遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep88「閑話ー【化物】達の追憶」

 

どこでもない、この世界のどこかの場所―

 

そこは酒の匂いと煙草の煙と、そしておよそ人のモノではないであろう雰囲気に包まれた…

 

人の世からは隔絶された、どこか分からないどこかの密室。

 

そんな、TVの明かりしかついていない、漆黒が広がるとても暗い部屋の中に…

 

 

 

「カカッ、まさかクソガキが刀利の野郎に勝つたぁな。」

 

 

 

1人の男の、特徴的な渇いた笑いが響き渡った。

 

それは歴戦を駆け抜けたかのような渋い声と、遥かなる場所から子ども達の戦いを高みの見物でもしているかのような天上の雰囲気。

 

古い木製の丸テーブルに、高そうなウイスキーとグラスを無造作に置いて…たった今終わったばかりの学生達の祭典、【決島】の映像を見ながら、どこか気分がよさそうに酔いを楽しんでいたのは…

 

 

豪放磊落、天下無双、世界最強のエクシーズ使い―

 

 

 

―【黒翼】、天宮寺 鷹峰

 

 

 

「しっかしあのクソガキ、折角俺様のダーク・リベリオンくれてやったってのにボコスカボコスカいい様にやられやがって。宝の持ち腐れったらありゃしねぇぜ。」

 

 

 

そんな鷹峰は、酔いの混じった言葉の中に少しの不満を混ぜながら、そう感想を述べ始める。

 

…そう、弟子達2人の戦いを、師である【黒翼】も観覧していたのだろう。

 

決闘市とデュエリア、世界が誇る2大デュエル大都市である双方が、その威信をかけて選りすぐりの学生達を送り出した世界最高峰の舞台である祭典、【決島】。

 

そんな場所に己の弟子である天城 遊良と天宮寺 鷹矢が揃って本戦に進み、そしてその双方が勝ちあがり『決勝』へと駒を進めたのだ。

 

まだまだ荒さが目立つ弟子達の戦いではあるものの、弟子達が世界最高峰の舞台へと上がっていくその様子は…師としては、愉悦を感じないわけがなく。

 

…まぁ、鷹峰の態度は観覧と言うよりも、酒の肴に弟子達の戦いを楽しんでいたという方が正しいのだが。

 

それでも孫が勝った今の試合を観終わり、どこか軽くなった口調が意味するところは…もう、誰が説明するまでもない事だろう。

 

すると、鷹峰はテーブルに置いてあったグラスを取りつつ、ソレを傾けて残っていた酒を全て体内へと流し込んだかと思うと…

 

隣に座っていた、一緒にTVを観ていた一人の女性へと向かって。再度、渇いた笑いと共にその口を開き始めた。

 

 

 

「なぁランさんよぉ、ランク0なんてモンは初めて見たが、ありゃあ一体何なんだ?」

「私も詳しくは知りませんが、この世界のカードでないことは確かですね。」

「ほぉ、お前さんでも知らねぇカードなんてこの世にあったのか。」

「えぇ、実物は私も初めて見ましたよ。ですが…」

 

 

 

鷹峰の声に返すようにその口を開いたのは、この部屋の暗さに溶けていってしまいそうな漆黒の髪を美しく伸ばした1人の女性。

 

まるで深い夜そのモノが、美女の形を取っているのだと思ってしまうほどに深い美しさを醸しだす…

 

誰もが見惚れるほどに美しい顔立ちと、そして誰もが魅了されるであろう魅惑的な肉体を惜しみなく全面に見せつけている、その高圧的過ぎる存在感の所為で常人では直視することなど出来ないであろう圧倒的なオーラを纏った、およそ人とは思えぬ異質なる雰囲気。

 

TVの光に照らされた、その浅黒い肌がなんとも艶かしさを演出していたのは…

 

 

 

 

 

 

―釈迦堂 ラン

 

 

 

 

 

約10年程前、当時の王者達3人…【黒翼】、【紫魔】、【白鯨】の、世界最高峰の決闘者達を非公式ながら真正面から降したとされる【化物】。

 

その正体を知る者はおらず。唯一つわかっているのは、彼女がとてつもない強さを誇っているということだけであり…

 

…その思惑は何なのか。何を考えて世界を旅しているのか。彼女の目的は何なのか。

 

全てが謎に包まれた、常人では決して理解する事のできない思考と美貌を兼ね備えた、並ぶ者など居ない正真正銘の【化物】の女性。

 

まぁ、長年一緒になってつるんでいる鷹峰もまた、彼女と同じく既に人の枠から外れた存在へと成り果ててはいるのだが…

 

ともかく…

 

 

 

「…何故だか、記憶の片隅に引っかかるものがあります。確か…大昔にもソレを召喚した者がこの世界にも居たような…」

「へぇ…大昔…ねぇ。」

「しかし、天宮寺 鷹矢…やはり彼は面白い。一時的とは言え、異界の勇者をこの世界に呼び出すとは。私の言いつけをよく守り、着々と育ってきている…流石は貴方の孫と言った所でしょうか。」

「ケッ、異界だろうが何だろうが、あんなモン偶然に偶然が重なっただけのマグレ勝ちだろうが。あんな勝ち方で満足してるようじゃあまだまだだぜ。」

「その割には随分と嬉しそうに見えますがね。やはり孫が【地の破王】に勝ったのは喜ばしいことのようだ。」

「あぁん?誰が嬉しそうだってんだ。あんなクソ生意気なクソガキなんざ、負けちまった方が清々したってのによぉ。」

「ふふっ、ではそういうことにしておいてあげましょうか。」

「おう。…まっ、鋼真の…【黒獣】の孫に負けなかったのだけは及第点ってとこか。」

「そうですね。今の彼等のデュエルが表の【黒翼】と裏の【黒獣】…その孫同士の対決だったと知っているのは果たして世界に何人いるのでしょう。」

「カッカッカ、さぁな。」

 

 

 

不穏な言葉を織り交ぜながら、会話を続ける2匹の【化物】たち。

 

…この世の強さの理から外れた、人外なりし【化物】達の眼から視ても今の天宮寺 鷹矢と鍛冶上 刀利のデュエルは楽しむに値するモノだったのか。

 

まぁ、学生の身分でありながらこの世の最高峰の実力を示す『極』の頂に到達し、【霊神】を操った鍛冶上 刀利と…

 

プロのトップランカー達が身を置いているとは言え、まだまだ『先』の地平で彷徨っていた天宮寺 鷹矢の戦いなど、普通に戦えばその勝敗は始めから分かっていたようなモノなのだから。

 

 

何せこの世界の6人の王の中のその1人…【地の破王】と呼ばれる存在であった、デュエリア校の鍛冶上 刀利。

 

 

彼の正体を知っている者など、この世界に極々僅かの限られた者だけとは言え。【地の破王】とのデュエルなど、普通に戦えば天宮寺 鷹矢の敗北は始めから決まっていたはず。

 

 

…そう、『普通に戦えば』、だ。

 

 

きたるべき終末に向けて、この世界を救うべく『世界』によって選ばれるという6人の選ばれた決闘者。その内の1人であるこの世界における地属性の王…【地の破王】に勝つことなど、この『世界』自身が許さないこと。

 

…けれども、鷹矢は勝った。

 

それは鷹矢が、この『世界』すらも予想だにしなかったであろう、世界の『外』の勇者の力を借りたからこそ成しえた、許されざる勝利の道筋であり…

 

この世界の運命、未来として決まっていたはずの刀利の勝利を覆した、決闘学園イースト校の天宮寺 鷹矢。

 

彼が【地の破王】に勝つことが出来たのは、偏にこの世界には存在しないはずの『ランク0』のエクシーズモンスターの…否、モンスターエクシーズの力によるモノ。

 

 

―この世界のモノではない、謎のエクシーズモンスター『No.』

 

 

ソレに導かれるようにして世界に穴を開け、決して交わらぬ世界の門を一時的とは言え無理矢理にこじ開けて…

 

そして鷹矢は遂に、その中でも『No.』の枠組みの中には入らない『No.0』を、この世界へと限定的に顕現させた。

 

それは鷹矢が、いくらエクシーズ王者【黒翼】の孫だからとは言え説明がつかない事実。

 

今もなお世界中がひっくり返された常識によって混乱に包まれているというその中で、一際目立っている鷹矢の存在はまさに異質で異常な世界の異端。

 

そんな、世界中から注目を浴びている孫の姿を見て…果たして化物の一匹である【黒翼】は、祖父として何を思うのか。

 

…人の数倍は破天荒な人生を送ってきた、祖父が浮かべる孫への感情。そんなモノは、鷹峰自身にしかわからないこと。

 

そして、そんな物思いに耽っている【黒翼】へと向かって。再びランが、その艶やかな口を開き始めた。

 

 

 

「けれど…天宮寺 鷹矢のデュエルを見ていると思い出しますね。貴方に初めて会った時のことを。」

「あ?…あー…俺がテメェにボロ負けした時のことか?」

「ふふ、ボロ負けだなんてご謙遜を。貴方が酔って攻撃表示と守備表示を間違えなければ、まだ勝負はわからなかったじゃないですか。」

「カカッ、ンなこと言い訳にすらなんねぇっつっただろうが。負けは負けだ。ありゃあ…俺のボロ負けに違ぇねぇ。」

 

 

 

今の天宮寺 鷹矢の、あまりに破天荒な戦いぶりを観て…

 

―【化物】達の脳裏に蘇るのは、世界中の運命を狂わせた10年前の出来事。

 

世界最強の3人の【王者】が、歴戦を駆け抜けた不動の【王者】が…【黒翼】、【紫魔】、【白鯨】の、歴史上でも間違いなく最強のデュエリストに数えられていたであろう【王者】が…

 

幼さの残る漆黒の少女に、敗北を喫したあの事件の…その、始まり。

 

 

 

「…初めてでしたよ。私とデュエルをしても折られず、まさか自分から『こちら側』に来る人間が居ただなんて。」

「カカッ、なぁに…俺様も丁度退屈してたところだったからよぉ。面白ぇモンが現れたと思っただけだぜ。何せあの時の俺様は、退屈すぎて死にそうになってたからなぁ。」

「懐かしいですね。もう10年以上も前の事なんですから。」

「そうだなぁ、カッカッカ。」

 

 

 

 

10年前…

 

【白鯨】が【白竜】に負け…【紫魔】の訃報が報じられ…

 

世界が一度大混乱に陥った、その始まりとなった日に、一体全体何があったのか。

 

【化物】達の脳裏には、その発端となる最初の邂逅が思い出されていた―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物語は、一度過去に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

全ての事の発端の、その始まりとなったあの日…

 

 

 

 

 

 

 

10年前の、あの日へと―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天宮寺 鷹峰は退屈していた。

 

同じように繰り返される日々。同じように過ぎ去る年月。

 

毎日が惰性で、毎日が怠慢で…少しの張り合いもない日々に飽き飽きし、酒を呷るか無意味に寝るか、それとも戯れに女を抱くか…

 

毎日ソレしかする事が無く、そのどれにも飽きてきているのを、この時の鷹峰はいつも感じていて。

 

 

 

「チッ…もう空かよ。おいマスター、追加だ追加。」

「…鷹峰さん、そろそろやめておいた方がいいんじゃないかい?」

「あぁ?俺様に指図するたぁいい度胸じゃねぇか。こちとら酒呑むことしかやることがねぇんだからよぉ、いいからさっさと追加持って来いってんだ。」

「はぁ…わかったわかった。」

 

 

 

だから今日というこの日も、天宮寺 鷹峰は己の惰性に任せて酔いを体に染み渡らせようとしているのか。

 

 

馴染みのBar…拠点である決闘市の東地区、その外れにある知る人ぞ知る隠れ家的Bar。

 

 

静かなジャズのしらべが、店内の暗さをより一層引き立て…

 

暇すぎる日々に潰されないよう、酒の酔いで頭を一杯にするために。一杯の酒が終わらぬ内に、次々と酒を呷り続ける天宮寺 鷹峰。

 

その通い慣れたが故に貸切りにした静かなBarで、まるで鬱憤を晴らすかのように酒を呷っているこの男の姿は…

 

とてもじゃないが、世界最強のエクシーズ使いとまで呼ばれている王者【黒翼】の姿とは思えぬほどに哀愁に塗れていたことだろう。

 

他には客の居ない、静かな店内のカウンターで。鷹峰の憂さ晴らしに付き合っているここのマスターも、今の鷹峰の姿が『らしくない』という事を分かっていながらも…

 

それでも、ここまで退屈に塗れた男に逆らうと面倒だという事を理解しているからこそ、大人しくさせるために酒を与えるのか。

 

鷹峰の好みの味に仕上げつつ、度数の強い酒の入ったグラスを鷹峰へと渡しながら…

 

 

 

「…でもいいのかい?確か明日は久々の試合なんじゃ…【黒翼】ともあろう者が、二日酔いで試合なんてして負けでもしたら…」

「カカッ、試合なら無くなっちまったっての。だから暇も暇…俺ぁ今暇を持て余してんだ。」

「またか…」

 

 

 

酒臭い吐息に混ざって吐き出されたのは、渇いた笑いに負けないくらいに渇いた鷹峰の空虚な言葉。

 

明らかにイライラしながらそう答えた鷹峰の言葉には、発散できぬストレスが傍から見ても分かるくらいの感情が篭っていたことだろう。

 

…まるでストレスが目に見えるのではないかと錯覚するほどに凝縮された、鬱憤と退屈の負のオーラ。

 

そう、エクシーズ王者【黒翼】とまで呼ばれた男が、よもやここまでの退屈を醸し出している…

 

その、大きな理由とは…

 

 

 

「ったく、最近の若ぇのはイキが悪ぃったらありゃしねぇ。俺の事をやれ『伝説の王者』だの、やれ『勝てるわけが無い』だの…ンなモンどうでもいいから向かってこいってんだ。」

「…無茶言ってやるなよ。そうやって若いのをこれまで何人潰してきたんだアンタは。」

「カカッ、そりゃ向かってくる子バエは叩き潰してナンボだろ。手抜きなんざ死んでもするかっての。」

「…だから相手が見つからないんだろう?アンタに完膚なきまでに叩き折られて、絶対に勝てないって刷り込まれてプロを辞めてった若いのがこれまで何人居たことやら。」

「ケッ、劉玄斎の野郎に比べたら、俺様なんざ対して潰してねぇだろうが。」

「アレと比べるのは間違ってるだろ…アンタは【王者】、『逆鱗』はあくまでトップランカー…立場が違う。」

「いいんだよンなこたぁ。とにかくここ数年、俺ぁまともに試合すらしてねぇんだぜ?だから毎日毎日つまんねぇに決まってんだろ。」

「…そうかい。」

 

 

 

それは鷹峰がプロの試合をここ数年、まともに行ってすらいないことが大きな要因だったのだ。

 

…【王者】は立場上、若手の頃と違い一般的なプロとしての試合を特別な時を除いてほぼ組まれることがない。

 

…【王者】は立場上、自分から試合を申し込むことはできない。

 

…【王者】は立場上、世界中のあちこちで開催されている大小様々なプロによる賞金トーナメントに、参加することが許されてはいない。

 

また、【王者】の試合が一定間隔で組まれる特別な時期…

 

…プロのトップランカー達による『チャンピオンズ・リーグ』の優勝者や、世界に多々あるタイトルを持つ者達が【王者】へと挑戦してくる、『王座争奪戦』の開催時期が迫ったと思ったら…

 

シンクロ王者【白鯨】や、融合王者【紫魔】と違って、自分の対戦相手は逃げるようにして対戦を辞退していく。

 

まぁ、その原因はあまりに容赦の無い戦いぶりと、徹底的に対戦相手を叩き潰すそのスタイルが若き対戦相手に恐怖を与えているのが原因なのだが…

 

ともかく…

 

こんな事が何年も続けば、当然王者【黒翼】とはいえ退屈で仕方がなくなる事だろう。

 

 

…【黒翼】の試合が中止になることに、既に『世界』も慣れてしまった。

 

 

また、【王者】となった時点で収入は個人では使いきれないほどの大金が寝ていても転がり込んでくる為に、最早若いときのように金に困る事すら出来ないこの不自由。

 

更には何をしても『力』で黙らせる生き方をしてきたために、最近ではマスコミの方すら腫れ物を触るようにしてスキャンダルを見て見ぬ振りをしてくるのだから…

 

折り返しに来たこの人生において、鷹峰にはもう『相手』をしてくれる者がいなくなってしまったのだ。

 

 

―相手が居ない…

 

 

『極』の頂きに至り、力を貫き通して生きてきたが故の、あまりに強すぎる者の退屈は常人には決して理解など出来ないこと。

 

長年の付き合いである砺波は、シンクロ王者【白鯨】として毎日毎日試合や仕事に追われ多忙を極めており…

 

年下の【紫魔】、紫魔 憐造に至っては、紫魔本家の長として決闘界の他にも財界や経済界に顔を出しているというのだから、子どものように気軽に会ってデュエルをするというわけにもいかず。

 

ついでに言えば、まだまだ子育てに追われている彼等と違い…

 

自分は早くして子どもを儲けてしまったが為に、自分の子ども達は既に成人して独り立ちしているため、今となっては息子達と関わることすら稀となっているのだから、本当に今の鷹峰にはやることがなく。

 

…まぁ若い頃から遊び歩いていた為に、子育てすらまともにした覚えなど鷹峰には無いのだが。

 

 

ソレ故…現在確か5歳となったであろう自分の孫の事すら、鷹峰には全くと言っていい程興味がない。

 

 

孫が生まれた時に、一度だけ孫を抱き上げた覚えが在るものの…最後に顔を見たのはいつだったかすら、酔った今の鷹峰の記憶では定かではなく…

 

だからこそ子育てとはいかないものの、孫の面倒を見るという考えすらとてもじゃないが天宮寺 鷹峰には浮かび上がることすらないのだろう。

 

 

 

「あぁつまんねぇ、毎日毎日つまんねぇ…何か面白ぇ事は起こんねぇモンかねぇ…退屈すぎて死んじまうぜ。」

 

 

 

やることを…否、やりたいことを好きにやれず、そして新たにやりたいことを見つけられず、愚痴に愚痴を重ねながら酒を呷り続けるエクシーズ王者【黒翼】。

 

…エクシーズ王者【黒翼】と呼ばれ早20年以上。

 

そう、既に20年以上決闘界の頂点に立ってきたが、最近では全くと言っていい程燃えるデュエルが出来ないでいるその退屈は、果たしてどれだけの虚無を【王者】に与えていると言うのだろうか。

 

 

…昔は良かった。

 

 

酔った鷹峰の脳裏に思い出されるのは、若さに任せて戦いに明け暮れる日々。

 

なんとも騒がしく、それでいて楽しかった日々の思い出であり…

 

 

―『逆鱗』、『烈火』、『霊王』、『虎徹』…

 

 

かつて鎬を削った戦友たちは皆、歳やら衰えやら理由をつけて引退したり、志半ばで引退したり…その命を、落としてしまった者も居た。

 

また、歳も近く同じくらい長い間【王者】と呼ばれ続けてきたシンクロ王者【白鯨】、砺波 浜臣がまだ【白鯨】と呼ばれる前は、彼とは喧嘩をするように何のしがらみもなく気軽にデュエルが出来ていたと言うのに。

 

それが今の彼は、【王者】の責任がどうとか責務がアレだとか…とにかく顔を合わせば口うるさく説教をしてくるのだから、『荒くれ者』と呼ばれていたかつての砺波の面影など、今となっては全くと言っていい程見受けられないのだ。

 

 

最後に燃えるようなデュエルをしたのはいつだったか…

 

 

古いビデオを再生するかのように、鷹峰の頭には今でも鮮明に思い出せる刺激的だった戦いのリプレイが思い出され始め…

 

―20年ほど前の、裏決闘界との戦争の時…裏決闘界のエクシーズ帝【黒獣】、鎧 鋼真との戦いは、負ければ即『死』という緊張感に心の底からとても熱くなった。

 

―『逆鱗』と呼ばれる男、劉玄斎が引退する前は…彼と『殴り合い』と呼ばれるデュエルを行い、その真正面からのぶつかり合いがこの上なく気持ちよかった。

 

―もっと前…それこそ【王者】と呼ばれる前の若かりし頃…ガキだった時分は、『天宮寺』という汚名の所為で、もうとにかく周囲が『敵』だらけであり戦いだらけだった。

 

だからこそ闘争が絶えず、だからこそ喧嘩が絶えず…毎日毎日退屈せずに、日々戦いに明け暮れられていたのだ。

 

 

…それが今やどうだ。

 

 

向かってくる敵を蹴散らし、立ちはだかる壁をぶち壊し…

 

『天宮寺』の汚名を返上するだけでは飽き足らず、力によってなまじ頂点を極めてしまったが為に、寄ってくるのは戦いを求める者ではなく、金と名声と恩恵に縋るただの屑達ばかり。

 

そして闘争を求める自分の気持ちとは裏腹に、伸び盛りの若者達は自分を『伝説の王者』やら『生きる伝説』やら『雲の上の存在』などと…下らない言い回しで持て囃し、遠巻きにして、戦いを挑んでくることすらしてこない。

 

 

…これではあまりに退屈すぎる。これではあまりにつまらなさすぎる。

 

 

誰か…どこかに、自分を満足させてくれるデュエリストは居ないのか。

 

 

誰でもいい。どこでもいい。何でもいい―

 

 

この退屈を消してくれるなら、たとえ人間でなくともいい。死を選んでしまいそうなほどに退屈なこの世界で、自分を熱くさせてくれるモノが現れるならどんな代償を払ってもいい…

 

と、鷹峰の頭の中でそんな考えがぐるぐると酔いと共に回り続け…

 

 

 

 

 

 

「…さん、鷹峰さん。」

「…おぁ?…んだよマスター、酒のおかわりか?」

「そんなわけないだろ。そろそろ閉店だ、寝るんだったらツケでいいからさっさと帰ってくれ。」

 

 

 

…そんな思考が、鷹峰の頭の中で一体どのくらいの時間回っていたのだろう。

 

最早時間の感覚すら曖昧になったその酔った頭の回転では、それ以上のことを考える隙間すら空いておらず…

 

心の底から迷惑そうな顔をしたマスターに促され、無理矢理にコートを羽織らされる鷹峰。

 

 

 

「ケッ、テメェも俺を追い出そうってか。俺様に冷たい街だぜここはよ。」

「はいはい、またのお越しを。」

 

 

 

そうして…

 

歴戦の人間を数多く見送ってきたBarのマスターに追い出されるようにして…

 

鷹峰は、寒い夜の街に放りだされたのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

「寒ぃ寒ぃ…ハァ…クソみてぇな気分だぜ。」

 

 

 

深夜―

 

いや、深夜と言うにもおこがましい程に深い、とてもとても深い夜更け―

 

そんな夜の最も深い時間に、漏れ出す酒気を帯びた吐息が夜の冷たい空気に白く染まるのを眺めながら…

 

天宮寺 鷹峰は、決闘市を一望できる高台のある場所…

 

 

―決闘市の東地区にある、故人の眠る『霊園』へと足を運んでいた。

 

 

…こんな夜の時間に、故人を祀った石碑だらけの『霊園』に踏み入るというのも、中々どうして度胸がいるであろう行為だというのに。

 

そんな恐怖心など端から持ち合わせていない鷹峰にとっては、最早幽霊であろうと退屈を紛らわせてくれるなら大歓迎と言わんばかりに…

 

知り合いだった故人の『石碑』に不敵にも腰掛け、あまりに堂々とスキットルから酒を呷りながらも愚痴を零し続けていて。

 

 

 

「…なぁ烈火兄ぃよぉ、アンタならこの退屈をどう紛らわしたんだろうなぁ。最近のガキ共は張り合いがねぇし、トウコの姉御ンとこの琥珀つったか?あのガキんちょは砺波に夢中で俺の誘いにゃ乗らねぇし…あぁ、つまんねぇぜ。」

 

 

 

…決して応えてはくれないにも関わらず、それでも話しかけずにはいられないといわんばかりに、石碑に愚痴を零し続ける天宮寺 鷹峰。

 

それは『烈火』と呼ばれた女傑、獅子原 トウコの夫であった自分達の世代の兄貴分…表裏戦争でその命を落としてしまった獅子原 烈火に、昔のように愚痴を零すかのように。

 

 

…もう居ない故人、殺されてしまったあの世代の兄貴分。

 

 

獅子原 烈火に、当時若かった鷹峰はよく可愛がられていた。それこそ『天宮寺』の汚名を気にせず絡んでくれた獅子原 烈火には、子どもの頃から鷹峰もどこか気を許していたのだ。

 

だからこそ、今では自分の方が年上になってしまった、応えてはくれぬ兄貴分だった男に…こうして感傷的に語りかけてしまうのは、きっと酒に酔っている所為だろう。

 

こんな姿など、Barで酔って荒れている姿以上に他人には見せられぬ光景だと言うのに。

 

それでも寒さで冷める酔いを取り戻そうと酒を呷り続ける鷹峰の姿は、どうしようもない寂しさに包まれた退屈な男の憂鬱そのモノ。

 

 

 

「もういっその事、アンタんとこ行った方が楽しめるのかもなぁ。そういや、そっちにゃ【紫影】の屑も【白夜】のジジイも居んだろ?…カカッ、砺波も憐造もトウコも劉玄斎も、【王者】の責務やら引退やら理事長とやらでまともに相手すらしてくれねぇ。…それに【黒獣】の野郎は、助けてやったっつうのに隠れちまってデュエル出来なくなっちまったからなぁ。だったらこっちよりも、そっちの方が楽しくドンパチやれそうだってんだこんちくしょう。」

 

 

 

昔…獅子原 烈火がよく言っていた。

 

―『鷹峰、困ったら俺に言え。なんとかしてやるから。』…と。

 

ソレがもう叶わぬ兄貴分の優しさなのだとしても、自分の命すらどうでもよくなりそうなほどに退屈に塗れた今の鷹峰には…

 

古い兄貴分の言葉を歪曲し、そのまま言葉の通りに従ってしまいそうなほどに感傷的になってしまっているのか。

 

けれども、本当にソレを選択肢に入れてしまっている程に…

 

こんなにも退屈に塗れてしまった歴戦の男が、感傷的に死者にそう語りかけてしまっても、それはある意味仕方がないことであり…

 

 

 

 

 

「あーあ、つまんねぇ…本当に、つまんねぇ世界だぜこの世界はよぉ。」

 

 

 

 

 

鷹峰が、あまりの退屈にやりたいことを見出せずに。

 

その【王者】の燻りが、限界を迎えそうになった…

 

 

 

 

 

そんな時だった―

 

 

 

 

 

―見つけたよ…御爺…

 

 

 

「あん?」

 

 

 

不意に―

 

鷹峰の耳に、何処からとも無く聞こえてきたのは…

 

若い…いや、若いというのも憚られる、幼い少女の声のようなモノ。

 

 

―まさか、本当に幽霊でも出たのか。

 

 

まぁ、ソレならソレで幽霊とデュエルでも出来るのではないかという、下らない冗談と愉悦が鷹峰の思考に一瞬だけ浮かび上がったものの…

 

ソレが大いに間違っていたというのは、この時の鷹峰には気付けるはずもなく…

 

 

声のした方、夜の闇が広がるその方向へと、鷹峰が眼を凝らした…

 

 

そこには―

 

 

 

『やっと見つけた…ねぇ御爺、ここどこ?誰も知ってる人居ないの…』

「…ッ、冗談じゃねぇぜ…マジで幽霊でも出やがたってのか?」

『ねぇ…誰も…誰も居ないの…みんな…見つからないの…』

 

 

 

霊園の向こうに広がる深い森…

 

そこから、そう呟きながらこちらへと向かってふらつく足取りでゆっくりと歩いてきたのは…

 

―深すぎる空の夜を、そのまま纏ったかのような漆黒に伸びる艶やかな黒髪。

 

―夜でその身を染めたかのような、月明かりに照らされた浅黒い肌。

 

―息も白く染まるこの寒さだと言うのに、長めの黒い肌着を一枚だけ纏っただけの…あまりに常識離れした、異質で異様なその恰好。

 

 

―まさか、本物の幽霊…

 

 

何やら自分へと向かって、不気味で不穏なる言葉をつらつらと述べている様な気がするものの…ソレを深く考えられるような余裕は、今の鷹峰には全く持って存在せず。

 

確かに現れれば退屈が紛れるのではと思いはしたものの、まさか本当に現れるだなんて冗談じゃない。そんな、酔いも冷めるのではないかという目の前の光景に、どこまでも襲い来る驚愕が鷹峰の足をその場に釘付けにし…

 

しかし、そんな鷹峰を意に介さず。

 

幽霊のような少女は、ゆっくりとふらふらと淡々と、鷹峰の方へと向かって歩いてくるではないか。

 

 

 

(…カカッ、確かにそっちに行きてぇっつったが…こりゃあちと強引じゃねぇか烈火兄よぉ…)

 

 

 

確かに、兄貴分であった獅子原 烈火の居るであろう、あの世とやらに生きたい気持ちは鷹峰にはあった。

 

けれども、ソレはまだ行くかどうか迷っている段階の話であって…

 

よもやソレを選択肢に入れた瞬間に、向こう側からお迎えがくるだなんて鷹峰とて予想すらしていなかったのだ。

 

いや、こんな非科学的な現象など、誰であっても予想なんて出来るはずも無く…

 

未だ残る酒の酔いと、感傷に浸っていた男の追憶。

 

ソレらが鷹峰の『常識』という思考を更に封じ込め、目の前の幽霊的な少女への焦りだけを更に誘発し…

 

 

 

一歩…二歩…

 

 

 

ゆっくりと、少女がおどろおどろしい足取りで近づいてくる。

 

 

 

そして、漆黒の少女が鷹峰の数歩前で立ち止まったかと思うと…

 

 

 

 

「…おや?貴方は確か…ふふっ、これは運がいい。ちょうど貴方を探していたんですよ、天宮寺 鷹峰さん。」

「…あ?」

 

 

 

急に―

 

その雰囲気を、先程の幽体のような雰囲気から一転させたのだった。

 

 

 

そして…

 

 

 

「…あぁ、これは失礼。【王者】を前にして、初対面で名乗らないのはあまりに失礼でしたね。…私の名前は釈迦堂 ラン。天宮寺 鷹峰…エクシーズ王者【黒翼】、貴方を探していたのです。」

「釈迦堂…ラン…」

「ふふっ、貴方がこんな霊園に居るとは少々驚きでしたが…しかし逆に考えればちょうど良かったといった所でしょうか。…さて、天宮寺 鷹峰さん。私とデュエルをしませんか?」

「…」

 

 

 

あっけに取られている鷹峰を他所に、そのまま淡々と会話を続ける謎の少女。

 

それは先程の、幽霊味を帯びていたあの不気味すぎる雰囲気から一転。

 

まるで、先ほどの自分の行動と言動を何も覚えていないかのように…

 

淡々と話しを続けるこの見た目は子どもで、言葉使いは大人という少女の、そのあまりにちぐはぐな違和感はどこまでも鷹峰の怪訝さを加速させていくだけであり…

 

 

釈迦堂 ラン…とてもじゃないが聞き覚えのないその名。

 

 

こんな幼い見た目の少女が、こんなにも似つかわしくない大人びた口調で話しかけてきたという出来事だけでも、常識では到底信じられることではないというのに。

 

この謎で不気味な漆黒の少女は、あろうことか自分にデュエルをしようと持ちかけてきたではないか。

 

…しかし、どうやら本物の生きている人間のようだ。

 

先程焦ってしまったのも多分酔いの所為。そう思うことにした鷹峰は、月明かりのみを頼りに暗がりの中で目の前に現れた少女をまじまじと見つめ…

 

…不気味な雰囲気ではあるものの、よくよく観察すればかなりの美少女。

 

そう、得体の知れぬ存在感を放ち、他者を寄せ付けない独特の立ち振る舞いをしてはいるが…

 

将来的にはかなりの美女になるであろうことが、容易に想像出来るほどに目の前に居る少女は相当たる美しさを、まさかのこの歳で醸し出しているのだ。

 

…けれども、そんな少女の異質な美しさを感じる間もないくらいに。

 

鷹峰の目の前にいる漆黒の少女の雰囲気は、鷹峰がこれまで経験したことのないような異質で異様なオーラを放っており…

 

 

…それは王者【黒翼】すらも経験した事の無い、圧倒的強者の雰囲気。

 

 

まさかこんな年端もいかぬ、精々10歳前後であろう少女からこんな雰囲気を感じるなんて。

 

50年近く生きてきた天宮寺 鷹峰からしても、その歴戦にこれ程までのオーラを放った子どもの記憶など存在するはずもなく…

 

 

 

「ケッ、ガキの癖して俺様にデュエルを挑むたぁいい度胸じゃねぇか。テメェ、自分の言葉の意味わかってンのか?」

「もちろんです。いいじゃないですか、幸いこんな時間で誰も見てませんし。それに、もし私が貴方に勝っても…誰も、騒ぎ立てませんとも。」

「……………おいガキ、今なんつった?」

「言った通りです。貴方が…王者【黒翼】が負けても、誰も知る由もないと、そう言ったんですよ。」

「ッ!テメェいい度胸じゃねぇかこのクソガキ!俺様を前にンな口利けるたぁ、よっぽど死にてぇようだなぁおい!」

 

 

 

―!

 

 

 

大気を揺るがす【王者】の怒号が、静かな霊園に鳴り響く。

 

…しかし、それも当たり前か。

 

何せ、この年端も行かぬ少女は王者【黒翼】へと向かって、いけしゃあしゃあと『負けても誰にもバレない』と、そう言い放ってきたのだ。

 

…世界に轟く王者【黒翼】を前にして、自分が言った言葉の意味を理解していると言い放った少女。

 

それは、少女がどれだけ得体の知れない存在で、例え幽霊と見間違えた少女であろうとも…

 

…そう、いくら不気味な雰囲気を醸し出している少女とはいえ、この子どもはあろうことかエクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰に不遜にも勝負を持ちかけてきただけでは飽き足らず、世界最強のエクシーズ使いと呼ばれている自分に『勝てる』と、何の疑いも無くそう言いきった。

 

それはどれだけ【王者】という世界の頂点を軽く見て、そして【王者】という看板をどれだけ軽々しく扱っているのだろう。

 

何より、他人に舐められることを極端に嫌う鷹峰へと…その言葉使いはあまりに不敬であり、あまりに不敵でありあまりに不遜。

 

そうだというのに…

 

精神力の弱い者ならば、ソレだけで意識を刈り取ってしまう王者【黒翼】の強すぎる圧力。その、常人では卒倒してしまいそうな圧力を受けてもなお―

 

 

鷹峰へと向かって、ランと名乗った少女は再度その口を開くだけ。

 

 

 

「えぇ、デュエルで殺してくれるなら是非そうしてください。…生憎、こんなつまらない世界に未練なんて無いモノで。」

「…あ?」

「つまらないんですよこの世界は。出会う者みな雑魚、雑魚、雑魚…周りは全員雑魚ばかり。私の相手が務まる者は誰1人として居ない。だからこの世界の【王者】ならばもしや…と思ったんですがね。まぁ無理にとはいいません。貴方が今戦いたくないのなら、また日を改めて…」

「…」

 

 

 

あまりにあっさり引き下がるのは、鷹峰に恐れ慄いた…

 

というわけでは断じてないと言う事を、鷹峰とて少女の雰囲気から簡単に察知できている。

 

それは少女にとって、【王者】とのデュエルは希望こそすれ切望しているわけではないという事の証明でもあり…

 

 

普通、一般人が【王者】とデュエルを行うなんて、よほどの事態でもなければ許されない事。

 

 

だってそうだろう。【王者】の戦いは、どれ一つをとっても国を揺るがすほどの大金が動き、人が動き、メディアが動き…そうして多大なる功労を積み重ねて、ようやくセッティングされるものなのだ。

 

【王者】のデュエル…ソレは一つ一つの戦いが、全世界にとっての知的財産。

 

その戦いは最初から最後まで記録され、未来永劫保存されるモノ。

 

前任たちと比較され、後進達の導となり、全世界のデュエルの発展の為に、ソレは栄誉と責任あるモノでなければならないと決闘法で定義されているのだ。

 

まぁ、常識ある一般人ならば、例え鷹峰の方から遊び感覚でデュエルに誘われたとしても、恐れ多いと断るか、本当に恐れて逃げていくかのそのどちらかなのだが…

 

ともかく…

 

自由奔放かつ天衣無縫なる現エクシーズ王者【黒翼】と言えども、こんな夜中に年端もいかぬ少女と密会するかのようにこっそりとデュエルする事など、この世界の決闘法という常識が許さぬ事。

 

まぁデュエル云々以前に、こんな人の気配のない霊園で初老に差し掛かった男と幼さの残る少女が密会しているなんて、とてもじゃないが褒められた光景では断じてないのだが。

 

こんな時にシンクロ王者【白鯨】である砺波 浜臣がこの場に居たら、絶対に口うるさく【王者】の『責務』を偉そうに抗弁して鷹峰を止めようとしてくるだろう。

 

何せ『荒くれ者』と呼ばれていた過去の砺波と違い、今の砺波は人が変わった様に【王者】の責任と責務を何よりも重視してくる堅物と成り果てているのだから。

 

しかし、そんな【王者】のデュエルの持つ意味を、鷹峰とて分かってはいても…

 

 

 

「チッ、俺様を挑発するたぁ何てガキだ。…わーったよ、デュエルしてやりゃあいいんだろうが。けど1回だけだぞ。終わったらさっさと家帰って寝やがれ。」

「ふふっ、感謝しますよ【黒翼】。」

「つかテメェ、寒くねぇのか?ンな恰好して。」

「…生憎、寒さという感覚を忘れてしまったもので。ですが安心してください。ここが霊園とはいえ、私は生きた生身のモノですので。」

「見りゃ分かるってんだンなこたぁ。」

「しかし…ありがたいですね。いくら私が美少女とは言え、一介の【王者】がこんな子どもの誘いに乗ってくれるとは思いませんでした。」

「美少女とか…自分で言うか?普通よぉ…」

「ふふ、私は自覚のある美少女なもので。では…」

 

 

 

少女の放った『つまらない』という言葉に、同類を見つけた気持ちにでもなってしまったのか。

 

決して少女に煽られたからではない。自分も感じていたその感覚を、照らし合わせたわけでもなく言い放ってきた少女と…

 

デュエルをする気になった…いや、なってしまった鷹峰が、その懐から長い間起動していないデュエルディスクを取り出し始める。

 

そして、それに応じてランと名乗った漆黒の少女も距離を取りながら、その腕に予め装着していたデュエルディスクを展開しつつ…モードを、デュエルモードへと切り替え始めて。

 

 

 

「感謝しろよ?んで後悔すんなよな。」

「えぇ、もちろん。貴方こそ…」

 

 

 

こんな人の起きていない深夜に、こんな故人しか居ない『霊園』で。

 

世界が誇るエクシーズ王者【黒翼】と、たかだか一般人に過ぎない少女が戦うだなんて世界中の誰もが想像すらしていないこと。

 

果たして…

 

この日、この時、この瞬間に。世界が認めたエクシーズ王者【黒翼】と、釈迦堂 ランという得体の知れぬ少女が邂逅したのは、この『世界』にとっては必然だったのか…

 

それとも、この『世界』すら意図していなかった現象なのかは、きっと誰にも理解など出来ぬことに違いないだろう。

 

―けれども出会ってしまった現実だけが、ただただ無情に時間を進める。

 

ソレ故…

 

眼前に立つ、世界最強のエクシーズ使いと呼ばれている男へと向かって。

 

少女は、まるで祈るように…そう、プライドの高い鷹峰には、決して聞こえないような声で…

 

 

 

 

 

 

 

「…潰れないでくださいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

そして、始まる。

 

先攻はエクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰。

 

 

 

「俺様のターン!俺ぁ【RR-バニシング・レイニアス】を召喚!」

 

 

―!

 

 

 

【RR-バニシング・レイニアス】レベル4

ATK/1300 DEF/1600

 

 

 

デュエルが始まってすぐ。

 

天宮寺 鷹峰が召喚したのは、【RR】と呼ばれる…大空の狩人たる小さな猛禽、その内の一体であった。

 

…それは色彩溢れる【ガジェット】と並ぶ、天宮寺 鷹峰の代名詞とも言えるカテゴリー。

 

そう、【ガジェット】と共に、王者【黒翼】が好んで扱う事で世界に良く知られた群れ成す鳥獣達。

 

燃える機械と一体化した、群れ成して獲物を狙う猛禽の恐ろしさは既に歴史の1ページとしてこの世の時代に刻まれており…

 

その鋭き鳴き声で仲間が仲間を呼び、その呼び声が更に仲間を呼ぶという、一度始まれば止まる事のない連鎖の呼び声によって、他の追随を許さぬ叫びを今ここに鳴り響かるのか。

 

世界の頂点を飛び回っている、天上の鳴き声を掻き鳴らしながら…

 

…更なる連鎖を、ここに生み出す。

 

 

 

「まだだ!メインフェイズにバニシングの効果発動!俺は手札から2体目の【RR-バニシング・レイニアス】を特殊召喚!そんで2体目のバニシングの効果で【RR-トリビュート・レイニアス】を特殊召喚し、トリビュートの効果でデッキから【RR-ミミクリー・レイニアス】を墓地へ送るぜ!そんでミミクリーの効果も発動!ミミクリーを墓地から除外し、デッキから【RR-ネスト】を手札に加え…俺ぁレベル4のバニシング2体で、オーバーレイ!」

 

 

 

まだデュエルが始まったばかりの、先攻の1ターン目だというのにも関わらず。

 

酔っていても染み付いた動きはどこまでも止まる気配を見せず、相手が年端も行かぬ少女だろうと微塵も手加減する気も無く…

 

 

「夜闇に飛び立つ音無き狩人、漆黒の翼で空を舞えぇ!エクシーズ召喚!」

 

 

 

天高く叫ぶ鷹峰の声は、ソレがプロの試合なのだと言わんばかりの緊迫感を持ってこの霊園に響き渡るのか。

 

世界最強のエクシーズ使い、その呼び声を裏切る事無く。今、鷹峰の場に現れた銀河の渦より、この夜空に飛び立ちしは…

 

 

 

「来やがれ、ランク4!【RR-フォース・ストリクス】!」

 

 

 

【RR-フォース・ストリクス】ランク4

ATK/ 100→600 DEF/2000→2500

 

 

 

飛び立ったのは無音の羽ばたき。

 

夜の闇の溶け込んでしまいそうな、サイレントキリングを生業とする猛禽の一体。

 

それはエクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰が得意とする怒涛の展開を飾るに相応しい…これより止まることの無い展開を始めるに値する、まさに始まるたるモンスターであって。

 

 

 

「フォース・ストリクスの効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから【RR-ファジー・レイニアス】を手札に加える!そのままファジーを自身の効果で特殊召喚し…俺ぁトリビュートとファジー、2体のレイニアスでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!【RR-フォース・ストリクス】」

 

 

 

【RR-フォース・ストリクス】ランク4

ATK/ 100→600 DEF/2000→2500

 

 

 

「2体目のフォース・ストリクスの効果も発動!オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから【RR-シンギング・レイニアス】を手札に!更に墓地に送ったファジーの効果で、デッキから2体目のファジーも手札に加え…魔法カード、【エクシーズ・ギフト】発動だ!フォース・ストリクス2体のオーバーレイユニットを1つずつ使い、デッキから2枚ドロー!」

 

 

 

止まらない。

 

そう、まるで壊れた暴走列車の、永遠に回転する機関部の如く。

 

高い守備力を誇る猛禽を展開して場を整えながら、当然のように手札を増やしていくその所業。

 

相手が年端も行かぬ少女であろうとも、全く隙を与えぬように振舞うその姿はまさに誰が相手でも手加減などせぬ暴虐武人な男の立ち振る舞いを表しているかのようでもあり…

 

 

 

「これが【黒翼】の駆る【RR】…ふふっ、噂どおり、全く止まる気配のない…」

「たりめぇだろうが!【RR-シンギング・レイニアス】を特殊召喚し、魔法カード、【RR-コール】発動!デッキから2体目のシンギングを特殊召喚!そんでそのまま、2体のシンギングでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!【RR-フォース・ストリクス】!」

 

 

 

【RR-フォース・ストリクス】ランク4

ATK/ 100→1100 DEF/2000→3000

 

 

 

「3体目のフォース・ストリクスの効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、デッキから【RR-ブースター・ストリクス】を手札に加える!永続魔法、【RR-ネスト】も発動!デッキから3体目のバニシング・レイニアスを手札に!」

「手札が減らず、場には守備力3000が3体…なるほど、次のターンに備えた手といい、確かにこれは噂に違わぬ食えないお方だ。」

「ケッ、ガキの癖に減らねぇ口だぜ。」

「いえ、褒めているんですよ。確かに貴方は私がこれまで潰してきた雑魚とは…根本的な部分が全然違う。」

「偉そうに…なに知ったような口利いてんだテメェ。」

「ふふっ、知ったような口とは言いえて妙ですね。知った『ような』、ではないんですよ。『理解した』んです。」

「あ?」

 

 

 

しかし、一般人が対峙すれば震え上がるほどの存在感を常に放っている王者【黒翼】を前にしてもなおも…

 

少女は尊大な態度のままで、【王者】に対してあまりに不敬なる立ち振る舞いをどこまでもどこまでも崩さぬまま、少女は更に言葉を続けるのか。

 

…それは傍若無人で知られた王者【黒翼】へと送る言葉にしては、些か尊大すぎる言葉使い。

 

しかし、そんな事など意に介さず。歴戦の【王者】へと向かって呟く言葉としては決して似つかわしくない声の数々が、漆黒の少女から次々と放たれ続け…

 

 

 

「攻撃的な態度と立ち振る舞い、そして怒涛の展開で攻撃性を全面に押し出している様で…次の私の攻撃に決して注意を怠らず、守備力の高いモンスターと罠で万全を期している…とね。」

「…」

「ふふっ、図星でしたか?」

「ならテメェの思い通りに行くか頑張ってみなぁ!俺ぁカードを1枚伏せてターンエンドだぜ!」

 

 

 

鷹峰 LP:4000

手札:5→4枚

場:【RR-フォース・ストリクス】

【RR-フォース・ストリクス】

【RR-フォース・ストリクス】

魔法・罠:【RR-ネスト】、伏せ1枚

 

 

 

そうして…

 

薄気味悪い美少女を前に、あまりに激しくデッキを回転させながらも強固な守りを固めつつ。

 

エクシーズ王者【黒翼】は今、そのターンを終え…

 

 

 

 

 

「私のターン、ドロー。私は永続魔法、【真竜凰の使徒】を発動し効果発動!…【真竜凰の使徒】をリリース!」

「あぁ!?」

 

 

 

そして―

 

ターンが変わってすぐ。

 

耳を疑いたくなるような宣言と共に少女の場に巻き起こった光景は、【黒翼】たる天宮寺 鷹峰とて全く見たことも聞いた事もない光景であった。

 

…それは効果のエフェクトだとか特殊召喚の為のエフェクトだとか言った代物ではない。

 

天にその身を捧げる立ち上る渦―ソレは紛れもなく、アドバンス召喚の為のエフェクト。

 

…聞いたこともない。モンスターをリリースするわけではなく、まさか魔法カードをリリースしてアドバンス召喚を行うカードなど。

 

しかし、そんな意表を突かれたかのような表情をしている鷹峰を意に介さず…

 

少女の宣言と共に、この場に現れるは―

 

 

 

「レベル6、【真竜拳士ダイナマイトK】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【真竜拳士ダイナマイトK】レベル6

ATK/2500 DEF/1200

 

 

 

現れたのは深緑の鎧をその身に纏う、竜の力を受け継ぎし拳士。

 

不退の如く前線に立つその姿は、まさにその身一つで敵陣に突撃せんとしている勢いをそのままに…

 

漆黒の少女の前に聳え立ち、猛禽たちを見据えて構えていて。

 

…しかし魔法カードをリリースしてアドバンス召喚など、王者【黒翼】を持ってしても経験した事の無い代物。

 

…【帝王】などのカードが現存していた先史の時代ならばまだしも、このExデッキ至上主義の時代にこんなトリッキーなアドバンス召喚をしてくるカードなど存在するわけも無く。

 

ソレ故、全く体験したことのない現象が、今鷹峰の目の前で巻き起こり…

 

 

 

「なんつーガキだ!初っ端から意味わかんねぇ事しやがって!」

「ふふっ、まだですよ。リリースされ墓地に送られた【真竜凰の使徒】の効果発動。貴方の伏せカードを1枚破壊する!」

「チッ!なら破壊される前に罠カード、【RR-レディネス】発動!このターン、俺の【RR】は戦闘じゃあ破壊されねぇ!」

「ならばソレにチェーンして【真竜拳士ダイナマイトK】の効果発動。デッキから永続罠、【真竜皇の復活】を発動します。そして【強欲で貪欲な壷】を発動。デッキを10枚裏側除外し2枚ドロー!さて、戦闘では破壊されないのならば…永続魔法、【真竜の継承】を発動しその効果発動!私は【真竜皇の復活】をリリースし、レベル5、【真竜導士マジェスティM】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【真竜導士マジェスティM】レベル5

ATK/2300 DEF/1500

 

 

 

続けて―

 

魔法カードをリリースするだけでは飽き足らず、今度は罠カードをリリースしてモンスターをアドバンス召喚し始めた少女。

 

そのどれもが【黒翼】の記憶の中には存在しないカードであり、見知らぬカードの連撃に酒の酔いも冷めていく錯覚を鷹峰も感じているのか。

 

 

 

「リリースされた永続罠、【真竜皇の復活】の効果発動。フォース・ストリクス1体を破壊する!」

「罠もリリースできる上に除去付きかよ!」

「まだです。永続魔法、【真竜の継承】の更なる効果!デッキからカードを2枚ドロー!…ふふっ、私はまだ召喚権を使っていない。速攻魔法、【帝王の烈旋】を発動し…私は貴方の場の、フォース・ストリクスをリリース!」

「ッ!?帝王の…テメェ、そんなカードどこで…」

「貴方には関係のない事です。フォース・ストリクスをリリース。レベル6、【真竜戦士イグニスH】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【真竜戦士イグニスH】レベル5

ATK/2400 DEF/1000

 

 

 

しかし、まだ終わらない。

 

原則的に1ターンに1度しか行えないはずのアドバンス召喚を、既に少女は『3回』も行っているというこの現実。

 

その、この世界の常識からあまりに外れたその行為と…ソレを行っているのが、こんな年端もいかない幼い少女だという現実に、酔いの残る鷹峰の理解がどうしても追いつかないのか。

 

 

…そう、このExデッキ至上主義の時代においては、ありえるはずのないアドバンス召喚特化のカード達。

 

 

たった今少女が発動した【帝王の烈旋】もそう。少女が使った速攻魔法、【帝王の烈旋】―

 

そのカードは、歴戦を生きる鷹峰の記憶が確かならば確か古き時代に扱われていた…Exデッキを必要としない、【帝王】と呼ばれる孤高の王達によるカテゴリーのカードであったはず。

 

…しかし、この『Exデッキ至上主義』の時代。

 

数百年前の古き時代ならばいざ知らず、この『Exデッキ至上主義』の時代にこのようなExデッキに頼らぬ先史に刻まれたカードは…そう、専門的な歴史書に載っている様なカード群は、軒並み時代の波に攫われてしまい現代まで現存しているカードはかなり少ないはずなのだ。

 

それは子どもでも持っているような、有象無象のようなアドバンス召喚サポートのカードとは訳が違う。

 

【帝王】に代表される、一つ一つが歴史を刻んだ古き時代の消滅したカテゴリー。

 

先史の時代に猛威を振るった強すぎるアドバンス召喚の系列のカードは、このExデッキ至上主義の時代には存在している事事態が稀なことであり…ソレは【王者】たる鷹峰にすら手に入れることを困難にさせるほどの代物なのだから、こんな幼い子どもがこんなにも簡単に使用していること事態がそもそもとして不自然なこと。

 

それ故、少女の使うカードは例え【王者】でも…いや、前線に立ち続けてきた【王者】だからこそ、その存在が信じられないのだろう。

 

他人よりも高い場所で、長く、そして多くのデュエルを見てきたからこそ。【王者】を持ってしても経験した事の無いこの現実は、どこまで鷹峰に混乱を与え続けており…

 

 

 

「意味わかんねぇモンスター使いやがって。しかもこれでレベル5のモンスターが2体…来るか?」

「…あぁ、ご心配なく。私のExデッキにモンスターは居ませんから。」

「…あ?」

 

 

 

 

 

そして―

 

 

 

 

この世界における、エクシーズ召喚の王者へと向かって。

 

現代に…そう、Exデッキ至上主義時代に生きている人間からは、絶対に飛び出してこないであろう言葉が、漆黒の少女から飛び出した。

 

そして少女の言葉を聞いて、思わず言葉を無くし目を丸くしてしまった天宮寺 鷹峰。それは、鷹峰も自分の耳を疑っているかのような反応であり…

 

 

 

「テメェ…そりゃあ一体どういう…」

「そのままの意味ですよ。私はExデッキを使いません。」

「…ッ!このガキ!テメェどこまで俺様を舐め腐ってやがる!俺様に勝つっつー戯言抜かしやがった上に、Exデッキも使わねぇたぁどんだけ舐めプしやがるつもりだコラァ!」

 

 

 

王者【黒翼】の激昂が、再び霊園に木霊する。

 

…しかし、それもそのはず。

 

何せExデッキを扱う事が、呼吸する事ど同義とまで言われるこのExデッキ至上主義の時代において。Exデッキを使わないと自ら宣言することなど、まともな思考をした人間なら口にする事すら出来ないことなのだ。

 

…『融合』、『シンクロ』、『エクシーズ』の召喚法の内、誰もがその中の一つ『Ex適正』として持っているのがこの世界のデュエリストの常識。

 

…誰もが己の『Ex適正』に従い、誰もが自分の扱えるExモンスターを駆使してデュエルをするというのが、この世界における『デュエル』という概念。

 

けれども、この少女は自らその常識を嘲笑うかのようにソレを根本から否定したのだ。

 

これでは、この世界におけるエクシーズ召喚の【王者】へと送る言葉にしてはこれ以上無いくらいの侮辱と取られても当然だろう。

 

…先日、世界中で大々的にニュースになった『Ex適正を持たない少年』の例は別としても。

 

【王者】と対峙しているというのに、自らExデッキを使わないと語ることは【王者】を相手に自らに『枷』をはめるということであり…

 

その言葉は、他人よりもプライドの高い天宮寺 鷹峰と言う男の歴戦という誇りを、一体どれだけ傷つけたというのか。

 

 

 

 

 

そうだと、言うのに―

 

 

 

 

 

「…別に舐めてなんていませんよ。そもそも【帝王の烈旋】を発動したターン、私はExデッキからモンスターを出せません。…まぁ私のExデッキには、始めからExモンスターは存在しませんが。」

「な…」

「ダメージも与えられませんし、とりあえずはこんなところでしょうか。私はカードを2枚伏せターンエンド。」

 

 

 

釈迦堂 ラン LP:4000

手札:6→1枚

場:【真竜拳士ダイナマイトK】

【真竜導士マジェスティM】

【真竜戦士イグニスH】

魔法・罠:【真竜の継承】、伏せ2枚

 

 

 

そうして―

 

Exデッキを使わないと宣言しただけではなく。

 

最初から、Exデッキにモンスターなど用意していないとまで言い張った少女の言葉に、鷹峰も激昂を通り越して絶句を覚えてしまったのか。

 

…それは、主義や枷といった類のモノではなく。

 

使わなくとも、Exデッキにモンスターを用意だけでもしておけばいざという時のコストや保険になるにも関わらず…

 

ソレすら行わないと自ら謳った釈迦堂 ランという漆黒の少女の雰囲気が、夜の重さと交わり更に更に重々しいモノへと変わっていく。

 

少女から漂う得体の知れない雰囲気…それはこんな幼い少女が出せる雰囲気ではない。

 

 

…一体、彼女は何者なのか。

 

 

エクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰を前にしているというのに、あまりに堂々とした少女のその言動は、到底人間が出せるようなモノではない。

 

【王者】の中でも、とりわけ他者への圧力を抑えていない天宮寺 鷹峰と対峙していて、その圧力に潰されない子どもなどこの世界に存在するわけがないと言うのに。

 

それは鷹峰が、意図的に圧力を押さえている…というわけでは断じてなく、いくら酔いが残っているとは言え鷹峰は本気で目の前の少女の精神を潰そうとその強すぎる圧力を駄々漏れにし続けているのだ。

 

そうだと言うのに、鷹峰の圧力を正面から受け止めるどころか押し返している少女の異常性は、その夜のような不気味な存在感と相まってどこまでもどこまでも鷹峰へと逆にプレッシャーをかけ続けていて。

 

 

 

「どうしました?…折角モンスターを1体残してあげたと言うのに、まさか【王者】ともあろうお方が、この程度で終わりに…」

「ンなわけねぇだろうが!俺様のターン、ドロー!…ケッ、そんなにブッ飛ばされてぇンなら、ガキだろうがもう容赦しねぇぜ!【RUM-レイド・フォース】発動!」

 

 

 

しかし、そんな少女からのプレッシャーを更に弾き返すかのように。

 

叫ぶようにして鷹峰が発動したのは、シンボルが光り輝く1枚の魔法カード。

 

それはこの世界においては、他の使い手などほとんど存在しない希少なカードであり…

 

そう、エクシーズ王者、【黒翼】天宮寺 鷹峰の近年における代名詞とも言えるその魔法。

 

それはエクシーズモンスターを素材に、ランクアップした新たなるエクシーズモンスターを呼び出すという…【黒翼】自身が戦いの中で生み出し、磨き、確立した、この世界では彼にしか出来ない戦い方。

 

…この少女が何者なのかなど、今この時においてはどうでもいいこと。

 

自分がやるべきことは【王者】を舐め腐ったクソガキに、徹底的に痛い目を見せてやることなのだと言わんばかりに…

 

本気の本気で少女をブッ倒すと決めた、天宮寺 鷹峰の叫びが暗い霊園に響き渡る。

 

 

 

「レイド・フォースにチェーンしてダイナマイトKの効果発動。デッキから永続罠、【真竜皇の復活】を発動します。」

「構うかよ!ランク4のフォース・ストリクス1体でオーバーレイ!彼方に飛び立つ異形の翼よ!地を這う獣を撃ち殺せぇ!ランクアップ!エクシーズチェェェェェエンジ!」

 

 

 

エクシーズモンスターである闇夜の猛禽が、その身を光へと変えて天空に舞う。

 

…ソレは紛れもなくエクシーズ召喚の為のエフェクト。

 

【黒翼】、天宮寺 鷹峰にのみ許された叫びに導かれ、フォース・ストリクスであった光が鷹峰の足元に広がる銀河の渦にその身を捧げ今ここに飛び立つは…

 

 

 

 

 

 

「来やがれぇ、ランク5!【RR-エトランゼ・ファルコン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【RR-エトランゼ・ファルコン】ランク5

ATK/2000 DEF/2000

 

 

 

現れしは異形の隼。

 

赤銅の翼を翻す、彼方より飛来せし猛禽の一体。

 

その背に背負いし砲塔で、遥か空から獲物を狙い撃つ…際限なく進化を続ける鳥獣の、分岐する可能性のその一つ。

 

 

 

「…コレが【黒翼】のランクアップ戦術…なるほど、確かに壮観だ…」

「チッ、何が『壮観』だ。ガキの癖に心にもねぇことをベラベラと…すぐに黙らせてやらぁ!エトランゼ・ファルコンの効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、【真竜拳士ダイナマイトK】を破壊して元々の攻撃力分のダメージを与える!」

 

 

 

そして異形の隼が、赤銅の翼を翻して天へと舞う。

 

背に構えた砲塔へと、熱を溜め始めるその姿は…猛禽らしからぬ武器ではあるものの、まさに獲物を撃ちぬくために狙いを定めた狩人のモノとも言えるだろうか。

 

今、異形なりし猛禽から、一筋の熱閃が放たれ―

 

 

 

 

「させませんよ。エトランゼ・ファルコンの効果にチェーンしてマジェスティMの効果発動。更にそれにチェーンして永続罠、【真竜の黙示録】も発動。ダイナマイトKを破壊し、エトランゼ・ファルコンの攻守を半分にする。そしてマジェスティMの効果で【真竜騎将ドライアスⅢ世】を手札に。」

 

 

 

しかし…王者の放った熱閃を、いとも簡単に躱すかのように。

 

自らのモンスターを破壊しつつ、エトランゼ・ファルコンの砲撃による効果ダメージからその身を守った漆黒の少女。

 

そのまま、対象を失った隼の熱閃が少女の場へと打ち込まれるものの…少しも動じることもなく、ただただ少女は不気味に笑みを浮かべていて。

 

 

 

「チィッ!だったら【強欲で貪欲な壷】を発動!デッキを10枚除外し…」

「…ソレにチェーンしてイグニスHの効果発動。デッキから【真竜凰の使徒】を手札に加える。」

「それがどうした!2枚ドローし、更に【RUM-デス・ダブル・フォース】を捨てエトランゼ・ファルコン1体でオーバーレイ!」

 

 

 

けれども、【黒翼】もまたその手を止めることもなく。

 

相手ターンであろうと行動を止めないランを意に介さず。

 

連撃を仕掛けるように次々と進撃を止めない鷹峰の叫びによって、再び鷹峰のエクシーズモンスターがその身を光へと変え天に舞い始め…

 

 

 

「天空に燃える怨嗟の翼よ!有象無象を焼き殺せぇ!ランクアップ、エクシーズチェェェェェエンジ!ランク6!【RR-レヴォリューション・ファルコン-エアレイド】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【RR-レヴォリューション・ファルコン-エアレイド】

ATK/2000 DEF/3000

 

 

 

「エクシーズ召喚成功時にエアレイドの効果発動!イグニスHを破壊して、攻撃力分のダメージを与えたらぁ!」

「ならば破壊される前に永続罠、【真竜の黙示録】の効果発動!【真竜の黙示録】をリリースし、レベル6【真竜騎将ドライアスⅢ世】をアドバンス召喚!」

 

 

 

―!

 

 

 

【真竜騎将ドライアスⅢ世】レベル6

ATK/2100 DEF/2800

 

 

 

 

「ふふっ、ドライアスⅢ世が場に居る限り、ドライアスⅢ世以外の【真竜】モンスターは効果では破壊されない!更にリリースされた【真竜の黙示録】の効果!レヴォリューション・ファルコン-エアレイドを破壊する!」

「クソが!ちょこまかちょこまか躱しやがって!けどドライアスⅢ世は破壊できンだろうが!エアレイドが破壊されたこの瞬間!俺ぁ Exデッキから【RR-レヴォリューション・ファルコン】を特殊召喚し、エアレイドをオーバーレイユニットにする!そのままレヴォリューション・ファルコンの効果発動!ドライアスⅢ世を破壊し…攻撃力の半分のダメージをテメェに与えるぜ!」

「永続罠、【真竜皇の復活】の効果発動。ドライアスⅢ世をリリースし、【真竜拳士ダイナマイトK】をアドバンス召喚!そして場を離れたドライアスⅢ世の効果で、デッキから【真竜皇バハルストスF】も守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【真竜拳士ダイナマイトK】レベル6

ATK/2500 DEF/1200

 

【真竜皇バハルストスF】レベル9

ATK/1500 DEF/3000

 

 

 

―それでも、喰らわない。

 

あまりに激しい【黒翼】の、その全ての爆撃を躱し続ける少女。

 

常人では決して耐え切れるはずもない【黒翼】の、この怒涛の攻勢をひらひらと躱し続けながらも…同時に次々と展開を続ける少女のデュエルは、あまりに異常であまりに不可解。

 

そう、こんな年端もいかない少女が、よもや歴戦の王者【黒翼】を翻弄しているだなんて。

 

そんな事実など、他人が聞いたとしても絶対に信じられるわけもなく…

 

…現れしは、深緑の鎧纏いし竜の拳士と…終焉導く水害を呼ぶ、黙示録に刻まれた竜の皇帝。

 

この世の終わりを呼んでくるのではないかと思える程に、あまりに禍々しいほどにうねる水の恐怖と共に…果敢に攻める【黒翼】を、更なる高みからなお見下ろす。

 

 

 

「チッ!まだ突破できねぇのか!」

「…ふふっ、私を相手にここまで攻め込んできたのは貴方が始めてです。ですが…いくら【王者】と言えど、ここが限界でしょう。」

「ッ…」

 

 

 

どこまでも…そう、どこまでも上から目線で。

 

あまりに偉そうにそう呟かれた少女の言葉は、何の敬意も感じさせることなく【黒翼】へとぶつけられて。

 

そして、ランの放った一言が天宮寺 鷹峰の癪に障ったのか…

 

 

 

「まだ終わるわけねぇだろうが!墓地のレイド・フォースの効果発動!手札のファジーと墓地のレイド・フォースを除外し、墓地から【RUM-デス・ダブル・フォース】を手札に戻す!そんで【貪欲な壷】発動!バニシング 2体、シンギング、ファジー、フォース・ストリクスをデッキに戻して2枚ドロー!…来たぜ!まずはレヴォリューション・ファルコンの効果発動!オーバーレイユニットを一つ使い、相手モンスター全てに攻撃出来るようにする!そんで【死者蘇生】発動!墓地から【RR-レヴォリューション・ファルコン・エアレイド】を特殊召喚!」

 

 

 

【RR-レヴォリューション・ファルコン・エアレイド】ランク6

ATK/2000 DEF/3000

 

 

 

止まらぬように。終わらぬように。

 

強い憤慨を孕ませながら、少女の言葉を掻き消すように再度動き始めた王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰。

 

…ここまでの攻防で、この少女の力が途轍もない代物だということは鷹峰とて嫌でも感じ取っている。

 

けれども、ここでソレを認めて折れるわけには絶対にいかないのだと言わんばかりに…己の強すぎるプライドにかけて、ここで退く気など鷹峰にはないのだ。

 

…少女にどれだけ躱されようとも。少女がどれだけ強くとも。

 

自分にこれだけ偉そうな口を利いた、この身の程知らずのガキに思い知らせてやるという憤怒の元。鷹峰の場からは、再度隼たちが飛び上がり続け…

 

 

 

「【死者蘇生】…エクシーズモンスターに使用したところで、オーバーレイユニットが無いのならば意味など…それにレヴォリューション・ファルコンの効果も、アドバンス召喚したモンスターには意味が無…」

「わかってんだよンなこたぁ!【RR-ネスト】の効果発動!デッキからトリビュート・レイニアスを手札に加える!そんで俺ぁまだ通常召喚してねぇ!【RR-バニシング・レイニアス】を通常召喚!更にバニシングの効果でトリビュートも特殊召喚!」

 

 

 

―!!

 

 

 

【RR-バニシング・レイニアス】レベル4

ATK/1300 DEF/1600

 

【RR-トリビュート・レイニアス】レベル4

ATK/1800 DEF/ 400

 

 

 

「トリビュートの効果でデッキからミミクリーを墓地へ送り、そのままミミクリーを除外しデッキから【RR-レディネス】を手札に加えるぜ!」

「止まらない…いや、止まる気が無い…」

「たりめぇだろうが!俺様を誰だと思ってやがる!」

「エクシーズ王者【黒翼】…そしてレベル4のモンスターが2体…これは…」

「いくぜ!俺ぁレベル4のバニシングとトリビュート!2体のレイニアスでオーバーレイ!」

 

 

 

そして―

 

今高らかに木霊せしは、エクシーズ召喚のための大いなる宣言。

 

少女にどれだけ防がれようとも、それでも止まらぬ超越の連鎖はまるでエクシーズ召喚を行うことなどどんな事よりも簡単なのだと言わんばかりの勢いとなりて…

 

今ここに、銀河の渦を再度呼び出すのか。

 

 

―それはエクシーズ王者【黒翼】たる、己自身を誇るかのように。

 

 

歴戦の王者、天宮寺 鷹峰は今、己の持つエクシーズのEx適正が導くままにその手を天へと掲げ…

 

 

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よぉ、神威を貫く牙となれぇ!」

 

 

 

 

 

世界に轟くその口上。【王者】たる由縁のその叫び。

 

音無き静かな霊園に、高らかに反響せしは神をも恐れぬ男の雄叫び。

 

まさに王者【黒翼】の証明。自らの誇りそのモノ。

 

世界に轟くその口上とともに、例え相手が少女であろうと決して手加減などせぬ自分のデュエルの…まさしく『切り札』と呼べる存在を、鷹峰は今ここに呼び出そうとしているのか。

 

それは尊大な態度を崩さぬ少女へと、自分を力を思い知らせてやるかのように。天へと響く、竜の咆哮と共に…

 

 

 

 

 

今ここに、現れる―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚!来やがれぇ、ランク4!【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500 DEF/2000

 

 

 

天に羽ばたく雄雄しき翼と、神をも切り裂く鋭き牙が霊園の夜空に輝いて。

 

その佇まいはまさに王の風格。歴戦を共に駆け抜けし、天宮寺 鷹峰の力がそのまま具現化したその存在感は…まさに正真正銘王者の代物となりて、その咆哮を天に轟かせるのか。

 

 

…どれだけ行く手を阻まれようとも、どれだけ攻撃を防がれようとも。

 

 

それでも現れし【黒翼】が、竜の戦士たちへと向かって轟き叫ぶ。

 

 

 

「これが本物の【黒翼】…確かに桁違いの存在感だ…」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる!ダーク・リベリオンの効果発動!オーバーレイユニットを2つ使い、ダイナマイトKの攻撃力を半分にする!そんでその数値分、ダーク・リベリオンの攻撃力をアップさせるぜ!喰らい尽くせぇ!紫電吸雷!」

 

 

 

【真竜拳士ダイナマイトK】レベル6

ATK/2500→1250

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/2500→3750

 

 

 

神をも縛る紫電の雷鎖。ソレが躊躇無く竜の拳士を縛り上げ、その力を一息に半減させていく。

 

そう、どんなモンスターが相手でも…例え神が相手でも。

 

決して畏れなど抱かぬであろう、不遜なるも強靭なる黒翼牙竜がその力を上昇させる時…ソレはデュエルの終盤を現す叫びとなりて、【王者】に勝利を齎すのだ。

 

 

 

 

 

 

ところが…

 

 

 

 

 

 

「手間ぁかけさせやがって!バトルだ!まずはエアレイドで、【真竜導士マジェスティM】に攻撃ぃ!」

 

 

 

 

まさかの、攻撃力を大幅に上昇させたダーク・リベリオンではなく…

 

攻撃力の劣るレヴォリューション・ファルコン-エアレイドに、自爆特攻を命じた天宮寺 鷹峰。

 

…まるで、自棄にでもなったかのよう。

 

攻撃力の下がったダイナマイトKにではなく、まさかの攻撃力の高いマジェスティMへと鷹峰は攻撃を命じたのは一体何の算段か。よもや、まだ酒の酔いが残っているという言い訳をするわけではあるまいに…

 

 

 

 

―!

 

 

 

鷹峰 LP:4000→3700

 

 

 

…案の定、返り討ちに遭い、破壊されてしまった反旗の隼。

 

それに応じて、鷹峰のLPが減少の音を掻き鳴らし…

 

よもやこのデュエルが始まって最初のダメージが、少女の方ではなくエクシーズ王者【黒翼】が受けたモノだなんて、とてもじゃないが誇る事などできはしないと言うのに。

 

 

 

 

 

しかし―

 

 

 

 

 

「自爆特攻…そして先ほど手札に戻したRUM…なるほど、確かに抜け目がない…」

「いっくぜぇ!エアレイドが戦闘破壊されたこの瞬間!速攻魔法、【RUM-デス・ダブル・フォース】発動!エアレイドを特殊召喚し、倍のランクにランクアップさせる!」

「6の倍…ダイナマイトKの効果で、デッキから【真竜の黙示録】を発動。」

「カカッ!ソイツぁもう効果使えねぇだろうが!俺ぁランク6のエアレイド1体で、オーバーレェイ!」

 

 

 

たった今返り討ちにされ破壊された、革命の隼が再度蘇る。

 

倍のランク…それはランクを上昇させる『RUM』の中でも、特に突出した上昇値。

 

『6』の倍…すなわち、『12』。

 

モンスターの持つレベル・ランクの最大値は『12』であると定められており、その枠組みの中でも最大の値を持つモンスターはもれなく強大なる力を持った切り札の中の切り札であるからこそ…

 

 

 

 

 

「空を翔る翼の砦よ!敵の全てを撃ち落とし…楯突く全てを消し飛ばせぇ!ランクアップ!エクシーズチェェェェェエンジ!」

 

 

 

発動された速攻魔法の、RUMのシンボルが暗い霊園の中で光り輝く時。

 

…現れるのは強大なる力、姿を現すのは巨大なる隼。

 

今、天宮寺 鷹峰の持つ【RR】のモンスターの中でも、最大のランクを持った存在が…

 

 

 

今、ここに―

 

 

 

「来やがれぇ、ランク12!【RR-ファイナル・フォートレス・ファルコン】!」

 

 

 

―!

 

 

 

【RR-ファイナル・フォートレス・ファルコン】ランク12

ATK/3800 DEF/2800

 

 

 

巨大なりし砦の砲城。天空を飛び回る城砦の隼。

 

最早、猛禽とはとても思えないその圧倒的な体躯は…

 

他の追随を許さぬほどに、この世に並ぶモノなどない巨大なる天空の城となりて霊園の上を飛翔するのか。

 

 

 

「ランク12…文字通り、RR最終最後の隼ですか…」

「RRだけじゃねぇ!コイツぁテメェが見る最後の隼でもあんだぜ!ランクアップしたファイナル・フォートレス・ファルコンは他のカードの効果を受けねぇ上に連続攻撃出来る!」

「…」

 

 

 

あれだけ攻撃を躱されたというのに。あれだけ連撃を防がれたというのに。

 

多大なるカードの効果を使用し続けたというのにも関わらず、最後の最後まで相手の息の根を止めることだけを狙って動き続けた鷹峰の場には…

 

 

―気がつけば、ランのLPを全て削りきるだけの力を持った牙竜と隼が揃ったではないか。

 

 

…展開を続けた【黒翼】の場には、象徴たる黒き竜と最終最後の砦の隼。

 

その攻撃は最早、少女を消し飛ばすには充分過ぎる力となりて…釈迦堂 ランという漆黒の少女を、力の限り葬り去ろうとしていて。

 

 

 

 

「コイツの連撃とダーク・リベリオンの攻撃でもうテメェは終わりなんだよ!バトル続行!先ずはダーク・リベリオンでダイナマイトKに攻撃ぃ!」

 

 

 

そうして―

 

 

 

王者【黒翼】の象徴なりし、牙持つ黒き翼の竜が夜の空へと舞い上がる。

 

世界の頂点を極めたその牙。世界の頂点へと辿り着いたその翼。

 

他の追随を決して許さぬ、誇り高き漆黒のその体躯を天へと押し上げ。ソレはいたいけな漆黒の少女を、慈悲も無く一息に葬り去ろうとしているのか。

 

 

 

 

 

「消し飛べぇ!斬魔黒刃!ニルヴァー・ストライ…」

 

 

 

 

そのまま…

 

轟く叫びと猛る雷、王者【黒翼】の豪き雄叫びが、文字通り少女を貫かんとした…

 

 

 

 

 

その時だった―

 

 

 

 

 

「罠カード、【決別】発動!手札の魔法カードを1枚墓地へ送り、バトルフェイズを終了する!」

「何ぃ!?」

 

 

 

 

 

刹那―

 

【黒翼】と少女の間に現れた一枚の罠カードが、ダーク・リベリオンの斬撃の軌道を無理矢理に逸らしてしまった―

 

…それは対価を払いバトルフェイズを終了させる、迫り来る相手モンスターとの文字通り『決別』を表す一風変わった罠カードではあるのだが…

 

 

 

「ッ!テメェ、まだそんな手を…」

「危ない危ない…流石は【黒翼】、あそこまで徹底的に躱してもなお息の根を止めにくるとは…念を入れておいて正解でした。」

「グッ…」

 

 

 

もし鷹峰がエアレイドでの自爆特攻を初撃に選ばず、ダーク・リベリオンでの攻撃を初撃にしていたら…少女は、もっと早くに【決別】を発動していただろう。

 

…それは単純に、鷹峰にダメージを与えるため。

 

たった300…されど300のダメージ。

 

拮抗していた状態で、ダメージが発生したということは少女と【王者】、どちらが競り勝ったのかの証明。例えそれが鷹峰の自爆特攻であろうとも、それ以上のダメージを鷹峰が与えられないと言う事は…デュエルの流れが、どちらに傾いたのかと言うことが、今はっきりしたという事なのだから。

 

それは【王者】と少女がデュエルを行っているとは到底思えない光景。

 

まさか歴戦の王者【黒翼】ともあろう男が、こんな年端もいかぬ少女を相手に押されているなど決してあってはならない事実。

 

あれだけの妨害と、あれだけの回避の果てに…自分を相手に、こんな最後かつ最硬の守りの手を用意していたのか―

 

ソレを理解してしまった鷹峰の背筋に…ゾクッとするような寒気が一瞬走る。

 

 

 

「クソが!…カードを2枚伏せてターンエン…」

「エンドフェイズに【真竜皇の復活】の効果発動。墓地より【真竜騎将ドライアスⅢ世】を守備表示で特殊召喚。」

「チッ、また増えやがったか。ターンエンドだクソガキ!」

 

 

 

鷹峰 LP:4000→3700

手札:5→1枚

場:【RR-ファイナル・フォートレス・ファルコン】

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】

【RR-レヴォリューション・ファルコン】

魔法・罠:【RR-ネスト】、伏せ2枚

 

 

 

こうして…長い長い展開を終え、再びターンを受け渡した【黒翼】。

 

しかしエクシーズ王者【黒翼】ともあろう者が、まさか全力で攻め込んだにも関わらず相手のLPを削る事すらできなかったなんて。

 

しかもソレは歴戦のプロデュエリストならばともかく、よもや年端も行かぬ幼さの残る少女のLPだなんて…例え素面であったとしても、鷹峰とて絶対に他言など出来ないであろう。

 

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 

 

そんな、どこか違和感を感じている鷹峰を意に介さず。

 

先ほどと同じように、勢いよくカードをドローしたかと思うと…

 

 

 

「…」

 

 

 

何かを考える素振りを見せつつ、釈迦堂 ランは徐にその手を止めてしまった。

 

 

 

「あ?テメェ何止まってんだ?」

「いえ、少々考え事をしていまして…手札にはブースター・ストリクス。墓地と場には【RR-レディネス】。そして効果を受けないファイナル・フォートレス・ファルコンと、攻撃力3750となった【黒翼】…あれだけ邪魔したと言うのに、ここまでの場を作り上げるだなんて…ふふっ、【王者】の力が、ここまで相当たるモノとは恐れ入りました。」

「ケッ、心にもねぇ事をよく言えるモンだぜ。」

 

 

 

…さっきまでの、あの不遜なるも不敵な態度は一体どうしたというのか。

 

また先のターンと同じような怒涛の展開で鷹峰を襲うのかと思えば、打って変わって何かを考えているような素振りを見せ始め…

 

 

…まさか、ここへきて突破口が見つからないとでも言うつもりか。

 

 

まぁ、例え『そう』だとしても少女の相手は王者【黒翼】なのだから、ここへきて少女がそうなってしまったとしてもソレはある意味当然ではあるのだが…

 

何せあれほど尊大な態度で【黒翼】を煽り、王者の怒涛の攻めをかわし続けはしたモノの、それでも止まらなかった【黒翼】は先のターンにおける3体のフォース・ストリクスによる猛禽の壁よりも、更に強固な守りを建造してそのターンを終えたのだ。

 

それはランのLPを0に出来るだけの展開だけでは収まらない。あれだけの目まぐるしい攻防を繰り広げ、あれだけの攻勢を貫いたというのに…攻撃一辺倒では終わらない場を残した【黒翼】の、その守備はまさしく万全の一言。

 

 

―特殊召喚されたモンスターとの戦闘では、無敵を誇るレヴォリューション・ファルコン

 

―効果を受けない耐性と高い攻撃力を備えた、ランク12のファイナル・フォートレス・ファルコン

 

―そして攻撃力を3750にまで上昇させた、【黒翼】たるダーク・リベリオン

 

 

攻撃力3000を大幅に超えるモンスターというのは、そもそもとして限りない強者。

 

それらを戦闘によって突破することは、普通であれば限りなく困難な所業であり…効果による除去を試みても、それはダーク・リベリオンかレヴォリューション・ファルコンを除去することしかランには許されてはおらず…

 

 

―けれどもダーク・リベリオンを除去できたところで、残るファイナル・フォートレス・ファルコンの除去は限りなくは困難。

 

 

何せ、『効果を受けない』というのは耐性としては文字通りの最強クラス。

 

そんな何の除去も弱体化も効かないという、攻撃力3800のモンスターを…突破できる策など、例えプロデュエリストであろうとも限りなく少ないに違いないだろう。

 

だからこそ、【真竜】永続罠の効果でダーク・リベリオンを除去してはいけない。それでは鷹峰に、戦闘でダメージを与えられなくなってしまうから。

 

またRRの戦闘破壊を試みようとも、鷹峰の手札には攻撃してきた相手モンスターを無慈悲に破壊してくるブースター・ストリクスがあり…

 

例え攻撃力の低いレヴォリューション・ファルコンへと攻撃を仕掛けたところで、【RR】への戦闘すらも難しいということは誰にだってわかりきっている。

 

 

つまり…ランが攻撃を仕掛けるなら、ダーク・リベリオンへの攻撃一択。

 

 

けれども、ダーク・リベリオンへの攻撃で鷹峰のLP3700を一撃で0にしたいのならば、【真竜の黙示録】による攻撃力半減効果を計算に入れたとしても、実に5575以上もの攻撃力が必要不可欠。

 

…そんな桁違いな攻撃力を用意することなど、『特殊』なデッキでなければ根本的に不可能なこと。

 

そう、ここまでのデュエルの流れを見れば、ランの操る【真竜】というデッキはアドバンス召喚と除去に長けてはいるものの…

 

強大なる極端な攻撃力を持つモンスターを用意できないであろうと言うことは、王者【黒翼】天宮寺 鷹峰の先見によれば最早明確なことなのだ。

 

まぁ、そもそも鷹峰の墓地には除外すればこのターンのダメージをすべて0にする【RR-レディネス】があるのだから、根本からしてこのターンで鷹峰にダメージを与えることは歴戦の者であろうとも途轍もなく困難な所業なのだが。

 

更に言えば、鷹峰の場には先ほどデッキから手札に加えていたソレがもう一枚場に伏せてあり…それは何らかのアクシデントがあっても、もう一枚レディネスが使えるということ。

 

 

 

…これではあまりに堅牢すぎる。これではあまりに強固すぎる。

 

 

 

それはあまりに堅牢に建造された、天下無双の無敵の城砦。

 

誰が相手であろうとも、この状況で出来ることと言ったら精々多大なる犠牲を払って【RR-レディネス】を消費させることが限界に違いない。

 

 

ソレ故―

 

 

鷹峰も、相手の動きを見極めてから墓地でレディネスを発動できるというその余裕があるからこそ…得体の知れない漆黒の少女に、一歩も退かぬその佇まいはまさに最強のエクシーズ使いの名に恥じぬ佇まいとなっていて。

 

そう、このターンでエクシーズ王者【黒翼】のLPを0にするなんて、例え同じ【王者】クラスの者を持ってしても困難を極めるに違いないことであって。

 

 

 

 

 

 

…そうだと、言うのに―

 

 

 

 

 

 

「いえ、本心ですよ。これまで私が潰してきた有象無象と貴方とでは、デュエリストとしてのあり方がまるで違う。【真竜】のカードだけでは、王者【黒翼】は倒せないと…理解したのです。」

「あぁ?また意味わかんねぇことを…」

「流石は【王者】…世界の頂点。となれば、こちらもそれ相応のカードでお相手せねば失礼と言うモノ。…見せて上げますよ、私の力の一端を!永続罠、【真竜の黙示録】の効果発動!ダイナマイトKを破壊し、相手モンスター全ての攻守を半減させる!」

 

 

 

【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク4

ATK/3700→1875 DEF/2000→1000

 

【RR-レヴォリューション・ファルコン】ランク6

ATK/2000→1000 DEF/3000→1500

 

 

 

そして―

 

何やら考えが纏ったのか。

 

先ほどよりも更に尊大なる態度を増し始めた少女は、纏っていた雰囲気を先のターンとは比べ物にならない程に重々しいモノへと変え始め…

 

突然に、そして激しく動き始める。

 

 

 

「来やがったか!だがファイナル・フォートレス・ファルコンは効果をうけねぇ!」

「わかっていますとも。永続魔法、【真竜の継承】の効果発動。デッキから1枚ドロー!更に【マジック・プランター】を発動し、【真竜の黙示録】を墓地へ送って2枚ドロー!そして墓地に送られた【真竜の黙示録】の効果で、レヴォリューション・ファルコンを破壊する!」

 

 

 

ソレは先の鷹峰に負けず劣らずの、あまりに激しい初動からの連鎖。

 

一つの動きが、二つも三つにもアドバンテージを稼ぐという…到底こんな歳の少女が行うデュエルにしては、あまりに似つかわしくないその効果の連鎖が、再び鷹峰を襲い始めるのか。

 

 

ドローを加速し、除去を織り交ぜ…

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「ふふっ、来たか…私は永続魔法、【冥界の宝札】を発動し…マジェスティMと、バハルストスFをリリース!」

 

 

 

何やら子どもでも持っているようなアドバンス召喚用のカードを発動したかと思うと、先ほどまでの【真竜】のアドバンス召喚とは異なったエフェクトがランの場に顕現したではないか。

 

…それはこれまでの【真竜】のアドバンス召喚とは異なった、『召喚権』を使用した正真正銘正規のアドバンス召喚のエフェクト。

 

魔法・罠のリリースではない、モンスター2体の魂を天へと捧げるその渦は…この世界ではほとんど見られることは無い召喚法ではあるものの、古の時代より確かにこの世界に存在している、紛れも無いアドバンス召喚の為のエフェクトであって。

 

 

果たして…

 

 

2体の生贄がその魂を天へと捧げるとき、果たしてソレはこの地に一体何を齎すというのか。

 

今、釈迦堂 ランの呼び声によって…

 

 

 

 

「アドバンス召喚!現れよ!」

 

 

 

 

 

ここに、現れしは―

 

 

 

 

 

 

 

「レベル8、【The despair URANUS】!」

 

 

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

その時…

 

 

『何か』が、宙より現れた―

 

 

それは天空よりも高きモノ、天涯よりも遠きモノ。

 

遥かな宙より彼方を統べる、天象すら凌駕する廻天の化身。

 

空の果て、天の外、宙の向こうのまさに『天の星』。

 

それは絶望なりし星の荒ぶりを、一体のモンスターに押しとどめているようであって。

 

 

 

【The despair URANUS】レベル8

ATK/2900 DEF/2300

 

 

 

 

 

「ッ!?何なんだこのデカブツはぁ!」

 

 

 

 

襲い来る圧力―

 

それはエクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰を持ってしても耐え切れるか怪しいほどに強大な、外なる星から襲いくる圧力。

 

エクシーズ王者である鷹峰とて、他人を卒倒させるような圧力を持っていると言うのに…

 

ソレすら凌駕しているかのようなこの存在感は、久しく感じていなかった感情を天宮寺 鷹峰に無理矢理思い出させようとしているよう。

 

 

 

そう、王者【黒翼】が久しく感じていなかった感情…

 

それは、歴戦の果てに久しく忘れていた…

 

 

 

 

 

『恐怖』という名の、屈辱的な―

 

 

 

 

 

「ふふっ、最後は貴方の好きな殴り合いで降して差し上げましょう。燦然と輝くプラネットの一球、【The despair URANUS】のモンスター効果!URANUSの攻撃力は…自分フィールドの表側の魔法・罠カード1枚につき、300ポイントアップする。」

 

 

 

【The despair URANUS】レベル8

ATK/2900→3800

 

 

 

「グッ…デ、デケぇナリして、随分と地味な効果じゃねぇか…」

「ほう、私の操るプラネットを前にして、まだそんな言葉を吐けるとは驚きました。…まぁ、URANUSにはまだ隠れた効果があるのですが…今この場では、これだけでも充分と言うモノ。さて、貴方はどこまで耐えられるか!【冥界の宝札】の効果で2枚ドローし、【真竜皇の復活】の効果発動!墓地からダイナマイトKを守備表示で特殊召喚!」

 

 

 

しかし、そんな潰されかけている鷹峰を意に介さず。

 

まだまだ動きを止めないランの場に蘇るは、再度深緑の鎧を纏った竜の拳士。

 

けれども、いくら数を増やしたところで鷹峰LPを削りきるにはまだ攻撃力が足りず…

 

 

 

「まだですよ。装備魔法、【団結の力】をURANUSに装備!攻撃力を3200上げ…URANUS自身の効果で、更に攻撃力をアップする!」

「ッ!?」

 

 

 

【The despair URANUS】レベル8

ATK/3800→7300

 

 

 

簡単に―

 

そう、いとも簡単に。

 

鷹峰のLPを削りきるのに必要な攻撃力5575を、あまりに簡単に超えてきた釈迦堂 ラン。

 

 

しかし、簡単に超えたようにも見えるが…そもそもランはこのターン、手札0枚からスタートしたのだ。

 

ソレを考えると、ドローを加速したとは言えあれだけの動きの中で必要なカードを全てピンポイントで手札に加えたのか。

 

…例え歴戦のデュエリストであろうと、この情況では多少なりとも心に焦りが浮かび上がるはずだというのに。

 

そう、一つでもドローが狂えば、動いたところで鷹峰には絶対に勝てないというのにも関わらず…【王者】を前に、これだけの事を難なく行ってみせる少女の存在は、あまりに不自然かつあまりに不気味。

 

 

 

 

ソレ故―

 

 

 

 

 

 

「攻撃力7300だと!?クソが!墓地から罠カード、【RR-レディネス】を除外して効果はつど…」

「無駄だ!速攻魔法、【抹殺の指名者】発動!私が宣言するのは…【RR-レディネス】!」

「あぁ!?」

 

 

 

 

当然の事ながら、鷹峰の最後の防御の手段である【RR-レディネス】すら、奈落の果てへと追いやってしまった釈迦堂 ラン。

 

ランの発動した速攻魔法…それは彼女がこのターンのドローフェイズに手札に加えていたであろう、『指名者』と呼ばれる特定のカードを完全に無効化するカード群の中の1種類。

 

いくら【RR-レディネス】が2枚あろうと、このターンの【RR-レディネス】の効果自体を全て無効にしてしまうという…

 

発動できれば、この上ない封殺を相手へと突きつけるというカードであって。

 

しかし…

 

 

 

 

「なっ!?テメェ!何でテメェがレディネスを持ってやがんだ!」

「ふふっ、何故でしょうね。けれども【黒翼】を相手にするのに、この程度の想定をしておくのは当然でしょう?」

「ッ、テメェ…」

 

 

 

ランが、何の詰まりもなく【RR-レディネス】を指名したその現実に、あまりの驚きの声を上げてしまったエクシーズ王者【黒翼】。

 

しかし、ソレもそのはず。

 

確かに、【抹殺の指名者】は発動さえ出来ればこの上ない封殺を相手へと与えるカード…

 

 

―そう、『発動できれば』…だ。

 

 

ランが無効にするために、自分のデッキから除外した【RR-レディネス】のカード。そのピンポイントなカードを、一体どうしてランはデッキに入れていたのか。

 

無効にするカードが…『指名』したカードが、その辺のガキでも持っているような二束三文のカードであったならば、鷹峰とてここまで驚きを浮かべはしない。

 

だからこそ、鷹峰が驚いてしまったのはランが【真竜】という特異なカテゴリーのデッキの中に、ピンポイントで【RR】のカードを入れていたというその事実に加えて…

 

こんな幼さすら残る少女が、【真竜】という聞いた事も無いカテゴリーで統一したデッキを組んでいるという現実の中に、高価であるはずの【RR】のカードを入れていたというその真実について。

 

 

―そもそもこの世界においては、特定のカテゴリーで統一したデッキを組めている人間の方が少数なのだ。

 

 

流石にプロになれる程の力を持った者ならば、カードの方から主を見極め集ってくるのだが…

 

この世界に住むその他大勢、ランが有象無象と言い放った大多数の人間達は、特定のカテゴリーの統一デッキではなく、寄せ集めにも似たデッキを持っているのがこの世界における確かな実情。

 

統一されたカテゴリーのデッキは高価であり、またその中でも強力な効果を持ったカードは現存する枚数も少ない。

 

 

そして…

 

 

【王者】が好んで扱うテーマカードというのは、もれなく途轍もない値が付いている物が多い。

 

それは無論、【RR】のカードもそう…【RR-レディネス】という罠カード1枚であろうと、それはこんな子どもが手に入れられるはずも無い希少かつ高額な1枚となっているのだ。

 

だからこそ、鷹峰は信じられない。

 

こんな子どもが、このカードをデッキにいれていたこともそう…

 

対策の為に【RR】のカードを入れすぎれば、【真竜】のデッキのバランスが崩れる。ソレ故、きっとランのデッキに入っている【RR】のカードは【RR-レディネス】1枚だけだろう。

 

そんな、少女のデッキにとっては何の意味も無い【RR-レディネス】をただこの瞬間のためだけにデッキに入れていたことを…

 

この瞬間の攻防すら、既に見越していたのかと疑いたくなる、少女のその先見が…

 

 

 

鷹峰には、信じられない―

 

 

 

 

 

「俺様が…こんなガキに…」

「さて、これで殴り合いに水を差す無粋なカードは無効となった。貴方の残った伏せカードは【RUM-ラプターズ・フォース】…そんなカードでは、もう貴方は何も出来ないが…まぁ、一応除去しておきますか。」

「ッ!?」

 

 

 

あまりに冷たいランの声が、焦りを生じている鷹峰を襲う。

 

 

…ありえるわけがない。王者【黒翼】が、こんな簡単に少女においつめられるなど。

 

まさか、こんなガキに…Exデッキを使わないと抜かしたデュエリストに、エクシーズ王者【黒翼】が負けるのか。

 

あんなにも強固なる城砦を築き、万全の体制を作り上げたと思っていたというのに…

 

どうしてこんなにも簡単に、このガキは全てを簡単に乗り越え、押さえつけ、容赦なく潰そうとしてくるのか。

 

 

…鷹峰の思考がぐるぐると、そんな負を抱えて回り始める。

 

 

分からない…分からない分からない分からない―

 

どうしてExデッキを使ってないのに、エクシーズ召喚の王者をここまで追い詰められるか。頂点を極めたと思っていた、誰にも遅れを取らないと思っていた、力で全てを捻じ伏せて来た自分が、何も出来ずに負けるだなんて―

 

 

…そんな負の感情に囚われかけている、エクシーズ王者【黒翼】、天宮寺 鷹峰。

 

 

その【王者】らしからぬ焦燥は、まるでこの世界の理が、決まりが、常識が…まるで世界そのモノが、壊れ始めているかのようでもあり…

 

 

―Exデッキを使わないデュエルで、ここまで人は強さを突きつけられる。

 

 

その信じられないけれども目の前で起こっている現実は、先日世界中で大々的にニュースにもなった『Ex適正の無い子ども』の存在を否定しているこの世界の方こそが間違っているかのような錯覚を鷹峰へと与え…

 

負けるのは、自分が少女よりも弱いから…Exデッキを多量に使った自分が、Exデッキを使わない少女よりも弱い…

 

理解したくないのに、無理矢理にソレを理解してしまった鷹峰の脳裏には、唐突にとある思考が閃いてしまい―

 

 

そう―

 

 

それはまるで、『Exデッキ至上主義』というこの世界の『常識』こそが間違っているかのよう―

 

 

 

「【黒翼】…貴方も、私の探している存在ではなかった。…これが貴方の限界のようです。【サイクロン】発動。貴方の伏せカード…ラプターズ・フォースを破壊する!」

 

 

 

慈悲など無いランの言葉が、霊園に放たれる。

 

ランが発動した速攻魔法によって、解き放たれた一陣の竜巻が鷹峰の場に残った最後の伏せカードへと迫り…

 

それと同時に、形容し難い『恐怖』そのモノが鷹峰へと容赦なく迫りくる。

 

…王者【黒翼】をも『恐怖』させる、あまりに異質な漆黒の少女。

 

それは少女の持つ、『邪なる神』のカードによる威圧だということは…この時の鷹峰は、まだ知らないコト。

 

 

 

そして―

 

 

 

「限界だと?…これが…俺の…」

 

 

 

鷹峰の場に残った最後の伏せカードを、無慈悲なる竜巻が呆然と立ち尽くす鷹峰ごと貫かんとしたその時…

 

 

 

 

 

 

 

天宮寺 鷹峰は―

 

 

 

 

 

 

 

「カカッ…」

 

 

 

 

 

 

渇いた笑いを、響かせた。

 

 

 

「っざけんじゃねぇぇぇぇぇえ!リバースカードオープンッ!」

 

 

 

突如―

 

怒り狂った叫びを上げて。轟かせるは憤怒の雄叫び。

 

…それは【王者】の高すぎるプライド。

 

ランへと向けた怒りではない。ソレは他人に舐められることを何よりも嫌う、天宮寺 鷹峰の己への憤怒。

 

…自分を舐め腐る者は、誰であろうと許さない…それは例え、自分自身であろうとも。

 

そう、己の心の久々に浮かび上がった、『恐怖』が鷹峰には何よりも許せない。

 

他人に与えられた『恐怖』に、慄いてしまう自分自身が鷹峰にはどうしても許せなかったのだ。

 

いくら目の前の少女が自分よりも強く、そして得体の知れない『恐怖』を与えてこようとも…

 

それでも他人に媚びることを絶対に嫌う、何か行動を起こさずにはいられなかった天宮寺 鷹峰が行った…

 

悪あがきにも似た、怒り任せのカードの発動。

 

 

 

しかし…

 

 

 

―鷹峰によって発動されたのは、紛れもなく【RUM-ラプターズ・フォース】であって…

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

否…

 

―断じて否

 

それは【RUM-ラプターズ・フォース】では無い。

 

いや、確かに【RUM-ラプターズ・フォース】ではあったのだが…それは少女の目の前で、【RUM-ラプターズ・フォース】ではなくなっていくではないか…

 

 

 

そう、釈迦堂 ランの目の前で…

 

 

 

カードが、書き換わっていく―

 

 

 

 

 

「速攻魔法、【RUM-ファントム・フォース】発動ぉぉぉぉお!」

 

 

 

―!

 

 

 

「ッ!?ファントム・フォース!?…カ、カードが書き換わっていく…」

「ざけんじゃねぇぞゴラァ!俺様の限界を決めるのはお前さんでも俺でもねぇ!俺の限界を決められんのんは、俺様のデッキだけだぜ!墓地のフォース・ストリクスを除外し…ダーク・リベリオン1体でオーバァァァレェイッ!」

 

 

 

漆黒の光へとその身を変えて、夜の闇へと舞い上がる【黒翼】。

 

夜の闇よりもなお黒いその翼は、この世の何よりも深い黒となりて星々を覆い隠すのか。

 

猛禽のシンボルから書き換わりし、幻影なりし新たなシンボルに導かれ…

 

 

 

 

 

 

 

「天音に羽ばたく黒翼よぉ!神威を貫く牙となりて…見果てぬ未来を切り開けぇ!ランクアップ!エクシーズチェェェェェェエンジ!」

 

 

 

響き渡るは【王者】を超えた、その『上』にまで届く反旗の叫び。

 

まるで反逆…

 

この世界の『理』を、怒りによって砕き壊す【王者】をも超えた存在の轟き。

 

それは誰も知らない雄叫び。それは誰も知らない超越。

 

この世界において、【黒翼】自身すらも知りえなかった存在が…

 

 

 

 

「来やがれぇ!ランク5!」

 

 

 

 

 

ここに、現れる―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【アーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】!」

 

 

 

 

 

―!

 

 

 

 

 

 

 

 

…ソレは、誰も見たことのない姿だった・

 

誰も…【黒翼】も【化物】も、そしてこの世界すら予期しているはずのなかった、全く新しい未知なる牙。

 

エクシーズ王者たる天宮寺 鷹峰が、【王者】と呼ばれる前に自らの手で創造し…そして歴戦を戦い抜き、そうして王者【黒翼】となったのが鷹峰の『名』である【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】。

 

奇しくもエクシーズ召喚の名を関しているその牙竜は、鷹峰自身の手によって生み出された、まさしく彼だけに許された彼の相棒。

 

だからこそ、そんな牙竜に新たなる進化の道が切り開かれただなんて…この世界の誰だって、知りえるはずも無かった真実なのだ。

 

…それはデュエルの頂点を極めた王者【黒翼】に、まだまだ先の道があったという確かなる道標。

 

…【王者】の『名』となったモンスターに、『先』があっただなんてこの世界の誰も知らないこと。そう、ソレは【王者】自身である天宮寺 鷹峰ですら知らなかったこと。

 

 

ソレは奇しくも、天宮寺 鷹峰の代名詞とも言える【RR】の機翼と、天宮寺 鷹峰の『名』である【ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】が、その身を一つに重ねたかのような雄雄しき姿。

 

 

そんな、黒き翼の新たなる進化の可能性が…

 

 

天宮寺 鷹峰の頭上で、歓喜に震え轟き叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

【アーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン】ランク5

ATK/3000 DEF/2500

 

 

 

突如現れた新たな進化。【黒翼】の更なる可能性が具現化したことにより、勝負の行方はまだわからなくなった。

 

そう、新たに現れた、誰も見たことのない進化した黒き翼が鷹峰を『守る』限り…

 

根源たる恐怖を与えてくる【化物】のような少女を前にしても、まだまだ【黒翼】は立ち向かえるとも言え…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バトル!URANUSで攻撃!」

 

 

 

―!

 

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

鷹峰 LP:3700→0

 

 

 

 

―ピー…

 

 

 

 

 

いや…

 

それはあくまでも、アーク・リベリオンが『守備表示』で特殊召喚されていればの話。

 

いくら進化した【黒翼】であろうと、ソレが攻撃力3000で留まり攻撃表示であったならば…

 

いくら誰も見たことの無い、鷹峰自身すらもソレに対する理解が追いついていないままでは…

 

エクシーズ王者【黒翼】のLPが0を刻み、霊園に無機質な機械音が鳴り響いたとしても、それは誰にも変えようの無い、着いてしまった決着の行方であって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…カカッ…なんて日だ。久々のデュエルだと思ったらガキにボロ負け…けど相棒は進化するしよぉ…意味わからなすぎて面白すぎだろ、カッカッカ…」

 

 

 

霊園に木霊する渇いた笑い。

 

それは敗北した【王者】が零していいような誇り高いモノではない。

 

エクシーズ王者【黒翼】が負けた―

 

それは果たして、世界にとってはどれだけの損失となってしまうのだろうか。

 

歴戦の王者【黒翼】が、こんな年端もいかぬ少女に敗北を喫してしまったなんて、この世界の住人からすれば絶対に理解できないこと。

 

いくらこの場にギャラリーがいないとは言え、世界中にとっての宝とも言える【王者】のこんな野良デュエルでの敗北など、絶対にあってはならない事だと言うのに。

 

けれども…

 

そんな小さな世界で留まっていたプライドなど、最早捨て去ったのだと言わんばかりに。

 

天を仰ぐ今の鷹峰から漂ってくる雰囲気は、今までの【王者】のモノとはまるで次元が異なっている代物となっており…

 

 

 

 

 

そんな、草の背にして天を仰いでいる鷹峰へと…

 

 

 

 

 

 

 

「…凄い…」

「あ?」

「凄い!貴方は本当に!わかってくれる者などいないと、理解してくれる者など居ないと思っていた私の元に!貴方は自ら足を踏み入れてくれた!初めてだ!私を理解してくれる、私についてこられる…私と並べる所まで来てくれた人は!鷹峰さん、貴方はなんて凄い人なんだ!」

「…なんだ?テンション高けぇな、おい…」

「これが押さえられると思いますか!?だって…私、ずっと1人だったんですよ?有象無象ばかりのつまらない世界で、ずっと1人彷徨って…でも貴方は違う!私の元に、自分から進んで来てくれた!ただの人間が!人間の枠を自ら超えたんですよ!?」

「カカッ、ご大層な文句だぜ…けど、なんだろうな。よくわからねぇが…今ならテメェの言ってる事、ちったぁ理解できる気がするぜ。」

 

 

 

…『邪なる神』が与える、逃れられぬ恐怖をこの男は自分の力で貫いた。

 

それはずっと孤独だった少女の目に、いかなるモノとして映ったのか…

 

決して理解してくれる者など、現れないと思っていた自分の世界に…まさか、自分自身の力で踏み入ってくる者が現れるだなんて…

 

そんな同族が現れたという現実に、少女の感情は昂ぶりを覚えているのか。

 

 

 

「さてと…おいラン、もっかいだ、もっかいヤんぞ!」

「おや、一回だけではなかったんですか?」

「カカッ、忘れちまったぜンな昔の話はよ!けど折角新しい切り札が手に入ったんだ!次は勝てそうな気がすんだよ!いいからもっかいヤんぞ!」

「ふふっ、良いですよ。私も、丁度もう一戦したいと思っていたところです。」

 

 

 

そして敗北を喫したというのに、跳ね起きるようにして飛び起きた鷹峰は先ほどまでとは打って変わって…自ら、再戦をランへと申し込み始めたではないか。

 

 

―この世界はやはり面白い

 

 

それが今の鷹峰の頭の中にある一つの答え。

 

Exデッキを使わないデュエリストが、エクシーズ王者たる自分よりも強い。それは相手になる者が居らず、退屈に塗れていた天宮寺 鷹峰にどれほどの悦楽を与えたのだろう。

 

…頂点を極めたと思っていた。デュエルを極めたと思っていた。

 

そうだと言うのに、ここにきてランのような【化物】が出てきたことはずっと燻っていた天宮寺 鷹峰に、『恐怖』以上の『希望』を与えたのだ。

 

…そんな存在とデュエルできることが、楽しくないわけがない。

 

例え自分から人間の域を超えようとも。それでも心から戦いたくなるような相手が現れたことに、この上ない嬉しさを鷹峰は感じながら…

 

 

 

 

―デュエル!!

 

 

 

 

夜の深まる霊園に、二匹の【化物】の楽しげな声が…

 

 

いつまでも、響くのだった―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

「【王者】は皆こうなんですか?でしたら、是非とも他の2人にもこちら側に来ていただきたいのですが…」

「カッカッカ。れんぞーの奴はともかく、砺波の野郎はちと難しいかもなぁ。昔の奴ならいざ知らず、砺波の野郎は昔と違って…随分と、堅物になっちまったからなぁ。」

「では、次は【紫魔】から誘ってみるとしましょうか。」

 

 

 

うっすらと明るくなってきた、朝日の昇る前の霊園。

 

小鳥のさえずりと、朝露の落ちる音が聞こえてきそうなその静かな霊園で…

 

まるで友人同士が語り合うかのようにして、不敬にも石碑に腰掛けた少女と初老の男の姿が、そこにはあった。

 

 

…それは人間の枠には収まらぬ、【化物】同士のろくでもない話し合い。

 

 

今この時…この場所で、このような会話が行われていなかったら、きっと世界はもう少し平穏で居られたに違いないと言うのに。

 

けれども、そんな世界の平穏など知ったことではないかのように。2匹の【化物】は己の愉悦ために、ろくでもない話を続けるだけ。

 

 

 

「まっ、れんぞーの野郎にも期待はすんなよ?アイツも、ガキが出来た所為か昔とは変わっちまった。今のれんぞーは、『鬼才』じゃあねぇ。」

「…そうですか。まぁいいでしょう、とりあえず戦ってみないことには。」

「そうだな。もしかしたらアイツらも…お前さんとデュエルしたら、昔みてぇなバカに戻るかもしれねぇしな。」

「ふふっ、でしたら期待するなと言う方が無理でしょう。何せ貴方が『こちら側』に来たのだから。」

「カカッ、違ぇねぇ。」

 

 

 

この夜…

 

【化物】と【黒翼】が出会ってしまったことにより、世界の歴史は大きく動いてしまった。

 

けれども、その重大性と重要性を理解している者は今この世界においてはどこにも居らず…

 

この時の邂逅によって、これから先この世界がどういった未来を辿ってしまうのかは、今この時点では誰にも見通す事などできないこと。

 

しかし、確かに確定しているのは…この時のランと鷹峰の行動によって、多くの人間の運命が同時に大きくうねり始めてしまったということだけ。

 

 

世界が、動く―

 

 

退屈なるも平穏な時代から、大きく蠢く波動の時代へと。

 

たった2匹の【化物】の行動によって、この世界は正史から大きくズレ始めてしまった。

 

それは誰も知らない、誰にも修正できない、誰にも変えることなどできない時代の変化…ソレがいかなる未来をもたらすのかは、今この時には誰にも分からないことであって。

 

 

そして…

 

 

朝日と共に立ち去ろうする、釈迦堂 ランへと向かって…

 

鷹峰は、徐にその口を開いて―

 

 

 

「ラン。れんぞーと砺波にアポ取れなくて困ったら俺様ンとこ来い。何とかしてやっからよ。」

「ふふっ、では早速でもお願いしましょうか。晴れて私の同類となってくれた…心強い同士に。」

「おう、精々楽しもうじゃねぇか。カッカッカッカッカ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

そして物語は、現代へと戻ってくる―

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったですね鷹峰さん。」

「あぁん?何がだ。」

 

 

 

どこでもない、この世界のどこかの場所―

 

酒の匂いと煙草の煙と、そしておよそ人のモノではないであろう雰囲気に包まれた…

 

人の世からは隔絶されたどこかの密室、TVの明かりしかついていない、漆黒が広がるとても暗い部屋の中で…

 

昔を思い出していた2匹の【化物】が、会話を続けていた―

 

 

 

 

 

「【白鯨】も…こちらにようやく来たということです。ずっと待っていたんでしょう?砺波さんのこと。」

「カカッ、何で俺が砺波の野郎を待ってねぇといけねぇんだっての。…まっ、自力で『こっち』に来たってぇのは評価してやってもいいけどなぁ。」

「ふふっ、そういうことにしといてあげますよ。」

 

 

 

昔を思い出した彼らの、次なる話題は昨日新たに『こちら側』へと自ら足を踏み入れてきた【白鯨】について。

 

…【白鯨】とて、元々人間の枠を超えられる素質は持っていた。

 

何せ【黒翼】天宮寺 鷹峰と、【白鯨】砺波 浜臣はそもそもからして同種の者。若かりし頃から『力』で生きてきた天宮寺 鷹峰と、砺波 浜臣は同種の『力』を持って決闘界で暴れてきたのだ。

 

だからこそ…『荒くれ者』と呼ばれていた、若かりし頃の砺波 浜臣…そんな鷹峰と同種だった人物ならば、自分から【化物】の領域に…『こちら側』に来るものだと、10年前のあの日、ランはそう期待もしていた。

 

いや、もし彼が鷹峰と同じく、若い頃の性格をそのままに【王者】まで上り詰めていたら。きっと10年前のあの夜、砺波も確実に己を超え自ら嬉々として【化物】の領域まで踏み入ってきていただろう。

 

けれども長きに亘る【王者】としての生活と責務と、そして責任を重く見ていた砺波はとうとう【王者】のまま散ってしまった。砺波が10年前の段階で【化物】となれなかったのは、砺波が長きに亘る【王者】の責務に…実直に、そして真っ直ぐに取り組んでいたから。

 

 

だからランは、もう砺波に興味など沸かない…と、そう思っていた。

 

 

過去に自分が降し、そして勝手に折れた【白鯨】になど…一度折れた者が、再び立ち上がり興味の持てるモノになるなど、彼女は決して期待も想像もしていなかったのだから。

 

…ソレを信じていたのは、彼と同じ時代を生きてきた【黒翼】だけ。

 

そして昨日、ついに【白鯨】は自ら人間の域を超えて『こちら側』へとやってきた。

 

染まりきった常識と、凝り固まったプライドと…

 

そして退屈という名の平穏を、心の底から受け入れていたあの砺波 浜臣が、まさか世界の理から外れた【化物】の領域に足を踏み入れてきたなんて。

 

 

砺波が『扉』を開けた瞬間の事は、鷹峰もランもはっきりと知覚していた。新たな【化物】が生まれた瞬間を…いや、元々存在していた【化物】が、とうとう硬い殻を破ってこの世界に解き放たれた、その瞬間を。

 

ソレ故…

 

昨日の衝撃は、釈迦堂 ランにとってどれほどのサプライズとなったのだろう。

 

一度潰した相手とはいえ、【化物】の領域に足を踏み入れた砺波 浜臣のことは…ランとて、もう無関心ではいられない。

 

 

 

 

 

「【紫魔】は残念でしたが…砺波さんは晴れて『こちら側』へと来てくれた。ふふっ、面白くなってきましたね。」

「カカッ、れんぞーの奴もなぁ…紫魔本家頭首なんていらねぇ肩書きが無かったら、喜んで『こっち側』に来たんだろうがよ…しきたりだ何だっておめおめと死んじまった癖に、自分の所為でヒイラギにいらねぇ迷惑残したってぇんだから…駄目な父親だったぜ、アイツぁよぉ。」

「憐造…あぁ、そんな名前でしたね。」

 

 

 

昔を懐かしみつつ、進む時代の流れに身を任せてきた2匹の【化物】。

 

そんな彼等が体験してきた退屈は、常人では決して理解など出来ない深すぎる空虚であり…

 

相手がいない…それはこの世界においてこの上ない退屈。

 

だからこそ、こんな退屈な世界で相手が務まる存在が新たに現れたことは、どれだけ【化物】達の歓喜に繋がるのか。

 

そんな狂った【化物】の切望など、常人は絶対に理解できない…いや、理解してはいけないことでもあるのだが。

 

 

 

ともかく…

 

 

 

 

「さて…では賭けでもしますか?天城 遊良と天宮寺 鷹矢…我々のお気に入りでもある彼等の決勝戦、どちらが勝つのか。」

「カカッ、ガキ共のお遊びを賭けの対象にするたぁシュミが悪いじゃねぇか。…いや、この場合は『人が悪い』、か?」

「ふふっ、『人が悪い』とはこれまた人聞きが悪い。とうに人をやめた我々が、『人が悪い』だなんて言うものじゃありませんよ。」

「カカッ、違ぇねぇ。…じゃあ負けた方が酒奢るってのでどうだ?ンで、どっちに賭けんだいランさんはよぉ。」

「そうですね…では私は…」

 

 

 

果たして…

 

【化物】に気に入られているという少年達は、幸運なのか不運なのか。

 

昨日の、自分の行っていた賭博遊びを棚に上げて…暗闇の中に木霊するは、2匹のこの世ならざる【化物】達の享楽の声。その目に映る少年達の戦いは、一体どんな決着を見せてくれるのだろう。

 

…どちらも王者【黒翼】の弟子。どちらも【化物】が気に入った少年。

 

こんな退屈だらけの世界で、そのもうすぐ始まる少年達の戦いの行方を…

 

2匹の【化物】は、少しばかり待ち遠しそうにしながら―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑みを、浮かべているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 


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