遊戯王Wings「神に見放された決闘者」 作:shou9029
そこは、穏やかな風が吹いている場所だった。
天に聳える巨大な塔。その雲にも届きそうな塔の…頂上。
人工的な音などない。人為的なざわめきなどない…天空に流れる風の音だけが、やさしく吹き荒れながら『その時』を待っているだけであり…
それは誰もが落ち着かない気持ちで待っている世界中のざわめきとは裏腹に、これよりこの場で戦いを始める彼等2人を迎え入れるために、邪魔な音を全てシャットアウトしているかのような自然の静けさ。
…邪魔なモノはいらない。邪魔な音はいらない。
歓声も、視線も、感情も、熱意も。
世界中から中継を通じてこの島へと届けられる、世界中の見えない観客達の期待と羨望…
そして戦いを待ちわびている世界名の人間達の逸る心臓の鼓動すら、この戦いの場には全くと言っていい程届けられてはおらず。
まるで学生の頂点を決めるこの天空の戦いにおいて、無粋となるであろう全てのモノをこの天が排除しているかのようでもあり…
…そう、これよりこの『天空闘技場』で始まるのは、文字通り世界一の学生を決める為の天上のデュエル。
決闘市とデュエリア―
世界が誇る2大デュエル大都市の、その未来のプロデュエリストを育てている決闘学園の…40万人を超える全校生徒の中から、選ばれたのは200名の者達。
―恐るべき才能と、恐るべき精神力と、恐るべき運と、恐るべき実力。
全員が、強者。
そんな猛者のみが集まる修羅の島で昨日、選りすぐられた200名の者達が血で血を洗うサバイバルデュエルを行った世界最大規模の祭典、【決島】。
その、昨日行われた生き残りを賭けた【決島】の予選を…そう、『200名』の強者の中から、更に勝ち抜いた上位『4人』の、その『4人』の中から更に先に進んだ『2人』が、これよりこの天空闘技場にて鎬を削らんとしているのだ。
…全世界に無数に存在する同じ世代の学生達の、その頂点に立つ2人。
それは形容ではなく、言葉の通り学生の中の頂点だと言うこと。
そう…
40万人以上の学生の中から、上位2名に昇り詰めることが出来るその『実力』。
世界で始めて思案された合同祭典【決島】が、自分達が学生の間に開催されたという…【決島】が決闘市とデュエリアの合同開催と決まった時に、決闘市かデュエリアの決闘学園に在籍していたという『時の運』。
全世界中継という、多すぎる観戦者の数と高すぎる注目度の中であって、己のデュエルを行えるという『精神力』。
40万人超の中から選ばれた、199人という本物の猛者を相手に…たった一人で、日がな一日戦い抜いたデュエルに対する『体力』と『集中力』。
ソレら全てがこの戦いを巡り合わせ、ソレら全てを兼ね備えた学生達が鎬を削ってきたからこそ。この天空闘技場にこれより現れる2人は、文字通り学生達の『頂点』と言えるのだ
ここに上り詰めたその2人は、世界中の学生達の中でもトップクラスの力の持ち主と言うこと。
昨日の激しい蹴落とし合いをみてきた観客達は知っている。
プロでも通用するのではないかと思える力を持った200人が、正面衝突でぶつかり合った昨日の『予選』…
その『予選』の時から一際目に付く活躍をしてきた者達が、とうとう頂点を決める戦いまで昇り詰めたのだと言う事を。
ソレが奇しくも、同じイースト校の2年生同士であろうと…ソレが【王者】の孫と、世界を騒がすデュエリストの出来損ないのデュエルであろうと…
…ここまで到達した者達に、異議を唱える者などこの場には居らず。
そんな、コレより始まる戦いの前の一時の静寂の映像が映されているモニターの前…
コンクリートに囲まれた、無機質なりし閉鎖的空間。
これより決勝戦が行われる、『天空の塔』の内部のとある一室に…
「クハハ、いよいよ決勝かぁ。ここまで長かったなぁおい。」
「…あぁ。」
決闘学園イースト校理事長と、決闘学園デュエリア校学長…
【白鯨】砺波 浜臣と、『逆鱗』の劉玄斎の姿が、そこにはあった。
「しかし、まさかイースト校同士の対決になるとはなぁ。俺ぁてっきり、デュエリア同士の対決になると思ってたんだがよぉ。」
「…私の教え子達だ。当然だろう。」
「クハハハハ、ランク0なんてモンを作った鷹峰の孫はともかく、まさかEx適正の無ぇ出来そこないまで勝ち上がるなんて思わねぇだろ普通。」
「…」
しかし、モニターの映像を眺めながらどこか愉悦を感じさせる劉玄斎の声に対し…
砺波の声はまるで鋭い針のように棘を孕んだまま、監視対象である劉玄斎へとどこまでも厳しく突き刺さるのか。
少々過剰とも思える砺波の厳しい監視の目。ソレは昨日悪事を働いた劉玄斎が、【決島】が終わるまで逃げ出さぬようにしているという名目。
…とは言え、砺波も厳しい声とは裏腹に、その視線を劉玄斎ではなくモニターの方へと固定しているのを見る限り…
彼もまた、遊良と鷹矢の決勝戦を心待ちにしているのは間違いない様子。
「まっ、どっちが勝ってもいいけどよぉ、精々楽しませて貰いてぇモンだぜ。なぁ、砺波よぉ。」
「…Ex適正の無い出来損ない…か。」
「あぁ?何か言ったかぁ?」
「いや、貴様には関係のない事だ。」
コレより始まる少年達の決戦を前に。
少年達の師となった【白鯨】もまた、その時を待っていた―
―…
―理事長達の為に特別に造られた、大型クルーザー内の特別観覧席。
「結局決勝は鷹峰の孫と天城の試合かい。浜臣の奴もさぞ鼻が高いだろうねぇ、また自分とこのガキ同士で決勝やるんだから。」
「そうですね。砺波理事長の手腕がソレほど優れているということでしょう。」
「ハッ、なんだい、アタシへの嫌味かいソレは。流石一昨年の【決闘祭】で優勝と準優勝掻っ攫ってったウエスト校の理事長は言う事が違うさね。」
「…はぁ、また始まった。」
そこに、各学園の理事長達…
と言っても、ここにはサウス校理事長の獅子原 トウコと、ウエスト校の理事長の李 木蓮しかいないのだが…
その、歴戦を見てきた者達が、コレより始まる戦いの前に何やら話し込んでいた。
「ま、いいさ。愚痴はこんなとこにしておいてやるよ。それより…どうなるかねぇ。アタシが鍛えてやった甲斐あって、天城は順当に決勝まで進んだが…」
「…我々の進退ですか?」
「あぁ。上の老害共は、さぞ苦い顔して決勝を見ているに違いないだろうが…天城に課せられた『しかるべき結果』ってのが、具体的にはどんなモンかってのはアタシらも知らないからねぇ。」
「…そうですね。」
そう。
彼ら理事長達が話しているのは、自分達の『進退』について。
本来ならば、【決闘世界】に反対されていた天城 遊良の【決島】への出場…いくら昨年度の【決闘祭】の優勝者だからといえ、Ex適正の無い天城 遊良の祭典への出場を【決闘世界】の上層部は頑なに容認しなかったのだ。
それは遊良が、未だ世界からみればEx適正の無いデュエリストの出来損ないと見られているということ。
…いや、これまでの『常識』を変えたくない一部の上層部の者達による、変革を嫌った頑固で古臭い、時代遅れの年老いた思考。
けれどもソレがまかり通ってしまっていたのは、【決闘世界】の上層部がそれだけ権威を誇っているということでもあり…
更に言えば、そんな上層部の決定を覆したのは紛れも無い、決闘学園の理事長達、歴戦の者達による推薦があったからこそ。
―イースト校の砺波 浜臣。サウス校の獅子原 トウコ。ウエスト校の李 木蓮。デュエリア校の劉玄斎。
元【王者】を含んだ、決闘界における重鎮の猛者。そんな決闘界における重役達が、そろって天城 遊良の出場を推薦したとなれば、ソレは【決闘世界】の決定にすら異議を唱えられる代物となったのだ。
…それは偏に、天城 遊良の力をその目で確かめた者と、そうでない者の差。
Ex適正の無い天城 遊良の力を認める事に、何の抵抗も感じなかったのは流石は最前線で歴戦を駆け抜けた者達と言えるだろう。
しかし、その代償に…
天城 遊良が【決島】で『しかるべき結果』を出せなければ、遊良を推薦したイースト、サウス、ウエスト、そしてデュエリア校の理事長・学長が、その地位を失ってしまうというのだ。
…普通、決闘学園の理事長達…『決闘界』において多大なる功績を残した歴戦の者達が、たった一人の学生の為にその身を切ることなんて絶対にあってはならないこと。
…常識で考えれば、Ex適正の無いデュエリストの勝敗に決闘学園の理事長の『クビ』をかけるだなんて正気の沙汰ではない。
けれども、それをも承知で彼らはこんな常識ハズレの負け戦と言われた契約を何のためらいも無く結んだのだ。
果たして…
獅子原 トウコや李 木蓮といった、決闘界の重鎮達はEx適正の無い天城 遊良に一体『何』を見つけたのか。
決闘学園の理事長という、あまりに巨大な地位とも呼べるポストを賭けてでも天城 遊良がこの【決島】に参加する意義があると感じた彼らの思考など…きっと、彼らにしか理解できないことではあるのだろうが。
そんな、自分達の進退がかかった天城 遊良の決勝を前に…
獅子原 トウコと、李 木蓮へと向かって。
この部屋に居た、『もう1人』の老人が…
「フォッフォッフォ。ま、それもこの試合次第じゃろうて。とりあえず、お主等は肩肘張らんと、気楽に見ておればよかろう。」
トウコと木蓮へと向かって、徐にその口を開き始めたのは悠久を生きたと思わせる白い髪と白い髭に隠れるようにして、椅子に腰掛けていた小柄な老人。
それは超巨大決闘者育成機関【決闘世界】、最高幹部…
プロデュエリスト達からは、『妖怪』と呼ばれて親しまれている翁…
―綿貫 景虎
「ハッ、無責任な事言うもんじゃないさよジジイ。」
「いやいや、戦うのはあくまでも少年達じゃ。年寄りがアレコレ騒いだところで、コレはお主らが勝ってに決めたこと。彼らには何の関係も無い。」
「それもそうなんだけどねぇ…」
「この決勝のデュエルが、『しかるべき結果』に値するのかどうか…そんな重いモン、あんな子どもに背負わせてどうする。いい大人は自分のケツくらい自分で拭くモノじゃよ。」
「ま、アタシは別にサウス校の理事長クビになったところで、食うには困らないから痛くも痒くもないんだが…」
「…私は困ります。我が社の経営に大きく響くので。」
「フォフォッ、木蓮も大変じゃのう。」
「…」
決闘界の重鎮達へと向かって、子ども扱いをするかのような言葉を放てるのも世界では綿貫 景虎ただ一人だけだろう。
それだけの時を生きてきた『妖怪』は、これまで数々の戦いを見てきており…
そんな『妖怪』と呼ばれている翁の目には、これより始まる少年達の戦いは一体どんなモノとして映るのだろうか。
「そう怪訝な顔をするモンではないわい木蓮。儂ら大人がどれだけ裏で喚こうと、子ども達には何の罪も無いのじゃから。」
「それは…そうですが…」
「それに、お主も天城君を信じて自分の首を賭けたんじゃろ?じゃったら四の五の言わんと、あの子を信じて待っておればよい。」
「ハッ、たまには良い事いうじゃないかジジイ。ま、アタシは最初から天城を疑っちゃいないけどねぇ。…あの子の力を直接見たから分かる。あの子の力は、Ex適正の有無程度で測れるほど単純でもなけりゃ…生易しいモンでもない。」
「フォッフォッフォ。生まれも育ちも才能も互角。とにかく互角の子ども同士の戦い…まるで去年の【決闘祭】の決勝の再現じゃが…どことなく、去年よりも逞しい顔つきになっておるのぅ。フォフォッ、あの子達の戦いは儂も本当に楽しみで仕方ないわい。」
どことなく異質な緊張感に襲われている、ウエスト校理事の李 木蓮を他所に。
綿貫の言葉に共感する部分があったのか、獅子原 トウコはやや気楽な声へとその態度を改め始め…
また、過去から現在まで、長きに亘り子ども達のデュエルを見守り続けてきた『妖怪』の目から見ても…昨年の【決闘祭】の決勝と同じこの対戦カードは、その皺が深く刻まれた顔を綻ばせるに応しいモノとなっているのか。
…どこと無くワクワクしている様にも見える、『妖怪』と呼ばれる翁、綿貫。
そんな、若手に極端に甘いと有名な翁へと向かって。
獅子原 トウコが、再度投げかけるようにその口を開いて…
「…ンで、ジジイはどっちが勝つと思うんだい?」
「そうじゃのう………儂にもわからん。実力も才能もほぼ同じ…鷹峰の孫がいくら規格外とはいえ…しゃ…天城君の方も、Ex適正が無いとは思えんデュエルを見せてきたからのぅ。…去年は下馬評を覆して天城君が勝った…はてさて、今年はどうなることやら。」
「ハッ、アタシとしては天城が勝つ方が好ましいんだがねぇ。何せアタシが直々に鍛えてやったんだ、これで鷹峰の孫にむざむざ負けたら承知しないさ。…木蓮、アンタはどう思う?」
「…どうでしょう。確かに天城君の実力は、本当にEx適正が無いとは思えないほどに群を抜いていますが…天宮寺君も、昨年から幾度と無く想像を超えるカードを見せてきましたから…」
「そうじゃのう…ランク0なんて儂も驚いたわい。寿命が縮んだらどうするんじゃ。」
「…何言ってんだいこの妖怪ジジイは。ジジイが死ぬとこなんて想像できないさよ。…けど、確かに鷹峰の『ダーク・リベリオン』を持ってるってのに、毎回変化する『No.』とさっき見せたランク0…どれもこれも、一介の学生が持ってていいようなカードじゃない。鷹峰の孫だからって理由じゃあ説明がつかないさね。」
「そうですね…」
「なぁジジイ…鷹峰の孫…あのガキは一体『何』なんだい?」
「さて…何なんじゃろうなぁ…儂にはもうよぅわからん。ま、鷹峰と浜臣の悪ガキどもはなにやら検討がついておるようじゃが…」
数々の修羅場を潜ってきた歴戦の者達。
そんな歴戦の者達の目から見ても、コレより始まる遊良と鷹矢の戦いは、その決着がどうなるのかなど全く持って想像できないのか。
…そう、歴戦を戦いぬいた女傑の目でも。歴戦を見てきた巨木の目でも。悠久を生きてきた妖怪の目でも。
その常人を超えた者達の目と経験を持ってしても、これより始まる戦いの決着の形が全く持って見えてこないのは…きっと、遊良と鷹矢の力が、限りなく拮抗しているからに違いなく。
…たかだか、『先』の地平で競い合っている若きデュエリストの戦い。
けれども目を離すことが出来ない、
そんな、歴戦の者達にも見守られながら…
いよいよ、その時は―
『それではぁぁぁぁぁぁあ!選手入場ぉぉぉぉぉぉぉぉお!』
―!
定刻―
中継を通して響き渡ったのは、開戦を告げる実況の声。
そして、全世界へと向けて放たれた実況の声に導かれるようにして。逸る鼓動を抑えていた世界中の見えない観客達が一斉にその歓声を【決島】へと向けて轟かせ…
…それはこの舞台まで到達した、頂点を掴むに相応しい2人の学生を迎え入れるため。
今、全世界からこの天空闘技場へと向けて。その揺れは世界全体に広がり、まるで文字通りこの星全体が震えているかのような振動となりて、歓声を【決島】へと届けるのか。
全世界の轟きが、少年達への歓声となりて…
その歓声は、観客達の声を代弁する実況の声となりて…
―ここに、響く
『ます先に入ってきたのはこの男!昨年度の【決闘祭】の優勝者!デュエリア校の『ギャンブラー』を倒したその勢いは、果たして決勝でも通用するのか!『Ex適正』が無いというのに、ここまでのデュエルが出来るなど誰が期待していたのでしょう!』
耳を劈く実況の音が、全世界へと向けて掻き鳴らされる。
その声が響いたと同時に、東側のゲートからこの天空闘技場へと向かってゆっくりと歩いてきたのは決闘学園イースト校2年…
―天城 遊良
10年程前、世界中に『悪い意味』でその名が知られた…世界でたった一人だけのEx適正を持たない少年。
…このEx適正の無い少年が、学生の頂点を決める最後の戦いまで到達することなど世界中の誰もが想定なんてしていなかった。
―何せ、天城 遊良にはEx適正が無いのだ。
Ex適正が無い―それはどうしようもない出来損ないの証。
誰もが出来て当たり前の事を、誰もが当たり前のように使えるモノを…世界でただ一人だけ出来ない、デュエリストの成り損ない。
昨日の『予選』でも、全勝を貫いて決勝へと駒を進めたというのに…第一試合で、正々堂々とリョウ・サエグサを倒したというのに…
未だどこか棘のある実教の声は、そのまま遊良の実力を疑問視する声となりて世界中に響き渡るのか。
…確かに『予選』の結果と先ほどの『第一試合』を見せつけられたことによって、デュエリストの『出来損ない』という天城 遊良へのイメージは覆りつつある。
けれどもこの広い世界には、天城 遊良はEx適正の無いデュエリストの『出来損ない』という認識を捨てきれずに居る人間がまだまだ沢山、大勢、大多数存在するのだ。
…そう、いくら【決闘祭】優勝という実績があるとは言え。いくら【決島】の予選を3位通過したとは言え、いくらデュエリアの『ギャンブラー』を倒したとは言え…
それでも世界中から向けられる、数え切れない程の疑いの視線は…恐るべき鋭さを持ちながら、遊良へと突き刺され続けているのか。
…だからこそ、戦う。
再び、全世界へと向けて。
己の存在を、見せ付けるために―
『決闘学園イースト校2ねぇぇぇぇえん、天城 遊良選手ぅぅぅぅぅぅぅう!』
そして…
『続いて現れるは王者【黒翼】の正当なる血統!前代未聞、ランク0という概念をこの世に生み出した規格外の男は、果たして決勝戦では一体何を見せてくれるのか!まさに天才!まさに逸材!天はこの男に、一体幾つの才能を与えれば気が済むのかぁ!次代の【王者】、ここに降臨!』
あまりに過大と思えるほどに、仰々しい言葉を並べられ。
けれども、その言葉があまりに当て嵌まっていると言うことを…この中継を見ている誰もが納得してしまうような、漂ってくるのはそんな風格。
けれども、そんな世界中の期待をその背に受けながら、全く意に介していないかのようにして。
対面側のゲートから、この天空闘技場へと向かってゆっくりと歩いてきたのは決闘学園イースト校2年…
―天宮寺 鷹矢
…【決闘祭】の準優勝者、【決島】予選第1位。
その功績を誰もが認める確かなるモノとしているのは紛れも無く、彼の祖父の名が世界にとってあまりに大きな意味を持っているからに違いなく。
誰もが羨むその出生、エクシーズ王者【黒翼】の孫。しかし鷹矢とっては忌むべき称号、天宮寺 鷹峰の孫。
過去に【RUM】という概念を祖父が生み出したように…先ほど行われた『第二試合』で、鷹矢は【ランク0】という概念を生み出した。
…それは鷹矢の思いに反し、祖父に通ずる覇道の道筋。
ソレ故、今の鷹矢の姿はまるで若き日の【黒翼】の姿を思い出させるかのような立ち振る舞いとなりて…
あまりにも堂々と、微かな歴戦を感じさせるその姿を全世界へと向けて届けるのか。
―天上天下、唯我独尊
豪放磊落、天下無双の祖父の姿を彷彿とさせる、そのあまりに堂々とした立ち振る舞いをそのままに…
今年こそ、頂点を掴むため…
覇道を歩むかの如く―
『決闘学園イースト校2ねぇぇぇぇえん、天宮寺 鷹矢選手ぅぅぅぅぅぅぅう!』
…
しかし、全世界の熱狂の渦とは裏腹に…
戦いの舞台である天空闘技場には、少年達を包む風の音以外に、何の音も聞こえては来ない。
…歓声なんて聞こえない、とても静かな天空闘技場。
この島の外では、世界中が大熱狂の渦を巻き起こしてはいるのだが…
外界と隔絶されている孤島であるが故に、島の中はどこまでも自然の音のみが包み込む、とても穏やかな空間となりて遊良と鷹矢の戦いの始まりを待っているのか。
…あまりに違う島の中と外。世界の熱狂から隔離された異質な空間。
そんな場所にいるが故に、これが決勝の舞台だというのに…遊良と鷹矢の様子はとても落ち着いているようにも見え、緊張なんて微塵もしていない様子が誰の目にも明らかであることだろう。
…確かに高揚はある。けれども高揚より更に強いのは、他の邪魔もなくお互いと戦れるという集中力のみ。
そう、邪魔者が居ない…それはこれより戦う彼らにとっては、あまりに好条件かつ好都合。
これまで散々、戦いの場にいらない野次を飛ばされてきたのだ。
そんな野次なんて、到底聞く耳など無いとはいえ。直接スタジアムに響くのと、間接的にTVの前で叫ばれているのでは…遊良も鷹矢も、デュエルに対する集中度が違うのだろう。
…彼等の戦いに異議を唱えたいのならば。彼等の戦いに野次を飛ばしたいのならば。これより始まる戦いの舞台に、直接乗り込むしか方法はなく…
けれども、世界中の見えない観客達の誰であろうとそんなコトなど出来ないからこそ。彼らも何一つ邪魔される事無く、純粋なる戦意のみで目の前の戦いへと臨もうとしていて。
一歩…二歩…
世界中の熱狂に、相反するかのように。
遊良も、鷹矢も。ゆっくりと歩みを進めつつ、お互いに中央部まで近づいて…
そして、特設されたデュエルフィールド…天空闘技場の、自分の陣地まで到達したかと思うと…
視線を、合わせた―
「もう体は大丈夫なのか?さっきまで立つのもやっとだったんだろ?」
「いらん心配だ。それよりも自分の心配をしていろ。いつから対戦相手の心配まで出来るほど強くなったのだ、遊良の癖に。」
「んだよ、折角人が心配してやったってのに。少しは感謝を覚えろよな、鷹矢の癖に。」
「ふん、今度はルキの事を言い訳には出来んぞ。」
「言い訳なんてするわけ無いだろ。…ルキは大丈夫。さっき自分の目で見てきたからな。」
「うむ。」
交わす言葉は何のしがらみもない、どこまでも日常的なる彼らの声。
…いつもの遊良と、いつもの鷹矢。
何の対立もない。何のしがらみもない。何のいがみ合いもない。
普通、これから学生達の頂点を決める戦いが始まるのだから、多少なりとも戦意がぶつかったり火花を散らしたりしていてもよさそうだというのに…
まさか観客達が見えないからと言って、心が緩みきっている…というわけでは無いにしろ、今の普段通り過ぎる遊良と鷹矢の姿を見れば誰だって、彼らが集中していないのではないかと思ってしまうのではないだろうか。
しかし、これでいい…
―そう、これが彼らの集中の証。
こんな学生達の頂点を決める場におかれても、それでもお互いにお互いのことしか見えていないからこそ。
遊良も鷹矢も、溢れ出る言葉が『普段』のモノとなっているのであり…
それはお互いが、お互い以外を見る必要がないからこそ。
生まれた時から隣にいる、この家族よりも近い場所で育ってきた遊良と鷹矢の間に流れる雰囲気は、世界中のモノとはかけ離れた『いつもの』雰囲気。
頂点を決める場所に、たった2人だけしかいない…
遊良も、鷹矢も、お互いにお互い以外を見なくてもいい。こんな極限の場におかれているというのに、彼ら2人に障害などない。
それは果たして、彼ら2人に『普段通り』を振る舞わせるという…どれだけ深い集中を、遊良と鷹矢に与えているのか。
昨年よりも深い集中の元、遊良も鷹矢もお互いにお互いを倒すことしかその頭の中には存在せず…
けれども彼らに確かにあるのは、お互いがお互いには絶対に負けたくはないという…意地を張り合う子どものような、意思と意地のぶつけ合い。
「だが、去年とは違い随分と自信に溢れているではないか。」
「当たり前だろ。去年はまだお前が一歩先に行ってたけど…でも、今は互角だ。俺も、【決島】で色んな相手と戦って、そして強くなった。」
「だろうな。予選の前と顔つきが違う。…相当の強敵と戦ってきたのだろう、言われずともわかる。」
「それはお前も同じだろ?さっきの鍛冶上さんとのデュエルだって、負けるんじゃねーかって思ったけど…それでもお前は勝った。自分の力じゃなくたって、それでも俺と戦う為に。」
「ふっ、去年と逆だな。去年のお前は本当ならば準決勝で負けていた。そして俺も、本来ならばさっきの第二試合で負けていた…」
「あぁ…世界はまだまだ広いってことだ。俺達の知らないところに、まだまだこんなに強いデュエリストがゴロゴロいる…」
「うむ。」
昨年と、対極―
そう、まさにそれは昨年の【決闘祭】の彼らとは対極の立ち位置。
『己の力』のみで決勝の舞台まで駆け上がってきた遊良と、『己以外』の力に助けられ決勝の舞台まで進んだ鷹矢。
けれども鷹矢の勝利が自分の力によるモノでなかったとしても、そんなコトは今の遊良と鷹矢にとってはどうでもいいこと。
この決勝の舞台に、二人で勝ち進む…
その過程がどうあれ、二人がお互いに誓い合った『約束』を守り、こうして頂点の舞台で顔を合わせたという結果だけが、今の現実を作り上げているのだ。
「だけど、こうしてお互いに決勝まで進んだんだ。俺もお前も、去年よりも数段強くなった…だから見せてやるよ。去年とは違う俺のデュエルを。」
「うむ。俺も見せてやろう。去年の俺よりも強くなった俺のデュエルを…去年のようには行かぬということを。」
だからこそ、過程がどうあれ結果がすべて。
それはこの一時だけのことでは無い。これまでも、そしてこれから先も。ずっと続いていく戦いの道筋において、如何なる過程を踏んでも最後の最後に勝った方が勝者と呼ばれるのだから。
それを誰よりも理解している遊良と鷹矢の心には、これより始まる戦いに懸念など無く…
世界中から見られていると言うのに、彼らの間に交わされる会話は良くも悪くもいつもの通り。観客達の姿が見えないからか、彼らの間に流れる雰囲気は紛れも無く、いつもの遊良といつもの鷹矢。
ソレ故…
「けどこれだけは去年と同じだ!俺の持てる全力で…お前を倒す!」
「うむ!」
―跳ねる声は対決の証。弾ける声は開戦の狼煙。
もう既に、遊良も鷹矢も臨戦態勢。
デュエルディスクを展開し、デッキが現れ手札を揃え…お互いのデュエルディスクがデュエルモードへと切り替わると、ソレに応じて世界中から歓声が沸き立ち始めるのか。
今―
全世界の学生達の、その頂点を決めるための戦いが…
「行くぜ鷹矢…お前にだけは…」
「ゆくぞ遊良…お前にだけは…」
遊良と鷹矢…
二人の、今年の『約束』の舞台が…
「お前にだけは絶対負けねぇ!」
「お前にだけは絶対負けん!」
今、始まる―
『最終試合、開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!』
―デュエル!!