 

 

 

―!

 

 

【星態龍】レベル11

ATK/3200 DEF/2800

 

 

 

現れたるは星を喰らいし、煌々と燃え盛る1体の巨龍。

 

…それは歴戦を戦い抜いた強者の姿。数多の敵を打ち崩してきた巨大なる姿。

 

そう、まさに宙をも焦がす星々を模した、『烈火』と呼ばれし歴戦のモンスター。その巨大なる存在が、かつて戦った【紫影】とその竜を見下ろしながら…

 

主の炎髪に呼応するように、怒りのままに轟き叫ぶ。

 

 

 

 

 

「なっ、そそそれはしし獅子原 烈火の【星態竜】ぅ!?な、何故貴女がソレを…はっ!?そそその髪はままままさか貴女トトトトウコさ…」

「今更気付いても遅ぉぉぉぉぉい!【受け継がれる力】を2枚発動!【ラヴァルロード・ジャッジメント】と【ラヴァル・グレイター】を墓地に送り…【星態龍】の攻撃力を、5100アップする!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【星態龍】レベル11

ATK/3200→8300

 

 

 

更に燃え上がるトウコの炎髪。そしてそれに呼応して更に巨大化する【星態龍】。

 

炎を纏う主のように、『烈火』の龍もまた纏う炎を更に盛らせ…滾る怒りを昂ぶらせ、大地を揺るがす叫びを上げて。

 

それは今の主たるトウコの怒りを、【星態龍】もまた感じているかのような燃え盛り方。そう、かつて【紫影】に殺された、獅子原 烈火の無念をこの龍もまた晴らさんとしているかのようでもあり…

 

その巨大なる瞳に、屑とその毒竜をしっかりと映し出し。

 

積年の怨みを今、『烈火』と共に―

 

 

 

「馬鹿な…なな、何故トトトウコさんがここここに…どどどどうして貴女がせせ、【星態龍】を!」

「ごちゃごちゃうるさぁぁぁぁぁい!死ねぇ【紫影】!バトル!【星態龍】で、スターヴ・ヴェノムを攻撃ぃ!」

「ひぃっ!?」

 

 

 

唸る慟哭、弾ける衝動。

 

トウコも『烈火』も、もう我慢なんて出来はしない。

 

募り募った殺意と怒りを、ただただ純粋な焔へと変え。ただただ目の前の屑を焼き殺さんと、ソレは咆哮と共に放たれるのか。

 

…攻撃力8300、そしてあえて【紫影】の竜を残したその選択は大いに正しかった。

 

そう、【紫影】も、もうその手にある【スモーク・モスキート】では防げはしない。

 

ソレを、トウコも見抜ききったからこそ…今、30年あまりに亘って募らせ続けた怨みの叫びが、止め様のない火球となりて―

 

 

 

 

「蹴散らせぇ!星痕のぉ…グランド・ノヴァァァァァァァア!」

 

 

 

 

 

 

ここに、放たれる―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その時だった

 

 

 

 

 

「…なぁんて、まだバトルにはいかせませぇん!メインフェイズ終了時に罠カード、【誤爆】発動!」

「なっ!?」

 

 

 

―!

 

 

 

今にも放ちかけた炎弾を、無理矢理押し返すようにして。

 

逸って攻撃宣言を先走ったトウコから、デュエルの流れを巻き戻すように…叫ばれたのは、【紫影】の1枚の罠カード。

 

そのまま【紫影】は、トウコと【星態龍】を見据えつつ…

 

顔を捻じらせ、不気味に笑う。

 

 

 

「ふふっ、トウコさん、昔から自分に害のないカードにはとことん興味持ちませんよねぇ…だから旦那にトドメをさしたこの罠を除去し忘れるんです、えぇ。」

「お前っ、最初からアタシに気付いて…」

「当ったり前じゃないですかぁ!トウコ先輩…私が貴女の事を忘れるとでもぉ?そんなことより【誤爆】の効果ぁ!スターヴ・ヴェノムをあえて破壊しま…」

「ッ!?」

 

 

 

【誤爆】…ソレは自分のモンスターを破壊するという、一見すればディスアアドバンテージにしかならない罠。

 

しかし、ことスターヴ・ヴェノムと組み合わせれば、ソレは恐るべき爆弾となりて襲い掛かる事をトウコは知っている。

 

…かつて優位に立っていた旦那の場を、無抵抗にさせた上に一層して決着を着けたその罠。

 

そう、忌々しいソレが、30年の時を経て―

 

どこまでも底意地の悪い演出と共に、ここに弾け…

 

 

 

「させるかぁ!カウンター罠、【炎渦の胎動】発…」

「おや?…ならば…」

 

 

 

また、それに喰らいついた獅子原 トウコが、カードの発動を言い終える前に…

 

 

―パチィンッ!

 

 

…と、【紫影】が指を鳴らした…

 

 

 

 

その瞬間―

 

 

 

 

 

 

 

―ドォンッ!

 

 

 

…という、とてつもなく大きな爆発音と共に。

 

 

 

巨大な『落石』たちが、大空洞の天井から…

 

 

 

 

 

 

 

『炎馬』の上に、落ちてきた―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!炎馬ぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

…それは一瞬の出来事だった。

 

果たして、この攻防の刹那に何が起こったのか。この場に他にギャラリーが居たら、ソレを目で追えては居たのだろうか。

 

…いや、居ない。この一瞬の出来事は、この場にギャラリーが居たとしても誰も決して追えはしなかったことだろう。

 

 

そう、まさかトウコと【星態龍】が、驚愕している【紫影】攻撃を仕掛けたかと思ったら…

 

ソレすら演技だった【紫影】が、攻撃を巻き戻すように罠を発動し…

 

更にソレに対し、トウコがカウンターを合わせたかと思われたその刹那に。なんと今度は、『炎馬』へと向かって巨大な『落石』が襲い掛かってきただなんて―

 

 

 

…一体、どうなったのか。

 

 

パラパラと天上から崩れてくる小石の音や、立ち込める砂埃が晴れてきた…

 

そこには…

 

 

 

「…ッ、ば、ばあちゃん!?」

 

 

 

そこには、炎馬を庇ったトウコの…

 

 

 

炎髪が消え、【紫影】が放った崩落から孫を庇い、頭から血を流して倒れている…

 

 

 

岩に潰された獅子原 トウコが、そこには居た―

 

 

 

 

 

「ぐっ…え、炎…馬…無事…かい?」

「あ…ば、ばあちゃ…あ…あぁぁぁ…」

 

 

 

…生きてはいる。

 

しかし、辛うじて―

 

そんな、素人目にもあまりに酷い祖母の状況に…思わず、固まり動けなくなってしまっているサウス校1年の獅子原 炎馬。

 

…何が起こったのか、ソレすら炎馬には理解できなかった。

 

しかし、目の前の光景が信じたくも無い現実を物語っている。そう、祖母は自分を助け、岩に潰されたのだ…と。

 

 

 

「…カウンターを用意していた辺り、流石にトウコ先輩も昔のままではありませんか。しかし…」

「ぐっ…ッ…ぁ…」

「ッ!ばあちゃん!ばあちゃん!し、死んじゃいやだぁぁぁあ!」

「ハッ、生きてる…さ…屑を殺すまで…死ねる…かよ…うぐっ…」

 

 

 

けれども、それでも…それでもまだ―

 

トウコは戦う気概を捨ててはおらず、およそ本能のみで岩の間から抜け出そうとしていて…

 

…そう、岩に潰され、意識が混濁し朦朧としてきていても。

 

それでもまだデュエルは続いていて、カウンター罠、【炎渦の胎動】によって【誤爆】は確かに打ち消されまだタイミングはメインフェイズ1。

 

攻撃力8300の【星態龍】の攻撃、トウコの怨みの一撃を喰らわす状況は、まだ確かに残っていて…目前まで掴んだ、【紫影】を消し飛ばすその瞬間のただソレだけのために。30年以上に亘って燃やし続けた怨みの炎を、命の灯火へと変え燃やし続けているのだ。

 

トウコはまだ、戦う事を放棄してはおらず…

 

…頭から血を流し、岩に潰され。それでもなお生きてデュエルを続行しようとしている、『烈火』と呼ばれし獅子原 トウコ。

 

…落石が巨大だったからか、潰されているとは言え体の大半は岩と岩の隙間に挟まれているだけの状態。だからか、その強すぎる【紫影】への怨みが彼女の消えぬ執念となりて、まだその命を繋いでいて―

 

そして、どうにか攻撃宣言を続行しようと。トウコはその朦朧としている意識の中で、必死に【星態龍】の姿を探し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のターン、ドロー!【ファイヤー・ボール】ッ!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁあ!?」

 

 

 

獅子原 トウコ LP:400→0

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

しかし…

 

そんなトウコを、切って捨てるかの如く―

 

突然自らのターンを宣言した【紫影】が、ドローしたカードをそのままデュエルディスクに叩きつけたかと思うと。

 

なんと【紫影】から放たれた大きな火の弾が、獅子原 トウコをその岩ごと大きく弾き飛ばしたのだ―

 

 

…そして悲鳴と同時に無慈悲に鳴り響くは、デュエルの勝敗を告げてしまう無機質な機械音。

 

その音が大空洞へと反響し、そして突然の事に一瞬の静寂が大空洞を包み込み…

 

そこには、立っている【紫影】とへたりこんでしまっている炎馬と…

 

気を失い倒れている、獅子原 トウコの姿があった―

 

 

 

「ふぅ、危ない危ない…ふふ、動けないデュエリストにターンは回ってこない…トウコ先輩、貴女はすでに負けていたのですよ、えぇ。」

 

 

 

…どこまで腐っているのか。

 

『こんな勝ち方』をしたにも関わらず、どこまでも勝ち誇った佇まいを崩す気も無く『烈火』を見下ろしそう呟いた裏決闘界の融合帝【紫影】。

 

その言葉に敬意はない。自分を寸前まで追い詰めた相手に対しても、【紫影】はとことん見下したままで…

 

何故、そこまで勝ち誇れるのか。

 

こんな勝ち方、決して褒められたモノではないと言うのに。そう、不利になったから人質を取って、仕込んだ策が破られたから強攻策を取るという…こんな、勝ち方で。

 

 

 

「ッ!?ばあちゃん!…お…お前ぇ!ま、まだばあちゃんのターンは終わってなかったってのに!何でこんな…」

 

 

 

だからこそ、炎馬が弾けるようにしてそう叫んだとしてもソレは当然の事だろう。

 

へたりこんでいた炎馬が、反射的に立ち上がったかと思うと。どこか子どもが癇癪を起こすように、弾けるようにして【紫影】へと浮かぶ怒りをぶつけ始め…

 

 

 

「卑怯な手ばっかり使いやがって!普通に戦り合ったら、勝ってたのはばあちゃんだったんだ!それなのに、お前はあんな卑怯な…」

「…卑怯?」

「そうだ!お前なんか…お前なんか卑怯な手しか使えない、最低最悪な屑野郎じゃないか!負けそうだからって人質取って!裏までかいたのにばあちゃんに全部破られて!完全にお前の負けだったじゃないか!負け犬の癖に、卑怯な真似して勝って嬉しいのかよぉ!」

 

 

 

…祖母は勝っていた。そう、あのままなら完全に祖母の勝ちだった。

 

そう、既に勝敗は限りなくハッキリしており、【紫影】のデュエルを完全に上回っていた祖母が勝つのは最早孫である炎馬の目には明確に映りこんでいたのだ。

 

…だからこそ、炎馬にはどうしても許せない。

 

負けそうだからと言って、どこまでも卑怯な手に縋って。そしてソレを全て打ち破られていたこの屑が、勝者であっていいわけがないのだ…と。

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「卑怯者!この卑怯者ぉ!お前なんか負け犬だ、デュエルで勝てないからって、どこまで卑怯な真似ばっかりすれば気が済…」

「そのとぉぉォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉり!」

「ッ!?」

 

 

 

突然…

 

悦に、入ったように―

 

炎馬から『卑怯』という言葉を浴びて、もう居ても立ってもいられなくなったかの様に…

 

突然、快感に奮えるような素振りを見せつつ…【紫影】が、その捻じれた声を大にして叫び始めた―

 

 

 

「卑怯!卑怯!ひきょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!なんと心地いい響きなんでしょう!えぇそうです!トウコさんは勝てていた!普通に戦えてたら勝てていた!ソレを逃したのは?…そう!孫の貴方がいたから!」

「なっ!?」

「そうです、そうですそうなんでぇぇぇぇす!私は卑怯なんでぇぇぇぇえす!お褒め頂きありがとうございまぁぁぁぁぁぁす!ふふふふふふふふふふふふふふふ!」

「ッ!…な、何なんだよお前は!何がそんなにおかしいんだよぉ!」

「だぁってこれが笑わずにいられますかぁ!?私が卑怯者だなんてさいっしょっから分かりきったことだったじゃないですかぁ!ソレを今になって声高々に叫んだって、デュエルの勝敗は覆せないというのに必死になっちゃってぇ!あーおかしい!ホントおかしいですねぇ!どう足掻いたって負けたのはそちら、果たして負け犬はどちらでしょうねぇ!だって私勝っちゃいましたしぃふふふふふぅ!」

「あ…あ…」

 

 

 

狂っている…

 

思わず炎馬が、畏れを感じ後ずさりしてしまったほどに―

 

今の【紫影】から感じさせられたのは、ただただ狂った危ない存在だという…決して触れてはいけないモノと対峙しているという、今にも逃げ出せという無意識の衝動。

 

 

…負け惜しみだとか葛藤だとか、そう言った感情は【紫影】には無い。

 

 

卑劣な手で快楽を感じ、卑怯な手に悦楽を見出す。そう、【紫影】にあるのは相手を馬鹿にし、全てを小馬鹿にし…人の命も感情も、何もかもを自身の悦楽の道具にするという、狂いに狂った狂人の矜持だけ。

 

…薄汚れた屑の権化、恥知らずの下種人種。

 

勝利を手にするためならば、卑怯な手を取ることすらも嬉々として選ぶ…欲深く、罪深き、最低最悪で下劣なる、大物ぶった小物のイキり。

 

 

 

「勝負とはすなわち生きるか死ぬか!どんな手を使ってでも、最後に勝てばいいんですよぉ!あー快感ですねぇ!勝てると確信していた相手に、くっだらない手で馬鹿を見させるこの快感!普通にデュエルしてたんじゃあ味わえませんねぇふふふふふぅ!」

 

 

 

しかし…あろうことかそんな小物が、このデュエルに勝ってしまった―

 

そう、過程がどうあれ、デュエルディスクによる判定で最終的に【紫影】が勝ってしまったからこそ…この屑は『勝利』という大義名分を振りかざしながら、どこまでも調子に乗ってしまったのだ。

 

普通の感性を持ったデュエリストならば、絶対にこんな勝ち方で喜べはしない。

 

けれども、ソレを嬉々として喜び調子に乗っている【紫影】の態度は、どこまでも捻じれに捻じれさらに上がり続けるのみであり…

 

…プライドなど無い、誇りなど無い。正真正銘、性根が腐りきっている屑の中の屑。

 

そんな屑のこの態度は、果たして【紫影】に敗北を喫したデュエリスト達の傷口をどれだけ抉るのだろう。ソレが誇り高い人種にとっては、これ以上無い心のダメージなることを【紫影】は知っているからこそ…

 

こんなにも汚い手を、この屑は全く躊躇なく取れるのか。

 

 

 

「どれだけ優位に立って居ようと?所詮負ければそこでお終い!そこに転がっている負け犬はデュエルに負けたんですよぉ?だから現実は私のかーち!しかし烈火先輩同様、甘いですねぇ貴女も!孫の為に自分を犠牲にするとは…それで夫の仇を逃すんですから、鬼のトウコも弱くなったものです、えぇ!」

 

 

 

けれども、確かなる結果においては。

 

確かに【紫影】のいう通り、過程はどうあれ最後までLPを残し立っていた者が決闘における勝者なのだという…ソレは誰であろうと変えようのない、この世に定められた絶対の決まりでもあり…

 

その『勝者の定義』に則ってしまえば、立っている【紫影】と気を失っている『烈火』の姿を見比べればどちらが勝利したのかは誰の目にも明らかと言えば明らかでもあるのか。

 

…命を賭けたやりとりで、意識の無い『敗者』は『勝者』には絶対になれず。

 

どれだけ卑怯な手を使ってでも、最後にLPを残して立っていた者が偉いのだと言わんばかりに…【紫影】の立ち振る舞いは、絶対に非を認めぬ悪人の中の悪人そのモノ。

 

 

【紫影】の態度が物語っている…『勝負』とはただの力比べにはあらず。勝者が絶対。立っていた者だけが偉いのだ、と。

 

 

それはそれだけ議論を交わそうとも、常時とは決して交わらぬ平行線。

 

その平行線を辿るその真理の違いは、まさに『表』と『裏』の定義の違いとなってしまうのだ。

 

…いくら卑怯な手を使おうと…いや、あえて卑怯な手を取り続け…そうして悦楽を感じながら勝利を手にした【紫影】の中には、ただただ『勝った者だけが偉い』という定義が渦巻いていて…

 

だからこそ、どれだけ卑怯な手を使おうとも。

 

表と裏の戦いで、勝ってしまったのが裏であったのだから。それすなわちどれだけ異議を唱えようとも、正しいのは最後にLPを残していた【紫影】ということになるのは摂理とも言え…

 

 

 

 

 

 

 

…否―

 

 

 

 

 

 

否、否―

 

 

 

 

 

断じて否―

 

 

 

 

 

こんなことが、あっていいものか。

 

 

勝敗を決したのが、『デュエル』の中での流れならば表だろうが裏だろうが誰であっても納得がいく。

 

しかし、このデュエルにおいて勝負を決めたのは間違い無く『デュエル以外』の出来事ではないか―

 

…落石を起こし、相手を潰れさせ、動けなくなった相手からターンを奪い。

 

抵抗も出来ない相手から、掠め取るようにして勝利を奪ったこの勝敗の着き方など、断じてデュエルによる決着とは言えないはず。

 

…デュエルの内容、中身、流れを完全に無視し。デュエルに全く関係のない部分で、相手を追い詰め相手を苦しめ…そして本来ならば、力によって完全に捻じ伏せられていたところを、物理的な妨害によって無理矢理掴んだその勝利。そんなデュエルとは呼べない行動の上で掴んだ勝利など、一体何の意味があると言うのだろう。

 

…こんな勝利は、デュエルによる勝利とは断じて呼べない。

 

デュエルによる決着ではない。デュエル以外のモノで勝者になったところで、ソレは断じてデュエルによる勝利などではない。

 

 

 

けれども…

 

 

 

「ふふっ、ふふふっ!ふふふふふぅ!あぁー気持ちいいですねぇ!卑怯な手で、一方的に勝てるなんて!本当ならば勝てていたと言うのに、最後の最後に負ける気分を味わわせるのはなんて快感なんでしょうねぇ!」

 

 

 

…常人であろうと悪人であろうと、そして狂人であったとしても異議を感じるこの勝敗に対し。

 

それでもなお【紫影】は酔いしれたまま、下種な勝利を勝利と呼び続ける。

 

 

…何を言っても無駄、何を説いても無駄、何を反論しても無駄―

 

 

この狂い過ぎている男は、最早何を言っても聞く耳すら持つ事はないのだろう。この屑に正義を押し付けたいのならば、どれだけ卑怯な手を使われてもこの屑に勝つしか道はなく…

 

…けれども、屑で下種で小物とは言え。

 

それでもこの屑は裏決闘界の融合帝で、卑怯な手を使われたら『極』の頂きに位置する歴戦の者でさえ手を焼いてしまうというのだから。果たして【紫影】を従えられる者など、この世に居るのかすら怪しいとさえ言え…

 

 

…今の【紫影】の姿を見て、炎馬もそれを感じてしまったのだろう。

 

恐い…ただただ狂った【紫影】が怖い。捻じれ曲がった口角と、捻じれた【紫影】の姿が…

 

 

 

炎馬は、怖い―

 

 

 

「…ま、『この私』ではトウコ先輩に勝てるわけないですからねぇ。本当にどこから入ってきたのやら…幻術も呪術も効かない相手なんて本当に性質が悪い、おかげで無駄な労力を使わされたじゃないですか………さて、お孫さんは後でゆっくり洗脳するとして…トウコ先輩、貴女は旦那の元にでも行ってもらいましょうかねぇ。ふふっ、獣の獅子原…その名を持つ者を2人も手にかけられるなんて光栄です、えぇ。」

「あぁ…あ…あ…」

 

 

 

やられる―

 

炎馬の本能がそう告げる―

 

自分は命だけは助かるかもしれない、しかし【紫影】の言葉からこの先に待っているのはただの地獄。

 

そして祖母は間違い無く殺される…この男ならば何の躊躇もなくそうしてくる―

 

ソレを、容易に理解出来てしまうほど―【紫影】という屑の本質を、このデュエルの間だけでも嫌と言うほど炎馬は味わってしまった。

 

…今なら、すぐにでも【ファイヤー・ボール】によって岩から弾き飛ばされた祖母を抱え、ここから逃げ出す選択肢だって炎馬にはあっただろう。けれどもソレすら思い浮かべられないほどに、今の炎馬の心には【紫影】への恐怖が重く圧し掛かり続けており…

 

だからこそ、ゆっくりと近づいてくる【紫影】から、恐怖の所為で炎馬は逃げる事すらままならず…

 

 

 

 

 

そうして…

 

 

 

 

 

「私に負けた者には『死』を…それが私の決めた【裏決島】のルールです…では…」

 

 

 

 

炎馬とトウコの前に立ち、不気味に捻じれた笑みを浮かべた【紫影】がその手をトウコへとかざそうとした…

 

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てゴラァァァァァァァァァァア!」

 

 

 

 

 

 

 

―!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

絶叫…

 

いや、絶咆―

 

恐怖による一瞬の静寂が流れた大空洞へと、突如として轟き震え響き渡ったのはこの世のモノとは思えない程の重々しくも猛々しい質量を持った声の爆弾。

 

…まるで、逆鱗に触れられた竜の怒り。

 

そんな常人では決して発せられないであろう代物が、突如としてこの大空洞に破裂音と共に弾かれ大気をビリビリと振るわせたのだ。

 

そして、その声の方へと…

 

 

 

「…呆れましたねぇ。アレだけ痛めつけたのに地下牢から自力で脱出したとは。」

 

 

 

【紫影】が、呆れながらゆっくりと振り向いた…

 

 

 

そこには―

 

 

 

 

「【紫影】…テメェぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 

 

世紀末に生きているのではないかと錯覚するほどの隆々とした体躯。丸太のような太い腕。

 

戦場を駆け抜けたかのような傷跡に、この世の何よりも重厚なオーラを纏う初老の男。

 

 

そう、【紫影】と『烈火』の間に割って入るようにして、その声の爆弾を轟かせたのは紛れも無い―

 

 

 

 

 

…王座を踏みつける戦闘狂、暴れ狂う大災害。

 

 

 

 

【王者】と『同格』と謳われた男、決闘学園デュエリア校学長―

 

 

 

 

 

 

―『逆鱗』

 

 

 

 

 

 

「ぶっ殺してやらぁぁああ!屑野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

 

劉玄斎が、轟いた―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 


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