遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep92「裏決島」

『これより…【裏決島】を、開催します…えぇ。』

 

 

 

響き渡ったのは、そんな意味不明なる宣言であった。

 

…【決島】が行われていたこの無人島。決闘市とデュエリアの学生達総勢200名と、その他のスタッフが数人いるだけのこの島。

 

そんな、激戦を終えたばかりでようやく世界最大規模の学生達の『祭典』が終了したかと思われた矢先に…

 

なんとこの孤島を突如として、超巨大な『竜巻』が壁を作るようにして吹き荒れ始めたかと思うと、突如として姿を現したその男はそんな『宣言』を今確かに行ったのだ。

 

…島と外界を隔離するかのようにして吹き荒れる竜巻を、スクリーン代わりにするかのように。

 

突然姿を見せた、【紫影】と名乗ったこの捻れた男は、確かに今そう言った。

 

 

【裏決島】…と。

 

 

…全く意味がわからない。

 

きっと、【紫影】を見ている多くの学生達…否、全ての学生達がそう思ったことだろう。

 

何せ、たった今【決島】の決勝戦が終わったばかりなのだ。凄まじかった天城 遊良と天宮寺 鷹矢のデュエルの、その余韻に浸っていたはずの今の学生達の頭では…

 

突発的に巻き起こったこんな意味のわからない超常現象の数々に対し、冷静に理解を示せるような時間など、少しの暇も与えられておらず。

 

しかし…

 

ざわざわざわとざわめき始めた、唖然としている学生達を意に介さず。

 

竜巻のスクリーンに映し出されている、【紫影】と名乗った胡散臭さ全開の男は…

 

ただただ愉悦に淡々と、捻れた言葉を述べるだけ。

 

 

 

『ルールは簡単。解き放たれた裏決闘界の刺客、総勢200名が次々と襲いかかってきますので…学生の皆さんは、裏決闘界の刺客から生き延びていただきまぁす。貴方達学生の勝利条件は2つ。裏決闘界の精鋭200名を全て降すか…私、【紫影】を直接倒すか。そのどちらか片方を達成した時点で、貴方達全員の解放を約束いたしましょう。…ま、私の居る場所は明かせませんので、頑張って探してくださいねぇ?協力するもよし、1人だけ逃げ隠れしてもよし…学生諸君か裏決闘界の刺客、どちらかが0になるまで終わらない、生きるか死ぬかのサバイバルデュエルと洒落込もうではありませんか。』

 

 

 

つらつらつらと述べられる、【紫影】の捻れに捻れた言葉。

 

それは、誰が聞いても『狂っている』としか思えないほどに…

 

自己満足に塗れたあまりに狂った言葉であり、学生達も理解が追いつくはずもなく、ただただ胡散臭さしか感じられない事だろう。

 

その、突如発せられた【紫影】の言葉に対し…学生達はその説明を理解できないまま、その場に立ち尽くしているだけ。

 

 

…裏決闘界の刺客?生き延びてもらう?生きるか死ぬかのサバイバルデュエル?

 

 

一体、【紫影】は何を言っているのか。多くの学生達の頭の上には、そんな疑問符がいくつも浮かび上がっているばかりであり…

 

 

 

「何なんだよ!目的はなんだ!」

 

 

 

そんな折、竜巻のスクリーンへと向かってそう叫んだのは決闘市の学生かデュエリア校の生徒のどっちだったのだろう。

 

それは果たして勇敢な叫びか、それともただの阿呆の喚きか…

 

普通、こんな場面に遭遇すれば、ただただ言葉をなくして呆然としてしまうのが人間の性だというのに。しかし反射的にそう声を荒げてしまったその学生の叫びは、ただただ竜巻の轟音と混ざってさらに搔き消える。

 

 

しかし…

 

 

そんな1人の学生の叫びを、確かに耳に入れてしまったのか。

 

スクリーンに映し出されていた男【紫影】は、益々薄気味悪い笑みを零しながら…質問に答えるようにして、その口から気持ちの悪い声を放ち始めた。

 

 

 

『目的ぃ?ふふ…我々裏決闘界の目的は唯一つ…貴方達学生の中に、私達が探している者が1人紛れ込んでいます…私達は、その1人を探しているだけなんですよねぇ。そのついでに、大暴れさせていただこうかと思いまして、えぇ。』

 

「つ、ついで…?」

 

『そう、ついでもついで!実は貴方達の中に、『神』のカードを持っている方がいらっしゃいましてねぇ!いやぁー、貴方達の中で、一体誰が『神』のカードを持っているんでしょうねぇ!暇つぶしに、しらみつぶしさせてもらいますよぉ?』

 

 

 

―!

 

 

 

そして、【紫影】が言い終わったのと同時に。

 

再び学生達の間にざわつきが生じ始め、ソレにも増して驚きの声があちこちから挙がり始めて。

 

『神』のカード…【紫影】は確かに、そう言った。

 

…この世界における、御伽噺だとか伝承だとか、そう言った古い言い伝えや口伝やらで現代までその存在が伝えられている『神』のカード。

 

しかし、かつて存在したとされている『神』のカードの現物など、この時代に生きる一般的な者達は誰一人としてその影も形も見たことすらないはずだというのに。

 

…学生達の中に、本当に『神』のカードを持つ者がいるのか。

 

もしソレが本当なら、その1人を差し出せば自分達はこんな馬鹿げた事から開放されるのでは無いだろうか…

 

そんな思惑を、誰もが瞬間的に思い浮かべ―

 

 

 

 

 

『あ、ちなみに…』

 

 

 

 

 

けれども―

 

 

【紫影】は、一呼吸置いた後。

 

心の底から愉悦を感じている、どこまでも気味の悪い捻じれた声と共に…

 

 

 

 

『生き延びると言うのは言葉の通りです…ふふ、ここにいる皆さんは知ってる方ばかりですよねぇ?これからのデュエルは、モンスターが実体化して襲い掛かるので…学生の皆さんは、精々死なないように頑張って下さいねぇ?あと、デュエルに負けた学生は裏の世界に攫わせていただきますので…ふふふ…洗脳して、裏決闘界の尖兵に調教してさしあげましょう。精々気を失わないよう頑張ってください、えぇ。』

 

 

 

―!!!!!!!!!!

 

 

 

ザワッ…という擬音が、目に見えるのではないかと錯覚するほどのどよめきとなりて。

 

【紫影】がそう言いきったその瞬間に、学生達の驚愕が島の全土へと響き渡った。

 

それは学生達の思い浮かべた、敵が探している『神』のカードを持つ者を1人差し出せば、自分達は無傷で助かるのではないかという…

 

そのあまりに甘い考えを、根底から一蹴するかのように。どこまでも底意地の悪い宣告となりて、学生達へと襲い掛かるのか。

 

 

…性根の腐った【紫影】の告げた、慈悲もない恐怖を煽る言葉。

 

 

それによって、学生達には押さえきれないほどの焦燥が溢れ出し…子供たちは今まさに、錯乱に任せて飛び出しそうになっているではないか。

 

そう、この島にいる、各学園の選ばれた強者達は知っている…いや、経験したことがある。モンスターが実体化した、人知を越えた危険なデュエルを。

 

…一枚のカードで、全身が焼け焦げてしまうことがある。

 

…一体のモンスターの攻撃で、消えぬ裂傷を負うことがある。

 

…強大なモンスターの攻撃によって、全身が潰されることもある。

 

 

そして、最悪の場合は―

 

 

…その実体化したデュエルの恐さと痛みを、ここに居る全員が知っているからこそ。

 

無慈悲にただただ淡々と、そう告げてくる【紫影】の冷たい捻じれた言葉は…どこまでもどこまでも学生達の心に、恐怖そのモノをただ植えつけているだけであり…

 

 

 

 

 

『それでは早速始めましょうか。そうですねぇ…まずは学生達が大勢集まっている、『医療棟』からでも襲撃いたしましょうかねぇ。では裏決島…スタートでぇぇえす!』

 

 

 

 

「うわぁぁぁあ!」

「いやだぁぁぁあ!」

「冗談じゃねぇぞ!冗談じゃねぇぞぉ!」

 

 

 

そして…蜘蛛の子を散らすかのように。

 

苛立ちを感じそうな【紫影】の捻じれた開会宣言と同時に…一目散にバラバラに、逃げ出し始めた多くの若き学生達。

 

 

…しかし、ソレも当たり前か。

 

 

何せ、考えを整理する暇も無く。たった今【紫影】の口から、この『医療棟』を最初に『襲います』と宣言されたのだ。

 

…得体の知れない相手。知らされたのは敵が犯罪者集団だということ。

 

ソレの真偽を確かめる暇もなければ、【紫影】と問答をする時間も学生達には与えられず…

 

平和な世界で長く生きてきた多くの学生達からすれば、得体の知れぬ相手が襲ってくる恐怖は、まだまだ精神的に若すぎる学生達にとっては決して計り知れぬ代物なのだから。

 

犯罪者が襲いくる焦り。

 

実体化したデュエルが襲いくる驚き。

 

そして犯罪者達に攫われるという恐怖が、間髪いれずに襲い掛かってきたこの現状は…形容するとしたら、純粋なる恐怖そのモノであり…

 

…もしここで、普通の生活を送っていた者ならば実体化したデュエルと言われたところで全くピンとはこなかったことだろう。

 

【紫影】の宣言を理解できず、実体化したデュエルなど信じる事もできず。ただただ呆然と立ちすくみ、何が起こっているのかも理解できないままに突っ立っていることしかできないだけ…

 

しかし、ここにいる学生達は皆、過去の経験からなまじソレを知っている学生達ばかり。そう、実体化したデュエルの恐さを、心の底から知っている者たちばかりだったのだ。

 

 

…ソレは決して良い経験などではなく、過去に植えつけられた逃れられぬトラウマ。

 

 

焼かれた事もある。切られた事もある。貫かれた事もある―

 

 

その、昨年に起きた決闘市での『異変』や、ここでは語られぬデュエリアで起きた『事変』での経験が、今まさに学生達の脳裏にフラッシュバックしてきているのか。

 

 

 

ソレ故…

 

 

 

多くの学生達がパニックとなりて。

 

バラバラに、逃げるようにして散らばり始めてしまって―

 

 

 

 

 

 

「残たのはどれぐらいネ?」

「3年が30人、2年が6人、あとは治療中で動けぬものが棟内に…両校合わせて、およそ10人と少しといったところで候。」

「ま、妥当なとこネ。…下手に動くの逆効果ヨ。敵さんがココ狙てくる言うなら…待ち構えて、篭城戦でもするのが得策アル。」

「同感でござる。多数を相手に、1人で逃げきることなど叶わぬゆえ。」

 

 

 

しかし、パニックになった学生達の姿が見えなくなった頃。

 

 

冷静に―

 

 

そう、こんな情況だと言うのに。

 

どこまでも冷静な声で、そう発言したのは決闘学園デュエリア校3年。デュエルランキング第2位、慈悲無き『マフィア』と呼ばれる女生徒…

 

 

―王 ミレイ

 

 

彼女はどこまでも冷静に、その艶やかな声を持って隣に立つ同級生…デュエルランキング5位の『サムライ』へと、そう語りかけたかと思うと。

 

…その身に纏った、体のラインを強調させる真っ赤な中華風のドレスを翻しつつ。

 

周囲へと一瞬だけ視線を回して、再びその麗しき唇を開き始めた。

 

 

 

「…『アナライザー』、居るアルネ?敵さんがどんな奴等か、『ハッカー』と一緒に…」

「ヌフッ、もう調べ始めてるよ。『ハッカー』が島の監視カメラをハッキングした。今、上陸してきた奴等の顔を、僕の端末のデータベースに照会中さ。」

「相変わらず、仕事の速い男達ネ。」

「でも悪い知らせもあるザンス。とりあえずこれで島の中の様子はわかるザンスが…ワガハイを持ってしても、外にはどうやっても繋がらないザンス。完全に隔離されてしまったようザンスね…」

「内部システム乗っ取っただけでも上出来アル。…あの竜巻ネ、多分そうダトは思てたカラ。」

「よし、出たよ。裏決闘界の残党だったっけ?…ヌフッ、僕のデータベースによると、本当にほとんどの奴が犯罪者だねぇ。…ニュースになってないような、ものすごーくヤバい奴もいるねぇ…。」

「…ワガハイからも、もう一つ悪いニュースザンス。海岸の監視カメラの映像だと、どこから現れたのか確かに島を取り囲むようにして浜に無数の船が停泊してるザンス。それで、島に上陸してきた敵は確かに200人ちょうどだったザンスが………でも………」

「でも…何ネ?」

「…まだ船に、犯罪者達が大勢残ってるみたいザンス…デュエルディスクの反応を数えてみた限りだと…その数およそ……さ、300ほど…」

「ッ…冗談じゃないネ…『シールダー』を先頭に篭城するアル。敵さん、後から頭数増やしてくつもりヨ。」

「よっしゃ!任せとくんだぜ!犯罪者なんて、俺が一歩も通さないんだぜ!」

「実体化してるなら寧ろ都合がいいネ。『ボマー』、罠仕掛けるの頼んだアルよ?…援軍が来るまで、拠点を取られるわけにはいかないアル。」

「了解だYO!予備のボムの罠カードゥ、多めに用意しといて正解だったYO!」

「後方支援は『ドクター』に任せるヨ。2年生連れて、前衛のフォロー頼んだアル。」

「ン了解さ、『マフィア』。デュエルが実体化しているンなら、ン怪我人がどれだけ増えるかわからないからね。」

 

 

 

即座に―

 

そう、焦燥に駆られて逃げ出した者達がいなくなった直後に。

 

流れるように連携を始め、見る見るうちに方向性を整えていく…どこか場慣れしている雰囲気を醸しだし始めた、デュエリア校の3年生達。

 

…普通、こんな情況に陥ったら誰だって恐怖と焦燥に塗れて錯乱してしまうのが常だというのに。

 

皆が皆、己のやるべき事を言われる前に理解し…今、この情況で、自分達が何をしなければならないのかを的確に理解しつつ。

 

即座に敵の襲撃に備えて、着々と仕事を遂行し始める彼らの手際の良さは、本当に高校生なのかと疑いたくなるほどの、まさに『その道』のプロの仕事のようではないか。

 

 

…こんな、非日常的な危機的状況だというのにも関わらず。迅速に動き始める、デュエリア校の3年生達。

 

 

それは彼らが、過去にとある『事変』に巻き込まれたが故の経験なのか…

 

逃げ出してしまった者達とは違う。ここに残った者達は、過去に似たような情況を生き抜いた者達。どこまでも冷静に、どこまでも沈着に…

 

かつて『異常』を経験した猛者達が、こんな情況に置かれても冷静に立ち向かい始めて。

 

 

 

「ヌフッ、ねぇ『マフィア』…僕のデータベースにも【紫影】って奴の事は入ってないんだけど…それって、おそらく裏の人間の中でも大物中の大物ってことだよね?君なら何か知ってるんじゃあないかい?」

「…まぁネ。ワタシも詳しく知てるワケじゃないケド…【紫影】…裏決闘界の融合帝。パパに聞いた話だト、ずっと昔に死んだはずの男アル。屑の中の屑…だけど気持ち悪いくらい強かたて…パパ、言てたヨ。」

「裏世界の融合帝…死んだはずの男…ヌフッ、キナ臭くなってきたねぇ…恐い恐い…」

「マ、気になるのはわかるケド、余計な事には首つこまない方がいいアルヨ?…お前に言ても無駄だとは思うケド。」

「…ヌフッ。」

 

 

 

【紫影】…デュエリアの『アナライザー』を持ってしても知らなかった、裏社会の大物中の大物。

 

それは黒社会の中でも、とりわけ凶悪な噂の耐えない巨大組織、『樹龍会』のボスを父に持つ王 ミレイだからこそ知っている裏世界の情報ではあるのだが…

 

『敵』の正体を、知っているのと知らないのでは心の持ちようが段違いだということをミレイも理解しているからこそ。

 

敵の親玉の正体を隠すことなく、近くにいる誰にでも聞こえるような声で【紫影】の事を話し始めるミレイの声は、全く持って震えてはおらず。

 

 

…あまりに学生離れした統率力で、この場を冷静にまとめ上げた女生徒、王 ミレイ。

 

 

そして彼女の指示に従い始める他の生徒達もまた、選ばれた猛者らしく全員が全員冷静なままで、自らの仕事へと向かっていくのみ。

 

 

 

「さてト…」

 

 

 

…すると、デュエリア勢の統率力を見て、あっけに取られている決闘市側の学生達へと向かって。

 

ミレイは、高等部の学生とは思えない程に育っているその豊満な肉体を揺らしながら…

 

なんとも異性の劣情を煽るであろう、そのしなやかな太股を見せ付けつつ。決闘市側の学生達へと近づくと、吐息と共に再びその口を開き始めた。

 

 

 

「決闘市の子達も安心していいアル。逃げ出した奴等は残念だたケド…残った子達はちゃんと守てアゲルから、ここは私達に任せテ…」

「舐めないでくれる?自分の身くらい自分で守れるわ。」

 

 

 

しかし…

 

ミレイの言葉を、途中で遮るようにして。

 

気の強い言葉と共に、義姉に似せたポニーテールを揺らしながらミレイへと向かってそう言い張ったのは決闘学園イースト校2年…

 

 

―紫魔 アカリ

 

 

同性からしても気後れしそうな、有無を言わさぬ妖艶な美しさを押し出してくる王 ミレイに対しても。

 

アカリが正面から啖呵をきって言葉を挟めたのは、ミレイよりも強く美しいと思える理想の女性像がアカリの中にはあるからなのか。

 

…こんな情況に置かれても、どこまでも気を張り強気のままで。

 

デュエリアの『マフィア』を相手に、決闘市の『地紫魔』が言葉を返す。

 

 

 

「篭城するんでしょ?ならアタシも前衛に加えてもらえるかしら。…予選は失格になったけど、腕に覚えはあるから。」

「…威勢のいい小娘ネ。ケド、実体化したモンスターて結構恐いアルよ?それに、コレは冗談じゃなくてホントにモンスターが実体化して襲て…」

「知ってるわ。去年、ここに居る全員が体験したもの。…これが冗談じゃないって事も…アタシたちは分かってる。」

「フーン…ちょと意外だたネ。」

「だから、アンタ達だけに仕事をさせるつもりなんてない。アタシ達も戦えるってことよ。それに、大人しくやられるのを待つだけなんて性に合わないのよね。」

「マ…それなら戦力になるかもネ。こうなた以上、決闘市もデュエリアも関係ないシ…じゃあ、ワタシの指示に従てもらうヨ。この情況で、持ち場に不満言てる暇無いのも分かてるだろうからネ。」

「…わかったわ。」

 

 

 

そういって…決闘市とデュエリア側で迅速に話が纏ったのか。

 

…『医療棟』の中に向かう、残った少数の学生達一同。

 

逃げ出してしまった者達は仕方が無い…

 

そう、こんな情況なのだ。あれだけパニックになって散り散りに逃げ出してしまった、他の学生の全員を救う事は誰であろうと難しいことであり…

 

…しかし、残った戦力はデュエリア勢が約30に決闘市勢がおよそ15。

 

篭城して、援軍を待つ選択をしたとは言え。

 

それは襲いくるという犯罪者集団200名と、今後密かに増えるであろう残り300の敵を相手にするにはあまりに矮小な集団ではないか。

 

それでも…

 

この場に残った少数の学生達は、遅い来るであろう犯罪者達に負けるつもりなど無いのだと言わんばかりに。

 

残った心を奮わせて、敵の襲撃に備え動き始める。

 

そう、この砦を守ることに専念しなければ、数の波に飲まれてしまうことを言われるまでもなく理解しているからこそ。

 

逃げ出してしまった者たちの事を気にする余裕もなく、敵の襲撃に備えようとしているのだろう。

 

 

 

(デュエリア30、決闘市15…篭城しても正直ジリ貧ネ…)

 

 

 

…そんな中。

 

敵の襲撃に備えて、無理矢理に奮起している他の学生達の中で。

 

あくまでも冷静に思考を巡らすミレイの脳裏には、到底勝ち目の無い戦いが迫っているという…学生の熱とはかけ離れた、冷たい結論が既に見えてしまっていた。

 

 

…それは先ほど、デュエリアの『アナライザー』が出した敵のリストに、目を通してしまったが故の結論。

 

 

そう、表情には決して出さぬものの、この場に居る誰よりも裏社会の事を知っているミレイだからこそ…

 

ざっと目を通しただけでも、この島に上陸した敵の面々の中には到底学生程度では立ち向かえないような、裏決闘界の大物が紛れ込んでいたからであり…

 

―サイレント・ジョー

 

―『毒尾』

 

―ヒル・ブラザーズ

 

―黄昏のアカツキ

 

どれもこれもだれもかれも、かつて『表』の決闘界を追い出されたり追放されたりした、一昔前の大物デュエリスト達。

 

それは裏決闘界で、ひいては裏社会でもその名を知られた、【紫影】、【白夜】、【黒獣】の三帝王に次ぐと言われた裏のトップランカー達であり…

 

…そうした、『表』に馴染めなかった隠れた強者が、裏社会に流れてきていることはミレイも知っていたとは言え。

 

祖父や父といった前時代の、ピークは超えたとは言え未だ恐るべき実力を持った強者達が犯罪者というゴロツキデュエリスト達に混ざって襲い掛かってくるというのは…

 

『先』の地平に至っている、デュエリアの『マフィア』を持ってしても分が悪いと判断せざるを得ないのか。

 

…デュエリアの『マフィア』たる自分ならば、1vs.1ならば互角に戦う事は出来る。

 

…いや、デュエリアのデュエルランキング上位者達ならば、1vs.1でなら裏のトップランカー達ともいい勝負が出来る。

 

しかし、いい勝負では駄目なのだ。

 

そう、いくら実力の『壁』を超え、『先』の地平に至っている者が自分を含めて数人こちら側にも居るとは言え。

 

敵側の方が圧倒的に物量が多いため、数の暴力の前では押し潰されてしまう危険性があるのだから…敵が増援を寄越す危険性のある現状では、分が悪いどころの話ではなく…

 

 

また、裏のトップランカー達以上に、ミレイが焦りを覚えているのが…

 

 

 

(…『七草』が4人も居ルとか冗談じゃないネ…ワタシ1人だけじゃ相手も出来ないの二…アイが起きてたラ…せめて、リョウが居たラ…)

 

 

 

ミレイが何より頭を悩ませているのは、裏決闘界の猛者達の名が霞むほどの『4人の敵』。

 

ー『七草』

 

それは、デュエル傭兵集団―

 

裏の世界で、組織の代デュエルやら違法な賭けデュエル、果ては命を賭けた死のギャンブルや国同士のデュエル戦争でその名を轟かせているという…

 

『極』の頂に位置する、7人の恐ろしき猛者達の総称。

 

…ミレイも、中等部時代にデュエリアで起こった『事変』で邂逅したことがある。『七草』と呼ばれる、その恐ろしき敵たちと。

 

かつて、デュエリアの街が炎に包まれた悲劇の『事変』ー

 

それを巻き起こした原因である『七草』達が、『4人』もこの島に現れたのを見た瞬間に…

 

ミレイは、この戦がどれだけ敵の有利に作られているのかを理解してしまっていたのだ。

 

…なまじ裏世界を知っているばかりに、嫌でも理解してしまう己の知識を恨みすらしている様子の王 ミレイ。

 

刀利の『事情』を知っているが故に、最も頼りになるであろう【地の破王】の助けが最初からありえないことを理解しているからこそ…

 

男子学生の欲情を駆り立てる、憂いを帯びた悩み姿を無意識に見せ付けつつ。

 

今のミレイの頭には、この分が悪すぎる戦をどうして切り抜けるか…ただただその思考をフル回転させ、敵の襲撃に備えて指示を飛ばしていて。

 

 

 

そして―

 

 

 

「もっと資材持って来るんだぜ!窓とか全部塞ぐんだぜ!」

「ちんらたしとる暇なんてないじゃけぇ!手が空いた奴は他手伝わんかい!」

「ン備品確保急いでくれ!ン怪我人は上層階に移動さ!」

「…どうだい『ハッカー』、外に連絡は出来そうかい?」

「まだ無理そうザンス…ワガハイの個人回線をどうにかつなげようとはしているザンスが…時間が…」

 

 

 

およそ高等部の年代とは思えない程の手際の良さで、各々自らの仕事を迅速に遂行していく決闘市の学生達、デュエリアの生徒達。

 

…手分けして窓という窓を閉じ、補強し、塞ぐ。

 

…表と裏の2つの入り口に、罠を仕掛けその上からバリケードを造り始める。

 

…昨日の予選での怪我人、意識の無い者、心折れて戦えない者を、上の階へと避難させる。

 

…怪我人が出たときの為に、応急手当の準備を整える。

 

…侵入してきた敵を捕らえる為の、捕縛の準備を整える。

 

…外に助けを求めるために、隔離された情況からの脱出を試みる。

 

 

誰もが皆、この情況を冗談だとは微塵も思っていないからこそ…いずれ絶対に襲ってくるであろう、敵の襲撃に備えて覚悟を入れていて。

 

 

 

 

 

 

そんな中―

 

 

 

 

 

正面入り口のバリケードが、完全に完成する前に。

 

この篭城の拠点である、『医療棟』を出て行こうとしている人影が…

 

1つ。

 

 

 

 

 

「お、おいアンタ!どこ行くつもりなんだぜ!?」

「…どこって…外?」

「いや何でなんだぜ!話聞いてたのかぜ!?これから篭城するんだぜ!いいから早く中に戻るんだぜ!」

「…うん。大丈夫。」

「いや何が大丈夫なんだぜ!意味わかんねーんだぜ!お遊びじゃないんだぜ!?」

「…うん。」

 

 

 

バリケード造りにやっきになっている、デュエリアの『シールダー』の叫びにまるで応えるつもりもなく。

 

砦であるはずの『医療棟』を出て、どこかへと行こうとしていたのは決闘学園ウエスト校3年…

 

 

 

―竜胆 ミズチ

 

 

 

…一体、彼女は何を考えているのか。

 

これから敵が襲ってくるというのに、自分から外に飛び出すなど正気の沙汰ではない。そう感じた『シールダー』が静止をかけたというのに、彼女はそれを分かっていてもなおその足を止めることなく外へと出て行ってしまうだけであり…

 

パニックになって逃げ出した、他の学生達とは違う…自らの意思で、敵中へと向かい始める竜胆 ミズチ。

 

…まるで、外の竜巻に当てられて飛ばされそうなほどに細いその体だと言うのに。

 

その、どこまでも儚げに風に揺られる彼女の姿は、どこから犯罪者が襲い掛かってくるか分からない島の中に放りだすにはとてもじゃないが不釣合いなる儚く気怠げな立ち振る舞い。

 

だからこそ、出て行くミズチを見つけてしまった『シールダー』は、声を荒げて静止を訴えてはいるのだが…

 

 

…しかし、そんな『シールダー』の静止を意に介さず。

 

 

外へと出たミズチは、『医療棟』に一瞬だけ振り向きながら…

 

どこか決意に満ちたような『眼』で、再度自分へと声を荒げている『シールダー』へと言葉を残して―

 

 

 

「…でも、行かなきゃいけないから…【紫影】の所に…」

「ッ…ア、アンタ…あの【紫影】って奴の事なにか知ってんのかぜ?」

「…私が倒さないといけないの…【紫影】は…私が…」

「あ、お、おい!待つんだぜ!戻るんだぜ!おーい!」

 

 

 

そうして―

 

どこか、血走った『蛇のような眼』を一瞬だけ見せたかと思うと。

 

ミズチは、デュエリアの『シールダー』の静止を振り切り…

 

どこかへと、去ってしまったのだった―

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

天空闘技場―

 

たった今激しい激闘が終わったばかりの、まだ決勝の『熱』が残っている空に最も近い場所で―

 

 

 

 

 

「な、なんなのだ今の男は!」

「【紫影】だ!アイツ、また現れやがったんだ!」

 

 

 

 

 

遊良と鷹矢が、突然島を取り囲むように巻き起こった『竜巻』と、突如姿を現した【紫影】に対しそう声を荒げていた。

 

 

 

「奴が【紫影】…ぐっ、思い出しても胸糞悪い声だったぞ…『神』のカードを持つ者を探しているだと?しかし奴は…」

「あぁ、【紫影】は知っているはずだ。『神』のカードを持っているのはルキなんだって。なのに…」

「誰が『神』のカードを持っているか分からぬから、しらみつぶしに探すと言っていたな。…何が目的なのだ…」

「わかんねぇよ…それに、裏決島ってのも…意味がわかんねぇ…」

「うむ…」

 

 

 

しかし、【紫影】の放った『神』のカードを持っている者を探すという、その不可解な敵の目的に対し。心の底から、違和感が生じている様子を見せる遊良と鷹矢。

 

…そう、【紫影】が『神』のカードの所在を知らないなどありえない。何せ、あの男は予選のときにルキを攫って、『赤き竜神』を無理矢理に解放しようとしたのだ。

 

だからこそ、ルキが『神』のカードを持っていることなど当然【紫影】は知っているはずだと言うのに…あたかも余興のような言動で、しらみつぶしに『神』のカードを探すと言い放った【紫影】の捻じれた言葉には、遊良も鷹矢も違和感しか感じはしないのか。

 

また、襲い来るという200人の犯罪者集団…それは【決島】に参加している学生達と、同じ人数ではあるのだが…

 

昨日の予選の傷がまだ癒えていない学生もいることを踏まえると、実質的に戦力は互角でも何でもなく敵側が断然有利。【裏決島】と題してはいても、あの捻じれた男は始めから対等な勝負を仕掛けてきているわけではなく…

 

…ただの、蹂躙。それも、犯罪者達による容赦の無い襲撃。

 

そんな、突如始まってしまった【裏決島】に対し…遊良も鷹矢も、決勝戦で帯びた熱が一瞬で冷めていく気持ちの悪い感覚に襲われていて。

 

 

 

「…天城君、天宮寺君、こちらに来てください。」

 

 

 

そんな、突然のことに立ち尽くしていた遊良と鷹矢に向かって―

 

天空闘技場の入り口から、二人へと声をかけてきたのはイースト校理事長…【白鯨】、砺波 浜臣であった。

 

…遠目からでも分かるほどに、苦虫を噛み潰したような顔をしている砺波。

 

それはまるで、この情況に対する懺悔のような雰囲気。そんな砺波へと、遊良も鷹矢も急いで近づき…

 

 

 

「…砺波先生、一体何が…」

「私の責任です。ずっと【紫影】を監視していたというのに、寸前の所で逃がしてしまった。」

「待て、では奴は最初から俺達の近くに居たということか?理事長が監視していたのは確か『逆鱗』では…」

「奴は劉玄斎に化けていたのです。それは最初からわかってはいたのですが…奴もどうやら人外になって戻ってきていたらしく、靄のように消えてしまいまして。」

「…じ、人外だと?」

「靄って…それって【紫魔】の時の…」

「…おそらくは。」

 

 

 

砺波の零した苦い顔。それはこの情況を作ってしまった原因が自分だという後悔なのか。

 

逃げる前の【紫影】の言動から、あの捻じれた男が始めから『事』を起こそうとしていたことは確かなのだが…

 

それでも、【紫影】を拘束するつもりではなく始めから消滅させるつもりで捕まえていれば、この事態は防げたのではないかという後悔が砺波の中にはあるのだろう。

 

 

 

「砺波先生、俺達はどうすれば…敵は【紫影】だけじゃなくて、ほかにも200人居るって…こっちは、怪我をしてる学生もいるっていうのに…」

「外に連絡は出来んのか?敵が犯罪者ならば、警察なり何なりに連絡して一網打尽に…」

「But、ソレは出来ねぇ相談だぜ。」

「…え?」

 

 

 

そんな、聞くからに気落ちした声を漏らしていた遊良達へと。

 

更に声を届けてきたのは、決闘学園デュエリア校の『ギャンブラー』、リョウ・サエグサであった。

 

その後ろには、同じくデュエリア校の鍛冶上 刀利の姿もあり…

 

彼は刀利を連れて遊良達へと近づいてくると、情況の悪化を告げる言葉と共に再度その口を開き始めて。

 

 

 

「あの竜巻が完全にshut outしてるみてぇだ。外に連絡なんて繋がらねぇよ。」

「そんな…」

「あとミレイから連絡が来てたぜ。医療棟の方は、襲撃に備えて篭城するってよ。…けど、escapeかました奴等もかなりいるみてぇだ。…パニくっちまったんだろうな。」

「…無理もありません。突然こんな情況に放りこまれたら、平静を保てる者の方が少ないでしょう。」

 

 

 

外界と完全に隔離されてしまったのならば、外からの援軍は期待出来ない。

 

…何せ篭城とは守り主体の策であり、守備に徹し敵と消耗戦をした後に援軍の増援によって勝利を期待するのが基本なのだ。

 

しかし『竜巻』によって外界と隔離されてしまったこの現状では、島の外からの援軍など待っている間に物量で押し切られてしまう危険性の方が大きく…

 

ソレ故、篭城という策を取った王 ミレイが期待しているのは、天空闘技場にいるこちら側の戦力…特に、【白鯨】と『逆鱗』という強すぎる切り札なのだろう。

 

…まぁ、天空闘技場に居た劉玄斎は【紫影】の化けていた偽者であり、本物の『逆鱗』は今現在どこに囚われているのか分からないのだが―

 

 

 

「何を迷っている暇があるのだ。一刻も早く、あの【紫影】とやらを倒せば全て済む話なのだろう?」

「…あの男が簡単に約束を守るとは思えません。犯罪者達が200人というのも…きっと嘘でしょう。最低でも、敵の数はその倍以上いると考えておかなければ。」

「じゃあ医療棟の方が危ないんじゃ!篭城するって言ったって、敵の数がそんなに多いんじゃ…」

「むぅ…ならば【紫影】の討伐と医療棟の増援、二手に別れるしかあるまい!こうしている間にも、敵は島中に攻め込んできているのだからな!」

「…【紫影】の狙いは『神』のカード…ならば高天ヶ原さんを置いていくわけにはいきません。彼女はまだ、ここを動けるような状態ではない。」

「な、ならば三手に…」

「駄目だ、それじゃ手が足りなさすぎる…敵が大勢でここに乗り込んで来たら、ルキがまた攫われることになって…」

「ぬぅ…」

「本来ならば、私が【紫影】を直接叩きに行くのが最善なのでしょうが…しかし敵が物量で攻めてきたら、ここを守れるのも私しかいません。」

 

 

 

しかし、医療棟で篭城を選んだミレイの期待に反し。

 

最大戦力である【白鯨】はここを動く事が出来ず、もし動けたとしても医療棟の援軍に向かうよりも【紫影】を叩きに行く事の方が先決であるのだから、到底【白鯨】が医療棟を救いに行く事など叶うわけも無く…

 

犯罪者集団200人を全て倒すと言っても、もし砺波の読み通り【紫影】が敵の数を増やしたら…完全なる量の差で、学生達に勝ち目など無い。

 

…だからこそ、叩くならば黒幕である【紫影】一択。

 

【紫影】が約束を守る保障などどこにも無いとは言え、この情況を作り出した張本人を叩けば、少なくとも事態は好転に向かう事は間違いないのだ。

 

 

 

「ならば俺が【紫影】を倒す!初めからそのつもりだったのだ、奴は俺の手で倒すとな!」

「駄目です。…あんなふざけた男ですが、それでも【紫影】は今の君よりも遥かに強い。全盛期の前【紫魔】…憐造ですらギリギリの勝利だったのです。天宮寺君が、たった一人で【紫影】を倒せるわけがありません。」

「ぐっ…しかし…」

「お、俺も一緒に行きます!アイツがルキにやったことは絶対に許せない!俺も、この手で【紫影】を直接…」

「しかし…敵の数が数です。【紫影】の居場所がわからない現状では、いくら君達でもアレだけの数の敵がいたら【紫影】の元に辿り着く前に…」

 

 

 

けれども、逸る気持ちに反して情況は悪化していくばかり。

 

そう、【紫影】を直接叩きたくとも、島の中に敵が200人…いや、下手をすればそれ以上の数が解き放たれてしまったこの現状では、【紫影】を探すだけでもどれだけの敵と戦わなくてはならないのか数えられたモノではないのだ。

 

…終わり無き連戦の疲労と過酷さは、昨日の予選で誰もが身に染みて理解している。

 

ひっきりなしに敵が現れ、何時まで戦っても敵が湧き続けるというのは…想像するよりも、ずっとずっと過酷なモノなのだから。

 

…どうすればいい。手が…手が足りなさ過ぎる。

 

敵の数に対して、味方側の戦力があまりに少なすぎる。個々の戦力だけならば、決して裏決闘界の犯罪者達に引けを取らない猛者がこちら側にも揃っているというのに…

 

予選のダメージだったり決勝の疲労だったり、果ては精神的な余裕の差などによってあからさまに敵の方が有利すぎるこの現状。

 

そんな、始めから勝負の行方が分かりきっているかのような戦いを仕掛けてきた【紫影】に対し…

 

頭を悩ます遊良達の脳裏には、【紫影】への憤りがただただ募っていくばかりで時間だけが過ぎていくだけであり…

 

 

 

「…僕も、彼らと一緒に行きます。それなら…」

 

 

 

…そんな折。

 

これまで口を噤んでいた、鍛冶上 刀利が…

 

静かに、その口を開いた。

 

 

 

「…それなら多分、彼らを無事に【紫影】の元に送り届ける事も…出来ると思います。」

「鍛冶上君…確かに、君ほどの者が一緒ならば…」

「But、いいのかトーリ?送り届けるつったってオマエ、もうゴタゴタには首突っ込めないんだろ?…今はまだ『その時』じゃねーはずじゃ…」

「…うん。そうなんだけど…でも…」

 

 

 

鍛冶上 刀利…

 

彼の親しい友しか知らない事実ではあるのだが、『この世界』その物に選ばれた【地の破王】と呼ばれる青年。

 

そんな彼の背負ってしまった『事情』を知る、親しい友の1人であるリョウ・サエグサが何やら遊良達には理解出来ない言葉を刀利へとかけたものの…

 

刀利は、己の背負った『運命』を分かっていながらも。そのまま視線を、鷹矢の方へと動かしながら…

 

 

 

「む?」

「…天宮寺君には、大きな借りがあるから。だから…まぁ別にいいかなって。」

「…HA、ンだよ、ちょっと昔のオマエに戻ってきてんじゃねーか。…待たせやがって、馬鹿野郎。」

「…うん。」

 

 

 

ここでは語られぬ、別の物語を経験したデュエリア校の者達。

 

彼らの過去に、一体何があったのか。そんなコト、今この現状では悠長に語っている暇など無いとは言え…

 

それでも、刀利の過去を知るリョウ・サエグサの目には、何やら無意識に込み上がるモノが浮かんでしまいそうになっているのか。

 

そんな、何か特別な感情を抱いている様子のリョウを他所に…

 

 

 

「そんな事より、とにかく問題は医療棟だ。ルキは理事長。【紫影】は俺と遊良と鍛冶上 刀利…流石に、『ギャンブラー』1人だけを医療棟に向かわせるというのも…」

「Ahー…まぁなぁ、俺1人だけ行ったところで、俺は助かっても全員助けるっつーのはちと無理があるってもんだ。何せ、『運』が悪い奴らもいるだろうからなぁ…」

 

 

 

確かに鷹矢の言う通り、味方が少なく敵が多すぎるこの情況では…篭城を選んだ医療棟の学生達、全員を助け出すことなどほぼ不可能に近いことだろう。

 

何せ『天運』を持つリョウ・サエグサと言えど、彼1人だけでは多勢に無勢…その運をもってしても、数の暴力の前にはどこまでカバーしきれるかなど彼自身にだって分からず…

 

【白鯨】は天空闘技場を動けない、他3人は【紫影】の討伐に向かう…

 

これでは、医療棟の学生達を見捨てると言っているようなモノ。いや、実際に『そう』しなければ、この情況を打破することなど出来ないという現実がただただ遊良達の肩に重く圧し掛かり…

 

 

そんな、どうしても医療棟を助ける選択肢が取れないために…篭城している学生達を、犠牲にするしかないという選択肢を取らざるを得ない情況に遊良達が追いやられてしまった…

 

 

 

その時だった―

 

 

 

「僕たちが行くよ。」

「話は聞こえていた。医療棟は任せてもらおう。」

 

 

 

不意に―

 

聞こえてきたのは、どこまでも頼もしさを覚えるような力強い声。

 

 

 

「え?こ、この声って…」

「…貴様ら…何故居るのだ。」

 

 

 

そして、その声に反応して…反射的に声の方へと振り向きつつも、思わず己の目を疑ってしまっている様子を見せる遊良と鷹矢。

 

…しかし、それもそのはず。

 

なにせそこには、この島には居るはずのない見知った顔が2人も居たのだ。

 

この危機的状況においては、その行動力と経験が何よりも頼りになることを知っている…昨年も、大いに助けられた…2人の男が。

 

 

 

「あ、蒼人先輩…」

「やぁ、遊良君。久しぶりだね。」

 

「十文字…何故貴様がここに?」

「…事情があってな。帰りそびれたと言うやつだ。」

 

 

 

泉 蒼人―

 

十文字 哲―

 

 

 

それは、1人でも多くの手を借りたいこの情況においては、これ以上ないくらいの心強い味方。

 

裏世界の犯罪者にも引けを取らない、強い心の持ち主。裏決闘界のデュエリストとも渡り合えるであろう、確かな実力の持ち主であり…

 

そう、プロデュエリストの新進気鋭…昨年度起こった決闘市の『異変』において、遊良と鷹矢を『異変』の中心まで送り守ってくれた…

 

 

 

眉目秀麗、『清流』のデュエリスト―

 

絶対防御、『鋼鉄』のデュエリスト―

 

 

 

かつて決闘市の『異変』やデュエリアの『事変』を経験した、こんな事態に最も頼りになるであろう味方が…

 

 

 

 

 

蒼人と哲が、現れたのだ―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻―

 

 

 

「なんだいあの竜巻は!ジジイ!どうなってるさね!」

 

 

 

沖合に停泊していた、突如荒れ狂った海に揺さぶられているクルーザー。

 

その、理事長達の為に特別に用意された特別観覧席の中で…

 

急変したこの事態に、決闘学園サウス校理事長、『烈火』と呼ばれる獅子原 トウコがその声を荒げていた。

 

…しかし、それも当然。

 

たった今『決勝』が終わり、今年の祭典も無事に終了したかと思われたその刹那―

 

遊良と鷹矢を映していたはずのモニターに突然白黒の砂嵐が吹き荒れたかと思うと、何の冗談か突然海から超巨大な『竜巻』が立ち昇り…

 

周囲の海域を荒れに荒れさせながら、『決島』を取り囲んでしまったのだから。

 

 

…あんな巨大な『竜巻』が、何の予兆もなく突然現れるなどありえない。

 

 

しかも、そんな災害があろうことか『決島』を取り囲むように停滞するなど、普通であればありえない現象なのだ。

 

 

自然災害と呼ぶには、とてもじゃないが説明できないその光景―

 

 

それはつまり、人知を超えた『何か』があの竜巻を発生させたということであり…人知を超えた『何か』が、あの竜巻を操作していると言うこと。

 

…常人であったならば、その光景を目の当たりにしたところで『こんな考え』など浮かび上がりはしないのだろう。

 

しかし、昨年度の決闘市で『異変』を経験した事が、この船に乗っている決闘界の重鎮達にその『人知を超えた何か』をその肌で感じさせているのか。

 

突如として発生した竜巻に激しく揺られ、転覆しないようバランスを取るので必死な船の中で…

 

 

 

「駄目です、砺波理事長にも劉義兄さんにも連絡がつきません…完全に、島の内部と切り離されてしまっているようです…」

「何が起こったってのさ…いや、『誰』があんな真似を…」

「…浜臣め、しくじりおったな…おそらくは…【紫影】の奴じゃ。」

「ッ!?」

 

 

 

綿貫が発した、【紫影】という名を耳に入れたその瞬間。

 

 

 

―!

 

 

 

先ほどの焦りはどこへやら。即座に特別観覧席のドアを蹴破り、部屋の外へと飛び出してしまった獅子原 トウコ。

 

…それはまるで条件反射の域。

 

夫の仇の名を聞いてしまったその瞬間に、体が勝手に動いてしまったのだと言わんばかりの迷いの無さで…

 

船の中を駆け出して、そのまま荒れ狂う海の見える船の甲板へと到達して。

 

 

 

「待てトウコ!どこへ行く気じゃ!」

「決まってんだろ!あの島さ!」

「なっ、あの竜巻じゃぞ!?船もヘリも突入できんし、海流が乱れておるせいで潜水艇も出せん!」

「わかってるさよ、んな事は!けどねぇ…止めたって聞かないのは、ジジイもわかってんだろ?」

「ぬぅ…」

 

 

 

今のトウコのその様子は、【紫影】の名を耳に入れてしまい居ても立ってもいられないかのよう。

 

その雰囲気は、今にも海に飛び込みそうなほどに危ういモノを纏っており…

 

しかし、この海の様子を見れば、誰だって島に行けるはずがないと言うことを理解してしまうだろう。

 

…立ち昇る『竜巻』の巻き上げた海水が、豪雨となりて降りしきる。

 

…立ち昇る『竜巻』の巻き起こす風が、暴風となりて吹き荒れる。

 

…立ち昇る『竜巻』の乱す海流が、波と波を大きく乱す。

 

船も飛行機もヘリも潜水艇も、何もかもが通用せず。こんな荒れ狂った海の前では、この大型クルーザーとてバランスをとるのに全力を注ぐしかないと言うのに。

 

 

 

それでも…

 

 

 

「船で行けないんだったら、意地でも泳いでいくだけさ!」

「バカモン!無理に決まっておろうが!」

「知ったこっちゃないさ…あそこには【紫影】の屑が居んだろ?あの屑野郎は…アタシが殺す。」

 

 

 

―!

 

 

 

そしてー

 

着衣のまま、怒りのまま。

 

なんとトウコは、綿貫の制止を意に介さず、そのまま勢いよく海に飛び込んでしまったではないか。

 

…無茶だ。

 

この海の前では、飛び込みなどただの自殺行為にしかならないと言うのに。

 

それはあまりに無謀な行動。とてもじゃないが無茶な行為。

 

しかし、綿貫や木蓮の想像に反し…

 

トウコは荒れ狂う海に飛び込んだかと思うと、なんとその道のプロよりも凄まじい勢いで思い切り泳いでいて。

 

 

 

…そうしてー

 

 

 

「トウコ、戻れ!戻るのじゃ!」

「獅子原理事長!無茶です!」

 

 

 

波と風とに掻き消され、もう届かないその叫び。

 

そんな叫びを送ることしかできない綿貫と木蓮は、波間に消えていく獅子原 トウコを…

 

ただただ、見ているだけしか出来ないのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 


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