遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep94「伝説に選ばれし者」

未だ収まらぬ『竜巻』に囲まれた、地獄が続いている【裏決島】。

 

その、犯罪者デュエリスト達が溢れかえる深い深い森の中で…

 

 

 

「行け! バルバロス!」

 

 

 

―!

 

 

 

「蹴散らせ!ダーク・リベリオン!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

出会った犯罪者たちを吹き飛ばしては、全くスピードを緩めずに森の中を駆け抜けていた少年達がいた。

 

 

それは紛れも無く決闘学園イースト校2年、天城 遊良と天宮寺 鷹矢。

 

 

…彼らは、一体どこへ向かっているのだろうか。

 

 

森の中を全速力でかけぬつけつつ、ひっきりなしに襲い来る犯罪者デュエリスト達を相手に…

 

獣の王と咆哮と、黒翼牙竜の轟きを響かせながら、少しも怯むことなく幾度も速攻を仕掛け、寄せ来る敵を蹴散らし続けている少年達。

 

…かつて師である【黒翼】に、地図に無い地区に連れて行かれて似たような修業をした甲斐があった。

 

そこで行った、浮浪者デュエリスト達との連続した荒っぽいデュエルの経験が幸を成しているのか…

 

裏社会の犯罪者デュエリスト達を相手にしても、二人は一歩も引かずにスピードも緩めず。ただただ前へと向かって、進撃を続けているのみ。

 

また、昨年度に決闘市で起きた『異変』での経験が、こんな非常事態でも自分達を迷い無く前進させてくれていることに、遊良も鷹矢も複雑な心境を感じつつ。

 

それでも迷っている暇などないのだと言わんばかりに、森の中を前へと進み続けていて。

 

 

 

「はぁ…はぁ…くそっ、どれだけ居るんだ…」

「止まるな遊良!次から次へと出てくるのだ、さっさとここを離れるぞ!キリがない!」

「あぁ、わかってるよ!」

 

 

 

倒し、走り、蹴散らし、走る―

 

それを、もう10回以上は繰り返しているのではないか。拠点であった『塔』を出発してから、まだそんなに時間は経っていないとはいえ…

 

若いというのに確かな疲労の汗が見える遊良と、それを叱咤激励する鷹矢も、体力馬鹿にしては珍しく既に遊良と同じくらいの疲労を感じている様子をみせており…

 

…しかし、それも当然か。

 

何せ【裏決島】で行われているデュエルは、モンスターが実体化した油断のならない緊迫したデュエル。

 

一撃でも喰らえば、下手をすればその場で戦闘不能となってしまうこともあり…もしLPが0となるほどの攻撃を喰らってしまえば、確実にこの先へは進めなくなってしまうことは確実なのだから。

 

…そんな緊迫し続ける戦いを、遊良も鷹矢もこの短時間で既に10回以上も行っているのだ。

 

いくら全てを速攻で、迅速に蹴散らしているとは言えども。

 

相手も相手で、実力はピンキリとは言え全員が並のプロかそれに近い力を持っている犯罪者達ばかりなのだから、遊良も鷹矢もそれ相応の疲労を見せてしまっているのも、ある意味仕方のない事とも言えるのだろう。

 

そんな中…

 

少しも止まる事無く、森の中を全速力で駆け抜けながら。

 

鷹矢が、後ろをついてきているもう『1人の男』へと徐に声をかけ始めた。

 

 

 

「貴様も少しは戦ったらどうなのだ?」

「…ごめんね。僕は、無駄に争いをしちゃいけないから…」

「ならば何故着いてきた。別に貴様の助けなどなくとも、この調子ならば俺と遊良だけでも辿り着ける。ならば貴様は十文字たちと一緒に医療棟に…」

「…ううん。『まだ』、僕の助けは要らないけど…この先に、ちょっと危ない気配があるから…」

「ぬぅ…」

 

 

 

苦言を零すようにして言葉をかけた鷹矢へと、そう言葉を返したのは同じく決勝の『塔』からついてきた1人の男であった。

 

それは今にも消えてしまいそうな希薄な存在感を纏っている、どこか透明な気配をしたデュエリア校の生徒であり…

 

静かに流れる風の音にも似たその声で、鷹矢へと言葉を返したのは紛れも無く…

 

 

 

決闘学園デュエリア校、鍛冶上 刀利―

 

 

 

今にも大気に溶け込んでいってしまいそうなほどに、重さを全く感じない声なれど。

 

その、決して逆らってはいけないような雰囲気を感じさせる刀利の言葉には、相手が誰であろうとも常に不遜なる態度を崩さぬ鷹矢を持ってしても引き下がる他ないのか。

 

…それは鍛冶上 刀利という男の力を、その身を持って体感した鷹矢だからこその勘。

 

そう、これ程までの力を持つ男が、『危ない気配』とまで言い放ったその敵は…きっと、相当に危険な者に違いないと、鷹矢の野生的勘が即座に刀利の言葉を肯定していて。

 

 

 

「…それに、医療棟の方は蒼人君と哲君に任せておけば大丈夫。…あの二人はとても強いから…」

「けど、こんなに敵が居たんじゃいくら蒼人先輩たちでも…医療棟に行く途中にも敵がどれだけいるか…」

 

 

 

続けて。疲れと共に遊良が零したのは、医療棟へと向かった泉 蒼人と十文字 哲への心配であった。

 

…そう、医療棟とは別方向へと向かっていてこの敵の数。

 

もし【紫影】が最初に宣言した通り、敵が医療棟を襲撃していたら…

 

学生達が篭城戦をしているとはいえ、相当数の敵が医療棟に詰め掛けているかもしれないのだから、その周囲にはこの辺りとは比べ物にならない数の敵が蠢いている可能性が高いのだ。

 

…蒼人と哲が、こんな切迫した状況に慣れているとは言えども。

 

それでも、ひっきりなしに現れ続ける敵を押しのけ続けるというのは、相当の体力と精神力を消耗するものであり…

 

 

 

「ふん、十文字たちならば俺達が心配せずとも上手くやるに決まっているだろうが。奴め、去年よりも相当力を高めたようだ…進化したあの男の『絶対防御』は、こんな雑魚どもに傷をつけられる代物ではない。今の俺とて…」

「…天宮寺君の言う通りだよ。蒼人君と哲君はとても強い…こんな状況だからこそ、誰よりも頼りになる。」

「確かに…そうですね。蒼人先輩なら、きっと何とかしてくれる。」

「…うん。」

 

 

 

けれども、蒼人と哲の力を誰よりも知っている様子の刀利と。十文字 哲に一度勝利しているとはいえ、その勝利を勝利と認めていない鷹矢の言葉によって、遊良も医療棟へと向かったのが『どんな者達』だったのかを今一度思い出した様子。

 

…蒼人と哲は強い。

 

それは彼らと実際に対峙し、正面からぶつかり合ったことのある遊良と鷹矢だからこそ理解できる確かな信頼。

 

自分達よりも場数を踏んでいる先達達。彼らが味方であると言う安心感は、遊良も鷹矢も昨年度に多いに助けられたのだから…

 

そんな彼らならば、きっと自分が心配する事なの何もないのだということを、遊良も今一度己の心に刻み直して。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「それより文句を言いたいのは先ほどの『ギャンブラー』だ。あの男、ふざけた真似を…」

 

 

 

敵をなぎ倒しつ進む遊良達とは別働隊で、医療棟へと向かった泉 蒼人と十文字 哲への心配とは違い。

 

 

鷹矢は、『塔』を離れる直前の…

 

 

勘に障ることを言っていた、1人の男の事を思い出していた―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

時は少々遡る。

 

 

 

 

 

 

「僕たちが行くよ。」

「話は聞こえていた。医療棟は任せてもらおう。」

「え?こ、この声って…」

「…貴様ら…何故居るのだ。」

 

 

 

 

【紫影】に『医療棟』への救援と、全く手が足りずに焦燥に駆られていた遊良達へと。

 

不意に聞こえてきたのは、どこまでも頼もしさを覚えるような力強い声であった。

 

そして、その声に反応して…反射的に声の方へと振り向きつつも、思わず己の目を疑ってしまった遊良と鷹矢。

 

…しかし、それもそのはず。

 

何せ、そこにはこの島には居るはずのない2人の男が立っていたのだから。

 

この危機的状況においては、その行動力と経験が何よりも頼りになることを知っている…昨年も大いに助けられた、こんな状況だからこそ信じられる2人の男が。

 

 

 

「あ、蒼人先輩…」

「やぁ、遊良君。久しぶりだね。」

「十文字…何故貴様がここに?」

「…事情があってな。帰りそびれたと言うやつだ。」

 

 

 

それは、圧倒的に味方が足りないこの状況においては、これ以上ないくらいの心強い味方であったに違いなく。

 

何しろ、現れたのはプロデュエリストの新進気鋭として、今最も勢いのある若手として有名になっている2人の男。

 

実力的な面からみても、精神的な面からみても、裏決闘界のデュエリストになど決して遅れをとらないであろう、確かな心と力の持ち主であり…

 

何より、昨年度起こった決闘市の『異変』においては、遊良と鷹矢を『異変』の中心にまで送り届けてくれた…

 

 

 

―眉目秀麗、『清流』のデュエリスト…泉 蒼人

 

―絶対防御、『鋼鉄』のデュエリスト…十文字 哲

 

 

 

かつて決闘市の『異変』やデュエリアの『事変』を経験した、こんな事態に最も頼りになるであろう味方が。

 

そう、蒼人と哲が現れたのだ。

 

 

 

「泉君、何故君がここに?」

「砺波理事長、お久しぶりです。…実は劉玄斎学長に無理言って、こっそり入れてもらっていたんです。色々と…気になることがありまして。」

「…そういえば、君達はデュエリアの出身でしたね。…まぁいいでしょう。こんな事態なのです、余計な詮索はしません。」

「ありがとうございます。では、僕と哲が医療棟へ向かいます。篭城している学生達と合流し、機会を見計らい攻めに転じようかと。」

「…助かります。君の仕事ぶりは学生時代からも群を抜いていましたが…まさか生徒会業務のみならず、こんな事態でも助けられるとは。」

 

 

 

また、それはイースト校の学生であった頃から蒼人を知っている砺波からしても、これ以上無いくらいに心強い味方であったのか。

 

…何せ学生時代から、泉 蒼人は高等部の学生とは思えぬ仕事ぶりを遺憾なく発揮し。成績面やそれ以外でも、歴代トップクラスの学績を刻んで彼はイースト校を卒業していったのだ。

 

また、学校が違うとは言え…ウエスト校の筆頭であった十文字 哲にしても、2年時に【決闘祭】の優勝、3年時に3位入賞と、誰もが認める輝かしい成績を残してプロの世界へと踏み込んだ猛者の1人。

 

そんな、今ではプロの世界で連戦連勝を積み重ねている彼らが救援に来てくれたことは…この1人でも多くの手を借りたい状況においては、安心して仕事を任せられるほどに適任と言えるのだから。

 

…素早い状況判断と、少ない説明で全てを理解してくれる飲み込みの良さ。

 

卒業生である彼ら2人の登場は、一刻を争うこの場面においてはまさにこれ以上無いくらいに頼もしい味方であり…

 

 

 

「…蒼人君、哲君。そっちも気をつけて。何だか、嫌な気配がするんだ…前にも、こんな感じがした後…大変なことが起きたから。」

「…お前がそこまで言うとはな。以前と似たような嫌な感じ…まさか『七草』か?もしそうなら事態は悪化する一方だが…」

「けど、刀利君がそういうなら警戒をしておこう。もし『七草』が現れたのなら…僕たちも、油断なんて絶対に出来ないから。」

 

 

 

即座に話がまとまったのか。

 

刀利と蒼人と哲。

 

かつてデュエリアで寝食を共にしていた仲間同士が、過去にデュエリアが大炎上を起こした『事変』にも似た感覚から…

 

各々、それぞれの気持ちを引き締めにかかり。

 

 

 

「…以上が【紫影】のデッキと戦法の特徴です。しかしそれ以上にあの男の言動、行動、その全ては嘘の塊だということを肝に銘じておきなさい。身振り手振りからして嘘。奴の言葉は、決して何も信じてはいけません。いいですね?」

「はい、砺波先生。」

「うむ、承知したぞ。」

 

 

 

遊良と鷹矢。

 

共に【紫影】を討つと決意した相棒同士が、元シンクロ王者【白鯨】から出発前に最後の教えを授かっていて。

 

…およそ高等部の学生と、高等部を卒業したばかりの若人とは思えない程の冷静さをみせる、こんな状況にもどこか『慣れて』いる者たち。

 

それはある意味、彼らのこれまで生きてきた短い人生が波乱に満ち溢れた過酷なモノだったということの証明でもあるのだが…

 

 

 

「本当に申し訳ない。本来ならば、私が奴を討ちにいかなければならないのですが…頼みましたよ、天城君、天宮寺君。君達二人ならば…きっと…」

 

 

 

プロとして、【王者】として。そして教育者として長い人生を生きてきた砺波からしても、心強い味方であると同時にこんな若者達に手を借りなければならない状況は、どうしても歯がゆさを感じてしまうモノなのか。

 

そう、【紫影】を取り逃がしたのが、己の不甲斐なさの結果だという事を理解しつつも。

 

それでも、学生達が全員助かる為に最善で尽力を尽くさなければならないという責任感から…砺波もまた、己の無力さに対し歯軋りをしているかのようでもあり…

 

けれども、この状況を何とかしなければならないという強い使命感の元、砺波は教え子達へと【紫影】の情報の知る限りを伝えているのだろう。

 

 

…裏決闘界の融合帝。

 

 

その称号の恐ろしさは、かつて『表裏戦争』と呼ばれた表と裏の決闘界の衝突で、【紫影】の残虐さを目の当たりにした砺波だからこそ間近に感じられる緊迫感。

 

その時の経験を思い出すようにして、【紫影】に対する情報がコレ以上無いくらいの危機感を持って教え子達へと伝えられ…

 

 

…血の雨に打たれながら悦楽を得る男。妻の目の前で夫の首から上を爆破する男。子どもの目の前で親の首を刎ねる男。人間を爆破し芸術を謳う男。

 

 

その汚れた手は、一体どれだけの人間の命を奪ってきたのか―

 

 

数えられる限りでも、【紫影】の罪はまだまだあり…

 

もっともっと多くの罪を積み重ねている【紫影】という男の、常人には決して理解できない非道さはソレを目の当たりにした者でなければ決して理解など出来るはずも…いや、誰であっても、理解など出来るはずもなければ、絶対に理解したいわけがなく。

 

正真正銘、屑の中の屑。生きていてはならない、恨まれ続ける『捻じれた男』。

 

いくら『赤き竜神』を持つ少女の護衛のために、この『塔』を離れられないとはいえ。

 

自分の教え子達を、そんな男の下に差し向けなければならない砺波の心境は、決して晴れやかなモノでは絶対になく…

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「決まったな。【紫影】は俺と遊良と鍛冶上 刀利。『医療棟』は十文字と青髪とギャンブラー、そしてルキの護衛には理事長が…」

 

 

 

一刻も早くこの事態を収束する為、役割が決まったことにより鷹矢が行動のスタートを切ろうとした…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「アオトとテツが行くってんなら安心したぜ。じゃあ俺はゆっくり、SiestaでもさせてもらうとするかNA。」

「なっ、貴様!この非常事態に一体何を!」

 

 

 

不意に―

 

纏りかけた役割分担を、根底からしてひっくり返すかのように。投げやりに、そう言葉を漏らしたのはデュエリア校3年…

 

デュエルランキング第1位の『ギャンブラー』、リョウ・サエグサであった。

 

 

…一体彼は、この非常時に何を思ったのか。

 

 

先ほどまでは自身も、『医療棟』に救援に行く気であったはずだと言うのに。ここへ来て、まさかデュエルランキング第1位ともあろう者が臆病風に吹かれたとでも言うのか…

 

1人でも多くの者の手が必要なこんな事態で、彼の放った言葉は誰が聞いても褒められる代物では断じてない。

 

そうだと言うのにも関わらず、彼はそのままどこ吹く風で…

 

気ままなデュエリアの『ギャンブラー』は、続けて言葉を発するのみ。

 

 

 

「そもそも俺のキャラじゃねーんだよ。暑苦しい真似して、敵とガチンコでBattleなんてやってらんねぇ。【白鯨】が守ってくれるってんなら、安心して休めるわけだしよ。」

「馬鹿なことを言うな!貴様!今何が起こっているのかわかっていないわけでは…」

「…天宮寺君…いいからもう行こう。時間がない。」

「ぐっ…」

 

 

 

しかし…

 

今にも『ギャンブラー』の首元に掴みかかりそうになっていた鷹矢を制するように。

 

鍛冶上 刀利が、鷹矢とリョウの間に割って入り。そのまま静かに言葉をかけつつ、天空闘技場から地上へと向けて出発し始め…

 

デュエリアの『ギャンブラー』…

 

第一試合での遊良とのデュエルから、その力が『本物』であると鷹矢も認めていたからこそ。

 

この非常事態において、今のリョウ・サエグサが放った言葉が鷹矢にはどうしても気に食わなかったのだろう。

 

けれども、今ここで彼を責めて時間を取られることが、最も時間の無駄だという事を鷹矢も理解しているからこそ…

 

…一刻でも早く行動を起こさなければならない。本当に、時間がない。その焦りから、去り際の視線を鋭くリョウへと差し込みつつ、鷹矢も刀利と遊良の背を追って『塔』を出発し始めるのか。

 

 

 

そうして…

 

 

 

遊良達が、天空闘技場から居なくなった後。

 

 

 

「…リョウ君。君は…もしかして…」

「What?何だよアオト。…さっき言った通りだぜ?暑苦しいのは苦手だって、アオトも知ってるだろ?」

「…なるほど。変わらないな、お前のそういうところは。」

「HAHAHA、何言ってんだよテツ。いいからさっさと行ってくれ。俺は早くSiestaしてーんだからよ。」

「…そうだな。行くぞ、蒼人。」

「うん。」

 

 

 

蒼人が、リョウへと何やら声をかけようとした素振りをみせたものの…

 

リョウはこれ以上、何も言うつもりは無いのだと言わんばかりの態度を崩さずに、立ち振る舞いを変えないまま。

 

…しかし、先ほどの鷹矢の言葉とは裏腹に。

 

中等部の時から付き合いがあるからか蒼人と哲は、リョウの言葉に何か思い当たる節がある様子。

 

まぁ、泉 蒼人と十文字 哲もまた、この場で余計な時間を食う問答をこれ以上この場で続けるつもりもないのだろう。

 

先に出発した遊良達に続くように、蒼人と哲もまた天空の『塔』を後にし始め…

 

 

 

「…私は外で敵の襲撃に備えます。君も、無理はしないように。」

「HAHAHA。【白鯨】まで何をいいますやら。俺はこれから、ゆっくりSiestaとシャレ込ませてもらうだけだぜ。」

「…フッ。」

 

 

 

最後にこの場に残った砺波と、リョウは静かに言葉を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊良達が『塔』を出発してから、およそ1時間ほど経った頃だろうか―

 

 

 

「…今頃は森を抜けた辺りだろうか。」

 

 

 

天空に高く聳える『塔』の、正面入り口の前。

 

その、地上にたった一つしかない『塔』への入り口の前に立ち塞がるように…

 

決闘学園イースト校理事長、元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣は1人、立っていた。

 

 

…それは何人たりとも正面から『塔』には入れさせないという、大きすぎる鯨の分厚すぎる城壁。

 

 

絶対に現れるであろう【紫影】からの刺客を、真っ向から迎え撃つという気迫の元に…

 

デュエルディスクを装着し、戦意を剥き出しにして聳え立つその鯨の姿は、誰が見たってこの世の何よりも堅牢な城壁に見えるに違いないことだろう。

 

…そう、【紫影】は知っている。この『塔』に、奴が探していると宣言した『神』のカードを持った少女が匿われていると言うことを。

 

だからこそ、犯罪者デュエリスト達による島の中での学生達への無差別襲撃、そのドサクサに紛れて【紫影】は刺客を絶対にこの『塔』に送り込んでくるに違いないのだ。

 

それは【紫影】の行動パターンや思考、戦術などを嫌と言うほど知っている砺波だからこその経験と勘。

 

一度死んだ男とは言え、あの捻じれた男の根本が変わっていなかったことを先ほどのやり取りで砺波も確信しており…

 

また、この島に解き放たれた裏決闘界の刺客の中には、学生レベルではとてもじゃないが太刀打ち出来ない程の恐るべき実力を持った者達が紛れ込んでいるという事を…砺波は、その【化物】の如き鯨の超聴覚でとうに察知している。

 

…学生達に『塔』の警備を任せるのではなく、自分がこの『塔』の護りを請け負ったのもソレが起因。

 

もし自分が『医療棟』への救援や、【紫影】の討伐に乗り出せば。

 

その隙を狙って、【紫影】からの刺客は必ず『塔』を襲撃してくるだろう。

 

それも、学生達では太刀打ちできない程の力を持った…恐るべき強者が、いとも容易く高天ヶ原 ルキを攫っていってしまうだろう…と。

 

 

 

 

 

「…来たか。」

 

 

 

 

 

…だからこそ、【白鯨】は城壁のように立ち塞がる。

 

そう、既にこの『塔』へと向かってきている、『恐るべき力』を持った敵の気配を砺波は察知している。

 

ゆっくりと近づいてきている、およそ学生達では太刀打ちできないであろう、その恐ろしい敵のことを。

 

それも、生半可な力の気配ではない。気配だけだと言うのに、そのオーラは実力の『壁』を超え、その『先』の地平すらも更に超えている…

 

まさに『極』の頂に位置しているという、およそ学生達では蹂躙されてしまうであろう敵の気配が…

 

 

 

―実に、2つ

 

 

 

「…思った通りだ。天城君達では、ここの守りは荷が重過ぎる…」

 

 

 

思わず、砺波がそう言葉を漏らしてしまうほどに。

 

森の中からゆっくりとこちらへ近づいてきているのは、学生達では到底…

 

いや、学生どころか、例えプロの猛者であったとしても蹴散らされてしまうのではないかと思える程に重々しい、それでいてとてつもなく冷たい強者のオーラ。

 

…それが、2つ。

 

そう、紛れも無く『極』の頂に位置するほどの力を持っているであろう敵が、2人も同時にこの『塔』へと向かって歩いてきているのだ。

 

プロと学生のレベルを分ける実力の『壁』を超え、プロのトップランカー達が巣食う『先』の地平を更に超え…

 

【王者】やそれに匹敵する『名』を持った、決闘界の歴史に名を刻んだ歴戦の者のみが到達出来る『極』の頂。

 

その、最強のデュエリストに数えられる者のみが到れる天上の場所に、裏社会の者ながら到達している者が2人も同時に現れようとしているのだ。

 

 

…それは、常人にはあまりに恐ろしい出来事。それは、常人ではあまりに酷な現実。

 

 

常人であれば、『極』の頂に到っている者を相手にするなど、根本からしてままならない事。

 

一騎当千、国宝と称されることもある『極』の頂の力、その天上の実力を持った者を相手にすることなど、例え歴戦のプロであっても難しいことこの上なく…

 

そんな一騎当千の力を持った敵が、1人ならばまだしも2人も揃って襲ってくるプレッシャーは、果たしてどれほどの重圧となりて天空の『塔』へと向かってきているというのか。

 

…だからこそ、元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣は待ち構える。

 

この島においては、『極』の頂に到った者を2人同時に迎えられる者など、元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣をおいて他に存在しないからこそ。そう、己しか、ここを守れる者は居ないのだと理解しているからこそ…

 

『極』の頂に位置する力を持った敵を、2人も前にしてもなお。決闘学園イースト校理事長として、護るべきモノのために…

 

砺波は、ただただ待ち構える。

 

恐るべき力を持った敵が、この場に現れるのを。

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

 

 

「およよよよぉ?【白鯨】にガン待ちされちゃってんじゃーん!チャン僕たちが来る来るのバレバレちゃってたかーんじぃ?」

「みたい。でも、別に…関係ない。」

「それな!むしろチャン僕たちの手間手間てーまが省けてラッキー&クッキーってかーんじぃ!」

「ギョウさん、意味わかんない。相変わらず。」

「フゥー!ロナロナってば手厳しうぃーねぇー!」

 

 

 

 

 

森の奥から、ラフな言葉と静かな言葉を交わしながら。

 

強者の気配も消さずに、戦意を駄々漏れにして現れたのは、2人組みの男女のデュエリストであった―

 

 

それは短髪を逆立てサングラスをかけた、アロハシャツにビーチサンダルというラフな恰好この上ない、良く日に焼けた肌を見せ付ける言動も振舞いもラフすぎる1人の男と…

 

化粧で肌を塗り固め、さらにはゴシックでロリータな白黒のドレスを、とても安全とは呼べないほどに大きな安全ピンでゴテゴテに装飾した1人の女性。

 

…待ち構えていた【白鯨】を、一目見てもなお。

 

全く慄きもせずに歩みを止めない彼らの振る舞いは、まさに自分達が『敵側』であると言う事を【白鯨】に隠す気もないと言わんばかりの雰囲気であり…

 

…まぁ、アレだけの殺気を駄々漏れにして『塔』へと向かってきていたのだから、彼らも端から自分達の存在を隠す気などなかったのだろう。

 

そう、彼らの言動はまるで、自分達は『塔』を襲撃するのではなく【白鯨】と戦いに来たのだとでも言っているようでもあり…

 

 

 

…そんな、見るからに怪しすぎる『敵』の姿を視界に入れてから。

 

 

 

突如現れた謎の敵へと向かって、砺波は静かにその口を開き始めた。

 

 

 

「貴様らは…なるほど、その顔には見覚えがある。『七草』のゴ・ギョウとスズシ・ローナだな?」

「ほ?…けひゃひゃ!まーさか【白鯨】さまさまがチャン僕達のコト知ってるなんてうれしうぃーねぇー!そのとりとーり!チャン僕は『七草』の一葉、ゴ・ギョウ!」

「『七草』、スズシ・ローナ。」

「しかしかかし意外だねぇ!チャン僕達の事、名前だけじゃなくて顔まで知ってたなんてビックリ&ドッキリwithチャッカリってカーンジぃ?」

「相手、元シンクロ王者。流石の情報網。」

「それなー!」

「…」

 

 

 

どこまでもうるさいラフな男と、恐怖を煽るドレスの女を前にして。

 

今初めて邂逅したはずの敵の正体を、さも当然のようにして言い当てた元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣。

 

 

『七草』―

 

 

―それは、デュエル傭兵集団

 

裏の世界で、組織の代デュエルやらマフィアの用心棒、果ては命を賭けた死のギャンブルや国同士のデュエル戦争に雇われその名を轟かせているという…

 

決して表には出てこない、七人全員が『極』の頂に位置するという恐ろしき傭兵達の総称。

 

しかし、『七草』はあくまでも裏社会の猛者であるために、その存在を知っている表の者は限りなく少ないはずなのだが…

 

…まぁ、女手一つで大家族を養う為に、裏社会の仕事も請け負ったことのある『烈火』と違って。

 

砺波が『七草』を知っていたのは、かつて取り憑かれていた釈迦堂 ランへの異常なまでの恨みから、彼女を探す為に『表』・『裏』問わず強いデュエリストの情報をなりふり構わずかき集めていたという…

 

少々、他人に誇っていいのか分からない結果故の知識ではあるのだが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「…【紫影】の屑め、『七草』を雇ったとは。よほど私と戦いたくないとみえる。」

「けひゃひゃひゃひゃ、チャン僕だって【白鯨】の相手なんてホントはめんめんめんめんメンドクサイなんだけどもねぇ。いっぱいお金貰っちゃった以上は?仕事だからちゃんちゃんちゃんとやりますよっと。」

「嘘。ギョウさん、さっきから煩かった。【白鯨】と早くデュエルしたいって。」

「ちょいちょいロナロナー、ソレ言っちゃいやーん!…まっ、てなわけで?ここに居るっていう?神のカードの持ち主?頂きにあがりましたって事でひとつシクヨロでゅーす!」

「シクヨロ。」

 

 

 

どこまでもふざけた態度を崩さず、好き勝手に振舞い続ける傭兵、『七草』。

 

元シンクロ王者【白鯨】を前にしてもなお、彼らがここまで自由に振舞えるのはまさしく自らの力に相当の自信があるからなのだろうが…

 

 

しかし…ふざけた言動をしていても、纏うオーラは殺気そのモノ。

 

 

そう、先ほどから砺波にぶつけられている彼らの戦意は、ふざけた言動と恰好とは裏腹にあまりに鋭い刃となりて砺波へと向かってきており…

 

…生半可な実力者では、醸しだす事などできないであろう強者のオーラ。

 

それは紛れも無く、彼らの力が『極』の頂に位置していることの証明となりて、今まさに【白鯨】へと襲い掛からんとしていて。

 

 

そのまま…

 

 

『七草』の2人は、【白鯨】へと向かってデュエルディスクを構え始め…

 

 

 

「仕事だから、2対1。早く蹴散らす、早く帰る。」

「ホントはタイタイマンマン張りたいトコなんだけどけど?ま、仕事だからごめんでーすってことで。」

 

 

 

順番に戦うのではなく、裏の世界の流儀とでも言いたげに。当然のように、2人同時にデュエルディスクを構え始める『七草』の2人。

 

すると…

 

なんとこの場に居る者達のデュエルディスクが、そのデュエルモードを個人用の通常ルールから複数人仕様の特別ルールへと変更を示し始めたではないか。

 

それは紛れも無く、『七草』2人のタッグに対し…【白鯨】が、1人で戦わなくてはならないとデュエルディスクが指し示しているということ。

 

…デュエルディスクが提示したルールは絶対。それがどれだけ理不尽なルールであろうと、一度ディスクが決めたルールは変えられない。

 

それは、この世界のデュエリストであれば常識中の常識ではあるのだが…

 

しかし指し示されたルールは、『全員』が『初期手札5枚』、『初期LP4000』、『初ターンドロー無し』、『初ターン攻撃無し』という…

 

 

誰がどう見てもどこから考えても、あまりに砺波だけが不利なルールに設定されてしまったではないか―

 

 

これでは、いくら砺波が元シンクロ王者【白鯨】とは言え。あまりに不利すぎるルールであり、こんな設定ではいくらなんでもまともなデュエルなど出来るはずがないではないか。

 

何せタッグデュエルとは違って、2対1ではあるものの敵の男女はそれぞれが自分のデッキ、手札、場、墓地、LPを持っているのだ。それは純粋に考えても、敵側の手札も場もLPも何もかもが『倍』となっていると考えられる状況でもあり…

 

それに加え、敵はプロのトップランカーすらも蹴散らすことの出来る実力…そう、『極』の頂に位置した、恐るべき力を持った2人なのだ。

 

それを考えると、いくらデュエルディスクが提示したルールとは言えども。

 

こんなルールを呈示されては、例え現役の【王者】であったとしてももまともに勝負をする事は難しいと言え…

 

 

 

「フッ…」

 

 

 

しかし…

 

 

 

こんなにも一方的に、自分に不利すぎるルールを押し付けられてもなお。

 

デュエルディスクを構えつつ、どこまでも冷静に、そしてどこまでも沈着に…

 

 

 

 

 

砺波は、不敵に笑うだけ―

 

 

 

 

 

「いいでしょう、そちらがその気ならば2人纏めて相手をしてあげます。…そして後悔するがいい。今の私相手に、『七草』とはいえ『たった2人』で向かってきた事を。」

「けひゃひゃひゃひゃ、言う言う言うねぇ【白鯨】さまさま。…調子ノリノリ過ぎて、ちょっとチャン僕カッチーン来ちゃった。」

「凄い自信…凄い、ムカつく。行くよ…」

 

 

 

裏世界に名を馳せる圧倒的強者を、不利なルールで2人同時に相手をすると言うのに。

 

…一体、この溢れ出る砺波の自信は何なのか。

 

ソレを知らぬ『七草』の2人からすれば、相手が元シンクロ王者【白鯨】の見せるあまりに不遜なるその態度は…彼らも腕に相当の覚えがあるからこそ、余計に琴線に触れるモノがあったのだろう。

 

 

そのまま…戦う事に何の疑問も抱かずに。

 

 

この場に居る3人は…否、2人の強者と、1匹の【化物】は…

 

今、ゆっくりとデュエルディスクを構え…

 

 

 

 

 

―デュエル!!!

 

 

 

 

 

そして、始まる。

 

 

先攻は『七草』、スズシ・ローナ。

 

 

 

「私のターン。【隣の芝刈り】発動。対象はギョウさん。デッキから20枚墓地に送る。」

 

 

 

―!

 

 

 

デュエルが始まって即座に。

 

『七草』が一葉、スズシ・ローナが発動したのは、文字通り伸びた芝を刈るが如き動きを見せる…ピーキーな性能を持った、一枚の魔法カードであった。

 

それは自分と相手のデッキ枚数の差分を、一気に墓地へと送る効果を持った恐るべき効力を発揮するカード。

 

…その数、実に20枚。

 

そう、自分のデッキの枚数が多ければ多いほど、より多くのカードを墓地に送れるこのカードはランダム性こそ高いものの…

 

この序盤で、実に20枚ものカードを墓地に送れるというのは、紛れも無く大きなメリットと呼べるに違いないことだろう。

 

…恐るべき勢いで削られていく、スズシ・ローナの分厚いデッキ。

 

そのまま、潤いに潤った墓地を見て…『七草』が一葉、スズシ・ローナが…

 

更に、動き始める。

 

 

 

「準備完了。【ゾンビ・マスター】召喚。効果発動。手札1枚捨てて墓地から【ユニゾンビ】特殊召喚。次は墓地の【馬頭鬼】除外して【ゴブリンゾンビ】も蘇生。手札1枚デッキに戻して【ゾンビキャリア】も蘇生。」

 

 

 

―!!!!

 

 

 

【ゾンビ・マスター】レベル4

ATK/1800 DEF/ 0

 

【ユニゾンビ】レベル3

ATK/1300  DEF/ 0

 

【ゴブリンゾンビ】レベル4

ATK/1100 DEF/1050

 

【ゾンビキャリア】レベル2

ATK/ 400 DEF/ 200

 

 

 

一瞬で…

 

そう、瞬きほどの一瞬で。

 

死霊使いに導かれるようにして、墓地よりぞろぞろと地を割いて現れたのは…朽ち果てた身体を持った、アンデット族のモンスター達であった。

 

…それはスズシ・ローナの纏う危険な雰囲気にマッチした、継ぎ接ぎだらけのゾンビたち。

 

『ゾンビ』と言う名で括られてはいても、特定のカテゴリーに属しているわけではないソレら。しかしこのアンデット族に共通している再生能力は、他のどの種族よりも優れているとさえ言われており…

 

そう、他の種族よりも圧倒的なる、その再生能力をフルに活かし。

 

瞬間的に4体ものモンスターを揃えるその速度は、並大抵の者ではついていくことすらままならず…

 

 

 

「デュエルは墓地…墓地のカードの多い方が勝つ。」

「…随分と極端な思想だが…なるほど、アンデット族らしく大した展開力だ。」

「ふふ…ふふふ…かわいい…ゾンビかわいい…」

「…」

「行くよ…レベル4の【ゴブリンゾンビ】にレベル2の【ゾンビキャリア】チューニング。シンクロ召喚、レベル6、【蘇りし魔王 ハ・デス】。」

 

 

 

―!

 

 

 

【蘇りし魔王 ハ・デス】レベル6

ATK/2450 DEF/ 0

 

 

 

「墓地行った【ゴブリンゾンビ】の効果。デッキから【馬頭鬼】手札に。次は【ユニゾンビ】の効果発動。デッキから【馬頭鬼】墓地に送ってハ・デスのレベルを1上げる。もう一回【ユニゾンビ】の効果で、手札の【馬頭鬼】も墓地に送ってハ・デスのレベルをもう1つ上げる。次、今墓地に送った【馬頭鬼】の効果。【馬頭鬼】除外して、墓地から【ゴブリンゾンビ】蘇生。またレベル4の【ゴブリンゾンビ】に、レベル3の【ユニゾンビ】をチューニング。シンクロ召喚、レベル7、【真紅眼の不屍竜】。」

 

 

 

 

―!

 

 

 

【真紅眼の不屍竜】レベル7

ATK/2400→3600 DEF/2000→3200

 

 

 

 

淡々と、しかし確かな激しさを纏いて。

 

連続して現れるは、スズシ・ローナのシンクロモンスター達。

 

現れたのは、真紅の眼を持つ黒き竜の…その身朽ち果て、屍と成り果ててもなお飛翔する、怨嗟の炎にその身を焦がした一つの姿。

 

 

…まだ最初のターンのために、全てのプレイヤーに攻撃が許されていないとはいえ。

 

 

手札からの展開ではなく、墓地のカードをフル活用して展開を続ける彼女の動きは、まさに墓地がそのまま手札となったかのような流れる展開と言えるだろう。

 

彼女がその手を上げる度に揺れる、とても安全には見えない安全ピンがより一層彼女のアンデット族モンスター達の迫力を恐ろしいモノへと昇華させ続け…

 

彼女の纏う、危険な香りのするドレスと相まって。朽ちた者達の雄叫びは、どこまでもどこまでも恐怖を煽る。

 

 

 

「ヒィーアー!ロナロナ今日もノッてんねぇ!」

「墓地のカードは手札と一緒…墓地が多ければ…手札が多いのと一緒。墓地に行った【ゴブリンゾンビ】の効果で、デッキから【ユニゾンビ】を手札に加える。3枚目の【馬頭鬼】も除外して効果発動。墓地から【ゴブリンゾンビ】を守備表示で特殊召喚。【強欲で貪欲な壷】発動。デッキ10枚除外して2枚ドロー…」

「フゥー!凄まじうぃーねぇー!」

「ふふ…ふふふ…墓地の【アンデット・ストラグル】と【リターン・オブ・アンデット】の効果発動。除外されてる【馬頭鬼】2体をデッキに戻して、【アンデット・ストラグル】と【リターン・オブ・アンデット】を場にセット…1枚伏せてターンエンド。」

 

 

 

スズシ・ローナ LP:4000

手札:5→2枚

場:【蘇りし魔王 ハ・デス】

【真紅眼の不屍竜】

【ゾンビ・マスター】

【ゴブリンゾンビ】

伏せ:3枚

 

 

 

そうして…

 

ゴ・ギョウの合いの手に乗せて、始めから恐ろしいまでの速度を魅せて。

 

先攻1ターン目から、凄まじいまでの展開を見せ付けつつも…

 

攻撃の許された次のターンへの余力を残しつつ、『七草』が一葉、スズシ・ローナは今、静かにそのターンを終え…

 

 

 

 

 

「さてさてさーて!お次はチャン僕のトゥァーン!」

「スタンバイフェイズに罠カード、【破壊指輪】発動。【ゴブリンゾンビ】を破壊。全員に1000ダメージ。」

「ひょ?」

 

 

 

 

 

―!!!

 

 

 

 

 

否…

 

 

終わっては、いない―

 

 

爆ぜる…

 

 

この場に居る、『全員』の足元が。

 

それはスズシ・ローナがたった今伏せたばかりの、ダメージを伴う罠カードがいきなり爆発したことによる衝撃であり…

 

 

 

スズシ・ローナ LP:4000→3000

 

ゴ・ギョウ LP:4000→3000

 

砺波 LP:4000→3000

 

 

 

その、いきなり爆発した爆炎の衝撃と熱風、そして地面から放たれた石つぶてと土煙が塊となりて。

 

この場にいる『全員』に突如として襲い掛かり、全員のLPを実に1000も削り取ってしまったではないか。

 

 

 

「がっ!?…ッ…ば、爆発が…」

 

 

 

そして爆発の衝撃と、突如襲い掛かった熱波と石つぶての飛来を受けて。思わず、苦しげに声を漏らしてしまった【白鯨】、砺波 浜臣。

 

…しかし、ソレも当然か。

 

何せ、既に砺波は気付いていたが、この島で行われるデュエルは全て実体化しているのだ。

 

つまり今の1000ダメージを伴う爆発は、ソリッド・ヴィジョンによる映像ではなく現実に爆炎を伴ってデュエリストを襲ったということ。

 

その実際に巻き起こった爆発の凄まじさは、始めからそこに『地雷』が埋まっていたが如き驚きと共に…

 

たかだか1000のダメージとは言え、少々歳を感じてきた砺波を後ずさりさせるにはあまりに充分過ぎた威力となりて、意識の外から砺波の身体を襲ったのか。

 

また、砺波がそれ以上に衝撃を受けたのは…

 

 

 

「ぐっ…お、お互いにダメージを受けるカードだと?…なぜだ、相手にのみダメージを与える方が簡単だというのに…」

 

 

 

そう、それはスズシ・ローナが発動したのが、相手だけではなく『自分』までもがダメージを受けてしまう罠カードだったという事に対して。

 

…一般的にバーンカードと言うのは、相手にのみダメージを与えるカードが主流。

 

ソレ故、自分もダメージを負ってしまうカードと言うのは、普通ならばあまり使われないと言うのに。

 

また、いくら自分の【ゴブリンゾンビ】を破壊したかったのだとしても、『極』の頂に到った者であればその方法はもっと簡単かつ安全に遂行できるはずなのだから…

 

こんな、『極』の頂に到った者が使うようなカードではない効果を直に受けてしまった衝撃は…

 

実体化した爆炎の凄まじさと相まって、相当の衝撃を砺波に与えたに違いなく…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「あぁ…いい…これ、ゾクゾクする…一緒のダメージ…一緒の苦しみ…おんなじ痛みを受けてるときが…生きてるって感じする…」

「…」

「ッ…けひゃひゃ、相変わらずキメちゃってんねぇロナロナ。…つかつかつーか、チャン僕も喰らってんだけど…痛ってぇ…」

「みんな…一緒の傷…ふふ…ふふふ…」

「…わーお、もうトリップキメちゃってんよ…」

 

 

 

…返ってきたその答えは、砺波の想定のあまりに外。

 

そんな刹那に幾重にも巡らせた鯨の戦術と思考の網の、そのどれにも引っかからぬ『その答え』を本能のみで漏らしたスズシ・ローナに対し…

 

砺波も思わず、その言葉を詰まらせてしまったとしても、それはある意味当然といえば当然か。

 

…砺波とて思うまい。まさか『極』の頂に到っている者が、戦術ではなく性癖に任せた突貫を貫いてくるなど。

 

爆発の衝撃とその衝撃。巻き起こった二重の衝撃は、今まさに元シンクロ王者【白鯨】の思考に乱れを生じさせていて。

 

 

 

 

 

「【ゴブリンゾンビ】効果。【グローアップ・ブルーム】を手札に。」

 

 

 

しかし、そんな砺波を意に介さず。

 

スズシ・ローナは、そのゴテゴテしかドレスからぶら下がる安全ではない安全ピンを揺らしつつ…

 

淡々と、己の愛でるゾンビの効果の発動を宣言し、デッキからカードを手札に加えるのみ。

 

…まぁ、単なる趣味だけでは終わらせず、その後のケアまで抜かり無く繋げて来る辺りは流石は有象無象とは一線を画す実力の持ち主と言うことではあるのだが。

 

それでも、間髪いれずの衝撃と、予想外すぎたその答えに…砺波が受けた衝撃は、実際の数値以上の爆風となりて襲いかかってきたことに違いなく。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「フゥー…ま、別にいいんだけどもだっけぇーどぅー。それにロナロナには悪いけど?チャン僕ってばメンヘラ女のヘビー&ウエイトな趣味に付き合ってやる気は無し無しのナッシングなのよね!とりま、さっさと終わらせちゃいまー!チャン僕は5枚のカードを伏せて?そう!トゥァーン、エーン!」

「何!?」

 

 

 

ゴ・ギョウ LP:4000→3000

手札:5→0

場:無し

伏せ:5枚

 

 

 

先ほどの、スズシ・ローナの激しい展開とは打って変わって。

 

ドローの許されていない自分の手札を、5枚全て伏せてしまい…

 

何の迷いも無く、そのターンを終えた『七草』が一葉、ゴ・ギョウ。

 

 

 

「…手札を全て伏せただと?…何を狙って…」

「けひゃひゃひゃひゃ!チャン僕のモットーは?そう!チャラく、うるさく、いやらしく!ホントごめんだけど?いやいやいやいやいやがらせ、させてもらいまー!」

 

 

 

…一体、何を思っての戦術なのか。

 

このデュエルが高速化した時代においては、モンスターによる展開を何もせずにターンを終えることはかなり珍しい展開と言えるというのに。

 

そう、よほどの手札事故であったとしても、壁モンスターなり何なりの必要最低限の展開をするのがある程度の力を持ったデュエリストのセオリーであり…

 

…ましてや今ターンを終えたのは、裏社会でその名を轟かせているデュエル傭兵、『七草』が一葉。

 

そんな説明不要の実力者が、手札事故など起こすはずは絶対になく…

 

つまり元シンクロ王者【白鯨】を前に、何の迷いも恐れも無く手札を全て伏せたゴ・ギョウのソレは、あまりに見え透いた『罠』の束ということでもあるのだが…

 

 

 

 

 

 

「…まぁいい。私のター…」

「へいへいへーい!このスタンバイフェーイズ!リバースカードオープンプーン!速攻魔法、【アーティファクト・ムーブメント】と罠カード、【アーティファクトの神智】はっつどぅー!」

 

 

 

―!

 

 

 

だからこそ…

 

ゴ・ギョウもまた、即座に動き始める―

 

砺波が警戒していた通りに、ゴ・ギョウはターンが移り変わってすぐ、スズシ・ローナと同じく即座に伏せたカードの発動を宣言して。

 

 

降り注ぐ…

 

 

遥か空から、数多の巨大なる武具たちの幻影が―

 

そして、もう一つ…

 

ゴ・ギョウの場に現れた、古代の叡智の歯車より巻き上がりし竜巻が。先ほどゴ・ギョウが自分で伏せた、伏せカードの一枚を破壊していくではないか。

 

 

 

「アーティファクトだと!?まさか…」

「そのとりとーり!まずは神智の効果で?デッキから【アーティファクト-カドケウス】を特殊召喚しちゃいまー!そしてチャン僕が破壊した伏せカードは?そう!モンスターカードの【アーティファクト-デスサイズ】!デスサイズを破壊しちゃってぇ、デッキから【アーティファクト-モラルタ】をセッティング&ゲッティング!そんでもってデスサイズも特殊しょーくぁーん!」

 

 

 

―!

 

 

 

【アーティファクト-カドケウス】レベル5

ATK/1600 DEF/2400

 

【アーティファクト・デスサイズ】レベル5

ATK/2200 DEF/ 900

 

 

 

ゴ・ギョウの場に降り注いだ、巨大なる幻影の武具の中から。実体を持って飛び出したのは、人の影に持ち上げられた巨大なる杖と巨大なる鎌。

 

 

『アーティファクト』―

 

 

それは古代の叡智によって生み出された、人知を超えた幻の武具の総称。

 

古の戦いの記憶から、幻影の人影に自らを振るわせ…

 

その形の多様さから、個々の武具にそれぞれ特別な力を宿していると言われる、まさに神の知識によって作られた、人に与えられし特別な武器であって。

 

 

 

「けひゃひゃひゃひゃ!デスサイズの効果でこのターン、【白鯨】はExデッキからモンスターを?そう!シンクロ召喚できむぁすぇーん!そんでもってカドケウスの効果で1枚ドロドロー!」

「Exデッキを封じる効果か…」

「そのとりとーり!デュエルってのは?そう!邪魔してナンボ!ちょっかい&妨害が大事大事ちょー大事ってのがチャン僕のポリスィーてなわけで!ま、悪く思わないでちょ?」

 

 

 

そして…

 

元シンクロ王者【白鯨】に対し、なんの悪びれもなく得意げにそう告げてくる『七草』が一葉、ゴ・ギョウ。

 

 

…『Exデッキ至上主義』のこの時代において、Exデッキを封じるというのは得てして外道の行う禁忌とされる傾向がある。

 

 

まぁ、別にソレもルールの範疇であるのだから、別段ソレが禁止行為であるというわけではないのだが…

 

しかし、どこか暗黙の了解として、この世界に生きる人々の中にはExデッキへの干渉を嫌う傾向があるコトもまた紛れも無い事実なのだ。

 

…ましてや、砺波は元とは言え一度シンクロ召喚の頂点に立った誇り高き男。

 

『依頼主』から与えられていた、シンクロ召喚に異様なまでの執着を見せるという【白鯨】の『前情報』に乗っ取って…

 

あえて【白鯨】が最も嫌がるであろう対策を施し、砺波の精神を揺さぶりにかかっている様子で…

 

 

 

(…ってかまっ、これこれくらいやんないと?コッチがヤババババーイなんだもんねぇ…【白鯨】…ひゃひゃ、マジモンのバケモンじゃねーか。)

 

 

 

しかし…

 

今までのラフすぎる言動とは裏腹に。

 

ゴ・ギョウの心の内では、全く正反対の考えと共にデュエルが始まってからずっと…いや、下手をすればデュエルが始まる前から、ずっと消えぬ焦りを感じている様子であり…

 

…しかし、それもある意味で当然か。

 

『七草』が一葉、ゴ・ギョウ。

 

ふざけた言動と、煩い言葉を羅列してはいても。裏社会で名を馳せた歴戦の者らしく、その嗅覚は人並み以上。

 

…そう、砺波が『七草』の気配を感じ取ったように、彼もまた感じ取っているのだ。

 

『極』の頂に位置している力を持ったデュエル傭兵『七草』を、2人も同時に相手にしているというのに…

 

深海の水圧の様に、どんどんと深く、重く、そして暗くなっていく…

 

 

 

 

 

【白鯨】の、恐ろしさを―

 

 

 

 

 

「さてさてさーて?どうするんでしょうねー【白鯨】様はー!シンクロ召喚封じられ?【白鯨】なんて出っせますぇーん!」

「…墓地、妨害…ふむ、また随分と極端な思考の者達だが…」

 

 

 

また、ゴ・ギョウの焦りを肯定するかのように。

 

シンクロ召喚を封じられたというのにも関わらず、全く焦りも怒りも感じていない様子の元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣。

 

…それは外敵のいない楽園にて泳いでいる魚達よりも、なお穏やかに浮かび上がる平常なりし面持ち。

 

『極』の頂に到っている者達を2人も相手にしていてもなお、ここまで砺波を冷静にさせるモノは一体何なのか。

 

…数々の修羅場を潜ってきた『七草』達にすら、焦りを生じさせる砺波のこの落ち着きよう。

 

それは生きるか死ぬかの舞台で生きぬいてきた『七草』にとっては、とある感情を浮かび上がらせるには充分過ぎる雰囲気となりて…この一帯の空気を、更に冷たく重く変え始めるのか。

 

 

 

そのまま…

 

 

 

これまでの砺波では、絶対に口にしないであろう言葉と共に―

 

 

 

 

 

「実に面白い。このような思想を持って『極』の頂に至った強者が、この世界にまだ居たとは。」

 

 

 

 

 

こんな危機的状況だと言うのに、それでもどこか強者との戦いに楽しさを感じている砺波の心は…

 

【王者】であった時のような堅苦しさから、完全に解放された昔の彼の心意のようではないか。

 

…いや、昔のような負けん気や、無茶を楽しむ無謀さと無鉄砲さなど今の砺波にはない。

 

あるのは、『極』の頂に達した者達を2人同時に相手にしていても全くブレない、恐ろしいまでの、【化物】の余裕だけであり…

 

何せ『極』の頂に達した者を、2人同時に相手にすることなど人間には不可能なこと。そんな芸当など、人間を超えたモノにしか出来ぬ…

 

 

 

そう、それは文字通りの【化物】―

 

 

 

「いいだろう、そちらがその気ならば見せてやる!シンクロ王者ではない、今の【白鯨】のデュエルを!【深海のディーヴァ】を召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【深海のディーヴァ】レベル2

ATK/ 200 DEF/ 400

 

 

 

現れたのは、深海にて響くアリアの歌い手。

 

それは【白鯨】たる砺波のデュエルを、飾るに相応しい始まりのモンスターであり…

 

 

しかし…今の砺波は、気付いているのだろうか。

 

 

そう、今この時も島の中では、学生達が襲われ続けているというのに…

 

デュエルが始まってから切り替わった、純粋にこのデュエルに楽しさを感じているという…

 

その、『異常』なまでのデュエルへの執着を―

 

 

 

「ひょ?ちょちょちょー!チューナーモンスター出したって無駄無駄なんですけどけどー!」

「フッ、シンクロ召喚するだけが能ではない。ディーヴァの効果発動!デッキから【海皇子 ネプトアビス】を特殊召喚!そしてネプトアビスのモンスター効果!デッキの【海皇の竜騎隊】をコストに、デッキから【海皇の狙撃兵】を手札に加える!そして竜騎隊の効果で、更にデッキから【水精鱗-メガロアビス】を手札に!【強欲で貪欲な壷】も発動!デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!そして今手札に加えたメガロアビスの効果発動!手札の【海皇の竜騎隊】と【海皇の狙撃兵】をコストに、【水精鱗-メガロアビス】を特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【海皇子 ネプトアビス】レベル1

ATK/ 800 DEF/ 0

 

【水精鱗-メガロビス】レベル7

ATK/2400 DEF/1900

 

 

 

流れるような砺波の展開、流麗なりし海流の転回。

 

シンクロ召喚を封じられているというのにも関わらず、ソレを全く意に介していないかのような砺波のデュエルの切り替えしは…

 

かつてシンクロ使いの頂点と称えられた、元シンクロ王者【白鯨】とは思えぬほどに淀みのないメインデッキ回しと言えるだろうか。

 

そう、今の砺波のデッキは【海皇】というカテゴリーを中心に据えてはいるものの、その他にも水属性の多種多様なモンスター達によって構成されているのだ。

 

それは無限に広がる遥かな海の、眷属達による終わらぬ展開。

 

かつての自分を超え、さらには【王者】の領域をも超えた今の砺波の力によって…

 

海の眷属達の展開は、更にその凄まじさを増し続けるのみであり…

 

 

 

「コストとして墓地に送られた、2体の海皇モンスターの効果発動!まずは狙撃兵の効果で、ゴ・ギョウの右端の伏せカードを破壊だ!」

「ッ!?おいおいマジマージかよ!そんなら破壊される前に速攻魔法、【サイクロン】をはっつどぅ!チャン僕の伏せカードを1枚破壊するよん!」

「だが竜騎隊の効果でデッキから【氷霊神ムーラングレイス】を手札に!更に特殊召喚成功時に、メガロアビスの効果でデッキから【アビスフィアー】を手札に加える!」

「ひゃひゃひゃ!マージで止っまんねぇなぁ!けど、今破壊した【アーティファクト-モラルタ】の効果もはつどぅーしちゃいまー!モラルタを特殊召喚しちゃって?カドケウスの効果で1枚ドローした後にメガロアビスを破壊しちゃい…」

「よし、メガロアビスが破壊されたこの瞬間!私は手札より、【氷天禍チルブレイン】を特殊召喚する!出でよ!」

「ひょ?」

 

 

 

―!

 

 

 

【氷天禍チルブレイン】レベル8

ATK/2600 DEF/ 200

 

 

 

そして…

 

ゴ・ギョウの『アーティファクト』モンスターが伏せられた、大量のリバースカードの束の中から。

 

破壊しても全く痛手にならない1枚を選び取り、何も恐れることもなく伏せカードの破壊を宣言した【白鯨】、砺波 浜臣。

 

また、ソレに即座に反応し…

 

ゴ・ギョウもまた、伏せていた【サイクロン】を破壊される前に発動して躱しにかかるものの、しかし大型モンスターの破壊すらも砺波にとっては規定事項だったかのように。

 

…連鎖するようにして、砺波の場には遥か空にて霰を司る、冷たい氷の麗人たる精霊が現れたではないか―

 

 

 

「そして特殊召喚されたチルブレインのモンスター効果!相手の手札を1枚、ランダムに墓地に送る!対象はスズシ・ローナ、貴様だ!」

「ッ!?」

 

 

 

止まらない―

 

一つ一つの展開が、全て次なる行動へと繋がりつつ。

 

続いては、『墓地』を多用する『七草』が一葉、スズシ・ローナの手札をまさかの墓地へと送る宣言を砺波は行って―

 

 

 

―3枚の手札の中より選ばれ、凍結されしは魔法カードの【生者の書-禁断の呪術】。

 

 

 

しかし、先ほど彼女がデッキから手札に加えていた情報から、彼女の手札は1枚の不明なカードの他には墓地にて真価を発揮する【グローアップ・ブルーム】と、墓地に送られてもなんら痛手にならない【ユニゾンビ】であったと言うのに…

 

…ランダムとは言え、ソレらを綺麗に躱しつつ。

 

スズシ・ローナの次なる展開札を打ち抜いた、その鋭利なる氷柱の如き貫きは、本当にソレがランダムに選ばれたのかと疑いたくなるほどの、凄まじいまでの正確性を持っていたではないか。

 

ソレ故、手札を打ち抜かれたスズシ・ローナにとっても。

 

今の砺波からの氷撃は、痛手と共に相当な驚きであったに違いなく…

 

 

 

「…【グローアップ・ブルーム】も、【ユニゾンビ】もあったのに…運の良い…」

「フッ、運で片付けている内はまだまだだ。続けて私は【深海のディーヴァ】と【海皇子 ネプトアビス】をリリース!手札より、【城塞クジラ】を特殊召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【城塞クジラ】レベル7

ATK/2350 DEF/2150

 

 

 

けれども、まだ終わらない。

 

続けて砺波が呼び出したのは、【白鯨】と呼ばれた砺波の『名』とは体色が正反対と思える程に対照的なる…

 

漆黒の体色に身を包まれた、一体の巨大なる鯨のモンスターであった。

 

 

―その背に砲台を、その体内に拠点を。

 

 

かつて要塞として、七つの海に君臨していたのではないかとさえ思えるその体躯で…2人がかりで立ち向かってくる『七草』たちへと、その砲塔で狙いを定める。

 

 

 

「鯨…【白鯨】じゃない…黒い鯨…」

「ひゃひゃ…マジマジマージか…シンクロ止めたのに止まんないとか、これもうバグ&エラーだーよね…」

「特殊召喚成功時に【城塞クジラ】の効果発動!デッキから【潜海奇襲】を場にセット!更にコストとしてリリースされたネプトアビスの効果も発動!墓地より【海皇の竜騎隊】を特殊召喚し…そして今のこの時!私の墓地の水属性モンスターは5体となった!このカードは、墓地の水属性モンスターが5体の場合にのみ特殊召喚が出来る!」

「ふぇ!?」

 

 

 

 

そして…

 

 

 

―まだ、終わるわけがない。

 

 

 

まるで、先のゴ・ギョウの行った、モラルタによるモンスター破壊すらも規定事項だったかのように。

 

…砺波の墓地には、いつの間にか『5体』ちょうどの水属性モンスターがその魂を揺らめかせているではないか。

 

それはいつもの【白鯨】による、シンクロ召喚を交えた展開による調整などでは断じてない。

 

相手の妨害すらもルートに含めた、始めからこの展開が決まっていたかのようなその雰囲気。

 

そう、『極』の頂よりも更に高い―いや、更に『深い』ところから、当然のようにして墓地に揃った5体の水属性モンスター達の魂に導かれる様に…

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

「出でよ!【氷霊神ムーラングレイス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【氷霊神ムーラングレイス】レベル8

ATK/2800 DEF/2200

 

 

 

現れしは、世界を凍てつかせる氷の霊神。

 

元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣にのみ所持と使用を許された、一説には『神』にも等しいとさえ言われるモンスター。

 

この世界においては、『神』のカードに通ずる特別な存在とさえ言われている…『現存』しているカードの中では、まさに規格外の力を誇るモンスターであって。

 

 

 

「これが霊神…【白鯨】の持つ神…」

「ひゃはは…神じゃないけど、神にいっちゃん近いモンスターだっけか?…セリが欲しがってたよなぁ…」

「何をゴチャゴチャ言っている!特殊召喚に成功したムーラングレイスのモンスター効果!相手の手札をランダムに2枚捨てさせる!次はゴ・ギョウ、貴様が手札を捨てろ!」 

「ほ!?」

「まだだ、まだ終わらん!魔法カード、【サルベージ】発動!墓地より【深海のディーヴァ】と【海皇子 ネプトアビス】を手札に戻し、そのまま【強欲なウツボ】を発動!手札の水属性モンスター2体をデッキに戻し3枚ドロー!よし、【海竜神の激昂】を発動!デッキから【激流葬】を手札に加える!」

 

 

 

まだ…

 

まだ、止まらない―

 

そう、シンクロ召喚を封じたのに、元シンクロ王者のデュエルが。

 

一体、砺波の展開に終わりはあるのか。

 

普通、この『Exデッキ至上主義時代』に生きる人間であったならば、Exデッキを封じられれば手が止まるか、多少なりとも展開に手間を取られるはずだというのに…

 

…それでも、全く怯んだ様子もなく。

 

怒涛の展開を続ける砺波のデュエルには、迷いも怒りも憤りも何もかもが些細なことなのだと言わんばかりの流れとなりて。どこまでもどこまでも激しい展開となりて、有利な立ち位置であるはずの『七草』たちを襲おうとしているではないか。

 

 

 

そして…見える―

 

 

 

『七草』たちの目にも、はっきりと。

 

そう、砺波の持つ、深海の如き深いオーラの先に…『七草』たちがまだ見ぬ、もっと恐れ多いモノが…

 

 

それは深き海の暗き底の、更にそのまた向こうから―

 

 

腹を空かせて『餌』を見ている…

 

 

文字通りの、【化物】の目のようなモノ―

 

 

 

 

「ッ!?…フゥー…マジマジマージか…シンクロ召喚止めたら雑魚だって言ったのだーれだよ。ガセ&ウソ掴ませやがってあの屑…」

「…ふふ…ふふふ…【白鯨】、危険…Exデッキ使えないのに、恐い…ギョウさん、【白鯨】にシンクロ召喚させちゃ、ダメ…シンクロ許したら…私達、死ぬ…」

「…それなー…」

 

 

 

そして、ここへきて『七草』たちも気付いてしまった。

 

今の砺波 浜臣が、元シンクロ王者【白鯨】と呼ばれていた彼とは、その実力も存在も何もかもがかけ離れた規格外の存在であると言う事を。

 

…何せ砺波が、自分達と同じく『極』の頂に位置しているだけの存在であったならば、ここまでの恐怖心をデュエル傭兵である自分達が感じるはずもないのだから。

 

有象無象の凡才とは違い、歴戦の経験からソレを『七草』たちも感じ取ったのだろう。長きに亘り裏社会で生きてきた経験からか、一般人よりも相当に優れた危機察知能力を有しているという自信が自分達にはあるからこそ…

 

今の【白鯨】から感じる雰囲気は、実体化しているこのデュエルの重圧と相まって、歴戦のデュエル傭兵である『七草』たちにも、『死』の恐怖をこれ以上無くいらに与えており…

 

 

…そう、『不幸』にも、『極』の頂に位置している彼らには見えてしまっているのだ。

 

 

元シンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣の持つ、【化物】の如きオーラの向こうに巣食うモノの…そのあまりの恐ろしさと、危うさが。

 

 

それは人間に見える領域の、更に更に遠い向こう―

 

 

そこから覗き込んできているのは、見間違いようのない『目』。

 

およそ、『人』程度では抗うことなど許されないであろう、人間を超えた圧倒的存在。

 

 

 

その、文字通りの【化物】が、『七草』たる自分達すらも『餌』として見ているという…

 

 

 

それは、まさしく『恐怖』そのモノ。

 

 

 

「フィールド魔法、【伝説の都 アトランティス】を発動。カードを2枚セットし、ターンエンドだ。」

 

 

 

砺波 LP:3000

手札:5→1枚

場:【氷天禍チルブレイン】

【城塞クジラ】

【氷霊神ムーラングレイス】

【海皇の竜騎隊】

伏せ:3枚

フィールド:【伝説の都 アトランティス】(『海』)

 

 

 

『極』の頂に到った者達へと、さらに異次元からの恐怖を与えて。

 

今、圧倒的余裕を醸し出しながらもそのターンを終えた、【白鯨】砺波 浜臣。

 

 

 

「さて、少しは楽しませてもらえるのでしょうね。…『七草』…『極』の頂に到った者を、2人も同時に相手をする事など初めてだ。今の私の力を確かめるには、お前たちは丁度いい相手といえるだろう。」

「けひゃひゃ…と、とんでもねーバケモンだなマージで…」

 

 

 

…当初の予定とは違う。

 

こうなってしまっては、よもや『七草』たちにとっても元シンクロ王者【白鯨】とのデュエルは想定外かつ規格外。

 

【白鯨】と呼ばれた砺波 浜臣が、これほどまでの【化物】であったことは彼らにとっても相当に想定外なことだったのだろう。

 

当初、【白鯨】と戦うという仕事に人員が『2人』も当てられた時には、彼らも依頼主である『捻じれた男』に不満を言ったのだが…しかし、今この時になってから彼らもその理由が痛いほど身に染みて理解できたのか。

 

演技ではない、本物の修羅場にぶち当たったかののような冷や汗を垂らしているゴ・ギョウと…

 

数々の修羅場を潜り抜け、生き残ってきたはずのスズシ・ローナが、まだ1ターン目だと言うのにこれ程までのプレッシャーを与えられていることがその証拠。

 

【白鯨】…歴代最強のシンクロ王者と称えられていたその輝かしい功績は伊達ではない。

 

その表の決闘界の【王者】の名前が、看板や誇張などでは断じて無く…紛れも無い『本物』であると言う事を、対峙して始めて理解した様子の『七草』の二葉。

 

まぁ、この【決島】で砺波に『何』があったのかを知らぬ『七草』達からすれば、デュエル傭兵として『極』の頂に到っているはずの自分達の力を疑いたくなっていたとしても、それはある意味で仕方のないことなのだが…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「けどまっ、楽しんでるトコ悪いんだけども?【白鯨】様もさー、悠長にチャン僕たちの相手してていいのかなぁ?」

「何?」

「こっちの仕事、【白鯨】と戦うこと…『神』の少女、他のヤツの仕事…」

「足止めか…」

 

 

 

それでも、自分達が雇われたからには仕事を遂行する『傭兵』だという、その自覚とプライドからか。

 

身震いするような【白鯨】の、【化物】のようなオーラを間近で中てられていても…

 

退く気などさらさら無いままの態度で、なおも【白鯨】の邪魔をする気を隠す気もなく。逃げ出す事などはせずに、デュエルディスクを構え続ける『七草』たち。

 

…それは決して褒められるような行為ではない、悪人ゆえの開き直り。

 

そう、裏社会で生きてきた、デュエル傭兵『七草』だからこそ。こんな汚い手を取る事にすら、なんの躊躇も戸惑いもないのだと言わんばかりの態度で…

 

 

…別に、明かしたところで何の支障も無い。

 

 

何せ自分達が【白鯨】と戦いを始めた段階で、既に『塔』の中には別の者が忍び込んでいる手筈となっているのだ。

 

『塔』の入り口で陣取っていた【白鯨】へと、わざと見せ付けるように戦意を駄々漏れにして現れたのも…全ては、こっそりと忍び込ませる者の気配を、感知させないため。

 

…だからこそ、自分達の作戦を【白鯨】へと晒したところで、既に『事』は進んでいる。

 

もしもここで【白鯨】がデュエルを放棄して、一目散に『神』のカードの持ち主の元へと駆けたとしても。既に、内部に送り込んだ刺客が、『神』のカードの持ち主を攫っているであろう…だから、自分達は自分達の仕事を遂行せんと、ただ【白鯨】の前に立ち塞がるのみなのだ…と。

 

 

 

 

 

けれども…

 

 

 

 

 

少しは焦りを感じるであろう、衝撃的な事実を突きつけられたというのに。

 

 

 

「なるほど。…まぁ、そうだとは思っていましたが。」

 

 

 

敵側の思惑を、真正面から突きつけられてもなお…

 

 

 

砺波は、どこまでも落ち着いたまま…

 

 

 

 

 

 

「心配ない。高天ヶ原さんには護衛がついている…素直じゃない、『強運』の持ち主がな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激闘が行われた、『塔』の最上階に位置する天空闘技場…

 

そこから、階下にいくつか下りた…吹き抜けのある『中層階』。

 

 

 

その、『神』のカードの持ち主である少女以外には、誰もいないはずの天空の『塔』の内部に―

 

 

 

ペタリ、ペタリ…

 

 

 

という、静かかつ湿った足音が『塔』内部の階段を降りていた。

 

エレベーターなど無い『塔』の内部を、明らかに『忍び込んだ』と思えるような足取りで。少々慎重になっていることが容易に伺える、爬虫類のようなその足音。

 

その足音の主は、細身だが長身の、全身を真っ黒な服に包んだ長髪の男であり…

 

黒の長袖、黒の長ズボン。首元から除く、全身に走っている様な『鱗』のような刺青をさらしながら…

 

脂ぎった黒い髪を、顔を隠すほどに伸ばし。口元だけを覗かせて、不気味な笑みを浮かべていて。

 

…きっと、この男は『塔』に一つしかない正面入り口ではなく、もっと別の場所から忍び込んだのだろう。

 

そう、【白鯨】が守っている、この『塔』唯一の正面入り口…それ以外に『塔』の内部に侵入できる場所など、この『塔』には後ひとつしか存在してはおらず…

 

それすなわち、この男は紛れも無くこの男は最上階の天空闘技場から『塔』の内部に忍び込んで階段を降りてきたということ。

 

どうやって空を突き抜ける高さを誇る『塔』の最上階に外部から辿り着いたのかは知らないが、『塔』の内部を『上』から降りてきたということは正真正銘この男は『塔』の上から来たに違いない。

 

 

ペタリ、ペタリ…

 

 

その、まるで床に張り付くように足音は…

 

靴を履いているというのに、まるで素足のような不気味さを醸し出しながら。どこか不気味さを感じさせる足取りとなりて、『塔』の内部を目的の場所へと向かって歩いている。

 

 

…長い手をぶら下げながら、不気味に揺れる長髪と両碗。

 

 

長身だと言うのに、骨が無いのでは無いかと錯覚するほどに…異常なまでに曲げられた猫背が、どこまでもその身の不気味さ演じており…

 

また、口元しか見えないほどに伸ばされた脂ぎった長髪は、なんともその男の不気味さを必要以上に増幅しているではないか。

 

…一体、この黒ずくめの男はどこへと向かっているのか。

 

まるで『塔』の内部を予め知っているかのようなその足取りは、全く迷い無くこの長身の男を目的の場所へと向かわせていて…

 

また、外では何やら異様なまでに重々しい鋭すぎる2つのオーラと、それを全くの異次元から弄ぶように眺めている異質すぎるオーラがぶつかり合って…いや、一方的に『別次元』のオーラが圧倒してはいるものの…

 

その、頂上的なる2つのオーラと、超常すぎる1つのオーラに隠れるようにして。

 

この長身の黒ずくめは、その歩みを進めるのみであり…

 

 

 

そして…

 

 

 

ペタリ、ペタリと。

 

足音の主は、その爬虫類のような張り付く足音を、『塔』の内部の中層階に差し掛かった辺りで止めたかと思うと。

 

『塔』の内部…外から見るより圧倒的に広さを感じる、どこか迷路染みた『塔』の中の一つの通路を確認し…

 

そのまま、爬虫類のような男は迷う事無く『そこ』へと向かって歩みを再開し始めたではないか。

 

 

 

「ひ、ひひ…」

 

 

 

零れる不気味な男の笑い。蛇の『うねり』のように蠢く不気味な指。

 

それは自らに指示された仕事を、こうも簡単に遂行できるということに限りない悦を感じているのだろうか。

 

不気味すぎるその笑みは、彼の脂ぎった長髪の黒さと相まって…

 

どこまでも不気味な雰囲気を、『塔』の中へと零していて。

 

 

そのまま…

 

 

一歩、二歩…

 

忍び込んだ男が、目的であろう一つの通路へと指しかかった…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「Hey、レディのお迎えにしちゃ、随分とムサい奴じゃねぇか。」

「…ひひ?」

 

 

 

 

 

差し掛かった通路の奥から、不気味の男へと向かって投げかけられたのは一人の男の陽気な声。

 

不気味な男の目的地であったであろう、『特別医療室』の扉の前にもたれかかるようにして…

 

腕を組み、扉を塞ぎ。まるで『誰か』がここに現れることを、予め知っていてかのような口ぶりで声を放ったのは他でも無い…

 

 

 

決闘学園デュエリア校3年、デュエルランキング『第1位』…

 

 

 

―『ギャンブラー』、リョウ・サエグサ。

 

 

 

「な、なななんだ、ガガ、ガキか、ひひ…」

「…首に見える鱗のタトゥー…テメェ、『毒尾』だな?全身に鱗のタトゥー彫るなんざシュミが悪ぃ。」

「ぼ、ぼぼ僕を知ってるの…ひひ…」

「まぁな。ちと裏社会に詳しいツレが居るもんでよ…思った通りだぜ。外でドンパチやってる隙に、こそこそとレディを攫いに来るんじゃねーかってな。」

「ひひ…かか、勘のいいガキも居るんだ、ね。…ひ、ひひ…」

 

 

 

突如現れた敵の正体を、一目見ただけで見抜いたリョウ・サエグサ。

 

 

 

『毒尾』…

 

 

 

それは一昔前に、表の決闘界でもその名が知られていた決闘界の元トップランカー。

 

今の学生達が生まれる以前に、とある事件を起こし決闘界を追放され…表舞台から完全消え去ったはずの、かつての決闘界の猛者の1人。

 

しかし、以前まで表社会で知られていた彼は『毒尾』とは呼ばれていても、もっと清潔感に溢れた男であったというのに…

 

…裏社会に堕ちて、精神までも汚れたのか。

 

まぁ、過去の『毒尾』の姿など、見た事もなければ見る気もないリョウからすれば、この場に現れたのがかつてのプロデュエリストであったとしても、ソレは全くもってどうでもいいことではあるのだが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

「悪ぃが、オヤスミ中のレディを起こすのは俺のポリシーに反するんでな。レディの安眠の為に、テメェにはここで退場してもらうとするぜ。」

「…ひひ?」

 

 

 

つい先ほどの、『ゆっくり休ませてもらう』と言っていた彼の言動とは裏腹に。

 

紛う事なき戦意を纏い、デュエルディスクを構えるリョウ・サエグサ。

 

…それはまるで、始めからこうなる事がわかりきっていたかのような立ち振る舞い。

 

そう、鷹矢に詰め寄られても、崩そうとしなかったあの態度からは考えられない覇気と共に…

 

目の前に現れた敵が、かつて決闘界で強者に数えられていた元トップランカーであっても。そして裏社会に堕ちてもなおその力を失ってはいないであろう、恐るべき古豪であったとしても。

 

それでも、『最初から』こうするつもりだったのだと言わんばかりの戦意を持って、敵の前へと立ち塞がるのか。

 

 

 

「しょしょ、正気かい?ひひっ、ぼぼ僕を『毒尾』って知ってて挑んでくるなんて…ひひ、ひひひひひ…命知らずだ、ね…」

「正気?…HA!ンなモンは生まれた時に、Motherの腹に置いてきちまったに決まってんだろうGA!あいにく、根っからのギャンブル狂いでな…レディの安眠のためなら、俺の命なんざただのチップSA!」

「ひひ…そそ、そんなに大事な子ってわわ、わけか…ひひ…そこに居る、子…」

「いいや?会ったこともなけりゃ喋ったこともねぇ。オマケに、顔も直接見たことすらねぇ。」

「…ひひ?じゃ、じゃあなんでそんなに…」

「HAHAHAHAHA!ンなこと決まってんだろ!この世の全てのレディは、全員俺の愛すべき恋人!例えまだ見ぬレディでも…この世の全てのレディの為なら、俺はどんな事でも命を賭けて戦うだけDA!」

「…ひひ…意味、わからな、い。」

 

 

 

それは男の曲げぬプライド。自らが決めた誇りと信念。

 

例え、その女好きが行き過ぎて周囲に『変態』と呼ばれていても…それでも彼は己を曲げず、ただただ自分の信念を貫く為に自ら進んで女性の盾となろうというのか。

 

 

…そう、彼にとっては、女性の命は何よりも重いモノ。

 

 

例えソレが、つい先ほど初めて顔を知った少女であっても…

 

今ここに『女』の危機がせまっているのならば、怯むこともなくただただリョウは立ち塞がるだけなのだから。

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「…きき君、い、いい度胸してるね…ひひ、う、裏決闘界向きだよ…」

「野郎に褒められても嬉しくねーよ!…行くZE!」

 

 

 

ルキの眠っている医療室の前で、ルキを攫いにきたであろうこんなにも不気味な敵を前にしてもなお。

 

表で始まったであろう天上の戦いの、その裏に隠されるようにして…己の戦うべき相手へと、すぐさまデュエルディスクを構えるデュエリアの『ギャンブラー』。

 

また、それに応じるように…『毒尾』と呼ばれた男もまた、ゆっくりとデュエルディスクを構え始め…

 

 

…こんな、誰も見ていない場所で。

 

 

しかし、誰かがやらなくてはならない戦いが…

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

 

突如、始まる。

 

 

 

先攻は、『毒尾』。

 

 

 

「ひひ…ぼぼ、僕のターン…モンスターをセット、カ、カードを2枚伏せて、ターン、エンド…」

 

 

 

『毒尾』 LP:4000

手札:5→2枚

場:セットモンスター1体

伏せ:2枚

 

 

 

のっそりと…

 

どこか苛立ちすら感じそうな、不気味でゆったりとした手付きで。

 

…必要最低限の所作のみを行い、静かにそのターンを終えた裏決闘界の猛者、『毒尾』。

 

それは、本当に過去の決闘界でその名が知られた、かつてのトップランカーなのかと疑いたくなるほどに少ないアクションではあったものの…

 

 

 

「俺のターン、ドロー!魔法カード、【カップ・オブ・エース】発動!」

 

 

 

―!

 

 

 

しかし、ソレを見て油断するほど、デュエリアの『ギャンブラー』は甘くなく。

 

…ターンを迎えてすぐ、いつもの様に手札から一枚の魔法カードを発動したデュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサ。

 

それはデュエリアの『ギャンブラー』の名に相応しい、己の運によって効果が変わるというギャンブル性が高いリスキーなドローカードであり…

 

聖なる器から飛び出したのは、『太陽』と『月』が刻印された運命を決める一枚のコインであって。

 

 

 

「へ、へぇ…ギャギャ、ギャンブルカード…」

「コレだけが取り柄なモンでな!さぁ、天に舞え、運命のコイン!」

 

 

 

いつだって、どんなデュエルだって。リョウ・サエグサという男のデュエルは、ギャンブルに始まりギャンブルに終わる。

 

ソレを体現しているかのような初っ端のギャンブルカードと、何の迷いもなくギャンブルに身を投じるリョウの声からは…

 

まるでリスクなど考えてもいないかのように、生き生きとした声が放たれるのみであり…

 

そのまま一枚の巨大なコインが宙を舞い始め…

 

 

 

出た、マークは―

 

 

 

「Yes、Lucky!マークは太陽!コインは表!俺はデッキから2枚ドロー!続けて【予想GUY】を発動!デッキから【クィーンズ・ナイト】を特殊召喚し、【キングス・ナイト】を通常召喚!その効果で、更にデッキから【ジャックス・ナイト】を特殊召喚するZE!Come on!絵札の三銃士!」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【クィーンズ・ナイト】レベル4

ATK/1500 DEF/1600

 

【キングス・ナイト】レベル4

ATK/1600 DEF/1400

 

【ジャックス・ナイト】レベル5

ATK/1900 DEF/1000

 

 

 

続けて。

 

一瞬でリョウの場に現れたのは、絵札の三銃士と呼ばれる3体の凛々しきナイト達であった。

 

…通常モンスターが2体に、それぞれのステータスもそれほど高くは無いとは言え。

 

3枚の絵札がその身を重ねる時に、真の力が発揮されるとされているソレらをこうも容易く場に揃えるその技量は…まさにデュエリア校のデュエルランキング第1位に相応しい、相当たるカード捌きと言えるだろうか。

 

そのまま、少しも加減などするつもりもなく。

 

デュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサは、更に続けてカードを掲げ…

 

 

 

「え、え、絵札の三銃士…ひひっ、ははは、早いね…」

「野郎に褒められても嬉しくねぇNA!魔法カード【融合】発動!俺は場の、絵札の三銃士を融合するZE!It’s Showtime!Come on、レベル9!【アルカナ ナイトジョーカー】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【アルカナ ナイトジョーカー】レベル9

ATK/3800 DEF/2500

 

 

 

現れたのは、『天位』の称号を持つ究極の融合騎士。

 

天衣無縫の彼方から、騎士達の束ねられた力を剣に。

 

そして荘厳なりし魂を盾とした、その最高位のナイトが放つ有り余る威光はまさに切り札の名に相応しいジョーカーと呼べるモンスターでありつつも…

 

召喚の難しい指定融合、しかも3体もの素材を指定している【アルカナ ナイトジョーカー】を、こうも自在に呼び出す彼の実力は言わずもがな。

 

『運』だけではなく、素の実力の高さが伺えるその速攻の展開で…リョウはそのまま、即座に攻撃を命じるのみ。

 

 

 

「レディの安眠の為だ、速攻でカタをつける!Battle!まずは【アルカナ ナイトジョーカー】で、セットモンスターに攻撃!」

 

 

 

瞬撃―

 

元トップランカーであった『毒尾』に、少しも好きにさせるつもりもなく。

 

勢い良く天位の騎士に攻撃を命じたリョウの叫びが、『塔』の内部に反響して。

 

…初撃から、攻撃力3800

 

ソレに耐え切れる守備力を持ったモンスターなど、ノーアクションで出すことなど出来はしない。

 

それにリバースカードによる何らかのアクションを起こそうとしても、【アルカナ ナイトジョーカー】には相手の出方を見てから対処出来る力を備えているのだから…

 

そう簡単にはやられはしないという自負の元、今、天位の騎士の剣閃が『毒尾』のセットモンスターへと襲いかかり…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

「ひひ…セセ、セットモンスターは【レプティレス・ナージャ】。せ、戦闘では破壊されないよ…」

「what!?」

 

 

 

『毒尾』を守るセットモンスターへと、騎士の剣撃がぶつかった刹那。

 

 

 

【レプティレス・ナージャ】レベル1

ATK/ 0 DEF/ 0

 

 

 

セットモンスターが反転したそこに現れたのは、下半身に蛇の身体を持った異形の姿の邪なる者であった―

 

…その攻守、たったの0。

 

けれども、小さき蛇のその異形は、圧倒的攻撃力を持った天位の騎士の攻撃で破壊されないばかりか。

 

何やらニヤリと笑いながら、攻撃を仕掛けてきた天位の騎士へと。その口から、勢い良く毒霧のようなモノを浴びせてしまったではないか。

 

 

 

「ひひひ…速攻がなな、何だっけぇ?ひひ…バトルフェイズが終わったら…アア、【アルカナ ナイトジョーカー】のここ、攻撃力が、0になっちゃうよぉ?」

「Shit…」

 

 

 

『レプティレス』…

 

それは女の怨嗟が姿を変えた、異形なる蛇の女神達の総称-

 

…凄まじいまでの私怨、恐ろしいまでの執念。

 

攻撃力『0』にまつわる、珍しい効果を多用するその戦い方は…まるで、獲物を毒で嬲り殺す蛇の邪悪さそのモノとさえ言われており…

 

 

 

…迂闊だった。

 

 

 

相手の出方を伺うのならば、融合せずとも絵札の三銃士でまずは様子を見てから、必要に応じて次のターンに追撃を仕掛ける形をとっても遅くは無かった。

 

しかし、チンタラしていると新たな敵がぞろぞろと後から現れるのではないかという焦りから…リョウはどうしても、速攻で決着を着けたかったのだろうか。

 

また、手札というギャンブルを挟むものの。擬似的な対象耐性を備えた天位の騎士は、生半可な事ではやられないという自信がリョウにはあった。

 

それに加え、手札にある追撃の為のカードの存在が、リョウの速攻への焦りをより強い者にしていたのだから…

 

攻撃を逸って、最高位の力を持った天位の騎士で速攻をしかけてしまったという後悔が、今更になって、『ギャンブラー』を襲っていて…

 

 

 

 

 

「ひひっ、ど、どうしようねぇ、どどどうしようねぇ?」

「チッ…けどまだ終わらねぇよ!速攻魔法【融合解除】発動!」

「ッ!?」

 

 

 

―!!!

 

 

 

【クィーンズ・ナイト】レベル4

ATK/1500 DEF/1600

 

【キングス・ナイト】レベル4

ATK/1600 DEF/1400

 

【ジャックス・ナイト】レベル5

ATK/1900 DEF/1000

 

 

 

しかし、それでも。

 

少々目論見が外れたくらいで、止まる気は無いのだと言わんばかりに。

 

再びリョウの場に現れたのは、先ほどその身を重ねていた3体の絵札の三銃士―

 

いくら攻撃力が天位の騎士に届かないとは言え、いくら効果モンスター1体に通常モンスターが2体とは言え。

 

…数の暴力、多勢に無勢。

 

全く持って容赦はしないという、リョウの気概が化身となりて。3体もの騎士達が、再び猛り剣を構える。

 

 

 

「そして速攻魔法、【エネミー・コントローラー】発動DA!【レプティレス・ナージャ】の表示形式を、攻撃表示に変更する!」

「ひひ…ガガ、ガキなのに…中々…」

「戦闘で破壊されなかろうが、ダメージは受けてもらうZE!Battle続行!【クィーンズ・ナイト】で、【レプティレス・ナージャ】を攻撃ぃ!」

 

 

 

再度煌く切っ先の剣閃。前線にて戦う女王の力を、その身に宿した絵札の化身。

 

…まだまだ、敵は数を増やしながら攻め込んでくるかもしれない。

 

ソレ故、一人の敵に時間をかけている余裕などリョウ・サエグサにはないからこそ…

 

…少々目論見が外れたくらいでは、速攻でケリをつけるという当初の目的を覆すことなく。

 

今、絵札の三銃士の一体…

 

その中でも、勇猛果敢なる女剣士が、『毒尾』の場の異形の蛇女神へと向かいつつ剣を振りかぶった…

 

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「ひひひ!トト、罠カード、【死のデッキ破壊ウイルス】発動!」

「ッ!?」

「…ひひ、【レプティレス・ナージャ】をリリースし、ここ、攻撃力1500以上のモンスターを、手札も含めて全部破壊する。場の絵札の三銃士と…い、居たね…てて、手札の【ゴッドオーガス】を破壊!」

 

 

 

―!

 

 

 

女剣士の剣撃が、蛇女へと振り下ろされたその刹那―

 

…瞬きほどの一瞬で、巻き起こったのは病変罹患。

 

それは感染が感染を呼ぶウイルスの猛威。そう、攻撃を仕掛けた女王の騎士も、後に控えた王冠の剣士も…

 

そして勇敢なる剣士の王子も、さらにはリョウの手札で出番を待っていた巨大なる蛮勇の剣士さえもが。

 

なんとその身を病変が襲い、ウイルスに蝕まれて見る見るうちに溶かされていってしまったではないか―

 

 

 

「ウイルスカードだと!?そ、そんなカードを持ってやがったのか!?」

「ひひ…ぼぼ、僕は現役時代に【死のデッキ破壊ウイルス】を創造し再生させた…だだ、だから『毒尾』って呼ばれたんだよ…ひひ、今の若い子は、しし、知らないだろうけど…」

「shit!」

 

 

 

…リョウが驚いたのも無理は無い。

 

ウイルスカード―この世界には、『魔』、『闇』、『死』、『悪』と言った、相手の場や手札やデッキを蝕んでしまう、病変を撒き散らかすカードがある。

 

しかしそれらは古の時代に、現実に飢饉やパンデミックを巻き起こしたという伝説があるためか…

 

今この時代においては、ソレらの暴走は伝承で伝わってはいても。現存するカード事態を見ること自体が難しいさえ言われる、かなり珍しい部類のカードなのだから。

 

 

 

「ひひ…まま、まだだよ…その後…お、お前のデッキの中から、攻撃力1500以上のモンスターを3体まで破壊する…ひひひ、自分で選びな…」

「…クソが…俺が選択するのは【サイコロプス】、【ブローバック・ドラゴン】、そして【デスペラード・リボルバー・ドラゴン】。だが、ソレを逆に利用させてもらうZE!【デスペラード・リボルバー・ドラゴン】が墓地に送られたこの瞬間!俺はデッキから、【ツインバレル・ドラゴン】を手札に加える!…チッ、カードを1枚伏せてターンエンドDA!」

 

 

 

リョウ・サエグサ LP:4000

手札:5→1枚

場:無し

伏せ:1枚

 

 

 

まさか、『レプティレス』という搦め手を仕掛けてくるカードのみならず。

 

半ば伝説級となっている、希少な『ウイルス』カードを裏決闘界のデュエリストが使ってくるだなんてリョウからしても想定外であったのか。

 

…このターンで仕留めきれなかった後悔もそう。

 

時間をかければ、それだけこちら側が不利となる多勢に無勢な今の状況は…デュエリアの『ギャンブラー』からしても、相当の焦りを感じてしまっているのだから。

 

 

 

 

「ぼ、ぼぼ、僕のターン、ドロー、ひひっ…」

 

 

 

しかし、そんな焦りを感じているリョウ・サエグサを意に介さず。

 

蛇の『うねり』のように蠢く不気味な手付きで、『毒尾』はゆっくりとデッキからカードをドローするだけであり…

 

…攻撃力を0にしてくる、レプティレスによる0の毒。

 

そしてソレを耐え切ってもなお襲いくる【死のデッキ破壊ウイルス】という…2重の『毒』の後引く尾は、まさに相手をじわじわと溶かさんとする爬虫類の持つ毒そのモノのよう。

 

…【死のデッキ破壊ウイルス】の効果によって、このターンはリョウへのダメージは0となっているとはいえ。

 

不気味に蠢く『毒尾』の姿は、その長身と脂ぎった長髪に隠された素顔とが相まって、あまりに不穏にリョウを襲う。

 

 

 

「ぼぼ、僕は、ね…相手をゆっくり甚振るのが好きで、ね…ひひ…じっくり、じっくり…溶かしてあげる、よ…ひひひ…や、【闇の誘惑】発動…2枚ドローして、【レプティレス・ナージャ】を除外…リバースカードとモ、モンスターをセットして…タタ、ターンエンド、ひひひ…」

 

 

 

『毒尾』 LP:4000

手札:3→1枚

場:セットモンスター1体

伏せ:2枚

 

 

 

…このターンでは、目立ったアクションを何も起こさず。

 

先のターンと同様に、再び必要最低限の動きをイラつくほどにゆっくりとした手付きで終えた裏決闘界の猛者、『毒尾』。

 

 

…それは、『塔』の入り口で行われているであろう天上の戦いが、自分の戦いの時間稼ぎとカムフラージュをしてくれているという自信と安心からか。

 

リョウに時間がない事を理解しつつ、それでいてリョウの焦りを見抜きながら…意地悪く時間を消費するだけの彼の手付きは、底意地の悪さがデュエルにまで滲み出ているようではないか。

 

…そんな『毒尾』は、一体何を思ったのか。

 

自らのターンを終えてすぐに、リョウへと向かってその不気味な口を開いて。蛇の奇声のような吐息と共に、徐に言葉を発し始めた。

 

 

 

「…ひひ…おお、女の子…なんだって、ね。そそ、そこで寝てる子、って…」

「あ?」

「…ひひ…若い子、若い、女の、子…ひひひ…いいね…いいね…じょじょ、女子高生の中は、ひひ…柔らかくて、ああ、温かいんだ…ひひ…」

「Oh…」

 

 

 

それは下種な舌なめずり。

 

自らが裏社会に生きている、およそ真っ当な人間ではないことを全面に押し出した悪人らしい下賎な思想。

 

獲物を前にした蛇のような、チロチロと下品に揺らした『毒尾』の口元は彼の不気味な姿と相まってより一層気味が悪く…

 

…今の学生達が生まれるよりも前に、『毒尾』が不祥事により表の決闘界を追放されたその理由。ソレは、現代では覚えている者の方が少ないだろう。

 

だからこそ、『毒尾』とまで呼ばれたかつてのプロのトップランカーが裏社会に堕ちてしまった理由など、リョウ・サエグサには知る由もないのだ。

 

…けれども、もし知ってしまったら、きっとリョウは我を忘れるほどに激昂を見せたであろう。

 

何せ女性という女性の全てを愛していると豪語しているリョウ・サエグサにとっては、女性への直接的な乱暴と性的な暴行による不祥事で表世界から追放された『毒尾』は…絶対に、許せる相手ではないはず。

 

…『毒尾』の過去の罪を知らぬことが、リョウ・サエグサにとってのラッキーか。

 

もしもここでリョウ・サエグサが、我を忘れるほどに怒りってしまっていたら…そう、冷静さを欠いて怒り狂っていたら、後は『毒尾』に手玉に取られ、やられるがままになっていただろうから。

 

 

 

「尚更テメェに渡すわけにはいかねぇNA!なんせここでオネンネしてんのは俺の愛すべきレディであると同時に!俺の、ダチの女なんだからYO!俺のターン、ドロー!魔法カード、【カップ・オブ・エース】発動!」

 

 

 

しかし、目の前で女性に危害を加えると豪語した『毒尾』に対し。我を忘れ激昂するとまではいかなくとも、絶対に負けられない気概をリョウが背負ったのもまた事実。

 

再びターンを向かえてすぐに、先ほどと同じくギャンブルカードを即座に発動し…

 

…デュエリアの『ギャンブラー』、命知らずのデュエリストの呼び声のままに。

 

今再び、金色のコインが空中で勢い良く舞い始める。

 

 

 

「まま、またそのカードを引いたのか…ひひ、運がいい…けど…ひひ、そんなに何回も上手くいくはずが…」

「HAHAHA!それはどうかな!再び天に舞え、運命のコイン!」

 

 

 

 

高らかに叫ぶリョウの叫び。それはギャンブルに狂った男の叫び。

 

そう、リスクの高いギャンブルカードを使うことに、全く恐れを抱いていない男の叫びが『塔』の中に木霊して…

 

 

 

出た、マークは―

 

 

 

 

 

「Yes!マークは太陽!コインは表!俺はデッキから2枚ドロー!」

「…ひ?」

 

 

 

これで、2回連続…

 

そう、全く畏れる事もなく、2回も連続でギャンブルカードを成功させたリョウに対し…

 

ソレを見た『毒尾』は、脂ぎった髪に隠れた素顔に少々驚きの色を感じさせながら声を漏らして。

 

…普通の感性を持ったデュエリストならば、そもそもからしてリスクの高いギャンブルカードを使おうとすらしないはず。

 

しかし、学生の身分でギャンブルカードを嬉々として使用し、そしてたった2回とは言えソレに全て成功している目の前の学生の度胸と運は…

 

例えプロの世界にだって匹敵する者などいないであろう、確立された彼だけのスタイルだという事を、元プロであった『毒尾』もたった今気がついたのか。

 

 

 

「ひひ…な、なるほど、ね。…そそ、そういうスタイル、か…」

「まだまだぁ!【ツインバレル・ドラゴン】を召喚し効果発動!もう一度天に舞え、2枚の運命のコイン!…Yes!2枚ともマークは太陽、コインは表!セットモンスターを破壊するZE!」

「…破壊されたのは【レプティレス・ガードナー】…デデ、デッキから【レプティレス・ヒュドラ】を手札に…」

「今度はナージャじゃなかったか…だがこれで、テメェの場はがら空きになった!【死者蘇生】発動!さっきテメェに破壊された、【ゴッドオーガス】を墓地から特殊召喚!そのまま【ゴッドオーガス】の効果発動DA!ダイスを三つ、ロールする!」

 

 

 

終わらぬギャンブル、止まらぬ賭博。

 

勢いに乗るリョウの場に現れたのは、巨剣携えし巨大なる蛮勇。

 

まるで違うゲームから飛び出してきたかのようなその雰囲気は、今にも力のままに『毒尾』へと襲い掛からんとしているよう。

 

…そして蛮勇の雄叫びによって、天に現れたのは3つの黒き巨大なるダイス。

 

その、ダイスの出目を囲む星の絵柄は相手へのプレッシャーを煽るような得体の知れぬ圧力を放ちながら、高々と高速で天に舞い始め…

 

…回転を増す黒のダイス。

 

相手へとプレッシャーを与えるその回転は、リョウの猛りを具現化しているかのような勢いとなりて。

 

『毒尾』へと、デュエリアの『ギャンブラー』のデュエルの真髄を見せつけんとしているようでもあり…

 

 

 

 

 

―出た、数字は…

 

 

 

 

 

「YA-HA-! 3つのダイスは全て『6』だ!相手ターン終了時まで、【ゴッドオーガス】の攻撃力を1800ポイントアップする!」

 

 

 

【ゴッドオーガス】レベル7

ATK/2500→4300 DEF/2450→4250

 

 

 

なんと出目の合計は、最大最高最強値である『18』の値。

 

それはまるで、今日の午前中に天城 遊良と戦っていた時の『運』の勢いが全く衰えていないかのような、恐ろしいまでの強すぎる運。

 

 

…まさに幸運、まさに豪運、誰もが認める恐るべき『天運』。

 

 

3つのダイスが、全て『最高の目』を出す確率など、よほどツイていたとしても到達できる代物ではないと言うのに…

 

最大値を示したダイスの光が、眩き力を【ゴッドオーガス】へと与えていくその光景は…嘘偽りの無い正真正銘の現実となりて、『毒尾』へと向かって轟くのみ。

 

…運否天賦に任せた行動では、結果が予想に伴わない事は多々あれど。

 

それでも、よもやこれ程までに『天運』が彼の為に働こうとしているこの光景は、実際にその目で見たとしても到底信じられるモノではない事だろう。

 

 

 

しかし…

 

 

 

そんな、かつてのプロの世界でも並ぶ者など居なかったほどの、人の身では操りきれぬほどの運を目の当たりにしてもなお。

 

『毒尾』は、不気味なほどに冷静なまま…

 

 

 

 

「ひひ…やっぱり…う、運に振り切ったタイプ…ひひひ…面白い、ね…」

「そして3つのダイスがゾロ目だったことで、【ゴッドオーガス】の3つの効果が全て発動する!【ゴッドオーガス】は相手ターン終了時まで戦闘、効果では破壊されなくなり、更に俺は2枚ドロー!そしてこのターン、コイツは相手にダイレクトアタックが出来るようになる!」

「ひひ…凄い、ね…凄いねぇ…」

「なにニヤついてやがる!これで壁モンスター出したって、【ゴッドオーガス】を破壊しようとしたってテメェは終わりなんだよ!行くZE!【ゴッドオーガス】、ダイレクトアタックDA!」

 

 

 

動く…

 

巨剣を振りかぶった、剣より巨大な鎧の蛮勇が。

 

破壊されず、戦闘でもほぼ無敵のモンスター…戦闘、効果への耐性というのは、今のリョウに与えられる最大級の護りの手。

 

そしてダイレクトアタックを可能にする蛮勇の突進の勢いは、例え『毒尾』がギリギリで壁モンスターを用意したとしても無駄となる、まさに『運』によって掴んだ最上の決め手となり得るのか。

 

今、巨大なる剣を振りかぶる【ゴッドオーガス】。

 

…『毒尾』を見下ろし、剣を持ち上げ。

 

忍び込んできた下賎なる者を、一撃の下に両断しようとしている巨大なる蛮勇の、実体化した巨大な剣の勢いは、実際に対峙していたら恐怖以外に何も感じることなど出来ないはずで…

 

 

 

 

 

 

 

「ひひひひひ…甘い、甘い、甘いねぇ…リ、リバースカードオープン!トト、罠カード、【墓地墓地の恨み】発動!」

「what!?」

 

 

 

それでも…

 

そう、巨大なる剣に、両断されかかったこの瞬間であっても。

 

全く焦りを浮かべることなく、どこまでも気味が悪いほどに冷静に…伏せてあったカードの中から、不気味なエフェクトと共に一枚の罠カードを発動した『毒尾』。

 

すると、辺り一面から幽霊のような人魂が漂い始め…

 

リョウの場のモンスター達の周りを飛び回ったかと思うと、なんと蛮勇の振りかぶった巨剣は『毒尾』へと届く前に、自らの剣の重さを支えきれずに地面に倒れこんでしまったではないか。

 

 

 

「おお、お前の墓地にカードが8枚以上あるため…ひひ…お前のモンスターのこ、攻撃力を全て0にするよ…ひひ…」

 

 

 

【ツインバレル・ドラゴン】レベル4

ATK/1700→0

 

【ゴッドオーガス】レベル7

ATK/4300→0

 

 

 

それは墓地に眠る魂達の怨念によって、相手モンスターの攻撃力を強制的に『0』としてしまう恐ろしい罠。

 

…そう、いくら破壊耐性を備えても、いくらダイレクトアタックが出来ても関係ない。

 

破壊も出来ず、攻撃を止められないのならば、その攻撃力自体を『0』にしてしまえばいいのだという…

 

恐ろしくも気味が悪い、纏わりつくような湿った搦め手。

 

 

 

「ひひ…か、壁モンスターが、何だって?破壊したって、何だってぇ?」

「Shit…バトル終了だ。仕方ねぇ、カードを1枚伏せてターンエン…」

「…ひひ…【サイクロン】発動…い、今伏せたカードを破壊…」

「ぐっ!」

 

 

 

そしてソレはバトルだけではなく。

 

少しずつ、少しずつリョウの場を荒しながら追い詰めていく『毒尾』の取る手は、どこまでもリョウの気分を害しながら着実に沼の底へと誘うのか。

 

巻き起こる竜巻が、無慈悲にもリョウの伏せた【ヘッド・ジャッジング】を破壊していき…

 

 

 

「ターンエンドだ…」

 

 

 

リョウ・サエグサ LP:4000

手札:2→2枚

場:【ツインバレル・ドラゴン】

【ゴッドオーガス】

伏せ:1枚

 

 

 

じわり、じわりと。

 

文字通り、『毒』が侵食してくるかのような不気味な感触。

 

その、まるで『毒』によって少しずつ痛めつけてくるかのような、つかみどころの無い、『毒尾』のデュエルに対し…異様なまでの嫌悪を、リョウは感じているのだろうか。

 

…そう、一瞬の攻防による、激しい応酬ではなく。

 

『毒尾』の仕掛けてくる、じわじわと命を削り取ってくるかのようなデュエルの流れは…リョウ・サエグサが、最も苦手としている戦い方と言え…

 

基本的にリョウのデッキは、特定のカテゴリーに属した構築ではなく、少しの汎用的なカードも入ってはいるものの、デッキの多くは多種多様なギャンブルカードと、強い効果ではあるもののリスキーなデメリットも備えているクセの強いカードで占められている。

 

そして、その時に引いたカードでその時に出来る最大の戦い方を突き詰めているのが、デュリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサというデュエリストなのであり…

 

しかし、彼のデュエルは確かに己の『運』に相当の自信が無いリョウ自信にしか出来ない芸当ではあるのだが、言い換えればソレはほとんどの場面で『出たとこ勝負』だということ。

 

つまりは、一瞬の攻防で全てが終わる激しい応酬ではなく。

 

長期戦によって、こちらのチップをジワジワと削り取ってくる『毒尾』のようなデュエルは、リョウからしてもかなりやりにくい部類と言えるのであって。

 

 

 

「ぼ、僕のターン、ドロー…ひひ…いいい、勢いだけの奴は、相手にするだけ無駄無駄無駄…【死者蘇生】発動…墓地から【レプティレス・ガードナー】を特殊召喚…」

 

 

 

【レプティレス・ガードナー】レベル4

ATK/ 0 DEF/2000

 

 

 

しかし、そんなデュエリアの『ギャンブラー』を意に介さず。

 

ただただ淡々とカードの発動を宣言する『毒尾』の声が、コンクリートで囲まれた『塔』の内部に反響し…

 

 

 

「そそ、そしてこの瞬間に速攻魔法…じ、【地獄の暴走召喚】発動。」

「what!?」

「デデ、デッキから【レプティレス・ガードナー】を2体、特殊召喚するよ…ひひ…お、お前も選べ…」

「チッ、俺はデッキから【ツインバレル・ドラゴン】を2体、守備表示で特殊召喚するぜ。」

「ひひ…【ツインバレル・ドラゴン】の効果が、きき強制的に発動しちゃうねぇ…」

 

 

 

空中に現れたのは、リョウの意思に反して舞い始めた4枚もの運命のコイン。

 

ここで、デッキに1枚しか入っていない【ゴッドオーガス】ではなく、あえて【ツインバレル・ドラゴン】を選択したリョウの思考は彼にしか理解しえぬモノだとは言え。

 

…壁を増やす算段か、それともギャンブルを外す事を期待してか。

 

相手の場に現れた、後続を呼ぶ3体もの【レプティレス・ガードナー】を破壊する可能性を孕んではいても。

 

強制的に誘発された、2丁のデリンジャーの弾倉をリロードする音はリョウにも決して止められず…

 

 

 

出た、マークは…

 

 

 

「…コインは全て表だ。【レプティレス・ガードナー】を2体破壊するぜ…」

「ひひひひひ…うう、運が良すぎるのもかか、考えモノだねぇ…ひひっ、は、破壊された【レプティレス・ガードナー】2体の効果で、ぼぼ僕はデッキから【レプティレス・スキュラ】と【レプティレス・ヴァースキ】を手札に…ひひっ、ガードナー1体だけを対象にしておけばよかったものを…」

「ッ、しまった…」

「ひひひ!運が良すぎて焦ったねぇ?【ツインバレル・ドラゴン】を対象に、てて、手札の【レプティレス・ヒュドラ】の効果発動…1700のダメージを受けてヒュドラを特殊召喚…ツインバレ、ルの攻撃力を、ゼゼ0に…」

 

 

 

【ツインバレル・ドラゴン】レベル4

ATK/1700→0

 

『毒尾』 LP:4000→2300

 

 

 

「Shit!攻撃力がまたZEROに!?」

「ひひひ…レベル4のガードナーに…レレ、レベル2のヒュドラをチュ、チューニング…」

 

 

 

ねちっこく、それでいて纏わりつくような声と共に。

 

リョウのモンスターの攻撃力を、再び0へと落としながら…同時に展開を続ける『毒尾』のデュエルは、リョウからすれば本当につかみどころの無い底なし沼のような感触。

 

…そうして天に飛び上がりしは、4つの星と2つの蛇輪。

 

その、不気味なほどに気味の悪い、あまりに不愉快な宣言と共に…

 

弾ける光と共に、今ここに現れしは―

 

 

 

「シンクロ召喚、レベル6…【レプティレス・ラミア】…」

 

 

 

―!

 

 

 

【レプティレス・ラミア】レベル6

ATK/2100 DEF/1500

 

 

 

現れたのは、5つの頭を持った蛇の邪女神。

 

怨嗟に取り付かれた女の執念が、そのまま蛇へと姿を変えたかのような…

 

あまりに禍々しきその姿は、とてもじゃないが直視など出来ない程に醜くありつつも。それでも狂った美しさを孕んだ、矛盾した神々しさを纏っていて。

 

ヒステリックな金切り声を、目の前の相手へとぶつけつつ。今にも飛び掛りそうな狂気と共に、リョウ・サエグサを睨みつける。

 

 

 

「Oh…レディの守備範囲は広い方だが、コイツァちと専門外だぜ…」

「ひひ…シシ、シンクロ素材になった【レプティレス・ヒュドラ】の効果…残ったツインバレルの攻撃力も0に…そそ、そして【レプティレス・ラミア】の効果発動…相手の、こ、攻撃力0のモンスターを…ひひひっ、全て破壊するよ!」

「ッ!?」

 

 

 

そして…

 

響き渡るは蛇の女神の、怒り狂った5つの嬌声―

 

それによって、3体もの【ツインバレル・ドラゴン】が同時に爆散していくその光景は…

 

男の本能に潜在的な恐怖を与えてくるかのような、形容し難い恐怖を孕んでいたことだろう。

 

また、先ほどのダイスロールによって、どうにか破壊耐性を得ていた【ゴッドオーガス】は嬌声に耐えその場に残りはしたものの…

 

しかし、蛇に睨まれた蛙のように。巨剣を落とした蛮勇も、どこか怯えたように立ち竦んでおり…

 

そうして…

 

 

 

「ひひひ…はは、破壊した数だけドローする…3枚ドロー…ひひ…【レプティレス・スキュラ】召喚…バババババトル!ラミアとスキュラで、ゴゴゴ【ゴッドオーガス】を攻撃ぃ!」

 

 

 

―!!

 

 

 

 

異形なる蛇身の者達が、満を持して蛮勇へと襲い掛かって。

 

 

 

「ッ!?ぐ、ぐあぁぁあっ!」

 

 

 

リョウ・サエグサ LP:4000→1900→100

 

 

 

襲い来るは牙の咬撃、逃れられぬ蛇の絞撃。

 

先ほどのギャンブルにて得た、戦闘では破壊されぬ【ゴッドオーガス】へと襲い来る蛇の女神達の攻撃は…

 

毒に蝕まれたかのような、実体化したダメージとなりて。そっくりそのまま、リョウ・サエグサへと襲いくるのか。

 

…破壊こそされなかったものの、攻撃力0という無いに等しい値の補正もあってか。

 

ダイレクトアタックを喰らったにも等しい痛みが現実となりて、無慈悲にも『ギャンブラー』へと襲いかり…

 

 

 

「GAッ!?…ぐ…クソが…な、舐めやがって…」

 

 

 

しかし、3900ものダメージを受けつつも、どうにかその意識を飛ばさずにその場に踏み止まったリョウの口から零れたのは…

 

…『毒尾』へと放たれる、沸々と湧き上がる怒りの言葉であった。

 

 

…そう、リョウの零した悔しげな言葉の通り。

 

 

『毒尾』の手札には、先ほどデッキから加えた【レプティレス・ヴァースキ】があったはずだというのに…

 

『毒尾』は、あえてリョウを甚振るためだけに。特殊召喚の条件を満たしていたはずの、攻撃力2600の最上級の蛇の女神を召喚せずに攻撃を仕掛けてきたのだから。

 

 

―リョウのLPを、100残したのがその証拠。

 

 

ここで【レプティレス・ヴァースキ】を特殊召喚して、リョウのLPを一気に0にする選択肢だって『毒尾』にはあったはず。

 

それは、ここまでクセの強いデュエルを行ってきた『毒尾』なのだから、彼がここへ来てリョウの伏せカードを警戒した…といった事だけは、絶対にないということはリョウにだって分かりきっており…

 

しかし、あまりに運が良すぎる為に。そして『毒尾』とのデュエルのやりにくさに、【ツインバレル・ドラゴン】のギャンブル効果による破壊を当たり前のように捕らえていた部分がリョウにあった事もまた事実。

 

…そう、対象を2体の【レプティレス・ガードナー】に分けるのではなく、1体のガードナーに絞っておけば少なくともレプティレスのサーチ効果は1体だけで済んでいた。

 

ソレ故、この非常事態においてリョウの気持ちの揺らぎは、取り返しのつかない大きなミスに繋がる恐れがではあるのだが…

 

けれども、リョウのその大きな気持ちのミスを、あえて逆撫でするように。

 

あえて【レプティレス・ヴァースキ】を出して決着を着けず、もう一体サーチした方の【レプティレス・スキュラ】で攻撃し、わざと勝負を長引かせてリョウを肉体的にも精神的にも追い詰めようとする『毒尾』の…

 

このどこまでも卑劣で下種で外道な、気味の悪いデュエルはリョウからしても不愉快極まりない事に違いなく。

 

しかし、そんなリョウの怒りに反して。『毒尾』のニヤける口元は、あまりに不気味に開かれたままで…

 

 

 

「ひひひ…ああ、後1ターンの命…精々足掻き、な、ガキ…ひひっ、カカ、カードを2枚伏せて…ターン…エンド…」

 

 

 

『毒尾』 LP:2300

手札:4→2枚

場:【レプティレス・ラミア】

【レプティレス・スキュラ】

伏せ:2枚

 

 

 

明らかにリョウを舐めている、裏決闘界の猛者『毒尾』。

 

しかしソレは、デュエリア校のデュエルランキング第1位を前にしてもなお『舐める』ことの出来る力を『毒尾』が持っているということの証明とも言えるだろうか。

 

 

 

(ひひひ…もう何をしても無駄無駄無駄…モンスター並べても、【墓地墓地の恨み】で0にして、次のターンに【レプティレス・ヴァースキ】でリリースできるし…ガキのEx適正は『融合』…ひひっ、あの手札じゃ、融合モンスターは精々出せて1体…次のターンで…終わり、終わり…)

 

 

 

そう、表社会を追放されても、裏社会で身も心も腐っても。

 

それでも、腐っても元プロのトップランカーとして名を知られた『毒尾』の力は、まさしくデュエリア校のトップを相手にしてもなお上を行かんとする実力を持っているということでもあり…

 

…それは表で戦った戦いの経験と、裏で生き延びてきた生存への道しるべ。

 

そんな、生きてきた年数の多さから修羅場を潜ってきた数が段違いに多いであろう『毒尾』には、いくらデュエリア校のデュエルランキング第1位、『ギャンブラー』のリョウ・サエグサを持ってしても…

 

分が悪いばかりではなく、一方的にペースを持っていかれてしまうほどに練磨された力と言えるのであり…

 

 

 

「ぐっ…やっぱ、元トップランカーはマジモンってことか…」

「やや、やっとわかった、の?ひひ…ガキ…も、もう、終わり、だ…精々、ひひっ、絶望しろ…」

「Shit…」

 

 

 

掴みどころのない底なし沼のような、あまりに苦手で嫌悪すら感じる相手。

 

そう、覇気の無い、掴もうとしてもスルスルと逃げてしまう『毒尾』のデュエルは…リョウからしても、本当に苦手な部類にはいるやりにくい事この上ない相手なのだ。

 

…アレだけの豪語を放って、天宮寺 鷹矢を怒らせたのに。

 

…アレだけカッコつけて、遊良や蒼人といった味方たちを送り出したというのに、

 

張った見栄を貫きと通せず、あまつさえ遊良と鷹矢の大事な女性を守りきれなかったなど…そんなこと、リョウのプライドが絶対に許さぬことだと言うのに。

 

 

しかし、このままでは絶望的。

 

 

そう、『紫魔家』が独占している【HERO】や、その他の『名家』と呼ばれる一族が所有している『融合召喚』に長けたカテゴリーと違って。

 

この世界に多々ある融合モンスターのほとんどは、魔法カードの【融合】と、『素材』となる2体以上のモンスターを必要とすることから…そのディスアドバンテージはシンクロやエクシーズとは違い、より多くの手札を必要とするのがこの世界における融合召喚の定義。

 

…ソレ故、特別な場合を除いて、手札の数はそのまま融合使いの強さにも直結すると言っても過言ではなく。

 

辛うじて何かしらの融合召喚を決められたとしても、ソレが状況を一変させつつ決め手となるような、あまりに強烈なモンスターでなければこの場は絶対に切り抜ける事などできず…

 

 

 

(どうする…勘がいい所為で、女神の効果は使わせてくれねぇだろうし…【時の魔術師】か【時の魔導士】…ダメだ、手が足りねぇ上に決め手にもならねぇ…それに、確実に止められる…)

 

 

 

足りない…

 

圧倒的に、手が足りない。

 

このデュエルが高速化した時代においては、特殊な事情や戦法を取る相手を除いては戦いが持久戦となることはほとんどない。

 

ソレ故、始めから全力全開でギャンブルに没頭し、そして全速力でぶつかり合うデュエルこそが『ギャンブラー』、リョウ・サエグサの得意とするデュエル。

 

だからこそ、確実に搦め手を纏わり付かせ、ジワジワと痛めつけてくるこの『毒尾』のデュエルは…本当に、やり辛いことこの上なく。

 

 

…どうする、どうする…どうするどうするどうする―

 

 

浮かび上がっては実行に移せぬ、自分に出来る残された手。

 

ソレを、必死になって考えに考え抜いているデュエリア校の『ギャンブラー』、リョウ・サエグサは―

 

 

 

 

 

「HA…」

 

 

 

 

 

自分を焦りを感じ悦に浸っているであろう、目の前でニヤついている『毒尾』を前に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「HAHAHAHAHAHAHAHA!」

 

 

 

 

 

 

 

突如、笑い始めた―

 

 

 

 

 

「…ひひ?きき、気でも狂っ、た?」

「いや、ごちゃごちゃ考えるのを止めただけSA。…らしくねぇってな、色々考えて、ドツボに嵌るなんざ俺らしくねぇ。」

「…ひひ、意味、わからない…」

 

 

 

それは今まで浮かび上がっていた、自らの頭への思考の放棄。

 

残された手に活路を見出せなかったのか、ヤケになったかのような高らかな笑い。

 

…まさか、本当に諦めてしまったのか。

 

まぁ、この状況を見れば誰だって全てを諦めてしまいたくなるような、あまりに絶望的で勝ち目の無い悲惨な場ではあるのだが…

 

 

 

しかし…

 

 

 

「仕方ねぇ…やってやるよ!俺だけが楽してる場合じゃねぇんでな!いくZE!俺のターン、ドロー!【ゴッドオーガス】の効果発動!ダイスを3つロールする!」

 

 

 

諦めではない、決意の声で。

 

ターンを迎えてすぐに、再びデュエリアの『ギャンブラー』がその勢いを取り戻さんとして…攻撃力0となってしまった蛮勇の剣士へと、ダイスを回すように命令を下したリョウ・サエグサ。

 

 

 

「ひひ?…無駄無駄無駄!デデ、【デモンズ・チェーン】発動!効果は使わせない、よ…」

「チッ!だったら【強欲で貪欲な壷】発動!デッキを10枚裏側除外して、2枚ドロー!…来たZE!魔法カード、【カップ・オブ・エース】発動DA!」

「…ひひ…また…」

 

 

 

それは決して折れてはいない、前進し続ける彼の生き様そのモノなのか。

 

蛮勇の、一発逆転を狙える可能性を秘めた効果を止められてもなお。それでも、なお止まらぬのだとして…

 

―リョウの場に現れたのは、三度目となる金色の聖杯。

 

デュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサの代名詞。勝者に与えられる黄金の杯のような、その煌びやかな輝きは選ばれし者に『2枚』のドローというこの上ない恩恵を無条件で与えるのだ。

 

 

 

「さぁ…天に舞え、俺の運命を決めるコインよ!」

 

 

 

一体、何を持って彼はこの状況を吹っ切れたのか。

 

それは阿呆の自暴自棄か、それとも馬鹿げた馬鹿の愚直か…

 

しかし、自分はソレのどちらでもないのだと言わんばかりに。

 

『運』の良い者へと与える祝福のように…

 

これで、三度目となるギャンブル、その最後の黄金の聖杯から、今一度天空に運命のコインが舞い上がり…

 

 

 

 

 

 

 

 

出た、マークは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひひ…ひひひひひ!とと、とうとう尽きたねぇ!おお、お前の、運!」

 

 

 

 

 

 

 

 

高らかに叫ばれたのは、『ギャンブラー』のモノではなかった―

 

そう、『塔』の内部に高らかに響いたのは、『毒尾』の放った気味の悪い笑い声であり…

 

…しかし、彼が思わず叫んでしまったのも無理は無い。

 

何故なら…

 

 

 

 

 

 

「…マークは月、コインは裏だ…相手が2枚、ドローするZE…」

 

 

 

 

 

コインは裏…『月』のマークを、示していたのだから―

 

 

 

 

 

「ひひひひひ!あ、ありがたく、ほほ僕はデッキから2枚ドローするよぉ!」

 

 

 

とうとう…

 

 

とうとう、『運』が尽きたのか―

 

 

いや、ここまで…それこそ昨日の【決島】の予選と、午前に行われた天城 遊良との第一試合で、アレだけの強烈なる運を見せ付けていたのだから…

 

ここへきて、ようやく彼の運が落ち目に傾いたとしても、それはある意味で当然といえば当然ではあるのだが…

 

しかし、タイミングは最悪…

 

そう、逆転の為には、大量の手札が必要なのではないかと思えるこのタイミングで。

 

2枚のドローを賭けたギャンブルに失敗し、よもやこの圧倒的窮地で相手に2枚ものドローを許してしまった今の【カップ・オブ・エース】は、誰が見たって『失敗』以外の言葉が浮かび上がらないほどの失策であったといえるのだから。

 

まぁ、この場には戦っている彼ら2人の他に、見ている者など誰もいないのだが…

 

ともかく、一発逆転のために発動したであろうギャンブルカードを、ここぞという時に外してしまったであろうリョウ・サエグサの心持ちはいかがなものか。

 

…不気味な声で、悦に浸りながらドローをする『毒尾』。

 

ソレを静かに見ているだけのリョウの視線は、あまりに細められたモノとなりて…

 

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

『ギャンブル』に失敗したであろう、その時であっても―

 

 

 

 

 

「何勘違いしてやがる!コレが俺のLuckyなんだよ!カードを1枚伏せて魔法カード、【エクスチェンジ】発動!テメェと俺の手札を1枚、Changeする!」

「ッ!?え、えええ【エクスチェンジ】!?」

 

 

 

悦を感じている『毒尾』の声を、横から裂く様にして放たれしは。

 

ギャンブルに失敗したとは思えない、あまりに高らかなリョウの咆哮。

 

発動されたのは、文字通りお互いの手札を1枚交換するという…ほとんど…いや、プロの間でも使われることなど皆無と言える、あまりに珍しくもクセの強すぎる、一枚の魔法カード。

 

一体、何を思ってこんなカードを発動したのか。

 

そもそもからして、『Ex適正』の異なる相手と手札交換などしても、逆転への手など手に入れられるはずもないというのに―

 

…そのまま、【エクスチェンジ】の効果によって。

 

リョウと『毒尾』の頭上に、公開されたお互いの手札が映し出され…

 

 

 

 

 

「Yes!やっぱりドローしたな?…俺がSelectするのは罠カード、【死のデッキ破壊ウイルス】DA!」

「ひひっ!?…けけ、けど今更、そそそんなカード奪ってなにを…【速攻のかかし】を貰うよ…」

 

 

 

お互いに、選んだカードを。その場から、勢い良く相手へと飛ばしあうリョウと『毒尾』。

 

…リョウが選択したのは、先ほど『毒尾』に使われた『ウイルス』カード。

 

けれども、いくら相手の場と手札を一層出来るであろうこのカードを手札に加えたところで…

 

攻撃力1500以下の闇属性モンスターがコストとして必要であるという発動条件も満たしていないのだから、これでは宝の持ち腐れどころか全くの無駄な手となってしまうというのに。

 

また、リョウが渡したのは…というよりも、リョウに一枚しか残っていなかった手札は、あろうことか強烈なる守りの手。

 

これでは、一体何のために手札を交換したのかとも言え…

 

 

 

 

 

それでも―

 

 

 

 

 

「But、俺はこれが欲しかったんだよ。リバースカードオープン!罠カード、【無謀な欲張り】発動!」

「ッ!?」

 

 

 

続けてリョウが発動したのは、目先の2枚のドローを許す代わりに次のドローフェイズを飛ばすという…あまりにリスキーな効果を持った、1枚の罠カードであった。

 

…それは最初のターンから伏せてあったリョウの罠。しかして『毒尾』が見向きもしなかった、取るに足らない罠カード。

 

 

 

「ドド、ドローフェイズをスキップするカード…ひひ…確かに、無謀、だ…」

 

 

 

そう、いくらここで2枚のドローをしたとしても、リョウに残されているたった1枚の手札が【死のデッキ破壊ウイルス】だという事は既に確定情報。

 

だからこそ、2枚のカードをドローしたところで眼の目のガキが逆転を狙える融合召喚など出来ないであろうと言うことは『毒尾』もとっくに見抜いているのか…

 

その無謀とも思える苦肉の策を、脂ぎった髪の奥からどこまでも見下した視線で見つめている『毒尾』。

 

そんな、『毒尾』の視線に貫かれていてもなお…

 

 

 

 

 

(頼むぜじゃじゃ馬達…来てくれよ?)

 

 

 

 

 

まるで、本当に『何か』に語りかけているかのようにして、リョウ・サエグサはデッキへと手をかける。

 

…これだけの絶望的状況だというのに、それでも諦めずにデッキに手を伸ばす彼のその姿は、紛れも無く『ギャンブラー』でありつつも本物のデュエリストの証。

 

一体、彼は何を狙っているのか。

 

リョウの思惑など、全く理解していないであろう『毒尾』を前に…

 

今、追い詰められたリョウ・サエグサが―

 

 

 

 

 

「2枚…ドロー!」

 

 

 

 

 

カードを、引く―

 

 

 

 

 

 

 

引いた、カードは…

 

 

 

 

 

 

「Yes!【サイコロン】発動!ダイスロール!…イイ子だ!出目は4!テメェの伏せカードを破壊するZE!」

 

 

 

2枚ドローしたうちの一枚を、即座に発動したリョウ。

 

その迷いの無さは果たして諦めか、それともまた別のモノか…

 

…リョウの場に現れしサイコロより、放たれしは一陣の突風。

 

それが、『毒尾』の場に伏せてあった【墓地墓地の恨み】を飲み込み破壊していく。

 

 

 

「ぼぼ、【墓地墓地の恨み】を破壊してきたか…ひひ…けけ、けど今更どうにも…ゴ、【ゴッドオーガス】が何も出来ないんじゃ…」

 

 

 

しかし、それでも『毒尾』は揺らがない。

 

…そう、運の落ち目のようにさえ思えるここで、1000のダメージを受ける可能性もある【サイコロン】を迷い無く発動できるリョウの精神力は確かに相当なモノ。

 

けれども、ソレだけでは『毒尾』の優位はまだまだゆるぎないモノなのだ。

 

何しろ、折角ドローした2枚のカードの中から1枚をリョウはたった今発動してしまったのだ。融合召喚の為に、多量の手札が必要となってくるであろうこの場面で…あろうことか、ドローしたのは【サイクロン】にも劣るギャンブル性の高い【サイコロン】であったこと。

 

そして、残ったリョウの手札は、今ドローした残りの1枚と【死のデッキ破壊ウイルス】の2枚だけ。

 

これでは、最早リョウ・サエグサに残された手がないと言う事を…『毒尾』もまた、強く確信していて。

 

 

 

 

 

…そうだと言うのに―

 

 

 

 

 

「…本当は、使うつもりなんて無かったんだがよ。…けどまっ、仕方ねぇよなぁ…四の五の言ってる暇はねぇし…誰も見てねぇしよ…」

「ひひ?なな、何ごちゃごちゃ言って…」

「【決島】はSoulとSoulのぶつかり合いだ。だから俺も、俺だけの力で戦うって決めていた。…けどよ、テメェは別だ。テメェみてぇな下種野郎には、死んでも負けるわけにはいかねぇ…だから、俺も覚悟を決めるぜ…コイツを使ったら、俺もただじゃすまねぇからなぁ…」

「…はい?」

 

 

 

誰に求められたわけでもないと言うのに、まるで自分に言い聞かせるようにして。

 

何やら、静かに言葉を発し始めたデュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサ。

 

…一体彼は、ここへ来て何をドローしたというのか。

 

【エクスチェンジ】という、使いどころに困るようなカードを使って、わざわざ使えないはずのカードを敵から奪い。

 

そして次のドローフェイズをスキップしてしまう無謀なドローによって、折角ドローした2枚の内も…既に1枚使ってしまったことによって、リョウに残されている手札はウイルスカードを含めてあと2枚。

 

…けれども、こんな状況に陥ってもなお。

 

彼はまだ、諦めてはいないのだとして。元プロのトップランカーを前にしても、決して戦意を失わずに立ち向かわんとしているのか。

 

 

そのまま、リョウは決意を決めたかのように。

 

 

今、ゆっくりと手札から1枚のカードを掲げ…

 

 

 

「…いいか、誰にも言うんじゃねぇぞ?そんで、俺を舐めたことを精々後悔するんだNA」

「ささ、さっきからな、何をブツブツ…」

「見せてやるよ…これがデュエリアの『ギャンブラー』の、正真正銘Jokerの中のJoker!…俺の……………とっておきDA!魔法カード発動!」

 

 

 

 

 

 

それは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Let’s Go!【クリティウスの牙】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

咆哮―

 

それは紛れも無く、『塔』の内部に響き渡った竜の咆哮であった―

 

リョウ・サエグサの場に発動された、一枚の魔法カードから放たれし光…その光の向こうから、響いてきたのは神聖なりし竜の声であり…

 

 

飛び出してきたのは、黒き鱗を煌かせた一体の牙持つ竜―

 

 

モンスターではない。発動されているのは紛れも無く魔法カード。そう、黒い鱗の牙の竜をよくよく見れば、それは半透明で実体を伴っていないかのような不思議な姿。

 

…まるで、魂だけの存在。しかし、あたかもモンスターを召喚したかのようなその迫力は…紛れも無く本物の命を持っていると思えるような、正真正銘のドラゴンでもあって。

 

 

 

「まま、魔法カードからドド、ドラゴンが飛び出した!?みみ、見た事無い、こ、こんなドラゴン…」

「ぐっ…!ッ…や、やっぱり言う事きかねぇ奴だぜ…がっ…」

 

 

 

そして、ソレを発動した瞬間に。何やらリョウは苦しげに、陽気な顔を苦痛に歪め始めたではないか。

 

胸を押さえ、膝が折れかけ…

 

それはまるで、このカードを使うための代償を己の身体で支払っているかのような苦しみ方。いや、彼の苦しみ方を見るに、実際に『そう』なのではないか。

 

何せ、それを容易に想像できるほどに…今のリョウが漏らす苦痛の顔は、演技などではない相当たる苦痛を帯びている様子にも見える代物。

 

 

…一体、このカードは何なのか。

 

 

突然現れた謎のドラゴン。かつてのプロのトップランカーであった『毒尾』を持ってしても見覚えのない、その竜の咆哮はあまりに厳格かく壮麗なる響きとなりて容赦なく主であるはずのリョウ・サエグサを襲い続け…

 

 

 

 

 

けれど…それでも―

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉお!俺は伝説の竜『クリティウス』と、手札の【死のデッキ破壊ウイルス】を融合ぉ!」

「ッ!?トト、罠カードと融合!?そそ、そんなカード聞いたこと無…」

「あるわけねぇだろ!Come on!融合召喚!」

 

 

 

 

それはこの世界の常識における、『融合召喚』の定義とは異なった常識外れの融合の宣言。

 

そう、素材となるモンスターを何も捧げずに、発動した『魔法カード』と手札の『罠カード』を天へと掲げ…

 

 

―混ざり合う、黒きドラゴンと病変のウイルス。

 

 

その、あまりに異常なる融合召喚の光景に…

 

対峙している『毒尾』も、言葉を無くし魅入りながら…

 

 

 

ここに、呼び出されるは―

 

 

 

 

 

「レベル4、【デス・ウイルス・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それは、見たことのないモンスターであった。

 

そう、元プロのトップランカー、『毒尾』を持ってしてもソレは今までの人生において、一度だって見たことの無い異様な姿をした融合モンスターであり…

 

現れたのは、先程場に姿を見せた黒き鱗を煌かせる牙の竜ではない。

 

取り込んだ【死のデッキ破壊ウイルス】が、竜の姿となったかのような…全身から『毒』を撒き散らかさんとしている、歪な紫色に変色した禍々しいまでの姿の竜。

 

こんな…こんなモンスターなど、この世に存在していたのか。

 

それはまるで、古の時代にこの世界で猛威を振るった、【死のデッキ破壊ウイルス】が本来の姿を取り戻したとさえ思えるような―

 

 

 

 

【デス・ウイルス・ドラゴン】レベル4

ATK/1900 DEF/1500

 

 

 

普通であればありえない。

 

罠と魔法が融合して、新たなモンスターが誕生するということなど。

 

そもそも『融合』というのは、決められた融合素材のモンスターを混ぜ合わせることによって生まれるモノ。

 

だからこそ、己の眼を疑っている『毒尾』の態度は、この世界に生きる人間であればなおの事当然と言えるのであって。

 

 

 

 

「…うぐっ!?………チッ、グズグズしてられねぇ…さっさとケリつけねぇと、俺がオダブツしちまう…」

「なな…ななな…しし、【死のデッキ破壊ウイルス】が…ドド、ドラゴンになった…」

「HA!そ、そうSA!コレが『クリティウス』の力!『クリティウス』は罠カードと一体化し、罠カードに命を吹き込む事が出来るんだZE!」

「いいい命って…そそ、そんな芸当、まるでかか、『神』のカードじゃ…ッ!け、けけ、けどそれがどうした!な、何が出てくるかと思えば、ここ攻撃力1900の雑魚モンスターじゃないか!そんなカード出したって…」

「ソイツぁNoだ、もうテメェは終わってんだよ!【デス・ウイルス・ドラゴン】のモンスター効果発動ぉ!融合召喚成功時!相手の場と手札の…攻撃力1500以上のモンスターを、全て破壊する!」

「ッ!?」

「やれ、クリティウス!パンデミック・オーバードライブ!」

 

 

 

―!

 

 

 

そして…

 

放たれたのは、無見の毒響。

 

リョウ・サエグサの宣言と共に、【デス・ウイルス・ドラゴン】が放ったとてつもなく強烈な咆哮によって…

 

…広がる病変、朽ち果てる蛇たち。

 

そう、それは先程、『毒尾』がリョウにやったように。

 

『毒尾』の場で不気味にうねりを見せていた攻撃力1500以上の【レプティレス・ラミア】も【レプティレス・スキュラ】も…そして手札の、【レプティレス・ヴァースキ】までもが…

 

なんとその身を病変が襲い、ウイルスに蝕まれて見る見るうちに溶かされていってしまったではないか―

 

 

 

「ぼぼ、僕の【死のデッキ破壊ウイルス】と同じ効果!?」

「ソイツもNoだ!同じじゃねぇ…オリジナルの【死のデッキ破壊ウイルス】と違ってこのターン!テメェは、ちゃんとダメージを受けんだZE!」

「ひひっ!?」

「一つだけ礼を言う!俺がコイツを出せたのは、テメェが【死のデッキ破壊ウイルス】を持ってたおかげだ!そのおかげで、俺は『クリティウス』の発動条件を満たせたんだからなぁ…何せ俺のデッキには、『クリティウス』の融合素材になる罠なんて1枚も入ってねぇんだからYO!」

「ッ!?」

 

 

 

また、続けざまにリョウが放ったのは…元プロ『毒尾』すらも驚きを隠せないような、あまりに衝撃的な言葉であった。

 

ソレを聞いて、今日一番の驚愕の声を『毒尾』は漏らしたものの…

 

しかし、元プロのトップランカーであった裏決闘界の猛者『毒尾』を持ってしても、たった今リョウが放った言葉はあまりに衝撃的すぎたのか。

 

 

…当たり前だ。

 

 

素材となるモンスターも無しに、『魔法カード』と『罠カード』が融合して、新たな竜が現れただけでも信じられる光景ではないというのに。

 

あろうことか目の前のガキは、元プロのトップランカーを前にして恐れもなく堂々とそう言い放ってきたのだから。

 

…強者になればなるほど、デッキと言うのは無駄が無くなり洗練されていくモノ。

 

けれども、リョウが放ったのはソレとはまるで真逆。ドローしたところで無駄となるようなカードをデッキに入れているという、それはこのレベルに到っている強者とは思えない程に傲慢かつ無駄なデッキの組み方。

 

…普通であればありえない。デッキに無駄なカードを入れることなど。

 

そう、いくら【クリティウスの牙】と叫ばれたそのカードが、『毒尾』が見たことも聞いた事もないようなカードであったとしても。

 

それでも、自分のデッキだけでは使うことも出来ず、あまつさえ相手に依存するかのようなそのカードを…

 

あまりに堂々と使ってきたリョウの態度が、どうしても『毒尾』には理解できず…

 

 

 

「ふふふふざけるなぁ!つつ、使えないカードをデッキに入れるばば、馬鹿がどこに…そそ、それに、僕が【死のデッキ破壊ウイルス】ドローする確率なんて…もも、もし違うカード引いてたら…」

「あ?『もし』…だと?」

「そそそそそうだ!おおおおお前!もも、もしかしてイカサマ…」

「HA、裏社会のデュエリストがイカサマ疑って怒るたぁ面白ぇじゃねぇか。腐っても元プロってわけかよ。だが…」

 

 

 

そんな、徐に言葉を荒げた『毒尾』に反し。

 

眉を微かに動かしながら、『毒尾』が放ったその言葉に強い引っかかりを覚えたような反応を示したリョウ・サエグサ。

 

それはあまりに狂ったリョウの度胸に対し、驚愕を隠しきれない『毒尾』へと向けた…己の力を疑っている相手への、一蹴と同時に浮かび上がった呆れにも似た感情。

 

そう、自分のデッキでは仕えないカードを、堂々とデッキに入れていたその度胸も。相手に依存しているどころではなく、相手がドローしているかも相手のデッキにまだ残っているかも分からないカードを欲しソレを引き抜いたことも。

 

リョウ・サエグサの取ったプレイングは、その全てが偶然にしては出来すぎている、まるでイカサマでもしたのではないかとさえ疑いたくなる代物ではあるのだが…

 

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

『たら』、とか『れば』とか、『もしかしたら』とか。そんな言葉は『この男』に限っては当てはまらない。

 

そう、デュエルディスクがイカサマの類に反応しないことは、この世界に生きるデュエリストであるならば当たり前以前の常識中の常識であるのだし…

 

 

 

それに加え、この男は―

 

 

 

 

 

「Sorry!生憎、『運』だけは誰にも負けねぇ自信があんだよ!何せ俺には、勝利の女神がついてるんだからなぁ!まだだZE!さっき伏せた魔法カード、【成金ゴブリン】発動!」

「なな成金!?けけけどソレで何が出来る!【ゴッドオーガス】は攻撃力0…ぼぼ、僕のLPはこれで残り3300に…」

「HA!アマギとデュエルしておいてよかったZE!ホント良いドローカードだぜコレはよ!LPを1000与えて1枚ドロー!…ぐッ!HA、イイ子だぜ、ったく!魔法カード!【ヘルモスの爪】発動!」

「ッ!?まままた知らないカード!いいい、今引いたのか!?」

「Yes!その通りSA!…ぐっ…さぁこい、伝説の竜『ヘルモス』よ!It’s Showtime!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

恐るべき程に良すぎる『運』で、必要なカードをピンポイントで手に入れる。

 

そんなこと、デュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサにとっては当たり前すぎるいつものスタイルなのであり…

 

 

…そうして、主の命を燃やして発動されしは、朱に映える巨大なる爪竜。

 

 

それは先程の『クリティウス』同様、封印されし魔法カードから飛び出した実体を持たぬ半透明の爪竜。

 

しかし、確かなる存在感と魂を燃やしソコに存在しているドラゴンは…

 

牙の竜と同様に、リョウの身体に相当の負担を強いながらも、今ここに高らかに吼えるのみ。

 

…そのまま、巨大なる朱の爪竜が。

 

巨大なる蛮勇へと向かって高らかに吼え…

 

 

 

「俺は伝説の竜『ヘルモス』と…場の【ゴッドオーガス】を融合!」

「こここ今度はモンスターと魔法カードの融合!?」

「融合召喚!Come on!レベル4!【女神の聖弓-アルテミス】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【女神の聖弓-アルテミス】レベル4

ATK/1500 DEF/1600

 

 

 

そうして…

 

爪竜と蛮勇が混ざり合い、作り出されたのは聖なる女神の一対の武具。

 

ソレは形容し難い美しさを放っている、天にも届きそうなほどの聖なる弓矢であり…

 

まさか、『毒尾』も思ってはいなかっただろう。先の『クリティウス』の衝撃も相当だったというのに、まさか今度は融合素材モンスター『1体のみ』で新たな融合召喚を決める学生がいただなんて。

 

しかし、この圧倒的窮地から少ないキーカードをピンポイントなドローで引き当て続ける彼の『運』は相当なモノ。

 

…いや、彼の『運』を褒めることなど、誰が口にしてもおこがましいことこの上ないことではあるのだが…

 

それでも落ち目と思われた先の【カップ・オブ・エース】での失敗すらも、リョウにとっては成功だったのだと言わんばかりのこのデュエルの流れ。自分ではなく、相手に『キーカード』をドローさせると言う、常識離れしたとてつもない『運』。

 

それは紛れも無く、リョウ・サエグサという男の『運』の凄まじさを、まざまざと『毒尾』へと見せ付けていることだろう。

 

 

 

 

 

そう…それは紛れも無く―

 

 

 

 

 

この男の持つ『天運』は、まだまだ落ち目などでは断じてないと言う事であって―

 

 

 

「…ゆ、弓?…攻撃力1500…だだ、だけど僕にはさっき奪った【速攻のかかし】が…」

「そいつもNoだ!なぜなら勝利の女神は、最後はいつも俺に祝福のKissをするんだからなぁ!【女神の聖弓-アルテミス】の効果発動!融合召喚成功時、コイツを【デス・ウイルス・ドラゴン】に装備する!…いくぜ、Battleだ!【デス・ウイルス・ドラゴン】で、『毒尾』にダイレクトアタック!」

「ッ!?」

 

 

 

…かつてデュエリアで起こった『事変』により、リョウ・サエグサという少年の手に渡った『伝説の竜』のカード。

 

それはデュエリア本土に封印されていた、古の『神』とも呼ばれる存在の力が分離した…古の時代にデュエリアの地に封印されし『神』から分かたれた、3体の『名を忘れ去られた竜』の力の結晶でもあり…

 

 

…一体、そんなカードを何故リョウ・サエグサが持っているのか。

 

 

それは今ここでは語られぬ、別の誰かの物語なれど―

 

 

 

今、病変宿せし一体の竜の、その背に構えられし聖弓が『毒尾』へと狙いを定め…

 

 

 

「ばば、馬鹿が!【速攻のかかし】を捨てて効果発ど…」

「馬鹿はどっちDA!この瞬間、【女神の聖弓-アルテミス】の効果発動!相手の発動した効果を…1度だけ無効にする!」

「ひひっ!?」

「言ったろうが!テメェはもう終わりだってな!撃てぇヘルモス!アルテミア・ショットォ!」

 

 

 

 

―!

 

 

 

「ぎょわぁぁぁあ!?」

 

 

 

 

『毒尾』 LP:3300→1400

 

 

 

毒を帯びし聖なる矢が、『毒尾』の足を貫き刺さる。

 

それは実体化しているからこそ、逃れられぬ一撃となりて『毒尾』を後方へと弾き飛ばすのか。

 

リョウが取られた【速攻のかかし】すら、止める手立てにすらならないのだとして…毒撒き散らかす深紫の竜が、更に猛り叫びを漏らす。

 

 

 

「ぐ、ぐぐ…けけけど、こここれでお前の攻撃はおわ…」

「まだだぜポイズンテール!ヘルモスが相手のカードを無効にしたターン…装備モンスターは、2回攻撃が出来るようになる!」

「ほへっ!?」

 

 

 

無慈悲なる連撃の宣言が、リョウの口から叫ばれて。

 

その、どうしようもない避けられぬ連撃に対し…『毒尾』の焦りが見る見るうちに募ってきており、ソレは先程リョウを見くびってトドメを刺さなかったことを今更になって後悔でもしているかのようではないか。

 

…しかし、もはやソレは後の祭り。そう、後悔先に立たず。今更過去を悔やんでも、もう取り返しなど付かないのだ。

 

…ここで『毒尾』には、リョウから奪った【速攻のかかし】を使用しないという手もあった。

 

そうしたならば、ダメージはあくまでも1900のままにとどめられて、現実となった弓矢に撃ち抜かれたとは言え『死ななければ』次のターンを迎えられたのだから。

 

けれども、見た事も聞いた事もない『伝説の竜』のカードと…そして『実体化』しているモンスターによる、ダイレクトアタックを喰らうという焦りが『毒尾』に【速攻のかかし】を使わせた。

 

 

…デュエルとは、すなわち知識。

 

 

そう、この世界に星の数ほどある様々なカードに、強き者ほど数多く精通し…知識を溜め込んだ者ほど、どんなカードを使われても即座に対応して見せるもの。

 

それは言い換えれば、相手の全く知らないカードを使えることはそれすなわち一つの強さということでもあるのだが…

 

誰も知らぬ『伝説の竜』、この追い詰められた窮地で。ソレを使えたリョウ・サエグサもまた、言い換えれば土壇場で『毒尾』を超えたということでもあって―

 

 

 

「Bye、下種野郎。レディの敵は…容赦しねぇ!クリティウス、連撃DA!ウイルス・バースト・ストリーム!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ぎょぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

『毒尾』 LP:1400→0

 

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

容赦なく放たれしは、病を集めし脅威の熱線。

 

その、古の力を取り戻したウイルスカードの化身より放たれた一撃が…

 

無機質な機械音と共に、残ったLPごと『毒尾』を飲み込んだのだった―

 

 

 

「はぁ…はぁ…HA、汚ぇ悲鳴だぜ…」

 

 

 

そして…デュエルが終わってすぐ。

 

焦げながらも意識を無くし、泡を吹いて倒れこんでいる『毒尾』を他所に…

 

消えていく伝説の竜達を見送りながら、苦しげに胸を押さえつつリョウは声を漏らしていて。

 

 

 

「…Thank you、お前ら…ったく、ピンチになんなきゃ助けてくれねぇとか、とんだじゃじゃ馬だがよ…」

 

 

 

それは、デュエルの疲労やダメージだけではない。

 

もっと直接的な…それこそ、自らの寿命を縮めでもしたかのような倦怠感を全身に感じながら、その場に座り込んでしまったリョウ・サエグサ。

 

…よほど無理をしたのだろう。

 

今すぐに立ち上がることは到底無理そうであり、あまりの疲労感に飛びそうな意識をリョウは無理矢理に繋いでいる。

 

本当に、彼の過去に一体何が…

 

いや、このデュエリアの地で起こったという、『七草』によって引き起こされしデュエリアの地が炎上した『事変』で、かつて何が巻き起こったのか―

 

それは、今この場では決して語られぬ別の誰かの物語ではあるものの…

 

 

 

「…それに、アマギにも感謝しとかねーとな…【成金ゴブリン】、トレードしといて助かったぜ…」

 

 

 

…最後の【成金ゴブリン】は、先の【決島】決勝第一試合でのデュエルでリョウが自らのデュエルに取り入れるに値すると認めたが故に、彼が先ほどデッキに仕込んでおいたカード。

 

その、彼の新たなカードの扱いは…どこか、決闘市のEx適正の無いデュエリストにも通ずるモノを見え隠れさせ…

 

まぁ、遊良とリョウが、試合の後にお互いに予備の余っていたカード…【カップ・オブ・エース】と【成金ゴブリン】をトレードしていたことは、また、別の話ではあるのだが。

 

ともかく…

 

 

 

「…ぐっ…HA、スマートじゃねぇなぁ…こんな泥臭い仕事、俺のシュミじゃねーってのに。」

「ほう、『毒尾』を相手に勝利を収めるとは。流石はデュエリア校のトップですね、リョウ・サエグサ君。」

「what?」

 

 

 

ダメージに呼吸を荒くしていた、デュエリアの『ギャンブラー』、リョウ・サエグサへと向かって。

 

…静かに、声をかけてきたのは紛れも無く【白鯨】、砺波 浜臣であった。

 

しかし、砺波はつい先ほど表で恐るべき敵から入り口を守っていたはず。

 

そんな砺波の両の手には、引きずられるようにして沈黙している2人の者達の姿が―

 

 

 

「ッ…そいつらは『七草』の…Unbelievable…ま、まさかとは思うが、そいつ等を1人で?」

「えぇ、まぁ。」

「HAHAHA…とんでもねー化物だぜ【白鯨】…し、死んでるのか?」

「いいえ。殺してはいません。彼らには、まだ話したいことがありますからね。気絶させただけですよ。」

「そうか…」

 

 

 

『塔』の入り口、正面から向かってきていた敵が、天上の力を備えた恐るべき者であるということを…無論、リョウとて察知くらいはしていた。

 

しかし、ソレがまさかかつてデュエリアの地を大炎上させたデュエル傭兵集団、『七草』の内の2人だったなんてリョウからしても想定外過ぎる敵であったのか―

 

砺波に引きずられるようにして連れてこられた、意識を失っている『七草』の内の2人。

 

そんな、かつてデュエリアの地で大暴れした『七草』達が、【白鯨】にやられ気を失っているのを見て…

 

リョウはどこか、今戦った敵が『七草』出なかったことに心から感謝しているかのような雰囲気を醸し出していて。

 

…当然だ。

 

もしも現れたのが『毒尾』ではなく、『七草』の内の誰かだったならばきっと今頃自分は当にやられており…

 

もしそれが因縁の相手、『伝説の竜』を欲していた『七草』のリーダー、セリであったならばきっと有無を言う暇もなく死んでいたのだから―

 

 

そのまま砺波は、気を失っているゴ・ギョウとスズシ・ローナを、コンクリートの一室に閉じ込める。

 

そして、『七草』を2人も倒してきたとは思えぬほどに疲れを見せないままの姿で…

 

ルキの眠っている医療室の前で、疲労で座り込んでいるリョウへと向かって、労わるように口を開いた。

 

 

 

「さて、まだまだ敵は忍び込んでくるでしょう。ここは任せましたよ。私は入り口の守りを固めます。何かあれば呼んでください。」

「…OK。」

 

 

 

未だ疲労が凄まじいであろうに、ゆっくりと立ち上がるデュエリアの『ギャンブラー』。

 

それは、今この非常事態において、自らに出来る仕事を最大限遂行しようとしている男の決意そのモノであり…

 

 

 

 

 

「…さぁて、これから何人忍び込んでくるのかねぇ。ま、何人でもいいけどよ…レディを守るのが、男の役目だからNA。」

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?じゃあリョウさんはルキの護衛に!?」

「ぬぅ…そう言われれば、確かに理事長1人で『塔』を守るのは少々厳しいとは思っていたが…」

 

 

 

敵が溢れた森を抜け、見晴らしのいい高台の下に広がる『草原』へと辿り着いた遊良達一行。

 

走り続けているその足を、決して緩めぬままで…

 

刀利から『何か』を聞いたのだろうか、遊良と鷹矢が少々驚いたように声を漏らしていた。

 

 

 

「…多分ね。敵がこれだけ多ければ…ドサクサに紛れて、忍び込んでくる敵もいるはずだから。」

「ならばあの時に何故ハッキリとそう言わんのだ!ちゃんと言っていれば俺とて…」

「…リョウは、素直じゃないから。それに…君達に借りを作りたくなかったんだと思う。」

「借り?」

 

 

 

それは出発の際に、喧嘩別れのような形で袂を分かったリョウ・サエグサに対するフォローでもあるのか。

 

刀利の口から語られたのは、どこまでも素直じゃない1人の男のカッコつけたがる意地であり…

 

 

 

「…うん。リョウは、君達をすごく気に入ってたみたいだから…きっと、貸し借り無しの対等でいたかったんじゃないかな。」

「貸し借りなし…確かに、リョウさんなら言いそうですけど…」

「ふん、ならば俺も感謝などせんぞ。奴は奴の仕事をした…だから俺達も止まらずに前へと進む。それで良いのだろう?」

「…うん。それでいい。」

「だが、奴1人で本当に大丈夫なのか?いくら理事長が付いているとは言え、敵の中にも相当の手練が…」

「…大丈夫だよ。リョウは強いし…それに…」

「『運』が良いから、ですよね?」

「…ふふ…うん、そうだね。」

 

 

 

短い間とはいえ、魂と魂をぶつけ合いデュエルをした遊良には、リョウ・サエグサという男の力も誇りも大いに理解できているのか。

 

そう、リョウと付き合いが長い刀利が、リョウを『大丈夫』と言うのならば…それは確かな信頼となりて、遊良達もまたその足を更に前へと進められる。

 

…彼ならば、きっとルキを守ってくれている。

 

その確信が遊良にはある。そして遊良が確信を得たのならば鷹矢もまたリョウを信用する。

 

だからこそ、【紫影】を倒すという最大の目標のために。遊良も鷹矢も、気を取られずに全力で前へと進めるのだろう。

 

 

そんな、未だ全速力で『草原』をかけていた遊良達の前に―

 

 

突如、高台の上から大きな2つの声が響き渡った。

 

 

 

「まてまてまてぇーい!」

「あ、ここをとおりたければぁー!」

「我らを!」

「あ、倒してからいけぇーい!」

 

 

 

どこか演劇染みたクセのある言葉使いと共に、崖のような高台から飛び降りてきたのは…

 

顔を白粉で塗り固め、仰々しい着物を着込んだ2人の男達であった―

 

真っ白に塗られたその顔に、大きな隈取と派手派手な模様を書き刻み…カクカクと顔と手足を動かしながら、遊良達へと向かって威嚇するように立ち塞がって。

 

 

 

「こいつら…今までの敵とは違う。」

「うむ、有象無象どもとは違う…これは、強者の匂いだ…」

 

 

 

…しかし、突如現れた2人組みの敵の特徴的過ぎる恰好に惑わされることなく。

 

針が振り切るほどに反応している遊良と鷹矢の危機を知らせるセンサーが、目の前に現れた歌舞伎役者のような大男たちに対し、少年達に冷や汗をかかせるくらいに大いに反応しており…

 

…地獄のような【裏決島】においては、あまりにふざけた恰好と言葉使い。

 

それでも、突如現れたその敵の纏うオーラは紛れも無い本物で…遊良と鷹矢の体内では、センサーがずっと煩いくらいに警笛を鳴らし続けているのだ。

 

…一刻も早く【紫影】の元へと向かわなければならない遊良達からすれば、戦っている暇など無いであろう恐るべき敵。

 

だからこそ、どうせ逃がしてはくれないのであろうが。それでも、こんな強敵と戦っている場合ではないからこそ…

 

遊良達には、ここで一目散に逃げつつ回り道をして、目的の場所へと迂回しながら向かうという手もあるのだが…

 

 

 

「鍛冶上 刀利、こいつらか?貴様の言っていた危ない気配とは…」

「…違う。もっと危ない気配が、この先に…」

「ならばこんなところで足踏みしている暇など無い!理事長の言っていた、【紫影】の居場所までもう少しなのだからな!」

「あぁ!蹴散らして…前に進む!行くぞ鷹矢!」

「うむ!」

 

 

 

けれども、ソレがどうしたと言わんばかりに。

 

掻き鳴らされる煩いセンサーを、無理矢理に押さえつけながらも…戦意を駄々漏れにしながら、勢い良くデュエルディスクを構え始める遊良と鷹矢。

 

 

…そう、回り道など、している時間すらも今の彼らには惜しいのだ。

 

 

こうしている間にも、学生達は襲われ続けている。ソレ故、遊良も鷹矢も一刻も早く【紫影】を倒して、この地獄のような【裏決島】を終わらせるのだとして…

 

やるべきことは唯一つ。

 

立ち塞がる敵を蹴散らし、前へと進むのみ。

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

「おうおうおうおう!その意気や良し!」

「我等を、あ、ヒル・ブラザーズと知らずに立ち向かうその意気や良し!」

「タッグ・デュエルのすぺしゃりすとぉ~!」

「あ、ヒル・ブラザーズが相手だぁ~!」

 

 

 

―デュエル!!!!

 

 

 

 

「『大空洞』に急ぐんだ!」

「うむ!」

 

 

 

 

 

 

戦いは、続く―

 

 

 

 

 

ー…

 

 

 

 

 


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