遊戯王Wings「神に見放された決闘者」   作:shou9029

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ep85「嵐の前」

 

激闘の余韻収まらぬ、予選が終わったばかりの【決島】。

 

その島に停泊している、理事長達のための特別観覧用の大型クルーザーの…波の揺れを感じないよう設計された、消毒液の匂いが香る『医療室』でのこと。

 

カチッ、コチッ、と規則正しい時計の音が反響している、白を基調とした清潔感溢れるその部屋の中に…

 

 

 

「…これはまた…酷くやられものだ。」

 

 

 

呟くように静かに零れたのは、イースト校2年、天宮寺 鷹矢の声であった。

 

何やら痛々しいモノを見ているかのような、悲嘆すら感じる鷹矢の声。普段は何においてもそれほど興味を持たない鷹矢にしては珍しいその声は、目の前の現実が彼にとっても無視できないモノなのだという事を現しているに違いないことだろう。

 

しかし、鷹矢のその声も最もであり…

 

 

 

「…ガキの頃と同じか、それ以上に酷い状態だ。」

「…あぁ。」

「治ってきているとはいえ、本当に神が暴走しかけたとはな…何をしたのだ、その【紫影】とやらは。」

「…わからない。デュエルのヒートアップ以外で暴走しかけるなんて、今までなかったはずなのに…」

 

 

 

そう、ベッドの横の椅子に腰掛けている遊良と鷹矢の視線の先にあったのは…

 

 

―未だ意識を取り戻す事無く眠っている、高天ヶ原 ルキの姿。

 

 

【決島】の中盤に、『赤き竜神』を狙ってきた【紫影】と劉玄斎に攫われ。危うく、その身から無理矢理に『神』を解放させられそうになったルキ。

 

一応、かけつけた砺波と遊良の手によって、なんとか最悪の事態は免れたとは言え…

 

それはあくまでも『最悪』を防いだだけであって、『最善』ではないが故にルキは未だにその意識を取り戻せないままでいるのか。

 

…一応、砺波が個人的に雇った信頼のおける腕のいい医師のおかげで、どうにか命の危機は去ったとは言え。

 

それでも顔がひび割れ手足が崩れ、体にも大きな亀裂が走り深い深い眠りについているこのルキの姿を見てしまえば…

 

幼少の過去にソレを一度見ているとは言え、鷹矢にもその時のトラウマがフラッシュバックしてしまっていたとしても、それは仕方がない事なのだろう。

 

 

 

「しかし…お前がついていながらなんてザマだ。危うくルキが死ぬところだったとは。」

「………あぁ。」

 

 

 

そして、悲嘆の混ざった声から一転。

 

隣に座っていた遊良へと向けて、その声を確かな厳しさへと変え始めた鷹矢。

 

…【決島】の最中には、ルキが襲われたことと危機は脱したという、その『最低限』の事しか聞いていなかったが故か。

 

今こうして落ち着いてルキの状態を詳しく見聞きした鷹矢の意識は、どこまでも重いモノとなりて遊良へとぶつけられているようでもあり…

 

…痛々しい姿となって意識を失っているルキを前に、どこまでも重くなっていく鷹矢の声。

 

まぁ、遊良がルキを救うために戦っている間、鷹矢は何が起こっているのかすら知らずに【決島】で暴れまわっていたのだから、鷹矢が遊良を責めるのはどこかお門違いであるはずではあるのだが…

 

 

しかし遊良の方も、鷹矢の責め句にも反論する事無く。

 

 

足りなかった己の力に静かな怒りを感じているその様子は、ルキを救い出せたとは言えこんな状態にまでルキを衰弱させてしまった事に、今になって責任を感じている様子にも見え…

 

それは遊良も鷹矢も、お互いがお互いに自分達の非を理解しているが故の…遠慮も配慮も考慮も無い、片割れへと向けた容赦の無い責め句。

 

…そう、遊良だって逆の立場だったならば、きっとルキを最善で救えなかった鷹矢に同じ事を言っただろう。

 

『お前が一緒で、なんでルキがこんな目に遭うんだ!』…と。

 

 

 

 

「…当分は目を覚ましそうに無いな。折角の祭典で…ルキ、楽しみにしてたのに。」

「仕方なかろう。とにかく、命が助かっただけ幸運と思うしかない。…俺も認識が甘かった。まさか【王者】と同じレベルの者がルキを狙ってくるとは…」

 

 

 

ソレ故…

 

鷹矢とて、遊良を責めるだけではなく。

 

鷹矢自身もルキが大変だった時にかけつけられなかった事を、自分自身でこれ以上無いほどに責めている様子を見せており…

 

 

―『ルキならば大丈夫だろう。自分の身くらい自分で守れる。』

 

 

…確かに、鷹矢はそう思っていた。

 

中々本気を『出せない』とはいえ、ルキの潜在的な実力は自分や遊良と比較しても遜色無いモノだと言う事を、鷹矢自身よく理解していたのだから。

 

それがイースト校理事長である【白鯨】、砺波 浜臣の指導のおかげで、幾分かコントロールが出来るようになり…そんなルキならば、きっと名も無き『敵』などには負けはしない…と、本気でそう信じていた。

 

だからこそ…

 

よもやルキを狙ってきたのが、【王者】と同じ実力を持った者だったということは鷹矢にとっても想定外だったのだ。

 

いくらルキの実力が学生のレベルを超えた高みにあるとは言え、【王者】達が位置している『極』の頂の力が凄まじく遠く高く強い場所に位置していると言うことは、エクシーズ王者【黒翼】を祖父に持つ鷹矢がある意味で一番よく理解している。

 

…常識では測れぬ実力と、常識では理解出来ぬデッキ回しと、常識ではついていけぬ策略と、常識から外れた恐るべき運。

 

ソレを当たり前のように兼ね備えているのが『極』の頂に立っている者達であり、そんな世界の頂点の実力を持っている者達が相手ではいくら【王者】やそれと同格の者にさえ不遜で不敵で不敬な態度を崩さぬ鷹矢と言えども…ただただ、相手が悪かったとしか言いようがなく…

 

 

…ルキの命が助かったのは、偶然に幸運が重なった奇跡のようなモノ。

 

 

もしも【紫影】とやらが、『お遊び』をする事無く本気でルキの『神』を強行で狙いに来ていたら…きっと遊良もルキも戦う事、立ち向かう事すら出来ずに、あっけなく殺されていたに違いないだろう。

 

ソレを、全てが落ち着いが今になって思い知ったからこそ。ルキを最善の方法で救えなかった遊良と、あまりに不甲斐ない自分自身への怒りが、鷹矢の中には渦巻いている様子。

 

 

 

「【紫影】…ずっと昔に死んだって砺波先生は言ってたけど…なんで今になって…」

「そんなコトは俺達には関係ない。…とにかく、【紫影】とやらは絶対に許さん。俺の居ないところでお前達に手を出すとは…随分と舐めた真似をしてくれる。」

「あぁ…ルキをこんな目に遭わせた【紫影】だけは…絶対に許さねぇ。」

 

 

 

ルキをこんな目に遭わせた挙句、悪びれる事も無く姿を消してしまった【紫影】に対する怒りがふつふつと再燃してきている遊良。

 

顔も知らぬままではあるものの、ルキをこんな目に遭わせ、あまつさえ遊良をも傷つけた【紫影】への怒りがどうしても収まらぬ鷹矢。

 

…遥か昔の犯罪者である【紫影】の事を知らないという、時の流れの『幸せ』の中にいた現代の子ども達が今になって【紫影】への怒りを覚えるというのは何たる皮肉か。

 

確かに起こってしまった『緊急事態』を、終わった後に嘆いていても仕方が無いと言うことなど、明日の決勝に進むことが出来た二人とて理解している事もまた事実ではあるのだが…

 

 

 

「…だが、ルキも残念だったな。俺が遊良に勝つ瞬間を見れないとは。」

「あ?逆だろ。ルキは俺がお前に勝つところを見れないんだ。」

「なんだと!?遊良の癖に!」

「んだよ!鷹矢の癖に!」

 

 

「…今はやめるか。病室だしな。」

「…うむ。」

 

 

 

その『いつもの』掛け合いの中に、どうしても『足りないモノ』があると言う事が…遊良と鷹矢の心に、拭いきれない違和感を生じさせているのか。

 

…いつもそこにあったはずモノが足りない。

 

その拭いきれぬ違和感は、どこか気持ち悪さすら感じさせる心の『穴』となりて。更なる戦いの前の、この静かな夜に…

 

遊良と鷹矢へと、襲いかかって来ているのだった―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【決島】の敷地内にある、治療を受けている学生達が収容されている『医療棟』。

 

その、未だ治療を受けている生徒達のほかにも、激しい混戦を終えた学生達が就寝するために部屋を割り当てられている、簡易的なホテルの役割をしているその『医療棟』の…

 

裏手にある崖を降りた砂浜、その戦いの余韻をまだ感じるであろう、月明かりに照らされ波の音を感じる砂浜の上で…

 

 

 

「やぁ、刀利君。」

「久しぶりだな、刀利。」

「…蒼人君、哲君。」

 

 

 

三人の男の声が、交わされていた。

 

それは紛れも無く、決闘学園デュエリア校3年の鍛冶上 刀利と…

 

今年度からプロとして活躍している、決闘市出身のプロデュエリストである泉 蒼人と十文字 哲の三人。

 

…それはとても親しげな空気。壁など存在しない雰囲気。

 

一見すれば決闘市出身の蒼人と哲、そしてデュエリア校の刀利には関係など無いようにも思えるものの…

 

ここでは語られぬ別の物語を経験した彼等の生み出すその雰囲気は、共に死線を潜り抜け、切っても切れない絆で結ばれている彼等にしか生み出せない、彼等だけの会話と距離間とでも言えるだろうか。

 

 

 

「アイはまだ目を覚まさないようだな。…自業自得だ。」

「…ごめん、僕がアイナを止められていればこんな事には…」

「まぁまぁ二人とも。今はそんなコト言ったって仕方ない事は仕方ないんだから。…それより刀利君、決勝進出おめでとう。」

「…うん。」

「…お前が【決島】に出ると報告して来た時は一体どんな風の吹き回しかとも思ったが…無茶はしていないようで安心した。しかし下級生相手に勝ち誇ったところで意味などない。学園に残る選択をしたのはお前だが、…くれぐれも、自分が異物だという事を忘れるんじゃないぞ。」

「…うん。」

 

 

 

刀利の決勝進出を、心から祝っている様子の泉 蒼人と…心配しつつも厳しい言葉を投げかける十文字 哲。

 

こんな人の気配の無い場所で、隠れるようにして言葉を交わしているのは蒼人と哲がこの【決島】において自分達は異物だという事を理解しているが故の配慮なのか。

 

しかし、自分達は異物なのだという雰囲気を醸し出している蒼人と哲に同調するかのように…デュエリア校3年の鍛冶上 刀利もまた、自分自身を『異物』のように扱っているというのは、一体どうした了見なのだろう。

 

…それは過去にあった出来事の所為か、それとも刀利自身の性格の所為か。

 

デュエリア校の学生の一部に、『デュエルをしないデュエリスト』や『雑魚上』などと呼ばれ馬鹿にされている事は、もちろん刀利とて知っていることではあるのだが…それでもなお沈黙を貫いてきた鍛冶上 刀利というデュエリストが、今になってこの表舞台に出てきたことはデュエリア校にとっても大きな話題と反響を呼んだのはまた別の話として…

 

ともかく、今にも波の隙間に消え入りそうな刀利のその透明な雰囲気は、蒼人と哲によってどうにかこの地に踏み止まれているようにも見える代物。

 

…親しみを感じる空気の中にも、存在している確かな厳しさ。

 

一体、彼等の過去に何があったのか。この場では語られぬ物語とは言えども、こんな歳の若者達が死線を潜った兵士のような雰囲気を持っていると言うことでさえ、どこか違和感を感じるモノだということは言うに及ばず。

 

…そのまま、誰に邪魔されるわけでもなく。波音と共に、3人は会話を続けるのみ。

 

 

 

「…天宮寺は強いぞ?昨年俺と戦った時よりも腕を上げているようだしな。ギリギリだったがアイツがミズチにも勝利したのは俺も正直驚いた。俺も試合の合間に大蛇と共に鍛えていたから知っているが、ミズチも相当強くなっていたと言うのにな。」

「遊良君もね。アイに勝ったのは偶然じゃない、彼の実力さ。どうだい、僕の後輩達も中々やるだろう?」

「…うん。だから楽しみにしてるよ…蒼人君と哲君がそこまで言う…その二人に。」

「だが、ギャンブラーの小僧もかなり強くなったみたいだからな。油断はするなよ。」

「…リョウも今ではデュエリア校のトップだからね。…二人が居なくなってから…ううん、『3人』が居なくなってから…リョウも、自分がデュエリア校を引っ張るんだって凄く頑張ってたから。」

「きっと『(ほむら)』も喜んでるよ。特にリョウ君とは仲が良かったからね、焔は。」

「そうだな。だから誰と戦う事になっても、お前はお前のデュエルをすればいい。明日お前と戦う『二人』は、きっとお前が全力でデュエルしても『大丈夫』なはずだ。」

「…うん。」

 

 

 

砂浜で静かに交わされる、どこか大人びた彼等の会話。

 

しかしその話の流れは、まるで明日の決勝では刀利が勝ち進む、もしくは優勝する前提で話されている様でもあり…

 

遊良と鷹矢の力を認めているはずの蒼人と哲でさえ、まるで刀利の勝利が初めから揺るぎ無いモノなのだという事に何の疑問も抱いていないかのようなその会話は…刀利がただ単に、強い『だけではない』と言うことを知っているが故なのか。

 

明日のデュエルは予選と違って、リアル・ダメージルールではなく通常通りのデュエルが行われる予定。そうだと言うのに、十文字 哲の零した『大丈夫なはず』と言う言葉に含まれた、気付く事すら難しい少しの不安が夜の波音に掻き消されていき…

 

 

 

「大丈夫。昔のように楽しむことだよ、刀利君。」

「あぁ、あの3人はそんなに柔じゃない。明日は精々楽しんでこい。」

「…うん。」

 

 

 

明日に始まる戦いの嵐。全世界の中でもトップクラスの実力を持った学生達の、その激しい戦いの嵐の前に…

 

一時の静けさが、夜と彼等を包んでいた―

 

 

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほどのぅ。【紫影】に、学生達を人質に取られておった…じゃから逆らうことが出来んかった…と?」

「あぁ。その通りだぜぇ。」

 

 

 

各校の理事長達がいる大型クルーザーとも、学生達がいる医療棟とも違う場所。

 

どこか質素でありつつも、頑強に作られたであろう【決島】の敷地内である…そのどこかの建物の、コンクリート臭さが抜け切らぬ薄暗い一室に…

 

 

歴戦を感じさせる、3人の男達の姿があった。

 

 

1人は超巨大決闘者育成機関【決闘世界】の最高幹部であり、全てのプロデュエリスト達が父もしくは祖父もしくは曽祖父と慕う、年齢不詳の『妖怪』と呼ばれる翁…綿貫 景虎。

 

1人は決闘学園イースト校理事長であり、かつては【白鯨】と呼ばれた元シンクロ王者…砺波 浜臣。

 

1人は決闘学園デュエリア校学長であり、かつては『逆鱗』と謳われた元プロデュエリスト…劉玄斎。

 

しかし、それは顔見知り達が和気藹々と昔話に華を咲かせている…

 

と言った雰囲気でない事は確かであり、少なくともこの張り詰めた空気から感じ取れる事は、彼等の行っている話し合いは紛れもなく『尋問』であると言う事だけ。

 

 

 

「…綿貫さん。あの屑に脅された程度で劉玄斎が従うとも思えませんが…」

「ふむ…確かにのぅ。」

「クハハハハ、ま、俺も大人んなったって事じゃねぇか。」

「何じゃ?お主、この期に及んでふざけておるのか?」

「…んな怒んなよジジイ。俺ぁいたって真面目だぜぇ?…安心しろ、ちゃんと罰は受けるからよぉ。」

「無論じゃ。いくら【紫影】の小僧が生きる価値の無いミジンコ以下の屑で、今回の事件でもあの屑オブ屑が全面的に悪いとは言えども…犠牲者が出る可能性もあったんじゃ。お主も、覚悟だけはしておけ。」

「…おう。」

 

 

 

その厳しい口調からも分かる通り、今行われているのは劉玄斎に対する紛れも無い尋問。

 

 

…遊良とアイナの戦いの後、『医療棟』にアイナを連れて行った劉玄斎。

 

 

そして予選終了の合図と共に、砺波からの呼び出しに『素直』に応じて…劉玄斎は、砺波に指定されたこの場所へと、堂々と1人で『赴いてきた』のだ。

 

そこから、まるで取り調べのように。綿貫と砺波によって、劉玄斎から【紫影】の情報を聞き出そうと尋問が始まったのだが…

 

 

 

「…貴様が逃げなかった事だけは褒めてやる。」

「あぁ…テメェも、悪かったなぁ砺波ぃ。」

「貴様からの謝罪などいらん。それより屑の所在と目的、洗いざらい吐け。」

「…だから、これ以上は俺も知らねぇんだって言っただろぉ?…深くは聞くな、言う事を聞かねぇと、予選の間に本土に残してきた生徒達を無差別に殺す…なんて言われちまったらよぉ。」

「ふむ…」

 

 

 

劉玄斎の口から語られるは、【紫影】の呈示した恐るべき脅言。

 

しかし先ほどから劉玄斎の口から語られるはソレだけであり…【紫影】の真の目的、【紫影】の現在の所在、【紫影】の計画の規模、【紫影】に手を貸す更なる敵の有無…

 

…死んだと思われていた【紫影】が、なぜ今になって姿を現したのか。

 

ソレら【紫影】に関する重要な情報を、劉玄斎は何一つ聞かされていないと言うのだから、先ほどからこれ以上尋問が進まないのが今の彼等の現状なのだ。

 

…まぁ、【紫影】の狂人度合いを知っている砺波や綿貫からすれば、一校の学長でもある劉玄斎に対して【紫影】が呈示した『生徒達を人質にする』という脅し文句は、ある意味納得のいく理由となり得るのだが…

 

 

…しかし、ソレを聞いてもなお。

 

 

 

「…」

 

 

 

砺波は疑惑の目を緩める事無く、どこまでも鋭く突き刺されるその視線は益々その鋭さを増していくだけ。

 

 

…それは、恐怖だけでは人を縛りきることは出来ないことを、砺波も知っているが故の疑惑の目。

 

またそれ以上に、劉玄斎という男を恐怖だけで縛りきることなど出来ない事を…砺波も重々承知しているからこそ、これ程までに厳しく劉玄斎へと向かって言葉の棘を投げつけているのか。

 

…まぁ、考えようによってはあの粗暴だった『逆鱗』が、歳を取って丸くなった…とも取れるのだろう。

 

しかし、少なくとも『逆鱗』と呼ばれた劉玄斎に限ってはソレは無いと言うことを理解している砺波の目は、『この場にいる劉玄斎』の内面を見透かしているかのようにどこまでも研ぎ澄まされた代物となりて…

 

まるで『別のモノ』が見えているかのように、鋭く目を光らせていて。

 

 

 

「…まぁいい、劉玄斎への処罰は明日の決勝が終わってからだ。…それより貴様も、明日の決勝が終わるまでは素直に大人しくしていることだ。あくまでも、明日の主役は子ども達なのだからな。」

「あぁ、わかってんぜ。【決島】が終わったら、大人しく連行でもなんでもされるからよぉ。」

「無論だ。【決島】の進行は予定通り行うが、明日は私が別室で貴様を監視する。…今の私から、逃げられると思わないことだ。」

「クハハハハ、心配しなくても、今のテメェ相手にゃ逃げねぇよ。」

「…ならばいい。」

「ふむ…ならば小龍の事は浜臣、お主に任せるとしようかの。【紫影】の屑の所在は儂の方で捜索を進めさせるとしよう。…世界中のどこにいても、もう二度と逃がさんわい。」

「…お願いします、綿貫さん。私の方でも…手は打っておきますので。」

「…うむ。」

 

 

 

冷たい…

 

それは学生達にはとても聞かせられないほどに冷たい声となりて発せられる、『妖怪』と【白鯨】の非情なる声。

 

それはそのまま、この二人が【紫影】という性根の腐った捻じれた男に、相当たる恨みを持っていると言うことでもあるのだが…

 

…過去、その手で2000人以上を殺めた屑の中の屑。

 

その中には、『烈火』と呼ばれるサウス校理事長、獅子原 トウコの夫や…その他にも、かつての表と裏の決闘界の戦争で【紫影】に殺された親しい人間が、砺波達には多々居たのだ。

 

…だからこそ、砺波や綿貫に対して、【紫影】に恨みを感じるなと言う方が無理な話だということは最早語るにも及ばず。

 

 

…夜空の深さに混ざっていく、『妖怪』と【白鯨】の氷よりも冷たい声と意思。

 

 

子ども達の激闘の前だと言うのに、あまりに静かに更けていくこの夜は…明日の子ども達の戦いの前に、出来るだけ波風を立てないようにしようとしている、大人達による意地とも呼べるのか。

 

 

…まるで嵐の前の静けさ。

 

 

様々な思いが交錯する中、戦いの前の夜はただただ静かに更けていくのみであり…

 

戦いの余韻に、世界中が未だ静まらぬ中。明日への更なる戦いへと向けた、世界中の期待感が…

 

【決島】を、包んでいるのだった―

 

 

 

 

 

 

 

世界中で、最もレベルの高い学生同士の戦いは…

 

 

 

 

もう、すぐ―

 

 

 

 

 

―…

 

 

 

 

 


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